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サントリーホールの設計思想 [コンサートホール&オペラハウス]

黒本には、設計思想と音響設計が書かれている。設計事務所は、安井建築設計事務所。そして音響設計は、永田音響設計。

自分には、こちらがとても興味深い。ホール設立までのドラマは、よくわかっていたつもりだが、実際の施工主・音響設計家の書いた文章には重みがある。

特に、永田穂先生の書かれた音響設計の序章の部分に相当する「”響き”に関する若干の前置き」は、ホール音響の基本の考え方が書かれている。

素人の自分が、自らの経験と数学の世界の専門書を読みこなして、作成した日記より、よっぽど要領よく書かれていて(笑)、さすが専門家のよくわかっている観点から書かれたものは説得力があると思った。

あるものごとを書こうとした場合、100%のことを書くなら、頭の理解は150%~200%くらいわかっていないといけない。

上から俯瞰したものの見方って大切。

悲しいかな、自分はリアルタイムに理解処理しながら書いているから、文章に説得力も出ないのだ。

本日記は、実際のホールの音響設計よりも、こちらの序章のほうが今後のためにも重要と思い重点を置く。

もちろん一部抜粋のみ掲載で、日記を3部に分け、設計思想と音響設計で分ける。

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●設計思想

安井建築設計事務所の社長 佐野正一さんが記載。

①リーガー・オルガン

当初パイプオルガンを設置する予定はなかったという。でもカラヤンから、「オルガンのないホールは、家具のない家のようなものだ。」というアドバイスで考えを改めさせられた。

さらにベルリンフィルハーモニーではパイプオルガンの配置に失敗して、後付けで配置したので、ステージの真後ろではなく、ちょっと横のほうに設置されているのだ。

その教訓から、ステージの真後ろに堂々と配置する。

選んだのは、リーガー社のパイプオルガン。
リーガー社は、1845年創業の輝かしい経歴を持つ名門で、欧州を中心に秀でた実績がある。
オーストリアからスイス、南ドイツを横断し、ストラスブールに地域に多いジルバーマン・オルガンの流れを継承して、柔らかく重厚な音色のオルガンを作る。

このリーガーオルガンをサントリーホール向けに選んだのは、ウィーン在住のオルガンの専門家として名高いオットー・ビーバ博士と、ボストンの大学で長くパイプオルガンの研究と演奏を続けている林佑子教授のアドバイスによるところが大きい。

74ストップ、4段鍵盤、パイプの数は5898にのぼる。

大型のパイプオルガンの中でもずぬけた巨大さ。

バロックオルガンの輝かしい響きからカヴァィエ・コル流のロマンティックな響きまで幅広い音色の演奏が可能だ。

リーガー社の工場で仮組み立てをして、その壮大で精緻な美しい音色を確認し、そこから日本に輸送。

輸送、ホール現場での据え付け、そして整音という複雑な仕事が続き、こけら落としの1か月前にすべてが完璧に終わらないといけない。

これは結構大きな山場だったらしく、所定通り達成できたときは、どんなに嬉しかったことか、と述べられている。

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②サントリーの構想~クラシック専用ホール


サントリーホールのパイプオルガンをどう計画するか。それは赤坂・六本木地区再開発事業に文化施設を担当する目的でサントリーとテレビ朝日の両者が参加を決め、昭和57年、テレビ朝日はTVスタジオを、サントリーはクラシック音楽専用コンサートホールを建設することを決めたときからの課題だった。

サントリーのコンサートホールをどう計画するべきか。

赤坂・六本木再開発事業の計画は、長い経過があり、今日アークヒルズと呼ばれる大規模でかつ複合機能をもつユニークな新都心が生まれるにいたるまでには計画上基本的な変転が幾度があった。

サントリーのコンサートホールは、アークヒルズの文化施設という欠くべからざる機能を担うことになった。

ホールの運営と規模についてさまざまな検討がおこなわれた。ホールの対象はオペラ、クラシック、ポピュラーいずれか、専用ホールか多目的ホールか、大型ホールか、複数の小ホール併用か、など各種の問題が具体的に検討された。

昭和57年夏、佐治社長は検討のすえ、サントリーの基本構想をつぎのように打ち出した。

1.座席数2000のクラシック音楽専用。

世界的水準の響きの良いホールをメインとし、これに座席400程度の大きさの固定席のないフラット床の小ホールを組み合わせ、独立または大ホールに関連使用する計画とする。

2.飲食サービスはさらに検討のうえ決める。

3.ホール建設と運営はサントリーが直接当たる。

これは重要な決断だったと思う。わが国には公共用のホールは多数あるが、そのほとんどは、演劇にも集会にも使える多目的ホールで、音の響きを大切にする音楽演奏には不満が多いものだった。

クラシック音楽専用ホールの建設が何故すすまなかったのか、その理由は響きの良いホールをつくることの技術的困難さとホール運営の困難さにあり、大型ホールとなればその困難さは一層大きくなる。

世界有数の音楽市場といわれる東京にクラシック音楽専用ホールが皆無だという意外な事実の理由はそこにある。

それを敢えて実行しようという決断の背景には、ポピュラー音楽にともすれば押され気味のわが国のクラシック音楽を支え、またこのホールを拠り所として優れた日本の作曲家や演奏家が育つことを期待する佐治氏の深い想い入れを感じさせる。


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③サントリーホールの基本計画

敷地は溜池から六本木に向かう幹線道路に沿って位置する。

これは私観だけど、サントリーホールの最寄り駅って銀座線の溜池山王か、南北線の六本木一丁目。自分の家だと行きは銀座線なのだ。溜池山王からホールって結構歩く。心臓破りの坂をずっと登っていき、いつもホールに着く頃ははぁはぁぜいぜい(笑)。終演後の帰りの六本木一丁目は案外すぐで楽なのに。。。

ホールが出来たときは、まだこのような最寄り駅がなかったらしく交通の便としては、かなり悪かったらしい。

ロンドンのコヴェントガーデンがイギリス音楽の中心地であるように、少し状況は違うが、都市的な環境のなかで音楽の世界に没入できる場所が、赤坂・六本木という都心に出現した意味は大きい。

(株)入江三宅設計事務所の三宅晋氏、(株)永田穂建築音響設計事務所の永田穂氏の協力を願い、建築設計と音響設計をしていただいた。

結論!

大ホールは、座席数2006、音響効果をよくするために1座席当たりの室容積は約10.5m2。残響時間は中音域で2.1秒、座席形式はわが国初のワインヤード形式。

音響設計のために1/10の精密な模型を作って、レーザー光線による反射測定と音質シュミレーション調査を繰り返し、測定結果に従って、壁の配置や角度を修正した。

「世界一響きの美しいホール」を目指した。

建築作業が終わった後も実際のオーケストラを使って音を測定し、良い音を生むための調整を実行した。

工事施工を担当した鹿島建設(株)の周到な施工技術、関連した諸工事の統括には深く敬意を表したい。


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④なぜワインヤードを選んだのか?

サントリーホールは当初はシューボックスの予定だったらしい。

でもカラヤンが、「ワインヤードがいい。」「音楽は演奏者と聴衆が一体になってつくるものだ。ステージを中心に聴衆がこれを囲むこの形式がその目的を満足させる。シャルーンは私のこの考えを完全に理解してこの設計をつくったのだ。」

「サントリーホールからきっと良いぶどうができるよ。」

これで佐治社長が「ほなそうしましょ。」で決まったとか。。。

昭和58年の1月に、この記事を書いている安井建設の佐野社長が、当時の西ベルリンにカラヤンを訪問してその真意を確かめに訪問したそうだ。そして上のことを確認したうえで、数日後東京で、サントリーホールの座席形式はワインヤード形式を選ぶことに決定した。

このときのカラヤンとの会談で、大型パイプオルガンを設置することも決定的になった。

大ホールについて。ホール容積を確保するために天井は高くなり、高さの制限からホール全体としてエントランスレベルから低い位置に設定された。

うわぁ、まさにオーディオルームと同じですね。(笑)

まさにこうやってサントリーホールは誕生したのだ。

以前サントリーホールのバックステージツアーに参加したことがあって、そのことを日記にしたと思うが、普段聴衆として見える部分と楽屋などのバックステージ部分など、あういう感じになっている。

指揮者の控室やソリストの控室がステージのすぐ近くに配置されているのもカラヤンのアドバイスとか。

指揮者ちゅうもんは、控室でよっしゃ!と気合を入れて、そこからステージに出るまで、長く歩かされたら、緊張の糸が切れるだろう?(笑)・・・ということで、すぐ近くに配置されているらしい。

このサントリーホールのステージ裏のバックステージは恐ろしくデッドな空間でした。
入った瞬間すぐに感知するというか、まったく響きがない空間でした。(^^;;

これにて設計思想完了。

いよいよこれから2部に分けて、本命の音響設計のほうを特集します。





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