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サントリーホールの音響設計 [音響設計]

ようやく最終章。この黒本、想像以上に中身の濃い、充実した本であった。かなり読み応えがある。ホール設立の経緯、音響設計、そして関与するアーティストたちのインタビューなど、このホールのすべてがわかるようになっている。記念すべきバイブルですね。最後は音響設計について、永田穂先生の寄稿です。

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世界最高の響きを求めて~サントリーホールの音響設計 永田穂建築音響設計事務所社長 永田穂

サントリーホールは首都圏で初めての大型コンサートホールです。基本計画の段階から新しい時代のコンサートホールを目指して、その形状、大きさから内装の詳細にいたるまで、音響条件の面から検討を行ってきました。

設計の段階では、1/50モデル、施工段階では1/10モデルを製作し、よりよい音響条件の追求と設計の確認をおこなってきました。


音響設計の考え方

音響設計を実施するにあたって、私どもは次のような姿勢を基本といたしました。

1.現在活躍している内外のコンサートホールの現状とその評価をベースに、新しい時代のコン
 サートホールにふさわしい響きをもとめる。

2.コンサートホールの音響に関する最新の研究成果を設計に導入する。

3.ホールの楽器としての側面を十分認識し、響きに対しての感性をもとにバランスのとれた設計
 をおこなう。

4.演奏者・ホール関係者の意見を尊重し、ステージ音響条件を考慮する。

5.音響性能と建築意匠との調和を図り、コンサートホールとしてふさわしい室内環境の実現に努
  める。

6.完工時には物理測定のほかにテスト演奏を行い、最終的な響きの調整と仕上げを行う。


①ワインヤードからの出発

サントリーホールは新しい時代のコンサートホールとして、また指揮者カラヤン氏のサゼッションもあって、その基本形状としてベルリンのワインヤードをベースとすることに決定しました。

ワインヤード型のホールでは、反射面の形・位置・傾きなどが音響効果の鍵をにぎる決め手となります。その設計には図面上の検討とともに、建築設計の進行状況に呼応して縮尺模型を製作し、光学実験・音響実験を繰り返しながら望ましい音場条件を追及してきました。


②目標とする響き


私たちが大ホールに求めたのは、大編成オーケストラの演奏に最もふさわしい響きをもったホールとすることでした。その響きの中身をもう少し突っ込んで説明しますと、まず、オーケストラおよびオルガンの演奏に対しては、低音に支えられた豊かな響きが基本になくてはなりません。また、ウィーン楽友協会大ホールで感じる管楽器や弦楽器のあの輝きのある生き生きとした響き、しかも、音の海に浸っているような効果も必要です。

さらに、各楽器の演奏音がクリヤーに、しかも繊細に響いてくることが望ましいことはいうまでもありません。このような響きをもった音場は、残響時間が適切であるばかりではなく、壁や天井から到来する反射音のレベル、遅れ時間、到来方向、さらにその混ざり合い方などがある条件にならなければならないことを最近の室内音響研究は明らかにしています。

そのためには、ホールの形・大きさから、壁や天井の構造、椅子の構造にいたるまで、音響面から検討が必要になります。

私たちは、次のようにして響きの量と質の設計をおこなっていました。

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③響きの量と質の設計

まず、豊かな響きを実現するための基本条件として、1席当たり約10.5m3という室容積を基本計画の段階において確保しました。また、響きの質を決めるのは、反射音の構造です。ワインヤード型のホールでは、壁や天井の形のほかに、客席ブロックの形や位置を工夫することによって、反射音の状態を細かく調整することができます。

この反射面の設計を、初期の段階では、縮尺1/50のモデルによる光学実験を中心に、設計が進んだ段階では1/10の模型を製作し、光学実験のほかに音響信号を使って反射音の状態を確認しながら反射面の調整をおこなってきました。

響きの量については、残響時間という尺度が用いられております。
サントリーホールでは大型のオーケストラ用ホールとして、中音域で、2.0~2.3秒の残響時間を目標としました。

一方、響きの質については、音に包まれた感じを表す尺度としてR.R.(room response)と、明瞭さの尺度としてC(clearness)といわれる2つの物理量を手掛かりとして反射面の検討を行いました。

上図は、壁・天井の反射面の形状の一部です。図にしますように、できるだけ多方向からの初期反射音が客席に到達するように考えてあります。また1/10模型では、周波数を10倍にした音楽を再生し、場所による響きの質の相違の確認とともに、ロングパスエコーの聴こえ方などの障害条件の検討もおこないました。


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上の写真は、縮尺1/10のモデルの実験で、最終的な音響条件では、モデル内に窒素ガスを充填し、空気中の音の伝搬特性までをシュミレートさせて、音響特性の検討をおこないました。

一方内装に対しては、壁・天井の構造やボードに対して特に気を使いました。

重低音をしっかり受け止めるだけのがっちりした構造とするため、ボードの2重張り、3重張り、下地軽鉄の補強、軽量下地の間柱に対してのモルタル注入など、一般建築の常識を超えた構造と施工法を工夫してあります。



④静けさの設計


コンサートホールでは”静けさ”が基本的な音響条件となります。ホールに侵入する騒音としては、外部からの交通騒音、隣室からの音楽や話声、それに空調騒音の3つがあります。サントリーホールは、その大部分が地下に埋まっているために、外部騒音に対しては恵まれた条件にあります。外部で問題となったのは、屋上庭園の歩行音と前面広場の騒音です。

前者は騒音というよりは固定伝播音で、対策としては、屋上スラブを2重として、緩衝材で浮かしてあります。

建物内の騒音としては地下駐車場の自動車騒音です。対策としては、駐車場天井に遮音構造を追加しました。

室~室間の遮音として大きな問題は、大小ホール間の遮音です。大小ホールはホワイエを共用しているため、それぞれの演奏音はもちろんどちらかのホールが終了したときのホワイエでの客のざわめきや話声が、もうひとつのホールで障害になることが考えられます。

この問題に対しては、大小ホールとも、入口扉を2重の防音扉とするほかに、ホワイエ天井を吸音処理することで対処しました。

空調騒音はホールに侵入する大きな騒音です。その低減につきましては、低風速のダクトシステムを採用するとともに、基本計画の段階から十分な個数の吸音ダクトを設置してあります。



以上が、永田穂先生寄稿によるサントリーホールの音響設計の文献。

前に書いたけれど、ホール音響の設計で、結構キーになるのが、「1席当たり〇〇m3」というスペックの規定の仕方。

これはいままで自分が知らなかったことなので、とても新鮮に感じた。

あと、現実的に絶対必要なのは、遮音、静けさの設計ですね。
これも普段の興味本位で覗ているだけのボクらにはあまり関係なさそうなところなんだけれど、現実問題ではとても大事なファクター。

オーディオルームでも遮音・防音は重要ではありますが・・・

ヨーロッパの歴史のある古いホールを体験していると、日本の近代設計の最新ホールと比較して、1番違うと感じるところが、この”静けさ”遮音性能なのだ。古いホールは、外の外気のざわざわ感がそのままホール内に入ってきているような感じがする。

日本に帰って、日本のホールに入ると、その静けさに驚き、さすがは近代の最新ホールだけある!と驚くのだ。アメリカのカーネギーホールなんか、近くにNYの地下鉄が走っていて、電車が通るたびに、そこのゴォォーという音が演奏中に聴こえるらしい。(笑)

遮音対策は、不可避の大切なホール設計のひとつですね。


今回、黒本を入手することができて、理解して、改めて考えたこと。。。


サントリーホール以前には、音響面であまり優れているとは言えない多目的ホールがほとんど圧倒的だった日本のコンサートホール史の中で、クラシック専用音楽ホールを設計する、ということ自体が、すごいチャレンジングなことだったのかもしれない。当然音響設計的なノウハウもなかった訳で、そういう意味でサントリーホールの登場は実験的で画期的だった。

その後、30年以上も経過して、音響設計的なノウハウもたくさん蓄積されて、その後のワインヤード形式ホールでは、いわゆる”進化型”のホールが登場した。

ミューザ川崎、札幌コンサートホール Kitara、愛知県芸術劇場が代表的。
(今後の主流はワインヤードだと思うけど、実際日本に存在するホールは、大方がシューボックスか扇型多目的だと思うんですよね。)

この3つの進化型ワインヤードホールはもちろん全部体験したが(札幌だけ大編成を聴いていない。)、やっぱり1番違うな、と思うのは、ホールの容積。

容積が広いと何が違うかと言うと、ステージからの直接音に対して、反射音の到来時間が絶妙な感じの遅れ具合で分離しているような感じに聴こえ、聴いていてなんとも言えない”立体感”を感じたり、すごい広い空間で聴いているなーという”空間感”が優れている感覚になるのだ。

これイコール、わぁあ~いい音響!という感覚になる。

みなさんが一番使っている簡単な表現で言えば、「響きがいい!」という感じだろうか。

容積が広いと、反射音の伝搬距離が長くなるということを意味しているので、直接音に対して、遅れて響き(反射音)が到達して聴こえる、ということでもある。

もちろん容積広すぎると、あまりに遅れすぎて、ロングパスエコーになってしまうが、もちろん設計段階からそんな設計をする訳もなし。(笑)

その遅れ時間が先の日記で述べたような永田先生の文献にあるようなタイミングになるように、何回もシュミレーションして容積やプロポーションを決めるのだろう。

今回新たに知った室容積の定義「1席当たり〇〇m3」というスペックも、十分な質の高い反射音の行き来をするためには客席の上部に十分な空間が必要。つまり天井が高い、ということですね。


これも進化型のホールの方は、サントリーホールに比べて上回っている。

サントリーホールが登場した時、最初、演奏家の方々が戸惑ったのは、その天井の高さだという。いままでの多目的ホールでそんなに天井の高いホールは経験したことがなかったから。

なんか演奏していて、いつもと違うなんとも言えない違和感があったとか。

瀬川先生のリスニングルーム理論にも天井は高くすべしという記述がある。でも天井が高いことに対して、リスポジにいる人は、その人の感覚によってだけれど、天井が高いことによる恐怖感を感じることがある、という記述もあった。

でも音響的には、絶対天井は高いほうがいいですね。


あと、進化型ホールとサントリーホールとの違いで自分が感じるのは、天井の造りと側壁などでの反射音の拡散の仕掛けかな?

進化型のホールは、天井がかなりがっちり音響の仕掛けがされているように思う。ミューザ川崎やパリのフィルハーモニーなんかはど真ん中にどでかい反射板ががっちりあって、その周辺を同心円状にさらに反射板が取り巻いているんですよね。ミューザのなんかは、さらにその周辺の反射板の角度が可変できるようにもなっているように見えてしまう。

これだけ天井ががっちりしているとホール全体に音が回るよなーと感じるのだ。

サントリーホールの天井は、基本はベルリンフィルハーモニーのデザインをそのまま持ってきたと思うのだが、そういう音響の仕掛けを自分のような素人にはあまり感じない。ステージ上に浮雲があるくらい。

側壁での反射音の拡散の仕掛けは、最新のホールは結構派手な凹凸やスリットを付けたりしているが、サントリーホールの方は、側壁やステージ後方の角錐上の形状デザインがそれに相当するのだと思う。

これは自分に好みがあって、こういう拡散の仕掛けのデザインは、得もすれば内装空間の美しさを損なうものだという考えがあって結構微妙なラインなのだ。(笑)

サントリーホールぐらいのデザインのほうが内装空間の美しさを損なっていなくて、うまくお洒落にその空間に溶け合っているように思える。

いずれにせよ、30年という月日は、ホールの音響設計に莫大な進化をもたらして、それが現実のモノとなって登場した。

でも、多目的ホールしかなかった日本のコンサートホール史で、”音響命”のクラシック専用音楽ホールとして登場したサントリーホールの意義は、その後の莫大な革命をもたらしたことは間違いない。

音響面だけでなく、先述したホール案内の「レセプショニスト」の登場、ワインやシャンパンなどのお酒などの提供など、その慣習も革命的だった。

そういう意味で、

「すべてはサントリーホールから始まった」

というのは自分もよく理解できたし、その後のすべてのホールがサントリーホールの影響を受けていることも理解できた。


黒本を手に入れて、この事実を再認識できて、そして連載日記を書けて、本当によかったと思う。

そして最後にもうひとつ印象的だったのは、この音響の世界、

「感性のレベルと物理的に説明できるレベルとの間には、まだまだ大きなギャップがある。」

これって重い発言だなーと思いますね。

実際自分の耳で体験したことを、こうやって理論づけで説明できるようになるには、どうしても理論は後付けの世界だったんですね。

感性のレベルがまず第1に尊重されるべし。

そして、そのメカニズムを解明していき、今後の建築のために、それを体系化していく。

自分もこうやってホールでの実体験を、自分の言葉として書けるようになったのは、たくさんの体験を得て、ようやく最近のこと、だと実感するばかりです。







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コメント 5

Shige

ノンノンさん、コメントを記事に取り上げていただきありがとうございます。
ザ・シンフォニーホールは、現在、別のオウナーに身売りさて運営されてるようです。

模型による実験について書かれているものを見つけましたので、よろしければご覧ください。
http://www.asj.gr.jp/journal/pdf/6702onkochishin.pdf
by Shige (2018-05-04 10:50) 

ノンノン

Shigeさん ありがとうございます。シンフォニーホールの模型実験で窒素を使ったことは知り合いより昔、聞いていましたが、その理由については、存じ上げていなかったので、大変貴重な資料ですね。ありがとうございました。
by ノンノン (2018-05-04 12:31) 

a

大変興味深く読みました。
サントリーホールは、開館間近にあのチェリビダッケがミュンヘンフィルとブルックナーの5番の名演奏を残して、その【未失の故意録音】が発見されて発売、大いに話題になった事を思い出しました。

その後、【多目的ホール】でもクラシック対応の物が次々に建てられていますね。 それも「普通に響が良い」のに驚きます。
by a (2018-05-07 19:52) 

a

追伸、
この【黒本】は今、手に入りますか?
by a (2018-05-07 19:53) 

ノンノン

aさん、コメントありがとうございます。

クラシック専用音楽ホールというのは、建てた後の経営維持が大変なのだと思います。まさにクラシック専用のビジネスだけで黒字にしないといけない。やはり経営面から考えると、クラシック以外でも採算採れる「多目的ホール」が実務レベルの次元なのかな、と考えるのは当然のなりゆきのような気がします。”その後の多目的ホール”が音がいいのは、やはり年々ノウハウを蓄えつつある日本の音響設計技術の賜物なのでしょうね。私の日記では、あくまでサントリーホール誕生以前の音の悪い(?)多目的ホールという意味です。

N響がクラシック専用音楽ホールを持ちたいというビジネスプランを持っていて、マスメディアを背景に持っている彼らなら、クラシック専用だけで、十分回していけそうな気がします。

紅白歌合戦とはやはり別のところにしてほしいですね。

黒本ですが、私はネットの中古市場で入手しました。なかなか珍品ですので、入手難しいと思いますが、根気よくネットで検索していけば出会うこともあると思います。
by ノンノン (2018-05-07 23:53) 

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