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水戸からの帰還:大雪狂騒曲 [雑感]

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大野和士さんがはじめて水戸室を振るということで話題だった第86回の水戸室定期公演。2/13(日)と2/14(月)の両日に水戸芸術館で開催された。 都心から水戸に行く自分にとって、13日は夜の公演なので、水戸に一泊せねばならず、必然と14日の昼の公演を選んだ。ところがこの決断が、結局、後で大変なことになってしまった。

なぜ大変だったか、というとご存じの通り、私の行った14日の日は、10年に一度の関東での大雪にぶつかってしまったからだ。自分の家から水戸に行くときは、そんなに天候は悪くなくて、曇り空だった。そして水戸に着いて公演が始まる前から、みぞれ模様になって、携帯でmixiをのぞいたら、つぶやきで関東が大雪で大変なことになっていることを知った。でも自分が帰るときにはどうにかなるだろう、とタカをくくっていた。

公演が終ると急いでバス停に向かって、運よくバスもちょうど来たところで、すぐに飛び乗って、あとは水戸駅に着くばかり。このまま順調に帰れるものだ、と安堵した。そして16:27発の常磐線の特急あずさに乗り込んだ。特急だと終点の上野まで1時間で着く。もう安心だ。

ところがいつまで経っても発車しないのである。あぁぁぁ、雪のせいかな、と思った。自分はセコイので、指定席を買わず、自由席だったので、おかげで自由席は満席なので立たないといけなかった。最初の頃の車内アナウンスでは雪のせいで遅延する、ということを言っていたので、やっぱりと思っていたところに、今日は特別に、指定席の通路も開放する、とアナウンスされた。私は急いで、指定席の車両に行って、本来なら通路だけなのに、指定席はガラ空きだったので、空いている席に座ってしまったのだ。まだ当分動きそうになかったので、立って待っているのは辛いのである。車掌さんが点検に来た場合は、とぼけようと思っていた。(笑)

いつまで経っても動く気配なし。そのうち車内アナウンスで、北千住駅で電線が断線してしまい、復旧作業で時間がかかる、とアナウンスが入る。復旧作業が終わるのは20:00くらい、と言う。ぬぁ~にぃぃぃ~!いま17:00である。途方に暮れてしまった。

この時間帯をどうやって過ごそうか.......、なんと悲しいことに携帯の電池が切れてしまった。もうmixiを見たりして情報収集することもできない。唯一救いなのは、携帯音楽プレーヤーのiPodがまだ電池が大丈夫だったことだ。ひたすら音楽を聴いて過ごしていた。

でも20:00になっても動く気配なし。同じことを繰り返す車内アナウンスに多少苛立ちを覚える。「お急ぎのところご迷惑をおかけして申し訳ございません」という口調が機械的に聞こえて魂が籠っていないと感じるのは私だけだろうか?そのうちiPodのバッテリーも切れて、音楽も聴けなくなった。まさかこんなことになるとは思ってはおらず、本も持ってきていない。本当に無我の世界なのである。なにもすることがない。妄想しかない。(笑)

断線の復旧作業が終わったのが21:00くらいである。ようやく水戸を発車した。やはり外の景色が動いていると、進んでいるんだ、という感覚になってストレスが少なくなる。ところが、今度は頻繁に各駅停車で、しかも一駅の停車時間がべらぼうに長い。

要は各駅に電車が留まっていて、玉突き状態なのだという。かなりのストレス。だんだん夜の0:00に近づく。心配は上野に着いたときに都内の電車が終電で家に帰れないのでは、ということに移った。でもJRや私電も気を利かして、終電を遅くしてくれるのでは?という期待を抱いていた。でもそんなに甘くはなかった。(笑)

結局、上野に着いたのは、夜中の1:00である!結局車内での缶詰時間8時間強である。急いで山の手線に飛び乗った。そうしたら車内で山手線最終電車だという。しかも終点は池袋。(笑)東横線の渋谷に行きたい私にとってあまりに遠い。この時点で帰宅難民を覚悟した。池袋でホテル宿泊かなぁ、という想いがよぎる。

しかもホテル宿泊だと、明日会社に行くのに、朝定時は間に合わない。携帯も電池切れで会社の電話番号もわからない。結局無断欠勤?という想いが強くなる。(笑)

このザマを見てJRも特急券は払い戻しをする、という。当たり前だろ。(怒)
池袋の改札で、私と同じ境遇の人たちによる長蛇の列に並んで、なんのアテもなく、ただ呆然としていたとき、私はあの3.11の東日本大震災のときの帰宅難民だったときを彷彿してしまった。不可抗力とは言え、かなり空しい。

雪が降っているので、かなり寒い。この寒空の中、池袋でうまくホテルを探せるだろうか?めちゃめちゃ不安になった。

改札を出たところで、私と同じ境遇の人達がたむろっている。そこでふと見ると、その中で駅員とあともうひとり仕切っている人がいる。客に対して、「どっち方面?あなたはどっち方面?」と聞きまくっている。

私はちょっと期待の光が。私はその人に「渋谷方面です」と答えたら、じゃぁこっち、と言われた。でも渋谷まで行っても自分の最寄駅は東横線でかなり遠い。今の時間、東横線動いていないだろ!と思っていて眺めていた。その仕切りひとは、どんどん客を集めてグルーピングしていた。私は、よく理解できないまま、話しかけることもできず,近くで身を任せていた。ひと段落したところで、全員、外の出口の近いところに場所を移動。

そして再度、駅員やその仕切り人は、もう一度客に、あんた何線?どっち方面?と聞いてグルーピングして紙にメモっている。私は思い切って聞いてみた。「私、渋谷に行きたいんですけど、私の家って、渋谷から東横線でずっと遠いんですよね。どうするんですか?」 そうすると「家の近くまでタクシーで送ります。」。

そしてあんた何線、どっち方面を聞いて、「じゃあ、あなたと、あなたの3人は、グループで固まりね。」この時点で私はようやくわかった。相乗りタクシーだ!

でも私は、いま現金は1200円しか持っていない。(笑)「お金持っていないんですけど?」と聞いたら、その人「JR側で負担します。」 とのお答え。この時点ですべてが明らかになった。「要は、JR側で費用を負担して、家の近い人同士をグルーピングして相乗りタクシーで家まで送ろうという、ことだということがようやく呑み込めた。」

このとき、私は急に目の前が明るくなった。今日中に家に帰れる。しかも無料で。すべてが理解できた。全員で50人強はいただろうか?グルーピングされた人たちは列を分けて並ばされた。この時点で夜中の2:00くらい。でもタクシーがなかなか集まらない。かなり待たされた。

ようやく私のグループのタクシーが来て、外まで案内された。私のグループは3人である。この時点で初めて外の雪化粧を見て、その恐ろしさを認識した。私の故郷の北海道なみだ。この景色を東京で見るとは思ってもいなかった。3人がタクシーに乗って、発車した時のあの安堵感、お分かりになるだろうか?これで家に帰れる。安心仕切っていた。私は後部座席に座っていた。運転手さんは助手席に座っていた人と軽やかに世間話をしていた。そして2人を目的地で降ろして、車中は私1人となった。車中は無言で運転手さんは黙々と運転している。いま思えば、雪道なのに結構スピードを出していると思えた。

そして私の最寄駅の近くまで来てまわりの景色に見覚えが出てきた。その地点はかなり凍りついた雪で道路状況が悪く、車は左右の横方向に何度も揺れていて危ないな、と思っていた、その瞬間だった。

車の後輪がふっと左方向に回転したのをきっかけに、そのままぐるっと回って、ハンドルが効かず、そのまま路側帯に駐車していたトラック(セブンイレブンの搬送用トラック)にズドンと衝突した。私は「あっ!事故った」という感じ。

ぐるっと回った時点で、あっ事故る!衝突する!と思ったので、私はとっさに首に力を入れて、身構えた。その後に起こった事故だった。もし、これが準備がない時点で首に力が入っていなかったときに、衝突していたら、かなりヤバかっただろう。私は後部座席に座っていたのだが、衝突した瞬間、助手席のシートに頭と体をぶつけてしまった。結構な衝撃だった。私は後部座席だが、道路法改正によって義務ずけられているシートベルトをしていなかったのだ!

衝突した後、運転手さんは、私に「大丈夫ですか?」
私はそんなに衝撃は残らなかったように思ったが、わずかに頭の左の部分と、左の首の部分に重い衝撃の違和感が残っていた。これは後で必ず後遺症来るな、と思った。でも口では運転手さんに「大丈夫、大丈夫」と言っていた。

運転手さんは車を降りて、トラックの損害を確認して、その後、車中に戻って、携帯電話のiPhoneで自分のタクシー会社に電話していた。「すんません、事故ってしまいました。ホントにすんません。」平謝りだった。

その後、トラックの相手も戻ってきて、警察を呼んで現場検証。私はひたすら車中で待機していた。時計を見たら、夜中の3時半。衝突したタクシーのボンネットはぐちゃぐちゃにひん曲がっている。現場検証は意外と短時間で終わった。

運転手さんは、車に戻って、再び私の家に向かった。何度も「大丈夫ですか?」と聞いてきた。私は「やっぱりなんか頭と首に違和感があるので、着いたらお互いのアドレス情報を交換しましょう。」、運転手さん「もちろんです。」

そして家に着いて、私は自分の名刺に携帯電話を書いてお互い交換した。

部屋にたどり着いたのは、朝の5時だった。
寝たら、後遺症が来ると思って寝なかった。一睡もしていないので、朝8時ころに試しに寝てみたが、やっぱり頭の左半分と首の左の部分がすごい重い感覚で違和感があって、とても寝れない。

朝9時に会社に事故の報告で休暇申請。
さっそく病院探しだ。どうやって探そう。まず思いついたのは119番で救急車で運んでもらうことだった。

ところが全然出ない。やっと出たと思ったら、事情を説明したら、病院探しをしてくれる窓口の電話番号を教えるから(そういうサービスがあるんです。)、そこで自分で探して自分で行って、というものだった。冷たい。いま救急車は、大雪で凍った路面でけが人続出で、忙しくてとても無理です、とのこと。

しかたがないので、その窓口に電話して、最寄りの病院を教えてもらう。病院探しにはポイントがあって、私は会社の残有給休暇が少ない人なので、平日には通院できない。土曜日もやっている病院を探さないとダメなのだ。そういう条件の合う病院で自宅に最寄りの病院を探してもらった。

病院に電話して事情を説明したら、まずそのタクシー会社の保険会社と連絡を取って、事故扱いとして病院の費用請求をそのままその保険会社に請求できるようにしてほしい、と言われた。私はどのようにすればいいのかわからなかったので、とりあえずタクシー会社に電話。

そうするとタクシー会社のほうではすでに事故ったときのマニュアルがあるみたいで、事故担当の方が決められていて、その人を通すと楽だった。病院に電話してくれて、すべて治療、費用請求は、事故扱いとして、タクシー会社に請求するように病院側として段取りをしてくれた。

私はなにもしなくてよかった。

さぁ、さっそく診察だ。脳神経外科だ。MRIという検査をさせられた。脳の断面図を写真撮影する検査だ。目的は、衝撃で脳内出血しているかどうか、をチェックする。検査結果は大丈夫だった。脳内出血している個所はなかった、とのこと。私はすごくホッとした。そして、「頭が重い感じがする、けど他には首なんですよね。首のほうはどうですか?」と聞いたら、「ここは脳神経外科なので、その診察はできないんだよ。それは整形外科でやります。」私はがっくり、と同時に、また病院探しをしないといけない、と青ざめた。そうしたら先生が、「この上の階に整形外科があるから、そこで観てもらいなさい。」 不幸中の幸いとはこのことだろう。このビルには病院が集まっているビルで、すぐ上の整形外科に行った。

そして事情を説明して、タクシー会社の事故担当の方と連絡を取ってもらうようにお願いして、さきほどの病院と同じ手続きをした。

そして診察。レントゲンを撮ってもらったりした。診察結果は「首の骨の異常はない、大丈夫。でも首の肉の部分が軽い捻挫みたいな感じだね。数日様子を観ましょう。湿布などを渡すから数日して、後遺症などが出てきたら、そのときはまた来てください。リハビリから入ってきましょう。」要通院ということだった。やっぱり首なんだなぁぁぁ。

頭と首、どちらも大したことなくてよかった!さっそく会社に報告。明日から通常通り出勤する。

でもやっぱり後遺症って数日後に必ずあるような気がする。寝るのが怖い!なんか頭と首の左の部分が、重い感じの違和感があって普通ではないのです。

やっぱり普通には寝れない、と思う。マイミクさんに指摘されたことですが、首の後遺症は、聴覚障害も起こす、という。 オーディオマニアにとって耳が不自由になるのは、死ね!と言っていることと同じ。生き甲斐がなくなってしまう。怖いの一言です。

今年の聴き始めのコンサートを鑑賞しに、水戸に行っただけなのに、こんな大変な1日になるとは誰が思っただろうか?
私にとって本当に、災難な今年のコンサート鑑賞の始まりでした。みなさんも交通事故だけは気を付けて、と言ってもこればかりは運命みたいなものだから、どうしようもないのですよね~。

あぁぁぁ~疲れた1日だった.....

結局、その後2週間経過しましたが、後遺症も出ず、頭、首とも良好です。タクシー会社のお偉方も私の自宅に来られ、謝罪されていきました。正式には警察に行って、私と運転手同席のもとで調書をとって被害届を出さないといけないのだそうですが、いろいろと面倒なことも多く、結局被害届を出さないことでタクシー会社とも合意。被害届を出さなくても医療費通院費はタクシー会社負担ということで合意しました。下手に調書を取られると、私も後部座席でシートベルトをしていなかったので分が悪いこともあるのです。(笑)一応大丈夫なんですが、念のため3か月間は通院してください、ということでリハビリしようと思っております。


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