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札幌のクラシック音楽と舞台芸術に関する専門誌を創刊したい! [クラシック雑感]

幼少時代から大学時代まで過ごした北海道。いまも夏休みと年末年始は北海道に帰省する・・・ 自分にとって、いわゆる実家のある土地。その北海道・札幌で、

「札幌のクラシック音楽と舞台芸術に関する専門誌を創刊したい!」

というムーヴメントが立ち上がった。

FBで、その投稿を知ったときは、なんともいえない衝撃と感動を受けてしまった。
自分のアンテナにビビッとくるあの感覚。

ある意味盲点でもあった。
いいところに目をつけたなーというのが自分の素直な印象。
本当に素晴らしい!としか言えない。

もちろん応援していきたい!

わが故郷で、クラシックを啓蒙するためのメディアが立ち上がるなんて、なんか夢がありすぎる。
そこには、自分の故郷という点、そして自分の人生の生きがいの支えでもあるクラシック音楽が融合した、そんな自分の心の琴線を、思いっ切り刺激するようなそんな響きがあった。

興奮で、乱文となりそうになる前に(笑)まず大事な要点をピックアップしてみる。

●プロジェクトを立ち上げたのは、2018年が札幌の文化芸術にとってメモリアルイヤーになること。

今年は、札幌で毎年開催されている、世界の若手音楽家を育てる国際教育音楽祭・PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の創設者であるレナード・バーンスタインの生誕100周年にあたること。


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PMF

さらに、10月には北海道初のオペラ専門劇場である札幌文化芸術劇場hitaru(札幌市民交流プラザ内)のオープンも重なる。


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完成イメージ図

この大きなビッグイヴェントが2つ重なることで、ぜひ地元札幌を盛り上げていきたい!

これが第1の目標。

●札幌にはこの地域のクラシック音楽を紹介する専門誌が存在していない。
 こうした既存コンテンツの魅力をわかりやすく発信していく。

札幌といえば、自分がすぐ思いつくのは、札幌コンサートホールKitara。ここではまさに地元札響(札幌交響楽団)のフランチャイズはもちろんのこと、首都圏レヴェルの招聘によるコンサートもかなりの数に及ぶ。

もちろんKitaraだけではなく、札幌には素晴らしいホールや劇場、また地元企業の文化事業が多数存在しているにも関わらず、十分に認知されているとは言えない状況なのだ。

たしかに実家に帰ってテレビを眺めていたりすると、さかんにTV CMでKitaraの公演の宣伝をやっているのを目にする。北海道民にとって、TV CMの効果って大きい、これでどういう演奏家が来てどういう演目をやるのかがわかる。

でもそれってKitaraだけの話なのだ。それ以外のホールはお目にかからない。
それも単に公演の告知、宣伝だけだ。それに対して、コンサート、奏者に関する深い見識なんかが網羅されれば全然存在感が違ってくる。

さらに今度新たにオペラハウスhitaruがスタートすれば、相乗効果も大きい。

そんな活動、もちろん宣伝含め、あらゆる方面と連携して、こうした既存コンテンツの魅力をわかりやすく発信していく。。。これが第二の目標。


ずばり、

「さっぽろ劇場ジャーナル」




すでに準備号を創刊中で、6月発売を目標に進めている。内容は札幌で開催されるコンサートやオペラの見どころ聴きどころの紹介、そして上半期に終了した主要イヴェントの批評を掲載していく。

製作したジャーナルは、コンサート会場での配布ほか、ホール、楽器店、音楽教室などの配置を含め、計画中。

もちろん印刷媒体だけではない。Webサイトの開設も視野にあって、独自のサイトを持てば、紙面での限界を心配することなく、より深く詳細な記事を楽しめるような仕組みも作れるわけだ。

そしていずれは、地元札幌だけではなく、全国に発信できるジャーナルとなることを目標としている。

うれしい、というか、なんかワクワク、ドキドキしてきた。(笑)

今回のこのプロジェクトを立ち上げたのは、

藤女子大(北大の近くにあります)およびミュージック・ペンクラブ・ジャパンに所属している多田圭介さんと、札幌大谷大学学長の高橋肇さん。


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左:多田圭介さん、右:高橋肇さん



多田さんの投稿と紹介で、このプロジェクトの存在を知った。

多田さんとは、5年前からFBのほうでクラシック音楽仲間として友人でつながっている。
いまは藤女子大だが、つい最近まで北大のほうで勤務されていて、自分の後輩にあたる。

大学での研究、教鞭は、哲学・論理学の研究。もう一方で、音楽評論家、音楽ライターとしても活躍していて二束のわらじでの大活躍なのだ。

まさに修士・博士課程に至るまで、いろいろな大学で勉強されている。その中でも音楽大学にも在籍、勉強され、音楽学をはじめ、クラシック音楽の研究をしていた。


多田さんがスゴイと自分は思ってしまうのは、北海道・札幌に住んでおられながら、首都圏のこれは逃せない!というキーになるコンサートは、必ず上京して、東京のコンサートホールをハシゴして聴かれていることなのだ。


それも頻繁に!

札幌⇔東京の航空券代を知っている自分としては、これってじつに凄いことなんですよ。
多田さんが来京する回数、度合いからすると、ひたすらすごい熱意としか思えない。(笑)

もちろん音楽ライターとしてのご職業でもあるので、交通費としての社費なのかもしれないが、そんなことを詮索する必要もなく(笑)、とにかくいつもすごいなーと思っていた。

もちろん交通費だけではない。ホテル宿泊代とか雑費含めるとかなりの額になる。
自分も似たような境遇なので、そこら辺の事情がよ~くわかるのだ。

もちろんコンサート評は、専門誌のミュージック・ペンクラブ・ジャパンに寄稿されるのだが、FBの友人に対しても、そのコンサート評を投稿してくれる。


ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
クラシックコンサートレビュー 2018年4月号

http://www.musicpenclub.com/review-c-201804.html



さすが音楽大学で専門に音楽学を学ばれているだけあって、スコアリーディングに基づいた、かなり専門的な解析手法で、ちょっと一般素人評とは一線を画す格調の高さと専門性を感じる。


多田さんに関しては、その専門性の高い論評と、交通費(笑)で、とにかくクラシックが本当に大好きで真の熱意を感じる好青年という印象なのだ。

そんな多田さんが、今回のプロジェクトの発起人で、「さっぽろ劇場ジャーナル」を立ち上げるという相談をいただいたときは、北海道というシンパシーと、5年をかけて蓄積された信頼で、もちろん応援していくことが必然の道筋というもんだ。

またこれだけ首都圏のコンサートもしっかり自分の眼、耳で確認しているわけだから、その記事を取り上げる”時”や”タイミング”への嗅覚や、そのコンサートそのものに対する価値観、見識の深さも適格者だろう。

もちろん首都圏のクラシック業界・メディアとのパイプも豊富で、今回の責任者としては、もっとも最適任者だと自分は確信しています。


自分にとって、札幌のクラシックコンサートといえば、やはり札幌コンサートホールKitara。

ここはとても素敵なコンサートホール。大ホールではオルガンコンサート、小ホールではピアノリサイタルを経験したことがある。

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大ホール

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小ホール

大ホールの中に入ると、その内装空間は、なんかどことなく東京赤坂のサントリーホールに似ているのだ。

Kitaraのほうが、曲線美というか丸みのあるデザインなのだが、でも全体に視覚に入ってくる配色カラーリングのセンスとか、全体から受ける印象が、すごくサントリーホールに似ている。

北海道の木材がふんだんに使われているそうで、木のホール独特のやわらかい響きがする。
ここのホールの音響の良さは折り紙つきで、絶賛するクラシックファンの方はかなり多い。

ある意味、サントリー時代から、その設計手法も進化した証拠なのだろう。


音響設計は、永田音響設計のご存知、豊田泰久さん。

どうりでサントリーに似ていると思った。(笑)

Kitaraの方が天井が10m高く1席当たりの空間が1.5倍デカいそうだ。前から後ろまでクリアな音。
実測周波数特性は他のホールと違って、「ど・フラット」な驚異的な音響特性だそうです。(笑)

自分は、残念ながらKitaraで大編成のオケを聴いたことがない。
このホールで札響を聴くことが、自分の究極の夢。

いつも夏休み、年末年始に北海道に帰省するのだが、なぜかこの期間は札響、お休みなんですよね。いや札響が休みというより、Kitaraが休館お休みで公演入れてないみたいな。いつもKitaraの公演カレンダーを見て判断しているので・・・。

この夢が成就するのは、いつのことになるだろうか?



さて、ここでこの記事を読んでいただいているみなさんに、ちょっとしたお願いがあります。
いつも拙稿を読んでいただいて、本当にいつも感謝しているのですが、その皆様方に今回のこのプロジェクトを支援していただけるとこれ以上にない幸せを感じます。



今回のこの「さっぽろ劇場ジャーナル」創刊に向けて、ファウンド(資金)を集めている最中です。
もちろん各方面からのスポンサー探しも必須でやっていますが、一般市民、ファンの方々からも有志の心ある方に期待しています。

今風のファンウドの仕方で、クラウド・ファンディングという手法になります。


目標額は第一目標60万で、現在は見事その額をクリアできたようですが、もちろん資金は多いに越したことはありません。

そこで、さらに第二の目標を80万に設定して邁進中です。(笑)

皆様の都合に合わせて、その心遣いだけでも十分。5000円コース/10000円コースなど。0円からの支援というのもあります。もちろん支援していただいた方には、できあがったジャーナルの配布などキックバックもあります。


詳しくは、こちらからになります。

https://readyfor.jp/projects/Sap-theater-J



岐阜県のオルガン建造家 辻宏さんが、スペインのサマランカ大聖堂のパイプオルガン「天使の歌声」を修復する費用3000万円を都合するために、ファンディングしたのを思い出しました。このわくわく感。(笑)

やっぱり夢の実現には、先立つものが必要ですね。
現実の世界に引き戻される瞬間です。(笑)

でもその目指しているところが実に理にかなっていること、そして多田さんへの個人的な信頼も含めて、応援していきたいと思った次第です。


私からも、どうかよろしくお願い申し上げます。






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マリア・ジョアン・ピリスに”さようなら” [クラシック演奏家]

現役で最も高く評価されているピアニストの1人のマリア・ジョアン・ピリスが引退する。日本のファンの方々へのお別れコンサートとして2018年4月に日本を訪れてくれているのだ。

ピリスは、自分にとって縁があるピアニストだと思う。ここ5年の間にサントリーホールと横浜みなとみらいで、ラストの今日を入れて3回もリサイタルの実演に接することができた。 

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ピリスの魅力って、スター演奏家とは思えない、飾らないとても素朴な人柄。彼女のステージ衣装なんてそれを最も端的に表していると思う。

ある意味とても地味。ドレスのような原色キラキラ系とは程遠いモノトーンなダーク系のシンプルな衣装。彼女自身が紡ぎ出すイメージは、とてもシンプルで、ある意味俗世からかけ離れたような素朴なもの。

でもその全体のシルエットは、やはりピリスだけが醸し出すオーラで誰も真似できない彼女独特の強烈な個性を表しいると思う。

音楽への考え方、ピアノへの取り組みの姿勢はある種、求道的とさえ思えるところがある。
それは彼女の残してきた数多の作品において、色濃く投影されている。

自分は彼女の作品の中では、モーツァルトとシューベルトのソナタをとても愛聴していた。
彼女の作品の中でもベストだと思っているし、そんな彼女のイメージがそのまま感じ取れるような気がするからである。

だから、お別れコンサートのときは、そのモーツァルトとシューベルトの演奏の日を選んだ。

ピリスは、DECCA,Eratoなどいろいろ渡り歩いたが、1989年にDGに移籍し、専属アーティストとして契約してからは、膨大な録音をDGに残してきた。自分的にはDGのアーティストというイメージが圧倒的に大きい。そのDG時代のコンチェルト、そしてソナタなど作品は、BOXセットになっている。

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今回のお別れコンサートは、4/8の岐阜でのサマランカホールを皮切りにスタートしたのであるが、その数日前に、そのサマランカホールでとても興味深いイヴェントが開催された。

マリア・ジョアン・ピリスと日本の若きピアニスト6人による4日間にわたる滞在型ワークショップ「パルティトゥーラ in 岐阜」。

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(C)Toshihiko Urahisa


単なるピアノ・レッスンではなく、ピアノを弾くとはどういうことか?心と身体をどう音にするか?からはじまり、音楽とは何か?ピアニストとして生きるとは?を、世界を代表するピアニストとともに暮らし、食べ、話しながら考え、学ぶというプロジェクト。

まさにピリスと寝食を共にし、これらのテーマをピリスからダイレクトに学び取っていくというプロジェクト。

サマランカホール音楽監督の浦久俊彦さんが、就任1年目にしてどうしても実現させたかったプロジェクトでもある。

今回の日本ツアーを最後に引退を表明したピリスのライフワークであるこのプロジェクトを日本ではじめて実現するために、岐阜県では一年間にわたる準備を重ねてきたのだそうだ。

そこにピリスの引退の理由があるように思えた。
こういう活動を、彼女はその後の人生でやっていきたいのだ。それをライフワークにしていきたい。


教育家としての彼女は、いままでも世界各地でマスタークラスを主宰していて、フランス語と英語によって指導を行ってきた。

ポルトガルの地方における芸術センターの振興についても取り組んでいる。

そして大の親日家でもある。

だから、演奏家としての活動は引退するけれど、教育活動は今まで通り今後も継続というスタンス。



去年の秋頃に、突然流れてきたピリスの引退の噂。
まだ70歳代なのに早すぎる。どうして?なぜに?という気持ちは当然あった。

真偽のほどはどうなのかな?と思うところもあるのだが、こんな噂もあった。

もともと田舎で隠遁者のような生活をしていて、ビジネスに飽き飽きした、というようなことがあるらしい。ビジネスの世界との相性については、よろしくないとか。

加えて彼女は大勢の取り巻きに囲まれて暮らしていて、海外にもいっぱい人が付いてくる、とか、子どもたちを連れて集団で移動する、とか、若手ピアニストと一緒の舞台で演奏したりとかもしている。

それはもうビジネスする側とすればとても大変なこと。若手にとってはいいチャンス、かもしれないが、多くの聴衆はピリスを聴きたいのであって、ビジネスとして成立しづらい。

ピリスが若手と出てきても、現実問題、チケットは売れない。多分、誰が手がけても売れない。それもまたピリスがビジネス界とそりが合わなくなった一つの要因なのかもしれない。

アルゲリッチも取り巻きに囲まれて暮らしているので、その点似ているのだが、アルゲリッチの場合はそもそもパリとかブリュッセルとか、こちらから会いに行きやすい大都会に拠点を構えているし、取り巻きや子供たちを「引き連れて」あちこちに行くことはない。


そこが大きく違う。


眉唾物か本当かは、断定できないが、ピリスの中に”真”としてあるのは、”若手を育てたい”、”残りの人生で若手に自分の持っているものを伝えていきたい”というところにあるのだと思えて仕方がない。

また、ピリスは、”音楽はコンサートホールですべてを表現できるものではない”という晩年のグレン・グールドのような(笑)ことも言っている。

こういう重ね重ねの背景を紐づけていくと、自ずと自分だけを売っていくビジネスとそりが合わなくなって、自分の将来の進む道は”若手への教育”というところに落ち着く、という落し処なのかな、と思ったりするのだ。


サマランカホールでのようなワークショップは、それこそ彼女にとって、ひとつの理想形なのかもしれない。


これは噂に基づいての推測でしかないし、引退の真の理由は、今後も彼女の口から正直に語られることはないかもしれない。


でもそんなことどうでもいいじゃないか!

現に自分は、いままでたくさんのピリスのアルバムを聴いて感化されてきたことは確かだし、実演もラストの今日も入れて3回も経験出来て、自分に縁のあるピアニストとして堂々と自分の中のメモリアルに刻み込まれている。

そんな偉大なピアニストだ。

その最後のお別れに、ここサントリーホールにやってきた。

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久し振りのサントリーホール。話は飛んでしまうが、このホールについて書いておきたいことがあった。2年前の2016年の開館30周年記念事業のときに改めて、そのクラシック音楽界への貢献としてクラシックファンに認識されたこと。

サントリホールのなにが革新的だったのか?

日本のコンサートホールの歴史は、サントリーホール誕生以前と以後で大きく分かれると言っていい。

「すべてはサントリーホールから始まった。」

まさに後に続くホールは、そのほとんどがサントリーホールの影響を受けたと言っても過言ではない。

その当時、サントリーホールの何が新しかったのか?


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まずは「レセプショニスト」と呼ばれる接客係の存在。

これまでのホールでは、クラシックファンの間で「もぎりのおばちゃん」などと愛着を込めて呼ばれたご婦人方が、ホール入口でチケットの半券をもぎるだけだった。

ところが、サントリーホールに登場したのは、キャビンアテンダントばりのそろいの制服を身に着けた女性たち。

柔らかい物腰と丁寧な受け答えで聴衆を迎え入れ、席に案内する姿は、高級ホテルでのおもてなしのようだった。

これは、サントリーの工場や各種イベント等で接客業務を行っている「サントリーパブリシティサービス株式会社」の存在があっての賜物だった。

ホールの入り口で「いらっしゃいませ」と迎えられることが大きな話題となったことが思い出される。そしてこのサービススタイルは以後多くのホールで採用されることになる。


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さらには、コンサートの前や休憩時間にお酒を楽しむ習慣も、サントリーホール以前にはなかったことだ。これによってホールは単にコンサートを楽しむためだけの場所ではなく、社交の場所にもなった。必然的におしゃれをして来場する人が増えたことも、これまでにない新鮮な出来事だった。


いまでは日本のどこのコンサートホールでもごく当たり前のこの光景も、そういう経緯があっての歴史なのだ。

「ホールが人を呼ぶ」という事実こそがまったく新しい時代の到来を感じさせた。

サントリーホールが高級感含め一種独特の雰囲気があるのは、そういったサントリー企業のブランドイメージ戦略の賜物と、そういう歴史の重みがあるからなのだと思うな。

そんなホールで、ピリスのお別れコンサートを観れるのは極上の喜びと言える。



この日も満員御礼。

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東京公演としては、先に4/12に、オール・ヴェートーヴェン・プログラムがあって、それも悩んだのだが、結局自分としては、ピリスといえば、やはりモーツァルトという先入観があって、今日のモーツァルト・シューベルトのプログラムを選んだ。

結果は大正解だった。

過去に経験した2回の公演と比較しても、感動の度合いが大きく、とても素晴らしい公演となった。

最初の2曲は、モーツァルト・ソナタ12番、13番であったが、モーツァルトらしい長調の明るい旋律に沿うような、弾むようなタッチで明快そのもの、見事に弾きあげた。

やはりモーツァルトの調性のせいか、”さようなら、ピリス”的な感傷モードに浸る暇はまったくなく、目の前で繰り広げられるパフォーマンスにただ唖然とさせられた。これは涙とは無関係な、さようならコンサートになりそう、と思った。

そのときはそのように感動したのだが、後半のシューベルト 4つの即興曲は、さらにその上を行った。特に後半の第3曲、第4曲の流れるような旋律の描き方、そして感情の起伏を豊かに表現する、そのじつに柔らかな指捌き。なんと表情豊かな弾き方、表現なんだろう!

まさに巨匠故なる熟練のわざで、我々観衆を一気に高みに連れて行ってくれた。

最後のアンコールのシューベルト 3つのピアノ曲 第2曲では、その美しさに、ついに涙がふっとこぼれそうになった。

前半の感傷モード無縁の世界から、後半に一気にそのモードに突入。

これは、ある意味、ピリスの選曲時のひとつの戦略なのかもしれない。

前半あれだけ感動したのに、後半を聴くとその前半が平坦だったかのように思えるほど、後半にはドラマが待っていた。

ピリスのリサイタルを3回経験できて、もちろん最高に感動できた。まさに有終の美。

カーテンコールで何回もステージに戻されるピリス。
丁寧に後方P席にもお辞儀を忘れず、手を前に組んで感謝の意を表す。

観客は徐々に立ち始め、ついに最後には、ホール全体の観客がスタンディングオーベーション、そして大歓声のブラヴォー。

思わず、自分は胸がグッと熱くなる瞬間であった。

最後のピリスを観れて、本当に記念に残る素晴らしい公演となった。

彼女には、これから第2のキャリアが待っている。
でも、いままで経験し蓄積してきた財産を若者に思う存分分け与えていくこと。

けっして難しいことではあるまい。

がんばれ!ピリス!




マリア・ジョアン・ピリス リサイタル ”お別れ”コンサート
2018/4/17(火)19:00~ サントリーホール

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第12番ヘ長調 K.322
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第13番変ロ長調 K.333

(休憩)

シューベルト:4つの即興曲 Op.142.D935

(アンコール)
シューベルト:3つのピアノ曲 D946 第2曲変ホ長調







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世界の朝食を食べさせてくれるお店 マレーシアの朝ごはん [グルメ]

マレー半島とボルネオ島の一部から成る熱帯の国マレーシア。典型的な多民族国家で、マレー系、中華系、インド系、および先住民族が一緒に生活している。超高層のペトロナスツインタワーが建つクアラルンプールの街では、イスラム教のモスク以外に、仏教やヒンドゥー教の寺院、キリスト教の教会も見かける。

首都は、クアラルンプール、人口 3,163万人、言語:マレーシア語、国花:ハイビスカス。

マレーシアとかインドネシアに代表される東南アジアの国々は、自分の場合は、やはり自分の会社の工場がある土地というイメージがある。

国内に工場を持つことイコール、人件費の高さもあって、いまは研究&開発は日本国内でやって、生産の工場は、みんな安い人件費で賄える海外進出というのが通例パターン。弊社もご多分に漏れず。

一時期は日系企業は、中国進出に熱心だったが、ご存知のようにチャイナリスクの問題もあって、中国は避けて東南アジアという展開が多い、という理解もしている。

弊社もマレーシアやインドネシアに弊社の工場がある。

だから仕事の出張で行く以外、縁がない国だとも言える。
自分の趣味で行くことってあるかなぁ。



イスラム系の人の食事は、基本的に右手を使って食べる。カトラリーを使うときは、右手にスプーン、左手にフォークを持って食べる。

食事の決まりとして、ムスリムの人は豚肉を食べてはいけないという決まりがある。

豚肉以外でもハラルの肉を使ったマレー料理しか食べない。ハラルとは、イスラム法で食べることが許されている食べ物のことで、認証された食品にはハラルマークが付与されている。

またインド系の人と中国の系の人の一部は、牛を食べてはいけないとされている。

同じのマレーシアの人同士でも宗教の決まりで同じものを食べられないなんてこともあるのだ。


そんなマレーシアの朝ごはん。

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多民族国家で、同じ国民でも宗教の決まりがあって同じものを食べるのが難しいマレーシアだが、朝ごはんにはバナナの葉にのった「ナシレマ」が定番。ココナッツミルクとパンダンリーフで炊いた香りの良いごはんの周りに、スパイスと一緒に鶏肉をやわらかく煮込んだ「レンダン」、唐辛子と玉ねぎをベースにした辛味のある「サンバル」、小さなイワシを揚げた「イカンビリス」に茹で卵とピーナツ、それにスライスしたきゅうりがのった定番のマレー系の料理。

レストランから屋台まで街の様々な場所で売られていて、テイクアウト用にバナナの葉で三角に包んだ「ナシレマ」も売られている。

「ナシレマ」のナシ(Nasi)はごはん、レマ(Lemak)は脂肪という意味である。

写真の緑の葉っぱがバナナの葉。

さすがに右手で食べることはできないが(笑)、ココナッツミルクとパンダンリーフで炊いた香りの良いごはんは、とても香ばしい味がする。ちょっと日本では味わえない独特のごはん。

そのごはんの右下にあるスパイスと一緒に鶏肉をやわらかく煮込んだ「レンダン」は、風味はカレー味で味付けされていた。ごはんと食べるおかずでは一番食べ応えのある一品だった。鶏肉は世界共通でやはり美味しい。

その左にある唐辛子と玉ねぎをベースにした「サンバル」。これはとても辛い!一番味覚にアクセントがある一品でもある。

これに、小さなイワシを揚げた「イカンビリス」に茹で卵とピーナツ、それにスライスしたきゅうりという日本でもお馴染みの食材が並んでいる。

サイドメニューとして、プレートの上に映っている2品。
右が、カリーパフというスパイシーなジャガイモ入りのサクサクした揚げ餃子のような料理。
食感の豊富なジャガイモベースの具が入っていて、カレーの味でかなり濃厚に味付けされている揚げ餃子いう感じだろうか。

その左が、アチャールというマレーシアの漬物。
これはかなり辛い!なんかちょっと韓国系の食べ物を連想させるような、そんなお漬物である。
日本風で言えば、白いご飯がお供に食べたくなる・・・感じ。


マレーシアの朝ごはんは、なんかいかにも熱帯地域の独特のあのイメージが湧いてくるようなスパイスの効いた湿り気のある食べ物のような感想を抱いた。決して日本人の味覚のストライクゾーンから外れる訳ではなく、理解可能な範疇に入ると思う。

まさにアジアの朝を感じるねぇ。(^^)

そんなマレーシアの朝ごはん。4~5月までやっています。




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東京・春・音楽祭 「ローエングリン」演奏会形式上演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ローエングリンという演目は、ワーグナーの長いオペラの中でも、どちらかというと快速テンポでサクサク進む感じ。

ワーグナー作品にある独特のうねりのようなものとは、やや距離感があって、毒気のないサッパリした音楽のような印象をいつも持つ。

東京・春・音楽祭の最大目玉公演であるN響によるワーグナーシリーズも今年で9年目。

2010年 パルジファル
2011年 ローエングリン 東日本大震災により中止
2012年 タンホイザー[ドレスデン版]
2013年 ニュルンベルクのマイスタージンガー
2014年 ニーベルングの指環 序夜 ラインの黄金
2015年 ニーベルングの指環 第1日 ワルキューレ
2016年   ニーベルングの指環 第2日 ジークフリート
2017年   ニーベルングの指環 第3日 神々の黄昏
2018年   ローエングリン

これに来年は、さまよえるオランダ人、その翌年の最終の美を飾るのが、トリスタンとイゾルデ。
自分は、第3回のタンホイザーからずっと聴いてきているので、結局、初回のパルジファルを除いて皆勤賞となりそうだ。

よく通ってきた。とても感慨深い。

毎回、とても感動させてもらい、このコンサートを聴いた後は、いつもとてつもなく雄大な音楽を聴かせてもらった、という満足感という余韻に浸らせてもらっている。

今回のローエングリンは、第2回でやる予定だったのが、東日本大震災でやむなく中止。今年は、じつに7年振りとなる悲願達成になるのだ。

2年後にこのシリーズが完結したら、その翌年からどうするのかな?
もうお終いなんだよね。東京春祭での最大の楽しみだったから、これが終わってしまったら、ワーグナーロスになってしまいそうだ。

バイロイト方式にならっての開演のファンファーレ。

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バイロイトでは、幕間ブレークになると、お客さんを劇場からいっさい締め出して鍵をかけちゃうので(笑)、外で食事、お酒など楽しんでいるお客さんに対して、そろそろ始まりますよ~ということを知らせる合図として、このファンファーレをやるのだ。だから各幕間ごとにやっている。

でも、こちらは、そんなホールに鍵をかけたりしないので(笑)、開演前のみだ。

ローエングリンは、タイトルロールにクラウス・フローリアン・フォークトを迎えてのまさに万全を期しての布陣。

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大いに期待した。

結論からすると、アクシデントがあった去年に比べると、キズはあったものの、段違いにレヴェルが高い公演だったと思う。

去年は、リング完結ということで、4年間の総決算という意味合いで、称賛したかったのに、突然の主役級歌手のキャンセルで公演の出来栄えも、なんともすっきりしない欲求不満が溜まった公演だった。いまだから告白すると。

それに対して、今年は対価を払って、十分すぎるほどの見返りをいただいた、という満足感が感じられて、自分は大満足だった。

第1幕は手探り状態で、ややエンジンのかかりが遅いかな、という感じはしなかったでもなかったが、徐々にペースを持ち直した。

今年もゲスト・コンサートマスターはライナー・キュッヒル氏。

いつも1階席の前方席を取るのだが、今年は、2階席。やはり自分の好みである分厚い響きとはいかなく、全体を俯瞰出来てバランスは取れているけど、サウンド的にこじんまりしていてやや不満を感じたことも事実。

でも聴こえ方に慣れてくると、第2幕、第3幕にかけて、まさにフル回転。とても満足いく出来栄えだった。

その1番の理由は、やはり歌手陣の充実ぶりが大きいと思う。

フォークトを筆頭に、レヴェルが高く、やはり演奏会形式のコンサートは歌手の出来が大きなウェイトを占めるんだな、と改めて認識した。

今回驚きだったのは、合唱の東京オペラシンガーズ。去年までのリングでは、自分の記憶違いかもしれないが、合唱ってあったけな?という感じで、今回じつに久し振りに合唱を聴いた気分だった。

東京オペラシンガーズは、1992年、小澤征爾指揮、蜷川幸雄演出で話題を呼んだ《さまよえるオランダ人》の公演に際して、世界的水準のコーラスをという小澤さんの要望により、東京を中心に活躍する中堅、若手の声楽家によって組織された合唱団。

サイトウキネンは1993~2009年まで連続出演、そしてこの東京・春・音楽祭での常連、国内外で活躍しているまさに水準の高いプロフェッショナルな合唱団なのだ。

1998年の長野冬季オリンピックの開会式のとき、ゴローさんがプロデュースした世界6ヵ国を結ぶ《第九》合唱でも、中心となる日本側の合唱コーラスを担当した。

東京春祭ではまさにレギュラー出演の常連さんなので、自分もずっと彼らを聴いてきているのだが、リングではあまり記憶に残っていないので、そうすると2013年のマイスタージンガー以来、じつに5年振りということになる。

久し振りに聴く彼らの合唱は美しく、その幾重にも重なる人の声による和音のハーモニーの美しさ、壮大さは、生で聴くと本当に感動する。この圧倒的なスケール感、こればかりはオーディオでは絶対かなわないなーと思いながら聴いていた。

なにせオーケストラの音より数段音量やボリューム、そして音の厚みが豊かなのだ。ずっとオケの演奏を聴いていて、そこに一斉に合唱が入ると、その人の声の部分が、オケよりもずっと分厚く発音量も大きいのに感動してしまう。

合唱、とくにこの人の声の厚みだけは絶対オーディオよりも生演奏に限ります、実感!

N響もじつに素晴らしい演奏であった。ドイツのオケを聴いているような硬質で男らしいサウンド。バランスも取れていた。

じつに8年間におよびこのワーグナー作品を演奏してきた彼ら。毎年十分すぎるくらいに期待に応えてきてくれ、彼らから感動をいただいてきた。今年もその期待を裏切らなかった。

今年のローングリンでは、3階席の中央と左右の3方向にバンダを配して、その重厚な金管の音色、ステージオケとのバランスも素晴らしかった。

ローエングリンと言ったら、みなさん第3幕が圧倒的に大人気なんだけれど、自分もちろんそうだけど、じつは第2幕が大好きなのだ。

恍惚の幸せであった。合唱のあまりの美しさ。そして茂木大輔さん(首席オーボエ)、甲斐雅之さん(首席フルート)始め、N響木管陣の美しいソロがふんだんに聴けて、最高であった。自分が第2幕が好きなのは、合唱もそうだけれど、このふっと浮かび上がる木管ソロの旋律の美しさに参ってしまうのだ。

本当に涙しました。

冒頭に「キズがあった」との発言は、第3幕の前奏曲。もうローエングリンでは最高の見せ場なのだが、ここが自分にとってはイマイチ感動が少なかった。まさに格好よさの極致である部分なのだが、サウンドがこじんまりしていて、伸びや瞬発力、そしてこの部分に一番大切な躍動感がなく、自分が乗って行けなかった。誰しもが1番乗るところで、そこに対する期待も大きいので、それを満たしてくれる感じではなかった。モタモタ感というのかな?う~ん・・・。

響きがまったく感じなかったので、自分はそのとき、東京文化会館って基本デッドだからなー。そして前方席でなくこの2階席の座席のせいもあるかなーとも考えた。

指揮のウルフ・シルマー氏。ライプツィヒ歌劇場の総監督。まさにオペラを知り尽くしているベテラン指揮者。

自分ははじめて拝聴する。全体の構築の仕方、その洗練された指揮振りには感心させられた。

ただ唯一不満だったのは、指揮者としてのオーラというのかな、存在感が希薄に感じて、自分に訴えかけてくるものが少なかった。そのとき分析したのは、やはりこれだけの強力な歌手陣、そしてオーケストラ、そして圧倒的存在感の合唱団という、まさにスター軍団の集まりの中で、どうしても目や集中がそちらのほうに行ってしまい、その中に埋没してしまう、という感じ。

4時間半の中で、自分が指揮者に目をやることは少なかった。

でもそれは自分がシルマー氏をよく知らない、というところから来ているだけのことなのかもしれない。


では、それぞれの歌手の印象。 


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クラウス・フローリアン・フォークト

まさに「フォークトさま」。「ミスターローエングリン」。
その柔らくて軽い声質は、従来のヘルデン・テノールのイメージを変えた。
はじめて聴いたのは、2012年の新国立劇場でのローエングリン。まさに驚愕の一言だった。
大変な歌手が出てきた、という想いだった。

自分がフォークトの生声を聴くのは、マイスタージンガー以来、じつに5年振り。

なんてピュアで定位感のある声なんだろう!

圧倒的な声量。驚きとしか言いようがなかった。

自分が彼の声を聴くとき、いつも感じるのは、その発声の仕方にすごく余裕があること。
他の歌手は精いっぱい歌うのに対して、彼はとてもスムースで余裕がある。それでいて、その声はホールの隅々までよく通るのだ。

まさに驚異的としかいいようがない。

もともと歌手としてのキャリアスタートではなく、ホルン奏者だったというから、そこからの歌手転向でこれだけの才能を開花するのだから、人生なんてなにがあるかわからない。

まさに、この日は彼の独壇場だった。フォークトのためにある公演だったかもしれない。
歌手陣の中で、唯一人、譜面&譜面台なしの完全暗譜。まさに18番のオハコ中のオハコという活躍であった。 


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レジーネ・ハングラー

ローエングリンの相手役、エルザ。ウィーン国立歌劇場でめきめきと頭角を現しているレジーナ・ハングラーが演じる。善戦奮闘したが、自分にとっては、やや残念賞だったかな?
カーテンコールの聴衆も正直であった。

声質や声量は、悪くないどころか素晴らしいものを持っていると思う。
ただ、安定感というかいいバランスを持続できないというか、聴いていてどうしても不安定な部分を感じてしまった。第2幕はよかったと思うが、第1幕や第3幕はう~ん?だったかな。

歌手にとって大切なのは、声がホールの空間にきちんと定位すること。

でも自分は彼女はキャリアを積んでいけば、絶対大成すると確信する。 


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ペトラ・ラング

今回の公演の中では、フォークトに続き、自分的にはかなりクルものがあった歌手。
その個性的で演技も添えた深い表現力に舌を巻いた。
まさに迫真というか”気”が感じられた。
歌手の中で、かなり目立っていた存在で強烈なキャラを感じた。


聴衆も同じ印象だったようだ。カーテンコールでのブラボォーは凄いものがあった。

自分は、じつはペトラ・ラングはバイロイト音楽祭に行ったときにトリスタンとイゾルテで、イゾルテ役で聴いている。そのときは、悪くはないが特別な感情も抱かなかった。可もなく不可もなく、という感じ。

それは自分の中で、イゾルテと言えば、ニーナ・ステンメという圧倒的存在の歌手がいて、彼女をリファレンスにしているので、それと比較するとどうしても物足りないなにかを感じてしまうのだ。

でもこの日のラングは違った。強烈な個性で、主役のエルザを完全に喰っていた。
じつはこの公演の注目の強烈なダークホースかもしれない。 


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アイン・アンガー


まさに東京春祭ワーグナーシリーズでの常連。今回の公演は、男性陣歌手の素晴らしさがとても際立っていた、と思う。この人の出来栄えは、じつに素晴らしいと感じた。安定した発声能力、豊かな低音、そしてその声量の豊かさといい、申し分なかった。自分はフォークトに次いで素晴らしいと感じた。

現在まぎれもなく第一線で活躍しているエストニア出身のこのアイン・ アンガーは、ドイツ語、イタリア語、ロシア語の主要な役を含め、世界中から出演を請われている。

実際これだけのパフォーマンスを聴かされれば、それも納得でこれからも躍進すること間違いなしだろう。 


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エギリス・シリンス

フォークト、アンガーについで、素晴らしかった歌手。今年は本当に男性陣歌手が素晴らしかった!安定した声量、豊かな低音域に、その発声能力にとても感動した。テルラムントという、この演目では、要所を締める大切な役柄を見事に演じ切っていた。 


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甲斐栄次郎

日本人歌手も負けていない。甲斐さんがとても素晴らしかった!甲斐さんも、このN響ワーグナーシリーズでは常連で、いままで幾多の公演で実演に接してきた。この日の甲斐さんはじつに見事で安定した発声で、その低音の魅力を十分に発揮していた。

日本人の歌手の、世界に通用する、そのレヴェルの高さを実感するのだ。
自分は、日本人がこのように活躍しているのを観ると、本当に同じ日本人として誉れに感じる。
この日のノンノン賞をあげたい気分だ。(笑)


じつは、この公演で、もう1人どうしても楽しみにしていた日本人歌手がいた。

大槻孝志さん。

ブラバントの貴族役として出演された。
自分はSNSでつながっているので、どうしても1度は実演に接したいと思っていたのでした。感慨無量でした! 大袈裟でもなく、このことを達成できたことだけでも、この日に来た甲斐があったというもの。しっかりと目や耳に焼き付けました。

素晴らしかった!


終演。

前日に急に花粉症を患い、体調不良で臨んで、果たして長丁場に耐えられるか不安であったが、そんなことどこ吹く風。じつに素晴らしい公演で、いっぺんに目が覚めた!(笑)

1年の中で1番、N響さんがカッコいいと思う瞬間です、毎年のことながら。
4時間半、本当にご苦労様でした!

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(C)東京・春・音楽祭 FB




東京・春・音楽祭 N響ワーグナー「ローエングリン」演奏会形式上演
2018/4/5 17:00~ 東京文化会館大ホール

指揮:ウルフ・シルマー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:レジーネ・ハングラー
テルラムント:エギルス・シリンス
オルトルート:ペトラ・ラング
ハインリヒ王:アイン・アンガー
王の伝令:甲斐栄次郎
ブラバントの貴族:大槻孝志、髙梨英次郎、青山 貴、狩野賢一
小姓:今野沙知恵、中須美喜、杉山由紀、中山茉莉

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田村吾郎(RamAir.LLC)
字幕:広瀬大介








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麻布十番 福島屋 [グルメ]

FBのグルメな友人の投稿の写真に思わず反応してしまいました。(笑)
これは行ってみないとなぁと思い、行ってみた。
こういう場合、得てしてTVの画面を見て、美味しそうで、うぉぉぉおおお~となって、実際行って食べてみると、ふぅ~ん(笑)となってしまうのが、世の常でままあることだが、今回は間違いはなかった。

麻布十番にある。
メトロの目黒線の4番出口を出て、まっすぐ歩くと3分も歩かないで到着。

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麻布十番商店街にある福島屋は、創業は大正10年。
福島県出身の創業者が、静岡県のかまぼこ屋で修業した後、東麻布で創業したのが始まり。福島県出身だから福島屋。

現在のお店は1階でおでんのテイクアウトと練り製品の製造販売、2階では座っておでんをいただく事ができるようになっている。


「かまぼこ」というと、板についた紅白のものと思うかもしれない。
狭い意味だとそうかもだが、広い意味では練り製品全般を指す言葉なのだ。

「東京蒲鉾組合」という同業者組合。

かつては、港区内に何軒かの加盟店があった。
でも、現在では、この福島屋さん1軒になってしまった。

その後、「おでん」を扱うようになって以来「おでん屋さん」と呼ばれているが、港区で唯一の「自家製練り製品の店」でもある。

揚げ蒲鉾=さつま揚げ

を今日もせっせと作っております。

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でも自分が中に入ってみると、そのインパクトは、やはり圧倒的に「おでん」。
揚げ蒲鉾などの練り製品は、そんなに主張してこない。

1階と2階からなる。

1階には、このように、おでんのテイクアウトができる。
グツグツ煮えてます。美味しそう~。

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そしてその隣に、揚げ蒲鉾(さつま揚げ)の練り製品を販売するところがある。

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自家製の練り物は10種以上。季節が感じられる旬の味も盛り込むこともある。

塩以外の調味料は無添加。練り時間と水加減の調整で、程よい弾力とふわっとした食感が生まれる。練り物は、ひとつから予約可能!


おでんを食べられるお食事処は、2階にある。

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カウンター。

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そしてテーブル席。

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カウンターの席に座ると、中におでんの具がスタンバイしているのがわかる。

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これだと、すぐにできますね。実際オーダーすると、まったく待たされることなく、すぐにサーブされてくるのだ。

メニューは、定番のおでんに加えて、味噌おでん、シュウマイ、角煮などにご飯、惣菜、漬物がついてくる定食。単品でもオーダーできるし、定食という形でもオーダーできる。何品も食べられてお得。単品で好きな具材を好きなだけ食べられるのは、本当に素晴らしい。

シュウマイや角煮にもおでんがついて来るのが嬉しい!(笑)

ご飯は、お代わり自由で、香ばしいゆかりがふりかけられている。

まずはスタンダードで、福島屋のおでん定食。

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お味噌汁がないんだよね。ここは。(でもふつうおでんにお味噌汁はつきませんかね?)

とてもスタンダードなお味。とても美味しい。
じっくり煮込まれただけあって、口に含むと、どれもほろりと崩れる柔らかさ。

おでんを食べるなんて、冬の寒いときに、コンビニのおでんがあまりに美味しそうなので、思わず買ってしまうとき以来か。だし汁にとてもタネの味がしみ込んでいる、まさにあの味で最高!



そうして、本命のこちらをオーダー。
自分が投稿写真に思わず反応してしまったのは、こちら。


味噌おでん定食。


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いったいどれだけ煮込んだらこのコクと色が出るんだろう?(笑)

中まで真っ黒。
これには思わず反応してしまいます。

これは本当にウマい!
甘くてじつに濃厚な八丁味噌の味。中まで真っ黒に染みこんでいる。

白いご飯がどんどんススムくん、です。
これを食べたくて、いままで3回は通った。

ちょっと嵌りそうです。
これからもどんどん通いそう。

コンビニおでんの人気に押されて、専門店の影が薄くなっている昨今だが、専門店ならではのおでんはまさに納得の味。

ぜひお薦めのお店です。

日本人に生まれてきて、本当によかった!

大変美味しいものを紹介していただき、どうもありがとうございました。



福島屋

https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130702/13013990/




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PENTATONEの新譜:児玉麻里・児玉桃、デボラ&サラ・ネムタクの両姉妹によるマルチヌーの二重奏曲集。 [ディスク・レビュー]

前作の「チャイコフスキー・ファンタジー」が大好評だった児玉麻里・桃姉妹によるPENTATONEでのアルバム製作第2弾。

自分の予想だけれど、たぶんねぇ、この企画、仕掛け人がいると思うのですよ。それも日本人の・・・(笑)

今回の作品のポリヒムニアの録音スタッフも、PENTATONEの黄金時代を築いたといってもいい、エルド・グロード氏が録音エンジニアで、ジャン・マリー=ヘーセン氏がバランス・エンジニアという黄金のタッグ!

まさに自分の青春時代の5.0サラウンドは、この黄金タッグで作られたサウンドで育ってきた、と言っていい。

ポリヒムニアもいつまでもこの2人に頼るのではなく、若い世代を育てていかないといけない。
最近の作品は、若手のエンジニアの名前のクレジットもよく見かける。

もちろん、サラウンドにとって一番重要なバランス・エンジニアは、ジャン・マリさんか、エルド・グロード氏のどちらか一方が担うわけだが。

だから、この2人が、かつての黄金時代のように現場で仲良く揃う、というのは、いまではちょっと信じられないんですよ、自分にとっては。

このこと自体すごいことだし、最大限のおもてなし、とも感じる。

この児玉麻里・桃姉妹の企画に日本人が関与していると薄々感じるのは、そんな最高のおもてなしの配慮を感じるから。

自分のようなレーベル&アーティスト双方の大ファンにとっては、本当にうれしいプレゼント。
感謝しないといけませんね。

PENTATONEのプロデューサーもジョブ・マルセ氏。もう不動の名プロデューサーですね。

そんなプロデューサー案なのか、今回の作品のコンセプトは、とてもマニアックで興味深い。
つねに新しいことにチャレンジしていくマイナーレーベルらしい、すごく斬新なコンセプト。 




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二重協奏曲集 
児玉麻里&児玉 桃、デボラ・ネムタヌ&サラ・ネムタヌ
ローレンス・フォスター&マルセイユ・フィル

https://goo.gl/pNypaV



取り上げる作曲家も、オーケストラも自分は、いままで聴いたことがなかった。

作曲家はチェコの作曲家であるボフスラフ・マルチヌー。 

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20世紀の作曲家で、彼の創作期間としては、チェコ・パリ時代の第1期、そしてアメリカ時代の第2期、最後にヨーロッパ(ニース、ローマ)に戻っての第3期と区分けされるようだ。まさに国際的に活躍した作曲家だったのだが、アメリカに滞在した1940年代が、まさに彼の創作活動の頂点だった。

マルチヌーは、400作を残したじつに多作な作曲家で、そのジャンルも、交響曲/バレエ音楽/管弦楽曲/協奏曲/室内楽曲/ピアノ曲/歌曲/合唱曲/そしてオペラ(歌劇)にまで及び、もうほとんどの曲を作曲しているのではないか、というくらいで驚愕の一言、大変な才能の持ち主であった。

作風も、その創作期間の時代とともに変遷していったようで、第1期の実験的書法、第2期の創作活動の頂点にあたる様々な曲へのアプローチ、そして最後のヨーロッパに戻っての第3期の新古典的、あるいは新印象主義的ともいわれる作風で形式にとらわれない自由な作風。


児玉姉妹の奏する『2台のピアノのための協奏曲』は1943年の絶頂期だった頃の作品。そして、ヴァイオリン、ヴィオラのほうの曲も1950年代ということで、いわゆる脂の乗り切った絶頂のときの作品を堪能できる、という感じなのだ。

自分が、今回のアルバムを聴いて、初マルチヌーを経験したのだが、自分が捉えた彼の作風の印象は、ロマン派などの古典主義のわかりやすい旋律よりも、もう少し難解な筆致で、でも現代音楽のような前衛的で、まるっきり実験的なアプローチでもなく・・・

その中間色にあたるような、程よい革新的な装いを持つ。

でも、その骨子にはややチェコの民族音楽的な旋律も垣間見えて、東欧色豊かで、色彩感のようなグラデーションっぽい音感も味わえて、自分はカッコいいと感じる。

古典主義をもう少し進化させた新古典主義というのが、やはり一番合う表現かな?

自分的にはクル感じの作曲家だ。


そして、オーケストラがマルセイユ・フィルハーモニー管弦楽団。

これも自分には初めて。マルセイユは、ご存知パリについで2番目にフランスでは大きい都市で、コートダジュールとも言われ、港町、いわゆるバカンス都市ですね。

そんなマルセイユがオケを持っているとはもちろん知らなかった。
彼らの情報をネットで調べてみるんだが、ほとんど皆無。ディスコグラフィーも1,2枚ある程度で、本当に未知数のオーケストラ。


なんで、マルセイユ、そしてマルセイユ・フィルなのか?はプロデューサー、企画のみが知る、というところだが、作曲家のマルチヌーは、チェコ出身とはいえ、その壮年期の大半をパリで暮らし、「エコール・ド・パリ」のメンバーとしても活躍していたので、フランスの音楽家にとっても自国の音楽としての自負があるのだろう。


マルチヌーの作品はチェコのスプラフォン・レーベルが熱心に紹介を続けているそうだが、フランス・マルセイユで録って、マルセイユ・フィルのオケで演奏することは、マルチヌーに対するフランス・オマージュの意味合いもあるのだと思う。

今回、このマルセイユ・フィルとの競演ソリストとして、ヴァイオリンとピアノが選ばれた。

「2つのヴァイオリンのための協奏曲」のほうは、フランスのデボラ&サラ・ネムタヌ姉妹。
そして、「2台のピアノのための協奏曲」のほうが、児玉麻里・桃姉妹。

2組の美人姉妹によるヴァイオリンとピアノの競演で、ネムタヌ姉妹はもちろんのこと、児玉姉妹もフランスを拠点にして活躍するアーティスト。

しかも、姉妹用ということで、きちんとヴァイオリンとピアノで、2台デュオで演奏するコンチェルトを、マルチヌーはきちんと作曲していたんだね。協奏曲については、様々な楽器のための30曲近くものの協奏曲を作ったらしいので、本当に興味旺盛で、多才な作曲家だったといえる。

そうすると・・・マルチヌーの曲を、フランスのオケで、フランスで録って、ソリストもフランスに所縁のある2組の姉妹。

なんか、フランスの香りいっぱいで、あまりによく仕込まれているアイデアだと感心しました。(笑)


録音場所は、マルセイユ、フリシュ・ラ・ベル・ド・メ。

わからず。(笑)

ライナーノーツ・ブックレットに、写真が載っていた。

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う~ん。微妙。なんか見た感じ、そんなに専用スタジオのようにも見えないし、微妙な感じだが、録音を聴いた限りでは、空間もしっかり録れているし、すばらしかったので、そんなに問題ないのだろう。

でもキッツキッツで録っていたんですね。(笑)

さっそく聴いてみる。

マルチヌーの曲の印象は、既述の通り。カッコいい曲で、自分は気に入った。
自分は、ピアノのほうが、はるかに印象に残るというか、自分の好みに合う。

それは、やはり録音のよさ。

このアルバムを最初聴いたときは、正直なところ、かなり違和感があった。
いままでのPENTATONEサウンドとは、かなり異質な感じ。録音レベルが小さく、オフマイク気味。

PENTATONEサウンドはどちらかというとエネルギー感が大きいほうなのだが、この録音は、音が遠いなーという感じで、例によって最初、なんだ、冴えない録音だなと思い、どうしよう~と焦ってしまった。(笑)

でも音量を思いっきりグイっと上げると、隠されていた録音の良さがわかってきた。

ダイナミックレンジ超深し!!!


これってジャン・マリさんの影響が大きいのかな?
ジャン・マリさんの最近手がけた作品は、みんなこんな感じなのだ。逆にエルド・グロード氏単独の作品は、こういう作風とまたちょっと違うんだな。

音声波形を録る上で大切なパラメーターが、ダイナミックレンジと周波数レンジ。
通称、D-レンジとF-レンジ。

高域⇔低域などの高い音から低い音の幅を表すのが、横軸の周波数レンジ(F-レンジ)。

逆に音量の上から下までの幅を表すのが、縦軸のダイナミックレンジ(D-レンジ)。

人間の耳の構造って、1人1人でみな違う特性で、聴こえ方、好みのサウンドは違うと思うのだが、自分は音が高い⇔音が低いの幅が広い、つまりワイドレンジであることよりも、音量の上辺、底辺の深さが広いほうが、自分の耳に思わず反応してしまうのだ。

自分の耳は、周波数レンジよりもダイナミックレンジの広さのほうに思わず反応してしまう。

いい録音だなーと思うのは、この縦軸の深さが深いことのほうにドキッとしてしまうのだ。

そういう意味でも、ヴァイオリンの曲よりも、ピアノの曲のほうが、その深さを思いっきり感じ取れて、こっちのほうが録音ぜんぜんいい!という印象だった。鳴りきるときの音の沈み込みが秀逸といおうか。

だから、児玉姉妹のピアノの曲のほうが、すぐに好きになった。

でも、それは曲の特徴にもよるようだ。ヴァイオリンよりもピアノの曲のほうが、より凶暴で激しい旋律、そういう落差を感じやすい曲なのだ。とてもアバンギャルドな雰囲気でカッコいい。すぐにピアノ曲だけ何回もリピートして聴く感じになった。

ここの旋律は、麻里・桃姉妹のどちらが弾いているのかは、さすがにわからない。(笑)

でもその華麗でありながら、畳み掛けるような乱打の打鍵は、自分をかなり興奮させる。

東欧感溢れる異国情緒な旋律で、このような高速乱打の世界。

シビレル、じつにいい曲!


ピアノのほうを思いっきり聴き込んで余裕が出てくると、ヴァイオリンのほうも聴いてみると、これまたいい。(笑)・・・というか良さがわかってきた。

こちらはずいぶん穏やかな作風。

でも複雑な重音やパッセージが多用された難曲で、弾くには相当のテクニックが必要、難しそうな曲という感じを受ける。

もちろんネムタヌ姉妹の演奏は、はじめて聴くが、この難曲をものの見事に自分のものとして演奏していて、聴き込んでいくにつれて、その良さがよく感じ取れてきた。


児玉麻里・桃姉妹によるPENTATONEの新譜第2弾は、とてもユニークなコンセプトでまとめられていて、商業主義第一優先のメジャーレーベルでは到底考えも及ばない柔軟な発想のアルバムだった。


記念撮影。

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児玉麻里・桃。そしてジャン・マリさんとエルド・グロード氏。指揮者のローレンス・フォスター。そして今回のコンセプト企画に大きな影響を及ぼしたと思われるプロデューサーのジョブ・マルセ氏。

こういうビッグフェイスがいっせいに揃って記念撮影すること自体、やはり自分は、日本人の仕掛け人がきっといる!と確信するのです。(笑)






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ミューザ川崎音響設計 小野朗氏による音楽サロン「心地よい音響」 [音響設計]

ミューザ川崎の市民交流室でおこなわれる「音楽サロン」という特別企画。今回のテーマがミューザ川崎の音響設計をおこなった小野朗氏がプレゼンターで、テーマも「心地よい音響」。

かなりそそられた。(笑)

楽しみにしていた。

日本のコンサートホールでは、抜群のアコースティックという評判を誇るミューザ川崎の音響設計は、小野朗さんが担当していた、ということにまず興味を持った。


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photo by Kresimir Strazanac

自分は、縁があって、このミューザ川崎の空間デザインを設計した一級建築デザイナーの小林さん(女性です!)と知り合うことができた。いまから3年前なんだな。自由が丘にある設計事務所に伺ったことがある。

壁には、自分が手掛けてきたコンサートホールの数々の写真が、額縁に入れて飾られていた。
その中でもミューザ川崎は、一番誇らしげに見えた。(笑)

音楽ホールの設計という立場上、コンサート通いは、2000回以上、海外は500回以上、オペラは400回くらいというコアなクラシックファン。毎年ヨーロッパをはじめ世界中のコンサートホール&オペラハウスを訪問し、自分の仕事のための糧としている。クラシック音楽には、大変造詣が深く、ご自分でもピアノを弾かれる。(最近クラリネットも始められた。)

まさに自分の価値観の模範となるようなものを持っていらっしゃった。

大変なクラシック好きでもあるので、ついには自分の設計事務所にてサロンスペースを造られて、定期的に室内楽のコンサートを開催している。

自分は、この室内楽コンサートに招待されて事務所を訪問させていただいたこともある。

川本嘉子さん×三舩優子さんのリサイタルだった。

そのとき撮影した小林さんや、川本さんとのツーショットの写真はいまでは大切な宝物である。(笑)

以来、いろいろ教えていただいたことも多かった。

ミューザのあの斬新で奇抜な空間デザイン。

「じつはあの空間デザイン設計をするのに、 ベルリンフィルハーモニーに何回も通って、観客席を実際に何回も測定してきたのですよ。」

だそうだ。

自分は、「なんか2階席など水平じゃなくて床が傾いているんですよね。左右非対称だし、なんかホールの常識センスがことごとく覆されました。(笑)」

本人は笑っていたが、いま考えれば、本人に面と向かって、ずいぶん失礼なことをズケズケと言ったもんだ(笑)と思うのだが。あの当時は恐れを知らなかったな。

「このホールは10年前このマーラー8番「千人の交響曲」で始まりました。

このプロジェクト、設計の前の調査の段階が5年、基本設計&完成が8年、 長いプロジェクトでそれに全部関わってきたのは私とパートナーのHだけです。

設計施工をまとめていた都市機構、川崎市は役所ですから2年、あるいは4年で異動があり何度も担当が変わりましたし、市長も変わりました。建物全体の設計をしていた事務所も担当が3回かわり、永田音響も3回変わりました。フランチャイズも設計段階は読響だったのが東響に・・・でも今思い返してみれば一番重要なときにいい担当者に恵まれた結果とも言えます。

そのすべてがそろわないと設計者だけではいいものができないというよい例になったと思います。

私が関わったホールでもコンテンツが伴わないために全く知られていない(使われていない)ホールもあります。そういう意味ではミューザはとても恵まれていると思っています。何しろ最初の段階では川崎なんかにクラシックのホールをつくっても呼び屋さんはどこも使ってくれない、だからあきらめてポピュラー系のホールにした方がいいと言うのが大方の意見でした。」

小林さんに教えていただいたことで印象的だったことは、

「みなさんは、コンサートホールというと、音響ばかり注目しますけど、音響だけが重要なのではなくて、じつはその”空間のありよう”もすごい大切なファクターなんです。」

ということだったかな。


ミューザ建立までに、そのような苦労が重ねられてきた歴史であることを知ったとき、ではそのミューザの音響設計は、誰がやったのだろうか?

このホールを、”音響設計”という立場で小林さんといっしょに造り上げたのは誰なのだろう? ということをずっと思っていた。

偶然、今回の音楽サロンで、小野朗氏の存在を知って、そうだったのかー、という感じで万来の感がある。 


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小野朗氏。

小野さんは、永田音響設計の取締役プロジェクトチーフ。

これまでにミューザ川崎、よこすか芸術劇場、神奈川芸術劇場、紀尾井ホール、福井県立音楽堂などの代表作がある。1998年に「サントリーホールの音響設計」で日本音響学会技術開発賞を受賞されている。



以前日記にしたと思うが、音響設計という仕事は、基本計画の段階から音響面のアドバイスをし、コンピューターシミュレーションを使って反射音の分布などを検証しながら設計していくのが主な業務。

なにせ建築物なので、作ってから、やっぱり音響ダメでした、作り直します、とはいかない世界。出来上がるまでに慎重に慎重を重ねる。

この音響設計の世界では、コンピュータシュミレーションの登場は画期的だった。
それまでの膨大な手計算が必要だった工数を、一気に削減してスピード化できた。
もちろんシュミレーションだけでは、わからないことは縮尺の模型を作って実験する。


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サントリーホールの模型実験


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ミューザ川崎のコンピュータシュミレーションによる初期反射音の分布図


音響学というものがあり、音響設計者は、その理論に基づいて設計する技術者のこと。
その「快感」というものを数値化することを考えたものが室内音響学になる。

耳で聴いた気持ち良さを数字にするとどうなるのか。その完璧な“ものさし”ができるとホールの音響設計に大きな指針ができることになる。

そんな世界。。。

小林さんとともに、この小野さんが、ミューザを造り上げたんだね。

小野さんといえば、こんな武勇伝もある。

ミューザが大のお気に入りな世界的指揮者といえば、ヤンソンスとラトルなのは、超有名な話。

2005年11月、完成間もないミューザ川崎シンフォニーホールで、ベルリン・フィルのコンサートが開かれた。終演後、芸術監督のサイモン・ラトルが「音響担当者に会いたい」とリクエストした。

恐る恐る楽屋に顔を出した永田音響設計の小野朗さんを迎えたのは満面の笑顔だった。「このホールの音響は実に素晴らしい。聴衆の反応も良く、楽しく指揮できた」

ひとしきり話しをした後、真剣な表情で彼が言葉を継いだ。「ベルリンのホールの音響をもっと良くしたいのでぜひとも協力してくれないか?」

舞台を取り囲む客席が段々畑のように積み上がる「ワインヤード形式」が採用されたミューザ川崎。永田音響設計では、同じ形式でサントリーホールも手がけている。 しかし、そもそもこの形式で最も有名なのは当のベルリンフィルハーモニーホールだ。

小野さんの目標でもあった。

「あこがれのホールの責任者から、逆に褒められ、最高の気分を味わえました」

う~ん、じつにいい話!!!感動~。(^^)


そんな小野さんによる音楽サロン「心地よい音響」というタイトル。確固たる実績を積み重ねてきた人だけに、その言葉も重みがある。

どんな内容なんだろう?ということで、この日をとても楽しみにしていた。

場所は、ミューザ川崎にある市民交流室。

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サロンの内容は、タイトルの「心地よい音響」というそのもののというよりは、ホール音響についての説明、そしてそこへの伏線という感じで、いま考えてみると、その筋書シナリオがよく考えられているなぁ、という想いがした。

前半は、コントラバスの魅力について。後半はホール音響。

なんでコントラバスなのか?最初不思議に思ったのだが、そこへの伏線があるんだな。

コントラバスは、チェロよりさらにひとまわり大きい低弦中の低弦楽器。
それを2台も使う贅沢さであった。それにピアノが加わる。


サロンは、小野さんのプレゼンターに、その間にコントラバス2台とピアノによるトリオの演奏を随所に挟む、という構成であった。

コントラバスの奏者は、久松ちずさん(東響)、渡邉淳子さん(東響)、そしてピアノが、福士恭子さん。

実際の進行は、堅苦しくならずに、笑いが絶えないとても朗らかな雰囲気で進められた。



コントラバスを取り上げたその目的は、「ステージ床による振動、鳴り」について言及するための伏線だった。

まずコントラバスは、とてもおおらかな性格の楽器というところから始まり、楽器の構造の説明、コントラバス奏者の感想など。

チェロもそうだが、コントラバスも、その楽器の底辺にエンドピンを取り付けて、それをステージに刺して演奏する。こうすることで、楽器の振動が、ステージに伝わり、そこで振動、鳴りが生じて、それがホール空間に伝わって大きな鳴りとなる訳だ。

なんかホールによっては、ステージに傷がつくことを嫌がり、エンドピン刺すのを禁止するホールもあるらしいが、小野さんによるとそれは問題外。

ステージは消耗品。

ホールのメンテナンス改修でステージ張替えをすれば済む話。代替えでゴムを使うこともあるらしいがそれじゃダメ。やはり直接エンドピンでステージにザクっと刺してこそ、振動も伝わる。

よくチェロ協奏曲などのコンチェルトでは、ステージ上でバックのオーケストラに対して、ソリストのチェロ奏者は、前で台座のようなものを敷いて、その上で演奏する。

それが、まさにこの原理に準ずるところなのだ。
ステージ床下は空洞でないといけない。

空洞でないと振動しないのだ。

この台座の中は、もちろん空洞になっていて、その上で演奏することで、ステージ上よりもさらにそのチェロの音色が、エンドピンを通じて振動が返ってきて、ホール空間に放たれるということなんだろうと思った。

今回も市民交流室の中って、床下にコンクリートが張られていて、その上の床張りなので、振動しない。それじゃ困るので、わざわざ、今回のために、この台座を持ち込んだ。

結構音マニアが喜びそうな要素を散りばめた感があって、たとえば楽器の底辺に取り付けるエンドピンの種類を変えると(たとえばオーディオの世界では常識の真鍮やチタンなどの構成のものに変える。)、コントラバスの音色はどのように変わるのか、などの実験が行われた。

自分も、かねてより、ホール音響にとって、この床鳴り、ステージの鳴りが大きな影響を及ぼすことに注目していて、ステージ上のオーケストラが演奏することで、そのステージ床の振動でどっと鳴って化けることで、それが秀逸な音響となる原因なのだろうと理解していた。

そういうことで、なぜ小野さんがコントラバスの話題を前半に持ってきたのかは、このステージの床振動がホール音響にとっては、とても大切な要素なんだよ、というテーマの大切な伏線になっていたのでは?といまから考えると思うのだ。

小野さんの後半の話では、ホール音響の研究は、ホールのプロポーション(寸法:高さ×横×奥行き)がじつはとても大切なファクターで、この寸法次第で、いろいろなところから反射音が返ってくるその密度が違ってくる。

つまり聴衆が、いい音響と感じるかどうかは、このプロポーションが大きな要素、いままでは長年かけて、そういうところに注目されて研究がなされてきた。

でも意外や、ステージの鳴りについての研究というのはされていなくて、これからの新しいテーマ、と仰っていた。

ステージの床下構造、床の素材など奥が深そうですね。床は柔らかすぎもダメだけど、固すぎて振動しなかったら全然ダメ。こうやって床振動で音響がドッと化けることが重要なファクターなのだ。

プロポーションが大事、床振動、床の構造が大事って、まさにオーディオルームそのものですね。(笑)

そうすると、そういう振動による鳴りが、とても重要という事は、空洞でないといけない、中を詰めちゃいけない、というのが原則。実際問題、ホールって(たとえばウィーン楽友協会)床に限らず、四方八方を空洞な構造で囲まれている。

以前、自分はオーディオなどで、壁、天井、床など、その中の構造が、あまりに空洞が多いと、それらに対しての反射音が共振してしまい、音が濁る原因になるので、よくないという理解を持っていた。空洞でなくて、中は詰めたほうがいい、というような。。。

安いマンションやアパートの部屋でのオーディオの音がよくないのは、その壁の中が空洞になっていて、反射音が共振してしまうのが、その原因と理解していたのだ。

これと反するんだな。コンサートホールの場合。コンサートホールは確かに石で造られたホール、教会を除いては、空洞を利用した振動、そしてそれが空気、ホール空間へ伝搬されるファクターをとても重要視しているように思われる。

ちょっと自分の新たな課題にします。

コントラバスについて、大変面白いことをもうひとつ仰っていました。

昔、小野さんは、指揮者の佐渡裕さんに呼ばれて、いわゆる佐渡サウンドについてアドバイスをもらったそうだ。

オーケストラのサウンドの中でキーを握るのは、じつはコントラバスとティンパニー。コントラバスに要求されるのはスピード。他の楽器に対して、コントラバスが一瞬のタイミングの速さで出ることで、全体のオーケストラ・サウンドの奥行きが出たりする。まさに、これが佐渡サウンドの真骨頂なのだそうだ。(そのように指揮者としてキューを出す。)

だからこのコントラバスの音が通りやすいホールを設計してほしい。

それイコール、エンドピンを通じてのステージの床振動について、もっと研究がなされるべき、ということにつながるんでしょう。

今回コントラバスをテーマに持ってきたのは、こういう大切なファクターへの大事な伏線になっていた、と自分は理解しました。

深い、というかよく考えられていると後になって感心。


後半は、ホール音響の歴史についてのお話。

一番最初は、ローマ時代の野外劇場。ステージ前方の座席では音は聴こえるけれど、段々で上がっていく上の席では音が聴こえない。当時の時代の人は、その対策として、最上段の席のところに屋根を付けた。この屋根からの反射音で、上の方の座席の人にも音が聴こえるようになった。

まさにいまのコンサートホールの反響板の役割のルーツがここにあったんですね。

そこからこの野外劇場の進化版がどんどん作られて、U字型の野外劇場が作られるようになる。
このU字型スタイルが、当時のオペラハウスの馬蹄型のルーツになった。

そこから教会、シューボックス、ワインヤードへのホールの進化は、すでに自分の日記でも取り上げた通り。

面白かったのは、段々のぶどう畑を想定して造られたワインヤードのホール。
やはり正式名称は、”ヴィニヤード”型のホールというのが正しい呼称のようだ。

それをワインヤードと言い出したのは、サントリーホールの時代から。サントリーだから「ワイン」ヤードと言った。(笑)

そうだったのかー。(笑)

でもたとえ、正式名称は、ヴィニヤードでも、自分はやはり慣れ親しんだワインヤードを使い続けるかな?

こんな感じのサロンだった。

こうやって書くと、とても難しそうだが、実際はいたってフレンドリーな朗らかな雰囲気でおこなわれた。

面白かったです。



2011年3月11日。あの東日本大震災のとき。
ミューザ川崎は被災した。

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”まさに被災地”

この事故、この報道写真は当時のクラシック音楽界に大変な衝撃を与えた。
やむなく2年間の休館を余儀なくされた。

修理費用として、国が1/3を補助する事態になった。

当時、この写真を見たとき、自分もかなりショックだった。
自分の身近なところで起こったことなので、尚更。

これ、まだホール内に誰もいないときだったから救われましたよね。もしコンサート中に起きていたら、このように天井が陥没し落下しているので、大変な大惨事になっていたはず。これだけは不幸中の幸いだったと言える。

そして懸命な修復作業が行われた。

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2年後に見事リニューアル・オープン。

あの音響アコースティックがきちんと復活されているのか?というのが当時の心配だったが、そんな心配も無用のことだったようだ。

自分はミューザ川崎のレジデンス・オーケストラである東京交響楽団(東響)の名曲全集の定期会員を3年間続けた。

2CAブロックの座席を2年。2CBブロックの座席を1年である。2CBブロックは、小野さん推薦の座席ブロックだそうだ。

ミューザは家に近いので、1年間万遍なくクラシックのコンサートに通いたいという理由から、この名曲全集の定期会員になった。

東響は、まさにここ3年の間、在京楽団の中で、1番回数を聴いたオケになった。(笑)

2019年からミューザもメンテンナンス改修のためにしばらくの間、休館となるようだ。

ミューザに3年間、通い続けたことで、ここの音響アコースティックも自分の肌感覚としてある程度認識できるようになった。

音が明晰でクリア。
そして直接音と間接音(響き)の到来時間の遅れのバランスが、絶妙の立体感覚、空間の広さを感じるような音響。

これはひとえに、見た感じパッと一面に開かれたような見晴らしのいい、高さを含めた容積の広さに起因しているのではないか。

そして独特の螺旋状のスパイラル構造。
これによってトルネードや滝壺のような独特の音の流れを発生させる原因なのかも?

というのが自分のここのホールの音響の印象である。

もちろんホール音響なんて、人それぞれで聴こえ方、感じ方違うでしょうけど。。。

でも言えることは、まさに、古の常識センスに捉われない斬新な発想の空間デザインが生まれたからこそ、起きた奇跡の音響なのだろう。

今後もますますコンテンツに恵まれて、ホールビジネスとして輝かしく発展されることを心からお祈りするばかりです。





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アラベラ・美歩・シュタインバッハー&読響のマチネ・コンサート [国内クラシックコンサート・レビュー]

1年間の中で楽しみにしていたコンサート。
そのときはあっという間で、興奮は一瞬だが、終われば心地よい疲労感。
年間に書く日記の中で、1番ミーハーな記事になりますこと申し訳ありません。(笑)

アラベラさんのメンデルスゾーンのコンチェルトは、3年前の2015年にヘンゲルブロック&NDRの日本縦断ツアー(大阪、名古屋、東京)をずっと追っかけたことがあって、今回の2公演含めると、通算5回聴いたことになる。

また、そのときの東京サントリーホールでの公演は、NHKが収録していて、オンエアされたものを録画してあって、もう数えきれないほど、本当に擦り切れるくらい何回も観たので、もうこのメンデルスゾーンの曲の最初から最後まで、曲中のどの部分で、どういう弓使いや体の動かし方をするかなどの動作が完璧に頭の中に入っている。

このライブ映像は、彼女の1番輝いているときの演奏で、最高傑作だと思っている。

ある意味、病理的かもだが、熱心なファンというのはそういうものだ。

そういうバックグランドの中で、今回の演奏を観た場合、結論から言うと、やはりヴァイオリニストという演奏家は、ある曲を演奏すると、もう自分の型というのが決まっていて、既述のどこでどういうアクションなのか、その魅せ処って決まっているものなんだなぁと改めて感心しさせられた。

今回の演奏は、もちろん素晴らしかったのだが、自分の中では、3年前に観た演奏スタイルの範疇を超えるものではなく、決め処での決まったアクションなど、演奏の流れの作り方、作法など、それはいわゆるアラベラさん流儀というものがあって、それをしっかりと再認識させられた感じだった。

彼女は、レパートリーもじつに豊富で、すべてのそれぞれの曲において、そういう自分の奏法、型や作法というのをしっかり持っているんだと思う。

今回、自分がよく知っているメンデルスゾーンだったので、そのことに気づいたのだが、よく考えてみると、それってある意味当たり前のことなのかもね。

でも今回は、前回と比較して、幾分柔らかめというか、優しい表現に自分は感じました。

東京芸術劇場につくと、こんな素敵なポスターが出迎えてくれた。 

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愛、憧れ、そしてドイツ・ロマン派名曲選。
なんて素敵なんだろう!

すごい春らしい。
いっぺんに自分の心が華やいだ。

そしてこれから遭遇するであろうコンサートに、さらなるワクワクの期待が。。。

2日間のマチネ公演に、こんな素敵なポスターを作ってくれるなんて読響ってなんて気が利くというか、センスがいいなーと感じた。

今回の座席は、もちろんヴィジュアル優先なので、かぶりつき。
ヴァイオリニストがソリストの場合は、自分はステージに向かって右側の前方を取るようにしている。

顔が対峙するし、音の流れもそんな感じがする。

初日

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2日目

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アラベラさんは、ベージュのドレス。これまた、いかにも春らしくていっぺんに空気が華やいだ。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、とても華があって、春らしい、可愛らしい、明るい感じの演奏であった。

ある意味とても女性的で優しさに満ち満ちた演奏解釈。

でも、それは解釈というより、彼女が持っている本来のキャラクターですね。

小柄でキャシャな体格なので、線は細いが、そのイメージに沿うような女性的な演奏スタイル。
演奏の型は、とてもビジュアルを意識した美しいフォーム。

特に弱音表現の美しさが彼女の持ち味だと思います。

曲調、つなぎ目に合せての弓使いや体重移動など、この曲に合わせて、あらかじめ自分が考案したのであろうと思われる美しいフォーム。

それが演奏にさらに華を添えていて、とても優雅なメンデルスゾーンに感じてしまった。

そして旋律の筋書ドラマの起伏に対して、とても広いレンジで対応できていて、その強弱、緩急のつけ方など見事であった。

完璧!

コアなファンである自分をも完璧に満足させてくれる最高の出来だと思った。

1年間楽しみにしていただけのこと、見事に報われたと思いました。



読響を聴くのは、じつに久しぶりで、自分もいつ以来なのか記憶にないくらい。
昔、ベルリンコンツェルトハウス管弦楽団のコンサートミストレスの日下紗矢子さんが読響のコンマスも兼任するというニュースを聴いたとき、これは、ぜひ1度聴きにいかないといけないな、とずっと思っていた。

とくに最近は、乗りに乗っているオケで、とてもよい評判を漏れ聞いていたので、ぜひ久し振りに聴いてみたいとは思っていたのだ。

読響を聴いた第1感の印象は、とてもバランスがいいということ。オケを聴いていると、得手、不得手のセクション含め、バランスよく聴こえてくるというのは、とても難しいこと。弦5部、木管、金管、打楽器含め、とてもよくまとまっていて、演奏のメリハリが効いていて気持ちがよかった。

各楽器のアインザッツの一致感や、音の瞬発力みたいなものが、自分に向かってど~んとやってくる感じで、それでいて美しいハーモニーが織なっている様式美みたいな感覚も兼ね備えていてとてもいい。

聴いていて、耳触りが良くて、バランス感覚が秀逸だと感じた。

その中でも特に弦の音色は、素晴らしいかな。自分の前方座席でも、その倍音豊かな響きは恍惚なものがあった。

とてもいいオケですよね。

よい評判は本物だと思いました。

前半のウェーバーの歌劇「オイリアンテ」序曲や、後半のシューマンの交響曲第3番のライン。ある意味スマートすぎるところもあるのかもしれないが、自分には、とても小気味のよい明晰な演奏に感じた。


指揮者の謙=デヴィッド・マズア。まさに期待の新鋭だが、長身でなかなかのスタイリッシュ。
指揮もとても明快でわかりやすく、動きが大きく機敏性に富んだ指揮だと感じる。
とてもわかりやすいので、演奏しやすいタイプの指揮者なのではと感じたりする。


読響を聴いていて、ちょっと面白いな、と思ったのは、最初のA(ラ)の音でやる調音のとき。

ふつうは最初のオーボエ奏者のラの音に合わせて管楽器奏者が合わせて、その後に弦楽器奏者が合わせるというのが9割方だと思うのだが、読響は逆なんだよね。

弦楽器が最初で、管楽器が後。
これって、調音のやり方っていろいろあるのかな?
面白いと思いました。

とにかく、超久しぶりに聴く読響とアラベラさんのコンビネーションがものの見事にあって、じつに素晴らしいひとときでございました。

これで、自分の2017-2018年シーズンはお終いでございます。(笑)
またつぎの目標に向かって、地道に平常生活に戻るだけです。


アラベラさんのFB公式ページから。

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そして、サイン会でのひとこま。

ふつうは、何連射も撮影した中から、これは!という1枚を選ぶものだけれど、今回は、どれも捨てがたいショットばかり。

え~い、全部載せます。ミーハーでスミマセン。(笑)
                                                      
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第205回 読響土曜・日曜マチネシリーズ
2018/3/10&3/11 14:00~ 東京芸術劇場

指揮:謙=デヴィッド・マズア
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

コンサートマスター:小森谷巧

前半

ウェーバー歌劇「オイリアンテ」序曲
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64

~アンコール
バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番「ラルゴ」


後半

シューマン 交響曲第3番 変ホ長調作品97 <ライン>


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なぜ、古いオルガンの音は美しいのか? [クラシック学問]

岐阜のサマランカホールを訪問したことをきっかけに、サマランカ大聖堂の「天使の歌声」、別称「鳴らずのオルガン」を見事修復した岐阜県白川町のオルガン建造家、辻宏氏の存在を知り、大変な感銘を受けた。その辻さんのことをもう少し知りたいという欲望がどうしても湧いてくる。 


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辻宏氏

「美しい音」を求め、その生涯を信仰とパイプオルガンの制作に注ぎ、81台もの作品を遺した辻宏氏。特にサラマンカ大聖堂など、スペイン、イタリアの歴史的なオルガンを5台修復したことは、今も語り草になっている。

サラマンカホールは、OKBふれあい会館の中に存在するのだが、ホールのゲートの前のロビーのところにTVが設置されていて、その画面にエンドレス再生で、辻氏とサマランカ大聖堂の天使のオルガン修復のドラマが、ドキュメンタリーのような形で放映されているのだ。

それをずっと見ているとじつに興味深かった。

そのドキュメンタリーでは、

オルガンは辻さんが長年にわたり、自らの手による修復を希望。1985年に皇太子時代の天皇、皇后両陛下が大聖堂を訪問されたのを機に、資金面も含めて修復が実現、90年に音色をよみがえらせた。

94年に両陛下がサラマンカを再訪した際、辻さんの演奏で復活したオルガンの響きに耳を傾けられた。

その際、天皇陛下、美智子皇后さまが、晩餐会で国賓として迎えられ、まさに国家間を通してのおもてなし。その場のスピーチでスペイン国王から、「オルガンを修復していただき、日本に大変感謝しています。スペイン、日本との間の厚き友情の証といえましょう。」という感謝のお言葉をいただいる、などの場面が映し出されているのだ。


かなり感動した。


そのドキュメンタリーでは、美智子さまと辻さんとの関係も、じつは、そのときに知り合った仲ではなく、かねてよりオルガンを通じて、ご交友があったことに触れていた。こういう美談も急に起こる訳でもなく、かねてよりの積み重ねによるものということだ。

あのドキュメンタリーソフト、ぜひ欲しい気がする。(笑)

もっと辻さんのことを知りたい。


そこで書籍などがないか調べてみたら、数ある中から、これがいいのではないか、という本を見つけた。 



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オルガンは歌う 歴史的建造法を求めて。
辻宏

https://goo.gl/GoR2nP

まさに辻さんのオルガン建造家としての人生や、世界のオルガン修復のこと、そしてオルガンの音色の「美」に関する自分の考え方など、まさに自著なので、余すことなく書かれていて、興味深かった。

特にオルガン修復のことは、備忘録というか、事実に基づいて、どのように修復していったのか、オルガンの仕組みを理解していないと読解に難しい所もあり、かなりの技術レポートとも言えそうだ。

読みごたえはあった。

ここでは、この本をもとに、辻さんの人生、偉業、そしてオルガンの音色に関する考え方について、紹介できればという気持ちで書いている。 

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辻さんは、愛知県の勝川町(現在の春日井市)に生まれた。お父さんはお医者さん。東京藝術大学に進み、オルガン科を専攻。

大学を卒業後に、本格的にオルガンの製造を学ぼうと決心を固め、2年後にアメリカに渡って、シュリッカー社で見習いとして、オルガン建造の基本を身につけ、さらにオランダのフレントロップ社に勤務するようになり、楽器建造の実際を経験して、将来へ向けての基本を学んだのである。

1964年に帰国するや、神奈川県座間市に「辻オルガン建造所」を作って、以来2005年に到る40年ものの間、81台のオルガンを生み出すことになった。

1971年に、辻さんにとって大きな転機となる。

北ドイツの歴史的オルガンとの出会いである。辻さんが企画したイタリア、ドイツのオルガンを見て回るツアーで起こったこと。イタリアの歴史的オルガンを見て回った後のドイツで、歴史的な北ドイツのオルガンに精通しているハラルド・フォーゲルさんと出会った。


これが辻さんにとっての運命の出会い。

そのフォーゲルさんは、オランダ北部から北ドイツ一帯、そして最後は、ハンブルクへと誘導し、数多くの楽器を説明しながら実演した。

辻さんは、すぐさま事の重大性に気づいた。このときこそ、歴史的楽器(歴史的オルガン)の重要性を確信した転機である。

おそらくこのとき悟った基本的問題点を、2年後に、「歴史的北ドイツ・オルガン建造技術上の特徴について」という小論文にまとめている。



「歴史的オルガンが美しいのは、結局その作り方にあるのであって、単に時間が経って、音がよくなってきたのではない。」


という記述のあるこの論文で、具体的にネオ・バロック・オルガンと歴史的北ドイツ・オルガンを比較しながら論じている。

そこには、まさにそれ以降の辻さんの新しい制作活動の基本が示されていたのだ。

まさにそれ以降の辻さんの造っていくオルガンには、そういった歴史的楽器の想いが随所に反映されていくことになる。フォーゲルさんから学んだ北ドイツ型の楽器を模範として、新しいオルガンの制作に勤しんだ。

フォーゲルさんの歴史的オルガンに関する知識と情熱を受けた辻さんは、即座に日本に招待する。セミナーやリサイタルの毎日。

そんな運命的な出会いがあり、歴史的楽器の重要性を悟った辻さんが、いっそのこと歴史的楽器をそのままそっくり複製してみようか、ということも思い立ったこともあった。

東京祐天寺の聖パウロ教会からのオルガン制作を引き受けたとき、まさにそのことを考えた。フォーゲルさんの勧めもあって、北ドイツのオスターホルツ・シュルムベックにある聖ヴィルハルディ教会1732年製の楽器はどうか、ということになった。最速22のストップを持つ二手鍵盤とペダルからなる仕様。

最終段階では、フォーゲルさん自身も来日して制作のお手伝い。
1976年6月に完成したこのオルガンを辻さんの最高傑作と考える人も少なくない。

この1976年という年は、辻さんにとって新しい出発の年となった。

制作工房を、神奈川県座間から、岐阜県白川町に移し、名称も「辻オルガン」と改めた。

理由は都市化しつつある座間が、楽器制作の場には向かないと考えことにある。
岐阜県の山奥にある新しい場所は、昔学校の古い校舎であったところ。
そこを工房に改築した。

山奥で木材には不自由しない。

以後の30年間は、この緑に囲まれた静かな環境の中で、仕事を続けることになった。

その一方で、歴史的楽器を学ぶために、ヨーロッパに訪れることも忘れなかった。

そして次に辻さんの目を向けさせたのが、イタリアのオルガンであった。

イタリア中部トスカナ地方の古い町ピストイアに数多くのオルガンが演奏もできない状態で放置されていたのに、辻さんが気がついたのは、1970年代後半のことらしい。

そこで許可を取って、そのうち18世紀に建造された2台の実地調査。

そのうちの1台で小さいながらも「最も純粋な美しさ」を持ったドメニコ・ジュンティーリ作の楽器の複製を作成。それを館山の「かにた婦人の村」に納入したのが、1982年のことである。

そして次に、そのイタリアの街ピストイアの歴史的オルガンの修復が始まり、サン・フィリッポ教会のオルガンが昔日の美しい音を取り戻したのが1984年。

このピストイアのある数々の歴史的オルガンを修復、複製&納入していくことで、辻さんは外国人としてはじめてのピストイア名誉市民章を受けた。

そしてこのピストイアのオルガンを使って講習会を開いてイタリア音楽を啓蒙していければ、ということで、この岐阜県白川町で、「イタリア・オルガン音楽アカデミー」が開催されるようになった。以来今に至るまで、ずっと続いているのである。

1988年の第4回の時に、当時皇太子妃だった美智子さまも紀宮殿下とともに、この白川町を訪問されて大いに話題になった。

美智子さまと辻さんとの出会いはこのとき。

これが後の大きな財産となるんだな。

オルガン・アカデミー以外にも両町間で、いろいろな分野で交流が進み、1994年にイタリア・ピストイア町と、岐阜県白川町は姉妹都市関係になる。

一方辻さんのほうは、1974年にスペイン旅行をした際に出会ったサマランカ大聖堂の堂内に放置されていた楽器のことが忘れられないでいた。


ようやく、・・・そしてついにここに来た。(笑)


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サマランカ大聖堂


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サマランカ大聖堂のオルガン「天使の歌声」



その楽器は、最初ダミアン・ルイスという名の建造家が、1558年に造ったということから、「ルネサンス・オルガン」と呼ばれていたものの、17世紀の間に改造されて、実質上バロック様式の楽器になっていたが、ドイツやイタリアのオルガンとは全く異なる独特の暗くて深い音色を持ち、忘れられないものだったという。

しかし大聖堂当局には、修理の資金もないという。

一大決心した辻さんは、自らも国境を越えて文化財を保存する重要性を説いて回り、その結果、1981年から1984年まで在スペイン日本大使を務め、日本とスペインに豊富な人脈を持つ林屋永吉氏の共感を得て、また当時の美智子妃殿下のご賛同もいただき、よき理解者を多く与えられて、日本企業、岐阜県民有志の広い協力を得て、1年で3500万円の資金が集まった。

そして4人の辻オルガンのスタッフを引き連れて、サマランカに乗り込んだのだ。

作業は、1989年8月から8か月。

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その結果、オルガンは、かつての素晴らしい音色と姿を取り戻すことが出来た。

1990年3月25日。修復が終わった「天使の歌声」の奉献式。

スペイン国営放送により、全国放送の実況生中継。

スペイン国民が固唾を飲んで見守っている。
大聖堂前の広場にもたくさんの国民がかけつけていた。
その中に辻さんと奥さんもいる。

まさに400年前の音が再び大聖堂内に鳴り響いた。

オルガンの音色が鳴り響くと同時に、スペイン国民に多くの感動を与えた。
まさに日本の職人魂が400年前のヨーロッパの職人技と共鳴した瞬間であった。

辻さんも、その瞬間だけは、言葉では言い表せない深いものを感じていたようだった。


この偉業がきっかけとなり、大聖堂と同時期に創設されたスペイン最古のサラマンカ大学は1999年、構内に“サラマンカ大学日西文化センター”を設立、センター内の多目的ホールを、”美智子皇后陛下大講堂”と名付けその日西関係を思われるお心に感謝を捧げた。

またオルガン復活に尽力した、元在スペイン日本大使、林屋永吉氏は大阪外国語学校(現大阪外大)でスペイン語を学び、外務省に入省、1941年から1943年までサラマンカ大学に留学生として在籍していた。その縁もあってサラマンカ大学は文化センター内の図書館を林屋永吉日本研究図書館と命名しているのだそうだ。


後年に、いまの皇太子さまも、辻宏氏が修復したサラマンカ大聖堂のパイプオルガンを見て、その演奏を聴いた。(2013年6月13日)

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辻さんは、その楽器を元の形に戻すだけでは満足しなかった。修復作業の結果、この楽器について隅から隅まで知った以上、それを生かして複製を作ろうと考えたのである。

1994年9月に完成したのが、岐阜県県民ふれあい会館(OKBふれあい会館)、通称サマランカホールのオルガンである。45のストップを持ち、三段手鍵盤にペダルから成る、辻さんの制作による楽器のうち最大規模のものである。


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サマランカホール


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サマランカ大聖堂の「天使の歌声」を模したオルガン






辻さんのオルガンの音色の考え方について、とても興味深いことが書かれている。

古いオルガンの音を聴いてみると、ほんとうに美しい音がする。新しいオルガンの多くは、古いオルガンほど美しい音はしない。

現代、美しい音のオルガンは、非常に少ないが、昔の、18世紀以前のオルガンでは、それが正しく修復された場合、そしていまだ修復されていなくても、少しでも元の音が出ている場合には、ほんとうに美しい音をもったオルガンはたくさんある。

19世紀以後の音楽の世界では、感覚を研ぎ澄まして美しい音を創るということから、少し遠ざかり過ぎているのではないか?

まず音色の質よりも音量が重視されるようになった。

それは音楽の場が、響きの良い礼拝堂を離れ、コンサートホールに移っていったことに関係があるのではないか?

古典派の時代からそれは始まった。古典派以降、だんだん大きなホールで演奏会をするようになる。そのほうが興行主は、大きな収入を得ることができ、たくさんの収入があるからだ。興行主は、競って大きなホールを建設し、多くの聴衆を集めて収入を得て、一握りの演奏家に高い報酬を払うということになった。

音楽の世界がこのように変わっていったとき、音量が大きいことが求められたのである。


辻さんが、なぜ古いオルガンを修復するのか、理由の鍵はそこにある。

一番の理由は、修復によって古い美しい音色をよみがえらせることであり、またその失われた制作技術をよみがえらせる可能性があるということである。

修復作業とは、元に戻すことであって、決して改良することではない。

残念ながら、二十世紀ヨーロッパの各地で行われた修復は、修復と同時に改良の手を加えた場合が、あまりに多かった。

それは、たとえばオルガンのピッチを現代風に変えたり、調律法を平均律に変えたり、鍵盤の音域を広げたりするようなことである。

関係者の音楽的な要望によるものであろうが、このような行為は、歴史的遺産の破壊ともいうべきもので、今後、あってはならないものである。

なぜヨーロッパの歴史的オルガンが修復の名のもとに、改造され、元来の美しさを失ってしまったのであろうか?

それは現代人の自信の結果だと思われる。

自然科学や工業技術の進歩と発見の中で、あまりに安易な自信に溢れ、昔の職人の技を自分たちよりも低いものと思い込んでいるのが最大の原因ではないか?

進歩と発展という進化論のようなものが頭にこびりついていて、昔のオルガンは古いもの、遅れていて、進歩していないものという意識が知らず知らずのうちに修復の際に、自分たちが生きている時代の進歩したオルガンへと変更の手を加えてしまうのだと思う。






自分は、ここの一連の記述が、この本で一番大事なところ、オルガン建造家、辻宏としての絶対譲れない考え方、ポリシーなのだと直感的に感じる。



この本を読んで理解できたこと。

辻さんのオルガン建造家としての人生は、北ドイツ、イタリア、スペインなどの歴史的楽器(歴史的オルガン)の音色が美しい真相が、その造り方にあることを発見し、それらを勉強、そしてチャンスをものにして、修復、複製していくことで、その構造を徹底的に知り尽くすこと。

そうすることで、自らのオルガン建造につなげていった。その繰り返しの人生だった、ということではないか、と思った。

ここに書いたことは、この本の一部でしかなく、その内容は、オルガンの構造、修復の過程など専門的な分野にまで至っていて、とてもとても深い内容です。ぜひ、ご一読されること、そしてオルガン建造家としての辻宏氏の人生に触れていただきたいと思った訳です。




そんな辻さんの波乱に満ちた人生

1958年(昭和33年) - 東京芸術大学器楽科(オルガン専攻)卒業
           卒業と同時に横浜の成美学園(現 横浜英和女学院)の音楽教師となる。
1960年(昭和35年)4月 -成美学園英語教師であった 松尾紀子と結婚。
アメリカ合衆国Schlicker Organ Companyで3年間オルガン建造を学ぶ。ここでは電気・ニューマティック方式のオルガン製作に関わる。オランダFlentrop Organ Companyにおいてトラッカー方式のオルガンの建造を学び大きく影響を受ける。

1964年(昭和39年) - 神奈川県座間市に、辻オルガン建造所を設立し代表となる。
1973年(昭和48年) - 日本オルガン研究会 を松原茂、佐藤ミサ子らと設立。
1974年(昭和49年) - スペイン・サラマンカ大聖堂で、16世紀のオルガン「天使の歌声」(別名:鳴らずのオルガン)を初めて目にする。
1976年(昭和51年) - 岐阜県加茂郡白川町に転居。呼称を 辻オルガン とする。
1984年(昭和59年) - イタリア・ピストイア音楽院講堂の古いパイプオルガンを修復する。
1988年(昭和63年) - サラマンカ大聖堂から「天使の歌声」の修復を依頼されるが、大聖堂側は資金が無いため修復費用を出せないという事だった。そこで辻は修復費用の3000万円を集める為に、元スペイン大使の林屋永吉に協力を依頼し「オルガン修復協力の会」を結成。会で募金を募り約1年で3500万円を集めた。

1989年(平成元年)8月 - 「天使の歌声」の修復を開始。
1990年(平成2年)3月25日 - 修復が終わった「天使の歌声」の奉献式を行う。
1994年(平成6年) - 岐阜サラマンカオルガンソサエティー 設立。
1999年(平成11年) - サラマンカ大学は辻の功績を称えて「日本スペイン文化センター」を設立した。
2005年(平成17年)12月22日 - 筋萎縮性側索硬化症のため岐阜県加茂郡白川町の病院で死去。72才没。







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銀座線レトロ 特別仕様車に遭遇しました。 [雑感]

2~3年前にも偶然遭遇したことがあるのだ。でもそのときは、銀座線にそういうレトロ仕様の車両があることを知らず、「あれ~これなんだろう?珍しい。」というくらいの気持ちで写真を撮らなかった。

後日、銀座線のレトロ、1000系の特別仕様車であることを知って、とても悔しい気持ちになった。

その後、銀座線に行って、「特別仕様車に乗りたいのだけれど、いつ走っているか運行時間知りたいのですが?」と駅員さんに聞いたのだが、「いやぁ、運行時間を教えてしまうと、鉄道マニア(鉄ちゃん)含めて、殺到しちゃうので、いっさい秘密なんです。」ということだった。

乗れるかどうかは、まさに運に任せるしかないのである。

だったら、銀座線ホームでずっと待っていて、レトロ仕様車が来るまで、待っていればいいじゃんか、と思ったが、最初の1~2本で、もうこれでは日が暮れるというか、やってられん、という感じで、すぐに諦めた。

もう運に任せるしかないのだ。

自分が銀座線を利用するのは、日本橋の京都銀閣寺ますたにラーメンを食べに行くときと、外苑前の世界の朝食のお店に行くときくらい。月1回くらいの利用だろうか。。。

これでは、いったいつ遭遇できるか・・・ほとんど諦めで、そのことも忘れかけていた。



ここで、銀座線レトロ 1000系特別仕様車のことについて、まずは説明してみよう。

去年の2017年は銀座線が開業してからちょうど90周年にあたる。
それに合わせて、当時運行された特別な列車に乗りつつ、銀座線の歴史を振り返ってもらいましょうというイベントを催した。

“地下鉄開通90周年記念イベント「TOKYO METRO 90 Days FES!」スペシャル企画『銀座線タイムスリップ』”という、長~いイベント名。(笑)

このイベントの様子の記事が、こちらの電子ニュースで掲載された。
詳しくは、こちらに記載されているので、ご覧ください。

https://getnavi.jp/vehicles/211909/


ここでも、その記事の中から一部を抜粋して、この日記でも紹介してみる。

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運転士と車掌はレプリカ制服を着て乗務。臨時列車では当時の乗客の服装を再現した添乗員も同乗してイベントを盛り上げた


90周年を記念した「銀座線タイムスリップ」の臨時イベント列車。
使われたのは1000系特別仕様車だった。現在、銀座線には1000系6両編成40本が走っている。
そのうち2本のみが、特別な造りとなっている。

つまり確率1/20、5%ということなんだな。

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1000系特別仕様車

1000系特別仕様車は地下鉄90周年に合わせてレトロなイメージを強め造られた車両。通常車両と異なり、前照灯を2灯から1灯に、内装は木製色を強調、銀座線を最初に走った1000形をイメージした造りが各所に取り入れられた。

また天井灯はLED照明ながら、光の色が変更できるようになっている。さらにほかの1000系には無い予備灯(非常灯)があえて付けられた。今回のイベント列車では、この予備灯が生かされたのである。

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車内の内装は木製色の化粧板をメインに。座席も通常車両の煉瓦柄に対して緑色のシートモケット、手すりは真鍮色とされている。


今回のイベント列車への一般の応募者数は4090人。その中の45組90名が晴れて乗車できた。倍率はなんと45倍強! 人気の高さがうかがえた。

きっと熱心な鉄道ファンが多いのだろう、と思って乗車してみると、女性の参加者がかなり多かった。やはり銀座線好きな人には男女、また鉄道ファンに関わらず、ということなのかも知れない。

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イベント列車として使われる1000系特別仕様車が検修庫内に停まる。ふだんは使われない階段と先頭部の非常用トビラから入るという“旅の始まり”も参加者の心をくすぐった。


駅に入る手前の、ポイントを通過する時に、車内の照明が消えて一瞬、真っ暗に。点いているのは車内の非常灯のみ。古い銀座線では“当たり前”だった光景が、四半世紀ぶり、2017年12月17日に運行された臨時イベント列車で再現された。

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前述したように1000系特別仕様車は車内に予備灯が付けられている。イベント列車では、この予備灯を生かしての、古い銀座線車両のイメージが再現された。

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浅草駅~渋谷駅間は照明がLEDモードから、やや赤みがかったレトロモードに切り替えられた。



さて今回のイベント列車内の催しとして注目されたのが「予備灯の点灯」。1984(昭和59)年に走り始めた01系電車が登場するまでは、車内の照明が消え予備灯(非常灯)が一定の箇所で点灯した。銀座線の車両がすべて01系となる1990年代までは銀座線に乗ったならば、いつでもこの一瞬、室内灯が消え、予備灯が付くという現象を体験できたわけだ。なぜ、01系以前の車両は予備灯がついたのだろうか。

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浅草駅から渋谷駅にかけて予備灯が計14回点灯された。点灯した場所は、ほぼ古い車両と同じ場所で起こるように“設定”された。


東京メトロの路線の中で銀座線と丸ノ内線のみサードレール方式(第三軌条集電方式)を採用している。サードレール方式とは、レールに平行した3本目のレールに電気を流し、そこからコレクターシューによって、集電して電車を動かす方式のこと。

このサードレールは、ポイントなどで、途切れる区間が一部にあり、集電ができないところでは、バッテリーの電源を生かして予備灯(非常灯)が点灯する仕組みになっていた。現在の01系以降は、集電できない区間も、室内灯が切れないシステムに変更されている。

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銀座線1000系の台車に付くコレクターシュー(矢印部分)。この装置でサードレールから集電して電車が走る。

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レールに平行して設けられるサードレール(矢印のレール)。ここに電気が流されていて、コレクターシューをすって集電する。


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イベントでは、レトロ制服に身をつつんだ乗務員との記念撮影タイムも用意され、特製の額縁を持ちつつ記念撮影に興じる人も多く見られた。

いーなー、いーなー。すごい競争率だけど、ぜひ自分も参加してみたかった。



さて、ここからが自分の体験談。

日本橋の京都銀閣寺ますたにラーメンを、久しぶりに食べに行きたいなーなんて思って銀座線を渋谷から乗った時のこと。改札を通った時に、目の前にある銀座線の車内を何気なく見ると、このレトロの木目調ではないか!

うわぁ!これは大変!と思い、急いで車内に飛び込んだ。

感動!2年ぶりに遭遇できた銀座線レトロの特別仕様車。

感無量だった。

もう、もちろん夢中で写真を撮りまくった。

まさか、こんな偶然に遭遇するとは思ってもいなかったので、そのときコンデジは持っていなかったので、仕方なくスマホのカメラで。

自分が遭遇した銀座線レトロ 1000系特別仕様車。
写真撮りながら、もうドキドキの頂点だった。
乗車している方々は、いたって冷静で普通なんだが、このことがいかにスゴイことなのか、わかってんのかな?(笑)

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こちらが、ふだん乗っている銀座線の車両。(笑)ときめき度が雲泥の違いだ。(笑)

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ちゃんと室内予備灯もありました。(笑)
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ただ、特別イベントのときは、車内消灯、そして予備灯点灯というシーンを再現したけれど、今回はイベントではないので、そういう心配り、配慮はなし。


車内を夢中で撮影した写真を、ちょっと紹介してみる。

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この写真が、銀座線が開通したばかりに走った「東京地下鉄道1000形」と、今回の「銀座線 1000系 特別仕様車」の比較。今回の特別仕様車は、この最初の東京地下鉄道1000形を模して造られたのだ。


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車両間の扉。各車両を隔てるガラス戸にはパンダや雷門など、銀座線に縁が深いイラストシールが貼られていた。

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このつり革も、昔の東京地下鉄道1000形では、思いっきり外側に曲がっていて、それをつかむと正常の位置になる仕掛けだったよう。いまみたいに最初から下にぶら下がっているわけではなかった。


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下車して、銀座線 1000系 特別仕様車を外から撮る。

いまは、みんな投身自殺対策のセキュリティガードがホームに付いているので、車両全体の外観の写真を撮るのが難しくなった。

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いやぁ、興奮でラッキーな日でした。
5%の確率に遭遇するとは!

江ノ電をきっかけに、だんだん鉄ちゃんの気持ちがよくわかるようになりました。
自分もなんかドキドキして楽しい。(笑)

いま乗ってみたいのは、松本行きのスーパーあずさの新車両。
2018年春には、全「スーパーあずさ」が、E353系になる。

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むかしは、小澤さんのサイトウキネンを観るために、毎年のように夏の音楽祭のシーズンになると、松本に出かけていた。そのとき、必ずスーパーあずさに乗るんだが、これが見違えるようにモダンな最新車両になった。

鉄道の世界は楽しい!(^^)







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体験! サマランカホール [コンサートホール&オペラハウス]

「このホールは、ヨーロッパのホールの響きがする!」


仲道郁代さん、田中彩子さん、そして近藤嘉宏さん、宮谷理香さん、菊地裕介さん、松本和将さんの4人のピアニストによるピアノ共演コンサート。。。など、このホールで演奏した演奏家、歌手の方々が、みな異句同音にそう発言する。

この発言を聴いて、コンサートホール愛好家の自分にとって、かなりそそられるというか、自分のアンテナにビビッと来る感じで、居ても立ってもいられなく、これはぜひ訪問してみようとすぐに思い立った。

素晴らしいホールがあれば、海外、国内問わず馳せ参じる、である。

内装写真を見ても、とても品格があって、これ見よがしの音響操作の人工的な仕掛けはまったくない自然な佇まいが、さらに自分の好感度を上げた。見た目にも雰囲気的に確かにヨーロッパのホールのテイスト。とてもとても自然な空間。


サマランカホールというのは、岐阜県にある。
1994年に開場した。もう24年の歴史がある。


その名は、スペインのサラマンカ(Salamanca)市に由来している。

サラマンカ市は、ポルトガルとの国境に近くにあるカスティーリャ・イ・レオン州サラマンカ県の県都で、現存するスペイン最古の大学ともいわれるサラマンカ大学のある街。

旧市街全体が世界遺産に登録されている歴史的な都市なのである。

市中心部にあるサラマンカ大聖堂には、「鳴らずのオルガン」と呼ばれていたルネサンス期の古いパイプオルガンがあった。

まさに世界最古のオルガン。

天使のオルガン、天使の歌声とも言われている。

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そのオルガンの修復を岐阜県白川町のオルガン製作者 辻宏氏が申し出て、その事業に岐阜県も協力をしたのだ。

修復への道のりは決して平坦なものではなかった。

辻氏が修復したいと思っていても、本国スペインでは、大事な国宝のオルガンの修復を外国人に任せられないと断られた。

交渉の末、許可が下りるものの、費用は自己負担。
大きな壁となって立ちはだかった。


その大きな後ろ盾に、現在の天皇陛下・皇后美智子さまが関心を寄せ、特に美智子さまの存在は大きく、力添えになっていただき、大きな流れになって変わった。

美智子さまは、「多くの人の力で修復が実現したほうがいい。」と提案。

チャリティーコンサートが開催されることになった。
美智子さまは出席できなくなった代わりに、10枚分のチケットを購入。

コンサートは大成功。

財界の協力もあり、集まった資金は3000万円以上。

これをもとに修復がはじまった。


辻氏の目的は、オルガンの音色を改良しないこと。昔の音色をそのまま復活させること。

最初、この巨大なオルガンのどこが故障なのか、さっぱりわからなく、ついには、この世界最古のオルガンを分解する、という方法を提案した。これだけ古いものを分解したら、元に戻るかどうかもわからない。危険なカケでもあった。

そして、決して部品を新しいものを使うのではなく、その昔の部品をそのまま使うこと。

オルガン修復に8ヶ月かかった。


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修復中のオルガン




1990年3月25日。 

いよいよオルガン復活の瞬間の日。

スペイン国営放送が、全国一挙放送。

スペイン国民、そしてその群衆の中に辻氏も入って、固唾を飲んで見守っている。

「鳴かずのオルガン」から見事なオルガンの音色を奏でた。

サラマンカ市民に大きな感動を与えた。

そのときの辻さんの様子を、隣にいた奥様紀子さんがこう語っている。
「顔色が変わり、黙り込んでしまった。言葉では言い表せない、深く語るものを感じたようだった。」

まさに許可に10年の月日を要し、皇后さま支援のもと、世界で日本人が大きな偉業を成し遂げた瞬間であった。

天使のオルガンは、地元の人から、日本人のオルガンと呼ばれるまでになった。

2013年6月13日にスペイン訪問中の皇太子さまも、このサラマンカ大聖堂を訪問して、このパイプオルガンの演奏を楽しまれたようだ。

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そしてその6年後、辻氏がサラマンカホールのために、このサマランカの大聖堂オルガンの特徴をとり入れたパイプオルガンを建造したのだ。

このホールがサラマンカの名をいただいていることは、まさにスペインと日本の友好の証でもあるのだ。


新横浜から名古屋まで、新幹線。さらに岐阜まではJR東海道本線。岐阜駅からバスに乗る。
OKBふれあい会館の中にサマランカホールはある。

フロントからとても雰囲気がある。

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今日は、日本が誇る世界的なメゾ・ソプラノである藤村実穂子さんのリサイタル。

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ホワイエは、とても素敵だ。赤い絨毯に、端のらせん階段が、とても視覚的にも素敵な印象を植え付ける。

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そしてなんといっても、最高に、印象的なのは、ホワイエ2階の3つの客席扉にレリーフが設置されていること。

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これは世界最古の大学、サラマンカ大学(中央)と、サラマンカ大聖堂(左右)のレリーフを模したもの。石材に現地のビジャマジョール石を用い、スペインの職人によって三年かけられて作られたそうだ。


真ん中の中央のサラマンカ大学レリーフのレプリカは、唐草模様の中に隠れている多くの動物たちや、翼をもった女性、どくろなどが彫られている。さながら我々の世界のよう。レリーフの中には一匹のカエルが彫られており、このカエルを見つけられたら幸運に巡り合える、といわれている。

帰京してから気がつきました。(笑)

そして左右のサラマンカ大聖堂レリーフのレプリカは、さまざまな楽器を持った人が点在し、音楽のある幸福な世界が表現されている。


各々のレリーフに、ホールへの扉があるのだ。なんとも素敵で雰囲気ある。

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そしてホール内に潜入。目の前一面にホール空間が現れる。
いつもこの瞬間が、ホール愛好家の自分は逝ってしまう感覚になるときだ。

入った瞬間、なんともいえない全体がブラウンの色彩で身をまとった素晴らしい風景が目の前に現れた。

思わず「これは美しい!」と息を呑んで叫んでしまった。


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自分がいままで日本のホールでは体験したことのない、極めて美しい、品格の極致を纏ったホール内装空間だった。

実際の公式HPの写真を見ていても十分に美しいのだが、でも実際のそのリアル空間に自分の身を置いたときのほうが、その美しさは数段上だと思う。

やっぱり撮像素子を通した画像と、じかに自分の目に入ってくる画像では、全然迫真の度合い、迫ってくるような感覚が違う。写真じゃあの美しさはわからないと思う。

美しいといっても、いわゆる成金趣味的なキラキラする装飾ではなく、全体が木目調のブラウン系で統一されていて、とてもシックで品格のある上品な装いなのだ。これはまさに大人の美しさですね。

オーク(楢)をふんだんに使っているそうで、全体に柔らかな空気感を感じる、そんな内装空間なのだ。木目調ベースというのは、人間の五感、とくに視覚にとても優しい感覚をもたらすそうであるから、この品格の高さは、そのようなところから来ているのだろう。

そして近代のホール音響設計で必須な反射音の拡散を狙った凹凸などの人工的な音響の仕掛けがまったく見当たらないこと。極めてごく自然な建物としてのシンプルな内装デザイン。これがその美しさに拍車をかけているのではないだろうか。


初めから、コンサートの間、そして終演でホールを去るまで、座席に座っていながら、この美しい空間に、心ときめいて、ずっとドキドキして、キョロキョロしながら常に心ここにあらずだった。


なんと素敵なホールなんだろう!

日本のホールの中では1番美しいホールだと思う。


これが、辻氏がサラマンカ大聖堂のオルガンを模して建造したパイプオルガン。まさにその姿は、サラマンカ大聖堂のオルガンと全く同じだ。願わくば、このオルガンの音色もぜひ聴きたかった!

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708席というどちらかというと小編成、室内楽向きのホール規模で、残響2.1秒(空席時)という十分すぎる豊潤な響き。天井は高い。

実際自分の耳で聴いた音響の印象は、これまたじつに素晴らしく感銘。まさに驚愕の一言だった。

ホールの音響って、もう一番最初の出音ですべてがわかってしまう。そこから何時間聴いていても印象が変わることはほぼない。最初がすべての判断のときなのだ。

藤村実穂子さんのリサイタルなので、発音体は、藤村さんの声とピアノのみ。

最初のピアノの音で、どちらかというと柔らかな質感の音色で、木独特の響きだな、と感じた。
でもpppなどの超弱音な表現でも、その音の余韻の漂いかたなどじつに美しい。
響きの滞空時間がとても長いのだ。

ホールの遮音性能、いわゆるホールの静けさという点でも素晴らしいので、それが伏線となって、このような繊細な音色の余韻の漂い方、響きの滞空時間の長さを感じ取れたりするのだろう。

そして一番驚いたのは、藤村さんが発声したとき。

これがじつに美しく驚嘆であった。声色の音色そのものがその音像がとても明晰でクリア。そこにとても豊かな響きが追従する感じで、いわゆる音がとてもとても”濃い”のだ。

この瞬間、うわぁ!これは素晴らしい響きのホールだと確信した!

同時にホッとして、もう嬉しくなってずっとドキドキしながら、聴きながら恍惚の幸せをかみしめていた。

残響感はとてもあるのだが、けっして長い響きというより、むしろ響きの長さとしては、中庸の部類ではないか。響きの長さというより、その響きの量自体が多いのだと思う。

豊かだけれどもほどよい響きが、しっかりと直接音を強化している、という表現が一番ぴったりくる感じ。それが音がとても濃く感じる原因なのかも、と思う。

実音(直接音)に対して、響きがほどよい時間遅れで分離している感じなので、そのため立体感を感じるのもその特徴のひとつ。

ホールの容積としては小ぶりの部類だと思うのだが、直接音の到来に対して、間接音の到来の遅れ差分が、そういう分離感覚を感じさせるくらいの適切な容積だということなんだろう。

とにかく音の芯がしっかりしていて、音が濃い!
この表現に尽きる!

音響の超素晴らしいホールとしては、松本市音楽文化ホールもそうであったが、ここはいわゆる完全な石のホールの響き。硬質で溢れんばかりの豊かな響きという感じだったが、このサマランカホールは、もっと木質の暖色系の音色で、響きも豊富で美しく、音が濃い。上質な響きという表現が適切だと思う。


いやあ、じつに素晴らしい響きのホール。
まさにヨーロッパのホールの響き、そのものだと思います。



今回のコンサートは、日本が誇る世界的なメゾ・ソプラノ 藤村実穂子さんのリサイタル。

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「藤村実穂子 リーダーアーベントⅤ」と呼ばれる日本リサイタルツアーの中の1公演。

全国7ホールを回る中で、ここサラマンカホールでも行われた。


この座席から拝聴させていただきました。

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シューベルト、ワーグナー、ブラームス、そしてマーラーといったドイツ音楽作曲者によるドイツ歌曲をうたう、というコンサートだ。

自分は、藤村さんとは不思議と縁があって、はじめてルツェルン音楽祭にいったとき、KKLでアバド&ルツェルン祝祭管弦楽団のコンサートを体験した時、そのとき独唱として藤村さんを体験した。そして事あるごとに、縁があって藤村さんの歌に接することができてきたと感じている。

でもこうやって藤村さん独自のリサイタルという感じで、体験するのは初めてではないだろうか。

この日。もう自分のような者がコメントをすること自体、恐れ多いような完璧な表現力。
まさに魂がこもっている、気が入っている、その渾身のど迫力に度肝を抜かれた。

なんというのかな、聴衆者に息をさせることすら許さない極度の緊張感をこちらに強いてくるというのか、まさに凛とした、辺りを払う威厳とともにピンとした空気が張り詰める、そういった藤村さんのまさに真剣勝負そのものが、聴衆に強烈に伝わってくるのだ。

こういういわゆる”気”をこちらにこれだけ感じさせる歌手って、はたしてどれくらいいるだろうか?世界の藤村として名を馳せるだけのことはある、世界が認める力は、やはりとても奥が深く、藤村さんを、まさしく求道者のような存在に仕立て上げているだけのことはあると感じました。

凄すぎた。。。

最後のアンコールのマーラー交響曲第2番「復活」での原初の光を歌ったときには、感受性豊かな自分は、不覚にも涙がでて、頬を濡らした。



「ヨーロッパのホールの響きがする!」

このサマランカホールをそう表現したのは、田中彩子さんの発言が自分にとって最初のきっかけだった。

田中彩子さんは、ウィーン在住でヨーロッパで活躍、まさに絶世の美女、そして超高音域のコロラトゥーラ歌手として類まれな声質を持った、まさに天は二物を与えた歌手、日本期待のホープですね。

まさにヨーロッパにいるからこそ、その発言もリアルで真実味な響きに聴こえる。

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自分は、まだ彼女のコンサートを経験したことはないのだけれど、みなさんのコンサート評を読むと、なんか「不思議ちゃんトーク」(笑)らしく、その美貌とトークのギャップがあまりにかけ離れているらしい。(笑)

なんか業界が、その美貌ゆえにお高くとまって見えないように・・・という意図もあってそういうイメージ操作している、という噂もあるけれど、あまり弄らないほうがいいと思うな。以前情熱大陸で拝見した時は、とても飾らないサッパリした人柄の印象でした。あの素の姿でいいんじゃない?



田中彩子さんの最近発売になった2'ndアルバム。 

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『ウィーンの調べ~華麗なるコロラトゥーラ2』 
田中彩子、加藤昌則

https://goo.gl/aa5MdZ


こちらのアルバムが、まさにこのサマランカホールで録音されたアルバムなのだ。

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そのサマランカホールでの収録のときの演奏陣やスタッフ陣集めての記念撮影。
(C)田中彩子FB公式ページ


その後、このアルバム発売とかねて、日本でリサイタルツアーをやって、このサマランカホールでもその美声を披露した。

このアルバムを聴いただけで、このホールが、じつに濡れたような艶やかな質感で、とても豊かな響きを持ったホールであることがよくわかる。



さっそくこの田中彩子さんの新譜を聴いた。

「ウィーンの調べ」というタイトルで、心あらわれるアヴェ・マリアから、華やぎに満ちたウインナ・ワルツまで、まさにこれぞウィーンといったような数々の名曲が収められている。

聴いていて、じつにうっとりする美しい歌声に美しい旋律の調べの数々。

素晴らしい!!!

田中さんの歌は、かなり音高の高いキーで歌っているように思え、その高さで、華麗に音階を移り渡っていくその歌いまわしに圧倒される。まず印象深かったのが、やはり生まれながらして兼ねそなえている天性の声質、と思ったこと。

素晴らしいですね。

期待を裏切らなかったです。

声質の印象は、声量や声の線は細い部類だと思うが、透明感がある。
天使の声、エンジェルボイス、それにガラス細工のように繊細で、触れると壊れそうな優雅な装い。

そんな印象・・・。

自分のオペラ鑑賞歴はたいしことないけれど、でも旬な歌手、まさにベテランの域に達した歌手の歌をそれなりの数かなり聴いて来たつもりである。

それと比較すると、まだまだと思うところもある。

声質の才能は申し分ないけど、歌の技術面では自分が思うには、歌手としての完成域にはまだまだの印象。聴いていると技術的にまだまだ伸びしろ、たくさんありすぎるくらい。まだまだ。

歌いまわしや、音楽的なフレーズ感のセンス、歌への表情、感情の表現、深みなどまだまだ伸びしろある!いまはまだ、持って生まれた恵まれた声質の才能だけで歌っているところもあると言えるのではないだろうか。

藤村実穂子さんのリサイタルの張り詰める空気、迫真の表現を経験したからこそ、そういう想いをさらに強く感じてしまった。


彼女は師事している人に、オペラをやらずにリサイタル歌手として生きていけ、とのアドバイスを遵守している。

確かに声量や声の線の細さから、それも納得だけど、でも自分は一生涯歌手として生きていくなら、これからもオペラは経験したほうがいいと思う。

歌への表情、感情の表現、深みなど違ってくるはず。歌手の場合、やはり経験ってどうしても自分の歌への血となり肉となり、成熟度に必要ですね。

天からの授かりものである声を壊さないように、自分の声に合わない役は歌わないというオペラ界の鉄則を守りながらも、いろいろな役柄を歌っていくことで、その表現の幅はいまよりぐっと広がるはず。


だってまだ若いよ。歌手人生始まったばかり。これからだよ。これからいろんな歌、役を経験して、経験を積んでいけば、40~60歳になれば、自分的に達観することができて、まさに歌の世界を極められるはず。

これだけの美貌、そして類稀な声質、まさに天は二物を与えた感あって、間違いなく日本の至宝って言っていい。

日本のメディアも彼女を日本を背負っていく看板スターとして育てていくことはすでに既定路線であること間違いなしだ。

本当に期待しています。頑張ってください。

ただこれだけは確実に言えることは、彼女が歌手の世界で王道を極める年代に到達した時は、自分はもうこの世にはいないということだ。

これは間違いない(笑)


まさに田中彩子さんの発言がきっかけで、気になり始めた岐阜のサマランカホール。

まさに自分の期待を裏切らない、どころか、さらにその遥か上をいく、実に素晴らしいホールであった。

その素晴らしい響き、そして稀に見る美しい内装空間、まさに日本一の音楽堂だといえよう。









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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番のサラウンド録音 [ディスク・レビュー]

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番という曲は、ピアノ協奏曲の中でも、もっとも技巧的に難しく弾くのが困難な曲と言われている。それは、この曲に限らず、作曲者ラフマニノフの手の大きさが人並み外れて大きいことに起因する。彼がふつうに届く鍵盤の間隔も、普通のピアニストにとっては、かなり肉体的限界への挑戦となるのだ。


その作品群の中でも、このピアノ協奏曲第3番は、その肉体的限界に加えて、とりわけその音数の多さ(譜面上の音符の数)、そして大変な技巧を極めた曲なのだ。


昔からこの曲を弾けるピアニスト、録音として残してきているピアニストは極めて少なく、オーディオファンとしては、悲しい想いをしてきた。ラフマニノフのピアノ協奏曲としては、2番のほうが出世作として有名なのかもしれないが、自分は断然3番のほうが好きである。


自分のこの曲に対する昔から抱えている悩みとして、自分のイメージする理想の演奏の録音に巡り会えることが極めて少ないことなのだ。ただでさえ録音が少ないのに、その中で、さらに自分が思い描く理想の演奏である録音は、皆無だった。


自分の経験からすると、クラシックファンにとって、その曲を覚えた演奏家の演奏が、いつまでも自分の頭の中のリファレンスとして残るもので、それを超える演奏に出会えるのは、なかなか難しい。


自分が、この曲でリファレンスとしているのは、この音源。


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チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 
マルタ・アルゲリッチ




演奏としては、アルゲリッチらしい強打腱で乱暴で突っ走る感のある演奏で、緩急はあまりなく一本調子のところもある。第1楽章のカデンツアもない。これより名演奏なものも実際多いだろう。でもこの演奏が、自分のこの曲についてのリファレンスなのだ。ラフ3の興奮処、魅せ場は、これを基準にしている。


こればかりは個人の感性によるところが大きい。


この盤は、1980年の古い録音。新しい録音で、優秀な演奏の録音をずっと探し続けてきているのだが、これは!というのになかなか巡り会えないのだ。


また自分がクラシックの音源を聴く場合は、必ず演奏とそして録音の良さという2点から選ぶのが筋でもある。オーディオファンであるので、録音の良さは必須条件で、やはり録音のよくない音源は、自分の愛聴盤として挙げられないのである。


でも、このラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番だけは別。


演奏第1主義。


この曲に関しては、まずその演奏解釈が第1優先なのだ。

この曲は、このような演奏であれば、まさに感動する、自分のツボに嵌る、という理想の演奏体系・造形が自分の中にすでに構築されている。そう言い切れるだけ、実演含め、この曲の演奏に触れてきた。


これは自分がとても不思議に感じていることなのだけれど、この曲は、CD/SACDなどのオーディオ音源よりも、実演含めた映像素材のほうが、とても感動するのだ。これがどうしてなのか?自分でも説明できない。


自分がいままでこの曲で大感動したのは、ほとんど映像素材といっていい。


まずここから入った。


「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番」・・・この曲をひとことでイメージづけするのなら、


「ダイナミズムと甘美な旋律が融合した音の絵巻物語」


まずダイナミックでないといけない。40分強あるこの曲は、いわゆる旋律の流れとしてきちんとした筋書があって、その要所要所に魅せるための決め処のテクニックの披露、随所にはめ込まれている甘美な旋律の流れなどがある。第1楽章のカデンツアや、第2楽章の華麗なトリルの部分などなど、そのそれぞれの名所は、全体のフレームを華麗に魅せるために要所要所に散りばめられている布石となっているのだ。


そしてこの曲で私が最も興奮するところ、終盤のエンディングにかけてのグルーブ感、テンポを上げて 一気に盛り上がり、その頂点で派手な軍楽調の終止に全曲を閉じる部分。 この賑やかな軍楽的な終結は「ラフマニノフ終止」と呼ばれているもので、この部分で私はいつも体全体に稲妻のようなゾクっとくるのを感じるのが快感なのだ。この部分の感動を味わいたくて、最初からずっと聴いているみたいな.....


このラフマニノフ終止に至る劇的な感動は、まさにその間に仕込まれた数々の決め処の見せ場があるからこそ、生きてくると思うのだ。このエンディングで、40分強という長大でロマンティックな旋律で綴られた音の絵巻物語を、このフィニッシュで一瞬にして完結させてしまう圧巻のその瞬間! このラストの瞬間を聴いたと同時に、いままでの布石が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、その余韻の素晴らしさ、そして楽曲を弾ききった達成感、その長い壮大なドラマが完結したような興奮が一気に最高潮ヴォルテージに達する。


まさに音の絵巻物語なのだ。


そういう感動のメカニズムを達成するには、演奏する側に必要な要素は、まず躍動感&パワー、そしてダイナミズム。ダイナミズムがあるからこそ、弱音表現などの緩急の差も生きてくる。


この曲の華麗でダイナミックな演奏は、やはり映像素材などの映像付きで鑑賞すると感動の度合いが違うと感じるのは、そこなのかもしれない。それがCDではなかなか自分の琴線に触れる作品に出会えないのに、映像ソフトではこのように感動作品に出会えるという理由なのかと思ってしまう。この曲は視覚効果というか、速射砲のような運指、体全体を激しく揺らすダイナミックな演奏風景を観ながら聴くという眼・耳の両方からの相乗効果で、脳に与える刺激が何倍にも膨れ上がる、ということ。


また、2番は、どちらかというとオーケストラが先に走って、それにピアノが追随していくスタイルなのだが、3番は、全く逆。ピアノがつねに先を走ってオーケストラを誘導する。そういう意味でも、ピアニストにとって、つねに見せる要素の強い曲と言えるのだと思っている。


これが、この曲が実演、映像ソフトなど映像から入る作品に向いていると思う理由なのである。

そういうことを考えると、やはりこの曲は、男性ピアニストに有利な曲であることは仕方がないことなのだろう。


自分がこの曲で感動していた演奏としては、2004年のゲルギエフ&ウィーンフィルのサントリーホールでの来日公演。イエフィム・ブロンフマンをソリストに迎えてのこの曲の演奏は、観ていて鳥肌が立った。まさに近代稀にみる名演奏という評判に相応しい名演であった。


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そして、ロシアのピアニスト、デニス・マツーエフ。


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まさに叩いて叩いて叩きまくる。その圧倒的な力技の奏法に、演奏中にピアノの位置がずれてしまう(笑)、というくらい凄いダイナミズムの代表のようなピアニストなのだが、この人のこの曲の演奏もじつに素晴らしいものがあった。ベルリン・フィルのDCH(Digital Concert Hall)で出会った(2010年か2011年の定期公演の演奏)。ゲルギエフ/ベルリン・フィルとの競演で、ベルリンフィルハーモニーでこの曲を披露していたが、まさに圧巻だった。


このマツーエフは元々乱暴な弾き方をするピアニストで、凄い荒々しい演奏なのだが、これがこの曲と妙にマッチしていて、じつに鳥肌もので素晴らしいと思った。この曲には、やはりパワー&ダイナミズムが必要不可欠なのだな、と改めて考えさせられた。


この曲を聴衆に対して感動させるには、こうだ!というようなお手本のような演奏だと思う。
いまでもアーカイブで観れると思うので、ぜひご覧になってほしい。自分がラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番で理想とする演奏がそこにある。


マツーエフのこの曲は実演にも接したことがある。ゲルギエフ&マリインスキーの公演でサントリーホールで聴いた。期待を裏切らない素晴らしい演奏だった。


こうしてみると、ラフマニノフはロシアの作曲家。ロシア人指揮者のゲルギエフがこのような優秀なラフマニノフ弾きを育て、次々と世に送り出すのが上手なのは、もう彼らロシア人からするとロシア音楽を背負っていく宿命みたいなものなのだろう。


確かに男性ピアニスト有利な曲ではあるが、女性ピアニストでも素晴らしいラフマニノフ弾きがいる。


我らが小山実稚恵さんだ。


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小山実稚恵さんは学生時代より特に3番がお気に入りで、この曲を聴かないと寝れないというくらい好きであり、その後ピアニストとしての夢をかなえた。


日本でこの曲を初演したのはまさに小山さんなのだ。(ちなみに指揮は小泉和裕さん。)
そして小山さんは日本一のラフマニノフ弾きとしての評価を不動のものとしている。
 
ご本人がもっとも好きだという曲だけあって、この曲には特別の思い入れがあるようで、国内で頻繁にこの曲の演奏会を開いてくれる。この曲が大好きな私にとって生演奏を聴こうと思ったら、必然と小山さんの演奏会に出かけることになる。

小山さんのこの曲の公演は、もう軽く10回~20回くらいは行っていると思う。


つい最近新しいところでは、小山さんのデビュー30周年記念コンサートでサントリーホールで、この曲を演奏してくれた。自分は、そのとき聴いて大感動した。


小山さんのラフ3は、女性ピアニストならではの解釈で、とても柔らかい女性的な表現でありながら、肝心の緩急の部分、要所要所の魅せる部分、全体のロマンティックな流れなど申し分なかった。まさに日本でのこの曲の第1人者である。


序章は、長くなってしまったが、ここからが本番である。(笑)


この曲に対するこだわりがあまりに強すぎるため、長いこと自分のこれは!と思える音源に出会えなかったのだが、BISの新譜で、なんとこの曲のSACD5.0サラウンド録音がでた。



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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番、第3番 
エフゲニー・スドビン、サカリ・オラモ&BBC交響楽団



1980年生まれのロシア・サンクトペテルブルク生まれのピアニスト、エフゲニー・ズドビン。
BISレーベルが、デビュー以来、ずっと育ててきている若手の男性ピアニストだ。


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この人のBISの新譜は、いままで必ず自分の日記で紹介してきた。
ラフマニノフ、メトネル、スクリャービン、チャイコフスキーなどを得意レパートリーとして録音を残してきている。最近ではベートーヴェンのコンチェルトやスカルラッティ・ソナタを日記で取り上げた。


とにかくこの人の演奏、録音は外れがないのだ。
いままで期待を裏切られたことがない。

素晴らしい演奏に、素晴らしい録音。


このズドビンが、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番。
そしてBIS録音。SACDの5.0サラウンド録音。

全てが揃った。

相当心ときめいた。


ラフ3のサラウンド録音は、いままでないことはなかったが、自分の好みではなかった。

ついに自分の本懐が遂げられる時がやってきた!


新譜の封を切って、トレイに乗せて、ドキドキしながら聴く。

・・・以下沈黙。(苦笑)


やっぱりそう世の中簡単にうまくいくことってないんだなぁ。
期待していたズドビンのラフ3は、自分の理想としていた演奏とは程遠いものであった。


要所要所での決め処、魅せ処が、まったく自分の理想とかけ離れていて、全体のスケッチ、絵巻物語のようなストーリーが描けていないような感じがした。(描けていないと言ったら言い過ぎかもだが、自分の理想とあきらかに違う。)


確かに全体としては無難にまとまって演奏しているのかもしれないが、自分はこの要所要所での決め処の甘さが許せなかった。ここが甘いと全体の骨組み、そして最後のシャットダウンに至るときの壮大な余韻の感動が弱くなってしまう。終焉に向けて一気にエネルギーをぶつけていく瞬発力を養うためには、それまでの間の壮大なドラマの描き方がとても大切なプロセスになると思うのだ。録音はBISなのでいいのだが、自分にはやはり演奏解釈という点で、そこが残念賞であった。


いままで裏切られたことのなかったズドビンでさえを持っても、満足できない自分。

この曲に対するこだわりは、もうほとんど病気なのかもしれない。


返って、2番のほうがとてもいい演奏であった。自分は2番は合格点。

アルバムとしてのトータルバランスとしては優秀でいい録音作品の部類なのだと思う。

3番に対する自分のこだわりが邪魔をしているだけ・・・


ラフマニノフの曲風は、よくロマンティック、メランコリック、映画音楽のようだ、.....とか言われるが、確かに、うっとりするような華麗・甘美なメロディの調べは、いにしえのクラシック作曲家達の曲風とは一線を画している彼独特の旋律のように感じる。

また、ラフマニノフは 映画音楽のようだといわれるけど、映画音楽のほうが彼の作品を参考にしたわけで、ギリギリのところでポップスに行かない、そういうひとつのクラシックとしての敷居の高さを守っている、そういうすごい才能があると思う。

 


そんなラフマニノフの作品は、いまから40年ほど前までは、「鐘の前奏曲」とピアノ協奏曲第2番が良く知られていて、さらに交響曲第2番やパガニーニ狂詩曲がコンサート・プログラムに徐々に取り上げられるようになって来たかな・・・ といった状況だった。


だからラフマニノフといえば、大ピアニストで作曲もした人というのが大方の音楽ファンの認識だったと思う。しかし ここ40年で状況は大きく変わった。


・3曲の交響曲 管弦楽曲
・ピアノ協奏曲
・室内楽曲
・ピアノ独奏曲
・声楽曲・オペラ


作曲家ラフマニノフの全貌が レコード音楽を中心に明らかになったと言える。
そうしてみると 単にピアニストの余技どころではなく、グリーグ、シベリウスあたりと堂々と肩を並べるべき大作曲家であるというように認識も変わって来た。そして 何よりもラフマニノフの音楽に特有の先が見えないようなメランコリックな雰囲気が 今の時代にフィットしている感じがする。 


ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番。


自分にとって、この曲に対する音源探しの旅はこれからも続くのだろう。

今回の件で、いったいいつになったら本懐を遂げられるのだろう?と想うことしきりだ。





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世界の朝食を食べさせてくれるお店 ポーランドの朝ごはん [グルメ]

ポーランドといえばショパン。

ショパンの心臓は、ワルシャワの聖十字架教会に埋葬されている。 

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彼の意向により、1849年に姉によってポーランドに持ち帰られたものだ。

教会の石柱には「あなたの宝の場所にあなたの心がある(マタイ伝)」と記されている。
なお、遺体はフランス・パリのPere Lachaise墓地に埋葬されている。

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1795年のロシア、プロシア、オーストリアによる第3次ポーランド分割のあと、1830-31年にポーランド騒乱が起きる。

ショパンは父親の故国であるフランスに移住。ロシアのパスポートを取得することを拒否したため、その後、故国ポーランドの地を踏むことはなかった。

ホームシックに苦しみ、ポーランドの独立を夢見ていたショパン。

「騒乱はショパンの人生を引き裂くドラマだった」。

そんなショパンの音楽は、ポーランドの自由を 獲得するための長い闘争のシンボルとなった。



クラシック音楽を愛する末席の者としては、一度は行ってみたい国だが、いろいろ予定が立て込んでいて、優先度考えると行けるのは、いったいいつのことになるのかなぁという感じはする。

自分にとって遠い国だ。


そんなポーランドの朝ごはん。

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りんごの生産がヨーロッパで一番のポーランドでは、そのまま食べるのはもちろん、デザートや料理にりんごをたくさん使う。朝ごはんには、りんごが入った「ラツーシュキ」というパンケーキを食べるのだそうだ。

左手前のがそのりんごのパンケーキ「ラツーシュキ」。

甘いりんごの香りがとても豊潤で、食感はそんなにボリュームはないけれど、こんがり焼き上がって暖かくて、とても美味しい。

その右にあるのが、いまでは主食といえるほど、食べられるじゃがいものパンケーキ「プラツキ」。

アメリカ大陸から西欧を経てポーランドに伝わってきたじゃがいもは、それほど昔から食べられていたわけではないのだが、今では主食といえるほど食べられているのだそうだ。上にちょこんと乗っているのがサワークリーム。

じゃがいもなので、無味無臭といえばそうなのだが、上のサワークリームが程よいアクセントになっていて、全体として爽やかで、食べ応えのある食感。


これが主食なんですね。朝ごはんというより、3時のおやつを食べているみたいだ。(笑)


その上に、ポーランドのソーセージ「キエウバサ」。ちょっとスパイスの効いた味付けのソーセージ。ソーセージなので、馴染みもあって、とても美味しい。

その横に、トマトなどが入っているスクランブルエッグ。トマトの味がとても強烈だった。卵の味を強烈に上回っていた。

そしてラディッシュとネギの入った白チーズの「トゥファルグ」。これはあきらかにヨーロッパ・テイストな食べ物ですね。白チーズがベースなので、とてもデザート的な食感なのだが、日本人にとってはあまり馴染みのない、いかにもヨーロッパ的だなぁ、と感じる1品であった。


以上が、ポーランドの朝ごはんとして定番メニューである1品をワンプレートにしたもの。



今回は、ちょっと奮発してサイドメニューも頼んでみた。

水餃子のような「ピエロギ」。

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日本の餃子のように中にしっかりと餡が入っているわけではなく、外皮の餃子がとても皮が厚く、皮の塊を食べているような感じであった。でも上に乗っているクリームや、独特な味付けのトッピングによって、とてもフルーティーに感じて、これは一種のデザートですね。



そして、ポーランドの伝統的なスープの「ジュレック」。

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これは、とても不思議な味!!!

いままで1度も経験したことのない、とても不思議な味なのだ。どうやって表現すればいいのかな?とずっと思いながら飲んでいた。(笑)

敢えて言えば、チーズの味に近いといえばいいのかな?このスープは結構印象的でショッキングな味でした。ポーランドの朝ごはんを頼んだら、このポーランド伝統のスープ「ジュレック」も頼むことは絶対お薦めです。



ポーランドの朝ごはんは、いわゆるとてもヨーロッパ的な朝ごはんだと思いました。

素敵でした。

このお店は、その特徴柄、とても外国のお客さんが多いのだが、外国人って、本当に食事の時は、よくお喋りをして食べている。本当にお喋りが大好き。自分の耳に馴染みのない発音の言葉なので、ポーランド人だったかも?

本当に一生懸命、お喋りしているのだ。なんかお喋りというより議論しているみたいな・・・
外国人にとって、食事をしながらお話をするのって、ひとつの慣習というか、マナーみたいなものなのかも。

食事にたっぷり時間をかけて、たくさんお喋りをしながら、豊かなひとときを過ごす。
それが彼らの食事に対するごく普通な考え方、幼少な時から身についたマナーなんですよ。

間違っても、日本のような立ち喰い〇〇のような習慣はいつまで経っても理解されない文化なのでしょう。(笑)


ふっと、自分が海外へ旅行を行ってレストランに入ったりすると、やっぱり外国人の方は、食べながら、本当に一生懸命喋っている。そんな風景を見ながら、お喋りするのが、本当に大好きだよなぁ、民族性なんだろうなーと毎度のことながら感じていた。

そんなことを、ふっと思い出しました。(笑)





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イザイ音楽祭ジャパン 2018 [クラシック演奏会]

今年は、ベルギーの作曲家&ヴァイオリニストのイザイの生誕160周年にあたる。

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去年日本イザイ協会主催による初のイザイに纏わるコンサートが開催され、参加させていただき大変感銘を受けた。

今年は、その日本イザイ協会主催による第2弾のコンサートと、そしてこの生誕160周年ということもかねて、大きなイヴェントを開催する。


イザイ音楽祭ジャパン 2018


との冠で東京・福岡でイザイの曲の演奏会が開催されるのだ。

去年の2017年の9月に4日間に渡って、イザイを特集した国際音楽祭がベルギーのクノッケ・ヘイストで開催された。

いわゆるイザイ国際音楽祭(Ysaye's Knokke)。イザイに纏わる音楽祭としては初めての試みでもあった。


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(C)日本イザイ協会FB公式ページ


この音楽祭の芸術監督が、世界的ヴァイオリニストのフィリップ・グラファン。 

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彼は、イザイの孫弟子(イザイの弟子、ヨーゼフ・ギンゴルド氏、フィリップ・ヒルショーン氏に師事。)にあたり、これまでに、モーツアルトからブリティンまで、幅広いレパートリーによるCDをリリース。

40曲近いヴァイオリン協奏曲、原典版や忘れられた作品の発掘、珍しい作品のCDも数多い。
ショーソン「詩曲」の室内楽版、またその「詩曲」のイザイが書き換えたバージョン、イザイのカデンツァによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、フォーレのヴァイオリン協奏曲、BBC Proms にてライブ録音したコレッジ ・ティラーのヴァイオリン協奏曲などがある。

また既存の作曲家との活動、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションの企画にも積極的で、その一方でソリストとして世界のオーケストラとの共演など。。。

自分が思うに、いわゆる普通の音楽家というよりは、かなりユニークで個性的、そしてアイデアマンというか、型にとらわれないマルチな才能、ビジネスマンとしての才能を持った演奏家の方だと感じた。

現在 パリ国立高等音楽院、ブリュッセル王立音楽院教授。

2017年から、イザイが過ごしたベルギーの避暑地クノッケにて「Ysaye's Knokke」国際音楽祭を創立、芸術監督を務めている。

まさに、このイザイ国際音楽祭の創立者で、イザイの存在を世界に知らしめていこうという旗頭のキーパーソンといってもいい存在なのだ。




そのイザイ国際音楽祭の日本バージョンである「イザイ音楽祭ジャパン2018」が実現するのだそうだ。まさに、このイザイ生誕160周年の今年を祝うには相応しい。素晴らしい!!!


「イザイ音楽祭ジャパン」は、ベルギーのイザイ国際音楽祭(Ysaye's Knokke)の姉妹音楽祭として2018年10月に東京と福岡で開催。

ベルギー王国大使館および在福岡ベルギー王国名誉領事館による支援と、音楽監督フィリップ・グラファンと日本人演奏家たちの協力のもとに実現する音楽祭なのだ。



イザイ音楽祭ジャパン2018 生誕160周年記念

主催:日本イザイ協会 Ysaye Society of Japan
共催:ベルギー王国大使館 Embassy of Belgium in Japan


2018年10月18日:コンサート FFGホール(福岡銀行本店ホール)/19時開演
2018年10月20日:コンサート 東京文化会館小ホール/19時開演
2018年10月21日:マスタークラス
2018年10月22日:講演&パネルディスカッション


●プログラム(福岡公演&東京公演)

① イザイ :無伴奏ソナタ op.27-5
      ヴァイオリンソロと弦楽四重奏編曲版
★日本初演

② イザイ:冬の歌 op. 15 ヴァイオリンとピアノ

③ イザイ:瞑想曲 No.5, op.16 チェロとピアノ ★日本初演

④ ショーソン:詩曲 op.25 ヴァイオリンソロ+弦楽四重奏+ピアノ ★日本初演

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⑤イザイ: 序奏  ★日本初演 ヴィオラソロ  ヴュータン:奇想曲  ヴィオラソロ

⑥ ドビュッシー:弦楽四重奏曲 op.15


まさにイザイつくし、と言っていいプログラムで、その中でなんと4曲も日本初演の曲! 日本では、イザイと言えば、無伴奏ヴァイオリンソナタぐらいしか知名度がないと思われる中で、とても貴重な体験のコンサートではないか、と思う。

出演演奏家は現時点では、音楽監督のフィリップ・グラファン氏、今井信子さん(ヴィオラ)、加藤知子さん(ヴァイオリン)、小林美恵さん(ヴァイオリン)、岡本侑也さん(チェロ)、水本桂さん(ピアノ)などが予定されている。

岡本くんは、つい去年のエリザーベト王妃国際コンクール2017で、堂々の2位とイザイ賞を受賞したいままさに旬な演奏家です。(笑) 


またコンサート以外にも、マスタークラスと講演&パネルディスカッションがあるようで、マスタークラスは、芸術監督フィリップ・グラファン氏によっておこなわれるもの。応募資格や予備審査などがあるようなので、事前に注意されたし。


講演、パネルディスカッションのほうは、イザイの研究家ミッシェル・ストッケヘム、イザイの孫弟子・石井志都子、フィリップ・グラファンそして作曲家・酒井健治が様々な見地でイザイの音楽について意見を交わし、エピソードが語り継がれていくもののようだ。


まだ自分は知り合ったばかりで偉そうなことを言える立場ではないけれど、いままで自分が直感で感じることは、この日本イザイ協会主催のコンサートにいえることは、真にイザイのことを知ってほしい、普及させていきたい、というところに、その志があって、かなり硬派で質の高い、志の高いところに公演の趣旨があるように肌合いで感じる。

去年の日本イザイ協会主催第1弾コンサートの時に配布されたプログラムノートを拝見させてもらったときにもそれを感じた。作曲家で日本イザイ協会顧問の小森俊明さんの投稿を拝読させてもらったのだが、そこにはイザイの曲の調性の特徴や、その作曲手法など、かなり専門的な内容に驚き、イザイの曲の難しさをヒシヒシと感じざるを得なかった。

もともと日本イザイ協会の発足のきっかけがそうなのであるから、ある意味当たり前と言えば当たり前なのだが、その初志貫徹というかその通りに歩まれていることに敬服の念を抱かざるを得ない。

やっぱりクラシック業界といえども、そこは売れてなんぼの商業主義色・スター主義の濃いコンサートがどうしても前線を占めるのは仕方がないところ。

現に自分が通っているコンサートは大半がそうだ。

そういうコンサートと、やはりちょっと肌触り、毛色がかなり違うような・・・なんか直感でそう感じるのだ。まだ、ビジネスとして始めたばかり、これからどう変わっていくか、が楽しみですね。


そのイザイ音楽祭ジャパン2018の公式ホームページが正式に立ち上がった。

イザイ音楽祭ジャパン  https://ysayemusicfestivaljapan5.webnode.jp/

まだ立ち上がったばかりなので、これからどんどん情報が更新アップされて行く予定です。



イザイ音楽祭ジャパンのチケット入手ですが、こちらです。


先行発売 2月1日 

前売3,000円(コンサート2公演とも全自由席) 

郵便振替口座「01790-4-128453 日本イザイ協会」に送金ください。
両公演共、郵便振替用紙の振込受領書を受付にお持ち下さい。それを見せて頂ければご入場頂けます。


問い合わせ:090-7467-4051


一般般発売 2月15日

前売3,000円(コンサート2公演とも全自由席)

下記の窓口でお買い求めください。

 ■ チケットぴあ  電話 0570-02-9999 ・Pコード:107388 ・興行コード:1803693

 ■ 東京文化会館チケットセンター 電話 03-5685-0650


詳しくは、イザイ音楽祭ジャパンの公式ページをご覧ください。






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エディット・マティスの芸術 [ディスク・レビュー]

スイスの歌姫である我が永遠のディーヴァ、エディット・マティスの初のベスト作品集、素晴らしい!マティスのすべて、そして彼女の魅力が余すことなく詰め込まれている。限定盤なので、完売とともに廃盤になる。急いだほうがいい。予想していた以上に素晴らしかった!

マティスが活躍した1960~1982年の録音なので、古い録音なのだが、録音もじつに素晴らしいのだ。少なくとも我がステレオ2chシステムでは、かなりのハイレベルで鳴る。そのクオリティの高さに驚愕した。

自分の永年のマティスへの想いを遂げることができた、と思う。 

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エディト・マティスの芸術(7CD)

https://goo.gl/tSvfmr


2018年2月11日に80歳の誕生日を迎えるマティスだが、そのセレモニー・アルバムとして企画された。彼女が生涯にわたって録音を重ねてきたオペラ、オラトリオ、そして晩年の歌曲を、すべてと言っていいくらい全部盛り込まれている。

オペラ、オラトリオの部分は、もちろんマティスが歌っている部分の抜粋になる。

全7枚をじっくり聴き込むこと繰り返し数回、マティスのすべてを理解できた。永年の彼女に対する想いの自分の溜飲は十分に下げたかな、という気はした。


マティスは、1960~1990年代に活躍したソプラノで、ドイツ圏のソプラノとしてはトップクラスの美貌、それもどちらかといえば愛嬌のあるルックスが大きな魅力で、初来日時の人気ぶりは今なお語り草になっている。

「とにかくキュートで可愛い!」というのが当時のマティスの大きなインパクト。
若いときはもちろんのこと、歳を重ねていってもその可愛らしさは、相応で兼ね備えているから、まさに理想的な歳のとり方かも?

もちろん自分はリアルタイム世代を知らないので、後世に知ってずっと憧れていた、そんなディーヴァだった。

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マティスのずばり得意とした分野は、ドイツ歌曲や宗教音楽、モーツァルトを中心としたドイツ・オペラの世界。

今回、彼女の作品を、全部聴き込んで、マティスの声質、歌などの「マティスの世界」はこれだ! というものを捉えることができた。




オペラの世界では、ソプラノには大きく、スブレット、リリック、ドラマティックの3つのカテゴリーに分けられるのだそうだ。

スブレットは、柔らかくしなやかな声で、ある程度の高音域が充実し、中音域をよく出せること。優れた言語能力(特にドイツ語)と演技力だけでなく、繊細な体つきと外見が要求される。歌手は若い少女の外見、生き生きとした性格でなければならない。


それに対して、リリックというのは、非常に柔軟で、明るい響き、敏捷性のある声であること。高音域や早いコロラトゥーラを歌う能力があること。

要求される性格はスブレットと大差はない。リリックがスブレットと異なることは、高音が歌えるかどうか、早いコロラトゥーラのパッセージを歌えるかどうか、そしてより明るい音色を持つかということである。

リリックな声を持つ歌手は、イタリアオペラの暖かい響きと美しいレガートラインを歌うのに適していて、外見はより柔らかく女性的であることなどが代表格。


最後に、ドラマティック・コロラトゥーラ。

高音域も充実した、柔軟で、かつ気品ある叙情的な線を描ける声であること。リリックよりもパワフルで、リリックよりも幅広い音域を伴うコロラトゥーラを歌い、劇的な感情を噴出させる能力をもつ必要がある。またこの声は、コロラトゥーラでも重めの音楽を含むイタリア語によるオペラの役を歌うことが要求されることが多く、リリック・コロラトゥーラより豊かな声量が必要。

性格のタイプはリリックソプラノやスブレットに代表されるものに比べ、より高貴な人物として描かれることが多い、のだそうだ。

ドラマティックは、まさにメタリックな響きでかつ気品ある歌声が条件。歌だけではなく、舞台を支配できるような見た目の魅力も要求される。



マティスは、この中では、リリック・ソプラノと呼ばれる範疇に入る歌手と言われている。

ずばりマティスの声質、歌い方は、声に硬質な芯があって、明暗をはっきりさせた、まさに「楷書風」の歌い方なのだ。

そして、とても品格がある。声の響き方に、孤高の気品の高さが漂う感じ。

確かに、なによりも明るい響きがある。

そして思うことは、非常に古風な歌い方だということ。現代のオペラ歌手の歌い方で、このような歌い方をする人はいない。昔の時代の歌手の雰囲気がある。これが自分が抱いたマティスへの率直な印象。

そう感じてしまうのは自分が近年体験してきているオペラのスター歌手というのは、まさにホールを圧するかのような巨大な声量で、圧倒的な存在感を示すというタイプの歌手が多く、上のジャンル分けでいうと、ドラマティックの部類だからなのだと思う。

つまりイタリア・オペラのプッチーニやヴェルディといった華やかさ、ワーグナーのような力強さのような持ち味って、まさに、このドラマティック・ソプラノなのだと思う。



マティスは、明らかに違う。

もっと軽い感じで、明るい響きを持った声質、そして、とても古風で気品のある「楷書風」の歌い方。。。それがマティスなのだ。ドイツ語のかっちりした響きとぴったり合致する印象がありますね。

ただ、インタビューで彼女は、コロラトゥーラは歌えない、と言っているし、彼女の作品の中では、そのような技巧を聴くことはない。

マティスは、強力な個性は感じさせはしないものの、澄んだ美声を持つリリック・ソプラノで、技巧的にも長け、舞台での演技力も、歌の演出力も大変優れている。

オペラでのレパートリーの中心は、やはりモーツァルトで、スザンナ、マルツェリーナ、デスピーナなど。ほかにエンヒェン、アンナ、ライヒなど、リリックの役は数多く歌っている。
                                                       

                                                      
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ここで、マティスの歌手としての経歴を紹介してみる。(マティスの経歴については、ネットで調べても、きちんと書かれているのは、ほとんど皆無で、東京文化会館音楽資料室で調べてきました。それを紹介します。とても貴重な資料だと思います。)


エディット・マティスは、1938年2月11日に、スイスのルツェルンで生まれた。
ルツェルンの音楽院で学び、チューリッヒの音楽教育家エリーザベト・ボスハルトに声楽を師事した。1959年に、ケルン歌劇場と契約。ケルンでの活躍で、しだいにマティスの名は知られるようになる。

1960年にザルツブルク音楽祭に初出演。この年からドイツ各地の歌劇場に客演する。

1962年には、グラインドボーン音楽祭の「フィガロの結婚」に出演。
ハンブルク、ミュンヘン、ウィーンの国立歌劇場でも歌って成功を収めた。

1963年までケルン歌劇場のメンバーだったが、1960~1972年の間は、ハンブルク国立歌劇場にも属し、1963年からベルリン・ドイツ・オペラと客演契約を結んでいる。

1970年ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に「魔笛」のパミーナを歌って初出演し、同じ年ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場にも出演した。

指揮者、ピアニストのベルンハルト・クレーと結婚し、ロンドンを本拠地に、世界各地で歌っている。

ザルツブルクで1月に開催されるモーツァルト祭の常連でもあり、ここで初期モーツァルト・オペラの上演に参加して高い評価を得ている。オペラのほか、リサイタル歌手、歌曲の歌手としてもさかんな活動を行っている。

初来日は1963年。ベルリン・ドイツ・オペラのメンバーとしてだった。
このときはベーム指揮「フィガロの結婚」でケルビーノを歌って評判にもなっている。
テノールのペーター・シュライアーと組んでの二重唱は、各地で好評を博し、レコード録音もされた。




マティスの録音については、自分は、少し誤解していたところがあったようだ。
自分は、彼女の録音は軒並み廃盤が多くて入手が困難という認識をずっと持っていたのだが、じっくり調べてみると、いわゆるオペラ、宗教曲、オラトリオの一員として歌っているものは多く、オンラインのタイトル表示から、それに気が付かないということだけのようだった。


今回ベスト作品集を聴いてみて、思ったこと。

マティスは確かに、オペラ、宗教曲、オラトリオとしてキャリアをスタートさせたが、彼女の声、歌の表現を十分に堪能できて、自分が魅かれるほうは、晩年に演奏会活動、録音をスタートさせたリート歌曲の世界のほうではないか、と思ったことだ。

マティスは、リート歌曲の世界では、モーツァルト、シューマン、ブラームス、ヴォルフを残している。これがどれもじつに秀逸。


特に今回のベスト作品集では、ヴォルフの「イタリア歌曲集」が盛り込まれていて、CDとしては初販売なのだそうだ。大変貴重な音源。




自分がマティスの存在を知って、彼女に魅かれたのは、シューマンの「女の愛と生涯」。
「詩人の恋」と並んで、シューマンの2大連作歌曲でもある。

この「女の愛と生涯」。男性と出会い・恋心・異性と結ばれる不安・結婚・出産・死別・・・と順当に進行する内容で、「詩人の恋」のようなドラマティックな展開がない。しかし一方で童話作家の故佐野洋子さん風に言えば「ふつうがえらい」的なストーリーであって、平凡な中にあるささいなときめきやドラマを描いているのだ。

そういう魅力が、自分にとって、詩人の恋には負けていない、シューマンの連作歌曲集の中でもとても気になる歌曲のひとつになっている。

特に「わたしの指の指輪よ」。この旋律の美しさには涙する。最も有名な旋律で、この美しさに心揺さぶられない人などいないだろう。

この「女の愛と生涯」で、自分がこれだ、と思える録音になかなか巡り会えなかったのだが、ゴローさんの日記で、マティス盤を知った。 

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これを入手するのは、じつに困難を極めた。全集の中の1枚という位置づけで、単盤では売られていない代物だし、しかもいまは廃盤だ。

それを必死な想いで中古市場で見つけた。

そんなお宝盤なのであるが、それが今回のベスト盤では、この「女の愛と生涯」、全曲入っているのだ!!!

もうこれだけで、絶対買いなのだ!
もうお宝盤ではないのだ!


このベスト集をみなさんにお勧めするのも、ずばり、この歌曲を聴いてほしいからだ。
マティスが歌う「女の愛と生涯」。まさに自分の追い求めていたこの歌の理想の表現の世界。

今回改めて聴いてみたが、やっぱりじつに素晴らしい。


そしてモーツァルト歌曲集。

マティスってやっぱりモーツァルトの人なんだなーとつくづく思わさせてくれる作品。
モーツァルトを歌っているときの彼女は、まさに活き活きとしていて、彼女の1番いい面を聴いている感覚になる。

ただ、今回のベスト作品集では、このモーツァルト歌曲集の入っている曲が少なくて、ちょっと不満。

ぜひ単盤で、こちらのほうも購入することをお勧めしたい。
素晴らしいの一言です。これぞ、マティスの世界!と呼べる録音だと思います。
この盤が、一番マティスらしいと思います。 


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モーツァルト歌曲集 
マティス、クレー、越智敬


https://goo.gl/22ASAB


マティスのモーツァルトと言えば、こちらもぜひお薦めしたい単盤。
こちらもベスト作品集の中には、あまり入っていないので、単盤購入としてお勧めしたい。

宗教曲もマティスの得意なレパートリーだったのだが、モーツァルトの宗教曲の傑作といっていいミサ曲のなかで最も広く知られる『戴冠ミサ』、華やかな声の動きが際立つ「アレルヤ」で有名なモテットなどの4曲。

これがじつにいい。素晴らしい録音。自分の愛聴盤です。 

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戴冠ミサ、エクスルターテ・ユビラーテ、他 
マティス、クーベリック&バイエルン放送響、クレー&シュターツカペレ・ドレスデン、他


https://goo.gl/Pktu5U




今回のベスト作品集では、バッハのカンタータや『マタイ受難曲』などの宗教曲、『フィデリオ』『ばらの騎士』、有名なカール・ベームとのモーツァルト、カルロス・クライバーとの伝説の『魔弾の射手』録音、そして我らが小澤征爾さんともベルリオーズの『ファウストの劫罰』の録音を残しているのだ。


本当にお宝限定盤なのだ。

今回このベスト作品集を聴いて、ようやく長い間、霧に包まれていたエディット・マティスの世界がわかったと言えるかもしれない。

リアルタイム世代を知らないだけに、余計に憧憬の念が強かった。



最後に録音評。

オーディオにとってソプラノなどの女声再生って、ほんとうに難しい。
マティスの声は、オーディオ再生するには非常に難しい、ということを申し上げておきたい。

彼女の声質は、とても硬質で芯があるので、強唱のときに、かなり耳にキツく感じるのだ。
ボリュームコントロールがとても大切になる。

近代のオペラ歌手のアルバムは、どんなにボリュームを上げていても、強唱のときにうるさく感じることはあまりないのだが、マティスはかなりキツイ。

普段聴いているVOL設定で聴いていると、隣接の住人からクレームをもらうこと多々だし、自分でも聴いていて、かなり耳にキツイと感じることが多い。

昔の録音なので、ダイナミックレンジがあまり広くないのか、とも思うが、うまくボリュームコントロールして聴くことが大切。

録音自体は、じつに素晴らしいです。声の響きかた、S/Nなどの音のクリア感、鮮度感など、古い時代の録音とはとても思えないくらい。

拙宅のステレオ2ch再生でもじつによく鳴ってくれます。


なんか本懐を遂げた感じです。(笑)







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体験!鎌倉芸術館 [コンサートホール&オペラハウス]

いま鎌倉マイブーム。

鎌倉芸術館は、鎌倉市大船にある芸術施設。てっきり初体験だと思っていたら、中に入ってホワイエ空間を見たら、7~8年前にマイミクさんと訪れたことのあるホールだった。

自分はこのホールを訪問したことを、ずっと長い間、神奈川県立音楽堂に行ったものと勘違いしていた。(笑)去年、その神奈川県立音楽堂にハーゲンSQのコンサートに行ったとき、どうりでなんか記憶と違う見覚えのない空間だな、と思った訳だ。(笑)

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芸術施設なので、大ホール、小ホールだけでなく、展示ギャラリーや集会室とかリハーサル室もある総合施設。

1993年開館というから、25周年の由緒ある建築物。

展示ギャラリーでは、鎌倉市が誇る国際的な彫刻家 高田博厚さんの没30年記念展示会が開かれていた。

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施設そのものが、吹き抜け構造になっていて、この図を見たときにピンときた。7~8年眠っていた記憶が一気に蘇った。竹林がその背を固定するための仕掛けがあるものの、じつに美しい和の空間。

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ということは、ここの大ホールは経験あるはずなのだが、これに関してはまったく記憶にないというか思い出せない。なので、今日が初体験な気持ちと言っていい。

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1500席の多目的ホール。

シューボックスの基本形なのだが、厳密なシューボックスではなく、ステージ後方から放射状に広がるように開口の形になっていて、音の広がりという点でスムース。

音の反射構造も、ステージ奥から天井にかけて真正面をまっすぐ貫くように白い反響板構造が走っている。側方壁もその反射音の恩恵が十分に得られるような角度になっていた。

前方奥からの直線方向と、側方からの反射音ということで、響きが豊かな空間という感じでしょうかね。

公式HPにある自走式自立三連型の音響反射板という意味が、ちょっとわからなかった。

驚いたのは、天井がすごく高いこと。
天井の高いホールは音のヌケ感もよく、近代の音響のいいホールでは必須条件ですかね。

実際自分の耳で聴いた音響の印象は、天井が高くて容積広いということもあって、小編成で、その大空間を音で埋めるのはちと大変、という感じもしないでもなかったが、なかなか素晴らしかった。弦楽器のコンサートだったが、弦の音色が嫋やかで、分厚い響き、残響感も豊富だった。

音の質感は、暖かい感じの音色ですね。



素晴らしいホール!


鎌倉芸術館は、去年大規模な改修メンテナンスで、1月~9月の9か月間、休館だった。

大掛かりな機器・機構類の修繕・更新や内装等の傷みの修復などが主だが、1番大変だったのが、東日本大震災後に、国が天井落下防止の基準を厳しくし、面積で200㎡超かつ高さ6m超の天井が「特定天井」と定義されて耐震強化を義務付けられたこと。

それで大規模な改修を迫られた。

そして去年の10月にリニューアルオープン。

見た感じ、聴いた感じですぐにその違いが分かるのは、照明が明るくなったとか、音響も素晴らしくなったとか。1番はっきりわかるのは、この座席の背もたれの色だそうだ。

座席シートの全面張替。明るい新しい色に。

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座席はホールの表面積を大きく占めるので、座席シーツ張替は音響面ですごいチャレンジングだ。




この鎌倉芸術館にホール専属の弦楽アンサンブルが存在する。
第一線で活躍するソリスト、室内楽奏者が集う「鎌倉芸術館ゾリステン」。

この日は、「新春コンサート」と題して、この弦楽アンサンブルが1年半ぶりに帰ってくる。
今日演奏するのは、1992年の第1回結成記念コンサートと同じプログラム!


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リーダーは徳永二男さん。

その蒼蒼たるメンバーは、

ヴァイオリン:礒絵里子、漆原朝子、漆原啓子、川田知子、小林美樹、徳永二男、
       藤原浜雄、三浦章宏
ヴィオラ:川崎和憲、川本嘉子
チェロ:古川展生、向山佳絵子
コントラバス:吉田秀
チェンバロ:小森谷裕子


凄すぎる!

まさに贅沢な極みを尽くした感。女性陣は、黒ではなくカラフルな色のドレスを身にまとい、美しかった。

モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲、そしてチャイコフスキー:弦楽セレナードの3曲。

まさにこれぞ名曲コンサートと言ってもいい王道のプログラム。
聴いていて、本当に楽しい。名曲と言われる所以が納得できる。

とても贅沢なひとときだと思った。

名手たちのバランスのとれた美しいアンサンブルは、素晴らしいのひとことだが、やはりヴィジュアル的に、これだけの名手が揃って演奏しているさまは、なんともゴージャスで、贅を尽くした限りだと思う。

自分の座席からは、特に徳永さんの弦の音が、際立って聴こえて、他の奏者をグイグイ引っ張っていて、まさにこれぞコンマス!という感じで頼もしく思えた。

これはどこかで観たことがある風景。そう!東京春祭のN響ワーグナーのゲストコンマスのライナー・キュッヒル氏を観ている・・・

まさにあのときと同じ感覚だ。


後半の最後のチャイコフスキーの弦楽セレナーデ、通称「弦セレ」。

小澤さんの18番の名曲だが、この曲は本当にいい曲。あの卓越したじつにセンスのいいメロディ。「弦のうねり」が独特の味わいを出していますね。この曲を聴いていると、指揮をしながら、決め処で、唸り声を出す小澤さんを思い出します。(笑)

本当に新春に聴くにふさわしい贅沢なコンサートでした。

この日は、このメンバーの中で注目していたソリストがいた。


礒絵里子さん 

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江藤俊哉氏に師事し桐朋学園大学卒業後、その才能を高く評価したI.オイストラフ氏に招かれ、文化庁芸術家在外派遣研修員としてブリュッセル王立音楽院に留学。

数多くの世界のコンクール入賞、そしてソリストとして国内、海外のオーケストラとの競演など輝かしい活躍を現在も続けられている。

鎌倉在住。

ベルギーに鎌倉。。。これはきっと縁があるに違いない。(笑)


礒絵里子さんは、昔、ステレオサウンドの「音のたまもの」でゴローさんの取材を受けた記事を読んだことがあって、「暮らしの中心にいつもオーディオがある」というタイトルの記事はとても印象的だった。


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女性でありながら、リビングで静電コンデンサー型の平面SPを使っているのは驚きであった。このタイプのSPは正直見た目のインパクトが相当強い。コンデンサー型SPなんて男性マニアでもあまり使っている人いないのに、当時かなりマニアックな方だなぁと思って読んでいくと、じつは旦那さまの買い物だそうで(笑)夫婦いっしょに楽しまれているとのことであった。(なぜかちょっと安心 )


「暮らしの中心につねにオーディオがあって、夫婦で楽しまれる。」


ある意味理想ではないか?と思って、この記事がとてもインパクト強かった。
この記事は、2012年のステサンなので、いまはひょっとしたら、機器ラインナップも変わっているかもだけど・・・。

礒絵里子さんと同年代、同期の演奏家の方々も知っている方とても多いので、一度実演に接してみたいと思っていた。

自分の記憶では、いままで礒さんのコンサートは聴いたことがないと思う。

それで、この日は注目していたのでした。
実演に接することが出来てとてもよかったです。


これからも機会があれば足を運びたいですね。




鎌倉マイブーム。ただいま街道驀進中。

鎌倉の麻婆豆腐専門店「かかん」のマーボ。一回食べたらホントに病みつきで、あれから3回以上は楽勝で通っていて、お店の人にすっかり顔を覚えられ、感謝の言葉をかけてもらいました。
本当に美味しいと思うよ。



そして、映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」。

なんと3回通いました。(笑)

映画館で同じ映画を3回も観ることなんて人生初めてのことかも。

まさにほっこりファンタジーの世界で、人の心の温かみがしみじみと伝わってくるような・・・そしてなんとも言えない仏教観、死生観が描かれていて、考えさせられるのです。

じつによくできたいい映画。

3回見ても、必ず同じ場所で泣きます。(笑)

音楽もじつに素晴らしいんだな。サウンドトラック、秀逸。そして宇多田ヒカルの主題歌も!

この映画、今年の日本アカデミー大賞間違いなし!!!





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世界の朝食を食べさせてくれるお店 台湾の朝ごはん [グルメ]

この取材をはじめてから1年経つのだが、今回が1番美味しいかもしれない!いや表現がよくない。1番日本人の味覚に合うと言ったほうがいい。

これはウマい!

台湾って親日国家なので、日本料理のお店も現地にいっぱいあって、人気だと聞くし。日本人として、やっぱり美味しいと思う味付けもそういうところから来ているのかな?とも思ったり。

すごく美味しかった。もう1回行って食べてみたい感じ。

自分は台湾には1回も行ったことがない。かねがねより、ぜひ行ってみたいと思ってはいるのだが。。。

台湾では朝食は外で食べるという文化があり、街には朝食店が数多くあるらしい。

ホテルの朝食はスルーして朝食店に駆けつける観光客も急増中とか。それだけ、台湾の朝ごはんってひとつのブランドというか定番カルチャーなんですね。

街にたくさん並んだ朝食店の中で、人それぞれ好みの朝ごはんを食べるのだが、今回は、そんな中で、1番人気の3品を1プレートに収めた台湾の朝ごはん。

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右上にあるのが、飯団(ファントワン)。餅米で握った具だくさんのおにぎり。
そして左上にあるのが、豆乳スープの鹹豆漿(シェンドウジャン)。
手前にあるのが、玉子焼きの蛋餅(ダンピン)。



まずおにぎりから。もち米なので、とても食べ応えがあって、美味しい。中には、揚げ物の薄い感じのものや青菜などが入っている。もち米のもっちり感と揚げ物の香ばしさ、そして青菜のさっぱり感がアクセントになって、かなり食べ応えを感じて、美味しい。日本人の味覚に合う。

そしてつぎに玉子焼きをいただく。
これまたウマいんだなぁ。見た感じでわかるように、すごいモチモチした食感で、卵というよりは、薄い皮状の餅を食べている感じ。上にかかっているタレがなんか日本の醤油のような味で、これまたウマい。中にもそぼろ状の肉のような具材が入っていて、香ばしさもあって食べ応えもかなりある。3品の中でも、この玉子焼きが1番美味しいと思った。

最後に豆乳スープ。
これはクリーミーで、いろいろな具材が入っていて、これまたとても美味しい。単なる豆乳だけでなくて、いろいろな具材が入っているところが、ちょっとした贅沢なスープという装いを出していると思う。


この3品の中でも、玉子焼きと豆乳スープは、台湾朝ごはんの超定番みたいですね。

今回美味しいと思ったことの1番の理由は、やはり”食べ応え”がある、と感じたこと。「食べたー!」ってな感じで、満足感、満腹感を感じたことだったのではないか、と思った。

いままでの世界の朝ごはんは、やはり日本人の味覚とは違う、別世界の各国独特の味覚感があって、なんか自分には健康食みたいな感じがして、「食べたー」という感じにはとてもならなかった。現にお店を出てから、まだ足らないので、別のお店に入って、さらにもう1食ってな感じで、満腹感を癒していたことも事実。

今回の台湾の朝ごはんは、やはり食べているときも、食べ終わったときも、すごい満腹感、「食ったー!」感覚があって、これが、味以上に、美味しいと感じたことの1番の原因かもしれない。

健康食ブームのタニタ食堂が、路線変更で、高級食を出すようになったのも、やはり健康にいいカロリーの少ない食事は大切なのはわかるけれど、やはり人間って生き物は、体にはよくない油成分、塩っけがある食事のほうが美味しいと感じるし、まず美味しい、食べ応えがあると感じることが、人間の食事への欲求なのだというニーズがわかって、そういった条件下で、カロリーを抑えていく、というところに着目し、戦略変更していったことなのだと思いました。

やはり人間って、せっかく外食するなら、贅沢で、美味しいものを食べたい、と感じる生き物ですからね。






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PENTATONEの新契約 [オーディオ]

2人のビッグ・アーティストと契約。ビッグ・ニュース!数年前までは、オーディオマニア向けの小さなマイナーレーベルという認識だったけれど、近年の躍進ぶりは驚くばかり。

1人目は、マグダレーナ・コジェナー。ご存知サイモン・ラトルの奥さん。

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バロックから現代音楽まで幅広く歌えるメッゾ・ソプラノ。ラトルと結婚してからは、ベルリンフィルの独唱ソリストとして呼ばれることが多い。

録音も、旦那様関係が多く、DG,EMIから数多くリリースされている。

PENTATONEとは長期間の契約を結んだそうだ。複数枚のアルバムがリリースされる予定。

自分はコジェナーは、ベルリンフィルのDVDやBlu-rayでよく拝見していた。
旦那さまのラトル&ベルリンフィルのマタイ受難曲のBDでの彼女の熱唱、熱演はすごく良かったと記憶している。

でもCDとしてオーディオの対象として聴いたことはないのだ。

いままでは、DG,EMIやARCHIVEの多数のレーベルからアルバムをかなりリリースしているようだ。なぜ、彼女のような大物がPENTATONEなの?という素朴な疑問も湧くのだが(笑)、このニュースリリースを聞いて、ドキッとしたことは事実。やるな~という感じ。

これをいい機会に、彼女の歌をオーディオの対象として聴いてみよう。
5.0サラウンドで聴けるのだから、とても魅力的だ。

なんといっても美人で映える存在、スターのオーラありますよね。
語学力がマルチリンガルで堪能で、オペラ界ではうるさいディクション(発音)も素晴らしいそうだ。


2人目が、いま売り出し中のアメリカの若手チェリスト、アリサ・ワイラースタイン。これまたビックリポンのニュース!


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乗りに乗っている将来有望株の若手1番手で、DECCAの看板スターでもあるのに、なんでPENTATONEなの?(笑)という驚き。

multi-album dealとあるから、これも数枚リリースの契約のようだ。

今回の新譜は、今年8月にリリース予定で、ウィーン楽派(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)と、新ウィーン楽派(ベルク、シェーンベルク)などの曲を取り上げ、ハイドンの2つのコンチェルトとシェーンベルクの曲の3曲構成の予定。

なんでもノルウエーの弦楽室内合奏団のTrondheim Soloistsのメンバーとしての契約を結んで、今回の録音は、その最初のコラボの一環のようだ。

じつは、彼女も自分はCDとしてオーディオの対象としてじっくり聴いたことがないのだ。

でも、2011年のイギリスで開かれたベルリンフィルのヨーロッパコンサートでの録画が超印象的で、それを何回も何回も擦り切れるくらい観ていた記憶がある。

このヨーロッパコンサートのとき、彼女は、まだ無名の新人で、そのときの指揮だったバレンボイムが、自分のかつての奥さんであったジャクリーヌ・デユ・プレに相通じるものを感じての大抜擢という舞台裏だったと記憶している。

眩しい赤いドレスを着て、強者のベルリンフィルに対して一歩も後を引かない堂々とした熱演に、自分はくぎ付けになった。

何回も何回も繰り返し観た。素晴らしい新人が出てきたなーとたいそう感心したのだ。

それから7年経過した訳だが、彼女のCDは買ってないけれど、その大活躍ぶりは、メディアを通じてよく知っていた。だから今回の契約成立のニュースは心底驚いたし、久し振りに彼女の存在を認識した。

これもいい機会だから、5.0サラウンドで堪能してみるか?(笑)

弦楽合奏団で、優秀録音でさらにサラウンドであれば、その弦の音色の立ち具合など、楽しめるに違いない。

高音質が売りのオーディオマニア向けのマイナーレーベルだったPENTATONEも、いまやその抱えるアーティスト陣はとてもスター性を兼ね備えた有望株ばかり。アーティスト陣が豊富だとレーベルのイメージも明るくなりますよね。

やぱりレーベルは、単に技術志向だけじゃダメだと思います。

「音が良ければ、売れなくてもいい」では、あまりに寂しいものがある。

優秀な技術スタッフだけではなく、それを支えバックアップしてビジネス基盤を作る優秀なプロデューサーがレコード会社にはやっぱり重要なんだということを認識しました。


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よこすか海軍カレー [グルメ]

カレーの街よこすか。

ここの「よこすか海軍カレー」を1度でいいから食べてみたい。それが目的で横須賀まで出かけてきた。

現在も海上自衛隊では、毎週金曜日の昼はカレーライスを食べる習慣になっている。長い海上勤務では外の景色は殆ど変わらず、交代勤務で曜日感覚も薄れることから、同じ曜日に同じメニューを食べることで感覚を呼び戻すためらしい。

海軍カレーというのは、大日本帝国海軍の糧食に由来するカレーライスのこと。

特徴はカレーに小麦粉を炒めて作ったルーを使うことで、一般的に日本のカレーライスと言う場合、この海軍カレーに類するものらしい。

帝国海軍の流れを汲む海上自衛隊のカレーライスは、副食として、サラダ、牛乳、ゆで卵などが付けられるのだ。

カレーライスだけでは不足するカルシウムと葉酸を補うため、牛乳でカルシウムを、サラダで葉酸を補充、さらにタンパク質補強に卵ってな感じ。

いまは、各艦艇・部署ごとに先任者から独自の秘伝レシピが伝えられているため(笑)、作られるカレーは艦艇・部署ごとに異なり、単一の味・レシピは存在しないそうだ。

海上自衛隊カレーには各部隊、各艦艇で独特の隠し味があって、赤ワイン、ミロ、茹で小豆、インスタントコーヒー、コカコーラ、チョコレート、ブルーベリージャム等さまざま。

自衛隊艦隊の所属を自衛官が決めるきっかけを、そこに供されるカレーライスの美味しさに求めるという内輪話もあるくらいなのだ。(笑)

それだけ海軍にとってカレーって大きな存在で、歴史がある。

自分も今回勉強してみて、え〜そうなの?そうなの?という感じで、海軍とカレーの深い関係に驚いた。海軍がカレーに入れ込むその奥の深さというのは、やはり代々の歴史がある、という自負とともに自分たちもかなり意識あるんだろうと思う。

一般家庭が食す普通のカレーライスよりももっともっと手の込んだ一流レベルのカレーライス、それが海軍カレーなのだ。


海軍カレーにも、「よこすか海軍カレー」、「大湊海自カレー」、「呉海自カレー」の3種類存在する。


大湊海自カレーは、青森県むつ市の艦隊のカレー。呉海自カレーは、広島県呉市の艦隊のカレー。そして我が首都圏といえば、横須賀市の「よこすか海軍カレー」だ。


横須賀市は「カレーの街」宣言をして、海軍割烹術参考書のレシピを導入している店舗を「よこすか海軍カレー」の名称を使用できる店舗として認定する、という許可制をとっている。


つまり「よこすか海軍カレー」を名乗るには、きちんとその伝統あるレシピに基づいて、その通りに作るお店でないと名乗れないのだ。

横須賀に行くには、京浜急行を使うので、京急とコラボして、海軍カレーで街おこしをしていて、「カレーの街よこすか」をキャンペーンしているわけ。

横須賀市は、カレーライスは横須賀から全国に広がったと捉えている節があって、そういう自負があるのだ。

ここで、カレーの街よこすか加盟店公式WEBサイト「カレーの街 よこすか」の掲載情報をもとに展開して、よこすか海軍カレーの真髄、カレーの街 よこすかの街おこしについての歴史などを追及してみたいと思う。


以下の記載は、この公式HPによるものです。


 カレーの街よこすか加盟店公式WEBサイト「カレーの街 よこすか」




●よこすか海軍カレー 5原則

その1.「海軍割烹術参考書」(明治41年)のレシピをもとに現代に復元したカレーです。
その2. 原則として、横須賀市内でしか提供できません。
その3. 必ずサラダと牛乳をセットにして提供しています。
その4. よこすか海軍カレーは「ご当地グルメ」です。B級グルメではありません。
その5. カレーの街よこすかの認定店だけが名称使用を許可されています。


これが大原則。よこすか海軍カレーのすべてがここに書かれている。これがすべてと言っていい。

この商標ブランド「よこすか海軍カレー」が生まれたのは、いまから20年前の平成10年に海上自衛隊地方総監の退官を前にしたお別れパーティーの席上で、総監が、

「呉市と舞鶴市では、両市が本家争いをするなど、肉じゃがを“まちおこし”に繋げているが、カレーライスが庶民の食卓に普及したのは海軍のカレーにルーツがあるので、海軍の街である横須賀でカレー発信の地として、“カレー”を地域の活性化に利用してみては」

という趣旨の話をしたのがきっかけだったのだ。

つまり、横須賀市を「カレーの街」として街おこしする提案からすべてが始まった。

いまのカレーライスがそのルーツが海軍のカレーにあることは、知る人ぞ知る密かなる常識だったんですね。

なにげなく存在しているのではなく、きちんとこういう計画的なことがあったからこそ、現在があるということ。

この発言をきっかけに、横須賀市役所、横須賀商工会議所、海上自衛隊の3者で調査、検討がはじめられ、旧日本海軍で提供されていたカレーを現代に再現する方針が決定した。

そして翌年、平成11年5月20日、横須賀市は「カレーの街宣言」。そして「カレーの街よこすか推進委員会」が発足した。


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当時日本海軍で調理されていた軍隊食のレシピが記されている「海軍割烹術参考書」(明治41年発行)に記載のある「カレイライス」の作り方をもとにして、現代に復元したカレーを“よこすか海軍カレー”とすることが定められた。

(平成12年には「よこすか海軍カレー」の商標登録も認められる!)


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当時は“カレールウ”などという製品はなかったので、日本海軍のカレーは、牛脂と小麦粉・カレー粉から作る「手作りカレー」。

具材には人参、タマネギ、ジャガイモ、牛肉または鶏肉を使用していたので、見た目には現代のカレーに近いものだったようだ。 また、豚肉および豚脂(ラード)は使わないので、現代の私たちからすると“あっさりとした昔懐かしい味”のカレーだったようである。


海軍割烹術参考書のレシピをもとに、現代に復元したカレーが「よこすか海軍カレー」。

だからお店として「よこすか海軍カレー」を名乗ろうとするならば、この原則的なルールを守らないといけない。

認可制のビジネスなのだ。

この基本原則を守りながらも、各店舗では特徴を生かした味の海軍カレーを提供していて、45店(平成28年9月現在)のカレーが「よこすか海軍カレー」として認定されているそうだ。

カレーの街よこすかでは、「よこすか海軍カレー」は、栄養バランスを考慮し、サラダと牛乳を必ず添えることが提供の際のルールとなっている。

よこすか海軍カレーを食べられるお店は、京急本線の横須賀中央駅から汐入駅の間に集中して存在しているようだ。


 
現在のカレーが日本海軍の軍隊食だったカレーがルーツであることがわかったが、さらにもっとそのルーツを掘り下げていくと、「横須賀がカレー発信の地」であることには、もっと深い事情があることがわかった。


ずばりカレーって、イギリス海軍で提供されていたカレー風味のシチューがルーツなんです。
それに小麦粉でとろみを付けて、ライスにかけたメニューを日本の軍隊食に取り入れたのが、その始まり・・・(そこら辺の深い事情は、先述のHPに詳しく掲載されているので、そちらを参照願いたい。)



それ以来、海軍自衛隊では、毎週金曜日にはカレーライスを食べる習慣がある。


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長い海上勤務・遠洋航海では、外洋の景色が変わらず、決まった曜日に勤務が休みとなるわけでないため、曜日感覚がなくなってしまう。これを防ぐため、金曜日に各艦船の調理員が腕によりをかけた美味しいカレーライスを提供する習慣が生まれたのだ。

現在、この習慣は船上勤務に限らず全ての部署に広がり、金曜日にはカレーが必ずメニューに組み込まれるようになったそうだ。

そこから始まっていまでは、「カレーの街よこすか」では“金曜日はカレーの日”として、金曜日にカレーを食べることを推奨している。

カレーの街よこすか認定店でも、金曜日に大盛りサービス、半額サービス、割引サービスなどを行う店舗が多数あるとか。(笑)


こういう海軍カレーの歴史は、今尚、現在に脈々と受け継がれている。

ここまでが、長かったが、よこすか海軍カレーとはなにか?カレーの街 よこすかの街おこしに関する情報である。




この「よこすか海軍カレー」の認可を受けている、その通りの艦隊で代々伝わる秘伝のレシピで作ってくれるカレーのお店に行ってきた。

ネットでちょちょっとググるとゾロゾロと出てくる。

自分が選んだのは、汐入にあるお店。横浜から京急で1本。でも結構遠い。汐入駅の改札を出たら、すぐに右折して、徒歩1分位のところのベイスクエアよこすか二番館の1階。要は駅の改札を出たらすぐに見えるファミリーマートのすぐ横にある。

よこすか芸術劇場(オペラハウスみたいなコンサートホール)もこのすぐ近くにありましたね。

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CAFE ORIGINAL BASE 〜カフェ・オリジナル・ベース

https://goo.gl/LW1HqV


もちろん伝統のレシピに準ずるんだろうけれど、ちょっとオリジナリティがあって、「海軍カレーに対する新しいアプローチ」・・・ 

できあがったのは、護衛艦の上で長年カレーを食べ続けてきた現役のキャプテンさえも絶賛する逸品!!とあるから、そのまんまの海軍カレーではないのかもしれない。


店内はすごくお洒落。
壁の飾りが、・・・らしい。。。(笑)

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でも本当に狭くて小さなお店。カウンター&テーブルで、16名くらいかな?

さて、メニューには、海軍カレーと海軍自衛隊カレーの2種類あったのだが、まずは海軍カレーにした。


これが、よこすか海軍カレー。

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カレーライス、牛乳、サラダの3点セットなのだが、このお店では、牛乳は強制的ではなく、単にドリンクを選べるという自由度。

選択肢の中には牛乳はあったと思う。このことを勉強していれば、牛乳にしておけばよかった。(笑)自分はウーロン茶を選んだ。

カレーの上に、バジルが散らしてあり、あの独特のいい香りがする。

さっそく食す。

とても甘口で美味しい。一見普段食べている普通のカレーの域は大きく超えるとは思わないけれど、でも隠し味的にちょっと果実的なフルーティーな香りがあって、とてもコクがあって濃厚な味だった。赤ワインをふんだんに使った贅沢なカレーだとか。。。非常にコクがあって甘口なのは、赤ワインのせいだったんですね。

かなり美味しいです!


単純なあの単一のカレーの味ではない。結構複雑な隠し味がたくさん混ざっている、とても深い味。高級なカレーの味ですね。

写真を見てもらえばわかると思うが、カレーの肌状がツルツル液体状じゃなくて、ブツブツ状なので、やはり手の込んだいろいろなものが入っているに違いない。お肉は豚肉ではなく牛肉だったと思った。

本当に美味しいです。

海軍カレーにつきもののサラダも食してみた。これがまたかなり美味しいのだ。
ドレッシングがとてもいままで経験のないような不思議なすごくいい香りで、これはウマい。

いやぁ、とてもすばらしい「よこすか海軍カレー」を堪能させていただきました。


このお店のカレーには、この海軍カレーの他に、海軍自衛隊カレーというメニューがある。

後日、時を改めて、このメニューに挑戦してみた。


これが海軍自衛隊カレー。

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海洋観測船しょうなんの公式レシピだそうだ。

特徴は、牛乳、野菜サラダのうちの野菜の部分を、季節とりどりの野菜をふんだんに使って、カレーの上に乗せた、野菜カレーであるところ。ご覧の通りだ。


カレーの部分は、海軍カレーと変わらない味。野菜が乗っているかどうかの違いだと感じた。

今度は、ちゃんと牛乳も頼んだ。(笑)


しかし、ここのカレーは、本当に美味しい。この後、2軒ほどハシゴした訳だが、3軒のうち、カレーが一番おいしいのが、ここのカレーだと思う。やはり味がとても複雑で濃い味といおうか、赤ワインをはじめ、何重にも隠し味があるような、そんな深い味だと思った。今度行くときは、ここのカレーだけで十分かな?


今回ようやく本命の牛乳を頼んだわけだが、やっぱり自分は、カレーを食べながら、牛乳を飲むということはどうしても生理的にできなかった。かなり抵抗がある。やっぱりカレーを食べながらは、水。牛乳は、カレーを食べ終わってから飲むという感じですね。こればかりはいたしかたがない・・・。


つぎに、同じ汐入にあるお店で、TSUNAMIカレー&グリル。

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ここもれっきとした、よこすか海軍カレーの認可店。


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ここは、基本的に、カレーだけでなく、ハンバーガー店も兼ねているお店。若い人向けのお店で、大変な混みようだった。圧倒的に若いお客さんばかりの客層。店内は激混みだ。


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さっそくここでも、よこすか海軍カレーを頼んでみた。


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もちろん、牛乳、サラダの3点セットつき。


ここのカレーも写真を見てもらえばわかるように、とても味が濃いというか、いわゆる黒カレーの正統派の味がした。ここのカレーも好きだなー。


そして、最後は、汐入からさらに一駅行ったところの横須賀中央駅。ここは都会ですね。よこすか海軍カレー認可店というのは、この横須賀中央から汐入に間に点在するお店のことなのだ。


おそらく、よこすか海軍カレー認可店の中でも総本山とも言えるのが、ここの横須賀海軍カレー本舗というお店だと思う。


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2階建てになっていて、1階が横須賀土産・物産を売る横須賀のアンテナショップになっている。


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なんと、「よこすか海軍カレー」コーナーもあった。(笑)様々なよこすか海軍カレーのルーが売っていた。


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そして、2階がレストランになっている。


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こちらが店内。


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戦艦三笠の船内をイメージした、といわれる店内。へー、こんな感じなんですね。
明治時代に軍艦の中で奏でられていた音楽のBGMが流れているというサービス付き。明治期、それぞれの軍艦には、軍楽隊が設けられていて、出航の際に士気を高めるために軍艦マーチを奏でるだけでなく、士官等の食事やティータイムの際にも流行のポルカやワルツで優雅なひとときを奏でていたとか。


このお店では当時流行っていたとされるBGMとともに士官室風の店内で「よこすか海軍カレー」を楽しめるのが特徴なのだ。


メニューを見たら驚いた!

まさに、金剛カレー、陸奥カレー、天龍カレー。。。などなど各艦隊のカレーが、豪華写真付きのメニューで並ぶ姿は、さすがに壮観なのであった。(笑)


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こちら横須賀海軍カレー本舗の王道メニューである、よこすか海軍カレースペシャルを頼んだ。


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もちろん牛乳、サラダの3点セットつき。さすがに、3杯目ともなると相当お腹キツイ。(笑)ここの海軍カレーは、色がとても甘口のような感じの明るい色で、さっぱりした感じの味だった。


もうお腹いっぱい!よこすか海軍カレーをじゅうぶんといえるくらい堪能できた。凝り性の自分は、ここまで徹底しないと気が済まないたちなので、これで清々した気分。(笑)


よこすか海軍カレーは、イギリス海軍のカレー風味のシチューがルーツで、それに小麦粉を混ぜて、とろみをつけて、ご飯にかけてみた、というメニューを日本の軍隊食で取り入れてみた、というのが日本のカレーのルーツになった。


「海軍割烹術参考書」のレシピに書いてあるカレーの作り方に準拠していれば、まさしくそれは、よこすか海軍カレーのお店と名乗れるわけだが、でもそこから枝葉的に自分たちの独自の隠し味というか、特徴を盛り込んで独自のカレーにするのも許されている訳だ。そこにお店によるオリジナリティーがある。


今回3店舗を廻ってみて、そのオリジナリティーの違いというのを十分すぎるくらい感じた。やっぱりお店によって全然違うよ!      


さて、ここまで来たら、せっかくだから、港に着いている艦隊の様子でも写真に納めればいいなーという軽い気持ちで、お店の人に聞いてみた。

そうしたら、この汐入って港にすぐ近くで、「軍港めぐり」ができるスポットがあるそうなのだ。

なんというラッキー!

お店から、本当に歩いてすぐ。


おー!よこすか〜。萌える〜。(^^)

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艦隊だけでなく、黒い潜水艦も見える。
右に見える白い建物が第3ドッグ。その横に、第2ドッグ、第1ドッグと林立している。
                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                    
                                                                                                                                                      
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別にミリタリーオタクではないけれど、間近で観ると、かなりクルというか圧倒される!


軍港めぐりできるように、このように海岸沿いに散策道が出来ているのだ。

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ご覧のようにかもめがたくさん空をす〜っという感じで飛んでいて、とても海らしい。

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このような大砲のオブジェもあって、「鎮魂」とあって意味深げ。

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自分は、首都圏に上京してから30年、このように横須賀周辺の軍港を実際目にしたのははじめての体験。

かなり興奮したともに、なんかこう恐怖感みたいなゾクゾクっとする、そういうシルエットだよね、こういう絵柄。(笑)

もともとは「よこすか海軍カレー」を食べてみたい、という理由から、この汐入を選んだのだが、このように偶然にも軍港めぐりもできて本当によかった。


願わくば、このような艦隊が大活躍することのないような平和が続くことを祈りながら、横須賀の街を後にした。







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DG祝120周年 カラヤンボックス [オーディオ]

カラヤンは、DGに生涯330枚のLPの録音を残した。


カラヤンが残した1番の功績と言ったら、アナログレコードで一般大衆にクラシックを啓蒙したこと。まさにクラシックを大衆文化にした人だった。それまで、クラシックって一般大衆にとって敷居が高かったし、ごく限られた階層の人々の娯楽で、また楽しめる音源も少なかった。


DGビジネスを支えてきたのも、このカラヤンの膨大な録音であったことは言うまでもない。


自分はそれまで単盤でカラヤンの録音をずっと集めてきたのだが、2008年にカラヤン生誕100周年という一大イヴェントがあって、ボックスものが一斉に発売された。そのときダブりは覚悟の上、このボックスものを片っ端から買いあさって、コレクターした。大変な出費だった。たぶんかけた費用総額50万は軽く超えていたと思う。あれから10年経って、今年2018年にカラヤンの生誕110周年記念。例によって、またカラヤン・ボックスが発売された。


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ヘルベルト・フォン・カラヤン DG、DECCA録音全集
(330CD+24DVD+2ブルーレイ・オーディオ)




値段が10万円ってずいぶん安くなったもの。びっくり。10年前は、DG全集だけで、30万はした。今回のボックスは、DG全集だけでなく、DECCA録音も網羅されていて、さらに映像ソフト全集も網羅されている。これで10万で売るというのは、やっぱり10年前に比べて、すごい進歩があると思う。


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自分が感心したのは、CDを収める紙ジャケが全部、1枚1枚、当時のLP時代のオリジナルジャケットをちゃんと踏襲していること。これは嬉しい心配り。自分が買ったDG全集300枚セットは、全部同じ絵柄だった。さらに10年前にもついていた木製のラックも、今回も常設されている。


こういうカラヤンボックスは、もう区切りのいい年度に渡って、毎回発売されるいわゆる定番ビジネス。これからも120,130,140・・・ってな感じで、10年サイクルくらい(あるいは5年サイクルでもやるかな?)で繰り返されるキラービジネスなんだと思う。


ボックスの魅力とは何なのか?


それはやはりその演奏家、音楽家の全ての作品が網羅されている、それを購入することで、達成感を得る一種の音楽ソフトマニアのコレクター癖をくすぐるような感覚なのかな?と思う。


はっきり言って、こういうボックスもんを買っておくと安心しますよね。
その指揮者、演奏家に対する征服感というか・・・。


逆に演奏家側や製作者側からしても、たとえばベートーヴェンの交響曲全集など、全集を録音して発売することは、ひとつの大きなイベントで、その作曲家に対する克服感、達成感などがあるんだと思うのです。コンサートならいわゆるチクルス(全曲演奏会)。


ところが最近思うのは、こういうボックスもんを買っても普段聴かないのだ。
ボックスを取り出して聴く、というのはなぜか気が重い。


やっぱり普段聴きやすいのは単盤のもの。単盤のほうが、その盤に対する印象度や思い入れが深く印象に残りやすい。だから棚の膨大なソフトからアクセスする頻度が多いのは、やはり単盤のものが圧倒的に多い。ボックスはいわゆる百科事典的な使い方で、この演奏家のこの年代の録音が聴きたいなどのときにとても重宝するのではないか、と思うのです。


でも全集やBOX-CDの場合、その目的の盤を探し出すのが大変。

必ず冊子として入っている目次を見ないとどのCDなのかアクセスできない。 
今回発売されたカラヤンボックスは、ここら辺のアクセスの問題は、どこまで改善されているのだろうか?結局普段気軽に聴くというのではなく、百科事典的な役割になってしまうのは、まさにここがネックですね。




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この写真は、10年前の2008年に購入した一連のカラヤンボックス。

一番下の木製ラックに入っているのがDG全集ボックス。300枚は超える大全集で、当時30万はした。当時カラヤンは単盤でも結構持っていたので、ダブりになるし、買うかどうか、相当悩んだのだけれど、やっぱり全部揃えるというコレクター魂に負けてしまった。


その上が、カラヤンの映像ボックス。ソニーのカラヤンの遺産シリーズですね。カラヤン&ベルリンフィルの映像素材が全部コレクターされている。


その上が、EMI全集。これもEMIでの録音音源を集めたボックス。
あと写真に写っていないけれど、DECCA録音集ボックスもある。


カラヤンの映像ボックスは、「カラヤンの遺産」シリーズを収めたもの。
こんなお洒落なボックス仕様だった。(なんと指揮棒もついている!)


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これも一通り観たが、やっぱり思うのは、カラヤンって映像ソフトのセンスはまったくないな、ということ。(笑)


これは業界一般に言われている定説なのだが、カラヤンの造った映像ソフトは、かなりつまらないのだ。見ていて、まったく面白くない。カラヤンは、指揮者&音楽家にとっては珍しいくらいの技術マニアで、自分の映像素材を後世に残すべく、その記録媒体の技術動向には相当関心を持っていた。当時のビデオディスク(後のレーザーディスク)の行く末に深い関心を寄せていた。


もちろん他人に任せっきりにする人ではないので、自分が、その撮影時点からその映像作りに口を挟むどころか自分が主導でやっていく。ザルツブルクの自宅の地下室に編集室があって、そこでカラヤンは自分の映像素材の編集作業をしていたのだ。なんでもソニーの機材でびっしり固められていて、それを大賀典雄さんに見せて自慢したとかの逸話も残っている。


ずばりカラヤンの創るオーケストラ映像というのは、作られた映像なのだ。
プロモビデオみたいな感じで、かなり人工的で意識的に作られた演奏画像。
スタジオを借り切って、もしくはコンサートホールで観客を入れず、一糸の乱れも許さないような画一的なプロモビデオ。


これは観ている立場からすると、一回観たら飽きてしまう、というか、かなりつまらない。


オーケストラ映像というのは、いわゆるライブ収録、録音が、臨場感、いわゆるライブ感があって面白い訳であって、現在昨今のオーケストラ映像は、100%こちらだ。


でもカラヤンは、このライブ映像が大嫌いだった。
「あんな雑な映像のどこがいいんだ?」
というのが、彼の常日頃の発言で、彼のオーケストラ映像に対する考え方。


上のカラヤンの「カラヤンの遺産」ボックスに納められている膨大な映像素材は、ほとんどこのプロモビデオ的な撮影手法によるもので、正直つまんない&飽きてしまう映像そのものの集まりだった。


唯一数点の映像素材のみがライブ収録されているものがあって、特にベルリンフィル創立100周年記念コンサートということで、ベルリンフィルハーモニーで開催された「ベートーヴェン交響曲第3番(英雄)」の演奏、これは最高の出来だった。


自分が観てきた英雄のライブ演奏の中でも3本の指に入る屈指の作品で、まさにこれぞカラヤン&ベルリンフィルといった演奏。シュバルベ&ブランディス&シュピラーといったカラヤン黄金時代を支えてきたコンマス3人体制に、まさに女人禁制だった時代のオーケストラの独特の世界を描き出していた。


このカラヤンの遺産の映像素材は、カラヤン×大賀さんの商談により、ソニーが版権を取って、ソニーから出された。でも商品化されるまで時間が結構かかって、いつまでも商品化されないので、業を煮やしたエリエッテ夫人から、いつになったら商品化されるのだ?というお手紙をソニーにいただいた、という話を友人から聞いたことがある。


大賀さんが後世に、ザルツブルクにあるカラヤンのお墓詣りをしたときに語っていたことで印象深かったのは、「残念なのは、カラヤン先生は、ハイビジョンという存在を知らずして亡くなられた。もしそれまでにご存命であったならば、ハイビジョンでもう一回ベートーヴェンの交響曲全集を撮ろうと仰ったに違いない。」と述べられたことだった。


ということで、このカラヤンの遺産ボックスは、1回見たらあとは、お蔵入りという感じなのだが、たとえば、カラヤン体制を大いに揺るがせたザビーネ・マイヤー事件で、試用期間中のマイヤーが、クラリネットを当時のベルリンフィルで吹いている姿なんかが写っていたりして(アルプス交響曲)、そんなときに、どれどれ、という感じで引っ張り出してきて見ている、という感じだろうか。


いまじゃオーケストラに女性団員は不可欠で、ビジュアル的にも華があるのだが、当時は閉鎖的な男性社会のオーケストラに一風を吹き込んだ事件だった。ザビーネ・マイヤーはご存知美人だし、マントみたいなものを着ていて、それを払う姿がすごい格好いいという当時の話だった。


カラヤンの映像では、こんな素材も当時の2008年に発売された。

カラヤン&ベルリンフィルの初の映像素材で、クルーゾーによって撮られた映像。


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「カラヤン/クルーゾー指揮の芸術」というタイトルで発売されたDVDだが、モノクロだが、とても貴重な素材だと思う。確かに当時のオーケストラ撮影は、プロモビデオ的な撮り方なのだけれど、これはカラヤン初の映像作品ということで、とても存在価値があった。


これも2008年のアニバーサリー・イヤーに発売されたレアなボックスで、NHKアーカイブスの中に残っていたNHKが撮ったカラヤン&ベルリンフィルの当時の映像素材をパッケージ化したDVD。これはとてもレアで貴重な作品だ。


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カラヤンが、1950年代にベルリンフィルやウィーンフィルと初来日した模様とか、ドレスリハーサルの模様とか。ちょっと普通の作品ではありえないような貴重な映像が残されている。それこそ当時のオーケストラコンサートホールだった日比谷公会堂や普門館での公演。また大学のオケへの指導も実現して、その映像とか、これは本当にレアで貴重な映像素材だと思う。


このようにカラヤンっていう人は、まさに音源、映像素材の宝庫のような人なので、何年かおきに、こうやってボックスビジネスが循環して起こるのは当然のことだし、それはそれでいいのではないか、と思う。


ストリーミングやダウンロードの台頭で、劣勢に追いやられている物理メディアだけれども、こういうボックスビジネスは、まだまだ彼らの有利なビジネス・エリアだと思うし。


カラヤンは、まさにベルリンフィルのシェフとして35年も在籍していた訳であって、大きく60年代、70年代、80年代と3つの時期に分けることが出来ると思う。自分は、その中で、やはり70年代が最強で絶頂期の時期だと思う。60年代はやや青臭さが残るし、80年代は、もう体も動かなくなってきて、枯れてきた時代。やはり70年代の彼らが、演奏、サウンド、そしてヴィジュアル的にも最高の時期だったのではと思っています。


そんな音源の宝庫のDGだが、自分はカラヤンだけでなく、アバドやポリーニとかたくさん保有しています。まさにDGならではのビジネスですね。


今年はバーンスタインの生誕100周年でもあるので、バーンスタインのが出たら買うかもしれない。


と言っていたら、出てしまった。バーンスタインのボックス。(笑)


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レナード・バーンスタイン/DG&DECCA録音全集
(121CD+36DVD+1ブルーレイ・オーディオ)

https://goo.gl/vctaEF


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ベートーヴェンの交響曲全集はもちろんのこと、マーラーの交響曲全集も網羅されている。
自分は、マーラーはバーンスタイン音源、映像で勉強したと言ってもいい。
クラシック界で、マーラーを1番最初に、商業的に成功に導いたのはバーンスタインなのだ。

DVD36枚組はバーンスタインがユニテルに行ったライヴ収録。

まさに盛沢山。

カラヤン、バーンスタインは、まさにDGに莫大的な売り上げセールスを呼び込んだ二代横綱であることは間違いない。そんな彼らが、今年生誕110周年、100周年というのだから、本当に奇遇な1年だと思う。

まさに今年は、DGにアニバーサリーイヤーにふさわしいお祭りイヤーになりそうな予感ですね。



じつは自分が持っているコレクション中には、さらにアバドのDGボックスもあったりするのだ。(笑)




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Deusche Grammophoneの120年の歴史 [オーディオ]

イエローレーベル。


演奏家、我々のような聴衆などクラシックを志す者であれば、誰もが親しみと崇拝の念を抱くクラシック・レーベルの王様的存在。

世界No.1のクラシック・レーベル。 

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今年2018年で、創立120周年を迎えるそうだ。

現在Deusche Grammophone(以下DG)は、ユニバーサル・ミュージックの傘下に入っており、新たに「ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト」を立ち上げて、このアニバーサリー・イヤーを徹底的に盛り上げようという計画。

自分も微力ながら、このお祭りを下支えしながら盛り上げるのをお助けできればと思っていたりする。

自分のようなオーディオファンからすると、DGのサウンドというのは、まさにクラシック王道の極みのサウンドで、分厚くて、骨格感のしっかりした硬派なサウンド。クラシック・ファンのオーディオマニアであれば、このDGの録音を鳴らせない時点で、もう失格だと思うのである。あと、このレーベルはピアノの音が本当に綺麗に録れていますね。優秀で旬なピアニストがみんなDGと契約するのは、そんなところもあるのかな、と思います。

DGの歴史というのは、数々の著名な演奏家の作品を世に送り出してきた以上に、この録音技術の開発の歴史と言ってもいい。

特にアナログレコードは彼らが開発したもので、それの歴史と言っても過言ではない。

そして、最近に至ってはストリーミング技術にも積極的に取り組んでいて、今回自分も、その事実を新たに知ったところが多いので、ぜひ勉強して、近日中に日記にしてみたい。

以前、DGのSACDを徹底的に特集した時に、このDGサウンドを作り出しているエミール・ベルリナー・スタジオ(Emil Berliner Studios)を紹介した。自分自身、ずいぶんこのスタジオの録音にはお世話になっていて、ライナー・マイヤール氏をはじめ、トーンマイスター達には親しみと尊敬の念を抱いている。 


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彼らは、当時はDGのお膝元であるハノーファーに研究所を持っていて、そこで録音技術の研究などをやっていた。そこから彼らは、レーベルから独立して録音制作会社として1人立ちする。ロケーションもハノーファーからベルリンに移る。

今の世の中、録音制作会社は、外注企業が基本なのだ。レーベル内部にそういう組織体はいまや持たないのが普通である。

エミール・ベルリナー・スタジオは独立して、現在では、DGだけでなく、EratoやSONYなどいろいろなレーベルの録音、マスタリングを受け持っている。

ポリヒムニアがPENTATONEやRCO LiveそしてDECCAの録音を受け持っていたり、そしてBISに対するTake5 Productionなどの関係と同じように。

残念ながらDGはSACDから早々に撤退した。エミール・ベルリナー・スタジオのHPを覗き込んで、彼らのスタジオの機材リストを見てみると、確かにDSDの信号処理に関わりそうなものは現時点ではないような感じがする。

でも自分の妄想レベルでは、これからの時代に合った形で、DSDに関わってくるのでは、と勝手に妄想しています。(笑)

このような技術面からのアプローチは、詳らかになった時点で、自分も徐々に日記に取り上げていこう。


さて、元に戻って、DGが歩んできた120年。


ユニバーサル・ミュージックのHPのところに、このDGの120年の歴史を特集した記念サイトがめでたくオープンしたのだ。ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト~ドイツ・グラモフォンの歴史のページで、ここにDGのすべてが書かれている! 


このドイツ・グラモフォンの歴史のページは、もちろん原典は、ドイツ現地のDGのHPにあるものを、ユニバーサル・ミュージック・ジャパンが日本語に和訳したもののようだ。

DGのすべてを知りたい方は、ぜひこのホームページを訪問してください。



ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト

http://www.universal-music.co.jp/classics/dg120/



この歴史を俯瞰しただけでわかることは、如何に彼らがアナログレコードの制作技術を育んできて、そしてクラシック業界を支えてきた数多のビッグ・アーティスト達をたくさん世に送り出してきたか、ということだ。


まさに世界一のクラシック・レーベル!!!


自分としては、このDGがストリーミングに触手を伸ばしてきているところを、もう少し調べてみたい。いろいろ自分が理解できたところを日記にしてみたい。


このDG祝120周年である今年だが、カラヤンの生誕110周年やバーンスタインの生誕100周年にもあたるそうで、記念BOXなどにぎやかになりそうである。他にもいろいろイヴェント目白押しで、なにかトピックスがあるたびに、私の方でも日記で取り上げて盛り上げていきたいです。


なんだか華やかな1年になりそう。。。(^^)





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謹賀新年2018 [雑感]

あけましておめでとうございます。


昨年は、拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。
年が明けまして、心機一転、気持ちを新たに切り替えてこの日に臨んでいます。


昨年は、おそらくここ5年~10年にかけて、最も最悪のリズムで全く想定外の年でありました。
人生長年やっていると、こういう年も必ず巡ってくる、と実感しています。
よく我慢して耐えた(笑)、と自分を誉めてあげたいです。


去年の年初は、希望に満ち満ちて、そして不安のスタートでしたが、予想外の展開に、自分の不甲斐なさ、そしてこの怒りをどこに持っていけばいいのか、そのやり場もなく、毎日巨大なストレスと戦っていた、という日々だったと思います。


そういう経緯もあり、今年は、どのように臨むか、ということを考えた場合、やはり自分で考えた道なりを進んでいくことが、誰のせいでもなく、自分の責任下において後悔しないことなのではないか、と思いました。


確固たる目標は数年先にあります。


その目標に向けて、今年はその準備期間として捉え、地道に生活をしていくことと誓いました。

クラシック演奏会、オーディオについてもそんなスタンスです。


いろいろ思うところがあり、正直なんでもガムシャラに演奏会に行きまくる、というのは、すでに自分の場合、もうそういうステージは卒業しているのではないか、と思うのです。


少なくとも、ここ5年間の間、自分の運命で結ばれている、繋がっていると思われる、どうしてもここは自分が押さえておかないといけないと思われる演奏家の公演は、すでに網羅したのではないか、と思います。


もう上がりの状態・・・今後は、自分のアンテナにビビッとくる、自分の運命に関わるコンサートのみをより賢明に吟味選択していくことになるだろうと思います。


量より質ですね。


数年先の目標に向けて、支出は抑えたい訳です。


そう考えると、国内オケ主導で、外来オケは正直ないかな?という予想。
やはりコストが高いのが理由です。通う公演数も少なくなると思います。


オーディオについては、これも去年想像以上に大変な出費をして、PCオーディオのシステムを構築しましたので、これも上がりです。オーディオは金かけだしたらキリがないので、見切りをつけないと。。。


次々に魅力のある新製品が出てきて誘惑すると思いますが、彼らの言う通りにしていたら破産してしまいます。毎日、物欲との闘いになりますね。


去年の大失敗を鑑みて、やはり自分の感性を信じて、自分の想うところを進む、という生き方しか、いまは考えられません。


突然ふっと頭に浮かんだり、夜中に突然発作を起こしたかのように、なにかのテーマについて日記に書き留めたい、と思う衝動は、正直自分でもまったく予知できない現象なのです。意識してできることではなく、全く無意識、予測不能なことなのです。


それが周りの事象とシンクロするように見える、思えるのは、これはもう仕方がない。
自分ではどうしようもできない。


それを意識し始めたのが、2016/1/14。いまから2年前です。(ちゃんとメモってある。)突然降臨したかのような意識になり、世界中が回っているような感じで、なんかヤク(覚醒剤)をやるとこんな感じになるのかな、という変な感覚。最初は気持ち悪くて仕方がなく、誰にも相談できずに悶々と過ごしていた訳です。


2年も付き合ってると、だいぶ慣れてきて、逆に楽しんで付き合えるような気分にまで成長できました。

こればかりは自分の力ではどうしようもなく、なるようにしかならないのです。


なので、今後も自分の感性を信じて、進んでいくしかないのかな、と去年の大失敗を経験して、強く確信している次第なのです。


そういう訳で、結論としては、今年は、欲とか、大きな目標を立てずに、無事毎日が平穏に生活できますように、というところに主眼を置いています。


数年先の目標で爆発できればいいのです。


毎日、トラブルなく生活できることの有難みを去年十分に知りましたので。


まっ、今年は大きな夢はありませんけど、ただ1人暮らしでいうのもなんですが・・・もう少しプライベートな空間が欲しい(ボソ)ってなところでしょうか?


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初詣は、いつもお世話になっている川崎大師に行ってきました。
こんなに賑わっていました。


天気は快晴。とても気持ちのいい年始スタートとなりました。


よい年でありますように。








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一期一会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

今年は、事情があって、十分なコンサート通いができなかった。年間後半など、行きたい公演はたくさんあったのだけれど、最初からしっかり計画が立てれなくて諦めていたりした。本当に残念。

行けた演奏会は、ほとんどなかったと思うが、でもその中でも、自分の一生の想い出に残る公演に立ち会うことはできた。

やはり音楽の神様は、最後には自分を救ってくれた。

生演奏会って水もの。

生演奏かオーディオかの議論は、自分にとっては、もはや食傷気味のテーマであるけれど、そこで達観したひとつの結論。

生演奏会は、出来不出来の差が多く、感動したり、がっかりしたり、その繰り返しなのだ。

でも感動した時のあの興奮の極みは、オーディオでは味わえない。「あの日、あのとき、あの瞬間」に立ち会えているという想いが、その感動の強さを際立たせる。

長年、生演奏通いをしていると、「一期一会」の体験をすることがあるのだ。

長年通っていて、これだけの感動を体験できるコンサートは、もう二度と経験できないんではないか?水ものの生演奏だったら尚更。。。そんな感じ。


自分の一生の中で、この一期一会の体験をいかに多く体験するか、期待してはがっかりして、たまに出会って・・・それの繰り返し。

十分なコンサート通いができなかった今年の中で、まさにその一期一会の公演に出会うことができた。

そう胸を張って言えるのが、

9月18日(月)のサントリホールで開かれた

第46回サントリー音楽賞受賞記念コンサートの広上淳一さんと京響こと京都市交響楽団のラフマニノフの2番。

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まさに空前絶後の超弩級の名演だった!

ここ数年で、もっとも心揺さぶられた演奏だったと言っていい。

ロシア・ロマンティシズムの極致にあり、その次から次へと繰り出される甘い旋律に呼吸をしているのを忘れるかのような気持ちよさとその陶酔感。

これだけ完璧な演奏を聴いた経験はなかった。在京楽団はもとより、外来オケより数段上だし、この日の出来は、人に感動を与えるという側面では、ベルリンフィルやウィーンフィルよりも遥かに上だった、とも思えた。

その日、その瞬時が生み出した奇跡の瞬間、神業なのだと今思えばそう感じる。

まさに神、降臨!そんな感じだったのだ。

オーケストラの演奏でこれだけ人の心を感動させることが可能なものなのか、そんな永遠のテーマを自分の心に訴求してくるような、公演後、何時間、何日経過してもその興奮と震えが止まらなく、いつまでもあの旋律が頭の中をずっとループしているようなそんな現象。

たぶん今後も一生出会えないほどの名演、まさにこれこそ一期一会の体験だと言えるのではないか、と思った。

今年度の統括として、この日の公演、広上さん&京響のメンバーのみなさんに、今年のノンノン大賞を授与さしあげたいと思います。(笑)


そんな広上さんと京響であるが、今年の3月の春の京都でも、地元の京都コンサートホールで体験することが出来た。京響創立60周年記念を祝するコンサートで、滅多に演奏される機会のないマーラーの8番「千人の交響曲」。

土壇場になって、歌手がドタキャンしたり、傷もあったりしたが、見事ピンチヒッターがそのリカバリー。

素晴らしい公演だった!

その公演の模様が、12月31日 大晦日の日に放映されます。

12月31日(日)8:00AM~9:30AM  BSフジ 京都市交響楽団「千人の交響曲」


私は最前列のかぶりつきで聴いていました。(笑)
広上さんが京響を振る、という図式を観れた記念すべき公演でした。

ぜひ録画です!
ご覧になってください!





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鎌倉は夜がおいしい。 [グルメ]

時間の短さを感じさせないゆったりとした鎌倉時間。

土日はもちろん平日でも観光客で賑わう。日中は激混みだ。
鎌倉に新鮮さを求めるなら、夜を狙え。

夜の鎌倉の愉しさを知ったら、もう後戻りはできない。
鎌倉は夜がおいしい。。。


そんな夜の部を探検するのが、今回の目的なのだが、その前に、前回の初の鎌倉散策で回れなかったところに足を延ばす。計2日に渡って街の景観を楽しんできた。

まずは北鎌倉。ここは、鎌倉きっての観光名寺が軒並んでいて、絶対おすすめ。

いつも観光客で大混雑。この日は、紅葉も終盤に差し掛かっていたとはいえ、やはり大変な人混みだった。

目指すのは、明月院。ここには「円窓」という絶景の超有名な撮影ショットがあって、ここの写真をぜひ自分のカメラに収めたいと思っていた。

でも。。。やっぱり思った通りこの大行列なんだな。(笑)

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そうしてようやく念願の自分の順番。

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う~ん、やや不満。SNSの鎌倉ファンサイトに登録しているんだが、みんなホントにすごい上手。
どうやって撮っているんだろ?

みなさんのようにはビシッと構図が決まって綺麗に撮れなかった。大行列なんで、自分の撮影の順番が来たら、焦るんだよね。早く終わらないと、という感じで。(笑)

ここのショットは、鎌倉随一の有名処なのでぜひお薦めです。やはり紅葉のときと新緑のときですかね。あと、ここの明月院は、アジサイの寺としても有名で、アジサイの季節にもぜひ再度訪問したいと思っています。

そして鎌倉に着いて、久しぶりの江ノ電。

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相変わらず超人気。とても混んでいました。

鎌倉駅の江ノ電乗り場では、こんな「江ノ電フォトコンテスト」の応募写真が展示されていました。

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最優秀作品はこちら。

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みんなこんな感じで、江ノ電のいろんなショットを一生懸命撮影するんですよね。
なんかこのユル~イ感じが、とても鎌倉的でいいです。(笑)



今回は、この江ノ電について目的があった。
それは「タンコロ」を見にいくこと。

タンコロというのは、江ノ電の100形電車のことで、1両単位(単行)で使用されたため、「タンコロ」と呼ばれていた。

1929年に導入されて、1980年に廃車になった。

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タンコロ~江ノ電100形107号 (1980年12月26日撮影)

もちろんいまは乗れないけれど、このタンコロが保管されている場所があると知って、そこを見にいこうとしたのだ。

鎌倉の江ノ電乗り場で駅員さんに、そのことを聞くと「タンコロ?」といぶかしげな表情をされ、「タンコロはもう運行してません。」と言われたのだが、すぐに事情をわかってもらい、「あ~、それだったら、和田塚降りて、鎌倉由比ガ浜の公園に保存されていますよ。」と教えてくれた。

さっそく鎌倉由比ガ浜公園に直行。

あった!江ノ電タンコロ。

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ここに保管されているのは、100形の107号。
別に自分は鉄ちゃんではないけれど、感慨深いなー。

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中にも入れる。木造ですね。歴史を感じます。
当時はマイクなどなかったので、車掌さんも車内で地声の大声で停車駅名を言わないといけなかった。

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運転席。

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いま公開されている映画 「DESTINY 鎌倉ものがたり」で、じつは、このタンコロがとても大切な役割を果たしているのだ。現世と黄泉国(よみのくに)との間を三途の川を渡って行き来する乗り物として、この江ノ電タンコロが使われているのだ!

いま大人気の江ノ電のルーツはここにあった。

そして近くの由比ガ浜を軽く散歩。


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この鎌倉の由比ガ浜海岸は、鎌倉時代、静御前のお腹の中には義経の子供が宿っており、もし、その子が女の子であればそのまま生かす、もし男の子であれば、亡きものとする、と頼朝が決めた。自分が平家の情けで生かされたおかげで、いまこうやって平家打倒を実現した手前、そう考えるもの当然と言えば当然であった。

頼朝・政子の前で舞を奉じた静御前は、その後に男の子を産み、約束通り、この由比ガ浜の海岸の砂浜の中に、その子は葬られたのだ。

この海岸には、義経の子の魂がいる、とそのとき感慨深げに考えてしまった。


同じ江ノ電でもこんな車両とも遭遇しました。江ノ電10形電車。オリエント急行を模したと言われている。

縁起がいい!

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そして向かう次の場所は、鎌倉高校前。

なぜ、ここなのか、というと、この鎌倉高校前のこの踏切が絶好の観光スポットになっているのだ。

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SNSの鎌倉ファンサイトでも、この踏切をちょうど通る瞬間の江ノ電の写真を撮るのが、ひとつのお決まり事で、有名ショットみたいで、たくさん投稿されているのだ。

もう有名スポットなので、こんなにいっぱいの人。

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でもみんな中国人か韓国人。(笑)日本語はほとんど聞こえてこなかった。
日本人の老夫婦が自分に訪ねてきて、なんでここにそんなに人が集まるの?ってな感じで聞いてきた。

やっぱりふつうの踏切だから、みんな不思議に思うに違いない。

あとで、知ったことだが、バスケットボールの漫画のスラムダンクで、この踏切や鎌倉高校が舞台になっていて大人気なんだそうだ。この漫画、いま台湾でも大人気。ふ~ん、知らなかった。(^^;;

鎌倉高校は、この踏切の坂をずっと登ったところにあるのだが、校門が閉ざされていて、関係部外者は進入禁止&撮影禁止みたいな警告の札が立っていたので、さっさと帰ってきました。やはり漫画人気で、観光、撮影目的でいっぱい人が集まるからでしょうね。

さて、この踏切を通る江ノ電の撮影。鎌倉ファンサイトの投稿写真は、みんなすごい上手。あんなに上手に撮れない。

両サイドから来るのを撮影してみました。これで勘弁してください。(笑)

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そのまま江ノ電で移動して、長谷駅で降りて、力餅家というお店に寄ってみた。

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ここは300年の歴史を持つ老舗。
ここの権五郎力餅というのは、まさに鎌倉スィーツって言ってもよい有名な和菓子なのだ。

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権五郎景正は実在した武士で近くの御霊神社に祀られている。

その昔、戦で右目を射抜かれた16歳の景正は、矢を折り取って射返し、敵に反撃。
目に折れ残った矢を抜こうと、仲間が顔に足をかけると…

矢にあたって死ぬのは本望だがお前に踏まれるのは許さない。

お前を仇として刺し違えて死ぬ…

武士のたけだけしさがイメージされる。


そんな権五郎景正をイメージした和菓子を代々店主があみ出したのが、この「力餅」。


さっそく購入。

なぜか、ミューザ川崎ホワイエで食す・・・ナゾ(笑)。
1人で16個は多すぎたか?(^^;;

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翌日には餅部分の水分がアンに吸収されカチカチになる。
残さずに当日に食すべし!なのだ。

まっスッキリした甘みで餅は噛み応えがある。なんか小型のオハギを食べているみたいな感じ。



鎌倉に戻って、鶴岡八幡宮。紅葉はもう終わっていたみたいなので、ここからのショットで。

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ここら周辺に来た目的は別にあった。

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源頼朝のお墓。まさに日本史の歴史上人物の中での自分のヒーロー。NHK大河ドラマ「草燃える」の石坂浩二さん演じる頼朝に憧れ、相当嵌り込んだ。まさに時代の英雄のお墓にしては、いたって地味な装い。

この墓前を前にして、いま自分がいろいろ想うことを伝えました。


頼朝は落馬して亡くなった、というのが歴史の事実とされているが、自分はこの説に疑問を持っている。落馬したくらいで、ふつう人間って死ぬか?

自分は、真の死因は、脳卒中か脳溢血かと思っている。乗馬中に突然襲ってそのまま意識を失って落馬したものだと思う。当時の医学ではそれが解明できなかったので、単に落馬ということになっているに違いない。

大河ドラマ「草燃える」でも、そこら辺は考慮されていて、あの瞬間の描写は、明らかに脳卒中という感じだった。




鶴岡八幡宮&頼朝の墓から鎌倉駅に帰る徒歩の途中。とても素敵な茶屋の遭遇。思わずパチリ。こういう和の雰囲気最高だなー。

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ここら辺で晩御飯の時間になり、おなかが空いてきた。前回食べることができなかった「生しらす丼」をいただくことに。鎌倉&江ノ島は湘南しらすが名産。

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正直、生のしらすは、無味無臭という感じで、美味しいとかそういう感覚はまったくなし。(笑)
味は、それに添えるショウガと、醤油の味で決まると言っていい。

まっ、でも、鎌倉にきて、しらす丼を食べることができた!ということだけで、満足するべきですね。

日が暮れても、これからぜひ行くところがあった。


着いて、この行列を見た瞬間、去年の京都の紅葉狩りのことを思い出してしまった。

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ここ長谷寺でした。

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長谷寺のライトアップというのも紅葉の季節では、ひとつの大きなイヴェント。

入って、すぐに広がるこの光景。

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そして有名な良縁地蔵も迎えてくれました。この歳になってもよい縁に恵まれますようにってか?(笑)

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なんと幻想的な風景なんだ!!!

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そして長谷寺のライトアップの本命。これで余は満足です。

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さて、日にちを改めて、再度鎌倉を訪問。ここからが今回の日記の本命。

「鎌倉は夜がおいしい。」


日没とともにはじまる、大人のための、おいしい鎌倉時間である。

地元の人が通う深夜食堂から話題の新店まで、なにも小奇麗でオシャレなのがすべてじゃない。
こういう庶民的なところも十分味わいがあって、鎌倉的なのだ。


まず、地元の人に愛される“喫茶食堂” 「ほいほい」。

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創業は昭和44年だそうだ。夫婦がきりもりするお店は、なんと、昼から深夜まで通しで営業。
いかにも昭和時代の店内の雰囲気。

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ボリューム満点の手作り洋食メニューは、男性を中心とした、食いしん坊でわんぱくな胃袋をもつ鎌倉の人たちに愛されている。


自分は、これからの季節にぴったりな「鍋やきうどん」を注文した。

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これは美味しい!体が暖まるし、さっぱり仕上げの上品な味。麺に腰があってダシも醤油ベースで薄口だ。


「ほいほい」

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14023549/



もちろんこのお店で終わるつもりは毛頭なかった。
ハシゴするべし!

昨年(2016年)にオープンした本格麻婆豆腐の専門店「かかん」。

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鉄鍋で提供される、絶妙な旨み&辛みの麻婆豆腐は、季節を問わず締めに食べたくなる。

かかんの本格麻婆豆腐は、小900円、中1,200円、大1,780円の3種を用意。ライスは、小200円、大盛り300円。〆の邦栄堂の中華麺 400円。

大で、大体2人前。でも自分のような大喰らいには、大くらいがちょうどいい。
店員さんが心配するのをよそ目に迷わず大を注文。
こんなん感じが出てきました。

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こ~れは最高にウマい!

麻婆豆腐は大好物なんだが、ここのは本当に美味しい。

比較したりしたら悪いけれど、あの天下の陳健一さんの四川麻婆豆腐より、こちらのほうが安いし、そのCPに合う感じで庶民的な味ですごく美味しいと感じた。こちらは甘口ですね。とにかく本当に美味しい!

なんか通い詰めてしまいそうだ。(笑)
ここの麻婆豆腐はホントにおススメです。

ご飯で食べるのもいいが、さらにおススメなのが 「〆の邦栄堂の中華麺」との合わせ。
もっちりとした存在感のある麺と、麻婆豆腐が絡みあい、ついつい、最後の一滴まで食べ尽くしたくなること必至。

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とにかく麻婆豆腐好きには堪らないお店だと思います。

麻婆豆腐は別腹、と新たな気付きを得ずにはいられない、そんなとびきりの満足感ってな感じでした。


「かかん 鎌倉本店」

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14067477/


最後に鎌倉つながりで、鎌倉を題材にした映画がいま絶賛公開中だ。
自分もさっそく初日公開とともに観てきた。


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「DESTINY 鎌倉ものがたり」

古都鎌倉を題材にした西岸良平さんの漫画(30年間も連載されている)を実写映画化したもので、堺雅人&高畑充希、主演。

内容は、まさにほっこりファンタジー。心温まる素敵な映画だ。

ほっこり、というのがホントにすごいぴったり合う感じで。あまりに素敵すぎ。そしてつい心に染み入る感じ。自分は50歳過ぎるともう涙腺弱いんだな。涙腺決壊。もう終盤では泣けて泣けて仕方がなかった。

とてもいい映画。久し振りにいい映画を観たと思いました。

もう悔いはない。あとはアジサイの季節にもう一回鎌倉を訪れるつもり。

去年日本最高の古都である京都を3回に渡って十分に堪能できたけれど、京都はやはり遠い。
新幹線代、宿泊ホテル代となると、かなりの高額な旅費になってしまう。

自分が住んでいるこの首都圏で日帰りできる近場で、こんな素敵で歴史ある古都、日本の和が感じ取れる街があるんだから。

もうここまでくると、自分の中では、いまやすっかり鎌倉がマイブームなのです。(笑)






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神戸松陰女子学院大学チャペル [教会]

7年前くらいだろうか、なぜクラシック音楽家は教会で録音するのか?というテーマで日記を投稿したことがあって、教会録音、教会音響の魅力について書いたのだが、そのときにたくさんのコメントをいただいた。

ヨーロッパにはそれこそ星の数ほどたくさんの教会が存在するのだが、それはキリスト教という信仰の土台、礎がそこにある訳で、ある意味当然なのだが、そういう基盤がない日本で、クラシックの演奏や録音が、その教会で演奏される、という事象は、なかなか難しいことではないか、と思う。

いまの録音事情は、コンサートホールを使ってのセッション録音、ライブ録音というのが圧倒的で、教会録音をしようとした場合、本場ヨーロッパまで遠征して録音する、ということも多いだろう。

教会で録音された作品は、やはりその響きの豊潤さ、美しさ、残響時間の長さなど独特の美しさがある。

ヨーロッパの果てしもなく天井の高い教会で、それに比例する残響時間の長さたっぷり、そんな教会独特のサウンドである。 

自分の将来の夢に、録音によく使用されるヨーロッパの教会巡りをしたい、というのがある。美しいだけの教会であれば、ヨーロッパならそれこそ無数にある。それじゃだめなのだ。昔から名盤生産基地として名高い、レーベルがよく使うそのような教会にこだわりたい。

ピンキリの教会の中で、そういう教会は、やはりその音響条件などセッション録音するのに録音スタッフ側からすると好都合な要素が必ずどこかにあるはずだと思う。

ベルリンのベルリン・イエス・キリスト教会やドレスデンの聖ルカ教会など、各レーベルがお決まりに使う教会って必ずある。

最近興味が急上昇なのは、諏訪内晶子さんの作品で良く使われているパリのノートルダム・デュ・リバン教会。この教会は、1960年代からエラート・レーベルの録音で使われてきた音響の良い教会で低音に外の車のノイズなのか暗騒音があるが 柔らかくぬくもりのあるような響きが特徴的。5年前にパリに行ったときに、ぜひ寄ってみたいと計画したのだが、礼拝や演奏会などがないと一般公開しないなど、なかなかタイミングが合わなくて難しい。

そういうクラシック録音、演奏などが可能な教会を日本国内で探すとなると、なかなか難しい。

そこでこの神戸松陰女子学院大学チャペルの存在を知った。その頃からぜひ行きたいとずっと思っていたのだが、なにせ神戸にあるので月日がどんどん経過して今に至っていた。

2014年にライプツィヒを訪問して、バッハに纏わる旅行ができた。そのとき、否が応でも鈴木雅明氏&BCJ(バッハ・コレギュウム・ジャパン)を聴く機会が多くなり、そうするとこの神戸松陰女子学院大学チャペルという教会は、彼らBCJの国内での本拠地の教会でもある。(この教会で、もう200回以上の演奏をしている!)

まさに機は熟した、という感じで、この教会で彼らの演奏を聴く、という大義名分が出来て、このタイミング、ということになった次第。 


この日記は、2014年に神戸松陰女子学院チャペルを訪問して、鈴木雅明氏&BCJのコンサートを体験した時に書いた日記である。mixiのほうでは、その当時に書いてアップしたのだが、これをブログのほうに移植したいと思い、現在、この日記を書いている。当時のことを想いを馳せながら、この教会の魅力について迫ってみたいと思う。

ホテルは新大阪にとったのだが、そこから御堂筋線で、大阪梅田に出て、そこから阪急神戸線を使って阪急六甲駅に行く。


教会はここにある。六甲駅から結構歩く。15分くらいだろうか。
厳しかったのは、ずっと心臓破りの坂を山側に登っていくことだ。教会は標高の高いところにある。これはかなりキツかった。歩いているうちに足が棒になる感じ。

そしてようやく教会に到着。
教会は、神戸松陰女子学院大学の女子大の中のひとつの礼拝などをおこなう教会という位置づけの施設で立っている。

つまりチャペルは学校や施設内などに建てられている礼拝堂のこと。

だからこの女子大のキャンパスの中にあるのだ。

この大学は、キリスト教主義のミッションスクールで私立大学の女子大。
キャンパスは、レンガ色の美しい山の手キャンパスという感じで、本当に清楚で美しいキャンパスであった。

歩いていく内に大学に遭遇。
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ゲートはクリスマスモード。
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そこで、守衛さんの窓口(写真の右側です。)がいて、

ノンノン「BCJの公演に来たのですけど、チャペルってどこですか?」

守衛さん「その目の前にあるそこだよ。でも公演は3時からだよ。(驚)」

そう!相変わらず、1番乗りにしないと気が済まない性格で、大学についたのは12時くらい。(爆笑)

ノンノン「中で待っていてもいいですか?椅子とかもあるし。」

守衛さん「いやぁぁ、ここは基本は女子大なんで、中を男性がフラフラしていると不審者みたいでまずいんだよねぇ。」

ノンノン「はぁぁぁ?」

教会の前で待っていようと思っていたが、全く思いもよらないアクシデントであった。写真撮影だけ許可をもらって、あとは結局大学の前のマンションの駐車場のところのタイヤを止めるレンガのところに腰かけて、時間をつぶしていた。

それでは写真撮影したものをご覧にいれよう。誰もいないショットで貴重である。(いつもそのために1番乗りするのだ。(笑))

これがチャペル(教会)。
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ここがゲート。なにか美しい品がありますねぇ。

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ヨーロッパの教会にありがちな壮麗華美な外装デザインと違って、どこかベルリン・イエス・キリスト教会のようなプロテスタント系のシンプルなデザインがよい。

右側に建っている塔の上部をご覧いただきたい。
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これはカリヨンと呼ばれているもので、14個の鐘がコンピューター制御でオルガン曲や聖歌などを奏でるのだ。

ついでに大学のキャンパスもご紹介しよう。
キャンパスは大きすぎて、フレームの中にうまく入らなくて、構図がいまいちなのだが、ご勘弁願いたい。

チャペルの色もそうだけれど、キャンパス自体も全く同じレンガ色で統一されていて、全体のシルエットとして清潔感があってとても美しいキャンパスだ。

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ここが食堂みたい。
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なぜか、その前のベンチに熊さんが....
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教会の前は休憩できるようになっていて、こんなスペースが。
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この頃になるとBCJのメンバーが続々とキャンパス入り。そしてチャペル内で、リハーサルを開始した。鈴木雅明氏や、優人氏の姿も見えた。否が応でも緊張感が湧いてくる。

そしていよいよ開場の時間になって、教会の中に入る。
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椅子はこんな感じ。
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礼拝堂の祭壇の上方部にステンドガラスが配置されている。姫路在住の立花江津子さんによる作品で、祭壇上部に「復活のキリスト」があって、それに向かって、礼拝堂を一周してその絵巻が展開される。

これが「復活のイエス・キリスト」
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こちらが礼拝堂の後方に設置されているパイプオルガン。18世紀パイプオルガンの響きを再現したい、ということで、フランス・クラシック・オルガンが選ばれている。

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このオルガン建造家としてフランス人のマルク・ガルニエ氏が選ばれて設計に携わっているようだ。(東京芸術大の奏楽堂もこの人のデザイン!)

そもそもこの教会の設計時にヨーロッパの有名教会(約90箇所!)の現地調査をおこなって、チャペルの音響設計をおこなった、というから筋金入りだ。このガルニエ氏と竹中工務店が施工の中心メンバー。

写真を見てもわかるようにチャペル自体の形状は、パイプオルガンの音が天から降り注ぐように反射音の流れをコントロールするように形作られている(特に天井)。天井で拡散された音が適度な時間遅れで聴衆に届くように。

またオルガンって、超低域の低い低音から高音まで広帯域の音を発生するので、この容積のタテ・ヨコ・タカサ比次第で、低音のこもり、というか共鳴が起こる問題があって、それを解決できるように寸法比を決めているそうだ。

この教会内部に入った時に特に面白いと思ったのは、写真を見ても分かるように、天井から側壁にかけて棒状のものが放射状に配置されているデザイン。

これは切り妻型の天井というもので、オルガンからの反射音を拡散させるもの。こういうデザインの内装の教会を観たのははじめてだ。

同様に写真を見てほしいのだが、その切り妻型の棒が側壁に設置しているところの表面がザラザラしているのがわかるだろう。

教会音響のポイントは、低音域の残響特性がほぼ平坦で、いかにブーミーな低音の響きを抑えている仕掛けをしているところにある。

そういう教会は概して音響が素晴らしいのだ。

ヨーロッパの教会に多くみられる高い天井に嵌め込まれたステンドグラスや木部などがそういう役割を果たしている。

この教会のこの側壁部分のザラザラ部分のスリットは、そういう問題を解決する低音域吸収や残響調整用のレゾネーターとしての仕掛けになっているところだ。

こうしてみるとヨーロッパの教会の構造を研究し尽くして、その工夫がこの礼拝堂に隅々まで行き届いているのがよくわかる。

実際自分の耳で聴いてみた印象は、まず空間の暗騒音は、澄み切った感じの空気感で静寂そのもの、S/Nが良さそうな感じだ。非常にライブな空間で、残響時間は3秒はあるだろう、という感じだったが、実データは満席時で、2.6秒だそうだ。

特に声楽関連の響きはじつに重厚感があって、素晴らしくて、その合唱の声の厚みは、バロック時代の古楽器の音色を遥かに圧倒していた。自分は、ここに一番感動した。

既述のように音響設計の工夫もあって、音色の帯域バランスも偏りがなくて、空間を長い時間漂うその響きはじつに美しい。


さて、こんな素晴らしい教会で、鈴木雅明氏&BCJのチャペルコンサート。
今回が第232回目の演奏会ということで、この教会を育んできた人たちと言えるだろう。

今回の演目は、17世紀に大きく開花したイタリア音楽の様式をドイツに持ち帰り、ドイツをヨーロッパ音楽の主流へと導いたハインリヒ・シュッツのダビデ詩集歌集からの演目。

演奏をする前に、必ず鈴木氏自身がMCをするというスタイルで、観客との距離感がすごく近くてアットホーム的な雰囲気でよかったと思う。
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演奏のレベルも高く、素晴らしいの一言。何回も言っているが、その圧倒的なパートを占める声楽の部分が、じつに素晴らしくて感動であった。

2014年当時想っていたことは、鈴木雅明&BCJという演奏家は、実際長年に渡って彼らが成し得てきたその実際の業績に対して、日本内での評価が十分ではないというか、過小評価ではないか、ということだった。逆に海外での彼らの評価は高い。

でも前言撤回、いまでは十分な国内での高評価を受けていると思うし、BISレーベルとの長年の大作の「教会カンタータ全集」の完成もあってバッハ演奏のひとつの頂点を極めた。そこからさらに邁進を続けている彼らの姿は求道的でもある。
 


この教会カンタータ全集の録音の全録音をしたのも、この教会。この教会なくして、この大作は生まれていなかった、と思うと、やはり一生に一度は、この教会でのチャペルコンサートを経験できたことは、垂涎の経験だったと思う。

 







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エディット・マティスの近況 [オペラ歌手]

スイスの歌姫である我が永遠のディーヴァ、エディット・マティスの初のベスト作品集がDGからCD7枚組として発売される。来年の2月11日に80歳の誕生日を迎え、それに合わせて記念発売だ。

これは嬉しいこと極まりない。
久々の自分にとってのビッグニュース!

マティスは、1960~1990年代に活躍したソプラノで、ドイツ圏のソプラノとしてはトップクラスの美貌、それもどちらかといえば愛嬌のあるルックスが大きな魅力で、初来日時の人気ぶりは今なお語り草になっている。


「とにかくキュートで可愛い!」というのが当時のマティスの大きなインパクト。


若いときはもちろんのこと、歳を重ねていってもその可愛らしさは、相応で兼ね備えているから、まさに理想的な歳のとり方かも?

彼女の声質もとても清澄なところに特徴があって、歌い方も新鮮で、新風を巻き込んだと言って過言ではない。 

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1969年当時のエディット・マティス

もちろん自分はリアルタイム世代を知らないので、後世に知ってずっと憧れていた、そんなディーヴァだった。


1938年にルツェルンに生まれ、ルツェルンの音楽大学とチューリッヒの音楽大学で学び、ドイツ語圏を代表するソプラノ。

在学中の1956年にモーツァルトの歌劇「魔笛」でデビュー。レパートリーは、やはりモーツァルトが中心で、ほとんどの役を歌っている。その他にもバッハを始め宗教曲を得意としている。


マティスのずばり得意とした分野は、ドイツ歌曲や宗教音楽、モーツァルトを中心としたドイツ・オペラの世界。

そこには、イタリア・オペラのプッチーニやヴェルディといった華やかさ、ワーグナーのような力強さのような持ち味はないかもしれない。

そういった点で、メジャーで派手というイメージの歌手ではない。

確かに、いまどきのオペラ歌手のような圧倒的な声量&声色コントロールで、観客を魅せて圧倒させる、というようなこれ見よがしのパフォーマンスはないかもしれない。(たとえば彼女自身、コロラトゥーラは歌えないと言っている。)

でもマティスには、その当時の古き良き時代の奥ゆかしさの魅力がありますね。なんでもウマければいい、というものではないと思います。その当時の時代ならではの品格があると思う。

声に硬質な芯があり、明暗をはっきりさせた楷書風の歌い方なので、ドイツ語のかっちりした響きとぴったり合致する印象があります。テンポを過剰に動かしたり、これ見よがしに技巧をひけらかしたりすることは皆無で、作品そのものを誠実に再現する。


そして40代のマティスはオペラを卒業し、ドイツ・リート(歌曲)をよく歌うようになる。

50歳を過ぎてから歌唱法が変わり、声も表情も明るくなっていく。齢を重ねて声が衰えるどころか、ますます美しくなっているのである。

リートを歌うことの重要性については、マティスは、かつてインタビューでこのようなことを言っていた。

「それと重要なことは、私がリートやオラトリオを非常にたくさん歌ってきたことです。オペラだけの歌手は安定した声のフォルムを維持することが難しいのですが、コンサートで歌うことによって矯正できるのが、大きなメリットです。リートでは、いかに大声で歌いまくるかというのではなく、声楽的にも、解釈においても芸術的な洗練ということをつねに意識しないといけないからです。リートはピアノ伴奏だけではなく、オーケストラ伴奏の場合でも事情は同じです。オラトリオ、カンタータもきちんとしたテクニックの詰めが要求されますからね。」

自分は、この晩年のリートを歌っていた頃のマティスの声が最高に輝いていて、ますます彼女の魅力を大きなものにしていたように思う。

心に浸み入ってくるような深い味わいのシューマンや、ブラームスといった作曲家の歌を聞かせてくれる、そんなリートの奥の深い世界を表現できる、そんな歌手だったと思います。

インタビューを受けるマティスは、語彙が豊富で、明晰な表現、豊かな経験に基づいた話の芯がしっかりしている感じで非常に聡明な女性のような印象を受けます。



以前にも日記にしたかもしれないが、自分にとって、マティスを永遠のアイドルとならしめたものは、シューマンの「女の愛と生涯」。 

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いまは廃盤で、ほとんど中古市場でも目にすることのない大変なプレミア盤。
この「女の愛と生涯」で、これは!という感じで自分の感性を満たしてくれる決定盤はなかなかお目にかかったことがなく、ゴローさんの日記でマティスの存在を知った。

ただこの盤は、全集の中の1枚として組み込まれていて、単売では売られていないものだった。
これを入手するのが大変だった。中古で探し回った。世界のアマゾンや中古ディスク店など。

そうしてようやく見つけた!米アマゾンにあったし、御茶ノ水のディスクユニオンの棚で偶然見つけたときは、思わず手が震えた。

恐る恐るトレイに乗せて出てきた声は、それはそれは、心に浸み入ってくるような深い味わいの妖艶な声で、この曲にかける自分の長年の想いを遂げた気分になったし、十分に満足させてくれた。

いまも宝物である。

それからマティスのディスクを買い漁ろうと、いろいろ調べてみるのだが、これが不思議なことに、じつはほとんどあまり存在しないのだ。いままでの劇場出演の経歴の多さから比較すると、録音が圧倒的に少ないと思う。

ほとんどが廃盤という形で、ほとんど手に入らなかったものが多く残念な想いをしていた。



エディット・マティスは、リートの録音があまり多くなく、一般的にはオペラのスブレット役や宗教曲の歌手というイメージがある。でも彼女はアーメリングやアーリーン・オージェ、ルチア・ポップ、バーバラ・ボニーなどと並び、歌曲演奏の叙情的な側面の魅力を最も開花させたリート歌手とも言われているのだ。

正統派ドイツ・リートにおいて彼女の存在はとてつもなく大きい。

リート歌曲で残されている録音は、このシューマン&ブラームスの歌曲集のみ。(あとはモーツァルトの歌曲集があるかな?) 


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シューマン:歌曲集、ブラームス:歌曲集 
マティス、ワイス


https://goo.gl/tmF9jS

これがじつに最高!

録音当時50台後半とは思われるのだが、彼女の声の美しさはキープされていて、高音から低音まで表現にほとんど無理はない。マティスの魅力が存分に味わえる。



自分の最高の愛聴盤なのだ。このシューマン&ブラームスの歌曲集と、シューマンの「女の愛と生涯」を、NASに格納して、PCオーディオとして、流し再生してよく聴いている。


そうやってマティスのCDが欲しいなぁとずっと恋焦がれていたときに、このビッグニュース!

これは、まさに最高の自分へのプレゼント! 

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エディト・マティスの芸術(7CD)

https://goo.gl/tSvfmr


マティスの1960年代から1982年までの録音を網羅したもので、バッハのカンタータの抜粋と「マタイ受難曲」(カール・リヒター指揮)、「フィデリオ」「ばらの騎士」、有名なカール・ベームとのモーツァルト、カルロス・クライバーとの伝説の「魔弾の射手」録音、小澤征爾とのベルリオーズの「ファウストの劫罰」、ヘンツェの1965年のオペラ「若き貴族」で演じた役など、すべて網羅!

クリストフ・エッシェンバッハとのシューマンの歌曲の全曲録音も含まれているし、また、カール・エンゲルのピアノ伴奏によるヴォルフの「イタリア歌曲集」(抜粋)はCD初発売!


この収録曲のリストを見たら、長年マティスのCDが欲しかったのに、入手できなかったファンにとっては、涙が出て止まらないといったところだろうか。

もう最高のお宝集となること間違いなしだ。

入手したら、じっくり聴き込んで、改めてレビューの日記を書きたいと思っている。


マティスのプロフィールの書かれたサイトの画像を見るとどれもかわいい。
若い頃の写真もかわいいけど、年をとってもかわいいのだ。


マティスは、やっぱり「キュートで可愛い!」。



美しい歌声と恵まれた容姿。自分はもちろんリアルタイム世代を知らないので、こうやって後で振り返って調べて知るだけなのだけど、全盛期の頃に、そのキュートな愛くるしさで人気を博したことが、その写真やYouTubeの画像を見てもとてもよく理解できるのだ。


ちょっとその写真を、ネットからの拾い絵だけれど、オンパレードしてアップしてみよう。

来日した時のソプラノ・リサイタルかな?日本語の字幕が。

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マーラー4番のソリスト・バーンスタイン指揮ですね。
マティスはカラヤンともマラ4をやってます。このときカラヤンが指揮を間違えたことは有名な話です。

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マティスの18番のモーツァルト、フィガロの結婚ですね。
                                                       
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そして晩年ですね。CDのジャケットになってしまいますが、でも歳を重ねてもその上品さが滲み出てきます。
                                                       
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これは、また逆戻りで、1番若い写真ではないかな?
                                                       
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そんなマティスに大きな悩みがあって、歯並びが悪かったのだそうだ。(笑)
こればっかりはねぇ。彼女なりに大いに悩んでいたのであろう。
映像などで顔のアップが映ったりすると、前歯を極力見せないように歌っていたりしていたそうだ。(本当かどうか不明だが。(笑))

それでも50歳過ぎてから、歯の矯正をおこなったようにも思える。
上の画像が、40代の頃。下の画像が54歳のときだそうだ。
(ネットからの情報なので、確かではありません。あしからず。)
                                                       
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それでは、今度は動画のYou Tubeで!
なんか可愛くて美声でアイドルみたいです。

モーツァルトのフィガロの結婚

                                                      


                                                              

そしてバーンスタインのマーラー4番でのソリスト。   

                                                       


                                                               

魔弾の射手 ウエーバー

                                                        


                                                            

また得意の18番のモーツァルトで魔笛です。この演目でオペラ界デビューです。  

                                                       


                                                         

そして晩年でオペラからリートに軸足を移しての映像。R.シュトラウスの歌曲。1991年の映像です。 

                                                       


                                                      

                                                      

現在80歳になろうとしている。いまはどうされているのだろうか。。。?
あの可愛らしい容姿はどんな感じになっているのだろうか?

ネットでググってみると、2009年から2014年にかけて、日本には、公開のプライベートレッスンという形で未来の日本の歌手たちの歌のレッスンをしているニュースが散見された。

そこには、なんと2014年のマティスの近影が映っていた!
(「お耳ざわりですか? 伴奏者 石井里乃の回想さん」のブログから拝借させていただいております。歌手がご職業の方なんでしょうかね?)

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なんと!あの頃のキュートな若々しさは決して輝きを失っていなかった。
あの頃の面影は十分にうかがえた!


いろいろなレッスンでのマティスの教えをピックアップしてみる。

マティスが受講者たちによく言っていたのは、フレーズがどこに向かっているのかを意識して歌うようにということ。つまり、1つのフレーズの中ですべての言葉が同等に重要なわけではない、大切に歌う目的地を目指してアーチを描くように(マティスは"Bogen"という言葉をよく使っていた)歌いなさいというのだ。


「そこでブレスを入れてもいいけれど、本当は入れずに歌う方がもっといいのではないか」「私だったらこう歌うけれど、そうしなければならないということではなく、最終的にあなた自身の歌い方を見つけてください」とも言っていた。

歌手の基本的な弱点を修正すると共に、歌い方を強制するのではなく、こういう方法もありますよとヒントを与えるという穏やかで真摯なマティスの姿勢。

う~ん、ある到達点&頂きに達した人でないと、すんなり出てこない悟りのお言葉・・・素晴らしいのひとことです。


グルベローヴァも70歳で衰えたなどと散々に言われながらも、現役で頑張ってくれているんだから、マティスも80歳でサプライズでステージに立って歌ってくれないかしら?と思ったり。



さきほどの近影を伺うと、決してステージに立っても華は失われていないと強く確信しますよ、ホントに。



どんなに衰えてもファンは嬉しいもんなんです。





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日本イザイ協会 [クラシック作曲家]

自分はイザイの熱心な聴き手とは言えなかった。縁があって、日本イザイ協会の存在を知って、協会主催のコンサートに招待をいただき、先日の土曜日に伺った。

素晴らしかった。

超絶技巧のイザイらしい超難関な曲で、演奏者の方々がじつに大変のように感じた。

見ていて、本当に息をするのを忘れてしまうかのような切羽詰まるような熱演だった。

コンサートのほうは、後述に。

イザイのイメージはヴァイオリニスト&作曲家で、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを強く意識した「無伴奏ヴァイオリンソナタ」がよく演奏され、エリザベート国際王妃音楽コンクールの課題の常連である、ということ。


そう!イザイはベルギーの作曲家なのだ。

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自分の運命の中で、やはりどうしても避けられない、縁のある作曲家なのかな?という意識し始めたのがつい最近のこと。


そこでイザイのことをいろいろ調べてみると、とても興味深いことの連続で、設立されてまだ間もない日本イザイ協会の地道な活動&広報活動に心打たれた。


イザイの曲を聴いたのは、自分でも稀にしかなくて、最近ではアリーナ・イブラギモヴァのイザイの無伴奏ソナタ。

イブラギモヴァは、ご存知、バッハの無伴奏でブレークした人なので、バッハを取り上げたなら、その延長線上にあるイザイの無伴奏を取り上げるのも必然だったと思える。

素晴らしい演奏と超絶優秀録音だった。

彼女の演奏を聴いていても、イザイの曲は、かなり演奏するのが難しいストイックな印象を持っていた。

そんなイザイだが、ちょっと自分のためと紹介もかねて、簡単だが略歴を書いてみる。




ベルギーのヴァイオリニスト&作曲家(指揮者)。


幼少時にヴァイオリンの教育を受けて、ベルギーのリエージュ音楽院に進む。音楽院卒業後、ベンヤミン・ビルゼの楽団(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の前身)においてコンサートマスターを務めるかたわらソリストとして演奏活動を行う。

その後、自分の冠の弦楽四重奏団を設立したり、そして指揮者としても活動した。(シンシナティ交響楽団)

晩年、ブリュッセル音楽院の教授に就任。後進の指導に力を入れた。

没後の1937年からはイザイを記念した「イザイ国際コンクール」が開催され、これがあの有名なエリザベート王妃国際音楽コンクールの前身となった。



イザイは、ベルギーのクラシック音楽界の英雄なのだ。



演奏家としては、イザイというと、とにかく”超絶技巧”といった高い技術と説得力のある表現で有名な演奏家で、作曲家としてもヴァイオリンの作品を中心に残している。

エリザーベト国際王妃音楽コンクールの常連とはいえ、このコンクールで弾かれる「無伴奏」を除いては、未だに演奏機会は少なくて、作品の演奏がおしなべて困難であることもあって作曲活動の全貌は明らかになっておらず、いまだに全集の編纂すらない。


そういった背景もあって、イザイの知名度は、世間一般的には、そう高くはないかもしれないけれど、そんな彼の活動を地道に世に広めていこうという団体が現れた。


北九州出身、在住のピアニストの永田郁代さんが2010年に「日本イザイ協会」を設立した。

協会の本部は北九州にある。そして会長として多彩な活動に奔走している。


「もっとイザイが演奏され、身近に感じられるようになってほしい」と考え、その素地を築くためにこぎ出した。


活動の柱のひとつが演奏会。


地元北九州をはじめ、ブリュッセルとの交流など。若手の演奏家がイザイを演奏する機会もふんだんに与える。そして先日のコンサートでもわかるように関東にも進出!

日本イザイ協会のサイトやページなどを閲覧してみると、今年だけでも、その活動はとても魅力的だ。


イザイの学んだリエージュ王立音楽院図書館を訪問して、イザイの自筆譜の数々が所蔵されていることを報告。その自筆譜複写、イザイによる奏法説明、エチュードなどを協会HPにアップロード。


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(C)日本イザイ協会FB公式ページ



また9月には4日間に渡って、イザイを特集した国際音楽祭がベルギーのクノック・ヘイストで開催された。

音楽ディレクターはヴァイオリニスト・フィリップグラファン。

イザイの弟子ジョセフ・ギンゴールドの弟子で、孫弟子となる彼は、内容の違う1日2回コンサートとマスタークラスをおこなって、感動的な演奏で全ての聴衆を魅了したそうだ。そんなリアルな現場レポートを写真付きで日々アップしていた。


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(C)日本イザイ協会FB公式ページ


秘密のベールに包まれたイザイの情報を、こうやって現地ベルギーに赴いて、生まれ育ち活躍したその地から直に取得して、貴重で生々しい情報を報告する、そんな組織など、いままでになかったであろう。協会としての存在価値、存分にフル回転している。


特に自分が、興味を惹かれたのは、イザイの自筆譜。


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(C)日本イザイ協会FB公式ページ



ピアニストの永田さんがイザイにのめり込むようになったきっかけが、2010年に東京で企画したショパン200周年記念公演。

ピアノ曲で有名なショパンだが、永田さんは趣向を変えてみて、室内楽作品を演奏できないか、考えた。

適切な曲がなかなか見つからず、母校の桐朋学園大の同窓会などを通じて、ほうぼう探したところ、米議会図書館に、ショパンの「バラード第1番」をヴァイオリンとピアノの二重奏に編曲した楽譜が残されているのが分かった。


その編曲者こそ、イザイだった。


イザイによる自筆譜は、判読不能な箇所も多く、すぐ演奏に使える状態ではなかった。

それを永田さんは校訂作業を進め、手がかりを求めてイザイの遺族に会うなど手を尽くすうちに、魅力あると確信してのめり込んでしまったらしい。


「個人でいくら叫ぶよりも、組織を作って普及させるのが、1番の道。」

と協会設立に至った。


協会の役員の名前を拝見すると、さすがスゴイ。
永田さんへの信頼関係の深さ、そして血と汗の努力の結晶の跡がうかがえる。

名誉顧問としてイザイの遺族。そして自筆譜校訂に携わった徳永二男さん。その他、自分が存じ上げている演奏家の方を拾ってみても、木野雅之さん、小林美恵さん、渡辺玲子さん、江口玲さん、三舩優子さん、川本嘉子さんなど蒼々たるメンバーが顧問として名を連ねている。(もちろん小森俊明さんなどイザイ研究に造詣の深い見識者の方々なども多数。)

そんなつい最近設立されて間もない日本イザイ協会の存在、活動を知って、知名度があまりない、世間のみなさんがまだあまり着目していない、そこに、これからの可能性、開拓心を強く感じたのである。

先日行ってきたその日本イザイ協会主催のコンサート。

日本イザイ協会特別企画第1弾として、「向山佳絵子+伊藤悠貴 チェロ DUO リサイタル」が、かつしかシンフォニーヒルズのアイリスホールで開催された。

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ここのホールははじめて体験したが、とても品格のあるセンスのいいホールだと思った。
内装空間がとても美しい。響き過ぎでもなく、デッドでもなく、中庸な趣きの室内楽向きのホールだと思った。

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イザイは、ヴァイオリンだけでなく、幼少の頃は、チェロも習っていた。今回はそんなイザイのチェロに纏わる演奏会であった。

バッハ、イザイの無伴奏チェロの曲の定番はもちろん、バリエール、ポッパー、そしてパガニーニのモーゼ幻想曲など、ほとんどあまり耳にしたことのなかった無伴奏チェロの曲を聴けたのは貴重な体験だった。

選曲は、向山さん中心に進められたようだが、特に最後のパガニーニの曲は、ウルトラ超難関の超絶技巧の曲をチェロ2本で奏でる、という思わず唸らされる、見ていて、本当に心臓が痛くなる感じで、ブラボーの一言。まさに演奏者泣かせの曲だった!

向山さんがスゴイのはもちろんのことだが、伊藤悠貴さんの演奏をはじめて拝見した。

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輝かしいプロフィールに、女性に人気の出そうなイケメンで、スピーチを聞いてもとてもナイスガイ、言うことなし(笑)。

そして演奏も切れ味があって弾力性のあるパワフルな演奏スタイル。来年2018年にはロンドンのウィグモアホールでのリサイタル・デビューが決まっているそうだ。

期待のスターですね。


来年は、イザイ生誕160年。素晴らしい記念行事イヴェントも期待できそう。

来年も東京文化会館の小ホールで、この日本イザイ協会特別企画第2弾のコンサートが決まっているそうである。さらに本格的なイザイのコンサートになる。楽しみである。

自分にとって、予想もしなかった出会いであるが、これをきっかけに注目、勉強していきたい作曲家と思ったのである。


日本イザイ協会は、HPやFBの公式ページで拝見することが出来ます。


日本イザイ協会  http://ysayejapan.com/








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世界の朝食を食べさせてくれるお店 フィンランドの朝ごはん [グルメ]

フィンランドはサンタクロースが住む国。いまの季節にぴったりだ。ちょうどその絶好のタイミングでフィンランドの朝ごはんを特集してくれた。またフィンランドは、ムーミン発祥の国でもある。自分にぴったりだ。(笑)

ムーミンに出てくる彼女であるノンノンからハンドルネームをもらった。(いまはノンノンではなくフローレンらしい。)

飯能にムーミンパークセンターができるらしいので、ちょっと冷やかしに行ってみたいと思っている。

フィンランドの夏は短く白夜となって夜遅くまで明るく、逆に冬は長くて一日のほとんどが夜になる。短い夏を出来るだけ楽しむ、そして長い冬を快適に過ごす、というのがフィンランドの人たちの生活の知恵だそうだ。

そんなフィンランド人の朝ごはんを紹介する。

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寒くて小麦がよく育たないため、寒さに強いライ麦が作られていて、朝ごはんにはライ麦で作ったパンを数種類食べる。

今回の朝ごはんの主食は、「カルヤラン・ピーラッカ」。フィンランド人の国民食なんだそうだ。
写真の一番目立つ2枚からなるもので、ミルク粥をライ麦の生地で包んだパイに卵とバターで作るムナボイをのせていただく。

ミルク粥はほぼ無味、ライ麦の生地パイは固くて、その上に乗っている卵とバターから成るムナボイが唯一の味付けアクセントになっている感じ。日本人の味覚からすると、とても不思議な食感。



この連載をやってきて、もうだいぶ経つけれど、思うのは、やはり日本人が美味しいと思う舌の味覚と世界の国々の人の舌の味覚と随分違うもんだよなぁ、と感じること。

自分の好みに合わないからと言って、美味しくないとは書けないし、そこは舌の価値観&慣習の問題。”不思議な食感”としか書きようがない。

やっぱり塩味、脂っけ、化学調味料、そして日本の調味料キラーと言っていい”醤油”。こういう濃い味を美味しいと思っている国民性なので、こうやって世界の朝ごはんを食べてきて思うのは、みんな自然食、自然の味付けで健康食だという印象が多いかなぁ。世界の朝ごはんは、カロリーは随分低いんじゃないかな、と思うよ。


ワンプレートには、その他に、クリスマスシーズンによく食べられるビーツと根菜のサラダの「ロソッリ」やサーモンの塩漬けやチーズが盛り合わせられた。これは普通に美味しかった。


そしてフィンランドのデザート、「パンヌカック」。

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これは激うま!だった。

オーブンで焼いて作る四角いフィンランドのパンケーキで、ベリージャムとホイップクリームつき。
パンケーキはホワホワでスポンジケーキみたいで、それとジャム&クリームの相性が抜群。

これは最高でしたね。


フィンランドは、音楽旅行ではなく、ぜひ観光だけで行ってみたい国。
やっぱり夏が素敵かな~。

そんな想いを馳せるひとときであった。





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早稲田大学 1ビット研究会 [オーディオ]

早稲田大学で、年2回開催される「1ビット研究会」。

今回で16回目ということなので、8年目ということだと、スタートは2009年ということになる。意外と新しい歴史なんですね。

今は教授の職を定年退官されたのだが、早稲田大学でデルタシグマ(ΔΣ)を含むさまざまな研究をしている山崎芳男先生という方がいらっしゃる。その山崎先生が早稲田大学を中心として、「1ビットオーディオ研究会」という組織を作った。

この「1ビットオーディオ研究会」は、年に2回「1ビット研究会」という研究発表会を開いていて、一般の人も聴講できる。

発表会に「オーディオ」の文字が入らないのは、現在の1bit(ΔΣとその他の1bit技術を含む)技術はオーディオに限らず、組み込みマイコンのA-Dコンバータや、電波の変調など様々な分野に応用されているからだ。


この日も、山崎先生はパネラーとして登場された。

どのパネラーの方も、必ず山崎先生のことに言及して、敬意を表する感じなので、最初、山崎先生って何者?(笑)という感じで、後で帰ったらネットで調べてみようと思い、そういうことだ、ということを認識できた。

この世界、いかに自分が狭い世界、見識なんだろう、ということだ。(笑)

今日開かれたのは、早稲田大学 理工学部の西早稲田キャンパス 55館。

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ちょっと話しかけてみたが、大学生って、本当に初々しいし、世間の荒波を生きてきた自分にとっては、なんと純粋な生き物なんだろう?と思った。話したら、わかるのだ。社会に出て30年生きてきたのは伊達ではないと思ったよ。(笑)

会場は、第1会議室。

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きちんとデモの準備もされていて、否が応でも期待が高まる。

プリもパワーもアキュフェーズだ。プリの上に、USB-DACがちょこんと乗っている。1bit再生で使うDAC。DSD11.2MHzまで対応できるRMEのADI-2 ProというDAC。いま個人的に、もうひとつ欲しいDACなのだ。


1ビットオーディオに関しては、自分の頭は前職時代に接していた1992~1999年あたりの技術でまったく止まっているので(笑)、その後世の中どのように変わっているのだろう?ということで興味津々だった。

正直、1ビット信号処理そのものの進歩というよりは、その世界はあくまで変わっていなくて、その1ビットを応用利用した研究、製品紹介など、どちらかというと応用分野が盛んなのかな、という印象を抱いた。


13:00~18:00という長丁場であったが、受けてみた印象は、全然ハードでなく、かなり面白かった。時間が経つのがあっという間だった。

これなら年2回なら定期的に受講してもいいな、という印象だった。

今日の発表テーマは、下記の通り。


(1) 国内オーディオ市場の現状とハイレゾを含むオーディオ協会の考え方
  校條亮治 (一般社団法人 日本オーディオ協会 会長)

(2) 高速1ビット伝送技術の応用 ~リアルタイム伝送と J アラート~
  山﨑芳男 (早稲田大学名誉教授 / 東京都市大学教授)

(3)「PrimeSeat」における世界初 11.2MHz / 1bit ライブストリーミング配信
  大石耕史 (株式会社コルグ 執行役員 / 技術開発部 部長)
  冨米野孝徳 (株式会社インターネットイニシアティブ 経営企画本部 配信事業推進部 担当部長)
  西尾文孝 (同社 経営企画本部 配信事業推進部)

(4) 高速 1bit 信号を用いた大規模三次元音場再現システムと身体的音空間知覚研究
  池田雄介 (東京電機大学)、山中悠勢・久世大 (元早稲田大学)、竹内大起・及川靖広 

(5) 津田塾大学&早稲田大学で教えている音楽理論の面白さと、新レーベル設立について
  麻倉怜士 (オーディオビジュアル評論家、津田塾大学 / 早稲田大学講師)


自分は、(3),(5)狙いだった。(4)が学術的に基礎研究分野という感じでためになるかな、という期待だった。しかし予想を超えて全部面白かった。

では、(3),(5)を中心に各テーマについて、簡単に印象も踏まえて述べてみようと思う。

(1) 国内オーディオ市場の現状とハイレゾを含むオーディオ協会の考え方

マーケティングの話ですね。こういう話に接する機会もあまりないので、いま世の中がどのようなマーケット市場になっているのか、ハイレゾという切り口で説明するのは面白かった。

自分は正直オーディオ協会というところは、お役所的な感じで、あまりいい感じを持っていないのであるが(やっぱりこの世界は、現場が重要。)、こういうまとめ的見解では、彼らの存在意義、長所が際立つと思いました。

校條会長自ら登壇された。

いまのオーディオマーケット。

* ヘッドフォン、イヤフォンのインナーカテゴリーは成長したが、正直頭打ち状態。
* 据え置き型カテゴリーは、一定化しているが、CDプレーヤーは終息方向。
* アナログプレーヤーは急激に伸びていて、マスコミによるアナログブームという報道もあるが、
 正直コンテンツ不足の感否めない。意外に伸び悩み。

 新譜が少ないし、まっ国内でもプレス工場も少ないしね。(ソニーがアナログプレスを開始した
 ニュースがありました。)

* カーオーディオのマーケットはデカい。5411億。車の中って意外とオーディオマニアの視聴室に
 なっている。

* ライブ(演奏会)は、この10年間全く落ちていない。ライブは絶好調。

* ハイレゾの定義について。

オーディオ協会として、2014年6月にハイレゾ世界発信をした。

最初、CDより上のスペックはみんなハイレゾで、なんじゃそれ?(笑)という感じだったが、いまは大分その行先が固まりつつある。

次世代デジタルオーディオのスペックとして、192/24でやれ!でも96/24でも可とする、だそうだ。ダイナミックレンジを決める値である量子化ビット数は、もう16bitはあり得なくて、24bitは必須条件。

でもプロユースの世界では、もう32bitの時代が着々と来ているんですけどね。

ハイレゾで良い音を求めるには、録音(マイクの性能含め。)から見直さないといけない。→当然です!

自分はオーディオマニアの端くれだが、昔から、Hi-Fiという言葉は、かなり違和感、抵抗感があった。古臭い言葉という感覚がして、時代遅れのような感じがするのだ。オールドファンの方は、いまだにHi-Fiという言葉をよく使われる。(ゴローさんも使っていた。(笑))

その「Hi-Fiの定義」というのは、オルソン博士によって作られたものなんですね。初めて知りました。
 
予想以上に面白かったです。こういうオーディオのマーケティング情報は定期的に聴きたいですね。でも車載機器メーカーに勤めている者からすると、カーオーディオのマスがデカいというのは意外。ウチの社内の常識では、ナビは、まだ余地はあるが、カーオーディオは安定期でもうやることがなくて、成長が見込めない分野という認識なんですけどね???



(2) 高速1ビット伝送技術の応用 ~リアルタイム伝送と J アラート~

山崎先生登壇。(笑)

昨今の北朝鮮問題で、現実味を帯びてきた弾道ミサイル問題。Jアラートの存在は、ニュースで知っていたが、実際どんな音なのか?は聴いたことがなかった。(ニュースではやっていたみたい。)

まずその音を聴かせてもらった。

なんとも不気味で、不快で異様な音。

この告知音、警告音であるJアラートに1bitを導入したのだそうだ。
KDDIのサーバーを介したリアルタイム伝送実験に成功したそうだ。(東京~ハワイ)

このJアラートの音って、じつは様々な周波数の音の複合音(いわゆる和音)で成り立っているんですね。

要は、一般市民の聴覚能力って、年齢によって、様々な周波数帯域を持つので、その全員に音が行き渡るように、いろんな周波数の音を混ぜている。

基本波形は、のこぎり波、三角波、そして矩形波、これらを1bitにして、様々な周波数の音を加算して作る。

1bitの波形は、まったく驚かないのだが、それをいままで静止画で見ていた訳で、実際PCの画面上で、横方向にそのパルス幅がリアルタイムで変わっていく瞬間、つまり動いている1bitの波形を観たときは、ちょっと感動しました。(笑)



(3)「PrimeSeat」における世界初 11.2MHz / 1bit ライブストリーミング配信


自分にとっての今日のメインテーマ。もうメディアを通じて内容は、よく知っていたので、特に新しいニュースはなし。まっ1ビット研究会の場での確認会の意味もありましたね。



奥のほうから西尾さん、大石さん

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右から冨米野さん、大石さん
                                                       
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この方々は、まさにこのプロジェクトのキーパーソンなのだ!

ベルリンフィルハーモニーで開かれるベルリンフィルの演奏会を、DSD 1bitで配信しようというプロジェクト。IIJの配信ネットワークを使う。

IIJは、日本の総合的なネットワークソリューション提供会社の先駆者だが、現IIJ会長の鈴木幸一さんは、いまやすっかり上野の春の風物詩となっている東京・春・音楽祭を自分のポケットマネーで開いたこの音楽祭の創始者でもあるのだ。

クラシック音楽への造形も深く、毎年の東京春祭の企画にも参画している。

いままでは、DSD5.6Mで配信していたが、今回のセールスポイントは、世界初のDSD11.2Mでのライブストリーミング配信。最低限でも25Mbps、安定再生で、50Mbpsのビットレートが必要なブロードバンド・サービスで、IIJのネットワークをふんだんに使う。


これが、そのシステム図。

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ベルリンフィルハーモニーでの演奏データを、いったんロンドンにあるIIJの支社に送る。ロンドン~日本の間には、IIJのぶ太っといバックボーンネットワークがあって、この部分は、IIJとしては、いろいろ細工をし易いということもあって、ここを使う。

だからベルリンからいったんロンドンに送って、そこから日本に送るというネットワーク。

このベルリンからの演奏データをインターネット形式に変換するエンコーダ(PrimeSeat  Broadcaster)を今回新規開発した(KORG開発)。

このDSD11.2M配信の技術のポイントは、次の3つにある。

1.エンコーダ(PrimeSeat Broadcaster)
2.プレーヤ(PrimeSeat)
3.IIJ配信ネットワーク

工夫したポイントとしては、11.2Mのストリームだけではなく、5.6MやPCM 96/24のストリームも作って、その3本の複合ストリームを提供できるようにしたこと。

さっそく、DSD11.2Mのライブストリーミング配信の音を聴かせてもらう。
ハイティンク指揮ベルリンフィルで、ブルックナー9番。


う~ん、確かにワンポイントで録った典型的な音の聴こえ方がする。
指揮者のちょうどすぐ後方にワンポイント・ステレオマイクを配置して、そこから全体を俯瞰したような聴こえ方。

だから木管以降の金管や打楽器は音が遠い。

いやその部分だけではなく、全体的に、やはり音が遠い感じがする。
定位感が乏しいというか、フラフラしている感じで重厚感・安定感がない。

これは普段、自分の聴くオーディオのクラシックの音が、典型的なマルチマイクのセッション録音でエンジニアが十分に調理をし尽した録音が多いからなのだと思う。

その差がはっきり分かる。

DSDライブストリーミングは、

ワンポイント録音。
ミキシングなどの調理はいっさいなし。

を基本としている文字通りリアルなライブストリーミングなのだ。

だから聴いていると、とても薄化粧のサウンドのように聴こえる。普段自分が聴いている音がいかにきっちり空間バランスがとれた厚化粧のサウンドであるか!

DSD11.2Mであるが故の鮮度感やリアルな気配感の向上は確かに感じられる。
大きな躍進ですね。


自分は、かねてよりじつはこのライブストリーミングで大きな疑問点があった。
ふだん自宅で、このPrimeSeatを聴いているときに、それは感じることであった。

それはPrimeSeatのハイレゾストリーミング音源には、ベルリンフィルアワーと言って、ベルリンフィルから提供されている定期公演の音源と、アムステルダム・コンセルトヘボウで演奏されているRCO(ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団)の定期演奏会の音源がある。

ベルリンフィルのほうは、彼らの自主組織であるベルリンフィル・メディアがやっていて、RCOのほうはポリヒムニアがやっている。

ベルリンフィルの音源のほうは、PCM 48/24、RCOのほうは、DSD5.6M で聴いている。

どうもベルリンフィルの音源のほうが、鮮度感も高く、音がすごい良く感じるのだ。やたらと音がいい、という感じ。PCM 48/24なのに、ここまでよく聴こえるとは!という感じだった。特にホール内の暗騒音の聴こえ方が全然違った。定位感もこちらのほうが抜群にある。

これは日記でも公開せず、自分の中で永らく伏せていた事実だった。その理由は、自分でその違いを理論づけることができなかったから。

でもこの日、彼らのプレゼンを聴いて、その原因が理解できたのだ。


それは、この部分だった。

Digital Concert Hall用音声(デジタルコンサートホール用音声)

ステージ上に配置された約60本のマイク(具体的には天井から60本を吊るしている)の位置を調整して、デジタルコンソールでミックスして制作。 ~HD映像とのマッチングを意識したクリアな音像と定位


PrimeSeat用音声

1F客席最前列上方に設置した1対の無指向性マイク(ゼンハイザーMKH8020)のみを用い、マイクの位置、間隔、角度を調整しダイレクト収録。 ~コンサート会場の空気感と音場の再現。


これですべてがわかったような気がした。

DCHの音は、マルチマイクでエンジニアによる調理の音なのだ。PrimeSeatは純粋なワンポイントで、調理いっさいなしの音。

PrimeSeatのベルリンフィルアワーの音源は、元々はDCHの音源を、PirmeSeat用のPCM 48/24のストリームとして音源を作り直しているのだ。

だからベルリンフィルの音源を聴くと、やたらと音がよく感じるのは、マルチマイクで調理された音を聴いているからなのだと思った。RCOの音源のほうは、純粋なPrimeSeat用に造ったワンポイント録音、調理なしの音なのだ。

そこに差があった。ようやく自分が永らく伏せていた事実を理由づけることが出来た。納得いった!

これは別にマルチマイク・調理あり、がいい、ワンポイント・調理なし、がいい、という優越論の話をしているのではない。もうこれらの手法がそれぞれで、異なった価値観を持っているということ。優劣の次元の話ではないのだ。(好き嫌いはあるかもしれない。)

だから、ふだん自分が聴いているのは、マルチマイク・調理あり、の音が圧倒的なので、そこに親近感がわいただけに過ぎない、ということだけだと思った。

PrimeSeatのDSDライブストリーミングは、やはりコンサート会場の雰囲気、ライブ感を感じてもらおう、というところに主眼があるので、そこに彼らの目的があって、それが十二分に達成されているレベルだと感じることしきりなのだ。

こちらが、今回のIIJ配信システム、エンコーダ(PrimeSeat Broadcaster)、プレーヤ(PrimeSeat)のデモ機の展示。

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あくまで、これは勝手な自分の妄想に過ぎないけれど、彼らは近い将来、スゴイことをやってのけて、公表をすると確信しています。

お楽しみに!(笑)



(4) 高速 1bit 信号を用いた大規模三次元音場再現システムと身体的音空間知覚研究

この分野は、1番学会らしいアカデミックな内容だということで、期待していた。
ただ、どうなのかなぁ?プレゼンターが、ちょっと不慣れな感じ。プレゼン資料の作り方がイマイチ洗練されていない。やたらと文字が多いし。

絵や図を多く使って、なるべく文字を使わない。一見みただけでわかりやすく!というプレゼンの基本が成り立っていないような気がした。

自分のような社会人生活30年もやっている社会人からすると、こういうプレゼン資料は、完璧NG!という感じだった。

内容は、SPを高速1bit信号で、直接駆動すること。それをかなり膨大なマルチチャンネル数のSPを配置して、3次元の音場を作ろうという内容だと理解した。

まだ、お金がかかり過ぎて、商品化レベルまで落とし込めていない現実的でない基礎開発レベルのテーマだと感じた。



(5) 津田塾大学&早稲田大学で教えている音楽理論の面白さと、新レーベル設立について

AV評論家 麻倉怜士さんの講義。

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まさに引く手あまたの超人気者で、毎日世界中を飛び回っている麻倉さんだが、いままでの技術論的なテーマではなく、ちょっと変わった毛色の内容を披露してくれた。

それは、「音階、調、コード進行」についての音楽理論についての紹介。
これは普段、麻倉さんが勤めている津田塾大学や早稲田大学で教えている内容でもある。

特に今年に入ってから、1月から6月に渡って、「ビートルズのコード進行」について研究をなされていて、それも紹介してくれたのだが、その見識の深さには舌を巻いた。

いろんな音階、調性、転調、そしてコード進行の話をしてくれるのだが、その説明には、電子オルガンを実際自分で弾いてみて、説明する、という手法。

心底、驚いたのは、麻倉さんのピアノのレベルがかなり高いということ!
かなりの腕前!うまいなぁー、やるなーという感じで、驚いてしまった。

これだけうまいと、このテーマの説明にも説得力が出ますよね。

そうして、もうひとつのニュースとして、ついに自分のレーベルである「UAレコード」を設立する、ということ。

目的は、「厳選した演奏家のパフォーマンスを、最上段のクオリティにて音楽制作すること」なのだが、それは表向きの建前。

ぶっちゃけ本音トークは、オーディオ評論家をやるからには、結局自分の音源を持たないとダメということ。このSPは低域が足りないと言ったら、そのリファレンスの音源を自分が持っていないといけない。

どうも本音はそこにあるようだ。

コンプレッサーやりません。
イコライザーかけません。
継ぎ接ぎしません。
一発録り。

これがモットーだそうです。(笑)

さっそく近日中に発売される第1段のデモディスクを聴かせてもらったが、なかなかのレベルであった。高域を強調したヴァージョン、低域を強調したヴァージョン、そしてこれに落ち着きました、ってな感じでデモしていました。

でも、偉いと思います。普段毎日、超多忙な身でありながら、自分のリファレンスの音源を持つべく、自分の新設のレーベルまで作っっちゃうというのは、行動力抜群だと思います。

頑張ってください!


以上が、1ビット研究会初体験の内容。なかなか内容も充実して、面白かった。

あっという間の5時間だった。

まっこれに味をしめて、次回も楽しそうであったら、参加してみたいですね。






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ひふみんを侮るな! [雑感]

将棋の加藤一二三さん、引退後、いまや「ひふみん」と呼ばれて、すっかりシニアタレント扱い。(笑)


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確かに加藤さんは、真面目で、寡黙な棋士達の集まりである将棋界では、昔から、ちょっと変わった人という感じもあり、ある意味「キャラが立つ」存在で、引退後にそういうところに着目して、いわゆる業界向きではないか、ということで、そのキャラをいい方向に強調しようというメディア業界の意図が見え隠れするように自分には思える。


将棋界の歴史で、もっとも現役生活が長かった功労者でもあり、その輝かしい戦歴もさることながら、ちょうどそのときに話題の藤井聡太四段の登場で、自身の引退とも重なり、新旧世代の交代を大きく、国民の眼に植え付けるタイミングの良さもあったのだろう。


でも自分には、いまの加藤さんの姿は、とても信じられないんだよなぁ。


加藤さん自身、たぶん意識しているところもあるはずで、そういう自分のイメージを意識的に作るような演技をしているように思えて、見てて正直痛々しいのだ。(笑)


当時から変わった人だったけれど、いまのCMで見たり、はたまた「ひふみんアイ」でCDデビューとか、いわゆる面白オジサンキャラで必死に自分を売り出す姿を見ていると、とても自分には痛々しい。


いまの人は、じつは加藤さんは、本当はじつにスゴイ人だったんだ、ということを、どこまで知っているのかなぁ?と思ったりするのだ。加藤さんの過去を知らないいまの人が、いまのキャラを見て、とても優しくて、かわいい老人キャラってな感じで、見ているんだろうなぁ・・・とか。


また引退後、自分を支えてきた家族への感謝を第一にした美談などで、優しい性格(これは昔から一貫した素晴らしいところです。)などがそのキャラ作りに拍車をかける。



人間ならば、誰しも人生のうちで最も活躍する、最大に輝いている、ある意味尖っている時期というのがあって、それを過ぎた後の、晩年の自分の立ち位置、イメージ造りというのは、やはり人生設計で考えていかないといけないところ。


いまの加藤さんを観ると、そんな人生の刹那を感じたりする。

もちろん、まだ始まったばかり。このイメージ作り、大成功で、華開くかもしれない。


自分も、それを願っている。


自分は小学生の頃から、将棋を嗜んでいたので、将棋界の変遷の歴史はよく知ってきているつもり。


自分の加藤さんのイメージといえば、まさにこの写真の頃。


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将棋界は、自分が物心ついたときは、升田幸三×大山康晴時代から、そして中原誠×米長邦雄の時代に差し掛かる時代。まさに大山時代から中原時代に移り変わる時代だった。


自分の世代では、升田×大山時代は、ちょっと昔の人で、自分のリアルタイム世代といえば、中原×米長時代だった。


中原誠名人の大ファンだった。


中原誠、大山康晴、米長邦雄、そしてそこに加藤一二三が入ってくる、という力関係の図式だった。

自分にとって、加藤さんの存在が圧倒的に輝いて見えたときは、中原名人が名人戦九連覇を成し遂げて、十連覇を成し遂げるか、というときに、当時の加藤一二三十段が挑戦者になり、名人戦史上稀にみる大激戦名勝負を繰り広げ、中原さんの十連覇を阻止したときだった。


名人位といったら、中原さんしかとてもイメージ湧かなくて、九年間もそうだったので、そこに加藤一二三名人誕生になったときは、かなり違和感と悔しい思いをしたことがある。


中原ファンとしては、加藤さんの存在は忘れようにも忘れられない人だったのだ。


名人戦というのは、普通七番勝負、先に四勝したほうが勝ちだ。でもこの戦いは持将棋に千日手2回と決着がつかない戦いが3回もあって、全部で十戦も戦ったのだ。名人戦のようなタイトル戦は、普通は旅館などを貸し切ってやるものなのだが、ここまでもつれるとは誰も思わず、旅館の予約が出来ず、最終戦は、ふつうの将棋会館でやる羽目になったのだ。(笑)


その最終戦も深夜におよぶ大激戦で、最後に加藤さんが中原さんの玉の詰みを発見した時は、思わず「ひゃあー」という寄声を上げたことは有名な話だ。


その大激戦だったその中原×加藤の第40期名人戦。


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1982年だったから、自分が高校3年生のときだったな。いまから35年前。鮮明に覚えているよ。

加藤さんがまさに勝負師として最高に輝いていたとき。


そんな時代を知っているからこそ、昨今の「ひふみん」ブームで、ある意味作られたイメージ作りに、自分は違和感を覚えるし、そんな演技している加藤さんを観ると、まさに痛々しいのだ。(笑)

 


でも思うのは、加藤さんの心の中には、やはり勝負師として生きてきたうえで、ここは引けないボーダーラインというのは必ずあるのではないか、と思うこと。


ひふみんキャラを演じていても、その線引きは絶対あるはずと自分は確信している。


「9」という数字は、つくづく因縁のある不吉な数字なんだな、と思ったのもそのとき。
この中原名人の十連覇ならず、そしてONこと王・長嶋の巨人10連覇ならず。そして後世知ったことだが、クラシックの世界でもベートーヴェンやマーラーのように第9番まで交響曲を作曲して、第10番を作曲しようとすると、みんな命を落としてしまう、この数奇な運命。


「9」という数字には、なにか強いそのような運命が隠されているんだな、とつくづく思う次第である。


加藤さんの棋歴はすぐに調べればわかるし、将棋にあまりに興味のない人はチンプンカンプンだと思うが、とにかく加藤さんはスゴイ人だったのだ。


その全盛期をリアルタイムの同世代に生きてきた自分からすると声を大にしてそう言いたい。


中原時代から谷川浩司、そしていまの羽生善治あたりからはもう完全に感情移入できなくなった。
そして将棋界から疎遠になった。


この感情移入できない、というのは重要なポイントで経年になるにつれて、避けられないことだと思っている。人間って、自分のもっとも感情移入できた時代のヒーローがいて、それが経年で、つぎからつぎへと新しい世代のヒーローが出ても感情移入できないのだ。自分の時代のヒーローを超えることはない。


いまの自分のクラシック演奏家やオーケストラについても言えるかもしれない。現在縁があって知り合えた演奏家の方々は、自分の運命の中で不可避の赤い糸で結ばれていて、なるべくしてなって知り合えた訳で、それを超えることはないと思う。


アラベラさん!とか追っかけしているけど、クラシック業界も世代交代が進んでいき、どんどん出てくる若い世代にどうしても自分の感情が追いついていけない、そんな自分を感じるのである。


自分が感情移入した時期のスターはその後超えられないものなのだ。

歳なんだ、と感じるとき。


音楽評論家の方は、そういう点で、大変な稼業だと思います。(笑)


加藤一二三さんは、クラシックについても造詣が深いようで、最近、クラシック関係でインタビューを受けることも多く、自分の視野にちょくちょく入ってくるようになった。まさかあの頃の加藤さんが 数十年後に、自分の目の前に、クラシックという切り口で現れるとは思いもよりませんでした。


「ひふみん」のイメージでもいいです。(笑)


見事に華開いて、第2の人生を謳歌され、今後もご活躍されることをお祈りしたいです。







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