So-net無料ブログ作成
検索選択
前の30件 | -

クラシック音楽の録音哲学「私たちはスコアを録音するのか、ホールを録音するのか?」 [録音技術]

かなり強烈で挑発的なタイトルに、思わず反応してしまった。(笑)
志のある人なら反応しないほうがおかしいだろう。

でもこれはあまりに深く難しすぎて、哲学的とさえ感じるテーマ。
ある意味、プレゼンター泣かせかな。


去年の11月にドイツ・ケルンメッセで開催されたドイツ・トーンマイスター協会主催の「トーンマイスターグッグ(会議)」の講演会のテーマ。

PROSOUNDの4月号と6月号の2回に分けて連載されていて、名古屋芸術大学 長江和哉氏が現地取材レポートしている。

DSC01296.JPG



90分のラウンドテーブルというあまり堅苦しくない討議形式でおこなわれた。

クラシック録音哲学2.jpg


左からチェアを務めたウルリケ・アンダーソン氏(昔バイエルン放送でトーンマイスターをやっていて、いまAnderson Audio)、ダニエル・シュアーズ氏(Sono Luminus)、そして日本から深田晃氏(clream window)、モートン・リンドバーグ氏(2Lレーベル)という4人。



深田さんは、ゴローさんのパートナーだった人だ。(笑)

CBSソニー、NHKと渡り歩いて、いま自分の会社を立ち上げている。

日本におけるサラウンドの大家で、サラウンドのFukada-Treeのマイクアレンジを自分で考案・発明した人だ。

サラウンドの普及を自分の使命に思っていたゴローさんにとって、おそらくNHK内での技術面の指南役だった人なのでは、と想像する。

あのNHKのハイティンク&ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団のBDソフトも、ゴローさんはプロデュース面から、深田さんは技術面からライナーノーツを寄稿している。

自分は深田さんにお会いしたことがある。はじめてサイトウキネン松本に行ったときに、ゴローさんに松本をグルグル案内してもらい、夜に自分のスタッフたち(全員で6人)を集めて、アジア料理系(?)のお店の夕食会に誘ってくれた。

その中に、深田さんはいた。(笑)

ボクのことをソニーにいた、と紹介してくれたときに、「あっ私もソニーでした!」と声をかけてくれた。

当時は当然まったくわかんなかったのだが、ゴローさんが亡くなって数年後に、じつはそんなスゴイ人だった、ということがわかって(顔写真でピンときた。)、恐れおののき、既述の関係が紐が解けるようにわかった。

散会のときに、「今後ともよろしくお願いします。」とわざわざ挨拶していただき、すごく恐縮したが、今思えばなんとも不思議な縁だ。



ディスカッションの内容を詳しく書くと、著作権というか、ネタバレ、本の営業妨害になってしまうので、詳しく知りたい方は、雑誌買って読んでください。(笑)


やっぱり志ある人にとっては、このテーマはかなり強烈だよな。

当然このテーマに対して、各4人がどのような考えを述べるのか、というのが最大の関心で、1回読んだだけでは、正直これ!と核心をついた、自分を感動させてくれた回答というか、要は白?黒?とはっきりさせて述べてくれた人はいなかったように思う。

やっぱりテーマがあまりに深くて難しいというか、これをジャスピンで核心ついて説明するのは難しいと思うよ。深田さんが述べていたことが唯一自分としては、共鳴できたし理解もできた。

やはりざっくばらんな討議会という形式なので、このテーマに対する回答というには、発散傾向というか、いまひとつまとめにくい、と感じたのか、レポートしていた長江氏も後日メール形式で、あらためて、「私たちはスコアを録音するのか、ホールを録音するのか?」というテーマを各4人に投げかけてその回答をメールでもらうという念の押しようだ。

この最後のメールの部分で、各4人の考え方がようやくクリアにわかって興味深い結末となった。


討論の中で、自分がドキっとさせられたのは、

演奏家はスコアを見て作品の音楽を解釈して演奏する。

それと同じで、音楽録音についても、レコーディング・プロデューサー&エンジニアも、同様にスコアを見て、そのスコアから「作品の音響的な解釈」をする必要がある。

スコアに忠実であるべき。

という下り。

やっぱりスコアを読めないとダメだ。(笑)

譜読み、スコアリーディングってやつですね。
ある意味当たり前のことだよな。

以前日記で書いたと思うが、

トーンマイスターというのはドイツの音楽大学ではじまった制度で、トーンマイスターコースを修了した音楽プロデューサー・ディレクター、バランスエンジニアの総称のこと、きちんとした資格制度の世界なのだ。

さらにその教育は、録音・音響技術のみではなく、音楽の演奏や音楽理論を始め、管弦楽法、総譜演奏、演奏解釈批評など、演 奏家と同等以上のスキルを身につけるというプロセスがあり、音楽家のパートナーとなるスペシャリストを養成することを目的としているのだ。

単なる技術屋さんではダメな世界なのだ。

そんな厳しい現実の世界を思い起こさせてくれた。

この討論会での各人の説明も、こういう楽曲を録音するためには、まずスコアを解釈して、音響面でどのように録ればいいのか、を推測し、マイクセッティングをどのように施せば、さらにそれプラス演奏家のポジション位置の判断、それによってイメージするサウンドでちゃんと録れるのか、その際にホールの音響をどう考慮して。。。のプロセスが入る。そしてミキシングも含め、後処理についてもそう。

そんな自分の録音した作品の事例を、上記のポイントに沿いながら紹介する、という説明が多かったと思う。

だから読んでいて、はっきりとテーマに対して、白?黒?という結論が得られない感じでモヤモヤした感じだった。でも最後のメール形式できちんと形になり各4人の考えがわかりスッキリした。


深田さんの言っていることで、いいな、と思ったところは、

良いレコーディングは、リスナーに音楽の芸術的満足感を与えるはず。

また録音された場所の空間的な印象は、その作品の原点(作曲家の想像の中の響きを含んだ音のあるべき姿)を見渡すことになる。

つまり「音楽録音は、事実の記録ではなく、表現者とリスナーの間で深い意味を作り出すこと。」

演奏されている空間を捉えるだけでは、良い音楽録音の前提条件にはなりえない。

録音と実際の演奏の違いは、視覚的にミュージシャンを見るかどうか。録音には視覚効果がないので、真に音楽だけを聴く必要があり、これが録音の難しさであり、また芸術性でもある。

ステレオ、サラウンド、3D(イマーシブ)と表現能力も高度化していくけれど、サラウンド、3Dは一般ユーザにとってシステムを揃えていくには垣根が高いこともあるし、ある意味ステレオでもこのような表現は可能だ、と言い切っているところかな。


ベルリンフィルのDCH(Digital Concert Hall)でのパナソニックとの協業。

パナはベルリンフィル側から、エンジニアではなく、楽器のできる人を派遣してほしい、と言われたそうな。(笑)

やっぱり。単なる技術屋ではなく、音楽への深い造詣が必要なのは、もうこの世界では、疑う余地もないことなんだということをガッチリ認識させられた。


とにかく読んでみてください。かなり専門的だし、志のある人なら断然面白いと思います。

ちなみにもう1冊のほうは、同じ「トーンマイスターグッグ(会議)」の講演会の取材で、エミール・ベルリナー・スタジオのシュテファン・フロック氏の講演を取材しています。


クラシック録音哲学3.jpg



シュテファン・フロック氏は、あのエレーヌ・グリモーをデビュー以来ずっと彼女の音を造り続けてきたトーンマイスター。

彼の講演テーマは、「クラシック音楽の録音芸術」について。

DGが出しているカンター・デ・ドミノは、彼の録音だったんだね。

その録音をはじめ、彼の自慢の作品群を取り上げています。






現地至上主義 [雑感]

昨今、いろいろ言われることの多いコストパフォーマンスの高い外来オケのコンサートについて、想うところがあった。

コンサートの楽しみ方なんて、個人の価値観や、考え方、お財布事情もあるので、どれが正しいとは言えない。個人の信念の思うように楽しまれればよいか、と思う。

でもちょっと?と思うのは、チケット代金の高い外来オケを日本で聴くくらいなら、現地のホールで聴いたほうが、結局はるかにいい、と日本の高騰チケット商戦を揶揄する意見。

確かにごもっともな意見で、自分も正しいと思う。「お持ち帰りできない音」ということで、現地のフランチャイズのホールで奏でる彼らのサウンドは、東京では聴けない、と日記にしたこともあった。


11350858_1012100738808756_4221511291927477241_n5B15D[1].jpg


スイス・ロマンド管弦楽団のフランチャイズ・ホールのスイス・ジュネーブのヴィクトリアホール。1960年代のステレオ録音草創期のDECCAマジックと呼ばれた優秀録音の数々はこのホールで生まれた。まさに、他の国のホールでは再現できない「お持ち帰りできない音」であった。




現地指向型、現地至上主義。でもすべてがそれだけじゃないでしょ?という気持ちもある。

1番大きいと昨今感じるのは、コンサートの感想を共有する人が、国内だとたくさんいるということ。もちろん新聞、音楽評論家などのメディアでの論評もそうである。

人それぞれ感性が違うので、他人と感想が違っても仕方がないが、自分と同じポイントで感動した方のツィートや日記を読むとすごくうれしくなる。コンサートの感動が倍増する。

メディア論評についてもしかり。プロなので、あぁぁ~いいこと言ってくれる~っ!という感じで感動することも多い。

コンサート通いや生演奏に浸っていくと、自分が行った公演の、他人の方々のレビューを読むのが、結構楽しみだったりするのだ。同じ公演を、他の人はどう感じたのか?とか。

こういう共有現象は、国内でコンサートが開かれるから、実現するのであって、海外では無理だと思う。

海外現地での公演は、確かにその場では感動するかもしれないけれど、その模様をネットワーク経由SNSで日記や、ツィートとして日本に速報したとしても羨ましがられるかもしれないが、共有現象はなかなか難しいと思う。悪ければ、こちらの熱い想いにも関わらず、受け手側は、意外や、ふ~ん、そうで終わってしまっていたりすることもある。

自分もその感覚があって、海外に行くと、毎回、自分からの一方的な押し付けのようによく感じてしまう。(申し訳ないと思っているのだが、やめられない。(笑))

「生演奏の感動を共有する」というのは、とても大切な要素で、毎回再生しても、いつも同じ演奏レベルに聴こえるオーディオの世界ではありえないこと。自分はオーディオ擁護派だけれど、この点は、やはり、そのとき、その場にいた、その感動、一発勝負!という生ものである「生演奏」に軍配があがる。

外来オケ、アーティストを日本に呼んでいるのは、招聘元、招聘プロモーターさんたちの存在だ。

よく巷では、「呼び屋さん」という呼称で呼ばれることが多いが、自分は、なんか下品というか、失礼な感覚で聞こえるので、あまり好きな呼び方ではない。

ここ数年で、クラシックのオケやアーティストを日本に招待してくれる招聘元の存在が、きちんと自分でも認識できるようになった。大手から怪しげなところまで(笑)。

招待ゲストのギャラ支払い、ホテル宿泊料、およびチケット興行での収入、および広告費の支出、コンサートホールの使用料、その他、コンサート実現までにかかる諸々のプロセス、そしてそんな収支の中から自分たちの利益も出す必要があって、これはこれで、結構大変な仕組みなんだなぁ、と思う今日この頃。

特に、現地に直接自分が会いに行かないと縁のないアーティストも実際いる訳で、そのようなアーティストを日本に呼んでくれたりすると、これは招聘元様様と拝むしかないのである。

去年で言えば、グルベローヴァ招聘(今年も来ます!)と、ユリア・フィッシャーだったかな、そう感じたのは。

今年はディアナ・ダムラウでしょう。(笑)

招聘元のアンテナ感度やアーティスト選択のセンス、というのが滲み出ますね。
大変な仕事だと思います。

そんな思いをして、日本に招聘する訳で、その公演を日本の観客、日本人として鑑賞して、その感動を日本人同士で”共有する”。

それは、海外のホールで、日本人自分だけの感覚より、ずっと連帯感あって心温まるんではないかな、と。最高に感動できる公演に巡り会ったときに、その感動をみんなでシェアして全員一体となって盛り上がり、その余韻に浸れるのは、日本にいるからじゃないのだろうか?

自分の中にも現地至上主義はないと言ったらウソになるけれど、あからさまにそれだけ、じゃあまりに冷血で、淋しすぎる。


外来オケやアーティストが日本で公演をやってくれることのメリットというのも、たくさんあって、そういう点ももっと見直されるべきものなのではないか、と思っていたりしたのだ。






オーケストラの縦の線と横の線 [オーケストラ学問]

聴く側の音楽ファンというより、どちらかというとオケの団員、もしくは指揮者がよく使う言葉で、やはりオケの中にいて演奏&指揮している立場でないと、わかりにくいことだと思うし、そういう立場、環境にいるからこそ、彼らが使うその言葉には、真実味というか重みがあるのだと思う。



5ea5a637[1].jpg



2015年のアラベラ・美歩・シュタインバッハー&NDRの日本ツアーのときに、NDR在籍の日本人女性奏者の方がインタビューで、「うちの楽団は、なかなか縦の線が合わないオケなんですよ。(笑)」という発言が妙に印象に残っていて、ぼんやりとイメージは湧いたものの真の理解ができていなかった。

ふっと、ネットでググってみて、いろいろ解明し、頭がすっきりした。

どうしても解説をそのまま抜粋するところもあるが、ぜひ日記で、みんなに紹介してみたいと思いました。勉強になると思います。 


いろいろ解釈の仕方はあるのだが、ずばり、


縦の線とは ある瞬間の”異なる”楽器同士の音の出るタイミングを合わせること。
スコアを縦に見る。

横の線とはある”一つ(同じ)”の楽器を合わせること。
スコアを横に見ていく。


また、このような表現もある。

縦の線は和声、横の線は”各パート”が受け持つ声部(旋律)。


自分が、調べた分には、この2種類の表現であった。



ご存知のようにオーケストラって、1番最前列から、配置型にもよるが、代表的なものとして、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後方にコントラバスなどの低弦群。そして真ん中にはフルート、オーボエ、ファゴットなどの木管群、そしてその背後にはトランペット、ホルン、チューバなどの金管群、そして最後尾には、ティンパニーなどの打楽器という配置になっている。


楽譜には、各楽器のスコアが書かれていて、これは、ある楽器の奏者で、指揮者もやる演奏家のインタビューを読んだとき、なるほどなぁ、と感心したのだけれど、1楽器奏者だった場合、自分のパートのスコアと、その周辺を理解したうえで、出だしのタイミングとかを理解する程度だったのだが、いざ指揮をする立場になると、全楽器のスコアを理解して、すべての構成・タイミングを頭に入れないといけない、そうやって全体のイメージ、構築をしていかないといけない、ということを仰っていた。


オーケストラで、「縦の線」を合わせる、というのは、異なる楽器同士で、普通は、音の出だしを合わせることについて言うのだが、当然のことながら、出だしだけを合わせればよいというわけではなく、ひとつひとつの拍動、リズム、旋律展開なども合わせていかなければならない。


これが要するに、「横」を合わせることに、つながっていく。

「縦」を合わせるのは一瞬だけれど、それをスコアで言えば、さらに左から右に、時間の流れで言えば過去から未来に向かって平行移動させていけば、おのずと「横」も合うということになる。


要は、「横」を合わせるのは、同じ“仕事(楽器)”をしている楽器群で息を合わせ、一体感を共有するということなのだろう。

合わせる際の規範となるのは、指揮者だったり、コンサートマスターだったり、そのパートのトップだったりする。



「縦の線」はタイミング,「横の線」は音程(旋律)について、もうちょっと補記。


総譜(オーケストラも全ての楽器の楽譜が書かれた楽譜)を見たときに、同じタイミングで別々の楽器が音を出すとき,楽譜上では音符が縦一直線上に並ぶのだそうだ。これを揃えるということは,音の出るタイミングを一緒にするということで,オーケストラとしての長い時間をかけた呼吸合わせが必要になる。

また,楽譜の横の線の上には,同じ高さの音が並んでいる。人によっては「ラ」の音を440ヘルツのピッチ(音程:音高)で弾くし,別の文化圏の人だったら445ヘルツで弾くこともある。オーケストラによって規準音は決まっているので,それに合わせた音程作りをしていくことが楽団には必要。


これがそろっているオーケストラは,指揮者のどんな指示にも対応できる,プロのオーケストラと言える。


もうひとつの表現に、


楽譜を眺めていると、和声のおかげで縦軸があり、メロディーは横軸になる。

というのがある。



和声というのは、クラシックを学ぶ上でとても、大切な学問で、「和声学」は、演奏家の方であれば、音楽大学では必修の科目で、必ず習う学問。

昔ピアノを習っていたこともあるので、和声&和音という概念は感覚的&雰囲気的にわかる。

でも、それをきちんと体系的に理解しようというのは、やっぱり学問の世界で、自分も、しこたま和声学の本は買ったので、じっくり読書して勉強してみたいと思います。(はたして理解できるかな~(笑))


まぁ、和声(和音)というのは、簡単に言うと、ひとつの音に対して、二つ以上の複数の音階の違う音を同時に鳴らす、響かせることで、聴いていて美しい所謂ハーモニーのように聴こえる効果、いわゆる”和声感”という感覚で、この組み合わせる音階の種類、組み合わせ方に、結構音楽の学問的なものがあるんだと思っています。


自分たちはオーディオマニアなので、もうちょっとわかりやすくオーディオの領域で話をすると、自分たちはオーディオオフ会でもコンサートでオケを聴くときでもサウンドの分析は、必ず、低域、中域、高域の3分割でおこなう。聴感上の気持ちよさって、各々の帯域がどのような振幅レベルで、全体のバランスを構築しているか、で結構決まってくる。ピラミッドバランスとかドンシャリとかハイ上がりとか。


自分がコンサートホールでオケを聴く時って、低弦などの低音がズシッとしっかり土台にないオケサウンドはダメなんですね。

オケを聴いているとき、必ず各帯域のバランスがどうかで、聴いているところがある、自分の場合。

ヴァイオリンが奏でる帯域、ヴィオラが奏でる帯域、チェロが奏でる帯域、コントラバスが奏でる帯域、弦楽器だけでも高域から低域にかけて様々に異なる周波数帯域を持つ楽器の合奏なのがオーケストラである。

それにさらに木管、金管、打楽器などのすべての楽器が合奏されるオケのサウンドにとって、自分が、いつも気にしながら聴いているのは、全体を聴いているときの帯域バランスだったりする。

もちろんテンポ、強弱などの演奏解釈も大変重要なんだけど、オーマニの自分にとって、このバランス感覚って、聴いていて快感、興奮・エクスタシーを感じられるかどうか、というのが自分のオケの聴き方のキーファクターだったりするのかなぁ、と最近意識して思ったりしている。


それぞれの周波数帯域の音がどのように重なって、各々がどういう強弱のアクセント(振幅)で、重なり合っているか、というのも、これは、ある意味、”和声”だと思うんですよ。


そういう意味で、自分は低音は和声の根本になる帯域、だと思っています。
和声感を感じるサウンドって、まさにそういう音のことをいうのだと思います。


音楽の世界では、いろいろな音階の音を重ね合わせることで(気持ちよいハーモニーに聴こえるには、その重ね合わせる音程、音階の数にルールがある)、和声を達成するし、オーディオの世界では、それは周波数という概念で考えるだけで、重なり合った気持ちのいい音、つまり”和声感”のある音って、ある意味共通なんだと思いますね。


話は、長くなりました。


そこで、縦の軸というのは、いろいろな異なる楽器による和声なんですね。それに対して、横軸というのは、同じ楽器による旋律を表す、ということが理解できるようになると思います。



以下は、ある音楽家のブログで、縦の線と横の線について書かれていた日記の一部を抜粋させていただきますね。(「大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく」というブログより引用。)


結構、音楽家ならではの観点で、すごい勉強になりました。






もともと、J.S.バッハ以前の音楽では、ポリフォニーであっても横軸で音楽が形成され、そこには縦軸である和声はまだ確立されてなく、J.S.バッハの出現によって縦軸である和声が確立されたと聞きました。


作曲家や作品にもよりますが、特にドイツ作品においては縦軸をしっかり認識し意識して演奏しないとならないことを感じます。もちろん、横軸も存在するわけで、例えば、モーツァルトの作品などは確固たる縦軸とともに横軸である線(ライン)にで形成されている音楽であり、ベートーヴェンにおいては主に縦軸である和声によるブロック、固まりで音楽が構築されています。



これがロマン派以降になると、メロディーの美しさが際立ってきますので、横軸の存在が目立ちますし、その横軸を意識することによってロマンティツクな要素が増すように思います。例えばシューベルト、シューマンやブラームスなどは、場所によっては縦軸の存在をはっきりさせつつも、やはり横軸であるメロディーの存在というものも大切であり、縦軸と横軸の混在と申しましょうか、その場所によって意識を変えることが必要に思います。


これが同じ時代のピアノの大作曲家であるショパンの場合ですと、縦軸は存在しますが、横軸であるメロディーをいかに魅力的に歌い上げるか?いかにロマンティックに表現するか?ということが大切な要素であるのは皆さんもお感じになられると思います。



このように縦軸である和声、もしくは縦の線とも言えると思いますが、それを強く意識して演奏するべきか?

横軸であるメロディーを優先させ、縦の線を強調しないことでロマンティツクな表情を強調させるかにより、演奏というものは同じ作品であっても、全く違った顔を持つことになります。



これがチャイコフスキーやラフマニノフという、どちらかというとロマンティツクなイメージ、横軸であるメロディーラインの美しい作曲家の作品において、文字通り横軸を意識し、強調しロマンティクに演奏するということが一般的でありますが、私個人としましては、チャイコフスキーの頭の中にはオーケストラが鳴っていたと思いますし、ラフマニノフにも同じことを感じるのです。



そもそもオーケストラというのは複数の大人数で演奏するわけで、皆が一斉に縦に合わないと音楽が成立しません。ですから、横軸である魅力的なメロディーを歌いあげるのですが、そこには同時に確固とした縦軸の意識が必然であり、ある意味で縦軸と横軸が混在するべきだと思うのです。それが証拠に、ラフマニノフ自身の演奏の録音が残っていますが、その演奏は、自身の作品であっても、ロマンティクなメロディーである横軸に流されることのない、確固たる縦軸の存在を感じることができる、ある意味で古典的な要素を感じるのです。








なんか、以上のことを読んで、理解すると、必然と、普段巷で使われている、オーケストラでの「縦の線」、「横の線」というのがよくわかるような気がしたし、これをオケで聴くときに、プロの評論家ならともかく、アマチュアの一聴衆である自分がどこまで、「縦の線が乱れている」とか、なんてあまり浅薄で迂闊な言動はしないほうが、いいのかな、とも思いました。(笑)



音楽家、演奏家の方が、日頃、心掛けていることに、「和声感、拍感、様式感」というのがあることを以前知ったのですが、感覚的にはわかる雰囲気なのだけれど、これは自分たちオーディオマニアにはない世界で、ぜひ理解してみたいな、と思っていることだったりします。次回のテーマですね。



世界の朝食を食べさせてくれるお店 スイスの朝ごはん [グルメ]

アルプスの美しい自然が魅力のスイス。一方で工業や金融業が発達した世界一収入が高い国なのだそうだ。ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの言葉(それにさらに英語がある。)が国内で使われていて、それぞれの地域では隣接する国の影響を受けている。


自分の中では、スイスというと永世中立国で自然の美しい国というイメージ。自分も過去の音楽旅行で、スイスはジュネーヴとルツェルンに行ったことはあるけれど、あくまで音楽旅行の一環という位置づけ。アルプスの山々や澄んだ空気、そしてその麓の草原地帯などの美しい自然は行ったことがない。こういう風景のほうが、いかにもスイス、という感じがする。

近頃、旅行誌などで徐々に注目され始めているのが、スイスのエンガディン地方。
その地を知る人はまだ少ないはずで、ここは「アルプスの少女ハイジ」の舞台で知られるグラウビュンデン州(スイス東部)の一地方で、まさに「ありのままのスイス」を満喫できる地方なんだそうだ。

スイスの朝ごはん.jpg



この写真を見ると、うわぁ~まさにこれぞスイス!という絶景。(WORLD BREAKFAST ALLDAYのFB公式ページからお借りしています。)

自分の人生に余裕ができたころ(いつのことのなのだろうか?(笑))、音楽旅行はいっさい抜きにして、こういう自然の絶景を求めて世界を廻ってみたいものだ。


そんなスイスの朝ごはんを体験してきた。

DSC01291.JPG



日本のアニメ「アルプスの少女ハイジ」は制作にあたって現地ロケが行われ、スイスの風景や生活習慣が、かなり忠実に描かれている。

アニメの中でハイジやペーターのおばあさんのお土産に持ち帰った白パンはゼンメルというパンで、今回の朝ごはんにはスイスのヒーシュタント社のものを店内で焼き上げている。

それが写真のパン。食感が程よい柔らかさで、味はついていないけれど、とても美味しい。上品なパンという感じがする。


チーズはスイスでポピュラーなグリュエールとエメンタールの2種類。これはまっふつうにチーズですね。普段の食生活でチーズはそんなに頻繁に食べないけれど、今回いただいたものは、ふつうに美味しいスタンダードな味のチーズだと思いました。


写真の黄色の円形の焼き物は、ジャガイモの細切りをパンケーキのように焼いたレシュティというもので、もともとドイツ語圏のスイスの農村で朝ごはんに食べていた料理だったのだが、今ではスイスの国民的な料理なのだそうだ。

これは、ちょっと変わった食感で、味はちょっと塩味?がついていて甘い感じで、いかにもお芋さんを食べている感じのモチモチした食感。刺激的とは言えないけれど、ふつうに美味しいと思いました。

今回最高に美味しいと思ったのは、写真の小鉢に入ったデザートのようなもので、ミューズリーという食べ物。一晩ふやかしたオーツ麦とドライフルーツやナッツなどを混ぜて食べる火を使わないシリアル食品。

これは最高に美味!

ミルクとオレンジジュースで一晩ふやかしたオーツ麦は少し粘りがあってネトネトした感じでじつに不思議な食感。ミルクの味がしっかりしてフルーツやナッツと組み合わせるとものすごく香ばしくてこれがじつに美味しいんだな。

ヨーロッパの食事ってこういうデザート関連のものが、ひと工夫の手間がかかっていて、じつに美味しいと思うものが多い。ミューズリーは今から100年ほど前に牧童が食べていた伝統的な食事をヒントにサナトリウムの患者向けに考案したものなのだそうだ。

これはスイスの朝ごはんの場合は、プレートの上の小鉢というスタイルで提供されるが、じつは、このミューズリー単品でもメニューになっていて、これは、絶対おススメ。

ついつい追加オーダーしてしまいました。(笑)

DSC01294.JPG


単品だと、さらに量も多く、美味しさ倍増です。

私は、今回このミューズリーが最高に気に入りました。


今回はオーダーしなかったけれど、さらに既述したエンガディン地方の郷土菓子「エンディナー・ヌストルテ」や、ケーキ類もあるみたいで、いつもの朝食メニューより豪華な顔ぶれでした。

さすがスイス!爽やかで清廉な雰囲気のする朝食であった。

5~6月の2か月間やっています。





オペラハウスの音響学 [コンサートホール&オペラハウス]

1931245620_152[1].jpg  25940505_2099403053_145large[1].jpg  25940505_2099403051_140large[1].jpg            


オペラハウスの音響は、コンサートホールと比べると複雑である。実際オペラハウスでは、オーケストラと歌手がそれぞれ異なった位置に存在するため、その設計はさらに複雑なのである。

レオ・L・ベラネク著の「コンサートホールとオペラハウス(音楽と空間の響きと建築)」。

ベラネク氏のこの書籍、建築音響学問(建物の中での音の伝わり方や音環境を扱うもの)の礎となったパイオニアの時代のバイブルと言っていい書籍で、永田音響設計の永田穂さん監修。 

コンサートホールの音響の考え方って、まずステージにオケなどの発音源がいて、それが音を出すと、ステージから360度無指向に広がっていく。それをホールの形状や反射板などでいかに客席にその音の流れを持っていくか、というところがベースの考え方なのではないか、と思う。

コンサートホールは、その形状スタイルから、音の流れというのはイメージがしやすい。

問題はオペラハウスのほうである。オケはピットの中に閉じ込められた空間にいるし、もうこの時点で、観客席の方に音が流れる訳がないし、そもそもオペラというのは、演出、舞台芸術、衣装、そして歌手たちの声質、声量、そして演技などいろいろな評価パラメータがあってそれの総合芸術で評価、成り立っているもの。

だから音響だけで突出して良いということはありえず、ピットに入っているその時点で、最初からある程度の犠牲は覚悟しないといけないものだ、と思っていた。

いつしか、オペラハウスの音響の評価方法に苦手意識が出来てしまい、海外旅行に行ったとき、いつも日記を書くときに、オペラハウスはものすごい苦心していたのである。
 

この本の著者であるベネラクさんと日高氏は、まず手始めに欧州、米州、日本の23のオペラハウスを対象に、音響の物理量の測定と、主観評価調査(いわゆるアンケート)をおこなっている。このアンケートは、67名の著名なオペラ指揮者に送付され、22名から回答を得た。

その際、5段階の評価で、1(不可)、2(許容可)、3(良)、4(非常に良)、5(最高の中のひとつ)をつけてもらう訳だ。

指揮者には、なにをもってあるオペラハウスの音響が、ほかのオペラハウスに比べてよいとするか?」という質問をおこなったところ、

(1)歌手に対するホールのサポートの有無
(2)歌手が舞台上のどこにいても、その声が等しく伝わること
(3)オーケストラと歌手の良好なバランス
(4)オーケストラと歌声の明瞭性と豊かさ

に要約されるようだ。

気になる順位は、5段階評価で、大きい順(素晴らしいホール)に並べると、

1位 ブエノスアイレス コロン劇場
2位 ドレスデン・ゼンパー劇場
2位 ミラノ・スカラ座
2位 東京 新国立劇場
5位 ナポリ サンカルロ劇場
6位 ミュンヘン、バイエルン歌劇場
7位 パリ・オペラ座ガルニエ
8位 プラハ国立歌劇場
9位 ウィーン国立歌劇場
10位 ニューヨーク・メトロポリタン劇場
11位 ザルツブルク祝祭劇場

もちろんこの本の監修時期の順位なので、相当古い情報ではあるのだが、ドレスデン・ゼンパー劇場の評価が非常に高い、そして我が新国立劇場も評価がすこぶる高い!2位は同じポイントで3ホールが並んでいるのだ。特にピット(指揮者の位置)の響きについては、ナポリサンカルロ劇場とプラハ国立歌劇場、そしてニューヨーク メトロポリタン歌劇場の3ホールが客席部より良い、という評価になっている。

さらに筆者たちは、32の世界中のオペラハウスに対して1997~1998年のシーズン中のオペラ公演について統計分析している。

その結果、イタリアオペラとモーツァルトのオペラが公演数の約3/4を占めていることが判明した。ドイツオペラの公演数は全体の13%である。ワーグナーのオペラファンからすると、意外な結果だと思うが、統計を取った年代ではそうだったのであろう。

この数字は、ドイツ・バイロイト祝祭劇場のようなオペラハウスのニーズは少ないことを示している。

ワーグナーのオペラの場合、少なくとも彼の晩年の作品については、「見えない」オーケストラによる「神秘的」な音の創造が、作曲者の劇的な構想における重要な要素となっていた。この要件によってワーグナーは、沈み込んだ天蓋に覆われたピットを考案したのである。

そのピットとは、その一部が舞台の下に埋められており、残りの部分は天蓋によって、ほぼ全面が覆われているのだ!

そして天蓋にはスリットが入っており、そこからオーケストラの音が絞って放出されるのである。オーディオマニア的な観点からすると、ちょっとあり得ないと思われるかもしれないが(苦笑)、その音楽は、一種独特な不気味な響きとなる。

声とオーケストラのバランスを保持することよりも、むしろ劇的効果を強調することにあった、と言える、と思う。

一方、イタリアオペラとモーツァルトのオペラに関しては、歌手とオーケストラのいずれについても親密感と明瞭性が不可欠。

これを成立させる要求条件から、開いたオーケストラピットと短めの残響時間を持つコンパクトな馬蹄形劇場がオペラの歴史の大部分で主流になったようだ。

●オーケストラピット

ワーグナーのオペラを除けば、オーケストラピットに求められる音響的条件は、音楽がホールへ明瞭かつ一様に放射され、バランスとブレンドが良好であり、音色の歪が生じないことである。

歌手がオーケストラとうまく調和して歌うためには、透明でバランスの取れたオーケストラの音が歌手に聴こえないといけない。これが実現すれば、歌手は自分の声量を適切に調節することができる。

一方、ピット内のオーケストラ奏者は他のパートの音が聴こえる必要があり、また良好なアンサンブルを保つため、演奏者には歌手の声が聴こえる必要がある。さらに視覚的条件として、歌手と演奏者から指揮者が容易に見えることが当然のことなのである。

オーケストラ奏者と歌手にとってお互いの音が聴こえることは、お互いに見えることよりも重要なのである。

それゆえに、過剰に沈み込んだピットや覆いのついたピットよりも、上部の開いたピットのほうが好ましい。

ここまで理解してくると、オペラハウスがなぜあのようなステージとピットというお互いの形状関係にあるのかわかってくるだろう。

観客席に音を伝える、という前提条件の前に、まず歌手とオーケストラのコンビネーションの問題があり、聴覚、視覚的にお互いがコントロールしやすい関係にあるのが、あのようなスタイルだということなのだ、と思う。オペラというのは歌(芝居)と伴奏との協奏であり、歌手が歌うのとオーケストラの伴奏がぴったりとコンビネーションが合うために至った条件がこのようなスタイルの形状ということなのだろう、と自分は理解した。

歌手の声はピットに、そしてオーケストラの音を舞台に返す、ということ。

オーケストラピットは次の3つに分類できる。

①開放型ピット(ウィーン国立歌劇場など)

完全な開放型のピットの第1の問題点は、指揮者と演奏者用の譜面台が光を反射して、上階リング席の聴衆の視覚に支障をきたすことである。また第2の問題点は、80~110名の大型オーケストラを収容するために、ピット開口部の幅は、舞台の端から客席の手摺り壁まで7~9mとしないといけないことである。したがって舞台と客席の間に大きな隔たりが出来てしまう。なお、ピットの深さは、2.5m~3.5mである。

一部の指揮者は、浅いピットを好むが、これは聴衆から指揮者が容易に見えるからである。

一部の歌手は、舞台の直下30cmあたりにコントラバスの胴(の上端)があるときに、オーケストラが最もよく聴こえ、歌声の邪魔にならないと言っている。

②沈み込んだ閉鎖型ピット(バイロイト祝祭劇場)

ワーグナーがバイロイト祝祭劇場のために設計した閉鎖型ピットは、開放型ピットのアンチテーゼと言える。その一部は舞台の下に埋められており、残りの部分は天蓋によってほぼ全面が覆われている。バイロイトのピットでは、非常に大規模なオーケストラが演奏し、客席は比較的長い残響時間(1.55秒)を持つ空間である。

でも自分が思うに、このようなスタイルでは、歌手とオーケストラのコンビネーションは、お互いどのように取るのだろう?と思ってしまう。ワーグナー以外の音楽に対して、バイロイトのピットが優れている、とはとても思えない。

③沈み込んだ開放型ピット

沈み込んだ深いピットでは、通常その床面積は、ピット開口の面積の2倍以上と言われている。でも舞台下に大部分を埋めたピットで、自然な響きを作り出すことは難しいと思う。


●ボックス席

昔、オペラハウスは、人々、特に女性が宝石や衣装を披露するために設計された場所であって、男性はボックス席の奥の席に座るか、バーに身を隠していた、と言われる。ミラノ・スカラ座では、ボックス席の開口は、馬蹄形の側壁部の面積の約43%だけであるため(要は馬蹄形の側壁全面積に対して、ボックス席の穴が開いている開口部分が43%ということ。)客席空間の中央部へ十分な反射音が返り、ボックス席前方とメインフロアとの聴衆に鮮明な響きを与えている。

視覚的な目的で、一部のオペラハウスのボックス席では、舞台と反対方向に位置する側壁に鏡が取り付けられているらしい。馬蹄形の側面、特にプロセニアム(舞台ステージの外枠の額縁状の枠のこと。)周辺のボックス席では、奥の席に座る聴衆はホームテレビを見るようにオペラを楽しんだのであろう。

●バルコニー

オペラハウスでは、コンサートホールに比べて残響時間の重要性は低い。つまり、聴衆の関心は声の明瞭性に重点が置かれるため、バルコニーの被りはそれほど大きな問題ではないと言われている。

●エコー

オペラハウスでは、舞台上の歌手に弱い「エコー」が返ることが望ましい、と考えられているらしい。そのエコーのレベルがとても大事で大きすぎると聴感上とても煩わしくなる。

オペラハウスでは、ソロの歌手は自分の声で「ホールを満たしている」ように聴こえることを特に望んでおり、弦楽器の場合より適度な音の返りを必要とする。

特に舞台前方で歌う場合には、舞台両側の反射面からサポートを得ることはできない。このとき、唯一の反射音は客席部後壁によるものであり、この「エコー」が強すぎなければ有用なのである。

オペラハウスでは客席部後壁あるいはその周辺からの反射音の強さをある程度、調節できるようにするという考え方が多いようだ。

メインフロアの後壁からの反射音が強すぎる場合には、吸音材を貼与するか後壁を傾けたりして「音」の返りを調整するなどの方法が取られていることが多い。たとえばそのオペラに登場する歌手の声に応じて、こうやってエコー調整をする、という考え方はとても興味深い。

歌手にとって、煩わしいエコーとならない範囲で、望ましいフィードバックが得られるためには、どの程度の大きさの音を舞台に返すべきだろう?

東京の新国立劇場のオペラハウス設計過程で、後壁を傾けてバルコニー下面を吸音材処理する方法が取られている。このとき男女1名づつの歌手が舞台上の様々な位置で歌い、客席空間からのフィードバックが彼らにとって望ましい状態を持って吸音材の量を決定した、ということである。その具体的な数値も測定されている。

新国立劇場の大きな特徴に、プロセニアム(舞台ステージの外枠の額縁状の枠のこと。)周辺の部分に、音響反射面が設置されていて、ステージからの音を客席に向けて流しているという工夫がされている。

新国立劇場だけに限らず、オペラハウス全般に言えることであるが、バルコニー前壁と天井面はすべての客席部へ均一に反射音を返すような形状となるように工夫設計されているのである。

やっぱり、コンサートホール、オペラハウスに関わるハコものの音響の基本は、ステージ上の音を如何に客席部に返すか、というところだと強く認識できた。

オペラは総合芸術なので、ステージの視認性、そして歌手とオーケストラとのコンビネーションを考慮して、ステージとピットという関係が生み出され、その相互関係も理解できた。

本には、オペラハウスの物理的な音響データである両耳品質指数(BQI)、初期時間遅れ(ITDG)、テクスチャーなどの紹介もされている。これはまたの機会にご紹介したい、と思う。

いいオペラハウスというのは、両耳品質指数(BQI)が高い値になること、初期時間遅れ(ITDG)が短いこと、そして舞台の音源からの良好な反射音パターン(テクスチャー)が得られること、この3つが柱のようだ。

どうだろうか?

自分はこのオペラハウスの音響学のこの内容を読んだとき、コンサートホールの音響のときのような爽快感というのは正直感じられなかったが、オペラハウスが持つ特有の事情というのが良く理解できたような気がする。

オペラハウスの音響の仕組みがわかった時点で、今後自分にとってもっと重要なのは、オペラハウスの場合、どこの席で聴くのが1番よいのか、ということに関心が移る。

そのオペラハウスによって違うのだろうし......

人の声というのはピアノと同じでとても指向性が強いと理解しているので、座席によって歌手の声の聴こえ方の明瞭度がずいぶん違うと思う。

そしてピットというスタイルでありながら、オーケストラの音が明瞭に聴こえるのはどこなのか?

歌手の声とオケとのバランス良くブレンド感が優れて聴こえるところはどこなのか?

平土間か、バルコニーか、上階席か、自分にとってこちらの問題のほうが大きい気がする。


オペラというのは、舞台での全体の動きが俯瞰できるほうがいいので、正面の上階席がいいということもある。一方で既述だが、歌手の声、人間の声というのは非常に指向性があるので、声ものを聴くには、平土間前方のかぶりつきがいい。さらにはオケは通常の開放型ピットであれば、ピットの中で周りを壁で囲まれているので、音の流れが、観客席真横に行かない。音の流れ的には、どちらかというとまず上空にあがって、そこから横方向に放射、流れていく感じだろうか?


そうすると、これらを全部満たす条件の座席というのは、なかなか難しく、意外や、ステージ真横の上階席のボックス席なんか比較的その条件を多く満たしているのではないか、と思うのだ。


国内外含めて、もっとオペラハウス通いをして、その辺を情報収集して見極めていきたい、と思う。

ドレスデン・ゼンパー歌劇場
(オペラハウスとしてのアンケート評価は2位と高いです!)


25940505_2099403055_208large[1].jpg




1931245620_166[1].jpg




1931245620_39[1].jpg


ベルリンフィルのダイレクトカットLPを聴く [オーディオ]

巷で話題のベルリンフィルのダイレクトカットLPを聴いた。なにせ9万円もする大変バブリーなLPで、自分はアナログはやらないし(正確にはやっていても腰掛程度で、アナログマニアではな い。)とても自分では買えない。そこにオーディオ仲間が購入した、ということで、お聴かせいただく幸運に恵まれた。

もう数量限定の限定販売なので、すでに完売。現在は入手することは不可能。

DSC01255.JPG



通常のアナログレコードというのは演奏を収録するときにまず、アナログマスターテープに収録し、それをもとに編集、ミックスダウンというプロセスを経て、アナログレコードに溝としてカッティングしていく。

でもダイレクトカッティングというのは、そういうアナログマスター、編集、ミキシングというプロセスを介さず、演奏の収録からいきなりダイレクトにリアルタイムで、アナログレコードにカッティングしていくことをいう。

ダイレクトカッティングでは、とにかく演奏およびカッティングが一発勝負であるため、失敗は許されないという極度に緊張をともなうのだ。

こういう一発勝負も、ベルリンフィルだからできた、とも言われていて、やり直し含め、2テイクで録ったようだ。聴いてみると最終楽章では観客の拍手が入っているので、まったく空席ホールでのセッション録音ではなく、いわゆる本物のライブ録音ということになる。2テイクということは、別に日にもう一回集客して録ったということか?


2014年9月にベルリンのフィルハーモニーで行われたブラームス交響曲全曲演奏会である。

ひと組のステレオ・マイク(ゼンバイザーMKH800Twin)でのワンポイント録音で、その拾った音(波動)を、直接カッティング・マシーンにつなぎ、ラッカー盤に刻み込むというプロセス。

今日では、ダイレクトカットで録音が行われることはほとんどないそうだ。ベルリンフィルも、最後にこの方式で収録を行ったのは、70年前。

今回そのマスタリングを担当したのが、Emil Berliner Studios(エミール・ベルリナー・スタジオ)で、トーンマイスターがライナー・マイヤール氏。まさにDGの黄金時代の録音をいっきに担ってきた超一流の技術集団だ。

収録で使用されたのは、LPレコード制作の金字塔と呼ばれるノイマンのカッティングレースVMS-80。

重さ400キロのカッティング・マシーンを500メートル先のフィルハーモニーに運び込み、音声スタジオ「第4スタジオ」で収録が行われた。まさに、失敗が許されない1発勝負のベルリンフィルのメンバーのただならぬ緊張感、そして録音チームの強い意気込みが刻み込まれた一大企画であった。 


どんな音がするのか?

試聴に使ったシステムは、SP、そして送出系も上流から下流までハイエンドなシステムなので、ソフトの録音クオリティに忠実なサウンドが出てくるはずだ。

ブラームス交響曲第1番の第1楽章だけで、片面使うこの贅沢なカッティング。

DSC01259.JPG





簡潔にまず結論から言おう!

ダイレクトカットLPの印象は、コンサートで、前方座席のかぶりつき正面で聴いているような、まさに”生演奏を聴いている感覚とまったく同じ”聴こえ方をする、というものだった。

とにかくステージ前方のストリングス(弦楽器群)の音がやたらと大音量で迫力あって、自分に迫ってくるように聴こえてきて、オケの中段から後方にある木管群、金管群、打楽器群が、それなりに遠近感を持って聴こえてくる。つまり近くではなく遠いのだ。

いわゆるホールの前方席で聴いているときに、ステージ上で、前方から奥行きのほうにオケのそれぞれの楽器が並んでいる、その遠近感に従って聴こえてくる感じなのだ。特に木管の聴こえ方がすごく自然で、ステージ中段からすぅ~と前方客席に流れてくるようなあの聴こえ方は、まさに生演奏での客席の聴こえ方とまったく同じ。後方の金管などは、やはりそれなりに遠くて生演奏っぽい。

このとき、聴きながら自分の頭の中をグルグル考えていたのは、やはりワンポイント録音で、編集いっさいなし、というところに起因しているのではないか、と思ったことだ。

普通の録音であるメインマイク&数々のピックアップでの編集、ミキシングでの音だと、ステージ中段から後段にいる木管、金管、打楽器群も遠くに聴こえないように、編集時にピックアップで録った音をミックスしてそれなりに明瞭、鮮明に聴こえるように編集するはずだ。

だからオーディオで聴く普通のオーケストラ録音は、ステージ前方、中段、後方との距離感に関係なく、中段、後方の楽器群も明瞭に聴こえるように、全体のバランスがよく聴こえるように、空間バランスをつくる。だから聴いていて気持ちがいいのだ。

でも、今回のダイレクトカットLPの聴こえ方は、まさにそれとはあきらかに違って、ワンポイント録音で、おそらくそのメインマイクが設置されているであろう指揮者の後方あたりの上空から録っている方向感を感じるのだ。

ある意味、普段のオーディオでのオーケストラ録音の聴こえ方と、かなり違う感じで、どちらかというと生演奏で聴いているような聴こえ方をするのでこれは独特だなぁという感じで、生演奏派でもある自分にとっては、これはこれで、とても自然なオーケストラの音の聴こえ方をする、と思い感心したのである。


編集ナシということはどういうことなのか?

ふつうのオーケストラ録音で、ホールで収録した時の編集前の録りっぱなしの音を聴いたことのある人は、録音エンジニアでもない限り、一般市民ではほとんどいないであろう。もちろん自分も聴いたことがないのだけれど、いろいろ日記やコメントで見かけるのに、録音エンジニアが編集で化粧をする前の音って、すごい埃っぽい感じで聴けたもんじゃない。化粧をして強調するからはじめて人様に聴かせられるような感じになる、的なのをよく見かける。

でも今回は、まさに編集ナシの録りっぱなしの音をカッティングしている訳だから、まさに化粧をしていない音を聴いているのである。自分は埃っぽいとはまったく思わなかったし、まさに生演奏で聴いているようなリアル感、現実感があった。


音はとても鮮度感が抜群で、解像度も高くていい音だと思った。

そしてなにより客席での咳き込みとか暗騒音の生々しさもかなりリアルなことも、その解像度の高さに所以するところだと感じた。

自分が以前に日記で取り上げたIIJ等がやっているDSDライブストリーミングでもそうで、彼らもワンポイント録音で、編集、ミキシングなどいっさいなしで、演奏をそのまま録って、エンコードしてリアルタイムにインターネットに流しているのである。彼らの目的は、ふつうの音源ではなく、あくまで、演奏をしているところをじかにライブで流そうというところにコンセプトがあるので、そういうソリューションに行く着くのだと思う。

今回のダイレクトカットLPもじつは、LPという物理メディアとインターネットストリーミングの違いはあるにせよ、目的、コンセプトは全く同じのことなのだと自分は考えた。生演奏のリアル感、現実感を具現化するのであれば、ワンポイントで編集ナシというのがポイントなのかも。


別にどちらが主流になるとか、優劣があるとかというのは愚論であって、今後もそれぞれのメリットをいかしつつ、それぞれの分野で両立してくのだろう。

今回、ベルリンフィルのダイレクトカットLPを聴いた印象は、まさに”ライブレコーディング”ってやつで、生演奏をそのまま録るので、実際の生演奏で聴いているような聴こえ方をして生演奏派からすると不自然さがいっさいなく、ふつうの収録の仕方の音源とは、ちょっと違ったジャンルのLPだな、というのが正直な感想であった。


また次回もこういう企画ものがあるといいと思うけれど、ブラームスの4曲くらいだから緊張も持続できるのであって、ベートーヴェンの9曲とか無理かもしれませんね。(笑)



今回のLP(日本版)に同封されていた写真。


Emil Berliner StudiosのLPカットマシーン。

DSC01265.JPG


ベルリンンフィルハーモニーでの演奏風景。

DSC01263.JPG


トーンマイスター ライナー・マイヤール氏のサイン入り品質保証書(500プレス中428枚目とある。)

DSC01262.JPG






 


銀座久兵衛のお座敷 [グルメ]

3月下旬に北海道の友人を東京でおもてなし。

今回は、つぶやきだけで日記にはしない予定だったのだが、高級江戸前鮨 銀座久兵衛を再訪し、その相変わらず高級な佇まい、でありながら決してお高くない居心地のよさに、いたく感銘し、新たな発見もあったので、やはりここだけは日記に残しておこうと思い、筆を執ることにした。

自分自身、久兵衛を訪問するのは、これで3回目。

久兵衛といえば、江戸前鮨では名店中の名店で、1936年銀座に創業し、陶芸家であり食通としても名高い北大路魯山人など文化人、政財界の食通が足繁く通った老舗。

東京だけでもお寿司屋さんは、星の数ほどあるかもしれないが、自分の中では、日本一のお鮨の名店さんと確信している。

銀座本店、銀座新館、ホテルオークラ東京店、京王プラザホテル店、ホテルニューオータニ店 本館、ホテルニューオータニ タワー店、帝国ホテル大阪店と、全国に7店舗展開と、老舗の名店にしては、勢いのいい話だ。

自分は、やっぱり行くなら銀座本店に拘りたい。

ネタの仕込み、下ごしらえふくめ、あまたの時間を要し、まさに芸術品といっていい究極の寿司が久兵衛なのだと思う。

銀座本店のお店の門構えは、とても地味で、思わず気づかずに通り過ぎてしまうくらい。


25940505_2247542104_119large[1].jpg




最初に訪問したときは、はじめてだったので、この本店のカウンターにて、2貫づついただく、というまさに久兵衛スタイル。

王道を楽しんだ。

問題だったのは、2回目の訪問。このときも幸運にも本店のカウンターをとれて、そこでこともあろうか、久兵衛さんに大皿に一緒盛りという大道芸をやらせるという大胆なことを試みたのであった。(笑)

その目的は、お寿司って一緒盛りのほうが写真を撮ったときに美しい、と思っていて、当時いろいろなお店の一緒盛りの写真を集めていた。

さすがに天下の久兵衛さんに、恐れ多いということで、いま考えると、よくやったなぁ、度胸ある、という感じはある。

あのカウンターで、強面の職人さんたちが立って握っているときのあのピリリとした、すごい気合というか、なんとも言えない怖い空気感は、すごいものがある。今回もお座敷に行く途中、カウンターをちらっと見たら、職人さんにギョロと睨まれてすごい空気が漂っていた。そんな中で、よくそんな無茶な注文したなぁとつくづく。


お寿司というのは2貫づつ、握りたてを食べるのが本筋で、一緒盛りにしてしまうと鮮度がなくなる、と仰る。(海苔なんかベトベトになっちゃう。)

帰り際に、ご主人さんから「2回目はないよ。」と言われる始末。(笑)

そして今回が3回目である。

前回のこともあって、今回は素直にカウンターで、2貫づついただく王道スタイルで行こうと思っていた。ところが、カウンターが予約で満杯で、空いていなく、お座敷なら空いているという。

やっぱり久兵衛は超人気で、休日の土曜は、1ヶ月前から予約を入れないと希望の座席は取れないと仲居さんが言っていた。(日曜日はお休み。)カウンターが人気なのは、職人さんと粋な会話をしながら、久兵衛の鮨を堪能する、というのがひとつのステータスなんだとか。

お座敷・・・。ということは、2貫づつ、出てくる、というのはなさそうだ。

おっそうすると、ひょっとしたら大皿に一緒盛り???(笑)

仲居さんに聞いたら、いや、そういう感じでもないです。。。

う~む、ますます興味がわいてきた。新たなチャレンジ。だったら、この久兵衛でお座敷、というスタイルも経験してみよう、ということになった訳だ。


久兵衛の開店前。じつは早く来たお客さんで、予約をしていたなら、店内に入って、名前を言えば、待合室で待っていられるのだそうだ。そんな待合室の存在も知らず、ずっとお店の前で、1時間くらい友人と立って待っていた。

仲居さんや板さんのご主人たちは、みんな心配していたそうだ。(笑)

ここが、初体験の久兵衛の待合室。

25940505_2250202525_57large[1].jpg


数々のインテリアの置物のセンスの良さ。とても高級感があって、雰囲気ある、さすがだ。


そして待つこと数分、いよいよ開店。
3階がお座敷になっている。

ここが久兵衛のお座敷。初体験!

25940505_2247551141_116large[1].jpg




奇をてらうことなく、普通の装いの和室。

今回は、ご昼食ということだが、”おまかせ”を注文した。

いつものピンク色の和服に身を包んだ仲居さんの上品な言葉使い、しなやかな所作など、躾の賜物なんだな、と感心。

同じ座敷に通された人たちも一見するとそんなふつうの一般人っぽく見えるのだが、漏れ聴こえるお話声に耳を立ててみると、「海外のあそこは~だった」とか、まさにブルジョアな老後生活をしているご老人方々のようにお見受けした。久兵衛のようなところに来られるご老人方は、やはり違うのか。


友人といろいろ積もる話をしていたら、さっそく”おまかせ”にぎりが運ばれてきた。


25940505_2247551089_170large[1].jpg



う~む、一緒盛りではなく、かと言って、2貫づつでもない、お座敷専用ということは、こういうことだったか!結局2回に分けて、盛り付けられる。


美しい!

これは一緒盛りより、ある意味芸術的に美しいのではないだろうか?

これぐらいの数のほうが、和でいうところの空間というか、”間”の美学という感じで、品のある、節操のある盛り付け、という感じがする。(一緒盛りだと、ギチギチ詰まってる感じだよね。)

食べてみると、本当に驚くほどシャリ小さめ。口の中に入れたらあっという間という感じで、鮨自体かなり小ぶり。美味しいことはもちろんだけれど、空腹を満たすという類のものではありませんね。

体育会系のガッツリお寿司とは極致にあるような芸術品と言っていい。

続いて、残りの分もやってきた。
美しいねぇ。美味しゅうございました。

25940505_2247552093_238large[1].jpg



デザートは、久兵衛自家製の桜餅。自家製ですと!(^^)

25940505_2247552960_121large[1].jpg




これにて、0.8×福沢。

板さんと会話しながら鮨つまむ、ということに拘らなければ、別にカウンターでなくてもよくて、こういうお座敷でもいいな、と思ったのでした。

なによりもお皿に盛られるお鮨の造型が美しい、芸術品!

3回目になるこの日も本当に満足、満足。

次回、久兵衛に来るときは、どんなシチュエーションで、どんな盛りのスタイルで臨んでいるのだろうか?(笑)

いまから楽しみだ。


PENTATONEの新譜:山田和樹&児玉麻里 スイスロマンドのファリャ作品集 [ディスク・レビュー]

スペインの巨匠ファリャの作品を取り上げるというセンスがいい。スペイン民族音楽のとてもエキゾティックな旋律の数々が素敵すぎる。

クラシック商業主義、いつもベートーヴェンやマーラーじゃつまらない。いい仕事していると思う。マイナーレーベルだからできるチャレンジなのだろう。

ひと通り聴いてみて、普段全く聴かない、そしてあまりに新鮮で卓越した音楽センスに引き込まれ、あっという間にファリャの虜になってしまった。 

663[1].jpg
 

『三角帽子』『スペインの庭の夜』『火祭りの踊り』、他 
山田和樹&スイス・ロマンド管弦楽団、児玉麻里


https://goo.gl/csNW2H


「ファリャを聴かずしてスペイン音楽を語るなかれ」だそうで、マヌエル・デ・ファリャは、スペイン近代音楽を完成させたといわれ、後続の迷えるスペイン人作曲家たちにも大きな指針を与えた重要な作曲家だそうであるから、まさにこの1枚を聴けば、スペイン音楽の本流に到達、そして堪能できるのであろう。

この1枚には、なんとそんなファリャの最高傑作といわれている作品群が、全部集まっているのだからおいしいことこの上ない。いままでのPENTATONEの山田和樹に対するプロデュースの仕方も、このように、あるテーマを設けて、それに纏わる最高作品群を集めるコンセプチャル・アルバムという毛色が多かったので、今回の作品もとても納得できる。

ファリャの最高傑作の呼び声高いバレエ音楽「三角帽子」、そしてピアノと管弦楽のための「スペインの庭と夜」、そしてバレエ音楽「恋の魔術師」の中から単独で演奏されることで有名な「火祭りの踊り」など。

とにかく聴いてみてほしい。あまりに斬新な旋律で格好いい。
スペインの民族主義と印象主義の両方がバランスよく混在している、なんとも形容しがたいエキゾティックな調べの数々なのだ。

これらの作品群を山田和樹とスイスロマンドで演奏し、スイス・ジュネーヴ・ヴィクトリアホールで収録しているのだから、堪らない。

ピアノと管弦楽のための「スペインの庭と夜」では、ピアノに児玉麻里さんも参加している。
まさに夢のような豪華共演。


13614951_931544796956901_4512619917146702014_n[1].jpg




録音スタッフは、プロデューサー&バランスエンジニアとしてお馴染みエルド・グルード氏。そして録音エンジニア&編集にカーレル・ブルッグマン氏というクレジットがある。ポリヒムニアも若いエンジニア育成の期に差し掛かっているのだろうか?

たぶんAuro-3Dを使っての収録。ダイナミックレンジが広くて、オケが鳴りきるときの沈み込みも深くて、空間感が秀逸。

オーケストラ録音では、音像も大切だが、より広い音場を余すことなく録りきるところに成功のカギがある。ヴィクトリアホールは、ウナギの寝床のような感じで、決して広いホールではないのだが、空間の再現性が素晴らしいのも収録技術&編集の巧みのなせる業なんだろう。

弦の音色も厚くて、濡れたような艶やかな旋律を描いてくれる。

私見であるが、現在のスイスロマンドの弱点は、金管の不安定さかな、という意見を持っていて、現地ヴィクトリアホールで直接聴いたときもそんな印象を持ったし、彼らのPENTATONEの新譜も歴代聴いてきているけれど、その印象を拭えなかった。

でも今回に関しては、そんな綻びも見当たらなく、素晴らしい出来栄えになっている。

素晴らしい。


とにかく今回は、このスペイン民族音楽のゾクゾクするような斬新な旋律にやられた!


 


BISの新譜:魅惑的な歌曲集 [ディスク・レビュー]

昨晩のエリーザベト・クールマンのリサイタルで、リストの歌曲を歌ってくれて、最近発売になったBISの新譜でリスト歌曲集を毎日のようにヘビーローテーションで聴いていることを書いた。それで、遅まきながらこの新譜のことを紹介しようと思った。

またリスト歌曲集以外にも魅惑的な歌曲集がもう1枚、BIS新譜として出ているので、これもまとめて紹介しようと思う。

まずカミラ・ティリングのオペラ・アリア集。 

572[1].jpg
 


オペラ・アリア集~モーツァルト、グルック 
カミラ・ティリング、フィリップ・フォン・シュタインエッカー&ムジカ・セクロルム


https://goo.gl/OU0qnf



カミラ・ティリングは北欧スウェーデンの実力派ソプラノ歌手で、BISレーベルからすでに3枚のアルバムをリリースしている。

サイモン・ラトルがザルツブルク音楽祭でマタイ受難曲をベルリン・フィルと演奏した時、ソプラノ・ソロに招かれて一躍有名になった。

2年前にアンネ=ゾフィー・フォン・オッターといっしょに来日してくれて、デュオで歌曲リサイタルを開いてくれた。もちろん馳せ参じた。素晴らしいコンサートであった。

オーディオで聴くティリングは、ソプラノでも極めて透明で軽い声、いわゆるエンジェル・ヴォイスである。

でもコンサートの実演で聴いた彼女の声質は、どちらかというと声量豊かなダイナミックな感じで、オーディオで聴いていたようなエンジェル・ヴォイスとは少し雰囲気が違う感じがした。オッターとのジョイントで聴くと、どうしてもティリングのほうが、声の表現に少し抑揚や表情がない感じで、1本調子のように感じてしまう。オッターのほうが深みがあるというか、表情が豊かで気品もある、という感想を当時書いていた。

それはキャリアからしてオッターのほうが一日の長があるはずだし、そういう相対的に見るのではなく、絶対的評価に見れば、やはり素晴らしい若手の有望株であることは間違いなく、彼女のアルバムを聴くたびにその将来性の大きさを感じ取れる歌手である。

自分は彼女のファンである。

過去の3枚のアルバムは、どれも秀逸だが、特に歌曲王シューベルトの歌曲集が素晴らしく感銘した。

そんな彼女の今回の新譜は、モーツァルト、グルックのオペラ・アリア集。

オーケストラはドイツの逸材シュタインエッカー率いる南チロルのピリオド・オーケストラ、ムジカ・セクロルム。このオケの情報は、まったく知らなかったのであるが、古楽器を利用する団体でもあるようだ。


モーツァルトらしい明るい調性のオペラ・アリアを中心に編成されていて、誰が聴いても親しみやすい旋律の宝庫、アルバム自体がとても明るいトーンでとても魅力的に仕上がっている。

オペラ・アリア集というコンセプト自体、とても親しみやすいし聴いていて気持ちがいい。
ティリングの声は相変わらず、透明感があって、軽い声質に聴こえる。ややキーが高いようにも思える。

聴いた感じ印象が、清廉で純白な清いイメージを抱く感じの瑞々しさがある。

録音は、まさにBISらしいのひとこと。マイクから程よい距離感がある感じに聴こえて、オケの音など古楽器独特の響きの漂いもあり、全体に軽くて薄味のサウンドに仕上がっている。でもソプラノの声質をメインに主張するには、塩梅のよい主従の関係なのだ、と思う。

お薦めです。



そしてつぎに、昨今自分が嵌りに嵌っているリスト歌曲集。 

137[1].jpg
 

リスト歌曲集 
ティモシー・ファロン、アミエル・ブシャケヴィッチ


https://goo.gl/qrKtz1


このディスクには嵌ってしまった!毎日ヘビーローテーションで聴いていて、頭の中に1日中そのメロディーがループしているのだ。

リストの歌曲ってなんと美しいのだろう!

そして、なによりもテノールのティモシー・ファロンのビロードのように甘くて語り掛けてくるように説得力のある声質!

発声に余裕があって、懐が深いという感じ。

これには完璧に参ってしまった。もうメロメロである。

人の涙腺を緩ませるような惚れ惚れとするような美しい旋律の歌曲の集まりで、そこに、この甘くて切ないファロンの声質と相まって、歌曲大好きの自分にとって最高のプレゼントとなった。

いままで歌曲と言えば、歌曲王のシューベルトをはじめ、シューマン、シュトラウスなどを好んで聴いてきたが、リストの歌曲は、あまり熱心な聴き手ではなかった、というかその存在をよく把握していなかった、というのが正直なところ。情報もあまり持ってない。

Eratoからディアナ・ダムラウがリスト歌曲集を出しているはずだが、持っていたような気がするのだが、死蔵状態になっているかも。

リストの歌曲がこんなに美しいと知って、いろいろ集めてみたい気がしてきた。

ティモシー・ファロンについては、鈴木雅明、リリング、オルソップなど、世界の名だたる指揮者と共演し活躍の幅を拡げていて、マレク・ヤノフスキもその実力を認めている、という情報くらいしかないのだが、これだけエレガントで明るい声の持ち主であれば、将来本当に楽しみなテノールであろう。

自分はどちらかというと、低音より高音歌手のほうが好きで、さらに男性テノールより女性ソプラノのほうが好きなのであるが、テノールで、これだけ自分の興味を引いたのは、あのフォークト以来かもしれない。

録音も意外やBISらしくない。遠くなく、しっかりと実在感のあるサウンドでいて、空間感も両立している素晴らしいサウンドに仕上がっている。

このリスト歌曲を昨日エリーザべト・クールマンのリサイタルで、女声としての表現を聴いて、これまた新しい魅力だなぁ、と感じたのである。





 


東京・春・音楽祭「神々の黄昏」 演奏会形式 [国内クラシックコンサート・レビュー]

4年間、本当にありがとう。マエストロ ヤノフスキ、そしてN響の勇士たち!

心から感謝してやまない。

毎年思うことだが、この舞台になるとN響が、全く別人に見える。普段のN響定期で感じる印象と違って、まさに世界一流のトップオーケストラの風格を感じ、実際彼らが出しているサウンドも、弦の揃った分厚い音、嫋やかな木管の音色、安定した金管の咆哮など王者の風格、そして長大なワーグナーの旋律のうねりを表現してくれ、きっとこの舞台だからこそ生まれる奇跡にいつも驚かされ続けてきた。

東京春祭が4年かけて上演してきた「ニーベルングの指環」最終章「神々の黄昏」、無事終わった。
終演後のマエストロ ヤノフスキのカーテンコールを観ていたら、ずっと4年間観てきた想いが走馬燈のように思い巡り、涙が溢れ出てきた。

このワーグナーシリーズ、もちろん来年も続くが、自分にとってこのヤノフスキ リングがひとつの大きな括りになった、と思う。

この日の上野恩腸公園の桜。

DSC01239.JPG



”花冷え”という言葉が似合う風情で、満開はもうあと1週間後かな、という感じだったが、じゅうぶんに美しく、花見でたくさんの人で賑わっていた。

いよいよ東京・春・音楽祭のN響ワーグナーシリーズ、リング最終章「神々の黄昏」 。
じつに5時間の大舞台だ。

DSC01234.JPG



この日のために、もちろんヤノフスキ&PENTATONE盤でしっかりと毎日予習していたのであるが、ジークフリートのライトモティーフが、ずっと頭の中をループしていた。(笑)頭の中をあのメロディがずっと1日中鳴りっぱなしなのだ。ワーグナーのライトモティーフは、じつに巧妙で、その旋律も心の中に深く浸透するというか、ワーグナーのオペラは本当に強烈だと感じたものだ。


今回の座席も前方かぶりつき。歌手ものは、声の指向性、歌手の歌っている表情を堪能するにもぜったい前方がいい。

なんと、開演前に、マエストロが譜面台の高さの調整に現れた。

DSC01246.JPG




今回は大変なアクシデントがあった。

開演直前に主役の2人、ジークフリートのロバート・ディーン・スミスと、ブリュンヒルデのクリスティアーネ・リボールが突然の体調不良で降板。すでに来日していて、リハーサルも参加して順調そうに見えたのだが、突然の体調不良で音声障害になってしまい、降板となってしまった。

東京春祭スタッフ陣営の大変な狼狽ぶりは想像できる。急遽、ピンチヒッターを立てる。4/1本番の公演に対して、3/29に急きょ来日という慌ただしさ。練習も十分にできないまま、本番に突入したと思われる。

それにしても東京春祭スタッフ陣営の、このピンチヒッターを急遽探し出さないといけない、スケジュールが空いていて、しかもジークフリート、ブリュンヒルデを歌ったことのあるワーグナー歌手ということで、きっと徹夜で世界中をコンタクトし続けて探し回ったに違いない、その緊迫した数日間は十分に想像できる。

公演中止という最悪の事態はどうしても避けないといけない。

体調不良で降板した2人のプロとしての体調管理の甘さもあろうが、これに関しては、彼らを責めるのではなく、じつは自分の責任だと思っている。(意味不明な表現で申し訳ない。)

ピンチヒッターは、ジークフリートにアーノルド・ベズイエン、ブリュンヒルデにレベッカ・ティーム。ベスイエンは、本職ではないにしてもジークフリートを歌ったことはあるし、ティームにおいては、ブリュンヒルデをかなりの回数歌ってきており、得意な役柄のようであった。

そんなハンディの中、公演はスタートした。


公演の全体の印象。

やっぱり歌手陣が例年に比べ小ぶりというか、どうしても見劣りがした。主役の2人がピンチヒッターというのがどうしても厳しい。

でもブリュンヒルデのティームのほうは、かなり健闘していたのではないか、と思う。最初こそエンジンがかかりが遅いように感じたが、徐々にその本領を発揮し、見事にブリュンヒルデという大役を果たし、今回の公演が十分に成立した、感動できるレベルになったのは、ひとえに彼女の奮闘のおかげではないか、と自分は感じている。

声質的には、基本はディリケートな細い印象を受けたが、ワーグナー歌いには必須の軍艦のような圧倒的な声量はしっかり持っている、というアンバランスな声の持ち主だと感じた。

この神々の黄昏では、第3幕に「ブリュンヒルデの自己犠牲」という長いアリアがあって、そこをブリュンヒルデ1人で歌い続けないといけない、ある意味ここが最高潮の山場というところがあって、そこをティームは見事に歌い切った。

感動的でもあった。自分はこの最後の最後で彼女への信頼が確信なものになり、かなり感銘した。

去年の夏のバイロイト音楽祭でも、この「ブリュンヒルデの自己犠牲」のアリアはまさに圧倒的な絶唱で、その後のカーテンコールではブリュンヒルデが圧倒的なブラヴォーを独り占めしていた。終演に近い一番の最高の見せ場なので、ある意味ブリュンヒルデが一番スターになりやすい構成なのだ。

今回のカーテンコールでもティームは、圧倒的なブラヴォーを浴びていた。まさにピンチヒッターの大役を果たしていた。


可哀想だったのが、ジークフリートのベズイエンだったと思う。声質は甘く(ロバート・ディーン・スミスの声に比較的似ていると自分は感じる。)、とても丁寧な歌いまわしでいいと思うのだが、声量というか、発声のエネルギー感がどうも不足しているような感じで、聴衆に響いてこない。もっと感情的に聴衆に訴えかけてくるような大きい波が欲しかった。
終始棒読み的な歌い方で、エモーションを感じなかった。

でも、彼を責めるのは酷だと思う。ジークフリートを歌ったことはあるにしても、やはり経験不足、練習不足。こんな急なシチュエーションを引き受けてくれて、ある意味そつなくこなしたのであるから、ご苦労様とねぎらいたいくらいだ。

そういう意味で、カーテンコールではブラヴォーがなかったのは聴衆は正直とはいえ、自分には本当に可哀想に感じた。

他の歌手で素晴らしいと感じたのを数人挙げてみると、


ハーゲンを演じたアイン・アンガー。恐るべし超低音のバスの迫力を持った声質で、独特の雰囲気があった。この演目の中でも独特なキャラクターで自分にはかなり印象的であった。

そしてアルベリヒを演じたトマス・コニエチュニー。彼も非常に魅力的なバス歌手に感じた。声質がとてもスマートな低音の持ち主で、声帯が広いのか、発声に余裕がある感じで、さらに安定感が抜群なので、かなり素晴らしいバス歌手のように思えた。

エリザベート・クールマンは、ワルキューレのとき、とても圧倒的な歌唱で素晴らしかったのであるが、今回も出番は少なかったが、素晴らしい歌唱を聴かせてくれた。特に彼女の場合は、歌っているときの表情がとても感情豊かで、まさに演技をしているかのよう。じつに素晴らしいと感じた。


今回残念ながら降板したロバート・ディーン・スミスは、最後はやはり聴いて、観ておきたかった。自分にとって、ヤノフスキ&ベルリン放送響で現地ベルリンフィルハーモニーにて、ワーグナーの演奏会形式を2回実演に接した幸運に恵まれて、そのとき2公演とも主役がロバート・ディーン・スミスだった。自分にとって忘れようにも忘れられないワーグナーのヘルデン・テノールなのだ。


マエストロ ヤノフスキは、もう本当に素晴らしい。最近の若い世代の指揮者にありがちなパフォーマンスありきの派手な指揮振りとはまったく極致にあるような指揮。無駄な贅肉をいっさい排したような筋肉質で、禁欲的でもある、ものごとの真髄を追及したような洗礼された指揮だと思う。

5時間にわたって、この大曲で、N響から素晴らしいサウンドを引き出し、そのお互いのコンビネーションは本当に見事としかいいようがなかった。

ゲストコンサートマスターのライナーキュッヒルも相変わらず素晴らしい。自分の座席からキュッヒルの演奏姿はよく見えるのだが、彼の奏でる音が周りからすごい独立して聴こえてくる感じで、オケをグイグイ引っ張っているのがよくわかるのだ。

まさにこれぞ、ザ・コンサートマスターという感じ。

もう彼のこんな牽引具合を観たのは、6回以上にはなるだろうか?今回のリングと、サントリーでのウィーンフィル来日公演で。

本当にコンサートマスターとはこうあるべき、という見本のような奏者のように感じる。
4/1よりN響のゲストコンサートマスターに就任。日本での活躍が楽しみでもある。

2014年からスタートした東京・春・音楽祭による「ニーンベルグの指環」の演奏会形式。日本の独自企画で、ここまで素晴らしい公演を堪能できるなんて、本当に日本人として誉に感じる、いま想うのはただそれだけ。


東京春祭のワーグナーシリーズは、来年以降ももちろん続くが、いまの自分にはなんか喪失感が大きい。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

 東京・春・音楽祭 N響ワーグナーシリーズ 「ニーンベルグの指環」 神々の黄昏
2017/4/1 15:00~20:00 東京文化会館大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリード:アーノルド・ベズイエン(ロバート・ディーン・スミスの代役)
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベルヒ:トマス・コニエュニー
ブリュンヒルデ:レベッカ・ティーム(クリスティアーネ・リボールの代役)
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン:秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香

管弦楽:NHK交響楽団
     (ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマスラング、宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下 哲
字幕:広瀬大介






 


京都大好き [国内音楽鑑賞旅行]

2日目。今回の京都ツアーの真の目的は、15:30からのコンサート。これには絶対遅れる訳にはいかない。よって初日含め、それまでの間に計画していたスポットは制覇しておかないといけない。

初日終わって、スケジュールはいっぱいいっぱいに押していた。
正直結構プレッシャーはあった。

2日目最初のスポットは、宇治の平等院を目指した。
京都からかなり離れている郊外で、京都より奈良線で、結構の時間がかかる。
宇治に着いてから、駅から平等院に行くまでが、これまた結構時間がかかる。
(徒歩で10分くらい。)

宇治はお茶の街。街の景観を楽しみながら、平等院を目指した。

平等院

DSC01156.JPG


DSC01157.JPG



圧巻だった。これは美しい。
京都に残る数少ない平安建築の色彩。平等院の中でもこの写真の鳳凰堂は、とても有名。
あの10円玉に刻まれている建築物こそ、この鳳凰堂なのだ。鳳凰堂には、阿弥陀如来像が設置されていて、信仰の場だけが持ちうる厳粛な空気が漂っていた。圧巻の一言。


この後、当初の予定にはなかったのであるが、奈良線で宇治に行くまでの途中に、稲荷という駅があって、ここには伏見稲荷大社があることを知っていて、ここも有名スポットだったので、ぜひ、ということで途中下車した。

駅前が、すぐに伏見稲荷大社の門。

DSC01162.JPG



伏見稲荷大社

DSC01164.JPG



商売繁盛の神を祀る稲荷社の総本宮。境内は、朱色の社殿や鳥居が立ち並び、特に千本鳥居は有名。立ち寄ったきっかけも、この千本鳥居を体験したかったからだった。

自分の今年の祈願も商売繁盛。願ってもみない絶好のチャンス。
ちなみに、この伏見稲荷大社は、外国人観光客の人気観光スポット 3年連続第1位であるほど超人気なんだそうだ。

お目当ての千本鳥居。

DSC01182.JPG



中にいると、目が回る~。(笑)

DSC01166.JPG


DSC01178.JPG




奉納すると、このように柱1本1本に名前を刻んでもらえて、このように立ててもらえる。日々増えているそうだが。。。



スケジュールが押していたので、急いで、京都駅に着いてから、市バスで金閣寺方面へ。
目指すは、有名な石庭がある龍安寺へ。

地図を見ると、金閣寺の傍にあるように見えるのだが、実際行ってみると、なんと徒歩20分もかかるところにあった。時間が押していて、焦っているところに、この徒歩20分は相当堪えた。徒歩20分って相当歩きますよ。(笑)歩いても歩いても、辿り着かない。不安で途中で街に人に聞いたりして確認。足がかなり棒になった。

なんと龍安寺の前にはバス停があって、バスで行けばもっと適切なアクセスになったようだ。

ようやく龍安寺。

DSC01194.JPG


DSC01197.JPG



そして有名な石庭。

室町中期に細川勝元が創建した龍安寺。砂紋の描かれた白砂に15個の石が置かれただけの石庭。いろいろなことを連想させる底の深い芸術品。あのエリザベス女王も絶賛していた!

DSC01201.JPG



石庭が目標なので、達成したら、即座に退散。(笑)目指すは、逆に戻って金閣寺。このまた戻るときの徒歩20分がキツかったな。たぶん今回の京都ツアーの中で一番ツライと思った瞬間だった。

京都に来たら、やはり金閣寺、銀閣寺はどうしても寄っておきたい。ご挨拶みたいなもの。
この日は快晴で、休日ということもあって、大変な混雑。過去3回訪問の中で一番混んでいた。

もう相変わらず外国人観光客だらけ。あまりの混雑ぶりに外人さん、切れていました。(笑)このやり場のない、どうしようもない状況にストレスいっぱいだったんでしょう。


やはり京都観光の大本命、金閣寺。圧倒的な美しさですね。

DSC01202.JPG


DSC01204.JPG



最後ラストは、銀閣寺。市バスで向かう。
バス停を降りたら、まず、これもおなじみ京都銀閣寺ますたにラーメンの総本山である、京都の中華そば「ますたに」北白川本店へ。

まさに京都ラーメンの聖地巡礼ですね。

DSC01205.JPG



もう店内に入るだけで、すごいクセのある臭みの匂いが漂っている。
そう!この匂い。日本橋本店にはない、この臭み。この匂いこそ、ますたにラーメンの真髄。

さっそく本場のますたにラーメンをいただく。メン固め、ネギ多めで、ごはんもつけて、男らしい!

DSC01208.JPG



そして銀閣寺へ。

DSC01216.JPG



何度も申し上げているが、自分的好みからすると、落ち着いた感じの和の様式美というセンスからすると、金閣寺より銀閣寺のほうが風情があるような気がするのだが、いかがであろうか?


これにて、予定していたスポットはめでたく、全部廻ることが出来た。時間ぎりぎりセーフ。
銀閣寺は交通のアクセスがあまりよくないので、このようにタクシーがスタンバイしてくれている。

DSC01217.JPG


京都来た時は、いつも銀閣寺を最後に持っていき、最後はタクシーで、京都コンサートホールへ向かう、という感じなのだ。


これはさか戻って、初日の夜のことだが、京都タワーにある大浴場も体験。(笑)
初日も本当に歩き回って足が棒になった。湯船で筋肉十分ほぐすことができた。なかなか中規模に豪勢でいいお風呂であった。

写真撮影は、ここまで。裸族が写ってしまい、盗撮行為と間違われるので。(男の裸体でも)
でも、京都タワーでお風呂入る人っていないよね。(^^;

25940505_2248204350_251large[1].jpg



春の桜の京都劇場、これにてお終まい。お馴染みの京都駅構内にある「京都茶寮」というお店で抹茶セット。去年から3回京都を訪問して、大体のところは網羅できた、と思います。なんか、とりあえずの征服感あり。これで、しっかり自分の街になったような気分です。やはり日本のイメージを国内外に表現できる最高の街だと思いますね。

これですっかり京都大好き、京都フリークになりました。
またチャンスがあれば、訪問したいです。


25940505_2248305626_39large[1].jpg


 


桜の春の京都のはずが・・・ [国内音楽鑑賞旅行]

夏と秋の紅葉、そして春の桜の京都を体験する、と目論んだのだけれど、そうはうまくいかないんだな。今年は寒いようで、開花宣言が1週間遅れになるそうで、今週末が4月上旬に満開になるそうだ。

去年2回も京都を訪れたけれど、もうひとつ行きそびれたスポットが、何か所かあり、今回行くことで、全部制覇したいという目論見。

もちろん、本来の目的は、広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏会にあった。

今年は、武家政権終焉の大政奉還150周年ということで、元離宮二条城がスポットのようだったので、まず最初にそこを狙った。


今年は大政奉還150周年。

DSC01067.JPG


この季節の二条城は、二条城桜まつりということだったらしのだが、残念ながら桜は咲いていなかった。

元離宮二条城

DSC01079.JPG



門をくぐると、かの有名な二の丸御殿

DSC01071.JPG



さっそく御殿の中へ。やはり京都観光は、圧倒的に外国人観光客に占められますね。80~90%くらいがそうではないでしょうか?さらに中国、韓国のアジア勢が多いこと。話し声で一発でわかる。

二の丸御殿の中は、こんなに薄暗い。床がミシミシと鳴きます。
基本的に城内は、撮影禁止だったようなのだが、まったく気づかず、バシャバシャ撮っていました。(笑)

DSC01073.JPG


そして、ここが大広間。あの15代将軍徳川慶喜が、大政奉還を告げた広間である。

DSC01074.JPG



歴史の教科書で何回観てきたことであろう。
感動したが、思っていたより狭い印象だった。(教科書の絵だと本当に大広間という感じ。)



次に訪れたところが、京都御所。(京都御苑)

二条城と地理的に近いので、ぜひ寄ろうと思った。

首都が東京に遷都する前は、古来からずっと、天皇陛下は、この京都御所に住まわれていたのだ。

これがもう驚くぐらいスゴイ広い敷地なのだ。圧倒されるのと同時に、その中を徒歩で移動するのが相当つらかった。それくらい広い。外は普通の街の喧騒なのだが、敷地内に入るとその趣きというか空気が全然違う。さすがにセキュリティが厳しく、カバン中身チェックをやっていたし、宮内庁の職員スタッフが所々に立っていた。

DSC01116.JPG


まず御殿に入る前がこんな感じで果てしない。(笑)

DSC01084.JPG


これが紫宸殿。

DSC01095.JPG


京都御所において最も格式の高い正殿。即位礼などの重要な儀式がここでおこなわれた。
明治、大正、昭和の三代の天皇の即位礼は、この建物内で行われたそうだ。

その周りは朱肉色のこのような塀で囲まれており、この紫宸殿がものすごく権威のある建物に見える。

DSC01096.JPG


 

DSC01097.JPG

実際天皇が住まわれていた住居として使われていた御殿。

DSC01109.JPG


DSC01112.JPG


DSC01110.JPG



驚いたのは、この天皇のお住まいの御殿の前に造られていた庭園(御内庭)。あまりの美しさに言葉も出なかった。こんな美しい和の雅を感じる様式美の庭園は観たことがない!

DSC01106.JPG


DSC01103.JPG


とにかくとても厳粛な気持ちになった。

つぎに、場所は京都の端のほうにある嵐山まで行くことにした。
地下鉄を乗り継いで、こ~んなレトロな電車(笑)、嵐電線だ。

DSC01117.JPG


私が乗った車両には、偶然にも天井に桜の飾りが!

DSC01118.JPG


なんとも長閑な雰囲気で揺られながら、嵐山駅に到着。

DSC01149.JPG



これはなんだろう???とても日本風で面白い。

DSC01120.JPG



なんとホームの上には足湯があるのだ。和だねぇ。(^^)

DSC01151.JPG




まず目指したところは、渡月橋。

DSC01125.JPG




もうこれはとても有名なところですね。駅を出たら左折して歩いていたらすぐに到着する。

これで、つぎの嵐山の観光名所である竹林の道、竹林の小径を訪れることにした。
今度は駅を出て右折する反対方向にあり、10分位歩くだろうか?

最初、プロの写真で観ると、もうとても幻想的で、感動もんなのだ。
これにつられて、自分はぜひ行ってみたいと思ってしまった。

これがプロの図。

20100620203044a93[1].jpg


Arashiyama1[1].jpg



で、いざ自分が直接行ってみると、確かに感動。写真と違って観光客が多いけれど。でも自分が写真を撮ると、これが全然ダメなんだな。(笑)プロのような幻想的な雰囲気が出せない。もちろん人っ子一人いない現場を作るのだけれど、プロはやっぱりスゴイと思った。

私の撮った図。

DSC01128.JPG


DSC01130.JPG


DSC01132.JPG




もうこの頃になると足がかなり棒状態。相当疲れていた。京都御所がキツかった。



ついでに、この竹林の小径の隣にある天龍寺の有名な庭園を観ておこうと思った。
天龍寺というのは足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために建立されたお寺だそうである。

そこに有名な庭園があって、嵐山の雄大な眺めと曹源池が一体になったこのアングル。超有名だそうだ。美しい!

DSC01134.JPG



ここまで来ると、足はもう棒状態で限界。空腹の極致だったので、休憩がてら、京都名物であるとうふと湯葉を使った精進料理をいただくことに。


「嵯峨とうふ福」というお店

DSC01138.JPG


湯豆腐と湯葉のいろいろなメニューがあるのだが、私は嵯峨御膳という主に湯葉をメインにした精進料理を選んだ。

嵯峨御膳

DSC01145.JPG



美しい京料理の代表的な感じですね。

一番左下にあるご飯に醤油の餡がたっぷりかかっていて、それに黄身絡み(?)の豆腐と湯葉が絡んだものが、信じられないくらい美味しかった。




初日はこんな感じ。トータル2日間の滞在であったが、本当によく歩いて移動した。
ひとつの場所でじっくりと時間をかけて、ではなく、なるべく有名なところを短時間でたくさん観て回るという貧乏性な性格なもんで、お恥ずかしい限りです。

もし伴侶がいっしょに居たなら、「あなたといると疲れるわ」と言われそうな旅程であった。(笑)


広上淳一さんが京都市交響楽団を振る。 [国内音楽鑑賞旅行]

京都市交響楽団(京響)の創立60周年を締めくくる第610回定期演奏会が京都コンサートホールで行われた。

25/26日の両日行われ、自分は25日に参加。

マーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」という大曲で、合唱を含む総勢411人が壮大な音楽絵巻を繰り広げた。

自分はかねてより、「広上さんが京響を振る」という絵柄をどうしても見ておくことが、自分の音楽人生にとって避けられない運命のように感じて、機会を狙っていたのであるが、創立60周年を締めくくる定期公演のラスト、そして千人の交響曲という滅多に演奏される機会が少ない大曲、という願ってもなかった大舞台で、それを実現することができた。

広上淳一さんは、まさに2017年度で京響常任指揮者としては最長の在任期間である10年目を迎える。 


DSC01218.JPG
 


広上さんが常任指揮者に就任してからの京都市交響楽団は驚異的な能力の向上を遂げたとして、京都市交響楽団とともに「第46回(2014年度)サントリー音楽賞」を受賞している。

まさに、いまの京響サウンド&演奏スタイルを築き上げてきたのは、広上さんであり、団員からも絶大の信頼を得ているのだ。



自分が拘る理由がもうひとつある。

SNSで交友のある演奏家の方々が、広上さん門下生というか、教えを請うた者が多く、なにかこれも不思議なひとつの縁なのか、と自分で思うところがあった。

広上さんは、1958年生まれ。意外や自分とそんなに歳も離れていない。東京音楽大学出身。
日本デビューは、1985年のN響公演。その後、日本フィルの正指揮者にも就任。

海外オケとの客演では、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、バイエルン放送交響楽団など他多数客演。

2007年には、サイトウ・キネン・フェスティバル松本にも客演している。
群馬交響楽団、札幌交響楽団の友情客演指揮者にも就任。

そんな輝かしい来歴の中でも、やはり京響の占める割合が多く、充実と蜜月の日々を過ごしてきていて、まさに広上さんの分身ともいえるオーケストラなのだろう、と思う。

去年の夏と秋に、京響の演奏は、この京都コンサートホールで堪能できたが、いずれも客演指揮で、やはり「広上さんが振る京響」という図をどうしても観ておかないといけないという想いが強かった。


念願は成就した。願ってもいなかった大舞台のコンサートという形で。


今回の座席は、なんと最前列のスーパーかぶりつき。(笑)

DSC01221.JPG



どうしても、京響&京都コンサートホールの公演でチケットを購入すると、いずれも前方かぶりつきの座席になるのが不思議だ。マラ8の千人の交響曲なので、ステージ後方座席は、合唱団で占有される。


DSC01226.JPG





京響にとって、千人の交響曲を演奏するのは、じつに22年ぶり。

ステージに独唱の声楽家たち(指揮者の前)と約120人編成のオーケストラ、その後方には京都市少年合唱団と、一般公募を含む混声合唱団(後方座席)が陣取った。


この大曲に相応しい壮大なスケール感、合唱のハーモニーの美しさなど圧倒的な公演だった。
特に合唱のハーモニーの美しさは絶品で、音の厚みと和声感のある気持ちよさと言おうか。

いつも思うことなのだが、合唱を聴くとき、どうして人の声ってこんなにドキッとするほど、神聖な感じの美しさで重なり合ってホール内を響き渡るのだろう。楽器の響きにはけっして負けていない、というか根本的に違った魅力の人の声だけが持つ美しさがある。

一般公募も含む、ということだが、かなり高水準の域のように感じた。

広上さんの指揮は、過去2~3回拝聴したことがあるが、こんな間近で観るのは初めて。
汗が飛んできそうな感じだ。(笑)

過去のイメージと変わらず、相変わらずの広上節ともいえる指揮振りだった。
指揮台をピョンピョンと跳ね飛んで、まさに体いっぱい使って表現するエネルギッシュなその指揮法。

指揮者という稼業は、年齢が若い時は、それなりに体全体を使うダイナミックな指揮振りであっても、それが経年とともに、体が言うことを聞かず、年相応の動きの小さな指揮振りに変化せざるを得なくなっていくもの。

あのカラヤンがそうだった。

でも広上さんは御年の割には、まったくそのような心配が要らない、逆を言うと観ている自分たちが心配してしまうほど、躍動的でエネルギッシュそのもの。マラ8という大曲ということもあるが、まさに全身を使って、オーケストラから見事な躍動的なサウンドを引き出していた。

音のうねりやグルーヴ感を捻りだすところなんて見事であった。




今回は独唱の声楽家陣に不運が重なった。


当初予定されていた内外声楽家など、公演間近に続々とキャンセルが相次いだ。
急遽ピンチヒッターが任命された。

以前、堀米ゆず子さんのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のことを日記で触れたが、ヴァイオリン協奏曲でおよそこれだけの難曲を、直前のキャンセルでピンチヒッターで弾かなければいけなかった堀米さんの当時のプレッシャーと、それを見事に演奏しきったことには本当に敬服するばかり。

ゴローさんの日記で、この件と併せて、ピンチヒッターについて、もう2例取り上げられていたことがあったので、紹介しておこう。


35年ぐらい前に、ヴァイオリニストで芸大教授の海野義雄さんが、いわゆるグァダニーニ事件で検挙され ブラームスのヴァイオリン協奏曲をほとんど本番前日にキャンセル。

当時コンサートマスターに就任したばかりの徳永二男さんが、ピンチヒッターに立ち、オーケストラともども火を吹く様に激烈な演奏を展開し、男を上げたことがあった。



さらに、もう15年以上前のことになるが、ゴローさんがN響の番組を担当していたときに同じような状況で ピアノのソリストがキャンセル、 清水和音さんが ブラームスのピアノ協奏曲第2番のピンチヒッターを努めたことがあった。

本番前日のオーケストラとの練習にあらわれた清水さんは、充血した目に牛乳瓶のふたのような眼鏡をかけて 憔悴した受験生のようにすら見えた。 徹夜で練習したのに違いない。そんな姿を 彼が見せたのは初めてで、ゴローさんはとても驚いたそうだ。

なぜなら清水和音さんといえば いつも自信たっぷりで、歯にモノを着せぬ物言いで、その頃、しばしば物議をかもしていたからだそうだ。(真偽は不明ですが?)

結果は 見事だった。これぞ超一流のプロ!という立派な演奏で、ゴローさんの清水和音さんに対する見方が 大きく変わるきっかけとなったそうだ。




この3つのケースを書いてきた曲目が 

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、
ブラームスのヴァイオリン協奏曲
ブラームスのピアノ協奏曲第2番

とそれぞれのジャンルでも指折りの名曲・大曲揃いで、そのことが やはり演奏家のチャレンジ根性を引き出すのだろう。

厳しい見方かもしれないが こういう時にこそ演奏家の真価が問われるのかもしれない。



この日の独唱の声楽家たちは、見事にその重責を果たしていたと思う。マラ8という声楽が占める割合の多い曲で、ものの見事に代役の役割を完遂し、これを聴いていた自分は、まさにこのピンチヒッターという日記を思い出して、彼らを讃えるとともに、このことをぜひ日記に書こうと思った次第なのである。





京都市交響楽団 第610回定期演奏会
2017/3/25(土)15:30~ 京都コンサートホール

マーラー交響曲第3番変ホ長調「千人の交響曲」

指揮:広上淳一

髙橋絵理(ソプラノ)
田崎 尚美(ソプラノ)
石橋 栄実(ソプラノ)
清水 華澄(メゾソプラノ)
富岡 明子(メゾソプラノ)

福井 敬(テノール)
小森 輝彦(バリトン)
ジョン・ハオ(バス)

京響コーラス、京都市少年合唱団 ほか

管弦楽:京都市交響楽団


世界の朝食を食べさせてくれるお店 イスラエルの朝ごはん [グルメ]

2か月単位で、特集される朝ごはんのメニューが変わる。

3,4月はイスラエルの朝ごはん。

さっそく行ってきた。レギュラーメニューのイギリス、アメリカ、スコットランド(4月まで)の朝食は制覇したので、あとは、この2か月のインターヴァルで特集されるスペシャルメニューを制覇していくのみ。

いつまで特集できるかわからないが、できる限りチャレンジしてみる。

お店の門構えには、特集されている国の国旗が飾られる。これがイスラエルの国旗。

DSC01042.JPG



客層は、相変わらず若い女性が多い。今日は外国人の方も2人いらっしゃった。

これがイスラエルの朝ごはん。

DSC01043.JPG




東欧やアラブ諸国といった各地の食文化と、ユダヤ教であるユダヤ人本来の食文化とが融合してできたといわれる現在のイスラエルの朝ごはん。

写真に見える主食のパンが、東欧に住んでいた人が持ち帰った全粒粉でできたパン。

それにアラブ諸国の料理をベースにした目玉焼きがのったシャクシュカ。
ひよこ豆のペーストのフムス。
白いチーズにオリーブオイルとスパイスをかけたラパネ。(これはパンにつけて食べるものらしい。)


これがイスラエルの朝ごはんの全布陣。


ワンドリンクは必ず頼まないといけないので、イスラエルのザクロジュースを添えて。

我々日本人の味覚からすると、なかなか微妙な、なんとも言えない初めての味だった。
もちろん美味しいとは思うのだが、彼らとは基本的な食生活、味覚の感覚が違うような・・・。

我々がふだん美味しい、香ばしいと感じるのは、必ず油成分や塩分成分が含まれていると思うのだが、そういうものといっさい無縁のような気がする。


目玉焼きがのったシャクシュカ。

赤いのは、トマト味で味付けられている感じの不思議な食感。
化学調味料なんかいっさい使っていないトマトだけで味付けられている。


ひよこ豆のペーストのフムス。

これまた経験したことのないような不思議な食感。豆をすりつぶしてペースト状にした食べ物で、これも味付けはほとんどない。なんか芋をすりつぶして練り状にしたものを食べている感じ。フシギな食感・・・。


白いチーズにオリーブオイルとスパイスをかけたラパネ。

自分にとって、これが唯一のヒット作で、直感で美味しいと感じたもの。
白いチーズとのことなのだが、なんかヨーグルトみたいな味覚、食感で、それにかかっているオリーブオイルがとてもいい感じ。

デザートの一種なのかな?と思ったが、後でメニューを見ると、パンにつけて食べるんですね。
忘れてました。(笑)


そして、

全粒粉でできたパン。

これもかなり微妙な食感。日本のパンのように豊かではない。(笑)
かなり質素な造りで、パサパサな感じで、正直美味しいとは思わなかった。


とにかく、我々の味覚とあまりに違う、経験したことがないような味で、香ばしい、美味しいというよりは、化学調味料いっさいなしの健康食に近いような味だった。

普段の自分の舌が、いかに化学調味料こってりに染まっていて、それを美味しいと思っているかだね。

イスラエルという国は、どうしても戦争が絶えない危険な国という認識で、自ら旅行で訪れるということも、これからも一生ないと思うので、ある意味貴重な体験であった。

逆を言うと、そんな危険な国の朝食を日本で実現するというのは、随分思い切った、というか勇気のいるチャレンジだな、とも思い感心した次第である。(もちろん安全ルートでしょうが、どうしても先入観が・・・。)

とてもユニークなアプローチでよいと思いました。

このお店は、オーダーから最後の支払いまで、iPadのような携帯端末で全部処理しているのが、なんとなく進んでる印象でよかったです。(笑)






 


ゴローさんの置き土産・・・仲道郁代さんがデビュー30周年記念Blu-ray発売! [クラシック演奏家]

ゴローさんがディレクションして、世に出すチャンスのないままに、眠っていた映像。これを仲道郁代さんが今年でデビュー30周年として、なんらかの形で世に出せないかと、所属レーベルのソニーのプロデューサー古澤氏と検討しつつ、ついにめでたくお披露目となった。 

201702161848440[1].jpg
 

「ショパン・ライヴ・アット・サントリーホール」
Chopin LIVE at Suntory Hall /Ikuyo Nakamichi
~サントリーホールに満ち溢れる最愛の作曲家ショパンへの美しいオマージュ~

http://www.sonymusic.co.jp/artist/IkuyoNakamichi/info/478594


https://goo.gl/8UjeN5 (Amazon)


仲道さんのライブの映像としては、じつに10年ぶりとなる。2010年のサントリーホールでのコンサート。ショパンの世界を、スタインウェイとプレイエルと、両方で描いている。

仲道さんは、今年デビュー30周年なのだが、サントリーホールも開館30周年で、そのサントリーでのライブをパッケージ化というのも、なにかしらの縁のように思える。

ゴローさんの遺作。もちろん5.0サラウンドだ。

仲道さん曰く、

「カメラワークの細やかさが素晴らしくて、悟朗さんに対する尊敬と感謝で胸がいっぱいになりました。この映像を世の中に出すことが出来るようになって嬉しいです。」

「悟朗さんのセンスと愛にあふれる映像です。こんな風に記録を残してくださったことに感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。ちなみに、悟朗さんは、NHKのショパンの足跡を辿る旅の番組をつくってくださった方でもあります。もっと長生きしてほしかったです。」



これは絶対買いだ。



ゴローさんが逝って、早4年経つ。


目まぐるしい音楽業界では、その存在を忘れかけられそうな感じなことも否めないが、嬉しいではないか!このように、ちゃんとゴローさんのことを忘れずに、メモリアルとして世に語り掛けてくれること自体が。

ゴローさんって確かにオーディオが趣味であるけれど、やっぱり「映像の人」というイメージがある。クラシックコンサートを撮影するカメラワークには一種の拘りがあった。

EuroArtsなどの欧州のBDソフトのカメラワークなど、演奏の旋律に合せて一瞬で、”ある特定のショット”にパンするのが、すごいあざとくて嫌なんだよね、と言っていた。

自分の美学というのを持っていた。

逆に自分のクラシック友人は、EuroArtsのBDソフトは、刺激的な演出。。。それに対して、NHKのBDソフトは優等生的な演出で退屈と言っていた。

やはり人が受ける印象はそれぞれなんだなぁ、と感じた。

ぜひ仲道さんの10年振りのコンサートライブを、ゴローさんのカメラワークで堪能したいところだ。

今回のソニーミュージックのBDソフトの紹介説明文で、とてもうれしい記述があったので、ここで紹介しておきます。これを読んで、自分はすごく嬉しく感じました。


映像監督は元NHKの名プロデューサーであった小林悟朗氏(2012年逝去)。NHK時代にさまざまな音楽番組の制作を手掛け、中でも小澤征爾から全幅の信頼を寄せられていました。ブルーレイディスクによるクラシック音楽ソフトとしてベストセラーとなった、2008年カラヤン生誕100年記念演奏会での小澤/ベルリン・フィルの「悲愴」も小林氏によるもので、演奏家の魂の躍動を映像化することが出来た稀有のプロデューサーでした。小林氏渾身の映像は、サントリーホールに満ち溢れる仲道の演奏の魅力を余すところなく描き出しています。

仲道郁代さんは、とてもピュアなお方で、聡明で、しかも自宅にGOTOシステムを持つオーディオファン!女性、しかも演奏家、一番オーディオをやらなさそうな人が、じつはコアなオーディオファイルなので、我々もビックリしたところだ。ゴローさんが、惚れこむのもわかるような気がする。

昔、ゴローさんがエム5さんに、「GOTOシステムで鳴らしてるピアニストが居る、しかもそれが女性なんだ。。。」と。そして黙って、ある一枚のBDをエム5邸サラウンドシステムに載せ150インチスクリーンで再生。そこにはスタジオで一心不乱に曲を奏でる仲道郁代さんの姿が。。。

視聴後、「どうだい?日本人でもここまで弾けるピアニストが居るんだよ!」って胸張って、仰ったそうだ。

言葉も無い位にグッときて、いまもエム5さんにとって、忘れられぬ、素晴らしい思い出の一つになっているそうだ。


体験!松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール) [コンサートホール&オペラハウス]

たぶん室内楽ホールとして最高の音響だと思えた。

最近知ったことなのだけれど、人の耳の聴こえ方って、指紋、声紋と同じで、耳の構造、音の捉え方、聴こえ方って、個人、1人1人で全然違う特性・個性なのだそうだ。コンサートホールの音響にしても然りで、その評価基準で、個人差はあると思うので、決めつけたりはしない。

またコンサートホールの優劣や順番つけというのは、音楽界での社会的マナーとして原則やってはいけないものだと最近思っているので、そこも詳らかにはしない。

あくまで自分の鑑賞基準だけれど、この松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)は、室内楽ホールとしては、自分が過去聴いてきた室内楽ホールの中では最高水準のように思えたのだ。

首都圏の室内楽ホールで、自分がお気に入りなのは、上野学園石橋メモリアルホール、東京文化会館小ホール、そして白寿ホールが3本の指に入るホール。

石橋メモリアルホールは、とにかく聴いた第一印象がすごいライブな空間で、なんともいえない残響感が堪らないホールだった。

調べてみると、満席時で、1.5秒~2.0秒の残響時間で、中音域から低音域がやや持ち上がった特性で、豊かさと輝きのある独特の響きの空間が特徴。竣工当時、東京ではもっともライブな空間で、音楽ファンに与えたこのホールの響きのインパクトは、かなり大きかったのだそうだ。

自分がこのホールを最初に聴いた印象は、まさにそんな感じの音響空間だった。

ホールの構造が、側方反射音を意識した設計になっていて、人間の耳というのは左右90度の真横から反射音が入ってきたときが1番音の広がりを感じる構造になっているのだそうだから、この側方反射音が得られるように設計されているという理屈は、その結果として、このライブな空間が得られているという結果、納得いくところであった。

コンクリートなどの石造りのホールで、硬質なサウンドが骨子なので、ひんやりとしたクリスタルなサウンドも堪らなかった。




東京文化会館小ホールは、扇型の形状で、シューボックスが保証する側方反射音はなく、客席への反射音は、舞台正面の折れ壁状の反射板と、ステージ奥から客席後部に傾斜している天井の2ポイントから発生する。つまりステージから縦方向に、直接音と反射音が到来する音像型の音響。

残響時間も1.4秒と少なめ。でも自分は、ここでのピアノリサイタルなどのピアノのクリスタルな音、節度のある響きの中で聴きとれる楽器の細やかなサウンド。最近のホールにない落ちついたシックな空間が、とてもお気に入り。

ここも前川國雄さん設計のコンクリート打ちっぱなしの石造りのホール。硬質なクリスタルなサウンドだ。



白寿ホールは、奇抜な内装空間で、壁と天井を流線型のフォルムで構成されていて、その現代的で斬新なデザインは圧巻。

ここの印象は、とにかく、ステージからの音のエネルギー感がたまらなく大きいというか、要はステージの音が飛んでくるのだ。後方座席に座っていたのだが、まるで、前方座席に座っているのと変わらないくらい、音のエネルギー感が大きい。シューボックス型で、この流線型のフォルムというのが、音が濃い、座席による優劣がない、というところに起因するのかな?とも思える。このファクターは、コンサートを鑑賞する立場からすると堪らない魅力である。




なぜ、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)を訪問しようと思ったのか?

それは、オーディオライフをやってきて、このホールで数々の名録音が生まれていて、それを聴いてきて育ってきているので、ぜひ訪問したいホールだったのだ。


松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)での優秀録音と言えば、この2枚が挙げられる。 

51IfGPQZRpL[1].jpg
 

工藤重典さんと吉野直子さんのフルートとハープのデュオ

https://goo.gl/T2QTNl


これはじつに美しい録音。聴いていて心の底から癒される1枚である。本当に美しい!ダマーズ、フォーレ、クルムフォルツ、ロッシーニなどの珠玉の名曲を、工藤さんのフルートと吉野さんのハープで奏でていく。

せっかく美しい音響空間のホールなのに、やや近接のオンマイク気味の録音なのだが、録音レベル、音圧も大きく、とてもエネルギー感溢れる録音になっている。おススメの1枚です。 

41X2KP6TGTL[1].jpg
 

バッハ ブランデンブルグ協奏曲(全曲)
サイトウ・キネン・チャンバーズプレイヤーズ

https://goo.gl/KzZ6GM


古楽器で奏でるブランデンブルグ協奏曲の素晴らしさ。これも近接オンマイク気味だが、この古楽器の落ち着いた感じの音色が心地よい。とてもいい録音だと思います。この盤は、自分のこの曲のバイブルになっています。



松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)は、じつは松本市内にある訳ではないのだ。松本に着いたら、さらにローカル線の大糸線で、2駅行ったところの島内駅で下車する。

下車したら、すぐその近くに佇んでいる。

美しい自然の公園の中に、佇んでいる感じで、本当に美景観、絵になるショットだ。


松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)

DSC00998.JPG


DSC01000.JPG


エントランス

DSC01003.JPG


DSC01007.JPG


DSC01010.JPG


メインホール(室内楽ホール)と小ホールの施設がある。
こちらは小ホール入り口

DSC01005.JPG


ホワイエ

DSC01027.JPG


DSC01026.JPG



いよいよメインホールに潜入。

DSC01013.JPG


最後尾から前側方を撮ったアングル。

DSC01015.JPG


ステージから最後尾を撮ったアングル。
座席には傾斜がついていて、かなり急勾配。

DSC01018.JPG


ステージから、後側方を撮ったアングル。

DSC01019.JPG



天井

DSC01017.JPG


ステージ(今日は室内楽コンサート)

DSC01020.JPG



パイプオルガン(ベッケラート社(ドイツ)製オルガン設置)

DSC01024.JPG


自分の今回の座席。(前方3列目のかぶりつき。(笑))

DSC01022.JPG



693席の室内楽ホール。
シューボックス型のホールである。
天井が教会のように、三角形の形である。天井の高さはかなり高い。

全体にコンクリートの石造りのホールである。

とにかくすごいライブな空間。残響時間は、2.2秒。(満席時で、2.0秒)石造りのホール独特の硬質でクリスタルなサウンドで、あまりに響きが豊富なので、真っ先に思い浮かんだのは、ヨーロッパの教会の中で演奏を聴いている感じで、自分の周りが響きで囲まれているかのような錯覚に陥る、あのイメージだった。

やっぱりシューボックスなので、ステージからの音が四方面で反射を繰り返し、音が濃くて、響きに囲まれている感じになるのだろう。音の広がりを感じさせる要因の側方反射音も、この構造なら、簡単に実現できる。

前方かぶりつきにも関わらず、ホールの響きがこれだけ豊富に聴こえたら本物。

あと天井が高いので、ホールの容積も室内楽ホールにしては大きいほうの部類に入り、広い空間で音が伝搬するときに感じるような”スケール感”みたいなものが快感だった。

音色の芯が濃くて太く(特にフルートの音色)、がっちり安定して聴こえて、音像もキリッと鮮明。響きが豊富なので、ピアノは混濁寸前。(笑)

でも響きが豊富なホールにありがちな「響きに音像が埋没する」という現象はなかったと思う。音像と響きはきちんと分離して聴こえていた。

もう言うことなし、という感じで、これだけのサウンド・パフィーマンスであれば、どんな方が聴いても、音がいい!とわかるんじゃないかなぁ。(^^)

とにかく脅威の音響だった。そしてなによりも自分好み。

この音響を聴いたとき、1番先にイメージに湧いたのが、石橋メモリアルホールの音響イメージに近いな、と思ったこと。すごいライブな空間といい、なんか自分の耳に聴こえてくるイメージが、石橋メモリアルホールの雰囲気とすごい近いと感じたのだ。

いやぁ、何回も通いたいなぁと思ったが、松本は遠すぎ。(笑)

さて、今回は、ここで室内楽コンサートを堪能した。

DSC01004.JPG




佐藤俊介&小菅優&L.コッポラ トリオ
20世紀の作品群 ヴァイオリン、ピアノ、クラリネット三重奏


ミヨー、ラヴェル、ベルク、ハチャトリアン、ストラヴィンスキーの三重奏を、素晴らしい音響下のもと、思う存分楽しんだ。途中、佐藤俊介さんのMCでのレクチャー入りで、見識深い背景なども拝聴しながらのコンサートだった。

自分は、音響がいいと、本当にうっとりする感じで、演奏も文句なく満点を与えてしまうような傾向にあるのだが(笑)、でもそういう環境抜きにしても、お世辞ではなく、質の高い演奏だったと思う。

前方かぶりつきで聴く室内楽は、フレージングや演奏者の息遣い、お互いのあ・うんの連携感がリアルにわかる妙があって、これがたまらなく生々しかった。



小菅優ちゃんは久しぶり。

ずっと応援してきている演奏家で、しばらくご無沙汰だったのだが、まったく外見、演奏も変わらないイメージで安堵した。昔、小澤さん&水戸室とのメンデルスゾーンのピアノ協奏曲のBlu-rayを、もう擦り切れるほどよく繰り返して観ていたものだった。

これからも機会があれば、演奏会に足を運びたい。

早朝5時に家を出て、帰京したのが23時という強硬日帰り日程だったが、終わってみれば素晴らしい室内楽ホールとの出会い、そして室内楽コンサートを楽しめたこと、まったく疲労はなかった。


ぜひチャンスがあれば、またこのホール、体験してみたいものだ。


世界の朝食を食べさせてくれるお店  中国の朝ごはん [グルメ]

2か月単位で期間限定メニューで世界の朝食を紹介していく仕組み。もちろん先述のレギュラー・メニューでサーブされる3食の世界の朝食も健在だ。

1,2月の期間限定のスペシャル編は、中国の朝ごはん。

これが中国の朝ごはん。

DSC00996.JPG




見ての通り、中華粥がメインでど~んっと!中華まんの姿も見える。あっでも肉まん、あんまんではありません。(笑)

そしてパンみたいな棒状のものがあるのだが、最初固いと思っていたら、スゴイ柔らかくて脂状に香ばしくてメチャウマー!

そして、付け合わせがついている。これがワンプレートになって、中国の朝ごはん。

それぞれ詳しく説明していこう。


中国の朝ごはんは、温かい消化によいものを食べるというのが特徴。特に上海ではお粥が好んで食べられるんだそう。中でも人気なのがピータンと脂身の少ない豚肉のお粥。

このお粥には別皿で、シャンツァイ(パクチー)、ザーサイ、豆腐乳のお粥用のトッピング付きなのだ。お粥を食べるとき、これらをお粥にかけて豪快に食べる。

ものすごく美味しいけど、同時に健康的な感じ。お粥は無味ではなくて軽い塩味がついていたような???でも基本はトッピングをたくさんかけて掻っ込むという感じ。スゴク美味しいです。

肉まん、あんまんみたいな中華まんですが、これはそうじゃなくて(笑)、中には椎茸や青葉などの餡が入っていて「菜包(ツァイパオ)」といった点心類。

どちらかというと、やや無味無臭に近い感じだけど、ほんのり薄味がついている感じかな?

そして見かけ上、冷たい固いパンに見えた棒状のもの。これは、小麦粉を棒状に揚げた「油条(ユーティアオ)」というもの。これはすごく温かくて揚げたてという感じで、小麦粉なので、食感もモチモチで、これまたメチャウマーです。

自分の好みでは、これが最高にうまかったかな~(^^)

これが中国の朝ごはんの定番だそうだ。

そして上海で人気の小菜(簡単な料理)である高菜と菊と枝豆を和えた、付け合わせがある。

これらがワンプレートになっている。


美味しいけど、意外と中国の朝ごはんは小食なんですね。(笑)

でも大変美味しゅうございました、です。

次回の3,4月の期間限定メニューは、イスラエルの朝ごはんになります。


世界の朝食を食べさせてくれるお店 レギュラーメニューの朝ごはん [グルメ]

じつは、3回目になる北海道の友人を「東京へおもてなし」をする計画を立てている最中で、そのときにネットをググっていたら、偶然見つけたお店であった。

WORLD BREAKFAST ALLDAY
http://www.world-breakfast-allday.com/

「朝ごはんを通して世界を知る」をコンセプトに、世界中の朝食を食べさせてくれるお店なのだ。

伝統的な朝ごはんは世界的に消えつつあるが、そんな朝食を、ここ日本で堪能できて、世界中を旅した気分になれる!

これは、すごい素敵なコンセプトだと思った。
いままで全く知らなかった。

過去のメニューのアーカイブを覗いてみる。

http://www.world-breakfast-allday.com/archives

この世界の朝食の写真の一連を見て、これは素敵!だと思った。
こんな料理は、ちょっとそこらでは絶対体験できない。

自分は、この写真でいっぺんにやられた。(笑)

これはぜひ体験してみたい!

自分の取材心に火をつけ、一連の世界中の朝食を全部制覇して日記にしようと即座に決心したのである。

メニューを覗いてみる。

http://www.world-breakfast-allday.com/menu


大きな柱として、レギュラー編とスペシャル編の2部構成に分けられる。

レギュラー編というのは、いつ行っても食べられるレギュラーでサーブされる朝食。

イギリスの朝ごはん
アメリカの朝ごはん
スコットランドの朝ごはん(ポーリッジ)


そしてスペシャル編というのが、2か月単位で、メニュー変更していく期間限定の特別メニューだ。

1,2月は中国の朝ごはん。
3,4月はイスラエルの朝ごはん

という予定なのだ。

写真は、FBからお借りしているイスラエルの朝ごはん

16473738_1326937370695843_4780091133491272858_n[1].jpg



7:30 am~20:00 pm までやっていて、年中無休のようだ。(もちろん夜だから夕ごはんを出すのではなく、1日中朝ごはんを提供するというものです。)

残念ながらサイトにアクセスマップがないのだ。

住所は、東京都渋谷区神宮前 3-1-23-1F

となっている。

電話でお店の方に最寄り駅を聞いて、現場に着いてから再度電話上でナビゲートしてもらったら、辿り着くことができた。

なんか知る人ぞ知る隠れ家の名店みたいだ。(笑)

ここで私が写真付きでナビゲートしておこう。

メトロはいろいろなところからアクセスできるのだが、私は銀座線の外苑前駅で下車して3番出口を地上に上がっていく方法を選んだ。(お店の方によると、このアクセスが1番簡単なんだそうだ。)

そういうとこういう風景に出くわす。

DSC00973.JPG


目の前の信号&横断歩道を渡り、BMWのビル(そしてマクドナルドの赤い看板)の前をひたすらまっすぐ歩く。

そうすると最初に交差点&信号にぶつかるので、そこを右折する。
右折して、まっすぐ歩道を歩く。(車道は左側になる)

そして、3分位歩くと、車道を挟んで向かい側に、香港屋台のG-1というお店が見つかる。
そのすぐ左隣が、目的地のWORLD BREAKFAST ALLDAYなのだ。

DSC00980.JPG



WORLD BREAKFAST ALLDAY

DSC00986.JPG



なんかとてもマニアックな雰囲気があってグー。1,2月の期間限定は、中国の朝ごはんなので、入り口のところに中国の国旗が飾っている。


店内(キッチンの方向へ)

DSC00956.JPG



店内(入り口の方向へ)

DSC00989.JPG



テーブル

DSC00957.JPG



とても狭いお店で、長方形のテーブルがど~んと縦長に置いてあって、みんなで相席。

ここで、レギュラー編の3品を紹介していこう。
(あっ念のため、一遍に食べたのではありません。(^^;; 取材のため、数回にわたって通いました。)

客層は、圧倒的に若い女性ばっかり。ときより海外の方が1人で立ち寄るみたいな感じが数人。
やっぱり女性と外国人の方が圧倒的ですね。

休日の朝の時間帯に行くと、超満員。この長テーブルに若い女の子でぎゅうぎゅうでいっぱいになる。オジサンにはツラいものがあったかも・・・(笑)

自分は平日にも行ったので、時間を外すと空いていた。外国人の方がぽつりぽつりという感じ。

お店のスタッフの方は、みんな若い女性。日本人が大半だが、片言の日本語の女性の方もいらっしゃいました。(でも日本語上手!)

店内には音楽系のラジオがかかっていて、海外(英語)のラジオが音楽とともに流れているのだが、これがおそるべく音がいいのだ。(笑)店内のSPを捜したのだけれど、音の出どころがわからない感じで、店内を広がって聴こえるんだな。

驚いた。

壁はベージュで土塗りの感じ。壁をコンコンと叩いてみると、中が空洞になっているということもなく、びっちり埋められている感じで、壁反射&空洞による2次共振という弊害もなさそうで、音がいいのもそのためか、とも思ったり。

スンマセン、また職業病が・・・。


レギュラー編の3食は、大体1500円くらいのお値段。
ここで食事をするなら、必ずワンドリンクは頼まないといけないルール。

まず

アメリカの朝ごはん

DSC00959.JPG



パンケーキですね。(ホイップバターがのっている。)それにカリカリに焼いたベーコン、エッグ、マッシュルームという典型的なアメリカン・ブレックファースト。

まっ普段食べている、海外ホテルのコンチネンタル・ブレックファーストのちょっと廉価版という感じでしょうか?

そして、

イギリスの朝ごはん

DSC00961.JPG


産業革命の頃から食べられているイギリスの定番朝ごはん「フルブレックファースト」というもの。フライドブレッド(乾燥したトーストパン)、ベイグドビーンズ、卵、マッシュルームとトマトのソテー、ハッシュブラウン、そしてソーセージ。

これは、自分はウマいと思った。アメリカの朝ごはんより、ずっとこちらのほうが美味しい。ソーセージと卵、ベイグドビーンズが絶妙の掛け合いで超ウマい!

よくイギリスはメシがマズい、とみんなから言われるけれど、なになに、決して捨てたもんじゃないよ!という感じである。

イギリス・ロンドンに住んでいた自分として溜飲を下げた感じである。


そしてスコットランドの朝ごはん、通称ポーリッジ。

DSC00994.JPG




これは1番ウマかったねぇ。こういう独特のお店のコンセプトなら、ぜひこういうちょっと食べたことのないような一風変わったよう朝ごはんを食べることをお勧めします。一応レギュラー編の中には入っているけれど、正確には11月~4月の限定メニュー。

お早めにどうぞ!自分は、これを1番お勧めします!

とにかくいままでに食べたことのない味で、すごい不思議な食感、香ばしくて美味しかった。

スコットランドなどのヨーロッパ北部で食べられる温かいオーツ麦のお粥なのです。1粒を2つか3つにカットしたピンヘッドオーツ麦をコトコト煮て、冷たいミルクとゴールデンシロップをかけて食べるのが正しい食べ方。そこにフルーツシチューにすりおろしリンゴとナッツを添えてシナモンをかける。

メチャウマー(^^)って感じです。


こうやって世界各国の伝統の朝食をサーブできるって、じつは相当大変なことだと思います。

食材を各国から提供してもらうパイプラインを確保しないといけないし、現にスタッフたちが世界各国に行って、その各国の伝統の朝食の作り方を伝授してもらわないといけないこと。それだけのコネクションが世界中にないといけないことですよね。

それを世界各国でやるとは!大変なことだと思います。

しかし、このお店、昔から有名だったんだろうか?
自分は先日存在を知ったばかりなのだが、とてもユニークなお店で気に入りました。

ぜひ取材を定期的に続けて、世界の朝食を全部制覇して日記にしてみたいです。

次回は、中国の朝ごはんになります。


PENTATONEの新譜:コジュヒンというピアニスト [ディスク・レビュー]

この新譜は間違いなくAuro-3Dで収録している。ポリヒムニアがそう宣言して投稿していた。

Auro-3Dはベルギー発の3次元立体音響のフォーマット。

基本用途は映画での使用で、従来のX-Y軸の水平方向のサラウンドだけではなく、Z軸の高さ方向のディメンジョンを加えた3次元空間での音表現を目的としていて、高さ方向として天井SPを配置した9.1chなどの3Dサラウンド環境で聴くことを前提としている。

でも、この開発者は、もともとは教会で聴く音楽を、自分の周りを美しい音の響きで包まれたような(彼らの用語でイマーシブ・サウンドという呼び方をしている)、この感覚をぜひ再現したい、というところからスタートしていて、そのルーツにはやはり音楽があった。

その点、Dolby AtmosやDTS-Xなどと比較すると、より音楽的アプローチの色合いが強いフォーマットなのだと思う。

そこにポリヒムニアが着目して、Auro-3Dを、いわゆる収録時でおこなう隠し調味料的な使い方をするようになった。

別に9.1chの天井SP環境で聴かないといけない訳ではなく、従来の5.0chのサラウンド&SACDという物理媒体フォーマットで聴くことが前提で、でも聴いてみると、しっかりと高さ方向の3次元空間が感じ取れる、いわゆる下位互換が成り立つ、そんな隠し調味料的な使い方で我々に、このフォーマットを紹介してくれた。

だからブックレットを見ても、Auro-3Dというロゴもないし、記述も一切ない。

つまりPENTATONEの新譜は、どれがAuro-3Dで録っていて、どれがそれじゃないのか、など普通では知り得ないのだ。

でも大体聴いたら一発でわかります。(笑)

でも、今回のこの新譜は、最初からポリヒムニアが、Auro-3Dで録っていると宣言していたので、だから着目していたのだ。

録音ロケーションは、ポリヒムニアにとってもう専属契約スタジオと言っていい、オランダ、ヒルフェルムス、MCOスタジオ5。

そのときのAuro-3Dでのセッションの様子。(以下に掲載する写真は、FBからお借りしています。)


10455370_864238463687535_8508884292358784108_n[1].jpg




そんな楽しみな1枚だったのが、このディスクだ。 


092[1].jpg
 

ブラームス主題と変奏、バラード集、幻想曲集 

デニス・コジュヒン


https://goo.gl/0Epwr6 (HMV)

https://goo.gl/a5i7oh (Amazon)

https://goo.gl/7mTfV3 (Tower Records)



デニス・コジュヒンというロシアの俊英ピアニスト。 


14199583_1213756862000326_5033996785001953194_n[1].jpg
 


世界三大ピアノコンクールの一つに数えられるエリザベート王妃国際コンクール。

その2010年の覇者である。

2011年、2013年、2014年と立て続けに日本公演を行ってくれていて、音楽仲間による、その公演評は、ほとんど絶賛の嵐という凄い評判であった。

自分は実演に接することはできていないのだが、そこまで凄いピアニストであるならば、ぜひ聴いてみたい、観てみたいと思うのが心情というもの。

そんな情報を持っていたので、そんな彼が去年の2016年にPENTATONEの専属契約アーティストになったことは驚きだった。

PENTATONEからの第1作目は、チャイコフスキーとグリーグのピアノ協奏曲。これは、まだ聴いていないので、今回の新譜を聴いて、あまりに素晴らしかったので、ぜひこの1作目も聴いてみたいと思い、慌てて注文しているところである。

2作目にあたる今回の新譜は、ブラームスのピアノ独奏作品をとりあげた。
クララ・シューマンに献呈された「主題と変奏」で、弦楽六重奏曲第1番の第2楽章をピアノ独奏にブラームス自身が編曲した作品。そして「バラード集」と「幻想曲集」。

ブラームスのピアノ独奏作品に特有な内省的でありながら叙情的でもあるその調べを、まるで濃淡のくっきりした水墨画を観ているかのように、描き上げる表現力はかなり聴きごたえがあって、さすが評判が高いだけあると自分も認識できた。

とくにピアニッシモの弱音表現が素晴らしく秀逸で、ソフトなピアノタッチが柔らかく安定していて、そして奏でられる音色の柔らかい質感。

これって、かなり難しい。

ピアノって、速射砲のように連打するトリルのような表現が、いかにもピアノが上手いと思われがちだが、じつは弾く側の立場からすると、超弱い打鍵で、優しく、長く安定して弾くことのほうが遥かに難しい技術なのだ。

このコジュヒンというピアニスト、もちろんブラームスの独奏作品ということもあるかもしれないが、この弱音表現が、じつに深みがあって、情感豊かで、こちらに訴えかけてくるような雄弁さがある。

たしかに凄いピアニストの片鱗を垣間見た感じ。

ぜひ実演に接してみたいピアニストだ。

なんでも今年の秋にまた来日してくれるという噂もあるし、ベルリンに今年の3月にオープンする新室内楽ホールである「ピエール・ブーレーズ・ザール」(去年亡くなったフランスの作曲家&指揮者のピエール・ブーレーズを冠にしたホールで、ダニエル・バレンボイムが中心となるバレンボイム・サイード・アカデミーの本拠地。)でも、ベルリン・フィルのエマニュエル・パユとデュオのリサイタルをやるそうで、これは行ってみたい。(ホールもすごく興味があるのだ!)


そして、お待ちかねのサウンドの評価。

まずすぐに印象に残ったのは、ピアノの音色の質感が、すごく洗練されていること。従来のPENTATONEのピアノの柔らかすぎな音色ではなく、かなり洗練されている。そう!先日の児玉麻里・児玉桃姉妹のチャイコフスキー・ファンタジーの音色と全く同じ毛色の質感に感じる。

PENTATONE(ポリヒムニア)はピアノの録り方がうまくなったよなぁ。(笑)

基本はやや硬質気味で、ほんのり響きがうっすら乗って潤いあるみたいな感じ。キンキンしたキツイ感じはないし、どんより籠っている感じもない。

バランスが取れた洗練された潤いのある音色の響き。

そしてなによりやっぱり立体感だよなぁ。もう何回も口がすっぱくなるほど言っているけれど、そのホール&スタジオでの空間、エアボリュームの気配感を感じるような音の佇まい。

ピアノが鳴っている音と、この空間とのバランスが見事に調和していて、じつに立体的に聴こえて、これぞ優秀録音という感じで、いかにもオーディオマニアが喜びそうな録音に仕上がっている。

高さを含めた3次元の空間で音が鳴っているように感じるのは、やはりAuro-3Dで録っている効果なのだろう。

一度、こういう「音のさま」で聴いてしまうと、もう後戻りはできないと思う。

もう実現しているのかもしれないが、これだけ効果がてきめんで聴こえるなら、今後もずっと全作品ともAuro-3Dで録ってほしい。

今回のトーンマイスターは、バランスエンジニア&ミックス&編集とも、エルド・グロート氏の仕事。さすがの一言!いい仕事をする。

ディスクレビューの日記を書くのは、結構エネルギーがいるので、このところ立て続けに書いていることもあって、今回の新譜は日記を書かないつもりだった。

でも、これだけ素晴らしい録音で、素晴らしいピアニストを聴くと、やはり日記に書いて紹介しないと罪作りだと思えた。(笑)

PENATONEは、本当に素晴らしい希有のピアニストを、自分たちの布陣に加えることができたと心から嬉しく思う。


児玉桃さんのECM録音 第2弾 永遠のパートナー [ディスク・レビュー]

ECMというレーベルは、マンフレート・アイヒャーによって設立されたレーベルで、ミュンヘンに拠点を持つ。まさにアイヒャーのワンマンと言ったら語弊があるが、彼の持っているビジョンが、レーベルのすべてのカラーを決めているような一種独特のセンスを持ったレーベルだ。

厳冬を思わせるシルエットで統一感のあるジャケット、寒色系でリバーブを少しかける鋭利なサウンド、メジャー路線には決して屈しない拘りぬいた所属アーティストのプロデュース、すべてがアイヒャーの持つポリシーのもとで、運営されている。

このようにあらゆる面で、レーベル全体が統一感をもって企画されているため、万人受けではなく、最初から固定ファン層を獲得することに狙いを定めているように思える。

かなり個性のあるレーベルだと思う。

元々ジャズをメインに録音してきたレーベルなのだが、1984年にECM New Seriesと称して、現代音楽、バロック音楽などの録音も始めるようになった。このジャンルが、彼らのECMレコードのクラシック録音ということになる。

こんな強烈に個性のあるレーベルに、日本人としてECMと初めて契約して、CDを出したアーティストがいる。

ピアニストの児玉桃さんだ。

2012年に第1弾が出て、武満さんやラヴェル、メシアンの曲などを収録している。

自分はこのCDの存在を後年に知ったのであるが、ECMから日本人がCDを出せるなんて、ということで、大層驚いたし、素晴らしい優秀録音で、自分の日記にも書いた。

そして、ついに第2弾が出たのだ。 


679[1].jpg
 


『点と線~ドビュッシー:12の練習曲、細川俊夫:エチュードI-VI』 児玉 桃

https://goo.gl/pOBNMq (HMV)

https://goo.gl/QtiZOS (TOWER RECORDS)


作品は、ドビュッシー晩年の名作「エチュード(練習曲)」に、日本の現代音楽作曲家の細川俊夫さんが作曲した「エチュード(練習曲)」を交互に挟みながら構成されているコンセプトアルバムである。

なぜドビュッシーのエチュードと、細川さんのエチュードを交互に挟んだ構成なのか?

これはライナーノーツに児玉桃さんが詳しくそこに至るまでのプロセス、心情の過程を寄稿している。

いままで長い間、リサイタルで、ドビュッシーの曲を弾いたり、細川さんの曲を弾いたりしてきたことで、この2人が、前任者と後継者の関係にあるという立ち位置で、自分の中には、浮かび上がってくるのだそうだ。

そして桃さんが、アイヒャーに、この2人の作品(エチュード)を交互に配列して弾くことを提案。

でもこの試みには、もうひとつ大きな個人的見解があって、フランスと日本の音楽家、アーティストには、お互いの国の文化を交互に尊敬しあう興味深い嗜好があること。ドビュッシーは、日本の文化を深く愛していた。彼の作品の交響詩”海”の初稿の表紙には、葛飾北斎の画が使われていたり、フランスの画家のモネは、日本の木版画をコレクションしてたり、非ヨーロッパ的なものに憧憬の念を抱いてきた。

片や、日本人の作曲家の武満徹さんは、ドビュッシーに代表されるようなフランス音楽に大きな影響を受けてきた。

このようにフランスと日本人の芸術家たちは、お互いの文化を尊重し合ってきた。細川さんの曲を初演含め、委託されて弾くことの多い桃さんにとって、細川さんの曲は、とくにドビュッシーの曲に相通ずるものが多いのだそうだ。

自由な作曲技法、配色の重ね合わせ&表現などなど。特に黙想を思わせる”間”や、音楽表現の中に現れる、詩的表現、叙情的表現などがとてもかなり深い部分で、この両作曲家には共通しているものを感じるとのこと。

そんな想いから、両作曲家の曲を交互に並べるというコンセプチュアルなアルバムをアイヒャーに提案し、実現となったようだ。

以上は、児玉桃さんの寄稿の部分を私の拙い英語読解力で書いているので、かなり曖昧なこと、お許しください。(笑)



実際アルバムを全般に聴いてみての私の印象を述べてみる。

ドビュッシーと細川さんの曲を交互に並べ再生されるのだが、ドビュッシーは薄暗い闇の中の微かに漏れこんでくる採光、そして続く細川さんの曲は、陰影感たっぷりの漆黒の世界というまさに”明・暗”の世界が交互に並んでいるように自分には聴こえた。

でも、そこには、両者とも、現代音楽特有の前衛的な表現が共通していて、隙間の美学、鋭利な音表現の世界は、確かに相通ずるものがある、と自分にも理解できる。


いやぁ、かなり芸術的で抽象的・文学的でさえある精神性の高いアルバムに仕上がっているなぁ、と思いました。


かなり硬派な路線のアルバムです。

こういう硬派路線では、サウンドのクオリティーが高くないと洒落にならない。


そこで・・・サウンドの評価。

2chステレオ録音。

前作のECM録音第1弾は、先入観なしに聴くと、それはそれは素晴らしい録音なのであるが、どちらかというとオンマイク気味の録音で、ECM独特のリバーブを施しているのがはっきりと分かる感じのテイストであった。

ギラギラした感じの結構鮮烈なサウンド。

自分の好みからすると、もうちょっと空間感というか、マイクとの距離感が欲しい感じがして、スタジオもしくはコンサートホールのエアボリュームの存在が分かるようなアンビエンス&気配感があったほうがいいな、と感じた。

ある空間の中で、発音体があって、その空間と、実音&響きの3セットが遠近感含めバランスよく”立体的”に聴こえる。どこからか俯瞰して聴いているような感じの聴こえ方が好きなのだ。

つまり、ダイナミックレンジの広い録音が好きなんですね。

これはあくまで、自分の耳の好みの問題ですから、絶対値評価ではありません。人それぞれですから。

でも今回の第2弾は、まさに自分のそのような気になっていた点を全部払拭してくれたかのような出来栄えだった。

本音だよ。自分は録音評にはお世辞は言いません。

1番気になっていたマイクとの距離感もややオフマイク気味でいい感じ。そしてなにより大切な適度な空間感がある。1発目の出音を聴いたときのホッとしたこと。(笑)

やはりECM録音。

全般の印象からすると、やっぱり全体的にうっすらリバーブかけているような感じはする。でも、そのリバーブをかけているのか、かけていないのか、わからない程度のナチュラルなピアノの音色の質感は好印象。

非常にしっとりと滑らかな質感で、実際の生演奏のピアノの音に近い。クリスタルな透明感も文句ないし、高音域にいくほど煌びやかに聴こえるのも、やはりややリバーブをかけているためにそう聴こえるのか?

とにかく前作と比較すると、文句なしに断然に洗練されている。

素晴らしい!と思う。

やはり技術の日進月歩は本当に素晴らしい。

2chのピアノ録音作品としては、文句ない作品だと思う。自分好み。
DGのピアノ録音と遜色ないどころか、煌びやかさでは優っていると思います。

自分はサラウンド専門なので、オーディオオフ会で、お披露目する2chソフトってなかなか候補が少ないのだが、いいソフトに出会えたという印象である。


とにかく作品がかなり硬派な路線なので、それをきっちりサポートしているサウンドのクオリティの高さは本当に大切なこと。

今回の作品を聴いて感じたことは、やはり演奏家、アーティストにとって、自分のカラーを、きちんと表現、具現化してくれる永遠のパートナーに出会えるかどうか?ということが、その演奏家にとって、自分の演奏家人生の運命を決める大事なことではないか?ということであった。

児玉桃さんは、どちらかというと現代音楽がカラーの演奏家。
そういう意味で、細川俊夫さんとのパートナーはとても、大きな出会いでもある。

今回のECM録音のトーンマイスターは、前作の第1弾と同じステファン・シェールマン氏が担当している。やはり長年にわたって成功してきている演奏家は、自分の音を具現化してくれるトーンマイスターの、これまた永遠のパートナーがいるものなのだ。

自分がすぐ思いつくだけでも、

内田光子さん。

フィリップス時代から現在に至るまで、現ポリヒムニアのエベレット・ポーター氏が彼女の音をずっと録り続けている。


そしてエレーヌ・グリモー。

DGに移籍してから、というものの、ほぼ全作品といっていいほど、シュテファン・フロック氏が彼女の音を担当している。

長らく成功しているアーティストは、このように二人三脚で、自分のカラー、自分の音を知り尽くしてくれている、音職人のパートナーがいる、いや育ててきているものなのだ。

児玉桃さんに至っても、このECMのステファン・シェールマン氏がそのような永遠のパートナーになっていくことを心から願ってやまない。


 


埼玉初上陸!のだめコンサート@ウエスタ川越。 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ついに今週の土曜日に、のだめコンサートがやってくる。今回は埼玉県にある川越市に去年平成27年の春にできたばかりの複合施設「ウエスタ川越」の大ホールでおこなわれる。

ピッカピカの新ホールだ。

hall[1].jpg




本来は多目的ホールの意味合いが強かったのだろうけれど、写真を見てもらえばわかるように、完璧な音楽ホールで、シューボックスに近い形。(やや扇型で外に広がっている。)天井や両側面には、調音のための反射板パネルが装備されている。

後方になるにつれて外に広がる形なので、後方になるにつれて、反射音がきちんと客席に戻ってくるように反射板パネルがさらに強烈な仕掛けになっている。ちょっと座席に傾斜があるかな?という感じはある。キャパは1700席程度の少なめでウィーン楽友協会とほぼ同じで、シューボックスに適した容積。

こ~れは音響良さそうだ!(笑)

まず、この面だけでも、自分には楽しみ!


のだめコンサートの魅力は、やはり心が暖かくなるというか、とても楽しいコンサートというところにあるのかもしれない。

ふつうのクラシックコンサートにあるような高貴な趣味という佇まいの雰囲気もいいのかもしれないが、のだめコンサートは、もっと庶民的で、とても人のぬくもりを感じる暖かい雰囲気のコンサート。

この点が自分には、とても気に入っている。

その証拠に驚くのは、その若い客層だ。

ふつうのクラシックコンサートって、自分の経験上、かなり高齢層のファンで占められている。サントリーホールやミューザ川崎で、自分の席に座ると、キョロキョロ見回してみるのだが、やはり年齢層が高いよな~、クラシックを支えているファン層って、やはり高齢層なんだな~と毎回思うものだ。

もちろん例外もあって、人気テノールのヨナス・カウフマンのリサイタルなんか、女性ばっかり、というのも確かにある。(笑)

最近クラシックを仕事面から考えることも多く、車の中でコンサートホールを実現というけれど、自分が長年経験してきているクラシックコンサートの客層って、間違いなく高齢層によって支えられているもので、そうするとシニア層による運転を狙うのか?

どういう運転層を狙うのか?とかマーケット面を真剣に考えたりするのだ。(笑)

それに対し、のだめコンサートは、信じられないくらい客層が若い。50歳台の自分が、ちょっと居心地悪いというか、恥ずかしくなるような感じがするくらい。若い男女カップル、若い女性同士、とにかく、周りの空気がパッと明るくなるような若い客層で占められている。

これって、とても大切なこと。
若いファン層に、クラシックに接してもらうとてもいいチャンス。

そして、こののだめコンサート、毎回開催すれば、必ず満員御礼の集客力。
その果たしている役割って大きいと思うのだ。

とにかくアットホームで心暖まる雰囲気で、客層がとても若い、ここに、いつもとは違う新しい形態のクラシックコンサートがあって、自分はそこにとても魅力を感じる。

企画、そして司会進行MC、そして指揮者が、現在NHK交響楽団の首席オーボエ奏者の茂木大輔さん。(以下写真はFBからお借りしています。) 

 15822788_1216190805135591_3126082926003486174_n[1].jpg

大変マルチタレントな方で、有識者でもあり、いろいろな面で才能豊かな方でもある。ずっと応援してきている。茂木さんと、「のだめカンタービレ」の原作者の二ノ宮知子さんとの交流から、このコンサートは始まった。まさに茂木さんが引っ張っていっている企画なのだ。


そして、今回出演される高橋多佳子さん。 
15941146_1815050095425104_6710147769910114448_n[2].jpg
 


もう20回以上、そして毎回レギュラー出演で、高橋さん抜きののだめコンサートは考えられない。茂木さんと高橋さんのコンビで支えてきた企画と言えると思います。

超美人で優しい感じの方で、でもどこか3枚目キャラのあるところが魅力だったりします。(笑)ショパンコンクールで第5位という輝かしい経歴を持っていて、そのショパンの故郷 ポーランドにも12年暮しており、ショパンとともに人生を歩まれてきた。

現在も第1線のピアニストとして活躍されていて、桐朋学園講師、そしてコンサート活動、教育関連と幅広く活躍されています。



そして、もう1人、出演される岡田奏さん。 
12308335_10208371768754042_2406812416636603211_n[1].jpg
 


これは自分の考えなのだが、ある意味今回ののだめコンサートの主役は、この岡田奏さんなのではないかな?とも思っていたりする。北海道函館の出身で、パリ音楽院~パリ・コンセトヴァトワールをご卒業されたばかりの期待のホープ。

同じく北海道札幌出身の高橋さんと幼馴染だそうで、小さい子供の頃から岡田さんをよく知っている間柄なのそうだ。

自分がはじめて、のだめコンサートに行った聖地の愛知県の春日井市民文化会館のときのコンサートも、この高橋さんと岡田さんのコンビ出演だった。そのとき岡田さんはラヴェルのピアノ協奏曲を演奏されていたのではなかったかな?


驚いたのは、その直後だった!

なんとベルギーのブリュッセルで開催される国際音楽コンクールであるエリザベート王妃国際音楽コンクールで、ファイナリストまで選抜されるという快挙。

自分も心底驚いてしまった。

なんでも、このエリザベート・コンクールというのは、予選からファイナリストに選抜された後は、携帯などいっさい外部と繋がるものは没収されて、外部といっさい遮断された空間で監禁状態で、ファイナリスト集団とともに暮らし、最後のコンクール試験をおこなう、という特殊なコンクールなのだそうだ。


自分の曖昧な記憶だけれど、仲道郁代さんもエリザベート・コンクールのファイナリストだったと思ったし、堀米ゆず子さんは、このエリザベート・コンクールの優勝者だったと思いました。

岡田奏さんも、見事にその仲間入り。輝かしい経歴を刻むことができたのは、自分のようにうれしい。のだめコンサートの出演者から、そういう快挙が生まれた、ということ自体がなんとも嬉しいことではないか!

そういう素晴らしいことがあった後の、のだめコンサート出演なので、ある意味、岡田奏さんにスポットライトがあたる位置なのは、ごく自然のことではないのかな?と自分は思うのです。

コンクール期間中の監禁状態にあったとき、どんな感じの様子なのかなど、MCで聴いてみたいような気がする。(笑) ボクら一般市民ははじめて聞くことと思いますので。。。

今回ののだめコンサートでは、高橋さんがベートーヴェンのソナタ《悲愴》より第2楽章、岡田奏さんとのモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ第1楽章、そしてガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》を弾く。

そして岡田奏さんが、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番という堂々たる大曲。

本当に楽しみだ。

のだめコンサートでのオケは、通常開催される地元のオケを使われることが多いそうだが、今回の川越公演は、主催者側の強い要望もあってほとんどオールN響選抜メンバー。(^^)

こういうときにN響のメンバーが一斉に集まってくれるのも、やはり茂木さんのN響内での信望の厚さを示しているのではないだろうか?

また、自分にとってのだめコンサートは、岡田さんのような新しい若い演奏家との出会いの場でもあったりするかもするかもしれない。新しい若い演奏家は、どんどんチャンスを与えて、クラシック界を活性化すべき、ということを過去に言及したこともあったのだが、どうしても演奏会に頻繁に足を運ぶ、という有言実行は正直できていなかった。

そういう点で、のだめコンサートは、そういう期待のホープの若手演奏家の演奏を聴ける自分にとってのいい場所なのかもしれない。

うぅぅぅ~、なんか書いていて、だんだん自分も高揚してきて、楽しみで楽しみで堪らなくなってきた。

そうして、ここからが本番当日。



堂々3時間のコンサート。期待を裏切らぬ楽しい&そしてクオリティの高いコンサートだった。

ウエスタ川越という複合施設が、去年できたばかりの新しい複合施設ということで、さらにその中の新ホールということで、自分は、まずそこがとても興味があった。

首都圏から電車で、大体1時間くらい。

ウエスタ川越

DSC00902.JPG



大ホールへの入り口。

DSC00903.JPG


こんなフロアが現れる。

DSC00905.JPG


DSC00906.JPG


やっぱりのだめコンサートは客層が若い!

DSC00907.JPG



原作者 二ノ宮知子さんから花束が。

DSC00922.JPG



そして期待の新ホールに参入。

正面の図

DSC00910.JPG


前正面から後ろをみた図

DSC00921.JPG



側面

後方から前方側面を撮影

DSC00912.JPG



前方から後方側面を撮影

DSC00918.JPG



天井

DSC00920.JPG




ネットの写真で見ると、完璧なシューボックスに見えたのだけれど、実際入ってみるとシューボックスではなかった。やはり音楽ホールがメインなのであるけれど、多目的にも利用できるみたいな幅の広い用途のホールのように思えた。

後方に行くにつれて、外側に広がっていって、上階席もある扇形のホール。

側面には、客席に反射音を返す反射板がしっかりと施されていて、天井もかなりしっかりした反射板の造りになっている。ステージ上は、客席に向かって放射状に開口する感じで、初期反射音を客席に返す仕組みも伝統的な造り。

音楽ホールとしては、さすが最新だけあって、かなりしっかりとした造りだと思った。

音響の印象は、座席が前方9列中央だったので、直接音中心のサウンドであったが、響き具合としては、ややライブ気味だけど基本は中庸、響き過ぎず、ドライでもない、という佇まいの良さで、帯域バランスは、偏っていなくて、いいバランスだったと思った。

最初ホールに入ったときの暗騒音は、客席の話し声のざわめきを聴いた限りでは、空気が澄んでいて、S/Nは良さそうで、ライブ気味な印象だった。

オケの弦楽器の音が、厚みがあって、かなりずっしりと重心が低くて、いい音響だな、と確信。

ピアノの音も、もっとライブで響きに混濁するくらいかな?と予想していたのだけれど、まったくそんな感じでなく、打鍵の音もクリアで、1音1音分離して聴こえる。

新ホールとして合格点、素晴らしい音響だと思いました。




さっ、本番ののだめコンサート。

ロッシーニのウイリアム・テルから始まる。
今回のウエスタ川越のだめスペシャルオーケストラは、大半がN響メンバーから選抜された特別なオケとなった。急遽、特別参加で、いま話題の美人チェリストの新倉瞳さんが急遽オケメンバーに参加されていたようです。

この最初のウィリアム・テルを聴いた限り、いい感じ。弦&木管&金管と、ともに安定していて、聴いていて危なげのない安心できるサウンドだった。うまいオケ!

これで、これからの3時間安心して聴けそうだ、とホッとした。
オケって、オーディオと同じで最初で、力量、素性がある程度わかるもんなんですよね。

そして高橋多佳子さん。

最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタの悲愴、第2楽章。

高橋さんの演奏で、この曲を、のだめコンサートで聴くのは2回目だと思ったが、じつは、この曲、オヤジが他界した時、ずっと気分が地獄に落ち込んでいた時に、魂のレクイエムとして繰り返し聴いていた曲で、この曲を聴くだけで条件反射的に「どっーー!」と涙が溢れ出てきてどうにも止まらなくなる曲なのだ。

もう今回もそうだった。のだめと千秋の出会いのときのメモリアルな曲なので、このコンサートでは大切な1曲。

高橋さんの印象は、いままで通り、とても女性的な繊細なピアニストであることを再確認。

特に印象的なのは、肘から指先に至るまでの腕の部分の動きがすごい柔らかでしなやかなこと。特に手首のスナップの使い方見ていても、とても柔らかいよなぁ、と感じる。シルエットとしても女性的に見えてしまうのも、そんなところが要因なのかも?

でも、ラプソディー・イン・ブルーのときは、基本柔らかいんだけれど、あのカッコよいリズミカルに弾ける姿は、かなり格好良くシビレました。これはじつに素晴らしかった。

あっ、岡田奏さんとのモーツァルトの2台連弾のときの、原作の弾き始めで間違えるコントも素晴らしかったです。(笑)



そして岡田奏さん。

ある意味、今回の主役とも言える。

いやぁ、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番は、これはじつに素晴らしかった。ブラボーです♪

奏さんの印象は、やっぱりパワフルで男性的な力強さが基本だと思います。ところがpp弱奏のときの弱音表現のときが、これまた打って変わって、腕、手首の動きがものすごく柔らかくて、こういう弱音表現もじつに素晴らしい。

強打腱なパワフルな表現と弱音表現の両方、力強さとしなやかさの両方、緩急の使い分けがこれだけきちんと表現分けれるのは、ちょっと驚きというか、素晴らしい才能だと思いました。ラフマニノフの2番をずっと観て、聴いていて、それが1番強く印象に残りました。

アンコールのラヴェルのピアノ協奏曲 第2楽章のあまりの美しさに涙。

いやぁ将来本当に楽しみな大器だと思います。


番外編として、今回は、おならたいそう、という笑える演出もあって、のだめコンサートらしくてよかった。

全編を通して、茂木さんのMC、手慣れた司会進行、笑いあり、博識なところもあり、安心して聴いていられた。もう自分も大分のだめコンサートに慣れてきたかな?(笑)

投影のほうも洗練された描画づくり、シナリオストーリーで素晴らしかった。ただ、思ったのは、なんかいつもよりスクリーンのある場所が、かなり高い位置にあったこと。

なにか理由があるのか、わかりませんが、いつもだと演奏を聴きながら(つまり演奏者を観ながら)、スクリーンの投影がそのまま目に入ってくるので、自然だったのですが、今回は、あまりに高い位置にあるので、意識して頭、目線を上げないと投影内容を見れず、本番は、ついつい演奏者を見てしまうので、投影のほうがついついスルーで見ていなかったり、ということがたびたびあったのが、難しいな、と感じたところでした。

ステージの背面のところには、音響反射板が設置されていて、そこに背面のスクリーンを被せては、確かに音響的には、オケの音を客席に返す初期反射音で不利に働くということも考えられるので、高い位置に上げた、というのも予想されます。

あるいは、自分の座席が1階席前方だったからかもしれませんね。広いホールなので、上階席や後方席の人には、あのくらいの高さじゃないとダメという判断だったのでしょうか?

でも自分は、やっぱりのだめコンサートの素晴らしさは、この投影の効果が大きい、と思っているので、やはりいつものスクリーン高さのほうが、演奏家を見ながら自然と投影が目に入ってくる、という点でよいのでは?と思います。

なには、ともあれ、堂々の3時間のコンサート。楽しくて、素晴らしいコンサートでした!

全国各地から招聘されて、どんどん活動の幅が広がるのだめコンサート。7月には、2回目の調布での東京公演も決まった。(自分は行けるかどうかビミョー(^^;;)

長野から初招聘の話も来ているそう。。。

この調子で、どんどん、全国制覇していってほしいと願うばかりです。


終演後のサイン会。(手前から茂木大輔さん、岡田奏さん、高橋多佳子さん)

DSC00937.JPG






茂木大輔の生で聴く「のだめカンタービレの音楽会」
2017/1/21(土)14:00~16:45 ウエスタ川越 大ホール

前半

ロッシーニ 歌劇「ウイリアム・テル」序曲よりマーチ(スイス軍の行進)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調「悲愴」op.13より第2楽章
ピアノ:高橋多佳子

モーツァルト 2台のピアノのためのソナタK448 ニ長調より第1楽章
ピアノ:高橋多佳子&岡田奏

野田恵(リアルのだめ)作詞:作曲
おならたいそう
うら:田村麻里子

ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 op.92より第1楽章

ガーシュイン 「ラプソディー・イン・ブルー」(倉田典明編曲)
ピアノ:高橋多佳子

休憩

後半


ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
ピアノ:岡田奏



毎年の聴き初めは、小澤征爾&水戸室内管弦楽団@水戸芸術館 [国内クラシックコンサート・レビュー]

毎年、聴き初めのコンサートを体験すると、あぁぁ、これで今年のクラシック・コンサート通いが、また始まるんだな、という身が引き締まるような想いがする。

人間の感覚って不思議で、クリスマスから年末にかけては、もうその年のいろいろな想い出が走馬燈のように頭の中を駆け巡るのだが、不思議と、年が明けて正月三が日を過ぎると、急にそれらは遠い世界のように色褪せて、新しい世界の幕開けのような白いキャンバスが広がるような感覚に陥る。

今年は、事情があって、生活環境の大きな変化が起こる可能性があり、コンサートの予定も4月まで入れているが、それ以降は白紙で、逆に入れられない。

ただ、コンサートに行く、オーディオなどの趣味は、自分の環境が許す限り、相応のレベルで楽しんでいきたいことには変わりない。

なんか不安定な日々の連続で、少々気が滅入っているのだ。(笑)

今年の聴き初めのコンサートは、水戸まで赴いて、水戸芸術館で、小澤征爾&水戸室内管弦楽団の定期演奏会。もうここ3年連続、ずっと聴き初めのコンサートは、これにしている。

やっぱり小澤さんで、その年の自分のクラシック人生をスタートさせるのは、とても自分のカラーに合っていると思うし、自分も気に入っている。


今週末は、大雪予報で天候が危ぶまれたが、極寒であったけれど、首都圏はいたって快晴。

水戸芸術館の、らせん状に天に伸ばした高さ100mのシンボルタワー(アートタワー)が眩しい。

DSC00870.JPG


今日の演目は、

前半は、水戸室のスーパースター団員である竹澤恭子さん(ヴァイオリン)と、同じく川本嘉子さん(ヴィオラ)によるモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラの協奏曲。

そして後半が小澤さん指揮で、ベートーヴェン交響曲第1番。

DSC00878.JPG



小澤&水戸室は、ただいまベートーヴェン・ツィクルスを進行中なので、その一環の公演という位置づけになる。

竹澤さんは、2年前に水戸室に入団と同時に、そのお披露目公演もあって、自分は馳せ参じて、その男性的なダイナミックで躍動感ある演奏にすっかり虜になって大ファンになってしまった。それ以来、ずっと応援し続けている。現在パリ在住で演奏家活動を続けられている。

川本さんは、もう何回も触れているが、サイトウキネン、水戸室とずっと小澤ファミリーの中心人物として長年活躍して、自分は昔からずっと応援してきている演奏家なのである。サロンコンサートで、直接お話させていただいたのもいい想い出。

そんな二人によるジョイントで、ヴァイオリンとヴィオラの協奏曲をやる、というのは、とてもタイムリーでいい企画と思った。

公演を前にして、水戸芸術館スタッフブログで、2人のインタビューが掲載されていた。
とても興味深い内容で、大変面白かった。これは、ぜひ、ぜひ読んでみてください。


619fb0e4f7d78718394e93fdfb9d79d0[1].jpg


(左が竹澤恭子さん、右が川本嘉子さん)


水戸芸術館スタッフのブログ

http://blog.arttowermito.or.jp/staff/?p=18759


今回扱うモーツァルトの曲が、いかにヴァイオリンにとって、その倍音の出方からして、いかに弾きにくい、というか美しい響きを奏でるのが、難しい曲なのか、演奏家でないとわからないような考察をされていて、自分は随分興味深く拝読させてもらった。

竹澤さんと川本さんは、なんと!桐朋学園高校の同級生なのだそうで、当時の授業で、小澤さんが飛び込みで、「ちょっと俺が振ってみようか」、という思い出話に華が咲き、大変面白い。

前半は、そんな2人が主役のモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。

指揮者なしで、竹澤さんと川本さんが指揮者のところで、仲良く横並びで、弾き振りをする感じで、オケを引っ張っていく、というスタイル。

指揮者なしは、なかなか全体のバランスをとるのは、難しいことは確かだが、水戸室のメンバーは、もう指揮者なしのスタイルは昔からのお家芸で、お手の物。

自分の評価では、今回の演奏の作品の表現力、演奏技術の完成度は高いと感じた。

ヴァイオリンとヴィオラが交互に、各自のパートを演奏し、それにオケが追随する感じで進めらるのだが、2つの楽器の旋律が前へ前へ出るように、主張して、同時にオケも交えた合奏が全体の様式美・形式感を整えていて、じつに美しい楽曲体系を構築していたように思えた。

両人のインタビューでは、ヴァイオリン&ヴィオラの倍音が美しく響きにくい難しい曲とのことだが、駄耳の自分には(笑)、十分すぎるハーモニー&和声感のある気持ちよさだったような気がする。

そのような印象に拍車をかけたのが、やはり水戸室の弦の優秀なサウンドなのだと思う。水戸室の弦は、世界トップクラスの弦の厚み、ハーモニーといってもいい。


同じく鑑賞していた仲間が、指揮者のいる統率感、推進力のようなものがもう少し欲しかった、という印象を語っていた。まっそう言われれば、理解できないこともない。

でもそう言われるまでは、自分はまったく意識しなかったし、弾き振りというスタイルでは、これで十分すぎるレベルなのではないだろうか。


後半は、いよいよ小澤さん登場。お見かけしたところ、元気そうで何よりだ。

サントリー30周年記念コンサートのときは、常時座って指揮する姿に、ちょっと寂しい想いをしたことは確かだった。でも、いまでは、この座りながら指揮して、大切な部分では立って指揮をする、というスタイルがすっかり馴染まれて、曲の全体の流れから、じつに自然で、流暢な動きのように思えて、小澤さんの現在の体力にあった自然な指揮のスタイルを確立できたのかな、という想いがあった。

無理をすることない。自分は小澤さんには、できるだけ細く長くやってほしい、と思っているので、その都度自分の体力に合った指揮のスタイルを模索して見つけ出していけばいい。

小澤さんが立つと、やはりオケが締まる。サウンドはもちろん、気が入る、というか、団員たちの魂の持っていきかたのツボを心得ている。

団員のみんながいかに小澤さんを信頼しているか、長年の信頼関係が築き上げてきた、その到達した高みがなせる業なのだと思う。

思わずそう感じるくらいのオケの”気”を感じ取れた。

ベートーヴェンの1番は普段あまり聴かないマイナー感があるが、メジャーな5番,7番,9番などに負けないくらいいい曲じゃないか?(笑)

やはりその年の聴き初めの公演は、小澤征爾&水戸室管弦楽団を水戸で聴く!これは、今後も続けていこうと、今日改めて決意を新たにした。

それがなによりも自分に合っている。

つぎの5月の定期公演では、共演ソリストに、なんとマルタ・アルゲリッチが登場!そして、その次の定期公演では、ついに頂点の第九と進んでいく。

小澤&水戸室@水戸定期から今年も目が離せそうにない。

問題なのは、はたして自分が観に来れるかどうかだ。(笑)

DSC00884.JPG





水戸室内管弦楽団 第98回定期演奏会
2017/1/15(日) 14:00~ 水戸芸術館コンサートホールATM

・第1部 指揮なし
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)
独奏:竹澤恭子(ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)

・第2部 指揮:小澤征爾
ベートーヴェン:交響曲 第1番 ハ長調 作品21

管弦楽:水戸室内管弦楽団

 


謹賀新年2017 [雑感]

あけましておめでとうございます。

昨年は、拙ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
本日より、仕事始めとなりました。

昨年は、全く予想だにしなかったことが突如起こり、クラシックファンとしては、遠い、遠い永遠の夢と想っていたバイロイト音楽祭に行くことができました。

いまでも夢のようで鮮烈に蘇ります。

また、日本の中で、最も日本らしい都と言える京都を、夏、秋に渡って、2回訪問でき、京都市交響楽団の演奏を堪能できたこと。

その他、数えきれない演奏会の数々。。。

また、オーディオの趣味に至っても、広島遠征、近々での仲間内でのオフ会、そして優秀録音ソフトとの出会いなど、充実していたと思います。

今年に至っては、同じレヴェルの経験ができるか、あるいは予定を立てているか、と申しますと、3月までは、ある程度予定がありますが、それ以降は、全く入れていません。

生活環境ふくめ、いろいろ想うところがあり、なかなか難しい状況です。

前職を退職して、第2の人生を歩むことになって、趣味を生活の主軸に置いた人生に重きを置いて参りました。

それによって、非常に心的に豊かな人生を歩んでいるな、という実感はありました。

確かに「ワークライフバランスで、ライフがワークを遥かに超えているのは、いかがなのものか?」と言われれば、なにも言えない訳ですが。(笑)

人生におけるひとつの転機に差し掛かっているのか、いろいろ熟考していることは確かです。

不透明な面が多いので、これ以上は言及しません。

ただ、演奏会に行く、オーディオなどの趣味は、自分の環境が許す限り、相応のレヴェルで楽しんでいきたいことには変わりません。

ブログに日記を投稿するのも、精神、体力が許す限り、続けていきたいと思っております。

なにとぞ、本年もよろしくお付き合いいただけると幸いと思っている所存でございます。

去年の年末は、北海道は記録的な大雪で、最初の帰省の便は、空港に着陸できず、成田に戻ってまいりました。2度目の大晦日のチャレンジで、このように快晴となり、無事に実家で年末年始を過ごすことできました。

25940505_2240626843_59large[1].jpg


リサさま降臨 [クラシック演奏家]

ユリア・フィッシャー、アラベラ・美歩・シュタインバッハー、そしてリサ・バティアシュヴィリ。

自分が深く入れ込んでいて、現在のヴァイオリン界を彩る新星たちのプロフィールには、指導者として決まって、その人の名があるアナ・チュマチェンコ女史。 


TKY201003130230[1].jpg
 

「音楽であろうが何であろうが、指導者には人間を形成する使命がある。」

それが彼女の教育理念。

「生徒は、演奏家としてではなく、まず人間として育てたい」。

感性豊かな時期に演奏漬けにならず、文学、絵画、演劇に心を揺り動かすことの大切さを実感している。 だからこそ、コンクールに対しては慎重にならずにいられない。

「勝つこと、優勝することは、芸術家の人生においては実に小さなこと」

この考え方は、アラベラさんのインタビューで確かに読んだことがある。
「若い頃は、演奏漬けの毎日でなく、人間らしい生活をすることを心掛けました。」と彼女は言っていた。恩師のアナ・チュマチェンコ女史の考えを純粋に、しっかりと受け継いできているんだな、と今思えば合点のいくところだ。

ご存知のように、いままで、ユリア・フィッシャー、アラベラ・美歩・シュタインバッハーと自分の日記でも、何回も何回も、とても深く取り上げてきたのだが、もう1人、とても大切な女性ヴァイオリニストを、きちんと日記にすべきと思った。


リサ・バティアシュヴィリ 


15267666_1259496217427527_3266120214686924470_n[1].jpg
 

(以下掲載させていただく写真は、FBの公式ページからお借りしています。)

ゴローさんとも所縁の深いヴァイオリニストで、自分にも想い出がたくさんある。

ある意味、ユリアやアラベラさんと比較しても、クラシック界で待遇されているステータス、格からして、3人の中でもダントツに格上だと思う。

そんな彼女を取り上げずにいるのは問題だし、ちょうどつい最近、新譜のCDとBlu-layが発売されたばかり。とてもいい機会なので、彼女のことを調べて、この日記で紹介したいのと、自分の想い出や、自分の彼女に対する印象などを素直に書いてみたいと思った。



リサさんを知ったのは、2011年のゴローさんの日記からであった。

いつも女性ソリストばかり追っかけている(笑)自分と違って、硬派だったゴローさんにしては、珍しく鼻の下を伸ばした感じでリサさんにゾッコンという感じだった。

ちょうど弾丸来日中で、N響との定期公演で、自分もぜひ観てみたいと思い、当日券で馳せ参じた。

この日の公演は、バルトークの「青ひげ公の城」の演奏会形式がメインで、確かこの年は、小澤さんのサイトウキネン松本でも同演目が演じられて、それで注目されていたコンサートでもあった。その前半ということで、リサさんはブラームスのコンチェルトを演奏することになっていた。

「当日券で、NHKホールに見参!」と相変わらずのノリでつぶやいていたら(笑)、それを見たと思われるゴローさんから携帯にかかってきて、「ブレークのときにロビーで落ちあいましょう。」ということになった。

前半が終わって、落ちあって、「いやぁ素晴らしい!感動しました!」と、「ねっ?いいでしょ?」ってな感じで、2,3言交わしたら、ゴローさんの携帯に電話がかかってきて、その後に、「ゴメン、リサからお呼びがかかってしまった。今回彼女のお世話役しているんだよね。後半も楽しんで!」と言って嬉しそうに、楽屋に向かっていったのでした。(笑)

そしてコンサート終演後に、軽食&お茶しようということになって、NHKホールからの渋谷駅の帰路のカフェでお茶したのであった。

いろんな話をした中で、当然、リサさんの話題も多く、

「いやぁ彼女はいいよ!才色兼備で実力も確かで、これからの時代を担うヴァイオリニストになることは間違いないよ。」

「ベルリンフィルとも共演しているんだよ。2007年のヨーロッパコンサートでラトルといっしょにやっている。ぜひ観てみてごらん。」

「なぜ、ブラームスのコンチェルトを急遽の弾丸来日で、今回やったかというと、たぶん彼女、録音でブラームスをやるからだと思うんだよね。 よくやることなんだよ。自分が録音をする予定の曲があるときは、その曲を事前にツアーで何回も演奏することで、イメージを掴むということを。」


確かにその後、2013年に彼女のブラームスのコンチェルトの録音が出たことは確かであった。(笑)


残念だったのは、このときの公演は、メインの「青ひげ公の城」は絶賛されるも、前半のリサさんのブラームスはボロクソの凡演だった、という酷評が多かったことだ。N響の演奏がボロボロで、彼女が可哀想、所詮、「青ひげ公の城」の前座に過ぎない、という公演評が多かった。

TV収録したのは初日。自分が観たのは2日目だったが、そんなに悪いとは全く思わなかったし、逆に素晴らしいと思ったほどだ。あとで、TV放映を観て初日公演も観たが、確かに破たんのあるところもあったが、そんなに酷評するほどのことかな?と感じた。

ゴローさんは、この酷評に、「くやしくて、くやしてくて、仕方がないよ!」とボヤいていた。

リサさんがN響の定期公演に出演しているのは、2004/2006/2009/2011年の4回。自分が観たのは、この2011年の公演だった。

まだこの当時は、これからの世代を担うホープという印象で、これがリサさんとの出会いだった。 


15170883_1259495270760955_1231740057843913628_n[1].jpg
 


リサさんのキャリアを紹介しておこう。



グルジア出身(グルジアは現在ジョージアと改名)、アナ・チュマチェンコに師事。11歳の時に一家でドイツ・ミュンヘンに移住。1995年シベリウス国際コンクールに史上最年少の16歳で出場し、第2位。

2001年BBC が立ち上げた"New Generation Artists"の初代メンバーに選出、BBCプロムスでのデビューはBBC Music Magazineで"本年最も傑出した存在"と称賛。2003年にはシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭でレナード・バーンスタイン賞を獲得、その後ボン国際ベートーヴェン音楽祭ではベートーヴェン・リング賞を獲得。(所属先のUniversal Music JapanさんのHPより。)

2001年にEMIよりCDデビュー。その後ソニー・クラシカルから2枚のCDをリリースし、2010年にはDG(ドイツ・グラモフォン)へ移籍。現在に至る。


現在、欧米のオーケストラから引く手あまたのリサさんは、2012~13年シーズンにはシュターツカペレ・ドレスデンとケルンWDR響の、2014~15年シーズンにはニューヨーク・フィルハーモニックのレジデンス・アーティストを務めている。(レジデンス・アーティスト:そのオーケストラのその年のソリストとしての”顔”的な称号。)

そして、今シーズン 2016~2017年には、ついにロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のレジデンス・アーティストを務めることになったのだ!

15390672_1278857985491350_8642873260367379889_n[1].jpg



今年の動きだけでもスゴイのだ。いまが旬というか絶頂期とも思えるくらい。

ベルリンフィルとは、彼らの定期公演で演奏している。(あるいは演奏予定。2016-2017年のベルリンフィル定期公演のソリスト・カレンダーに掲載されていたので覚えていました。)

そして、今年2016年のベルリンフィルのヴァルトビューネ野外コンサート(ヤニク・ネゼ=セガン指揮)で、見事ソリストを務める。

14963114_1119374781449358_6297192338508099895_n[1].jpg


ウィーンフィル(エッシェンバッハ指揮)とは、ウィーン楽友協会で演奏をおこなっている。
意外や意外、ウィーンフィル&ウィーン楽友協会は初体験だったそうだ。

13254258_1103937852983365_3875291549235373929_n[1].jpg


そしてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(ダニエル・ガッティ指揮)とは、まさに今日からの12/14~15の2日間、アムステルダム・コンセルトヘボウで公演を行っている最中なのだ!まさに、この写真もホッカホッカだ!

15578490_1323637087677390_742795753118538260_n[1].jpg




まさに世界三大オーケストラと、彼らの本拠地で彼らをバックにソリストを務める!
これこそいま演奏家人生で最高潮のバイオリズムにいるときなのかもしれない。


まさにそんな絶頂期にいる彼女の新譜がDGから出た。 


146[1].jpg
 

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 
リサ・バティアシュヴィリ、ダニエル・バレンボイム&シュターツカペレ・ベルリン


https://goo.gl/pHUQ7P


DGから通算4作目は、巨匠バレンボイムとその手兵シュターツカペレ・ベルリンとのコンチェルトで、チャイコフスキーとシベリウスという、もうこれは贅沢に贅沢を尽くした作品となった。

乗りに乗っているいまの彼女にふさわしい作品。

DGなので、Emile Berliner Studiosの録音かな?と思い、クレジットを確認してみたのだが、どうもそうでないようだ。(不明?)録音場所は、ベルリンでは、No.1と言ってもいいくらいの超有名録音スタジオであるTeldex Studio Berlin。

数々の名録音がこのスタジオから生まれた。

Teldex Stduio Berlin

10888687_1597958877094324_1535666069793920442_n[1].jpg


そのときの録音セッションの様子。おびただしい立脚マイクが生々しい。

Teldex Stuio Berlin & Lisa Barenboim.jpg



最初、封を開けて聴いた第一印象は、どうも自分のオーディオの2chシステムと相性が合わないというか、ピンとこなかった。

コンサートホールでのセッション録音と違って、キャパの狭いスタジオでの録音だとどうしても響きの少ないデッドな感じがして空間感も少ない感じがし、自分の好みの録音ではないような気がしたのだ。

でも休暇を取って、大音量で聴いてみると、ずいぶん印象が違った。幾分デッドな印象は、やはり拭えないが、でも骨太でがっちりした音の造りはさすがDGだと思ったし、響きもかなり改善して感じられた。やはり夜分での小音量では、真の録音の評価はできませんね。

後半のシベリウスのほうが、響きが豊富に感じました。編集&エンジニアの違いによるものでしょうか?

リサさんの演奏力は、やはり大したもの。王道たる演奏で、特にシベリウスは鳥肌がたつくらい狂気迫ったものがある。チャイコフスキーは、あまりに耳タコ名曲で、数多の演奏家が取り上げてきている曲なので、リサさんとしては、当初はあまり積極的でなかったのを改心して取り組んだようなことが読んだが、とても個性の強い前へ出るチャイコフスキーだったように思う。


さて、もうひとつの新譜が、今年のベルリンフィル・ヴァルトビューネ野外コンサート2016のBlu-ray。 


895[1].jpg
 

『ヴァルトビューネ2016~チェコ・ナイト~スメタナ、ドヴォルザーク』 
ヤニク・ネゼ=セガン&ベルリン・フィル、リサ・バティアシュヴィリ


https://goo.gl/FPfh8Q


今年のテーマは、「チェコの夕べ」ということで、スメタナやドヴォルザークなどのチェコに所縁のある作曲家を取り上げる、ある意味とても濃厚なスラヴの香り漂うコンサートとなった模様。

この野外コンサートも一度でいいから体験したいと思っていたりする。PAらしくない本場のベルリンフィルハーモニーで聴いているようなリアルなサウンドだったとゴローさんが言っていた。

ここで、リサさんは、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を披露。

久し振りに観る演奏姿。やはり立居姿が美しい。絵になるヴァイオリニストですね。

やはり体格が大きいということと、全体から発するオーラというのがあって、こういうベルリンフィルとかウィーンフィルのような世界三大オーケストラをバックにしても堂々と渡り合える、決してオーラ負けしない、そういう自然な”風格”というのが備わっていると思うんですよね。

彼女の演奏スタイルの特徴は、とても自然流というか、変なクセがないとても美しいフォームだと思います。

ユリアは、小柄ながらとても男性的でパワフルな演奏スタイルで、それがきちんとサウンドになって現れていた。

アラベラさんは、ヴィジュアル・クラシックの典型で、本人も聴衆から観られていることを意識しているフォトジニックな演奏スタイルで、サウンドはとても女性的。(ソリストのお部屋には、等身大の鏡が必ずあって、そこに自分が弾いている姿を観て、常日頃全体のフォームをチェックしていると聞いたことがあります。アラベラさんのDVDを観ると、彼女の部屋にそういう鏡がありました。(笑))

リサさんの演奏スタイルは、あざとさがなくて、とても自然流のレガートな美しさがある。
技巧も高いレヴェルにあって、感性の鋭さも相まって、いまが旬というのが納得のいく映像だと思いました。


今日は、リサさん特集。持っている映像素材をすべてチェック。

前述の自分が観に行ったN響定期公演の録画BDも鑑賞してみた。

DSC00833.JPG



自分が行ったのは2日目だったので、白いドレスだった記憶があるのだが、録画は初日だったので、紫色のドレスであった。

2011年12月9日:NHKホールとある。いまから5年前かぁ?月日が経つのは早い。
当時は酷評された公演だったが、今観ても、破綻している部分はあるけれど、そんなに酷評するほど?と、思えたのは変わらなかった。風貌や全体が今と比べて、やっぱり若いなぁという感じなフレッシュさがあって、微笑ましい感じがした。

この日の公演は、リサさんのブラームスを生で聴けるだけでも嬉しかったのだが、さらにさらに 第1楽章でクライスラーのカデンツァを演奏したことが希少価値に値する出来事であった。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の場合は、作曲にあたってアドバイスし、初演もした名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムのカデンツァが演奏されるのがほとんどで クライスラーの美しいカデンツァは、中々生で耳にすることがない。もうこれだけでも大満足!

ところでディスクではどうだっただろうか?と思いをめぐらすと、クライスラー本人の古い演奏の他には、クレーメル カラヤン指揮ベルリン・フィルの70年代アナログ録音ぐらいしか思いつかない。

このことはゴローさんから教えてもらったことなのだが、この貴重なクライスラーのカデンツァを生演奏で聴けただけでなく、きちんと録音として残せたのも本当に幸運であった。



ついでに、そのときにゴローさんから推薦されたリサさんが出演しているベルリンフィルのヨーロッパコンサート2007のDVD。

DSC00831.JPG




ふつうの中古市場では滅多にお目にかからないレアなDVDで、アマゾンの中古市場マーケットプレイスでもあることにはあるけれど、売価3万円とかすごいプレミアがついている貴重なDVDだ。

自分もそれくらいの値段で、思い切って入手した記憶がある。

こちらはもっと若い。(笑)
ブラームスのヴァイオリン&チェロの協奏曲だったのだが、今こうしてみると、演奏スタイルは今と変わらない一貫したものがあるんだなと感じた。(というかこれは無意識の産物で、意識して変えるというのは、なかなかできないこと。)





まさに今日は、”共演オファー殺到”の真っただ中にいるリサ・バティアシュヴィリを追ってみた。


そんな彼女だが、ロシアの軍事介入に揺れるウクライナ問題について、音楽家として静かな態度表明を行ったこともあった。

リサさんは、フィンランドのヘルシンキで行われた平和コンサートに出演し、ジョージアの作曲家イゴール・ロボダの「ウクライナのためのレクイエム2014」を演奏した。

そして、「民主主義と自由と子供たちのためのより良き未来を得るために闘っている民族と国家を蹂躙し辱める行いは正しくありません」と穏やかながら強い表現で聴衆に語りかけた。

「音楽は侵略的なものとは一切相容れない、最も平和な言語です。しかし同時にそれは私たち音楽家に、私たちなりの意見を、知性でなく感情に発する意見を表明する自由を与えてくれるものでもあります。」

祖国ジョージア(グルジア)の辿ってきた運命と相重なるところによる連鎖反応があるのも原因だったようだが、芯の強い、筋が通らないことにきちんと反対の意を唱えられるだけの心の強さ、実行力もあるのだ。


新譜も発表したことであるし、それに関連する世界ツアーもあるのでは、と思う。

ぜひ日本に呼んでほしい!!!

この最高に旬なときにいるリサさんを、もう一度生で観てみたい!

もう責任をもって盛り上げます。(笑)

そうすることが、ユリア・フィッシャー、そしてアラベラ・美歩・シュタインバッハーと、アナ・チュマチェンコ門下生を盛り上げてきた自分の最大の責務で運命だと思うからです。

また天国のゴローさんへの恩返しにもなるかな?



 


NYWCC (NewYork Wolf Conservation Center) [雑感]

エレーヌ・グリモーが創立した狼保護施設センター(Wolf Conservation Center:以下WCCと記す。)の存在をキャッチできた。NY(NewYork)の郊外のSouth Salemにあることがわかった。ありがたいことに自分のグリモーの日記にコメントを投稿していただき、いろいろ教えていただいた。

アメリカにも近い将来に行ってみる予定で、そのときに、このグリモーさんのWCCをぜひ表敬訪問したい夢を抱いていたりする。


11062944_10153663791138219_6221329108247745343_n[1].jpg

                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

そのコメントをいただいた方は、なんと、そのWCCのFound Raising Dinner(いわゆる寄付金集めのための親交パーティのような感じ)に2回も参加して、グリモーさんと懇親を深め、とても近距離でグリモーさんと忘れられないような想い出をたくさん作られたんだそう。

グリモーさんの実物はさらに優雅で美しく、どんな人の話もあの目でじーっと相手を見ながら熱心に聞くので誰もが吸い込まれるように惹かれてしまうそうだ。

そのWCCのHP、もちろん英語で書かれているのだが、自分のつたない英語力で、さらっと一通り読んでみて、WCCの全容を紹介できたら、と思い日記にしてみることにした。なにせ近い将来行くところなのであるから、自分のためにもなるだろう。     

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

25940505_2233628120_25large[1].jpg

                                                                                                                                                                           

25940505_2233628118_201large[1].jpg

WCCは、グリモーさんが1996年に創立して、基本は非営利団体・教育・環境保護団体で、自分から利益を出すビジネス体ではないのだ。すべて個人や団体からの寄付で、生計を立てている。

でも、このHPには、普通の民間企業のように、年度ごとのAnnual Reportというのを発行していて、このAnnual Reportを読めば、WCCが毎年どのようなことをやってきたのかの概要が分かる。

基本は寄付で、生計を立てている団体なので、どのくらいのインとアウトなのか、というと、2014年の寄付の収入は、

総額 $1,056,175
日本円で約1億!

個人単位の寄付から、団体、組織としての寄付など様々な形態が存在する。

さらに、その年度の支出は、

総額 $748,487
日本円で、約7700万。

黒字経営だ。(笑)

もちろんお金としての寄付が前提だけれど、現物支給(In-kind)としての寄付も受け付けている。(現物支給してくれた人の名簿リストもあるが、本当にスゴイ人数。)

このHPやFBなどから、いわゆるOnline Donation(オンラインでの寄付)ができる仕組みで、自分もさっそくDonateした。

自分のE-Mailアドレスや住所などの個人情報も送るので、なんかグリモーさんと繋がっている感覚になる。

実際のところ、その後、いろいろメールでWCCの情報が送られてきて、さらにDonationへの招待含め、WCCの活動の近況情報なども送られてくる。

Donateした人は、その金額に応じて、ランクごとに、そのAnnual Reportに名簿として記載される。上は、$25,000 (¥260万)から下は、$250~$499 (¥26000~¥50000)。

ハイ、自分はもちろん一番下です。

Donateするときは、どのくらい本気なのか、を確認する項目があって(笑)

In Honor of としてなのか、In Memory of としてなのか・・・ 毎月寄付してくれるのか?

など、ハイ、自分のできる範囲です。(笑)
自分もこのAnnual Reportの寄付してくれた人リストに掲載されるかな???

正規のスタッフは、全部で、22人。

ボード・オブ・ダイレクター 9人 (この中にグリモーさんはFounderとしての肩書で掲載されている。)アドバイザリー・ボード 8人 スタッフ 5人

という内訳。


25940505_2233628117_42large[1].jpg


それに膨大な人数のボランティアがいる。

じゃあ、WCCってどんなことしているの?というと大きく次の3つに分けられる。

①狼を養育する。(Nurture Wolves)
②人々への狼に関する教育。(Educate People)
③支援者・資金などを結集する。(Mobilize Support)


①狼を養育する。

現在、WCCで飼育されている狼は30匹。広い敷地をランドスケープの敷居で囲まれた中で過ごしている。(28エーカーくらいの広さ。エーカーというのは広さ面積の単位だそうです。)狼の人口を回復し、狼と自然とのパートナーシップを援助、つまり自然に帰すための手助けをする。

②人々への狼に関する教育。(Educate People)

2014年だけでも、大人&子供(大半はキッズだそうです。)で4万人の人を教育。狼の生態、自然界とのパートナーシップ&今置かれている苦境などを人々に教育して伝え、支持者、資金などのサポートを得ることが目的。

教育する場所としては、屋内(In-site)の場合は、WCCの敷地内で行うし、屋外(Off-site)の場合は、アメリカの北東地域の学校、博物館、図書館、自然センターなどのロケーションで行うことが多いそうだ。

2014年だけでも、WCCの敷地内でおこなう屋内のプログラムは、385回にも及んだし、屋外の講演は、145回行ったそうだ。

ポイントなのは、このとき、その教育の対価として報酬をもらわないことですね。あくまで寄付という形で繋げるのが非営利団体の立場ですかね。

③支援者・資金などを調達する。(Mobilize Support)

ある意味、これがこの団体の命綱的なところもあるのだろう。
②のEducation Programを充実させて、その現実を人々に理解してもらったうえで、寄付してもらう道筋をつける。FBなどに代表されるようなSNSを使った宣伝、サポートも順調で、2億人のサポーターがいるそうだ。


WCCってこんな感じの団体。

狼を愛するが故の狼の啓蒙活動&教育をして、それに基づいての寄付金で狼の飼育含め、団体を運営している非営利団体。

ある意味、人間のご都合主義によって、狩猟のターゲットにされ、激減した狼の生態系。それをこのような形で、飼育してまた野生に返していく、という狼の保護団体というのが実際の姿だ。 

以前の日記で記載したように、グリモーさんが単身でアメリカで究極の貧乏生活の中、苦労しつつ1996年に創立した、その狼保護団体であるWCC。

現在は、スタッフ22人に多数のボランティアを抱え、年間1億の寄付を集める巨大な団体に成長していた。

WCCの年間カレンダーには、こと細かく、Education Programの日程がびっしり詰まっている。

もし、自分がWCCを訪問したい場合は、この年間カレンダーの日程を見ながら彼らの不在のときに訪問しないような注意が必要だ。さらにWCCのあるエリアは、かなり広大で、NY都心からも離れているようなので、相当用意周到に準備をしていかないと失敗する可能性が多いと思われる。

また、これだけの規模の団体なので、もう単に興味本位で立ち寄るというレベルではなく、きちんとWCC&狼のことを深く想う気持ち、つまり本気度が必要な気がしてきた。(どれくらいの頻度で寄付する、自分の本気度があるかどうか、も含めて。)

グリモーさんを思う気持ちから、狼のことをどこまで本気で思えるかですね?

う~む、まだまだ先の話だが、気が引き締まってきた。グルルゥゥゥゥ~。

Wolf Conservation Center 公式HP http://nywolf.org/


ヨハネス・モーザー [クラシック演奏家]

PENTATONEと専属契約を結んで第2弾の新譜がでた。それに絡んでということだと思うが、先週、来日を果たし、トッパンホールでチェロ・リサイタルを、そしてミューザ川崎では、東京交響楽団とチェロ協奏曲でコンチェルトも披露してくれた。

ヨハネス・モーザーは、PENTATONEと契約を結んだ2015年11月頃に知ったアーティストだったので、ぜひ、実演に接してみたいとずっと想いを馳せていて、念願かない、両公演とも参加してきた、という訳。

第1弾のドヴォルザーク・アルバムのときにディスクレビュー日記を書いたが、もう一度簡単に紹介しておくことにしよう。

10978513_360650640788955_2161312308093209592_n[1].jpg


ヨハネス・モーザーは、ドイツ系カナダ人のチェリストで、1979年生まれの現在37歳。2002年チャイコフスキー・コンクールで最高位を受賞。

使用楽器は、1694年製のアンドレーア・グァルネリ。

モーザーは、いままでベルリン・フィル、シカゴ響、ニューヨーク・フィル、クリーヴランド管、ロサンゼルス・フィル、ロンドン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管などなど、もう書ききれないほどの世界のオーケストラ&高名な指揮者と競演してきており、英グラモフォン誌からもその絶賛を浴びている。

室内楽奏者としても熱心に活動しており、五嶋みどり、ベル、アックス、カバコス、プレスラーなどとしばしば共演、ヴェルビエ音楽祭、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭など多くの国際音楽祭にも登場している。

モーザーはあまり知られていないレパートリーを取り上げ優れた演奏をするアーティストとしても非常に評価が高いようだ。

とにかく、写真を見ていただければ、お分かりのように、”ナイスガイ”という言葉がぴったりくるような底抜けに明るい青年。

そしてなによりも若い。まだ37歳にして、これだけのキャリアを積んできているのだから、本当に将来楽しみな大器であることは間違いない。

第1弾のドヴォルザーク・アルバムで彼のサウンドを聴いたとき、その外見からくる爽快なイメージよりも、もっと実は硬派で本格派&実力派の骨のあるチェリストの印象を自分は感じ取り、今後の”新しい録音”の時代の担い手という期待を寄せていた。

そんな彼をオーディオだけでなく、生で演奏する姿を一目観てみたいという夢を実現できた。

その前に、第2弾の新譜の紹介からしよう。 


784[1].jpg
 

ラフマニノフ:チェロ・ソナタ、ヴォカリーズ、プロコフィエフ:チェロ・ソナタ、スクリャービン:ロマンス、他 
ヨハネス・モーザー、アンドレイ・コロベイニコフ

https://goo.gl/gNpZWd


第2弾はロシアン・アルバム。プロコフィエフ、ラフマニノフ、そしてスクリャービンのチェロ・ソナタをはじめとする作品が取り上げられている。

前作の第1弾がコンチェルトだったのに対し、今回は室内楽作品としてのアプローチで、実際の演奏活動でも、見事な両刀使いでもあることから、彼の演奏力、レパートリーの広さが伺えると思う。

何回も聴き込んでいるのだが、情感豊か、鮮やかではあるけれど、ちょっと渋めの色彩感というか、色に例えるならグレーで深い音色、という感じがして、表面はロマンティズムで溢れているものの、その背後にはロシアの厳冬のイメージが湧いてくるような、そんな雰囲気のアルバムに仕上がっていると思う。

あのロストロポーヴィチも協力したと言われるプロコフィエフのチェロ・ソナタと、哀愁漂うラフマニノフのヴォーカリーズは、トッパンホールのリサイタルでも披露してくれた。

録音は、もうお馴染みポリヒムニアの御用達でもあるオランダ放送音楽センターMCO5スタジオで収録。

下の写真はポリヒムニアのFB公式ページから、そのときのセッションの様子。

12963461_878026048975443_6140563850276830385_n[1].jpg




ポリヒムニア側の録音プロデューサー&バランス・エンジニア&そして編集と、すべてエルド・グロード氏が担った。PENTATONE側のプロデューサーは、もちろんジョブ・マルセ氏。

もう王道のコンビであるし、録音の完成度の高さは言うまでもない。
明記はされていないけれど、Auro-3Dで録っているのではないだろうか?

空間は広く録れているし、チェロの低弦の解像度も高く録れていて、朗々と鳴る感じのボリューム&音量感も気持ちいい。ピアノの音色の質感は、これは伝統的なPENTATONEのピアノの音色。
(その点、児玉姉妹のピアノ音色は、ちょっと異次元でした。)

そしてチェロとピアノのバランス配分や、リスポジ・聴き手から感じる遠近感も違和感がなくて、さすがエルド・グロード氏の仕事だと思った。

かなりヘビロテで聴いています。

じつは、PENTATONEからの第3弾もすでに決まっているのだ。スイス・ロマンドとのコンチェルトを収録済みで、来年の3月にはマーケットにリリースされる予定である。あのスイス・ジュネーヴのヴィクトリアホールでのセッション録音で、すでに収録完了していて、ただいま編集中といったところだろうか。これは本当に楽しみである。


そんなヨハネス・モーザーを生で聴ける!

まずは、トッパンホールで、チェロ・ソナタとしての室内楽。

DSC00815.JPG


DSC00817.JPG





ピアノのパートナーは、2012年の来日リサイタルのときと同じ高橋礼恵さん。

はじめて彼の実演に接した訳だが、その印象を、ずばり結論から言うと、”はちきれんばかりの体育会系ソリスト”という感じだろうか。(笑)

とにかく自分がイメージしていたそのまんま。(笑)

とにかくボウイング、弓使い、その演奏動作すべてにおいて、スピード感、切れ味が鋭くて、俊敏の極みのような演奏家で、スポーティーなスタイルにぴったり合致していた。

最初のヒンデミットやバッハの無伴奏のときは、楽曲のせいもあるのか、思ったほど冴えない感じだったのだが、3曲目のデュティユーから空気がガラっと一変した。剃刀のような鋭い跳ね弓や、弾けるようなピッチカートで、あまりに切れ味鋭いので、聴いていて(観ていて)かなり小気味いい感じだった。

後半のプロコフィエフのチェロ・ソナタや、ラフマニノフのヴォーカリーズなどになると、一転して、いわゆる聴かせるメローな感じで情感たっぷりに弾くのも、かなりサマになっていて、かなり演奏表現の幅が広い、と感じた。

高い技巧のチェリストだと思う。

揚げ足をとるようで、申し訳ないが、敢えて言えば、舞台袖に下がるときに、なにせ、エネルギー持て余している若者のせいか、セカセカ退場していくのが笑えるところだろうか。(笑)もっと余裕を持てばいいのに、と思うのだが、でもこのほうが若者らしくていいっか?(笑)

ヨハネス・モーザーというチェリストは、屈託のない明るい青年のイメージと、ぴったり合うようなスポーツスタイルの超絶技巧の演奏家である、というのが自分のイメージだった。


そしてミューザ川崎で、東響とコンチェルト。

DSC00827.JPG



1曲目は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲を団員達と一緒に弾き、そのまま止まらずに続けて、デュティユーのチェロ協奏曲を演奏する、という指揮者ノットの粋な計らい。

じつは、この日体調コンディションが悪く、前半は意識朦朧として聴いていたので、ヨハネス・モーザーの演奏をしっかり聴けていなかった。本当に申し訳ない。でもところどころの記憶では、リサイタルのときのイメージと全く変わらない。素晴らしい演奏だったと思う。

ヨハネス・モーザーのFBページからお借りしました。
(ルーツは東響さんの投稿だと思います。失礼します。ゴメンナサイ)

この公演の時のリハーサルの様子。

15319182_606166126237404_2683330820297703943_n[1].jpg

そして終演後、東響のチェロセクションと記念自撮りの撮影中(笑)

15391208_607782992742384_6073719667791358903_n[1].jpg





とにかく若くて明るいイメージそのもののナイスガイで、スポーティーな超絶技巧のテクニシャン。

新しい録音、新しい演奏、といったこれからの世代を担う若い演奏家として、とても有望株で、自分が肩入れしても許せる”男性の(笑)”演奏家に出会えた、という印象だ。






ヨハネス・モーザー&高橋礼恵 チェロ・リサイタル
2016/11/29 19:00~ トッパンホール

前半

ヒンデミット:無伴奏チェロ・ソナタ Op.25-3
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV1010
デユティユー:ザッハーの名による3つのストロフ

後半

プロコフィエフ:バレエ音楽<<シンデレラ>> Op.87より<アダージョ>Op.97bis
ラフマニノフ:ヴォカリーズOp.34-14
プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 Op.119

~アンコール

スクリャービン ロマンス
サン=サーンス <<動物の謝肉祭>>より<白鳥>
チャイコフスキー ノクターン 嬰ハ短調Op. 19-4




東京交響楽団 川崎定期演奏会 第58回
2016/12/4 14:00~

指揮:ジョナサン・ノット
独奏:ヨハネス・モーザー(チェロ)

コンサートマスター:水谷晃

前半

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲
デュティーユ:チェロ協奏曲「遥かなる遠い国へ」

~アンコール
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第4番からサラバンド


後半

シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61





秋の京都の紅葉散策 そのさん [国内音楽鑑賞旅行]

コンサートがもちろん主の目的なのだが、もちろんこの秋の季節の京都の紅葉を楽しむのも大きな目的でもあったので、最終日の月曜日、1日休みを取って、紅葉鑑賞の日にあてがった。

まず、目指すは平授庵。
ここは最高に楽しみにしていた。

ここもJR東海の「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーンで採用された紅葉スポットで、これが実に素晴らしい絵柄で、ガイドブックの写真を観たときは、絶対ここにいくっ!という感じで楽しみにしていたところであった。

建物の室内から外の紅葉を撮影するのが、ひとつのポイントになっていた。

本来であれば、こんな素晴らしいショットが撮影できるはずであった。

aflo_AXHA017692[1].jpg


J058_m[1].jpg



ところが実際行ってみると、こんなん感じであった。(笑)

DSC00709.JPG


DSC00710.JPG



紅葉は完全に盛りを過ぎているようだった。あと、入り口の門のところのおばさんに聞いたところ、室内には入れないそうで、そうすると、例の室内からの紅葉の撮影はできないことになる。詐欺だ。(笑)

でも盛りが過ぎたいまの時期だから、そうなのであって、紅葉真っ盛りのときは、室内からの撮影も許可されるのかもしれない。

この平授庵では、こんな庭園もあって、それなりに和の風情があって素敵だと思った。

DSC00703.JPG


また、ここ平授庵では、こんな人力車が大変多く、京都にいたときに感じたのだけれど、結構観光客って、こういう人力車に乗ってみたい、というニーズがあるみたいですね。あちらこちらで、散見されました。

DSC00714.JPG


つぎに目指したのが醍醐寺。豊臣秀吉ゆかりの大寺院で、ここの入り口から入った1番奥にある弁天堂というエリアの紅葉が、ガイドブックにも乗っている最高の紅葉スポットになる。


さっそく、そこに到着。

25940505_2236511278_87large[1].jpg



う~ん、確かにガイドブックの写真と比べると、盛りは過ぎている感じなのだけれど、紅葉の自然と、全体のフレーム内での構図のセンスの良さは抜群で、これは絵になるショットだと思いました。素晴らしい絶景だと思う。




次に向かったところは、高台寺。

まずは、ここにも人力車がスタンバイされていました。京都では、この人力車に乗ってみたい、というビジネスが盛んなんですね。

25940505_2236517316_75large[1].jpg



ここはどちらかというと、約1300個もの照明を使う大規模なライトアップが評判で、紅葉の木々が夜の水面に浮かび上がる幻想的な臥龍池が超有名で、このお寺での一番有名なスポットでもある。

どちらかというと夜のライトニングのほうがいい感じですね。

でも、この臥龍池の存在がわからなかった。(大泣)
スタッフの人に聞いても、池はここにありますけど・・・?う~ん?という感じで、心もとない。
結局場所を特定できず、とりあえず、美しいな、絵になるな、というショットを撮影してきました。

DSC00733.JPG


DSC00734.JPG


DSC00737.JPG




ここは、この時間帯は逆光になってしまったけれど、石&砂の庭園と紅葉が妙にマッチした、とても絵になるフレーム構図だと思いました。

DSC00730.JPG



こんな青竹の森林のような場所もあって幻想的。

DSC00749.JPG



敢えて言えば、このショットが1番絵になるかな?という自分の印象。

DSC00759.JPG





そして最終章の訪問先は、北野天満宮のもみじ苑。
ここは永観堂についで、最高に素晴らしい紅葉スポットだと思いました。

かなりの庭園の広さで、もみじでいっぱい!
樹齢400年以上の楓、豊臣秀吉ゆかりの史跡でもあり、昼間に訪れましたが、やはりここも夜の
ライトアップがいいですかね。

とにかく紅葉したもみじでいっぱい。

DSC00770.JPG


DSC00779.JPG


DSC00783.JPG



ここの1番の紅葉スポットは、たぶんここ。

DSC00787.JPG



なんとプロのモデルさんによる撮影が行われている最中で、結婚式の記念撮影は、このスポットで撮影しましょう!というプロモ的な写真を撮影しているのだと思う。

ご覧のように照明機材があります。ディレクター、照明係、衣装係、撮影スタッフなど、かなりのスタッフ陣で物々しい感じで撮影がおこなわれていました。

DSC00790.JPG


ショット最終形は、こんな感じなのでしょうか・・・?

DSC00797.JPG



帰りの路すがら、紅葉の落ち葉が川沿いに集まって幻想的。

DSC00804.JPG


DSC00812.JPG




紅葉散策の最終地を、この北野天満宮のもみじ苑にしてホントに良かった。
最後を締めくくる最高の紅葉スポットだと思いました。


これにて京都ツアー全日程終了。
自分に、まずご苦労様と言いたい。(笑)

日本の和のテイストを味わう旅行として、京都を選択するのは、至極当然だし、海外旅行とは違った、本当に素敵な体験ができた。まっ自分は、食生活だけでなく、基本、和党の人間なので、大変満足のいく音楽旅行だと思いました。


秋の京都の紅葉散策 そのに [国内音楽鑑賞旅行]

京都に来たら、ベタだけれど、金閣寺、銀閣寺はどうしても寄りたいと思っている。

9月に訪問した時は、とても感動した。特に金閣寺は、入り口から長々歩いていると、突然あの風景が現れるときは、心臓にドキッとするくらい感動するのだ。

紅葉時期を迎えて、綺麗に色づいていると、さらに映えて見えるだろうな、と思い、訪問してみることにした。

まず金閣寺。
意外や、ほとんど色づいていなかった。
でも、この荘厳なお姿は、相変わらず圧倒される。

DSC00611.JPG



どうしても紅葉の金閣寺を撮影したい自分は、スポットを探った。

そうすると、ここからのフレームが、秋の紅葉の金閣寺を連想できて、素敵だと思った。

DSC00615.JPG




つぎに銀閣寺。
こちらのほうが色づきはよいように思えた。

この日は、あいにく1日中雨が降っていて、写真を撮影しても、フォーカスや輪郭が甘いというか、ぼやけているように見えるのだが、でも色づいた銀閣寺は美しい。

まっ、これは自分の嗜好の問題だが、金閣寺も素敵だけれど、銀閣寺のほうが、庭園などの和の様式美が整っている感じがして美しい気がする。

DSC00627.JPG


DSC00632.JPG



そして京都市交響楽団の素晴らしいコンサートに大感動して、一気にボルテージが上がり、雨が降っているけれど、遠征して出向いているので、これは行かなきゃ損ということで、この晩も秋の紅葉狩りに出かける。


選んだのは永観堂。

これが大正解だった!

たぶん今回の紅葉散策の中で、1番最高の紅葉スポットだと思えた。

永観堂は、京都屈指の紅葉名所で、平安時代にその紅葉が和歌に詠まれるほど歴史は古く、いつしか「もみじの永観堂」と呼ばれるようになったそうだ。

境内には、もみじが3000本以上と京都で最多!
中心部より寒いので、色づきの良さでも評判が高い。
伽藍や池など、秋の境内は絶景ビューが目白押し。

とにかく、秋の京都の紅葉散策をするなら、敢えて1箇所を選ぶなら、迷わず、この永観堂をお勧めします!

とにかく入り口からこんな絶景な通りが現れる。いやが上でもかなり期待させられる。

DSC00656.JPG


このフレームが現れた時点で、もう永観堂は間違いなし!と確信が持てた。

DSC00660.JPG



以下、庭園内をいろいろ散策して、アンテナにビビッときたショットを撮影してきたので、ご覧ください。境内は、かなり広いです。そして色づいたもみじで一杯!

DSC00662.JPG


DSC00665.JPG


DSC00674.JPG


DSC00682.JPG





たぶん、このフレームが、この永観堂の中で最高のスポットだと思われる。
ガイドブックに載っているのは、このショットだと思います。
美しすぎる!

なんと庭園内には、雅楽の旋律が流れていました。

DSC00691.JPG





ほかにも、帰りの道すがら。。。

DSC00692.JPG


DSC00695.JPG





とにかくこの永観堂は最高の紅葉スポットだと、つくづく実感したし、2日目にして、これだけ堪能できたのなら、今回の秋の京都の紅葉ツアーは大成功だと確信できたのでした。


秋の京都の紅葉散策 そのいち [国内音楽鑑賞旅行]

JR東海が、1993年からやっているキャンペーン「そうだ 京都、行こう。」。

そんな昔からやっていたんだ?(笑)

自分は今年になって京都を強く意識したので、このキャッチフレーズも今年になって、はじめて耳にするような感じがした。

なにせ普段TV観ない(少なくとも音声は聴かない)人なので。(笑)

まさに京都には世界文化遺産の寺院が集中していて、「日本&和」を意識する絶景の景色が集中している。

特に秋の京都の紅葉は、大変な人気で、この時期はまず宿泊が取れない。
何か月も前から予約しないといけない。

以前、この時期に宿を取ろうとしたら、東は名古屋付近、西は岡山あたりまで、びっしり予約満杯で取れなかった経験がある。「理由は秋の京都の紅葉は、毎年こんな感じなんですよ。」という旅行会社のお姉さん。

今回、京都のツアーで11月下旬にコンサートに行くので、この時期は紅葉真っ盛りだな、ということで早めに予約しておいた。

紅葉鑑賞はやはり、昼間もキレイだけれど、夜のライトニングのほうが、ずっと感動しますね。
あの衝撃の美しさは、間違いなく夜のほうが感動する。

秋の紅葉の鑑賞の時期のタイミングって難しい。

ガイドブックに載っているような絶景の写真は、もちろん撮影用で、年間の中で最高の瞬間を撮影した写真。自分のように、限られた日程で、いろいろな寺院を廻るとなると、どうしても当たりはずれが出てしまうのだ。

まだ色づいていない、紅葉真っ盛り、盛りが過ぎた、この3種類のどれか。
全部の寺院が揃うということはまずない。

今回行って大正解だと思ったのは、永観堂、清水寺、そして北野天満宮だと思った。
前者2つの寺院は、夜のライトニング。やっぱり夜のほうが感動する。

では、実際の旅行では、3日に分けて、紅葉狩りをしたので、それに合わせて3部構成の日記で紹介したいと思う。



1番最初に行こうと思ったのは、毘沙門堂。
JR東海の「そうだ 京都、行こう。」の初年度のキャッチコピーのときに使われた紅葉スポットで、


こんな目の覚めるような素晴らしい絶景の写真を期待していた。

bishamondosando[1].jpg



でも実際行ってみたらこんなんだった。(爆笑)

DSC00547.JPG



もうがっくり、の極致。

そのときガイドブックの写真って、絶景の最高のタイミングで撮影しているから、実際はこんなもんかもよ、という友人のコメントもあり、はぁ~、今回の秋の京都の紅葉ツアーって意気込んで楽しみにしていたけれど、実際はこんなもんで、過度の期待はしないほうがいいのかなぁ、という気持ちになった。

申し訳ないが、嫌な運気が漂っている感じがした。

それを見事にぶっ飛ばしてくれたのが、京都市交響楽団のコンサートであった。

大変素晴らしかったので、よっしゃ、夜の紅葉を観に行こうと思い、9月の時は、絶景の撮影ポイントである「奥の院」が工事中で、いい写真が撮れなかった清水寺に行くことにした。


今回学んだことは、やっぱり「秋の京都の紅葉鑑賞」は、人混みとの闘いである、ということ。
ある意味当たり前だよね。みんな考えることは同じなんだから。

とにかく時間に余裕をもって、行列を待つ覚悟でないといけない。

もちろんお寺によって人混みのバラツキはあるのだけれど、特に大激混みだったのが清水寺。

清水寺は、平成20年に開始した平成の大改修工事の真っ只中で修理している箇所がたくさんある。

この大改修は、安全に工事を進める必要と、美しい景観をできるだけ保つため、少しずつ行われてきたのだが、いよいよ「清水の舞台」で知られている本堂が、早ければ来年2017年の春、改修のため素屋根で覆われることになるそうだ。

素屋根で覆われることになる期間は、清水の舞台を過ぎてすぐの高台(いわゆる奥の院)から普段であれば眺めることができる「右に清水の舞台、左に京都の街並み」というおなじみの景色が見れなくなってしまうことを意味している。

その直前ということは、いいタイミングで拝観できると思った。

でも行ったら、地獄が待っていた。(笑)

DSC00561.JPG


この大行列を観て、このまま帰っちゃおうか?と思ってしまった。(笑)
気が遠くなる。


えっつらえっつら、ようやく清水寺の境内に入ったはいいものの、中も大変な人混みで身動きが取れない。もう中でスタッフの方が交通整理をやっているのだ。

DSC00565.JPG



もうこんな状態で、絶景を撮影するポイントである「奥の院」までは、あと1時間かかりそうです、というアナウンス。なんか雨も降ってきた。。。


そして待つこと1時間超、ようやく絶景の撮影ポイントに到着。

おぉぉぉ~!これでオレは十分報われたか???
嬉しかった!

DSC00579.JPG



さらにもう少し離れたところから。左に京都の街並みが見えるようなポイント、つまりを「右に清水の舞台、左に京都の街並み」を探って、こんな感じ。

DSC00588.JPG



ありがとう!もう思い残すことはないよ。



雨は降っていたけれど、足取りは軽かった。
秋の京都の紅葉が、ちゃんと美しいところもある、ということがわかったので、今晩のショットだけでも充分救われた。

大切なものが撮れたので、あとは、帰路の最中、ビビッとアンテナに引っ掛かったポイントを撮影。

DSC00596.JPG


DSC00600.JPG




素晴らしかった!

コンサートをきっかけに嫌な運気を一気にぶっ飛ばした!
疲れたけれど、最高の1日となった。




京都市交響楽団定期演奏会 11/26 & 11/27 [国内音楽鑑賞旅行]

前回9月の公演の時は、オーケストラ、コンサートホールすべてにおいて、はじめてづくしだったので、なにか試験を受けさせられているような気分で、心臓が痛くなるくらい緊張したし、まずはオケの技量やホールの音響などを確認するというところから入っていった。

でも今回は、すでに素性がわかっているので、本当にリラックスできて楽しめた。
そしてなによりも、楽曲の素晴らしさ、純粋にこれだけに専念でき感動できた。



メシアン トゥーランガリラ交響曲。



今回のコンサートの感動は、この楽曲に尽きると思う。

もちろん指揮者、ソリスト、オーケストラのみなさんのすべてが素晴らしいのはもちろんなのだけれど、この曲のとてもユニークでちょっと不思議な調性の旋律が、自分の心を鷲掴みにした。

メシアンは、20世紀を代表する作曲家で、ジャンルとしては現代音楽なのだが、現代音楽のような”前衛的”な要素よりも、もう少し万人に受け入れやすいような親しみやすさがある。

今回この曲が、自分の心を動かしたのも、そんなところに要因があるのだと思う。

調べてみると、このトゥーランガリラ交響曲の日本での初演は、1962年、小澤征爾さん指揮&NHK交響楽団によるものであった。

小澤さんは、メシアンの生前とも交流があったようで、このトゥーランガリラ交響曲の録音を捜してみたのだが、意外や数が少なく、その中でも小澤さんは積極的に録音をしている。


そして現代クラシック界で、メシアンの演奏家として第一人者なのが、児玉桃さん。
オクタヴィア時代から、メシアンの作品をずっと録り続け、メシアンの演奏に関しては、彼女の右に出る者はいないと思う。

このトゥーランガリラ交響曲の中で、大活躍なのが、オンド・マルトノという古楽器。この楽器の演奏の第一人者である原田節さん。この曲を演奏するだけでも300回は下らない、という。

そして指揮者が、京都市交響楽団の首席客演指揮者の高関健さん。自分の中では、若き頃にカラヤン指揮コンクール・ジャパンの優勝者というイメージがどうしても強いのだが、児玉桃さんのデビュー以来、ずっと彼女をサポートしてきた恩師のようでもあるそうだ。


こうしてみると、このようなバックグランド&布陣で、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の演奏で、この演目を聴くのは、やはり自分の運命のような気がしてならない。


今回の座席は、

初日は、こちら、1階席1列10番目。
DSC00549.JPG


2日目は、1階席3列17番目。
DSC00636.JPG




なんと!驚いたことに、9月のアラベラさんのときの座席と、両日とも全く同じなのである!
こんなことってあるのだろうか!(驚)

神様の誘いんですね。きっと。。。


このトゥーランガリラ交響曲の編成は、最前列に、ピアノをはじめ、鍵盤の古楽器がずらっと並び、その後ろに大編成のオーケストラが陣取るというまさに大編成そのもの。


最前列は真ん中にピアノがあるのだが、その左側に、チェレスタ、ジュ・ドゥ・タンブル、ビブラトンという古楽器が並ぶ。

DSC00644.JPG


右側にオンド・マルトノ。

DSC00642.JPG


ステージ全体を俯瞰してみると、こんな感じの大編成なのである。

DSC00647.JPG





特に、自分の中では今回大活躍というか、曲全体に山椒にピリッという感じで、素晴らしいアクセントを加えていたのが、オンド・マルトノであった。

DSC00645.JPG




オンド・マルトノという楽器自体は初体験ではなく、以前にサイトウキネン松本で、「火刑台上のジャンヌ・ダルク」で使用されていたことで、記憶にあったのだが(このときの演奏も原田節さんだと思う)、こんな至近距離で聴くのははじめてであった。


オンド・マルトノというのは、いわゆるシンセサイザーの原型ともいえる古楽器で、上の写真のように、鍵盤そのものの以外にスピーカーが何個も立てられている。20世紀前半に誕生・発展した電子楽器で♪ピュオ~ンというグリッサンドのかかったいかにも電子音的なサウンドが印象的。

非現実的な宇宙サウンドと言ってもいいのではないか?(笑)

クラシック音楽の世界では、今回のメシアンのトゥランガリラ交響曲がオンド・マルトノを効果的に用いた楽曲として 最も有名かつ成功作だと言えると思う。

ゴローさんが、その昔、サイトウキネンの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」の撮影で、現地から、このオンド・マルトのことを日記にして発信していたことを覚えていた。

その日記の中で、「SACDの初期にDECCAからリリースされたシャイー指揮RCOのトゥランガリラ交響曲では、5.0サラウンドで まさに部屋を縦横無尽に駆け巡り非常に印象的な効果をかもしだしていた。」と書いてあって、うっ欲しい~と思い、捜してみたのだが、廃盤のようで見つからなかった。いつか中古市場で、必ず!(笑)



トゥランガリラ交響曲を聴いての全体の印象。

とにかく不思議な調性の旋律が魅力的で、自分が一番感じたのは、音数が多いな、ということだった。(笑)

古楽器含め、これだけの大編成で演奏される曲なのであるから、ある意味、”音数が多い”のは当たり前なのかもしれないが、座席もかぶりつきということもあって、かなりの迫力で自分に迫ってくる感じで、たいそう気に入ってしまった。

とにかく一番大変なのは、ピアノの桃さん。

まさに80分の大曲で、交響曲という名前だけれども、ピアノはずっと弾きっぱなし。ある意味、すべての楽器を従え、ピアノがぐんぐん引っ張っていっているような”ピアノ協奏曲”で、まさに全身全霊の熱演に、観ているほうが魂を何回も吸い取られそうな感じになった。

交響曲といっても全10楽章からなる変則の構成で、1楽章づついろいろなバリエーションの表現が要求される。静謐な美しい調べから狂喜乱舞の和音の連打に至るまで・・・いろいろな表情を見事演じ切っていた。


京響のオーケストラサウンドも申し分なかった。やはりこのオケは、ホントに弦が極めて優秀。音にしっかりした厚みがある。

そして先日の日記でも書いたけれど、ヴァイオリンが奏でる帯域、ヴィオラが奏でる帯域、チェロが奏でる帯域、コントラバスが奏でる帯域、弦楽器だけでも高域から低域にかけて様々に異なる周波数帯域を持つ楽器の合奏なのがオーケストラ。

この日の合奏は、オーディオ的なアプローチでいうところの見事な周波数領域上での”和声感”を感じるサウンドだった、ように思う。


指揮者の高関さんは、素人の自分がいうのは大変恐縮なのだが、指揮の振りが非常に美しくてレガートな印象だった。特に指揮棒を持たない左手の表情が豊かで美しく感じる。

今は亡き、クラシック写真家の木之下晃さんが、仰っていたことなのだが、カラヤンの指揮の美しさは、指揮棒を持つ右手ではなく、その左手の表情の美しさにある、という言葉を思い出した。

とにかくいままで聴いたのないとてもユニークな楽曲で、演奏の出来含め、今年1年を締めくくるイヴェントとして相応しい素晴らしい演奏だったと思う。

前回の9月、そして紅葉が美しかった今回の11月と、京都ツアーと題して、京都市交響楽団&京都コンサートホールを体験したが、海外音楽鑑賞旅行に決して負けない同等、いやそれ以上のレヴェルの質の高さと充実した音楽旅行だったと、いま回想してみていえるのではないだろうか。


DSC00557.JPG



(左が児玉桃さん、右が原田節さん)





京都市交響楽団第607回定期演奏会
2016/11/26 & 2016/11/27 14:30~
京都コンサートホール

指揮:高関健
独奏:児玉桃(ピアノ)
   原田節(オンド・マルトノ)

管弦楽:京都市交響楽団

メシアン:トゥーランガリラ交響曲(80分)




前の30件 | -