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アリーナ・イブラギモヴァの印象 [国内クラシックコンサート・レビュー]

昨日ミューザ川崎の東京交響楽団の名曲シリーズで、かねてよりぜひ実演に接してみたいと思っていたロシアの妖精、アリーナ・イブラギモヴァを体験することができた。 

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結論から言うと、期待通りの本当に素晴らしい奏者であった!

4年前に無伴奏バッハを生で聴いたことがあるのだが、その頃はそんなに印象に強く残っていなくて、記憶にあまり残っていなかった。(自分の過去の日記にもそれなりの感動はあったように書いてあるのだが.....)

ところが昨今、躍進著しくて、どうも自分的にものすごく気になる存在の奏者になっていて(いわゆるビビッとアンテナに引っかかるという感じ。(笑))、是が非でも、今の姿を拝見してみたい、という気持ちがスゴイ強くなっていたのである。

やはり若い演奏家というのは、凄くいい。

クラシック界を活性化してくれる。

新風を吹き込むというか、もちろん巨匠的存在のアーティストも重鎮で安定した人気の基盤があって素晴らしいのだけれど、そこにこういう若いアーティストがどんどん入り込んだ形で、いっしょに両輪となって業界を盛り上げていく、というのが本当の理想の形なのでは、と思う。

自分も巨匠を尊敬の念を含め、大好きだけれど、若い演奏家がとても好きだ。なんか先行きが明るくなるというか希望の光を感じる。

昨日のミューザ川崎では東響をバックに、モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番を披露してくれた。

ヴィヴィッドな真っ赤なドレス。

ジャケットでは、小柄な女性のようにイメージを受けるのだけれど、実際観た印象では、かなり大柄な女性で驚いた。

その奏法というか弓使い、立居姿などを拝見すると、非常にダイナミックというか男性的だなぁ、という印象を持った。

上げ弓や下げ弓などの動作もすごく豪快でありながら、奏でられる旋律は非常に鋭利的というか切れ味鋭い音色で、芯のしっかりした骨太さが基幹にあるのだが、一方でそんな研ぎ澄まされているようなそんな怖さがある音色。

立居姿も体を激しく大きく動かしながら演奏していくタイプで、非常にダイナミックでありながら情感たっぷりという風情で、”妖精”という呼び方の乙女チックな印象とは随分イメージが違うような気がした。

美人でありながら、このような所作というのは、どちらかというと玄人肌の演奏家のようでもある。
自分にとってはすごく個性的で魅力的な演奏家に見えた。

驚きだったのは、アンコールでのバッハ無伴奏のパルティータである。

彼女のVnの音色が途端に朗々とホールに響き渡るというか、あぁ~これこそ彼女の持ち味だなぁ、とつい思ってしまった。コンチェルトのときは、それはそれで素晴らしいと思ったのだが、オケとの協奏で、どこか枠の中に閉じ込められた感じで、そのフレームの中に収まるように、という感じがしないでもなかった。

そう感じたのが、この無伴奏バッハを聴いたときだった。もう遮るものはなくて彼女のヴァイオリン1本の音色だけで広大な空間キャンパスをストレスフリーに埋め尽くすという「さま」が妙に彼女のスタイルに合っているような気がした。

心なしかヴァイオリンの音量もコンチェルトのときと比較して、朗々と鳴るという感じでスゴク大きく聴こえたような気がした。こちらのほうが断然彼女の魅力が引き立つというか、自分のカラーが出ているのではないかなぁと感じたのである。

やっぱりバッハの無伴奏は彼女の18番なんだよなぁ、と思うことしきり。

でも彼女のコンチェルトでの魅力もこんなものではないだろう?
もっといろいろな演目での彼女の協奏曲を聴いてみたいものだ。

そういう意味では、10/1に王子ホールでのモーツァルト・ソナタは、ある意味では彼女のいい持ち味が存分に味わえるそんなシチュエーションなのだろう、と思う。

アラベラ様とは、なにからなにまで、すべてにおいて、まったく違うタイプ。

そういう意味で、イブラギモヴァ嬢にこれからも注目して応援していきたい演奏家という想いを新たにした。

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2015/9/27(日)14:00~
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 第110回

指揮:パトリチア・ピツァラ
ヴァイオリン:アリーナ・イブラギモヴァ
コンサートマスター:大谷康子

管弦楽:東京交響楽団

前半
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216

~アンコール
J.S.バッハ 無伴奏 ヴァイオリンソナタ 第3番 パルティータ

後半
ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 作品92


カミラ・ティリング [国内クラシックコンサート・レビュー]

今日のアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌曲リサイタルは、じつに9年振りの来日ということで、とても期待していたし、本当に素晴らしい公演であった。長年の恋が成就した。ただ、最初行く前まで、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&カミラ・ティリングとあって、あれ?カミラ・ティリングって誰だっけ?(笑)という感じで、いまひとつわかっていなかった。

会場に着いて、CD売り場を見て、すぐにわかった。
自分が普段聴いていた歌手だったりした。(笑)

コンサートは、オッターとティリングが一緒に、あるいは交互に、北欧の歌曲を歌いながら進められるもので、2人の北欧スウェーデン歌手の魅力を同時に堪能できる、というものであった。

ティリングでとりわけ印象に残っているのはシューベルトの歌曲集。 

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シューベルト歌曲集 ティリング、P.リヴィニウス

http://goo.gl/9SLhpz

シューベルトは、歌曲王といわれるように 31歳という短い生涯に500曲を超える歌曲を作曲した。 おそらく私が知っているのは このうちいったい何曲あるだろう?100曲いくだろうか?(いやいやとても....)

まだ聴いていない400曲以上の中にも、きっと美しいメロディーがあるに違いない・・・と思うと時が経つことの速さに焦燥感を覚える。 


この中で、ゴローさんがとりわけ好きなシューベルトの歌曲が「Im Fruhling 春に」だった。

この早春にふさわしい爽やかな歌を 透明感のあるソプラノの声で聴きたい。

BISのアルバムで スウェーデンのソプラノ カミラ・ティリングのシューベルト歌曲集の中にこの曲が含まれていると知った時は、まさに期待で胸がはちきれそうになった、と日記で書いていて、自分もそれを読んで大いに興味を持って購入したのだ。

カミラ・ティリングは、ソプラノでも極めて透明で軽い声、いわゆるエンジェル・ヴォイスである。同じスウェーデン出身の人気ソプラノ、ミア・パーションも透明感溢れる声だが、比較するとパーションの方がドラマティックに感じるぐらい。

ティリングは、サイモン・ラトルがザルツブルク音楽祭でマタイ受難曲をベルリン・フィルと演奏した時、ソプラノ・ソロに招かれて一躍有名になった。

「マタイ」の「Aus Liebe 愛ゆえに」が似合う声といえば彼女の声質を想像していただけるのではないだろうか。 SACDサラウンドで聴く「春に」は期待にたがわず、清々しく北欧の春の新鮮な空気をたっぷり吸い込んだような気になった。

このアルバムがきっかけになって、彼女の歌曲集をいろいろ集めるようになって、彼女の新譜が出たら必ず買うという感じの関係になっていったわけだ。(つい最近も北欧歌曲集が出ました。)

まさかそのティリングが今日のコンサートで、オッターと一緒にジョイントするなんて夢にも思わなかった。(笑)なんか自分にとって夢のような出来事だった訳だ。

生演奏で聴いた彼女の声は、先述のオーディオで聴く印象とは少し違っていた。どちらかというと声量で主張するような(オッターと反対)ダイナミックな感じで、オーディオで聴いていたようなエンジェル・ヴォイスとは少し雰囲気が違う感じだった。ジョイントで歌うと、よくないことと思いつつ申し訳ないのだが、どうしても比較してしまう。


どうしてもティリングのほうが、声の表現に少し抑揚や表情がない感じで、1本調子のように感じてしまう。オッターのほうが深みがあるというか、表情が豊かなのだ。気品もある。

どうしてもキャリアなど一日の長があるのあるのかもしれない、と感じた。

でも声量はティリングのほうがあるし、ダイナミックな歌唱という点では魅力的だと思った。いずれにせよ、オーディオで聴く彼女とは大きく違った、ということだ。

それにしても北欧、スウェーデンという国は、どうしてこのように魅力的な歌曲がいっぱいあって、それに応じて、美人なソプラノやメゾ・ソプラノ歌手が多いのだろう、といつも思ってしまう。

北欧レーベルのBISが過去に素晴らしい歌曲集の優秀録音をたくさん輩出しているのもそういう背景があるかもしれない、と改めて思った次第である。


アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ブロムシュテッド&N響のベートーヴェン プログラム [国内クラシックコンサート・レビュー]

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今年の秋から、来年の春に向けて、ベートーヴェンに纏わる公演が多く行われるようだ。そんな中、所沢ミューズ アークホールと渋谷オーチャードで、ブロムシュテッド&N響で、ソリストにアラベラ・美歩・シュタインバッハーを迎えてのベートーヴェン プログラムを体験してきた。

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲とベートーヴェン 交響曲第3番「英雄(エロイカ)」。

堂々のプログラム。

ヴァイオリン協奏曲のほうは、先日の日記で取り上げたように、奏者側からすると難曲中の難曲。そして3番英雄は、まさにベートーヴェンの交響曲の中でも、5番(運命)、9番(第九)と並んで堂々3本の指の中に入る大曲中の大曲。

これ以上はないというくらい申し分のないプログラムであった。

結果は、もう完璧なまでのパーフェクト!

恐れ入った、である。ここに一聴衆として最大の感謝と賛辞を奏者側のみなさんに送りたい。

感動で、その夜は、いつまで経っても興奮冷めやらずであった。(それも2日連続!)

所沢ミューズ アークホールのほうは、じつは初体験のホールであった。都心から、じつは意外にもアクセスも良くて1時間位で着いてしまう。ホワイエで渡されたチラシの中では、結構魅力的な公演が多いようなので(アリーナ・イブラギモヴァ嬢のリサイタルも急遽加わったみたい。)、これからも利用させてもらいたいと思った。

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ホールのほうは、天井が高くて、シューボックスが基本で、P席やサイドにも少々の座席があるという拡張型のシューボックスのようなホールであった。内装はなかなか雰囲気があって美しいホールで、音響もちょっとライブ気味でいい音響だと思う。

大ホールだけでなく、中ホール、小ホールのように公演規模に応じて3つのホールを完備して、施設としてはとても大きい。

2日間の公演は、ほとんどバラツキはなくて、両日とも完璧というくらいのレベルで、本当に驚嘆の限りだった。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。

この難曲中の難曲をここまでものの見事に弾ききったアラベラ様の技術には本当に敬服である。
本当に見事であった。

そしてボウイング、弓使い、立居姿もまさに”エレガント!”。

もうますます彼女に盲目になってしまいそう.....

特に第1楽章の後半のカデンツァから第2楽章にかけて、本当に締めに締め上げた線の細さの繊細の弱音で、静謐の中を延々と音色を奏でていくところは、観客のブレスのリズムも耐えられなくて、思わず咳き込む人多数で、その鬼気迫る緊迫感はスゴイものがあった。

何といってもピアニッシモでの旋律の描き方が、本当に美しくて、ふらつくことなく見事に安定して弾ききっていた。そしてそこからフォルテシモまでの強弱の抑揚のつけ方が、ぐ~っと唄いあげていくようにドラマティックにスライドさせるのが素晴らしくて、技術の素晴らしさももちろんであるが、この曲の落としどころを十分知り尽くしているという印象を受ける。

圧巻は、この曲の最大の魅力である第3楽章であろう。自分が1番この曲で最大の恍惚感溢れる美しい箇所と思っている独奏ヴァイオリンとファゴットとの語らい、の部分。両者の掛け合いは、見事としか言いようがない。最高の瞬間であった。

そしてエンディングに向かっての高速なパッセージもスゴイの一言。終わった瞬間、もう一斉にブラボーと驚嘆の大歓声で包まれ、自分は感動のあまり涙が出そうになった。

ここまでこの難曲を完璧に弾ききるには経験があるのではないか、とそのとき思ったのであるが、終演後にホワイエで彼女のCD売り場で見たところ、ORFEO所属時代にこのベートーヴェンの協奏曲を録音しているようであった。

また過去の公演でも何回も演奏している、とのことであったから、本当にこの曲を知り尽くしているとしか思えないその見事なまでの演奏ぶりに合点がいった、というところであった。

そのCD売り場で彼女のORFEO,PENTATONEの過去の録音ライブラリーを眺めてみると、もうほとんどのコンチェルトは録音済みなのだ。

つい最近でたばかりの新人ではなくて、もう十分な中堅選手なのである。

去年あたりからメディアに注目されるようになって、人気が出始めてきているという実感は自分も感じているところで、だから尚更、技術、経験のしっかりしたバックグランウドを持っているうえでの人気だから、実力も伴った存在感、立ち位置がしっかりしている、と思うのだ。

自分はORFEO時代のCDは持っていないが、PENTATONE時代のCDは昔のものの結構4枚ほど持っている。でも当時の自分の彼女の印象はまったく薄く、PENTATONEの女王と言えば、自分の世代では圧倒的にユリア・フィッシャーであった。

そんな陰に隠れて、まったく印象が薄かったのであるが、PENTATONEのジャケットがリニューアルで一新されたころから(モーツァルトのコンチェルト)、レーベルのプッシュ路線もあるのか、急に目立つ存在になって彗星のように目の前に現れてきた。

そこからすごく垢抜けた感じで躍進著しいという感じで、あれよ、あれよ、という感じでいまに至っている。

今年の6月の頃のNDRとの共演での終演後のサイン会に比べて、今回のサイン会のほうが、もう信じられないくらい長蛇の列になっていた。人気が浸透してきた実感がある。

自分も去年はじめて実演に接した訳であるから、彼女のことをよく知っている訳ではない。人気が出始めたいまからでも遅くない。これからも生演奏はしっかり追っかけていきたいと思う。




そして、それにも増して驚いたのは、後半のブロムシュテッドの英雄。

ベートーヴェンの交響曲は二十世紀半ばにワーグナーばりに巨大化したオケ編成で思いっきりロマンチックに分厚い音響で演奏するのが主流だったのだが、最近はスコアに忠実な2管編成にもどす傾向にあって、そういう昔の編成でこの曲をずっと聴いていた自分にとって近年の英雄の演奏は、冒頭のジャンというところからして、どうも音が薄いのが自分の好みに合わなく避けていたところがあったのだ。

正直、今回のプログラムを見たときに、「英雄かぁ?」という感じで、あまり期待していなかったことも事実。

ちょっと過去の日記を覗いてみると、大物では、2010年11月11日のプレートル&ウィーンフィルでのサントリー公演での英雄、そして同じ2010年11月19日の内田光子さん&フランツ・ウェルザー=メスト&クリーヴランド管弦楽団でのサントリー公演での英雄。どちらも音が薄いと感じて、この曲が持つ自分のイメージからは程遠い演奏でがっかりした、と書いてある。(笑)

もうこのあたりからである。その後国内オケ含めて、数えきれないくらいこの曲に接してきたが、ほとんどが音が薄いと感じて満足できた公演に出会ったことがなかった。

そこからこの英雄の近代演奏に対して自分の苦手意識が出てきたといってもいい。

冒頭のジャンの1発でわかるのである。

ところがである。

今回のN響の演奏は、全くその常識を覆すような信じられないミステリーであった。

この日は2管編成だと思ったのだが、予想もしない重厚感と分厚い音色が、まさにずっと自分が求めていた理想の英雄の音に近かったのである。あの行進曲的にどんどん迫ってくるような旋律も、この分厚いサウンドでものの見事に表現されている。

まさしく、これだぁぁあああ!という感じで自分は夢中になった。

自分が経験してきた英雄の近代演奏では最高傑作といってもよかった。

倍管でもなく2管編成でこの分厚いサウンドをN響から引き出していたのは、まさにブロムシュテッド・マジックなのかもしれない。

この方は、巨匠という、かしこまった呼び方をされるより、もっと親しみのあるほうがしっくりくるほどユーモラスだ。でもその反面、リハーサルでのオケへの指導もなかなか厳しいと聞く。

88歳......信じられない。

カラヤンはこの歳の頃に来日した時は、1人では歩けず、エリエッテ夫人や他の人に支えられながら宙をさまようように歩いていたし、カールベームは最後の来日では、車椅子だったし。(笑)

それと比べると、いまのブロムシュテッドは超人的な若さで驚くばかり。最後は楽団員とのコント付き(笑)で、もう驚嘆の一言としか言えなかった。

やはりパーヴォ・ヤルヴィ氏の新音楽監督時代到来などで、N響はいま本当にスゴイ勢いがあるように感じることは確かだ。


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こちらは渋谷オーチャードでの公演の終演後のサイン会でのショット。mixi/FBでの女性の友人が撮影したものをお借りしました。(本人の承諾を得ました。)素敵なショットですね。

N響演奏会             2015年9月20日 17:00~ 所沢ミューズ アークホール
第86回定期演奏会 2015年9月21日 15:30~ 渋谷Bunkamura オーチャードホール

指揮:ヘルベルト・ブロムシュテッド
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー
コンサートマスター:篠崎史紀

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
~アンコール
イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番 イ短調 第1楽章 妄執(Obsession)

ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」


大かまど飯 寅福 青山本店 [グルメ]

昨日所沢、そして今日渋谷で、アラベラ様&N響のコンサート、本当に素晴らしくて感動であった。

ちょうどシルバーウィークの真っ最中ということもあって、今日はコンサートが終わった後の夕食は、自分がふだん贔屓にしているお気に入りの「ごはん」がとても美味しい和食のお店に行くことに決めていた。

もう何回も書いてきているので、今更なのですが(笑)、私は普段の食生活は和食党。フレンチやイタリアンなどの西欧料理は、あくまでイベントとして楽しむものと割り切っています。つまりレストランの雰囲気を楽しんだり、食だけじゃなくて、お洒落なスポットとして、そしてあくまで時々(笑)楽しむものだと思っている訳です。 1番そのチャンスがあるのは、やはり年1回の海外旅行の時でしょうか.....

だから、普段の毎日の食事としての位置づけじゃない。朝はパンよりご飯のほうがいいし、普段の日常の3食は和食がいい、と思う人なのです。でももちろん食べること自体が好きなので、タイ料理などのアジア系も好きですし、結構なんでも雑食系かもしれません。

その中で、「ごはん」にこだわりがあって、大きなかまどで炊く本格的な専門店が表参道にあるのです。

寅福 青山本店。
 
銀座線の表参道のB2出口を出ると、まっすぐ歩いていくと、右側のビルの地下にあります。

入口

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お米にこだわっているお店だけあって、入口の前はこんなものが......

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ご飯を釜で炊くことにこだわっていて、新潟県長岡産の米使用。
契約店より届く毎日精米仕立の寅福オリジナル米だそうです。

今日は素晴らしいコンサートの後で気持ちが最高に高ぶっていていいので、久し振りに寄ってみたくなったわけです。

店内はこんな感じ。
なんか和風ダイニングという感じ。普通の和食屋さんというよりは、もちろん高級感がある。

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そして厨房。ここに大かまどで炊いているところがあります。

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この大かまどで炊く、その炊き方も相当こだわりがあって、このお店のHPによると、150kgの大竃で三升炊きの火力で二升の米をゆっくり炊く。これがお米をつぶさずふっくら炊くコツだそうです。そして飯炊は煮・蒸・焼の三段階でやる。

(こんなノウハウを公開しちゃっていいのでしょうか?(笑))

さっそくメニューを見て、なにを頼もうか思案します。

はじめてこのお店に来た時に、このメニューを見て、びっくりしたのは、メニュー1品1品の値段がすごく高いことなのです。

いわゆる学生のノリの「安くてガッツリ食べれる」定食屋ではないのです。

あくまで高級和食店で、「日本食を芸術品として楽しむ」という類で、でも料亭でもなくて、ごはんにこだわる、そんな感じでしょうか.....

なので、1品の量もスゴイ少ないですし、見た目が美しいように工夫されているんですね。

毎日の3食として食べに来るのではなくて、たまに高級な和食を食べに行きたい、と思ったときによいお店ではないか、と思います。女性向けかもしれませんね。

さて、頼んだのは、

大かまどご飯セット(ご飯、味噌汁、お新香、小鉢2品) ¥680 (ご飯はおかわりし放題です。)
銀ダラの西京焼き   ¥980
秋茄子の赤味噌がけ ¥580
ほたる鳥賊の沖漬け ¥460

最近歳のせいか、和食を食べるときは肉よりも魚のほうがいい、と思うようになりました。(^^;;

〆て ¥2700

高いでしょう?

なんか1品の値段だけで、ふつうの定食屋で1定食頼める値段です。

出てきたのがこんな感じ。

美しい!

和の世界ですね。

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1番の売りである「ごはん」ですが、ちょっと表面が固めの感じがしますね。
ほんのり甘い香りがついていて、これは確かに美味しいです。

上のおかずの1品1品もホントに口の中であっという間になくなってしまう感じなのですが、でも恐ろしく美味しい!!

先にも述べたように、お腹を満腹にガッツリいくんじゃなくて、かまどで炊いたご飯を堪能して美食を堪能する、という味わい方です。

でもメニューは、料亭の高級素材というのではなくて、地方産の名物を取り寄せた家庭の味の素材、という感じですね。メニューの内容も、かなり手が込んでいる、というか、各地方の特産や創作日本料理という感じのメニュー。だからお高くとまってなくて家庭的なんですね。

もちろんここには人気の日本酒を多数用意されています。常時20種あるとのこと。
お好きな3種をお選び頂ける利酒セットもあるようです。

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残念ながら、私は下戸ですので、縁がありませんが.......

日本酒にしろ、ワインにしろ、お酒が飲めないというのは、ずいぶん人生の楽しみ方を損しているといつも思いますが、体質ですので仕方ありませんね。


このお店、私もゴローさんから教えてもらったのですが、結構有名なお店のようです。

ぜひいかがですか?


「寅福 青山本店」
http://r.gnavi.co.jp/g150119/
 


お持ち帰りできない「音」 [コンサートホール&オペラハウス]

1番最後に残されていたスイス・ジュネーヴ・ヴィクトリアホールでのスイス・ロマンド管弦楽団のコンサートのチケットをどうにか確保することができた。

まったく予想だにしていなかった争奪戦で、今回1番苦労した公演であった。第1希望から第4希望まで考えていた座席は全敗。もう最後は取れれば御の字という有様であった。

なぜそんなに苦労したかというと、スイス・ロマンド管のチケット販売方法に問題があり、いわゆる年間会員になって年間シートを購入するのであれば、それこそ5~6月くらいから販売しているのだが、私のように、その1公演のみの単券となると、発売日が9月1日になる。なのでいい座席は、もう年間会員によって買い占められているのである。

さらに困ったことは、この9月1日は、私の10/7の1公演だけでなく、このホール、このオケでの年間全公演の一斉発売日なのである。これはつながるはずがない。(笑)

このホールでのこのオケを聴けないとなると、今回のツアーの目的が台無しで何のために行くのかわからなくなってしまう。相当焦った。こんな争奪戦になるとは思ってもいなかった。

いままで順調であったが、やはり神様は試練を与えるものだ。(笑)

そのスイス・ジュネーヴのヴィクトリアホール。(スイス・ロマンド管のFB公式ページから拝借しております。)

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アンセルメ&スイス・ロマンド管時代のあの膨大なDECCA録音を収録したことで有名なホールである。最近では、PENTATONEと契約して、このホールで定期的に録音を残している。ヤノフスキをはじめ、客演指揮者では日本の若手のエースの山田和樹、そして将来的には東響のジョナサン・ノットが音楽監督就任など話題に事欠かない。

またこのホールは、小澤さんのスイス国際アカデミーでの会場に必ず使われる。

そういう経緯もあって、自分の訪問すべきホールとしてどうしても超えないといけない壁というか目標であった。

ジュネーブのヴィクトリア・ホールといえば アンセルメ&スイス・ロマンド管のDECCA録音でレコード・ファン、オーディオ・ファンに知られている。 1960年代のステレオ録音は、目の覚めるように鮮やかな管楽器、濡れたように艶やかな弦楽器といったいかにもハイファイ・高解像度を感じさせる録音マジックと言って過言でないものだった。

1960年代の半ばに、そういったレコード人気を背景に来日公演を行っていて、東京文化会館でその演奏に接した高城さんは、レコードで耳にするのとは全く異なって 普通のオーケストラのサウンドだったと記され(笑)、DECCAのレコーディング・マジックによって「創られたサウンド」だと解説された。

つまり「レコードは、生演奏とは音色・バランスが違う」 、「これぞマルチ・マイク録音だ」という例にされたわけだ。

いくらDECCAマジックとか言っても およそクラシックの録音ではそんなに非現実的なサウンドを創り出せるものではない。最近ではヤノフスキの指揮でスイス・ロマンド管弦楽団での録音で聴くブルックナーは、非常に優秀な録音であることは間違いないがかつてのDECCA録音のような個性的な空間バランスや音色ではないように感じる。

そのミステリーというかナゾは何なのか?自分が実際訪問してみてじかに聴いてみたいのである。

写真を見てもわかるように、このホールは、日本では見たことがないほど縦長で、あたかもうなぎの寝床のように 幅が狭く1階席後方や正面2階席からはステージがはるか遠くにある印象に思える。

じっさいこのホールで、スイスロマンド管の演奏を聴くとどう感じるのか、自分の耳で確認したいのである。

自分が無類のハコ好きというところもあるのだが、なぜわざわざ海外までコンサートホールを経験しに行くのか?

来日公演してくれて聴けるのであるから、それでいいではないか、という話もあるが、そういうものではないのである。

欧米のオーケストラは、自分のホームであるコンサートホールで、たっぷりと時間をかけてリハーサルを行い、同じステージで本番を迎える。 欧米の優れたオーケストラの秘密は そういうところにある。

今回訪問するコンセルトヘボウの場合 RCOだけが例外に贅沢なので他のオーケストラ 例えばオランダ放送フィルとかハーグ・レジデンツ管弦楽団などがコンサートを開く場合は 長くて当日1日、場合によっては半日ぐらいしかホールを使えないらしい。とにかくコンセルトヘボウは コンサートが数多く開かれる世界でも有数の忙しいホールなのである。しかし それなのにRCOは、このステージでたっぷりと練習できるのだ。

ベルリンのフィルハーモニーも同様。ベルリン・フィルハ-モニー管弦楽団は、フィルハーモニーの大ホールで定期演奏会の前には、3日間リハーサルするらしい。同じベルリンでも ベルリン・ドイツ響やベルリン放送響などは、放送局の大きなスタジオでリハーサルを重ね、本番の日にフィルハーモニーに入ってくるのだ。

つまり ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やベルリン・フィルの場合は自らの本拠地のホールで 一からリハーサルしてサウンドをつくりあげているのだ。

その「音」は お持ち帰り出来ない。

他では聴けない。

RCOやベルリン・フィルの団員は楽器を携えて 日本にやってくることができるもののあのサウンドは、持ち出せないと思う。

「コンサートホールは、そこのレジデンスオーケストラが育てる。」とよく昔から言われているもので、そこのホールの響きをよく知っているのはそのホームのオケである訳で、彼らはどのように演奏すれば、そのホールで最高のサウンドを生み出すことができるのか経験上一番よく知っているはずなのである。

ウィーン楽友協会でのあの恐ろしいほどまでに豊かな響きの中では、ガシガシ弾くんではなく、繊細に弾くことで、そのホールの強い響きを上手に利用する演奏法をウィーンフィルは自然に習得しているのである。

逆にベルリンフィルハーモニーのように拡散型に音が拡がっていくような広大なキャンパスでは、ガシガシ弾いたほうがいいとか....

だから、そのオケの最高のサウンドを聴きたいのであれば、そのホームで絶対聴くべきなのである。これはもちろん日本の在京楽団のホームでも同じこと。


来日公演というのも、本拠地で作り上げてきたサウンドを とりあえず現地のホールというお皿に盛り付けました・・・というのが実体なのかもしれないのだ。(冷や水をかけるようで申し訳ない。理想論を言っているまでです。)

自分がわざわざ海外の本拠地ホールで、彼らを聴きたい、と拘るのはそこにある。

昨日、英グラモフォン誌で見事年間大賞を受賞したパーヴォ・ヤルヴィ氏。タイミング(音楽監督就任)といい、N響がますます熱くなるようなそんな勢いを感じる。

そこで、ますます思うのは、NHKホールの音響をなんとかしてほしい、という想い。(移転とか建て替えの話が出たときはすごく喜びました。結局やめる、とか、あれからどうなったのでしょう?)多目的で、歌謡曲のようなPAサウンドも併用しないといけないので、難しい立場はよくわかるが、オケとホールは一対ペアなもの。そこで観客(特に自分ようなタイプ)への印象が決まってしまう。

そんな昨日の出来事がきっかけで、ますますそんな想いが強くなってしまったのである。


ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 [クラシック演奏会]

ヴァイオリン協奏曲は、オーケストラをバックに歌うソプラノ歌手のようにたとえられることが多く、その共通点は華があること。

ブラームス、シベリウス、チャイコフスキー、メンデルスゾーンからヴィヴァルディ、バッハ、モーツァルトに至るまで、どの曲をとっても、自分にとってすごく魅力的。

その中でも、じつは一見渋いというか、通好みともいえるヴァイオリン協奏曲の王者とも言える、一筋縄ではいかない大曲なのが、 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。

アラベラ様が、今年2回目の来日で、来週からのシルバーウィークの9/20(所沢ミューズ アークホール),9/21(渋谷オーチャード)でこの曲を披露する。

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この曲が、難曲という自分の中のイメージは、じつはヴァイオリン奏者の諏訪内晶子さんのご著書で、この曲だけは、他の協奏曲と違って、何回弾いても自分で納得のいく演奏ができない、楽譜としては弾けていても、音楽として弾けていない、と告白されていて(書かれたその当時という意味です。)、その一連の想いを読んで、それがずっと自分の頭の中に染みついていて、そういう先入観を持ってしまったのである。 


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たしかに、他の協奏曲は、ヴァイオリンとオーケストラの比重が圧倒的にヴァイオリン主体で書かれているのに対して、ベートーヴェンはそれが対等の比重で書かれていて、それが自分がはじめてこの曲を聴いたときに、他の協奏曲と比較して、華がないというか、ずいぶん地味だなぁ(笑)、という印象を持った理由なのかもしれない。


諏訪内さんの記述のように、全楽章を通じて独奏ヴァイオリンと協奏のオーケストラとの交互の「語らい」の中で進行する、あくまで対等の重き、ということはそういうことなのだろうな、と当時思ったものだった。

技術的には、チャイコフスキーやパガニーニのほうが遥かに複雑で難しい。でもベートーヴェンの場合、いくら努力してみても自分で納得のいく表現ができない、とまで仰っているので、もう聴者に過ぎない自分にはそういう固定観念ができてしまっていたのである。

そんな難曲をアラベラ様の演奏で聴く、という本番に備えて、予習の映像素材として以下のものを観てみた。 


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チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 
小澤征爾&ベルリン・フィル、ムター(2008)

http://goo.gl/eOv0W6

これは2008年のカラヤン生誕100周年記念イヤーにカラヤンの愛弟子であった小澤さんとムターとのコンビで、ベルリンフィルを伴って、ウィーン楽友協会で演奏したものをEuroArtsが録ったもので、この曲の新しい演奏としては自分が相当気に入っているものである。

久し振りにムターを観たが、やはりスゴイ。

ゴローさんは、このBDを観て「ムターうますぎなんだよなぁ。」とため息を自分に漏らしていたことを思い出す。(笑)

とにかく弦を抑える指の力が強くて、ビブラートも相当効いている感がある。変な表現だが、音的にカクカクしているというか、非常にメリハリがあるというかピンと張り詰めた感じの鮮度の高い音色が弾けだされる、という感じで、聴いているだけでなく、観ているだけでも本当に”うますぎ”、なのである。

この対等の語らいの中でも、特に第3楽章の中あたりに、独奏ヴァイオリンとファゴットがお互い語らう箇所があり、ここはこの曲の中でも1番恍惚というか美しい旋律と自分が思う部分。

この演奏でもこの部分は鳥肌ものである。

もっと身近な演奏ではこちら。

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いまから5年前の2010年1月20日のN響のサントリー定期。(1666回 N響定期)
広上淳一さん指揮で、独奏は堀米ゆず子さん。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソリストとして来日が予定されていたヴィヴィアン・ハグナーが 体調不良で 突然来日をキャンセルした。

その結果 そのときにベルギー行きの飛行機に乗るはずだった堀米ゆず子さんがピンチヒッターとして ステージに立つことになった。

ベートーヴェンの協奏曲そのものは演奏経験が豊富な堀米さんでも予期せずに3日間で全曲をさらいなおし、ステージに立つというのは相当緊張したようだ。本番でも第1楽章の演奏中に大きなため息を何回もつく感じで、相当緊張していたのがよくわかる。

厳しい見方かもしれないが こういう時にこそ演奏家の真価が問われるのかもしれない。

このような緊張の中で、ピンチヒッターに立ち、オーケストラともども熱いものの見事な演奏を展開し、自分を含め、この公演をこの年のN響のNo.1コンサートに推薦した仲間は多かった。

この曲には、そのようないろいろな想いのたけがあるのだ。

その曲にアラベラ様が挑む。

タッグはN響&ブロムシュテット。

彼女にとってもこの曲は過去に何回も演奏してきている(もちろんN響とも!)知り尽くしたレパートリーのようであるが、でも自分にとってははじめての経験なので、とても新鮮な気持ちで対峙できるのが楽しみでもある。


音のたまもの [オーディオ]

先日小林悟朗邸での追悼オフ会の日記を書いたとき、ステレオサウンド誌で悟朗さんが連載していた「音のたまもの」のことに触れた。

このときにふっと思ったのは、悟朗さんがいままで自宅に招待したゲストにどのような人たちがいて、どのような対談をしていたのか、振り返ってみたいという気持ちに駆られた。

ステレオサウンド誌というのは、季刊誌で春・夏・秋・冬の年に4回発刊される。

だから、発売されたときに、その対談を読むのだけれど、その4か月後にまた新しい対談.....という形で、とりとめのない形で自分の中には散文的にまとまっていなくて、記憶も定かではなかった。

ここ最近、仕事が忙しいこともあって、不規則な生活が続いて、さらに夏バテ気味なのか、どうも体調がすぐれなくて、ついに今日会社を休んでしまった。

久し振りにとれた平日の休みなので、過去のステサンのバックナンバーを探し出してきて、振り返ってみようという気になったのだ。

●小山実稚恵さん  2012 SUMMER No.182

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ちょうど小山さんが新作「ヴォーカリーズ」を出したときの対談で、悟朗さんはこの録音をこの2012年前半での最高傑作と大絶賛していて、ぜひ本人に直接の話を聞いてみたいと思って実現した対談なのだろう、と思う。

この録音は軽井沢大賀ホールで録音されたもので、そのときの様子を小山さんは生々しくお話しされている。

録音に使われたのは、大賀ホールのスタンウエイで、非常にいいボディを持ったスタンウエイだったけれど、時間とともに音があまりに移ろうので、大変だったこと。10分前と10分後でピアノの奏でる音の印象が全然違うこと...など。

そして小山さんの体験談で、300人くらいのホールと2000人くらいのホールでは演奏者として音の作り方が全然違うこと、など刻銘に仰られている。

自分が1番食い入るように読んだところは、小山さんのピアノの録音の好みというかあり方だ。小山さんの作品は、ピアノが近かめに聴こえる録音が多くて、教会のよう遠くで鳴っているような録音はほとんどない。

やはり小山さん自身が指の動きなどがリアルに伝わるような録音が好きだそうで、フワッとただきれいに表現されるよりもピアノそのものがそこにあるように録りたいなっという気持ちがあるらしい。

もちろん響きの美しい空間にも魅力を感じるが、なんとなくきれいにピアノの音が響いているのは、つくられた音のような感じがしてしまうんだそう。実際演奏する立場から言うと、手元、耳元では色々な音が聴こえている訳だから。

昔のレコードなどで、すぐそばにすべてが聴こえてくるような録音がとても好きだ、と仰っていた。

やはりこういう感想、考え方を聴くと、演奏者ならではの聴こえ方、音の捉え方というのがあって、我々とは少し違うな、と感じるところがあって、大いに感心した対談でもあった。


●吉野直子さん  2012 AUTUMN No.184

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ハープというのは、実に不思議な楽器で古代ギリシャの壁画にその姿が刻まれるほど昔から存在し、その音色は華やかで変化に富み、クラシックの作曲家たちにインスピレーションを与え続けてきた。

にも関わらず、意外とハープの基本的な原理からきちんと知っている人が少ないのが現実。そこら辺を踏まえて、悟朗さんが吉野さんにハープの基本から、いろいろお話を伺うという趣旨の対談であった。発音原理もそうだけれども、弦に関しても、上のほうはナイロン弦を使っているのだけれど、基本はガット弦。そして超低音はスチール弦。全部自分で張るんだそう。(驚)

ピアノだとスタインウエイやベーゼンドルファーなどのメーカーによる楽器の個性の違いがあるのだが、ハープの場合、イタリア、ドイツ、フランス、そして日本などたくさんのメーカーがあるのだそうだが、吉野さんはずっとライオン・ヒーリーというアメリカの楽器を使っているそうである。音色はもちろん、重さのバランスなどが好みだそうである。

吉野さんのCDである「武満徹:そして、それを風であることを知った」をかけての対談。ハープという楽器は低音から高音まで非常に音域が広くて、その音は立ち上がりに鋭いエネルギーを持っている。

なので、当然このような音域の広い音色を余すことなく再生してやろうとすると、いろいろ苦労があるわけで、吉野さんとそこら辺の苦労をいろいろ語り合っていた。


●矢部達哉さん  2010 AUTUMN No.176

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東京都交響楽団のコンサートマスターにて、サイトウキネンのコンサートマスターでもあるまさに日本のエース。

以前、清水和音さんや仲道郁代さんがピアノの音色には定評のあるGOTOユニット(神奈川県の郊外で熟練した職人さんが手作りしているメーカ)を使ったSPを練習室に入れているということから、やはり演奏家の方々は自分の楽器の音色をいかに自分の理想に近い形で奏でてくれるか、ということに神経を尖らす訳でオーディオ機器(音色に1番影響が大きいのはスピーカーです!)選びもそこを基準にする。

矢部さんの場合もまさにそうだ。ヴァイオリンという弦楽器をもっとも美しく再生できる、ということを基準にオーディオ機器選びをされている。ヴァイオリンという楽器の音色再生でもっとも重要なのは、倍音成分をいかに上手に再生させてやるか、というところ。

音声信号をスペアナで見てやると、周波数軸上に基音と、倍音と呼ばれる2倍波、3倍波....の高調波が現れる。

ヴァイオリンの音色が恍惚的に人の耳に美しいと思わせるのは、この2倍波、3倍波の高調波成分を聴いているからであって、そこに美しさのエキスが詰まっているのだ。なので、オーディオ再生で弦楽器を美しく描くには、この倍音をいかに再生できるか、その能力のある機器(スピーカー)選びがポイントになる。

矢部さんが選んだのはイタリア製のソナス・ファーベルのガルネリ・メメント。ガルネリは弦楽器を美しく奏でることでは、もうこれはあまりに超有名で、自分のオーディオ仲間の中にもヴァイオリンの音色に煩い人がいて、やはりガルネリを使っている。

この対談では、珍しく出張対談という形で、矢部さんのお宅に悟朗さんが伺って対談をおこなう、という形式であった。

「ディスクを矢部さんのシステムで、再生してヴァイオリンがメロディーを歌い始めると愕然とした。自分では逆立ちしても出せないサウンドだと思ったから。好き嫌いを超える「説得力」を持って音が語り掛けてくる。」

このように悟朗さんは驚嘆に結んでいる。

写真にあるように20畳はある矢部さんの練習室に、ガルネリはセッティングされていて、送出系はLINNで固められている。

とにかくこの対談で驚いたのは、矢部さんのその弦の音色再生が、自分が理想とするところがどうあるべきなのか、どのように聴こえないといけないのか、非常に理路整然とこと細やかに説明されていることなのだ。その中にはコンサートマスターの席で聴く理想のオケの響きなどについても言及されている。

その感性というか、理想のオーディオ再生までに持ってく考え方は、ちょっと我々一般オーディオマニアでは持っていないものをはっきり感じるし、それはやはり演奏家ならではの感性で、正直嫉妬する面も大いにあった。(笑)

この悟朗さんの対談集の中では1番読みごたえがあって中身の濃い記事だと思う。


●仲道郁代さん   2010 SUMMER No.175

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あった!これです! 

以前仲道さんのことを日記にしたときに、書いた記事です。仲道さんのリビングに置くSPをどれにしたらいいか、相談された悟朗さんは、どうせなら自分の対談で取り上げてしまえば面白いだろうという感じで出来た企画です。ステサンの試聴室でおこなわれた取材であった。

仲道さんは自宅の練習室にGOTOユニットで組まれた大型スピーカーを入れているほどのオーディオそのものに関心が深い。演奏家であると同時にオーディオファンなのだ。

そんなリビングの出窓に置くので、リビングルームの雰囲気を損ねないデザインのもの、音質がいいからと言って、黒く四角い武骨な箱では嫌....とのお言葉。

ブルガリア、イギリス、デンマーク、スイス、イタリアなどじつに多彩なバリエーションで、合計8種類のSPをノミネートして仲道さんに聴いてもらい、感想をもらってどれにするか決めるという対談であった。

結果は写真にあるように、イタリアのソナス・ファーベルのMinima VintageというSPをお選びになった。

以前日記にしたときに、そのときの感想は、いかにもオーディオマニア的なガチガチの理系コメントでなくて、いわゆる演奏家らしい感性の鋭さで印象を述べられていた、と書いたが、いま読み返してみると、そうでもない。(笑)

やっぱりかなりのオーディオファンだなぁ、と思うこと、しきり。(笑)とにかくどういう音の鳴り方をするのが、自分の理想なのか、はっきりしたビジョンを持っているのだ。

GOTOがどちらかというとモニター的な音なので、それを自分の録音の分析用として普段聴いているので、そういうモニター的なアプローチではなくて、もっとリビングではくつろげるような、というリクエスト。

リビングで鳴る理想の音は、音がギュッと集まるような感じ(いわゆる音像型)でなくて、部屋中にふわっと広がる(いわゆる音場型)感じが仲道さんの理想だそう。

非常にコメントが感性で音の印象を捉えるのがお上手で、わかりやすいので、その根本にはオーディオファンの基礎があるんだな、と思いました。楽しい対談でした。



●磯絵里子さん、三界秀美さん 2012 WINTER No.181

* 磯恵理子さん

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ヴァイオリニストでいらっしゃり、現在洗足音楽大学講師でいらっしゃるようだ。写真にあるように、女性でありながら、リビングで静電コンデンサー型の平面SPを使っているのは驚きであった。このタイプのSPは正直見た目のインパクトが強い。かなりマニアックな方だなぁと思って読んでいくと、じつは旦那さまの買い物だそうで(笑)夫婦いっしょに楽しまれているとのことであった。(なぜか少し安心??)

暮らしの中心につねにオーディオがあって、夫婦で楽しまれる。

ある意味理想ではないか?

我々一般人のオーディオマニアの家庭はもっと事情が複雑だ。(笑)専用のリスニングルームを持っている場合は、まだいいが、リビングにオーディオがある場合は、同居する人の同意が得られないと音をいつも出すという訳にはいかない。奥さんが理解があるといいが、そうでない場合もあって、オーディオオフ会をやるときなど奥さんに立退料を渡して(笑)、不在にしてもらって、それで友人を呼んだりとか、苦労されているケースが多い。

やっぱり奥さんが同じ趣味というか理解が得られないと成り立たない趣味なのだ。

そういう意味でも、この対談を読む限り、磯さんのご家庭は理想とも思える関係に思えた。

* 三界秀美さん

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東京都交響楽団の首席クラリネット奏者でいらっしゃり、悟朗さんとは、いわゆる”オーディオ仲間”でいらっしゃるようだ。もう筋金入りの完璧なオーディオマニアでいらっしゃることがはっきりわかる。喋っている内容からして、もうあきらかにその筋の方で(笑)、悟朗さんとの対談は、もうこの対談の本来の趣旨である演奏家の方から観た目線というレベルを逸していて、完全にオーマニ同士の会話になっている。(笑)

B&W 802Dをメインに使われており、コンサートホールでの生演奏での聴こえ方とオーディオ再生での聴こえ方、それぞれの楽しみ方の違いなどを言及されており、自分のテーマでもあり、本当に興味深く拝読させていただきました。



ここまで読んで感想を書いて、もう疲れました.......

まだまだあります。

石川さゆりさん  2010 WINTER No.173
長谷川陽子さん  2009 WINTER No.169
小松亮太さん   2010 SPRING No.174
角田健一さん   2011 WINTER No.177

あと樫本大進氏との対談もあったように記憶していますが、うまく見つけられません。

これらのバックナンバーは、ステレオサウンドのオンラインのページから購入できます。

http://store.stereosound.co.jp/user_data/bookcategorylist.php?category_id=10

ぜひ興味が湧きましたら購入して読んでみてください。
かなり読みごたえがあります。

あのぉ~、なんかステサンの宣伝をやっているみたいですが、別になにも関係ありません。(笑)

体調不良でお休みした今日であるが、久し振りにこの対談の数々を読んで、なんか自分の中に忘れかけていたオーディオマインドに火をつけてくれるようなそんな嬉しい気分になった。すっかり元気になってきた。

やはり自分はコンサートホールに出向いてダイナミックな生演奏を聴くのも好きなのだけれど、やはりオーディオ再生、そのコンサートの臨場感をいかにきれいに録れているか、その”作品”としての完成度に共感したいし、そういう録音に出会えた時に限りない喜びを感じる訳で、そのような普段の喧騒で忘れかけていたモノを思い起こさせてくれるような1日であった。


小林悟朗邸 追悼オフ会 [オーディオ]

先日の日曜日、2015年8月30日(日)に調布にある小林悟朗さんのオーディオルームを訪問した。

詳しくは書けないが、このオーディオルームは近将来、解体の方向で進めており、その前に最後のお別れの追悼オフ会をやろうということになった。

小林家の親族の方々からの本当に暖かい心遣いで、エム5さんをはじめ、ほんの少人数の有志のみ、でささやかに見送ろうということで、私も末席を汚す形ではあったが、ありがたくも参加させていただく運びになった。

悟朗さんのご逝去が2012年であるから、もう3年は経過する。じつは弟さんもオーディオマニアで、2か月に1回は、ここに来て、火入れをして音楽を数時間ではあるけれど流してウォーミングアップしていたのだそうだ。

本当に頭が下がるのは、自分もそうだけれど、他人の組んだシステムを理解して、動かすことがいかに大変なことか、悟朗さんのシステムをしっかり理解されて動かされていたのには、本当に弟さんには頭が下がる思いで我々も感謝一杯であった。

今回の追悼オフ会では、弟さんがハンドリングして音を聴いてもらうという段取りで進む予定であった。

小林家に到着したと同時に、お母様、奥様、弟さんに出迎えていただき、丁寧なご挨拶となった。

じつに3年振りに訪問する小林悟朗邸オーディオルーム。
面影はまったく変わっていなかった。

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このリアの部分のところの左側に悟朗さんの仏壇が置かれていた。(以前訪問したときはここには紐ものの機材があったような気がする。)悟朗さんがいる場所としては、このオーディオルームが1番居心地がよいはずで最適な場所だと思った。 
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さっそく我々は、御怫前を治め、各人ご線香をあげて手を合わせた。

悟朗さんシステムは、2chはGOTOシステムで、サラウンド(SACD5.0と映画5.1)はB&Wを使う、というように二つのシステムを使い分けるやり方をしていた。

生前語っていたのは、B&Wというのは、いわゆる最新技術のスピーカーで、もう出来のいい息子みたいなもの、何をかけてもそれなりにきちんとしっかり鳴ってくれる、いわゆる手がかからない心配がいらない子供たち。それに対して、GOTOというのは、出来の悪い息子みたいなもので、なにからなにまで自分がきちんと面倒を見てあげないと、という気になってしまう、だからこそ余計に可愛く愛おしい存在なのだ、と仰っていた。

まずは、そのGOTOから聴かせてもらう。GOTOを聴く場合は、前にあるフロントL,RのB&W800Dが邪魔になるので、B&WのSPの底面にはキャスターがついていてコロコロ転がせるようになっていて、B&Wを横にどかして前を空けるということをするのだが、今回は大変なので、それはなし。

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GOTOの各ユニット、ドライバにYL音響のホーンで組み込まれた自作SP。マルチアンプで駆動する。

まさにGOTOのユニットで作成されたこの自作スピーカーはオーディオマニア歴40年以上の中で、悟朗さんの分身みたいな存在である。B&Wはある程度どんなソフトでも鳴ってしまうが、このGOTOに関しては、悟朗さんは他人の持ち込みソフトをかけることを極端に嫌った。自分の分身のように育ててきたスピーカーから、自分が耐えられないような音が出てくるのは、絶対許されないことだったから。

だからオフ会をやるときもGOTOを聴かせるときは、ずっと準備を丹念にして鳴らし込んでからという用意周到さで、なかなか頻繁には披露してくれなかった。

自分は以前訪問させていただいたとき、GOTOのほうは準備していないからこの次、ということで聴けなかった。そのまま亡くなられたので、生涯このGOTOの音を聴けないのが一生の悔いが残るという想いであった。

今回参加させていただけたのも、このような想いを日記に頻繁に書いていたので(笑)、そこをご配慮していただいたようで、本当に恐縮と言うか感謝でいっぱいであります。

じつは自分はこういうホーン型のSPを聴いた経験がほとんどなく、イメージが湧かなかった。最初の曲は、カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲。

最初の印象......


ホーン型というのはもっと丸みのある角の取れた柔らかい音だと思っていたのだが、全く予想外で、結構鋭利が効いたシャープな輪郭の音のように思えた。美音の典型的な感じ。音の出方自体は完璧な音像型で、フォーカスがビシッと合っていて締まっている感じの音であった。

弟さんは現代SPに比べると古風な音ですよ、と仰っていたし、他の人からもそんなに感動するほどでもないよ、と聴いていたのだが、なになに、とんでもない、自分には素晴らしい音色のように思えた。

自分の夢が叶った瞬間であった。

自分の持ち込みディスクをかけさせてもらった。生前GOTOはピアノの音色を奏でさせたらピカイチという話を伺っていたので、オーディオオフ会でのピアノ演奏では定番中の定番のこれをかけさせてもらった。 
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I Love a Piano
今井美樹

http://goo.gl/frdiys

仲間から、「いやぁこれは悟朗さんだったら、絶対GOTOではかけさせないソフトだと思うよ(笑)」、と言われて冷や汗。(笑)

でも出てきた音は驚き。素晴らしく鮮度が高くて、今井美樹さんの声が真ん中上空に見事に定位している。注目のピアノの音色も一音一音に質量感があって、沈み込むように深い、響きの余韻の美しさ、その音色はこの世のものとは思えない極上のものであった。

特にこのディスクの2曲目の「年下の水夫」は、このアルバムの中で最高の曲で、これが鳴った時、「そういえば、この曲のピアノのテイクだけ小曽根真さんがやっているんだよね。悟朗さん、小曽根さんとも仕事やっていたなぁ。」とみんな感慨深げになった。

自分もいまでも土曜9時からのJ-Waveの小曽根さん番組を聴いているので(1週間に1回Jazzに接する時間としてそう決めています。)、ますますつながっているなぁ、としみじみ。

なんか自分のGOTOに対するいままでの夢が一気に叶ったという感じ。

結局GOTOはこの2曲のみで、もっともっと聴きたかったところでもあるが、とにかく満足で幸せいっぱいであった。

ここから、最後までは、ひたすらB&WでのSACDサラウンドの世界に埋没。

前方に広がるステージ感がぐっと一気に水平方向に広がる感じで、いままで2chで聴いていただけに情報量、サウンドステージの差はあまりに歴然だ。

とにかく次々にかける曲の鳴ること、鳴ること!

5本のSPからの音がものの見事に綺麗に繋がってきちんと位相も揃っているそのお化けサウンドは、まさにサラウンドの真骨頂ともいえるものであった。

不思議だったのは、弟さんが定期的に火を入れて鳴らしていたとはいえ、丸々3年間休眠していた機器とは思えない鳴りっぷりで、あまりに素晴らしいサウンドなので、おそらく天国の悟朗さんが降りてきて我々と一緒に楽しんでいるんだよ!とみんなでささやきあい、そのときはさすがに胸が熱くなってグッと来るものがあった。

最後の追悼オフ会とは言え、決してみんな湿っぽくなる感じは全くなく、常に笑いとおしゃべりで盛り上がった楽しいオフ会であった。天国の悟朗さんもそのほうがヨシとしてくれるだろう。

小林家の親族の方々も弟さんはもちろんのこと、なんと奥様もほとんどフルタイムでオフ会にずっと参加していっしょにお喋り含めて音楽を楽しまれていた。お母様も休憩時間などときどきであるが、部屋に入ってきて、いろいろお菓子などの差し入れの心遣いなど本当に恐縮でした。本当に最後にふさわしい楽しい時間でした。

今後、この部屋の解体ということで、この場でいろいろ話し合った。今後もそのやり方含めて段取りを決めていくことになると思います。

悟朗さんの財産でもあるソフト群。

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武満徹さんが使っていたiBachという旧式ピアノ。

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この悟朗さんのオーディオルームは、我々オーディオ仲間だけのための空間ではなかった。

ステレオサウンド誌で悟朗さんが持っていた連載である「音のたまもの」では、このオーディオルームにクラシック問わず、いろいろなジャンルの演奏家はじめ、いろいろな方をこの部屋に呼んで、オーディオで音楽をかけなからそれを聴きながらゲストと対談するという連載で、自分もこの連載を読みたいがためにステサンを定期購読していたようなものだった。

いま自分が持っているバックナンバーをちょいと調べてみた。

小山実稚恵さんとのこの部屋での対談。小山さんがGOTOのSPを覗き込むようにして興味を持っているのがうれしい。そして武満さんのiBachピアノを弾く小山さん。

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このときの連載の文章の中にGOTOがピアノの音色を奏でることでは天下一品のSPであること、清水和音さんも練習室にGOTOを持っていることを悟朗さんが発言していて、自分はそれを発見しただけなのである。(笑)

たくさんのゲストを呼んだこの空間がなくなってしまうのは、感慨深いものがある。

小林悟朗さんは稀有な逸材、その人柄も含めた逸材の人生にほんの少しでも関わりが持てたことを誇りに思いました。

今回このような自分の人生にとって一生の記念に残る瞬間に立ち会えるチャンスをいただき、小林家のご親族の方々、そしてエム5さんには本当に感謝する次第です。

ありがとうございました。