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東京・春・音楽祭「神々の黄昏」 演奏会形式 [国内クラシックコンサート・レビュー]

4年間、本当にありがとう。マエストロ ヤノフスキ、そしてN響の勇士たち!

心から感謝してやまない。

毎年思うことだが、この舞台になるとN響が、全く別人に見える。普段のN響定期で感じる印象と違って、まさに世界一流のトップオーケストラの風格を感じ、実際彼らが出しているサウンドも、弦の揃った分厚い音、嫋やかな木管の音色、安定した金管の咆哮など王者の風格、そして長大なワーグナーの旋律のうねりを表現してくれ、きっとこの舞台だからこそ生まれる奇跡にいつも驚かされ続けてきた。

東京春祭が4年かけて上演してきた「ニーベルングの指環」最終章「神々の黄昏」、無事終わった。
終演後のマエストロ ヤノフスキのカーテンコールを観ていたら、ずっと4年間観てきた想いが走馬燈のように思い巡り、涙が溢れ出てきた。

このワーグナーシリーズ、もちろん来年も続くが、自分にとってこのヤノフスキ リングがひとつの大きな括りになった、と思う。

この日の上野恩腸公園の桜。

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”花冷え”という言葉が似合う風情で、満開はもうあと1週間後かな、という感じだったが、じゅうぶんに美しく、花見でたくさんの人で賑わっていた。

いよいよ東京・春・音楽祭のN響ワーグナーシリーズ、リング最終章「神々の黄昏」 。
じつに5時間の大舞台だ。

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この日のために、もちろんヤノフスキ&PENTATONE盤でしっかりと毎日予習していたのであるが、ジークフリートのライトモティーフが、ずっと頭の中をループしていた。(笑)頭の中をあのメロディがずっと1日中鳴りっぱなしなのだ。ワーグナーのライトモティーフは、じつに巧妙で、その旋律も心の中に深く浸透するというか、ワーグナーのオペラは本当に強烈だと感じたものだ。


今回の座席も前方かぶりつき。歌手ものは、声の指向性、歌手の歌っている表情を堪能するにもぜったい前方がいい。

なんと、開演前に、マエストロが譜面台の高さの調整に現れた。

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今回は大変なアクシデントがあった。

開演直前に主役の2人、ジークフリートのロバート・ディーン・スミスと、ブリュンヒルデのクリスティアーネ・リボールが突然の体調不良で降板。すでに来日していて、リハーサルも参加して順調そうに見えたのだが、突然の体調不良で音声障害になってしまい、降板となってしまった。

東京春祭スタッフ陣営の大変な狼狽ぶりは想像できる。急遽、ピンチヒッターを立てる。4/1本番の公演に対して、3/29に急きょ来日という慌ただしさ。練習も十分にできないまま、本番に突入したと思われる。

それにしても東京春祭スタッフ陣営の、このピンチヒッターを急遽探し出さないといけない、スケジュールが空いていて、しかもジークフリート、ブリュンヒルデを歌ったことのあるワーグナー歌手ということで、きっと徹夜で世界中をコンタクトし続けて探し回ったに違いない、その緊迫した数日間は十分に想像できる。

公演中止という最悪の事態はどうしても避けないといけない。

体調不良で降板した2人のプロとしての体調管理の甘さもあろうが、これに関しては、彼らを責めるのではなく、じつは自分の責任だと思っている。(意味不明な表現で申し訳ない。)

ピンチヒッターは、ジークフリートにアーノルド・ベズイエン、ブリュンヒルデにレベッカ・ティーム。ベスイエンは、本職ではないにしてもジークフリートを歌ったことはあるし、ティームにおいては、ブリュンヒルデをかなりの回数歌ってきており、得意な役柄のようであった。

そんなハンディの中、公演はスタートした。


公演の全体の印象。

やっぱり歌手陣が例年に比べ小ぶりというか、どうしても見劣りがした。主役の2人がピンチヒッターというのがどうしても厳しい。

でもブリュンヒルデのティームのほうは、かなり健闘していたのではないか、と思う。最初こそエンジンがかかりが遅いように感じたが、徐々にその本領を発揮し、見事にブリュンヒルデという大役を果たし、今回の公演が十分に成立した、感動できるレベルになったのは、ひとえに彼女の奮闘のおかげではないか、と自分は感じている。

声質的には、基本はディリケートな細い印象を受けたが、ワーグナー歌いには必須の軍艦のような圧倒的な声量はしっかり持っている、というアンバランスな声の持ち主だと感じた。

この神々の黄昏では、第3幕に「ブリュンヒルデの自己犠牲」という長いアリアがあって、そこをブリュンヒルデ1人で歌い続けないといけない、ある意味ここが最高潮の山場というところがあって、そこをティームは見事に歌い切った。

感動的でもあった。自分はこの最後の最後で彼女への信頼が確信なものになり、かなり感銘した。

去年の夏のバイロイト音楽祭でも、この「ブリュンヒルデの自己犠牲」のアリアはまさに圧倒的な絶唱で、その後のカーテンコールではブリュンヒルデが圧倒的なブラヴォーを独り占めしていた。終演に近い一番の最高の見せ場なので、ある意味ブリュンヒルデが一番スターになりやすい構成なのだ。

今回のカーテンコールでもティームは、圧倒的なブラヴォーを浴びていた。まさにピンチヒッターの大役を果たしていた。


可哀想だったのが、ジークフリートのベズイエンだったと思う。声質は甘く(ロバート・ディーン・スミスの声に比較的似ていると自分は感じる。)、とても丁寧な歌いまわしでいいと思うのだが、声量というか、発声のエネルギー感がどうも不足しているような感じで、聴衆に響いてこない。もっと感情的に聴衆に訴えかけてくるような大きい波が欲しかった。
終始棒読み的な歌い方で、エモーションを感じなかった。

でも、彼を責めるのは酷だと思う。ジークフリートを歌ったことはあるにしても、やはり経験不足、練習不足。こんな急なシチュエーションを引き受けてくれて、ある意味そつなくこなしたのであるから、ご苦労様とねぎらいたいくらいだ。

そういう意味で、カーテンコールではブラヴォーがなかったのは聴衆は正直とはいえ、自分には本当に可哀想に感じた。

他の歌手で素晴らしいと感じたのを数人挙げてみると、


ハーゲンを演じたアイン・アンガー。恐るべし超低音のバスの迫力を持った声質で、独特の雰囲気があった。この演目の中でも独特なキャラクターで自分にはかなり印象的であった。

そしてアルベリヒを演じたトマス・コニエチュニー。彼も非常に魅力的なバス歌手に感じた。声質がとてもスマートな低音の持ち主で、声帯が広いのか、発声に余裕がある感じで、さらに安定感が抜群なので、かなり素晴らしいバス歌手のように思えた。

エリザベート・クールマンは、ワルキューレのとき、とても圧倒的な歌唱で素晴らしかったのであるが、今回も出番は少なかったが、素晴らしい歌唱を聴かせてくれた。特に彼女の場合は、歌っているときの表情がとても感情豊かで、まさに演技をしているかのよう。じつに素晴らしいと感じた。


今回残念ながら降板したロバート・ディーン・スミスは、最後はやはり聴いて、観ておきたかった。自分にとって、ヤノフスキ&ベルリン放送響で現地ベルリンフィルハーモニーにて、ワーグナーの演奏会形式を2回実演に接した幸運に恵まれて、そのとき2公演とも主役がロバート・ディーン・スミスだった。自分にとって忘れようにも忘れられないワーグナーのヘルデン・テノールなのだ。


マエストロ ヤノフスキは、もう本当に素晴らしい。最近の若い世代の指揮者にありがちなパフォーマンスありきの派手な指揮振りとはまったく極致にあるような指揮。無駄な贅肉をいっさい排したような筋肉質で、禁欲的でもある、ものごとの真髄を追及したような洗礼された指揮だと思う。

5時間にわたって、この大曲で、N響から素晴らしいサウンドを引き出し、そのお互いのコンビネーションは本当に見事としかいいようがなかった。

ゲストコンサートマスターのライナーキュッヒルも相変わらず素晴らしい。自分の座席からキュッヒルの演奏姿はよく見えるのだが、彼の奏でる音が周りからすごい独立して聴こえてくる感じで、オケをグイグイ引っ張っているのがよくわかるのだ。

まさにこれぞ、ザ・コンサートマスターという感じ。

もう彼のこんな牽引具合を観たのは、6回以上にはなるだろうか?今回のリングと、サントリーでのウィーンフィル来日公演で。

本当にコンサートマスターとはこうあるべき、という見本のような奏者のように感じる。
4/1よりN響のゲストコンサートマスターに就任。日本での活躍が楽しみでもある。

2014年からスタートした東京・春・音楽祭による「ニーンベルグの指環」の演奏会形式。日本の独自企画で、ここまで素晴らしい公演を堪能できるなんて、本当に日本人として誉に感じる、いま想うのはただそれだけ。


東京春祭のワーグナーシリーズは、来年以降ももちろん続くが、いまの自分にはなんか喪失感が大きい。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

 東京・春・音楽祭 N響ワーグナーシリーズ 「ニーンベルグの指環」 神々の黄昏
2017/4/1 15:00~20:00 東京文化会館大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリード:アーノルド・ベズイエン(ロバート・ディーン・スミスの代役)
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベルヒ:トマス・コニエュニー
ブリュンヒルデ:レベッカ・ティーム(クリスティアーネ・リボールの代役)
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン:秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香

管弦楽:NHK交響楽団
     (ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマスラング、宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下 哲
字幕:広瀬大介






 


埼玉初上陸!のだめコンサート@ウエスタ川越。 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ついに今週の土曜日に、のだめコンサートがやってくる。今回は埼玉県にある川越市に去年平成27年の春にできたばかりの複合施設「ウエスタ川越」の大ホールでおこなわれる。

ピッカピカの新ホールだ。

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本来は多目的ホールの意味合いが強かったのだろうけれど、写真を見てもらえばわかるように、完璧な音楽ホールで、シューボックスに近い形。(やや扇型で外に広がっている。)天井や両側面には、調音のための反射板パネルが装備されている。

後方になるにつれて外に広がる形なので、後方になるにつれて、反射音がきちんと客席に戻ってくるように反射板パネルがさらに強烈な仕掛けになっている。ちょっと座席に傾斜があるかな?という感じはある。キャパは1700席程度の少なめでウィーン楽友協会とほぼ同じで、シューボックスに適した容積。

こ~れは音響良さそうだ!(笑)

まず、この面だけでも、自分には楽しみ!


のだめコンサートの魅力は、やはり心が暖かくなるというか、とても楽しいコンサートというところにあるのかもしれない。

ふつうのクラシックコンサートにあるような高貴な趣味という佇まいの雰囲気もいいのかもしれないが、のだめコンサートは、もっと庶民的で、とても人のぬくもりを感じる暖かい雰囲気のコンサート。

この点が自分には、とても気に入っている。

その証拠に驚くのは、その若い客層だ。

ふつうのクラシックコンサートって、自分の経験上、かなり高齢層のファンで占められている。サントリーホールやミューザ川崎で、自分の席に座ると、キョロキョロ見回してみるのだが、やはり年齢層が高いよな~、クラシックを支えているファン層って、やはり高齢層なんだな~と毎回思うものだ。

もちろん例外もあって、人気テノールのヨナス・カウフマンのリサイタルなんか、女性ばっかり、というのも確かにある。(笑)

最近クラシックを仕事面から考えることも多く、車の中でコンサートホールを実現というけれど、自分が長年経験してきているクラシックコンサートの客層って、間違いなく高齢層によって支えられているもので、そうするとシニア層による運転を狙うのか?

どういう運転層を狙うのか?とかマーケット面を真剣に考えたりするのだ。(笑)

それに対し、のだめコンサートは、信じられないくらい客層が若い。50歳台の自分が、ちょっと居心地悪いというか、恥ずかしくなるような感じがするくらい。若い男女カップル、若い女性同士、とにかく、周りの空気がパッと明るくなるような若い客層で占められている。

これって、とても大切なこと。
若いファン層に、クラシックに接してもらうとてもいいチャンス。

そして、こののだめコンサート、毎回開催すれば、必ず満員御礼の集客力。
その果たしている役割って大きいと思うのだ。

とにかくアットホームで心暖まる雰囲気で、客層がとても若い、ここに、いつもとは違う新しい形態のクラシックコンサートがあって、自分はそこにとても魅力を感じる。

企画、そして司会進行MC、そして指揮者が、現在NHK交響楽団の首席オーボエ奏者の茂木大輔さん。(以下写真はFBからお借りしています。) 

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大変マルチタレントな方で、有識者でもあり、いろいろな面で才能豊かな方でもある。ずっと応援してきている。茂木さんと、「のだめカンタービレ」の原作者の二ノ宮知子さんとの交流から、このコンサートは始まった。まさに茂木さんが引っ張っていっている企画なのだ。


そして、今回出演される高橋多佳子さん。 
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もう20回以上、そして毎回レギュラー出演で、高橋さん抜きののだめコンサートは考えられない。茂木さんと高橋さんのコンビで支えてきた企画と言えると思います。

超美人で優しい感じの方で、でもどこか3枚目キャラのあるところが魅力だったりします。(笑)ショパンコンクールで第5位という輝かしい経歴を持っていて、そのショパンの故郷 ポーランドにも12年暮しており、ショパンとともに人生を歩まれてきた。

現在も第1線のピアニストとして活躍されていて、桐朋学園講師、そしてコンサート活動、教育関連と幅広く活躍されています。



そして、もう1人、出演される岡田奏さん。 
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これは自分の考えなのだが、ある意味今回ののだめコンサートの主役は、この岡田奏さんなのではないかな?とも思っていたりする。北海道函館の出身で、パリ音楽院~パリ・コンセトヴァトワールをご卒業されたばかりの期待のホープ。

同じく北海道札幌出身の高橋さんと幼馴染だそうで、小さい子供の頃から岡田さんをよく知っている間柄なのそうだ。

自分がはじめて、のだめコンサートに行った聖地の愛知県の春日井市民文化会館のときのコンサートも、この高橋さんと岡田さんのコンビ出演だった。そのとき岡田さんはラヴェルのピアノ協奏曲を演奏されていたのではなかったかな?


驚いたのは、その直後だった!

なんとベルギーのブリュッセルで開催される国際音楽コンクールであるエリザベート王妃国際音楽コンクールで、ファイナリストまで選抜されるという快挙。

自分も心底驚いてしまった。

なんでも、このエリザベート・コンクールというのは、予選からファイナリストに選抜された後は、携帯などいっさい外部と繋がるものは没収されて、外部といっさい遮断された空間で監禁状態で、ファイナリスト集団とともに暮らし、最後のコンクール試験をおこなう、という特殊なコンクールなのだそうだ。


自分の曖昧な記憶だけれど、仲道郁代さんもエリザベート・コンクールのファイナリストだったと思ったし、堀米ゆず子さんは、このエリザベート・コンクールの優勝者だったと思いました。

岡田奏さんも、見事にその仲間入り。輝かしい経歴を刻むことができたのは、自分のようにうれしい。のだめコンサートの出演者から、そういう快挙が生まれた、ということ自体がなんとも嬉しいことではないか!

そういう素晴らしいことがあった後の、のだめコンサート出演なので、ある意味、岡田奏さんにスポットライトがあたる位置なのは、ごく自然のことではないのかな?と自分は思うのです。

コンクール期間中の監禁状態にあったとき、どんな感じの様子なのかなど、MCで聴いてみたいような気がする。(笑) ボクら一般市民ははじめて聞くことと思いますので。。。

今回ののだめコンサートでは、高橋さんがベートーヴェンのソナタ《悲愴》より第2楽章、岡田奏さんとのモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ第1楽章、そしてガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》を弾く。

そして岡田奏さんが、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番という堂々たる大曲。

本当に楽しみだ。

のだめコンサートでのオケは、通常開催される地元のオケを使われることが多いそうだが、今回の川越公演は、主催者側の強い要望もあってほとんどオールN響選抜メンバー。(^^)

こういうときにN響のメンバーが一斉に集まってくれるのも、やはり茂木さんのN響内での信望の厚さを示しているのではないだろうか?

また、自分にとってのだめコンサートは、岡田さんのような新しい若い演奏家との出会いの場でもあったりするかもするかもしれない。新しい若い演奏家は、どんどんチャンスを与えて、クラシック界を活性化すべき、ということを過去に言及したこともあったのだが、どうしても演奏会に頻繁に足を運ぶ、という有言実行は正直できていなかった。

そういう点で、のだめコンサートは、そういう期待のホープの若手演奏家の演奏を聴ける自分にとってのいい場所なのかもしれない。

うぅぅぅ~、なんか書いていて、だんだん自分も高揚してきて、楽しみで楽しみで堪らなくなってきた。

そうして、ここからが本番当日。



堂々3時間のコンサート。期待を裏切らぬ楽しい&そしてクオリティの高いコンサートだった。

ウエスタ川越という複合施設が、去年できたばかりの新しい複合施設ということで、さらにその中の新ホールということで、自分は、まずそこがとても興味があった。

首都圏から電車で、大体1時間くらい。

ウエスタ川越

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大ホールへの入り口。

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こんなフロアが現れる。

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やっぱりのだめコンサートは客層が若い!

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原作者 二ノ宮知子さんから花束が。

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そして期待の新ホールに参入。

正面の図

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前正面から後ろをみた図

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側面

後方から前方側面を撮影

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前方から後方側面を撮影

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天井

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ネットの写真で見ると、完璧なシューボックスに見えたのだけれど、実際入ってみるとシューボックスではなかった。やはり音楽ホールがメインなのであるけれど、多目的にも利用できるみたいな幅の広い用途のホールのように思えた。

後方に行くにつれて、外側に広がっていって、上階席もある扇形のホール。

側面には、客席に反射音を返す反射板がしっかりと施されていて、天井もかなりしっかりした反射板の造りになっている。ステージ上は、客席に向かって放射状に開口する感じで、初期反射音を客席に返す仕組みも伝統的な造り。

音楽ホールとしては、さすが最新だけあって、かなりしっかりとした造りだと思った。

音響の印象は、座席が前方9列中央だったので、直接音中心のサウンドであったが、響き具合としては、ややライブ気味だけど基本は中庸、響き過ぎず、ドライでもない、という佇まいの良さで、帯域バランスは、偏っていなくて、いいバランスだったと思った。

最初ホールに入ったときの暗騒音は、客席の話し声のざわめきを聴いた限りでは、空気が澄んでいて、S/Nは良さそうで、ライブ気味な印象だった。

オケの弦楽器の音が、厚みがあって、かなりずっしりと重心が低くて、いい音響だな、と確信。

ピアノの音も、もっとライブで響きに混濁するくらいかな?と予想していたのだけれど、まったくそんな感じでなく、打鍵の音もクリアで、1音1音分離して聴こえる。

新ホールとして合格点、素晴らしい音響だと思いました。




さっ、本番ののだめコンサート。

ロッシーニのウイリアム・テルから始まる。
今回のウエスタ川越のだめスペシャルオーケストラは、大半がN響メンバーから選抜された特別なオケとなった。急遽、特別参加で、いま話題の美人チェリストの新倉瞳さんが急遽オケメンバーに参加されていたようです。

この最初のウィリアム・テルを聴いた限り、いい感じ。弦&木管&金管と、ともに安定していて、聴いていて危なげのない安心できるサウンドだった。うまいオケ!

これで、これからの3時間安心して聴けそうだ、とホッとした。
オケって、オーディオと同じで最初で、力量、素性がある程度わかるもんなんですよね。

そして高橋多佳子さん。

最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタの悲愴、第2楽章。

高橋さんの演奏で、この曲を、のだめコンサートで聴くのは2回目だと思ったが、じつは、この曲、オヤジが他界した時、ずっと気分が地獄に落ち込んでいた時に、魂のレクイエムとして繰り返し聴いていた曲で、この曲を聴くだけで条件反射的に「どっーー!」と涙が溢れ出てきてどうにも止まらなくなる曲なのだ。

もう今回もそうだった。のだめと千秋の出会いのときのメモリアルな曲なので、このコンサートでは大切な1曲。

高橋さんの印象は、いままで通り、とても女性的な繊細なピアニストであることを再確認。

特に印象的なのは、肘から指先に至るまでの腕の部分の動きがすごい柔らかでしなやかなこと。特に手首のスナップの使い方見ていても、とても柔らかいよなぁ、と感じる。シルエットとしても女性的に見えてしまうのも、そんなところが要因なのかも?

でも、ラプソディー・イン・ブルーのときは、基本柔らかいんだけれど、あのカッコよいリズミカルに弾ける姿は、かなり格好良くシビレました。これはじつに素晴らしかった。

あっ、岡田奏さんとのモーツァルトの2台連弾のときの、原作の弾き始めで間違えるコントも素晴らしかったです。(笑)



そして岡田奏さん。

ある意味、今回の主役とも言える。

いやぁ、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番は、これはじつに素晴らしかった。ブラボーです♪

奏さんの印象は、やっぱりパワフルで男性的な力強さが基本だと思います。ところがpp弱奏のときの弱音表現のときが、これまた打って変わって、腕、手首の動きがものすごく柔らかくて、こういう弱音表現もじつに素晴らしい。

強打腱なパワフルな表現と弱音表現の両方、力強さとしなやかさの両方、緩急の使い分けがこれだけきちんと表現分けれるのは、ちょっと驚きというか、素晴らしい才能だと思いました。ラフマニノフの2番をずっと観て、聴いていて、それが1番強く印象に残りました。

アンコールのラヴェルのピアノ協奏曲 第2楽章のあまりの美しさに涙。

いやぁ将来本当に楽しみな大器だと思います。


番外編として、今回は、おならたいそう、という笑える演出もあって、のだめコンサートらしくてよかった。

全編を通して、茂木さんのMC、手慣れた司会進行、笑いあり、博識なところもあり、安心して聴いていられた。もう自分も大分のだめコンサートに慣れてきたかな?(笑)

投影のほうも洗練された描画づくり、シナリオストーリーで素晴らしかった。ただ、思ったのは、なんかいつもよりスクリーンのある場所が、かなり高い位置にあったこと。

なにか理由があるのか、わかりませんが、いつもだと演奏を聴きながら(つまり演奏者を観ながら)、スクリーンの投影がそのまま目に入ってくるので、自然だったのですが、今回は、あまりに高い位置にあるので、意識して頭、目線を上げないと投影内容を見れず、本番は、ついつい演奏者を見てしまうので、投影のほうがついついスルーで見ていなかったり、ということがたびたびあったのが、難しいな、と感じたところでした。

ステージの背面のところには、音響反射板が設置されていて、そこに背面のスクリーンを被せては、確かに音響的には、オケの音を客席に返す初期反射音で不利に働くということも考えられるので、高い位置に上げた、というのも予想されます。

あるいは、自分の座席が1階席前方だったからかもしれませんね。広いホールなので、上階席や後方席の人には、あのくらいの高さじゃないとダメという判断だったのでしょうか?

でも自分は、やっぱりのだめコンサートの素晴らしさは、この投影の効果が大きい、と思っているので、やはりいつものスクリーン高さのほうが、演奏家を見ながら自然と投影が目に入ってくる、という点でよいのでは?と思います。

なには、ともあれ、堂々の3時間のコンサート。楽しくて、素晴らしいコンサートでした!

全国各地から招聘されて、どんどん活動の幅が広がるのだめコンサート。7月には、2回目の調布での東京公演も決まった。(自分は行けるかどうかビミョー(^^;;)

長野から初招聘の話も来ているそう。。。

この調子で、どんどん、全国制覇していってほしいと願うばかりです。


終演後のサイン会。(手前から茂木大輔さん、岡田奏さん、高橋多佳子さん)

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茂木大輔の生で聴く「のだめカンタービレの音楽会」
2017/1/21(土)14:00~16:45 ウエスタ川越 大ホール

前半

ロッシーニ 歌劇「ウイリアム・テル」序曲よりマーチ(スイス軍の行進)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調「悲愴」op.13より第2楽章
ピアノ:高橋多佳子

モーツァルト 2台のピアノのためのソナタK448 ニ長調より第1楽章
ピアノ:高橋多佳子&岡田奏

野田恵(リアルのだめ)作詞:作曲
おならたいそう
うら:田村麻里子

ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 op.92より第1楽章

ガーシュイン 「ラプソディー・イン・ブルー」(倉田典明編曲)
ピアノ:高橋多佳子

休憩

後半


ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
ピアノ:岡田奏



毎年の聴き初めは、小澤征爾&水戸室内管弦楽団@水戸芸術館 [国内クラシックコンサート・レビュー]

毎年、聴き初めのコンサートを体験すると、あぁぁ、これで今年のクラシック・コンサート通いが、また始まるんだな、という身が引き締まるような想いがする。

人間の感覚って不思議で、クリスマスから年末にかけては、もうその年のいろいろな想い出が走馬燈のように頭の中を駆け巡るのだが、不思議と、年が明けて正月三が日を過ぎると、急にそれらは遠い世界のように色褪せて、新しい世界の幕開けのような白いキャンバスが広がるような感覚に陥る。

今年は、事情があって、生活環境の大きな変化が起こる可能性があり、コンサートの予定も4月まで入れているが、それ以降は白紙で、逆に入れられない。

ただ、コンサートに行く、オーディオなどの趣味は、自分の環境が許す限り、相応のレベルで楽しんでいきたいことには変わりない。

なんか不安定な日々の連続で、少々気が滅入っているのだ。(笑)

今年の聴き初めのコンサートは、水戸まで赴いて、水戸芸術館で、小澤征爾&水戸室内管弦楽団の定期演奏会。もうここ3年連続、ずっと聴き初めのコンサートは、これにしている。

やっぱり小澤さんで、その年の自分のクラシック人生をスタートさせるのは、とても自分のカラーに合っていると思うし、自分も気に入っている。


今週末は、大雪予報で天候が危ぶまれたが、極寒であったけれど、首都圏はいたって快晴。

水戸芸術館の、らせん状に天に伸ばした高さ100mのシンボルタワー(アートタワー)が眩しい。

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今日の演目は、

前半は、水戸室のスーパースター団員である竹澤恭子さん(ヴァイオリン)と、同じく川本嘉子さん(ヴィオラ)によるモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラの協奏曲。

そして後半が小澤さん指揮で、ベートーヴェン交響曲第1番。

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小澤&水戸室は、ただいまベートーヴェン・ツィクルスを進行中なので、その一環の公演という位置づけになる。

竹澤さんは、2年前に水戸室に入団と同時に、そのお披露目公演もあって、自分は馳せ参じて、その男性的なダイナミックで躍動感ある演奏にすっかり虜になって大ファンになってしまった。それ以来、ずっと応援し続けている。現在パリ在住で演奏家活動を続けられている。

川本さんは、もう何回も触れているが、サイトウキネン、水戸室とずっと小澤ファミリーの中心人物として長年活躍して、自分は昔からずっと応援してきている演奏家なのである。サロンコンサートで、直接お話させていただいたのもいい想い出。

そんな二人によるジョイントで、ヴァイオリンとヴィオラの協奏曲をやる、というのは、とてもタイムリーでいい企画と思った。

公演を前にして、水戸芸術館スタッフブログで、2人のインタビューが掲載されていた。
とても興味深い内容で、大変面白かった。これは、ぜひ、ぜひ読んでみてください。


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(左が竹澤恭子さん、右が川本嘉子さん)


水戸芸術館スタッフのブログ

http://blog.arttowermito.or.jp/staff/?p=18759


今回扱うモーツァルトの曲が、いかにヴァイオリンにとって、その倍音の出方からして、いかに弾きにくい、というか美しい響きを奏でるのが、難しい曲なのか、演奏家でないとわからないような考察をされていて、自分は随分興味深く拝読させてもらった。

竹澤さんと川本さんは、なんと!桐朋学園高校の同級生なのだそうで、当時の授業で、小澤さんが飛び込みで、「ちょっと俺が振ってみようか」、という思い出話に華が咲き、大変面白い。

前半は、そんな2人が主役のモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。

指揮者なしで、竹澤さんと川本さんが指揮者のところで、仲良く横並びで、弾き振りをする感じで、オケを引っ張っていく、というスタイル。

指揮者なしは、なかなか全体のバランスをとるのは、難しいことは確かだが、水戸室のメンバーは、もう指揮者なしのスタイルは昔からのお家芸で、お手の物。

自分の評価では、今回の演奏の作品の表現力、演奏技術の完成度は高いと感じた。

ヴァイオリンとヴィオラが交互に、各自のパートを演奏し、それにオケが追随する感じで進めらるのだが、2つの楽器の旋律が前へ前へ出るように、主張して、同時にオケも交えた合奏が全体の様式美・形式感を整えていて、じつに美しい楽曲体系を構築していたように思えた。

両人のインタビューでは、ヴァイオリン&ヴィオラの倍音が美しく響きにくい難しい曲とのことだが、駄耳の自分には(笑)、十分すぎるハーモニー&和声感のある気持ちよさだったような気がする。

そのような印象に拍車をかけたのが、やはり水戸室の弦の優秀なサウンドなのだと思う。水戸室の弦は、世界トップクラスの弦の厚み、ハーモニーといってもいい。


同じく鑑賞していた仲間が、指揮者のいる統率感、推進力のようなものがもう少し欲しかった、という印象を語っていた。まっそう言われれば、理解できないこともない。

でもそう言われるまでは、自分はまったく意識しなかったし、弾き振りというスタイルでは、これで十分すぎるレベルなのではないだろうか。


後半は、いよいよ小澤さん登場。お見かけしたところ、元気そうで何よりだ。

サントリー30周年記念コンサートのときは、常時座って指揮する姿に、ちょっと寂しい想いをしたことは確かだった。でも、いまでは、この座りながら指揮して、大切な部分では立って指揮をする、というスタイルがすっかり馴染まれて、曲の全体の流れから、じつに自然で、流暢な動きのように思えて、小澤さんの現在の体力にあった自然な指揮のスタイルを確立できたのかな、という想いがあった。

無理をすることない。自分は小澤さんには、できるだけ細く長くやってほしい、と思っているので、その都度自分の体力に合った指揮のスタイルを模索して見つけ出していけばいい。

小澤さんが立つと、やはりオケが締まる。サウンドはもちろん、気が入る、というか、団員たちの魂の持っていきかたのツボを心得ている。

団員のみんながいかに小澤さんを信頼しているか、長年の信頼関係が築き上げてきた、その到達した高みがなせる業なのだと思う。

思わずそう感じるくらいのオケの”気”を感じ取れた。

ベートーヴェンの1番は普段あまり聴かないマイナー感があるが、メジャーな5番,7番,9番などに負けないくらいいい曲じゃないか?(笑)

やはりその年の聴き初めの公演は、小澤征爾&水戸室管弦楽団を水戸で聴く!これは、今後も続けていこうと、今日改めて決意を新たにした。

それがなによりも自分に合っている。

つぎの5月の定期公演では、共演ソリストに、なんとマルタ・アルゲリッチが登場!そして、その次の定期公演では、ついに頂点の第九と進んでいく。

小澤&水戸室@水戸定期から今年も目が離せそうにない。

問題なのは、はたして自分が観に来れるかどうかだ。(笑)

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水戸室内管弦楽団 第98回定期演奏会
2017/1/15(日) 14:00~ 水戸芸術館コンサートホールATM

・第1部 指揮なし
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)
独奏:竹澤恭子(ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)

・第2部 指揮:小澤征爾
ベートーヴェン:交響曲 第1番 ハ長調 作品21

管弦楽:水戸室内管弦楽団

 


ユリア・フィッシャー ヴァイオリン・リサイタル [国内クラシックコンサート・レビュー]

自分のクラシック音楽人生の中で、ユリア・フィッシャーを生で観れるとは思ってもいなかった。
自分からヨーロッパに出向いて会いに行かない限り縁のない類のアーティストだと、ずっと思っていた。
 

若くして10代の頃に8つの国際コンクールで優勝するという凄さで、そのうちピアノ部門が3つというから、本当に恐れ入る。まさにヴァイオリンとピアノの両刀使いの才能なのであるが、彼女自身としては、ヴァイオリンのほうが演奏家人生としての本筋である、ということも周囲の知るところでもある。

2006年7月には23歳の若さでフランクフルト音楽・舞台芸術大学の教授に就任している。(ドイツ史上最年少記録!)

本当に若くして、大変な才能の持ち主なのだけれど、不思議と日本とは縁がなかった。

トッパンホールが、2004年に彼女のリサイタルを招聘して(現在も続く「エスポワール・スペシャル」)大成功を収めた後、2006年、2009年の2度にわたってリサイタルで招聘したのであるが、いずれも中止。そして今回のリサイタル開催において、じつに12年振りの来日ということになった。

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今回の来日に際して、さらにジャパン・アーツが東京オペラシティで、同内容のリサイタルを招聘してくれた。

本当にうれしい限りである。
この時期に、彼女を呼んでくれるなんて夢にも思わなかった。

ユリア・フィッシャーのことは、過去に何回も日記に書いてきているので、繰り返しになるので詳細には書かないが、自分にとって、ユリア・フィッシャーといえば、PENTATONEレーベル。PENTATONEといえば、ユリア・フィッシャーだった。

それだけ自分の青春時代の圧倒的な存在。

PENTATONEの存在を知ったのは、mixiに入会した2009年であるから、彼女を知った時期としては晩年なのかもしれない。でもPENTATONEから次々とアルバムをリリースする彼女はじつに輝いていた。

いまは亡きヤコブ・クライツベルク指揮のオランダ放送フィルとの数々のコンチェルト、そして室内楽では、今回のパートナーでもあるマーティン・ヘルムヘンとの作品。ユリアとマーティンは、まさに美男美女のカップルで、PENTATONEの黄金時代を支えてきた看板スターの2人と言っても過言ではなかった。 

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ご覧の2人のシューベルトの室内楽作品は、まさに珠玉の作品でかつ優秀録音で、この作品で、ドイツの名誉ある「エコークラシック賞」を受賞している。

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mixiに入会したての頃は、自分はどちらかというと音楽というよりオーディオ寄りのスタンスだったので、その点からしても、PENTATONEのユリア・フィッシャー盤が、いわゆるオーディオオフ会の定番のソフトだったりしたのだ。

コンサートホールでのセッション録音全盛時代のいまと比較すると、彼らポリヒムニアがよく使うオランダ・ヒルヴェルスムのMCOスタジオや、ロシア・モスクワでのDZZスタジオ5といった専属契約のスタジオで、比較的小編成のスタイルで録る”スタジオ録音”というのが主流だった時代。

結構エンジニアの脚色がよくついた技巧的な作品で、オーディオ的快楽を強調したような、オーディオマニアが喜びそうな、聴いていて気持のいい録音作品が多かった。

いまでこそ聴く機会も少なくなったが、ユリア盤は自分の宝物であるし、今回リサイタルを聴いてきて、久し振りにユリア&マーティンのシューベルトの室内楽作品を聴いていたりする。

さて、そんなじつに12年振りのユリア・フィッシャー&マーティン・ヘルムヘンによる室内楽リサイタル。東京オペラシティ&トッパンホールともに、当初のプログラム3曲に出演者側の要望で、1曲プラスされるという構成だった。

東京オペラシティ
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トッパンホール
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はじめて、ユリアを生で観た印象。

誇張した表現・オーバーアクションがない極めて正統派の演奏スタイル。ユリア盤を聴いてきて、あれだけの音を出すのだから、さぞかしすごいダイナミックな演奏に違いないと思っていたのだが、ある意味拍子抜けしたくらい。じつに真っ当なスタイルで、背筋がピンとしていて、弓の上げ下げのボーイングも、幾分腕の動きが縦気味であるものの正統派そのものであった。

しかし奏でる音は極めて力強くパワフルで、安定感抜群。ボウイングの弓を引く力が段違いに強い。非常に男性的な演奏だと感じた。まずなによりも音程がいい。ホール空間の中の定位感、見事なまでにある。

体格は、かなり華奢で小柄なタイプなのだが、そのサイズからは想像できないくらいの上げ弓、下げ弓がパワフルで、キビキビしている。

それでいて的確で繊細なヴィブラートや情熱的なフレージングといった男性奏者顔負けの強烈で個性のある演奏なのだ。

PENTATONEの現マドンナのアラベラさんは、非常に繊細で女性的で弱音表現に長けていて、演奏表現自体も外から見て絵になることを意識しているヴィジュアル・クラシックだと感じる。ユリアはその対極にあるような男性的な奏者で全くタイプが違うのだと思えた。

前半3曲は、どちらかというと、「ソナチネ」という「ソナタ」よりも小さめの可愛いらしい作風ということもあって、完璧なまでに綺麗にまとめ上げているという印象で、つつがなく、という感じ。なので、そこには、美しい作品と思うことはあっても、こちらの心を大きく揺さぶるまでの感動を与えるとまでは言えなかった。

ところが、最終のブラームスのヴァイオリン・ソナタ3番。

これには恐れ入った、心が揺れた。

とくに最終楽章に向けて、怒涛の波が押し寄せるように、どんどんクレッシェンドしていくときの強烈なパッセージの連続、彼女の体全体も何回ものけぞるように、リズミカルで、観ているほうが、どんどん興奮のるつぼに陥ってしまう。

まさにブラボーだった!

終演後は大歓声。最後はさすがに魅せてくれた。

この最後のブラームスが、このリサイタルのすべてを語っていると言ってもよかったのではないか?

相棒のマーティンの安定した和音進行の妙は見事というしかなかく、しっかりユリアの演奏に華を添えていた。

ずっと長年自分が想いを寄せてきたユリア・フィッシャーというヴァオイリニストを、「どうだ!すごいだろう!」と周りに自慢げに思えた一瞬だった。

歓喜はこれだけは終わらなかった。

なんとアンコールでは、ユリアはヴァイオリンを持たず、マーティンと一緒にピアノを披露!
これには観客は湧いた!

しかし、本人のアイデアなのか、主催者側の要望なのか、わからないが、なんと気の利いたイケているアンコールなんだろう。(笑)ユリア・フィッシャーがピアノの達人ということをみんな知っているだけに、余計に盛り上がる。

素晴らしい饗宴の一夜だった。
自分の長年の想いは成就した。

今回、ユリアを呼ぼうという夢を実現してくれた招聘プロモーターのジャパン・アーツ&トッパンホールさんには、本当に感謝する限りです。

どうもありがとうございました。


東京オペラシティでのサイン会

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トッパンホールでのサイン会

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いずれも両日とも大変な長蛇の列でした。




ユリア・フィッシャー ヴァイオリン・リサイタル

2016/10/15(土)14:00~ 東京オペラシティコンサートホール
2016/10/16(日)15:00~ トッパンホール

ヴァイオリン:ユリア・フィッシャー
ピアノ:マーティン・ヘルムヘン

前半

ドヴォルザーク:ソナチネ ト長調 Op.100

シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調 D.408

~休憩

後半

シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第1番 ニ長調 D384

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108

~アンコール

ブラームス <<F.A.E.ソナタ>>より第3楽章 スケルツオ

ハンガリー舞曲集より第5番 嬰ヘ短調(4手連弾)


小澤征爾&ズービン・メータがウィーンフィルを振る。サントリーホール30周年記念ガラ・コンサート [国内クラシックコンサート・レビュー]

この日のコンサートは、コンサートというよりは、セレモニーと言ったほうがいいかもしれない。内容の良し悪しを云々言うのは野暮だと思いました。

贅沢を尽くしたコンサート。

そして、年間で、ここは!絶対に抑えておかないといけないコンサートでもある。

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今年開館30周年になる東京・赤坂のサントリーホール。

首都圏のクラシック文化をずっと支えてきたこのホールも30周年の節目を迎え、今季が過ぎたら、音響改修工事などのメンテナンスで一時的に休館に入る。

その30周年を祝う、所謂ガラ・コンサートを開いて盛大にお祝いしようという試み。

サントリーホールは、ウィーンフィル&ウィーン楽友協会と親密な提携関係にあって(ウィーンフィルは毎年来日して、サントリーホールで来日公演をやるのが常になっている。)、この盛大な祝賀コンサートをウィーンフィルが担うことになった。

指揮者はズービン・メータ。自分も、数年前に、メータ&ウィーンフィルの来日公演をサントリーホールで経験したこともある。そこに急遽、小澤征爾さんが友情出演ということで、参加することになった。小澤さんとメータは、もう同じ釜のメシを食べてきた同士のような関係で深い友情で結ばれている。

後述するエンドロールを見てほしいが、ソリストや演目も信じられないくらい贅沢に贅沢を尽くしたコンサート。

ヴァイオリンにお馴染みアンネ=ゾフィー・ムター、そしてソプラノに、ウィーン国立歌劇場など多数のオペラハウスなどで活躍著しいヘン・ライス。

演目も、モーツァルト「フィガロの結婚」序曲から始まって、シューベルト「未完成」、そして、武満徹「ノスタルジア」、ドビュッシー「海」、そしてとどめは、ウィーンフィルのお家芸である多数のワルツ・ポルカ。

普通の公演なら19:00~21:00くらいの2時間のものを、今日は18:00~21:00の堂々3時間!

チケットのお値段も信じられないくらいプレミア高額チケット。



よく、ウィーンフィルを聴くなら、なにも高額支払って日本で聴かなくても、本場ウィーン楽友協会で、安い値段で聴けるんだから、そのほうがずっとリーズナブルでしょ?と言っている人も多いが、自分はそれはおかしいと思う。

やはり今回の主役は、サントリーホールなのであって、サントリーの祝30周年を”日本人”としてみんなで祝いましょう、という主旨なのである。日本人だったら、この主旨の元、絶対日本で聴くべきだし、いわゆる贅沢の限りを尽くして、生涯の記念となるべくお祝いしたい指向もよくわかるし、それに見合うだけのステータスとしては、高額チケットもやむを得ないと、自分は理解できる。

日本人であれば、日本の催しごとは、日本で聴くべきなのである。


初日のこの日は、首相をはじめ、サントリー首脳陣、政財界大物など集まって、かなり物々しい雰囲気であった。

この日のコンサートは”正装コンサート”でもある。

正装コンサートは、いわゆるヨーロッパの夏の音楽祭などでは、至極当然的なところもあるのだが、日本の夏の音楽祭では、フォーマルな衣装を要求するという音楽祭はほとんどなくて、夏の音楽祭に限らず、日本でこういう正装コンサートというのは、自分にとってはちょっと記憶にない。(自分が経験していないだけで、過去何回か行われているのかもしれませんが。)

男性なら燕尾服、タキシード、女性ならドレスと言ったところであるが、この日の女性は和服が多かった。これは、素晴らしいと自分は思いました。ヨーロッパの音楽祭では、まず見かけないシーンだし、いわゆる日本独特の和の雰囲気があって、日本のフォーマル衣装でのコンサートとしては、とてもいい絵柄なのでは?と感じ入るところがありました。

自分は、今年のヨーロッパの夏の音楽祭で新調した、上下黒の礼服で臨みました。

サントリーに到着したら、もうびっくり。
うわぁ、これは、まさに記念祝賀コンサートというセレモニーだなぁ、という雰囲気いっぱい。

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レッドカーペットが敷かれている。長さは30周年にちなんで、30mなのだそうである。

開始前に、ウィーンフィルハーモニーのファンファーレを、ウィーンフィル団員メンバーによって演奏される。

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ホワイエに入ると、綺麗に花で飾られている。

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しかし、サントリーホールの内装空間の高級感やカラーリングのセンス(配色のセンス)は抜群だと思う。これだけ高級感やブランド感を感じるホールは、国内のホール中では他に類をみないと思う。

後で写真を載せるが、ステージ上もまるで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートのように周囲を花で取り囲んで飾っていた。装花は、花人 赤井 勝さんによるものである。

では、紳士淑女の集い、正装コンサートの雰囲気をご覧になっていただこう。
肖像権配慮して選び抜いたつもりだが、完璧は無理。ご容赦ください。


やっぱり日本の正装コンサートは和服だよねぇ、という印象を持ったショット。
正装コンサートはさすがに威圧感がある。よかった。今年の夏にヨーロッパで鍛えておいて。(笑)

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財団法人サントリー音楽財団理事長、サントリーホール館長、そしてチェリストでもある堤剛さん(ご夫妻で)を発見。ずっと私が撮影しているので、なんでオレを撮っているんだよ!という感じでガン見されてしまいました。(笑)すみません、ご挨拶もできなくて。(^^;;

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この日に限って、ブルーローズ(小ホール)は、ドリンクバーに早変わり。


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そしてホールの外でも歓談は行われた。

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では、いよいよコンサートの模様に移ろう。

今回の私の座席は、ここ。清水寺の舞台から飛び降りるつもりで、大枚はたいて買ったが、予想外にここだった。2階席正面の最後尾。横にTVカメラがありました。

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お祝いなのだから、ああだこうだ、は言わないつもりだったが、これだけは言わせてほしい。これでもオーディオマニアの端くれなので。(笑)

やっぱり音が遠い。不満だった。確かに響きが豊富で、オケの音の全体が俯瞰して聴けるけど、不満。直接音がガツンと腹に響いてこないと欲求不満になる。

自分は、その昔は、中央から後方での直接音が少し遠く不明瞭になるけど、響きが豊富に聴こえ、全体のフレームが聴こえるような座席が好みだった。

でも最近やや好みが変わってきている。やっぱりかぶりつきがいいのかな?(爆)
全身にガツンと来ないとダメなんですね。



やっぱりウィーンフィルのサウンドは、濡れたような艶があって色気がある。パワフルなベルリンフィルのサウンドと違って、どこか繊細で、その艶やかさというのは、特に弦と木管の音色に、そのイメージを強く意識した。金管群もやはりちょっと違う感じかな。

ウィーンフィルの合奏のサウンドは、モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲、ドビュッシー「海」、そしてワルツ、ポルカのときに、よく感じ取れて、基本自分たちのイメージをよく理解していて、それにあった選曲をしているなぁ、と感じることが多かった。

オケの発音のスケールの大きさも底々つつましやかという感じで、決して広大なレンジ感で圧倒するというのとは対極にあるような感じ。この点に関しては、ある意味、日本の在京楽団のほうが迫力があるかな、と思わないこともなかった。

やっぱりウィーン楽友協会は狭いホールなので、音が飽和しないように彼らは、そこでの節制した演奏の仕方というのを身につけていて、遠征先でハコが変わっても、なかなかその演奏法を変えられないのだろう。(サントリーではずっと演奏してきている彼らではありますが。)


ソリストでは、ムターはやっぱりスゴイ!と思った。

先だって京都でアラベラさんをずっと観てきた自分にとって、どうしても比較になってしまうのだが、ヴァイオリン楽器が、対体格に対して、ひとまわり小さく見える感じを受けて、充分自分のコントロール下にあるような余裕を感じるのだ。

この余裕って、ある意味、聴衆にヴァイオリンが上手いと思わせるトリックになっているような感じもする。(あくまで自分の勝手な解釈ですが。(笑))

もちろん実際上手いのですが。(笑)

まさに、”ムター言語”とも言えるべく、彼女の独特で強烈なフレージングは、聴いている者を圧倒する。なんといっても観ていて、存在感あるよね。ちょっと通常のヴァイオリニストでは出せないオーラがある。恐れ入りました。

(アラベラさんは、ムターから弓をプレゼントされたことがあるのです。あと、ムターの奨学金で勉強していた時期があったんじゃないかな?)


そしてソプラノのヘン・ライス。遠くからでもわかる素晴らしい美貌の持ち主で、声量はいくぶん控えめではあるものの、少しヴィブラートがかかった、その美しい声質は、聴いていて癒されるし、素晴らしいと思いました。特に「こうもり」のチャールダーシュは絶品!

こういうコンサートで、楽器だけの演奏ではなく、きちんと声ものを入れる配慮がうれしい。ゴージャスの一言に尽きる。ヘン・ライスは、大変失礼ながら、歌手にあまり詳しくない自分は存じ上げなかったのであるが、プロフィールを見ると、いろいろなオペラハウスを歌い回り、経歴も素晴らしい。驚きました。


指揮者のメータ。小澤さんと同い年だったと思うが、なんか小澤さんより元気そうで(笑)、タフガイなイメージは相変わらず。外見も数年前とあまり変わらないし、健康面も良好なんですね。ドビュッシー「海」と最後のワルツとポルカを担当であるが、ウィーンフィルから、彼ら独自のサウンドを引き出すのがうまくて、さすが長年お互いのパートナー同士だな、と感じた。


そして、小澤さん。

元気そうでした。ちょっと最近気になっているのは、小澤さん、もう常時立って指揮をするのは体力的に厳しくて、いまは逆に常時座って指揮をする。大方立っていた1,2年前を知っているだけに、少し寂しい気もするが、でも指揮そのものは元気いっぱい。シューベルトの「未完成」とムターと武満徹「ノスタルジア」を担当した。


なによりもカーテンコールや、メータとのジョークのかけあいなど、本当に観客を湧かし、なんだ!小澤さん、元気そうじゃん!と思いました。(笑)

サントリーホールのこけら落としのコンサートでは、体調不良で来日できなかったカラヤンの代行で、ベルリンフィルを指揮し、「英雄の生涯」を振った小澤さん。このサントリーホールの30年の歴史では、やはり小澤さんは欠かせない指揮者だし、このガラコンサートで友情出演するのは、当然のなりゆきだと思いました。


最後のアンコールのポルカ「雷鳴と電光」では、なんと、小澤さんとメータが一緒に指揮台に立って、2人で同時に指揮をする、というサービス旺盛な粋な計らい。場内大いに沸きました。

もうここまで贅沢で、こんな感じなら、やはりコンサートとして批評するというのは野暮なことしきりで、セレモニーとして楽しむ、というのが、一番いいのだと思いました。

すばらしいガラコンサートでした。

いい想い出になりました。


小澤さんとムター
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メータとムター
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メータとヘン・ライス
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メータ
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小澤さんとメータ
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最後はみんな集まって。(小澤さんとメータ、そしてムターとヘン・ライスとでカーテンコール)
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最後のアンコールのポルカ「雷鳴と電光」のエンディングでは、ホールの両サイドからラッパのような鳴り物と花吹雪が。。。(ウィーンフィルのFB公式ページから拝借しております。)

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終演後のバックステージでの小澤征爾さん、アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)、ヘン・ライス(ソプラノ)、そしてズービン・メータ。(ウィーンフィルのFB公式ページから拝借しております。)

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サントリーホール30周年記念ガラ・コンサート
2016/10/1 18:00~21:00 サントリーホール

第1部

モーツァルト:オペラ「フィガロの結婚」K.492から序曲。

 指揮:ズービン・メータ

シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759 「未完成」

 指揮:小澤征爾

第2部

武満徹:ノスタルジア -アンドレイ・タルコフスキーの追憶に-

ヴァイオリン:アンネ=ゾフィー・ムター
 指揮:小澤征爾

ドビュッシー:交響詩「海」-3つの交響的スケッチ-

   指揮:ズービン・メータ

第3部

ヨハン・シュトラウスⅡ世:オペレッタ「ジプシー男爵」から序曲
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「南国のバラ」作品388
ヨハン・シュトラウスⅡ世:アンネン・ポルカ 作品117
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「春の声」作品410
ヨーゼフ・ヘルメスベルガーⅡ世:ポルカ・シュネル「軽い足取り」
ヨハン・シュトラウスⅡ世:「こうもり」から「チャールダーシュ」
ヨハン・シュトラウスⅡ世:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214

ソプラノ:ヘン・ライス
 指揮:ズービン・メータ

~アンコール

ヨハン・シュトラウスⅡ世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」

 指揮:小澤征爾、ズービン・メータ

 管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団







ストラディヴァリウス・コンサート2016 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ストラディヴァリウス13挺の饗宴。一同に集まったスター演奏家たち。艶やかな音色。なんとも贅沢なコンサート。

自分の中では、出演者の中で、諏訪内晶子さん、アラベラ・美歩・シュタインバッハー、そしてハーゲン・クァルテットなどがお目当てのアーティストであった。 


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今日のコンサートで配布されたプログラム。
かなり分厚くて、詳細な情報が詰め込まれた丁寧に作られた資料で、正直お金を取ってもおかしくないものと感じた。

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公演が始まる前に、このプログラムに目を通す。
浅識な自分にとって、とても新鮮な情報が飛び込んでくる。



日本音楽財団は、現在所有しているアントニオ・ストラディヴァリとバルトメオ・ジュゼッペ・グァルネリが制作した世界最高クラスの弦楽器20挺(ヴァイオリン14挺、チェロ3挺、ヴィオラ1挺、グァルネリ・デル・ジェス製ヴァイオリン2挺)を国籍問わず、国際的に活躍する演奏家や若手演奏家に無償で貸与している。

そして、日本音楽財団は、その楽器貸与者を集めて、国内外で演奏会を行い、特に10挺以上のストラディヴァリウスと、その貸与者が一同が会する「ストラディヴァリウス・コンサート」は、世界的に稀なコンサートして話題になっていて、チケットの売上金は、演奏会開催地のNPO等が実施する音楽振興や福祉活動に寄付されるのだそうだ。

このプログラムに書いてある日本音楽財団会長の塩見和子さんのインタビューが大変興味深い。誰に貸与するかは、楽器貸与委員会が決定するだとか、楽器のメンテナンスは、管理者として財団が管理、楽器貸与終了の難しさ、など、本当にここでしか読めない貴重な内容が記載されている。

現在、この日本音楽財団の楽器貸与委員会の委員長は、あのベルリンフィル音楽監督&首席指揮者のサー・サイモン・ラトル氏なのだ。前任者で、20年間務めたロリン・マーゼル氏より引き継ぐ形となった。

ラトル氏は、さっそく今回のプログラムにも寄稿を寄せている。

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年表を見てみると、1998年にスタートして、貸与者の出演者を見ると、蒼々たるメンバー。日本音楽財団が貸与してきた方たち。

もうこの頃から諏訪内晶子さんは常連ですね。他に国内だけでも徳永二男氏、樫本大進氏、石坂団十郎氏、竹澤恭子さん、庄司紗耶香さん、などなど。

自分は、お恥ずかしながら、いままでこのコンサートに行ったことがなかった。今回が初体験。だから、このプログラムを読んで、はじめてこういう歴史・経緯を知ったのである。

なぜ、このコンサートに行こうとしたか、というと、我が愛すべきアラベラ・美歩・シュタインバッハーさんが出演するため。アラートで発覚したのである。(笑)

年表を見ると、彼女は2008年にも出演しているようである。

通称ストラドと呼ばれるこの楽器、なにもヴァイオリンとは限らないんですね。アントニオ・ストラディヴァリが制作したのは、他にもヴィオラとか、チェロもある。

ちなみに、今回出演された出演者と、そのストラドの使用楽器のリストを書き出してみる。

ハーゲンクァルテット    パガニーニ・クァルテット
            
ヴェロニカ・エーベルレ   ストラディヴァリウス 1700年製ヴァイオリン「ドラゴネッティ」
セルゲイ・ハチャトリアン  ストラディヴァリウス 1709年製ヴァイオリン「エルグルマン」
スヴェトリン・ルセフ    ストラディヴァリウス 1710年製ヴァイオリン「カンポセリーチェ」
諏訪内晶子         ストラディヴァリウス 1714年製ヴァイオリン「ドルフィン」
レイ・チェン        ストラディヴァリウス 1715年製ヴァイオリン「ヨアヒム」
アラベラ・美歩・シュタインバッハー ストラディヴァリウス 1716年製ヴァイオリン「ブース」
有希・マヌエラ・ヤンケ   ストラディヴァリウス 1736年製ヴァイオリン「ムンツ」
パブロ・フェランデス    ストラディヴァリウス 1696年製チェロ   「ロード・アイレス
フォード」
石坂団十郎         ストラディヴァリウス 1730年製チェロ   「フォイアマン」

そして、ピアノはスタインウェイ共通で江口玲さん。

この中で、やはりファンである諏訪内さんとアラベラさんのヴァイオリンだけ簡単に記載を抜粋して紹介。

ストラディヴァリウス 1714年製ヴァイオリン「ドルフィン」(諏訪内晶子)

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音色並びに楽器の保存状態が優れており、1715年製「アラード」、1716年製「メシア」に並ぶ世界3大ストラディヴァリウスのひとつと呼ばれているそうだ。なんでも、あの巨匠ヤッシャ・ハイフェッツが愛用していたことでも有名である。

確かに、この夜の諏訪内さんの音色は、他を抜きんでていた。音量、音圧が他と比べて圧倒的だったような気がする。



ストラディヴァリウス 1716年製ヴァイオリン「ブース」(アラベラ・美歩・シュタインバッハー)

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1855年頃にイギリスのブース夫人が所有したため、現在の名が付けられている。彼女はヴァイオリンの才能を発揮した2人の息子たちのためにクァルテットを形成しようと試み、この楽器を購入した。1931年にアメリカの名高いヴァイオリン奏者ミッシャ・ミシャコフの手に渡り、1961年にはニューヨークのホッティンガー・コレクションの一部となった。音色の美しさ、音の力強さにおいて知名度が高く、保存状態も優れている。

贔屓目と言われるかもしれないけれど、今宵の饗宴の中では、アラベラさんのヴァイオリンの音色が一番鳴っていたような印象だった。なによりもヴァイオリンの命である倍音の出方がハンパではなかった。

ところで、確かNHKの特集番組だったと思うが、ストラドのことを特集していて、最新のCG技術を使って、ストラドを完璧なまでにコピーして同じ音色が出るか、という実験をやっていたのを思い出した。

同じ音色は出なかった。やはりエージングというか、木製の筐体自体の経年による熟れ具合というか、それによる音色の豊潤さは、最新技術で形だけコピーしても再現できないものなのだ。

特に呼称は忘れてしまったが、ヴァイオリンの音色を決定しているところのエリアというのがあって、そこの経年度合が大きいようだ。


今宵の饗宴のコンサートホールは、サントリーホール。

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いつもと雰囲気が違っていて、ステージにお花が飾られていてこんなに華やかな雰囲気であった。この写真は自分の座席から撮ったもので、なんと3列目真正面のかぶりつきだった。(ストラドの音色を堪能の他に、ヴィジュアル的に前で見たいという理由がありました。(^^;;

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それにしても、サントリホールのホール内装空間は本当に美しい。自分の感性では、日本国内のホールの中で、1番内装空間のデザインに高級感があって品格があると感じる。


コンサートは、出演者が数名づつカップリングされて、合奏で演奏するため、個々の楽器の音色を聴き分けるということはできなかった。

演目は、ハーゲン・クァルテットによる構成。 

華麗な饗宴であったことは確かなのだが、正直言うと、前半は自分の座席で聴いている分には、思ったほどヴァイオリンやチェロ特有の倍音が出ていなかったような気がした。ストラディヴァリウスにしては、もうちょっと潤いがあってもいいんだけれどなぁ、という印象だった。

でも後半になって一変した。前半が信じられないような感じで倍音出まくりで、弦の発音時にふっと浮かび上がるような粒子の細やかな響きというか潤いがあって、こうでなくっちゃという感じで、気分が一新した。

ホールの湿度や空気の変化により響きがよく透るというか馴染んできたのか、前半とはまったく聴こえ方が違っていた。

特に圧巻だったのが、前半ラストの6人のヴァイオリンとピアノで演奏するリベルタンゴ。

これはもう最高!

これは自分の好みによるところが大きいのだが、アルゼンチン音楽で、ピアソラだとかタンゴを、クラシックの弦楽器で演奏すると、あの独特のリズム感、情熱、もう体の中が燃えたぎってくるというか、堪らなく快感になる。

今回、1st Vnにアラベラさん、2nd Vnに諏訪内さん、で他4人のVnと、江口さんのPfで、これを演奏するのだが、華麗というか、格好良すぎるというしか言葉が見つからなかった。

そして、後半の最後のメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲。
これも最後を締めるにふさわしい壮大な弦楽奏となった。

特に1st Vnの諏訪内さんが主旋律を唄い、グイグイ引っ張っていく感じで他の人よりもはっきりと音色が聴こえてくるのが印象的であった。

そしてVnは対向配置だったのだが、諏訪内さんの主旋律の音色に対して、対向の有希さんの異なる旋律で、輪唱のように重なっていくのが、なんとも美しいと感じた曲だった。

アラベラさんは、京都ツアーの前にご対面できて、相変わらず麗しく、そしてなによりも弦がよく鳴っていたと感じた。調子はよさそう。

そしてコンサート全般を見ると、やっぱり諏訪内さんの存在は大きいな、と感じるところが大きかった。

華麗な饗宴という言葉しか思い浮かばないくらい、贅沢な一夜であった。



 


のだめコンサート.....祝・東京初上陸。 [国内クラシックコンサート・レビュー]

渡欧は、元々なかった企画なので、以前から入れていた企画があって、それと重なって、いまは超多忙。おそらく渡欧前の自分的に最大イベントなのが、この「のだめコンサート」。

ある意味、盛り上がるうえでもいいタイミングになった。

前回、はじめての体験と言うことで、愛知県の春日井市まで遠征してきた。

その結果は、日記にした通り、素晴らしいコンサートで、いままでに体験したことがない感動だった。

自分が、いいと思ったのは、とてもアットホームな雰囲気であること。
普段行っているクラシックコンサートとは、全然雰囲気が違う。

まず客層がとても若い。女性が多い。MCが入りながらの進行なのだが、とても暖かい、手作り感満載というか、心がこもっているコンサートの造りと進行で、客席にいて、ほんわか、する感じなのだ。

ステージの演奏者と観客の距離感がすごい近いですよね。

こういうコンサートは、ちょっといままでに経験ないなーという感じで、とても新鮮だった。
もちろん技術的なレベルも高い。だから、とても不思議な感覚のコンサートなのだ。

NHK交響楽団の首席オーボエ奏者の茂木大輔さんが、かすがい市民文化財団のメンバーと発起して、企画、運営しているプロジェクトなのだが(詳細な経緯は前回の日記で詳しく説明したと思います。)、今年で10周年記念となる活動なのだ。

セントラル愛知交響楽団、中部フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団と、春日井はもちろん全国を行脚するという活動も軌道に乗っているみたいで、集客も満員御礼が常、と地道に基盤を作っている。

自分は、前回初体験で、いままでの歴史というのを知らなかったのだが、なんと、今回の東京公演は、のだめコンサートの「東京初進出」なのだそうだ!

その東京初公演は、調布市グリーンホールで開催される。
もう、この日のために、ゲゲゲのまち、ゴローさんのまち、である調布を取材してきたんだから。(笑)

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東京が初進出ってちょっと意外?とも思ったが、これを機会にうまく軌道に乗って、これから東京公演も定期的にやってくれるといいな、と思ってしまう。必ず通わせてもらいますよ。(笑)

今回の記念すべき東京初公演が、これがちょっと特別なのだ!

オーケストラ編成が、「のだめスペシャルオーケストラ」と題して、この1夜限りの特別編成オケで、なんとほとんどN響メンバーで占められる(新日本フィル、メンバーもいらっしゃいます。)超豪華編成なのだ。

こういうときに一堂に集まってくれる、というのも茂木さんの普段の仲間からの信望がいかに厚いか、ということを、示しているのでは、と思う。 
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茂木大輔さん

独奏ソリストは、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番で、前回に引き続き、高橋多佳子さん、モーツァルト オーボエ協奏曲に、これまた驚きのN響オーボエの池田昭子さん(じつは隠れ大ファンです。(^^))、そしてメインディッシュにブラームスの交響曲第1番。 
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高橋多佳子さん(C) Akira Muto

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池田昭子さん

なんと贅沢なんだろう!のだめコンサートに、この布陣!を知ったとき、ホントに驚きました。
東京初公演にかける心意気がよく伝わってくる。

このイベントに関して、いろいろな取材を受けてきたみたいだが、ピアノ雑誌:月刊ショパンでのインタビューを読みたく、買ってみた。

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たぶん、自分にはあまり普段、縁がないと思われる雑誌。(笑)でも新鋭などピアニストの情報がいろいろ掲載されていて、面白く拝読させてもらった。

茂木大輔さん×高橋多佳子さんのインタビュー。
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高橋さんは、前回も紹介した通り、1990年に、あのショパンコンクールで第5位入賞という輝かしい経歴を持ち、現在も第1線の現役ピアニストとしてコンサート、録音などで活躍されている。桐朋学園大学の講師としても後進の育成にも励まれている。

美人なんだけれど、3枚目キャラで、ノリがよくて、みなさんから愛される方ですね。(^^)

なんと、のだめコンサートには、過去20回くらい出演されていて、もうこの企画をずっと支えてきた方なんですね。茂木さんとのコンビは、スゴク似合っていると思います。

この、のだめコンサートは、ちょっと特徴がある。
それは、ステージ背面にスクリーンをかけて、演奏中に投影をおこなうこと。


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曲の構造の説明や、いま演奏している奏者の氏名、独奏者のコメント、のだめの漫画シーン、など演奏中に、かなり細かい時間単位で画面を切り替えていって、それを見ていると、不思議と演奏と相まって、スゴイ感動の相乗効果があって、涙もんなんですよ。(笑)

のだめコンサートで1番驚いたのは、この投影。これは面白い試みだと思いますね。
こういうコンサートは、いままで体験したことがなかったので、驚きました。

その他にも、MCが入って、茂木さんと独奏ソリストさんたちのインタビューが入ったりして、とても楽しいです。

こういうコンサートって、ふつうのクラシック特有のオスマシの雰囲気と違って、アットホームで温かい感じがしてとてもグーです。

私は、前回ですっかり気に入りました。

ぜひ、この東京公演が大成功して、東京でもレギュラー的に公演してくれることを期待したいです。

公演日は、8/6(土)調布市グリーンセンター、いまからでもチケット買えます。楽しいコンサートですので、ぜひ!

詳しくは、公益財団法人 調布市文化・コミュニティ振興財団のこちらのページで。

https://www.chofu-culture-community.org/forms/info/info.aspx?info_id=4995

.......そして本番当日。

 ゴローさんのまち、調布で、のだめコンサート。。。祝・東京初上陸。あまりに贅沢な顔々と、ボリュームいっぱいのメニューと相成った。

お天気も快晴で、とても気分がいい。

NHK交響楽団首席オーボエ奏者、茂木大輔さんと、かすがい市民文化財団との連携ではじまったこの企画、今年で10周年ということで、いままで全国、累計82回のコンサートを重ねてきた、ということであったが、意外や驚いたことに、東京公演は、今回がはじめて。

記念すべき、その公演に参加できて、光栄でございました。

今回の主催は、調布市文化・コミュニティ振興財団で、場所は、調布市グリーンホール。
以前撮影した時よりも、緑々していて綺麗になった。

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前回の日記では、オールN響(+新日本フィル)選抜と書いたが、今日プログラム冊子を見て、メンバーを確認すると、N響、新日本フィル以外にも、読響、都響、名古屋フィルの方々も参加されていて、改めて茂木さんの人望の厚さを垣間見る思いがした。コンサートマスターはN響の永峰高志氏。

東京初上陸の公演にふさわしい、本当に贅沢な「のだめスペシャルオーケストラ」と相成った。

やっぱり思うのは、普段と違うその客層。圧倒的に若い女性中心。なんか華やかな感じで大変よろしい。やっぱり、「のだめ効果」と言うことで、お堅いイメージがつきまとうクラシックであっても、こういう若い世代の方が積極的にクラシックに興味を持っていただけるのは、すごくいいことではないか、と感じる。

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必ず、楽章間に拍手をしてしまう、ところもなんとも微笑ましい。(笑)わかる~、その気持ち。クラシック曲の楽章って完結しているので、終わった、あの迫力に思わず、拍手してしまう感覚が。。。


今日のホワイエは、東京初公演ということで、華々しかった。

お花が届いていた。(お二人は仲が良いのです。(笑))

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なんともお洒落なお口添えが!春日井公演のときは、なかったような。。

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そして、いよいよコンサート。

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本当に、フランス料理のメインディッシュを、これでもか!これでもか!というくらいゴージャスなメニューで、本当にお腹いっぱいという感じであった。

ずっと通して思ったのは、東京初公演ということで、のだめの核心となる曲を選曲しているのではないか、と感じたこと。

基本は、茂木さんのMCを挟みながらの進行。

最初は、ウィリアム・テルの序曲より「スイス軍の行進」で肩慣らしの後、高橋多佳子さん登場。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番の悲愴、第2楽章。

この曲は、のだめと千秋の最初の出会いのときに、使われた曲で、やはり核心をつく選曲。

もうご存知だろうが、悲愴ソナタは美しすぎる!

自分は、オヤジを亡くしたとき、この曲を盛んに聴いていたこともあって、ブラシーボ効果というか、想い出して、なんかグッとくる感じを抑えきれなかった。

高橋さんの印象は、前回公演と同じ、女性的で繊細タッチなピアニストだと感じた。
今日は、指捌きが見えない座席だけれども、ご本人が普段SNSに投稿する動画を見ると、手、指が非常に綺麗だと思うこと。

そして、大曲のラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番。

茂木さんは、音楽家というのは、自分が音楽を志そうと思う一瞬のその瞬間、というのが人生の中に必ずある、と仰っていて、この曲も、のだめのロケのときに、千秋がこの曲を弾くシーンを撮っているときに、上野樹里さんの心の中に演じる側として、そのようなある種のキッカケを生んだ、とても想い出深いロケだったらしい。

これは、本当に素晴らしかった。この曲独特のちょっと暗めなのだけれど、人の心を惹きつけるようなラフマニノフ特有のロマンティックな旋律。高橋さんのピアノとオケとの競演は見事な作品として、完結していた。ブラボー!


今日はとても贅沢なので、この後に、さらにゴージャスなメニューが続く。

モーツァルトのオーボエ協奏曲。

なんと!N響オーボエ奏者の麗しきマドンナ、池田昭子さん登場。

原作では、オーボエ奏者の黒木くんが吹く曲だが、このロケのときの監修・指導はもちろん、黒木くんの音を実際吹いていたのは、池田さんだったらしい。(驚)

やっぱりみんな関わりというのが、ずっとあるんだね。

池田さんは、やはり格好良かった。

この曲の底抜けに明るい感じが見事に表現されていて、嫋やかなオーボエの音色。
自分は木管の音色に煩いのだが、さすがプロ中のプロ。申し分なかった。

そして休憩を挟んで、後半、ブラームスの交響曲第1番。

もう大曲中の大曲。演奏が素晴らしいのはもちろんだが、投影が、いつもの雰囲気とは違う、ちょっとシリアスで、重みのある内容進行に驚いた。

交響曲受難の時代を生きたブラームスの心の葛藤、そして、ブラームスが、クララ・シューマン(師シューマンの妻)に送った誕生日のはがき。ここに書かれていたアルペンホルンの旋律が、交響曲第1番の第4楽章に登場し、これが交響曲全体を作っている(茂木さんご本人の投稿から)、など、かなり深い内容だった。

投影のシナリオは、茂木さん原作だが、毎回思うが、よくできていると感じる。(演奏中への挿し込みタイミングも含めて。)

アンコールは、ベートーヴェン交響曲第4番の第1楽章と第4楽章の抜粋。

これは、のだめのテーマ曲なので、やはり核心をつく選曲。
これをエンディングに持ってくるのは、東京へのご挨拶なのだ、と思う。

オケ奏者をいっせいに立たせて演奏させて、お笑いをとったり、なかなか印象的なエンディングでした。

最後の投影は、なんか映画のエンディングのタイトルロールを見ている感じ。(笑)

さっき、いままで演奏していた奏者の静止画をキャプチャーして、すぐにこのエンディングに使うなんて、投影スタッフがコンサート進行中に裏で急いでそそくさと作っていたんだね、きっと。

見事でした。

投影は、前回春日井で観た印象より、さらにずっと洗練された流暢な造り・流れになっていたと思います。

いやぁ、アットホームで楽しいコンサートありがとうございます。

終演後のサイン会。手前から、高橋多佳子さん、茂木大輔さん、池田昭子さん。

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この日は、あまりに気分がよかったので、この後、深大寺に足を延ばす。
(もちろんバスで。(笑))
そして湧水さんの美味しいお蕎麦をいただいたのでした。

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茂木大輔の生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会。
8/6(土)14:00~ 調布市グリーンホール

指揮:茂木大輔
ピアノ:高橋多佳子
オーボエ:池田昭子
管弦楽:のだめスペシャルオーケストラ

前半

ロッシーニ 歌劇「ウィリアム・テル」序曲より、”スイス軍の行進”

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調op.13「悲愴」より第2楽章。
(ピアノ:高橋多佳子)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調op.18 (ピアノ:高橋多佳子)

モーツァルト オーボエ協奏曲 ハ長調K.134 (オーボエ:池田昭子)

後半

ブラームス 交響曲第1番 ハ短調op.68

アンコール

ベートーヴェン 交響曲第7番 第1楽章&第4楽章(抜粋)



エルムの鐘交響楽団 演奏会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

若い学生のときに、十分遊んでおけ、社会人になったらそんな暇なくなるから。と、よく使われる言葉であるが、全く逆だと思う。暇はたくさんあるけれど、知識、人生の経験がない、金がない学生時代にできることなんて、たかが知れている。大人になって、年を取るにつれて、経済的な力がついて、知識、人生経験も増え、価値観というものがわかってきて、このときにやれることのほうが、もう断然面白いに決まっている。

特に経済力があることが、やれることの幅を広げていて、相当大きい要因と思う。

人生年を取るにつれて、若い頃に比べて断然面白いに決まっている。

SNSの友人のつぶやきにあった言葉で、自分はまさにその通り!、自分の人生がそうだ。と偉く感動した一言だった。

そんな中でも、今考えると、自分の学生時代(大学)で悔いが残るとしたら、学生時代にオーケストラに参加するという経験をしなかったことだろうか。。。

小学生から中学生までの間、クラシックピアノを習っていた。当時男の子が習う”習い事”として、とても恥ずかしくて、学校の友人に内緒にしていたし、嫌で嫌でたまらなかった。だから遠い昔だけど、おたまじゃくしは読めるし、音楽の素養はあると思う。(^^;;(笑)

いま、この歳になって、とても悔いが残るのは、音楽の勉強をしてこなかったこと。(というか、する機会がなかったこと。)学生時代より、ずっと理系人間で、社会人でも技術者の人生を歩んできたので(もう引退しましたが。)、きちんと音楽に対峙して勉強した経験がない。

いま考えても、当時に人生に音楽を選択する余地なんて、まったくなかったので、技術の道を選んだのは必然の結果で、今になって悔いることなんてもちろんない。(当時はバブルの時代で、電気・電子関係は、もう引く手あまたの就職事情だったし、正直、音楽の道はちゃんとご飯が食べていける職業なのか???なところもあった。)

クラシック専門になってからも、独学で、自分の感性で聴いてきた。音マニアなので、どちらかというと、音楽・演奏を解析するというより、音を聴いているところがあって、これはオーディオマニアに対して、よく言われる言葉で、「音楽を聴いているんじゃなくて、音を聴いてますよね?」という有名なフレーズがある。

自分はそうだと思うが、別に恥ずかしいこととは思わないし、逆に普通の人にはない「耳の特技」で自慢にさえ思う。

でもここ最近、この特技にプラス、音楽、演奏家側の知識、感性が加わると、鬼に金棒というか、もうすごい人生が豊かになるんではないだろうか?と思うことだ。

本当に、ここ最近ではあるが、音楽を勉強する、ということを、いまからでいいからしてみたいな、と思うことがある。もう人生の晩年ではあるけれど。。。

そんなときに、学生時代にオケに入っていればな~という想いがあったのだ。

ゴローさんは東大にいたときに、学生オケでヴァイオリンをやっていた。そのときに音楽の素養を学んだ。なんの楽器でもいいから、楽器をやれるということは、絶対音楽の素養を養ううえで必要なことと常日頃言っていた。

NHKの音楽プロデューサー、ディレクターになるには、今後、(オーケストラでの)楽器演奏の経験がプロフィールにないとダメ、とまで断言していた。

まぁゴローさんの場合、学生オケに夢中になったあまり、大学時代の成績はみるみるうちに下がり、卒業の時は最下位だった、と自分で言っていましたが。(笑)

そんな話を、ゴローさんから聞いていたので、学生時代にオケに入らなかったことを非常に悔いた訳だ。でも冷静に考えてみると、やはりその当時、そんな発想は微塵もなかったし、たとえあったとしても、楽器を買うお金や、師匠に師事するお金など、ウチは超貧乏な家庭だったので、論外だったと思う。

人生の選択において、いまの自分は必然のなりゆきで、全く後悔などしていない。

前置きが長くなったが、我が母校の北海道大学(通称北大)には、もちろん学生アマチュアオーケストラがあるのだ。そして、その北大を卒業したOBたちが東京都内で集まって、都内でアマチュアオーケストラの活動をしている、という噂を前職時代の同期の友人から聴いていた。



「エルムの鐘交響楽団」


創立は、1994年に初の演奏会ということで、もう22年目に突入で、大体年に2回ペースの演奏会で、今回が33回目になる。

相当昔から活動していたが、これまた自分はつい最近までまったく知らなかった。

約90名の団員のうち、北海道大学交響楽団OBは約3割にすぎず、 大部分はこのオケの「音色にこだわり、アンサンブルを楽しむ」という ポリシーに共感して集まった仲間たち、というのが実情のようだ。

また、読響の元ソロ・コンサートマスターである藤原浜雄氏を招いた「アンサンブル合宿」、金管アンサンブルなど、演奏会以外の活動も活発に行っている。

さらには2013年には、イタリア・ビトント市で特別演奏会を開催した、というから、そういう国際的な活動もやっているとは驚くばかり。

北海道大学には、時を告げるためにエルム(ハルニレのこと)の木に ぶら下げて使っていた「エルムの鐘」というのがある。(確かに私の在学時代にもその存在は知っていた。)

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設立の際、発起人たちの「北のロマンチシズム」を表現したい というこだわりを象徴する名前として、「エルムの鐘交響楽団」とした。

演奏曲目も、北の大地のオーケストラらしく、北欧・ロシアものなどのほか、普段アマチュアが取り上げる事の少ない曲目にも積極的にチャレンジしている。

そんな情報を仕入れていたので、ぜひ我が母校のオケを聴いてみたい、という想いが募って、この日の公演を楽しみにしていた。

アマオケ(アマチュア・オーケストラ)を聴くなんて、いつ以来だろう?

mixiに入会した2009年ころに、オーディオ&クラシックのマイミクの友人と、毎週アマオケの演奏会に通っていたことがある。

懐かしすぎる!それ以来ではないだろうか?

演奏会場は、東京中野にある「なかのZERO」の大ホール。33回の演奏会は、ほとんどここで開催されている。自分は、中野という街は、ほとんど来たことがなくて、縁のない街なのだが、演劇や演芸、マンガ・アニメなどサブカルチャーに至るまで、東京の文化的拠点のひとつといえる街だと思う。

この日、街中を歩いていて、思ったのは、結構商店街や飲食店、居酒屋が多くて、和風な感じの街だなぁ、と思うこと。

彼らの拠点が、この街であり、このホールなのだ。


なかのZERO大ホール

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超驚きだったのは、その集客力!

はっきり申し上げると、「エルムの鐘交響楽団」として、なにか大きなプロモート宣伝を普段しているか?というと全くノーで、自分もほぼ1年前にこの楽団の存在を知って、FBの公式ページを登録したりしていたのでだけれど、広告、プロモートなど全くなし、と言っていい。

自分の事前の予想では、ガラガラの閑古鳥かな~ぐらいに思っていたのだが、ところが、である。
ホール開場前に並ぶ行列が、どんどんみるみるうちにご覧のように長蛇の列。

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結局キャパ1292人の大ホールは、ほぼ満員御礼なのである!(驚)

普段告知、プロモートなどをやらないアマオケで、ここまで集客力があるっというのは、ぶったまげた、と同時に我が母校を誇らしげに思った。

スタッフの人に聞いたら、今回に限らず、数年前から、おかげさまで大盛況なのだそうである。

告知・プロモートなしのアマオケで、ここまで毎回集客力があるということは、やはり北大OB、所縁のある方々が、リピーターになって通っている暖かい支えがあるからなのだろう。

公演チケット代金は1000円。とくに彼らのHPにあるPDFのちらしを持ってきてくれれば、チケットと交換で無料だという。(自分はこれにしました。)

自分の住所などを登録すると、次回の演奏会の案内も定期的に届く。

こういうシステムから、やはりリピーターがきちんとできやすいようになっているのだと思う。
(広告なしで、これだけ満員の大盛況というのも、ここ数年でのこういう地道にリピーターを増やしていったという結果の賜物なのかもしれない。)

でもたったの1000円、もしくはちらしと交換で無料というのは、もうチケット収入での運営なんて、まるで考えていなくて慈善事業のように思えてしまう。(笑)

アマオケは、団員たちは、みんな普段の仕事を持っている人達の集まりで、サブ活動としてオケをやっているに過ぎないのでボランティアのようでもかまわないんだろうな。


ホール開場。

ホワイエ

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そしてホール

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区民ホールという位置づけなので、さほど???と予想していたが、予想以上にしっかりした造りのように思えた。ステージ上空、そしてホール側面などは、音の反射、拡散を思わせる、いわゆる通常の専門クラシックコンサートホールにあるような壁の形状も、らしく存在している。

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面白かったのはデッドニング(吸音)での整音のためと思われるが、こういう布状の垂れ幕があった。(こんなあからさまなのは、初めて見た。(笑)微笑ましく思った。)

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音響も区民ホールとしては、上々で極端な違和感はなかった。

自分は、ほぼ中央列の中央ど真ん中に座った。(オーケストラは、やはり発音のエネルギーバランスを真正面から聴く、というのが持論です。)



開演。

オーケストラの登場の仕方に特徴がある。

「エルムのスタイル」と称していて、ふつうのプロのオケのように、一斉に登場するのではなく、開演前に、事前にステージに奏者が登場するのである。

エルムの鐘交響楽団のこの方法、アメリカのオーケストラにはよくある方法のようで、(「アメリカン・スタイル」と呼ばれている。)各奏者は開演前の好きなタイミングで舞台に上がる。本番の迎え方は人それぞれで、早く出て舞台の空気に馴染んでおきたい、舞台の音を確かめたい人もいれば、ぎりぎりで楽屋でゆるんでいたり、舞台袖で集中力を高める人も・・・・揃っての入場よりも各人、各人が気持ちよく演奏に入るほうを優先する。

このほうが舞台慣れしていないアマチュア奏者にはいいのではないか、ということでこの方式を採用しているのだそうだ。


さて、肝心のオケの印象。

アマチュアとしては水準が非常に高く、気持ちよく聴かせてもらった。

自分の予想以上にレベルが高かった。驚いた。

数年前に、アマオケを聴きまくっていたころに比べると、こんなに上手なオケは当時はいなかった、と思う。

特にこの日のメインディッシュのベルリオーズの「幻想交響曲」なんて、プロに肉薄するくらいのレベル、高揚感で感心した。

でも、そこはアマオケ。。。普段、日頃聴いている演奏と比較すると、どうしても気になってしまう点があって、辛口になってしまい申し訳ないが、それも愛のムチということで、ご容赦願って述べてみたいと思う。

1番気になったのは、管楽器のレベルがいまいち不満。

金管、木管ともに不満が大きかった。

特に金管の音色は厳しいものがあった。プロでさえ、金管が安定しているなんて難しいことなんだから、アマではしかたないかな、と思う。自分はある意味、オーケストラの楽器の中で1番難しいのは、金管楽器だと思っている。プロとの差を1番感じるのもここですよね。ホルン、トロンボーン、トランペットこのあたりの音色だろうか・・・音が外れるということもあるし、やはり肺活量的にというか、音色がプアでつらいものがある。これは全編を通じてそう感じた。

木管に関しては、もちろん吹き損じとかあった訳ではないのだけれど、やはり音色がプア。金管ははっきり上手下手がわかってしまうが、木管はそんなにわかりにくいかな、と普段思っていたのだが、やはり木管の音色もはっきり差が分かった。

色彩豊かな、嫋やかな洗練された音色ではなく、どうしても音色自体に表現、艶がない。
木管好きなので、余計採点が厳しくなって申し訳ない限りだが、気になるのは仕方がない。

でも感心した点は、木管はオケ後部のあの位置にあるにも関わらず、自分の座席にすっ~と通りが良くて、よく見通しく聴こえたことだった。これは驚き。どうしても弦楽器に隠れがちなのだが、かなり見通しが良かったので驚いた。

1番プロに近いと思ったのは、弦楽器群。

オケの大半は、このストリングス・セクションが占めているので、これがダメだと救いようがないのだが、これはじつに素晴らしいと思った。

特に弦の一斉のユニゾンは聴いていて、音の厚み、同時性ともにプロのようだった。敢えて不満を言えば、弦5部は第1,2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、後部にコントラバスという布陣だったが、ヴァイオリンのユニゾンが、もうちょっと音量が欲しいな、と思った。もっと大河のように、うねるように聴こえるものだが、やや音量不足気味に。

反面低弦群は素晴らしかった。弦の音色が立っていて、解像度も高い。(ゾリゾリ来る感じ。)

「第1ヴァイオリンが、ステージの左端からセンターまで席を埋め、主旋律を歌い、第2ヴァイオリンやヴィオラが 音楽を内から高揚させるように内声をきっちり表現していて、かつチェロ・バスの低音弦にはちゃんと拡がりと音としてのボディー感がある。」

自分がオーケストラに要求するこの弦楽器の基本がきちんと出来ているように思えた。

あとは、オーケストラ・サウンドの全体の聴こえ方、バランスですね。

管楽器類が落ちるので、全体のオケ・サウンドのバランスが崩れていて、統一感、締まりがない、散漫に聴こえてしまう。

これは仕方がないですね。やっぱりあれだけの大所帯のオケでも、どこかにウィークポイントがあると、全体的にピシっと締まらない。

プロでも、サウンドバランス的に、きちんと統一感あってピシッと聴かせてくれるオケなんて、日によって出来が違うのですから。

でも、もう一回言わせていただくと、アマオケとしては、素晴らしいレベルで、自分が聴いてきた中では最高のレベルと言っても過言ではない。特にメインの幻想交響曲は素晴らしかった!

我が母校OBのオケが、こんなに素晴らしいとは、本当に誇りである。

みんな普段の仕事を別に持っていて、練習時間もそんなに多くは取れないと思われる中、これだけの高水準の演奏を披露してくれるのだから、本当にスゴイとしか言いようがない。

この日誓ったことは、これからこの母校OBオケの演奏会を、今後通い続けていこうと思ったことだ。なんか自分の母校を想う気持ちが、趣味のクラシックを通じてできるなら、幸せなことだと思ったから。

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エルムの鐘交響楽団 第33回演奏会
2016/6/11(土)18:30~21:30
なかのZERO大ホール

指揮:佐々木 新平
管弦楽:エルムの鐘交響楽団


交響詩「レ・プレリュード」フランツ・リスト
小組曲「子供の遊び」ジョルジュ・ビゼー

休憩

幻想交響曲 エクトル・ベルリオーズ

アンコール
グノー「操り人形の葬送行進曲」


「エルムの鐘交響楽団」 
http://boeso.web.fc2.com/



エレーヌ・グリモー ピアノ・リサイタル [国内クラシックコンサート・レビュー]

昨日は、エレーヌ・グリモーのピアノ・リサイタルを鑑賞しに、大阪のシンフォニーホールまで行ってきた。新譜の「Water」に伴っての来日で、リサイタルとしては5年振りとのこと。

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彼女の自叙伝を読んだことで、とても不思議な魅力を持つピアニストだとわかって、自分の日記でも力を入れて特集してみた。

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(グリモーのFBページから拝借しております。)


いままでは、知っていてCDも数枚持っているにも関わらず、意外とスルーだったのが、こうやって彼女自身のことを深く知ると、俄然興味が湧いてくる。

やはりクラシック鑑賞は、演奏家、アーティストのことを、よく知ると興味の持ち方が全然違ってくるのだなぁ、ということが、よくわかった一例だった。

前半は新譜から。後半が彼女が敬愛するブラームスのソナタ2番。
前半と後半とでは、全くの別世界だった。(笑)

前半の新譜は、本当に美しいアンビエントな環境音楽のインストゥルメンタルを聴いているみたいで、8曲ノンストップの凄い集中力だった。ラヴェル、リスト、ドビュッシー、ヤナーチェク、べリオ、武満などなど。

確かに、一連の流れを聴いていると、今回の新譜のテーマ「水」のイメージが湧いてきそうな清廉・潔白な感じがする。せせらぎから激流に至るまで、結構、抑揚があるドラマになっていた。

直前になって、前半の曲順を大幅に変更してきたので、最後の最後まで、全体の流れ、シナリオを徹底的に、こだわり抜いたのだと思う。

この前半は、かなり聴いていて美しかった。

後半のブラームスは、彼女の世界ですね。(笑)

ブラームス独特の感性や個性と言ったらいいのか、難しい曲だった。
前半の美しい調べの数々と違い、かなり求道的な旋律で、奏法もダイナミックで、前半とまったく別世界の彼女を観れた感じ。

アンコールは3曲も演奏してくれたが、コンサートを通して感じたことは、どの曲も彼女のイメージカラーにぴったりの選曲をしていて、コンサートの色を自分のカラーで染めていたこと。自分の色をきちんと知っていて、そういうコンサート自体のプロデュースができるのは大事なことだと思う。

グリモーを生で鑑賞した印象。。。

この日は、上が皮のレーザーのようなジャケットと、下が黒のスラックス、というスポーティーなスタイル。

技術的にも安定していて、高度なテクニシャン。ノーミスタッチで完璧な演奏だった。弱音、強打の使い分けが明確で、結構演奏自体に抑揚というかメリハリをつけるタイプのように思えた。

演奏スタイルは、動的というより,むしろ静的な感じで、オーバーアクションなしの正統派スタイル。(ぺダリングも。)

それ以上に、やっぱり、なんと言っても雰囲気がある。

普通の人生とは違う苦労人だけあって、単なる美形ピアニストで収まらない、妖気というか、なんかオーラがあって、”深い” 魅力を持ったアーティストですね。

それが彼女の最大の魅力だと思います。

演奏終了後の聴衆への挨拶も、このホールの観客席全部に行き渡るように、1回転~4方向すべてに丁寧に挨拶していた。

なにより、その細やかな心配りに驚かされたのは、

アンコール曲のレターリングを自分の直筆で書いていることだった。

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(今回の招聘元のFBページから拝借しております。)

今回は座席も計画犯的に、指の見える、ど真ん中の中後方席にしたら、ダイレクト音と響きのマージ具合が素晴らしくて、全体のイメージを俯瞰できる感じで大成功だと思った。シンフォニーホールは、いままで、前方席ばかりだったが、こちらのほうが正解だと思った。

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このホールは、”音響がデッド”という話もあるようだが、自分は関西のホールをあまり経験していないし、このホールも数回しか経験がないので、断言はできないが、決して、そんなに音響が悪いホールとは思えない。

デッドだったら、演奏前にホールに入った暗騒音の瞬間に分かるし、数回の経験しかないけれど、聴いていて、そんなに極端に違和感を感じることもない。これは、関西のホール巡りをしないとあかんな、という感じだろうか。(笑)

あと、残されたのは、東京公演と、Vn/Pfのソナタ形式の公演と2公演。

グリモーの魅力満載になるに違いない。楽しみだ。


東京・春・音楽祭 ヤノフスキ&N響 ワーグナー「ジークフリート」演奏会形式 [国内クラシックコンサート・レビュー]

東京春祭ワーグナーシリーズ、ヤノフスキ&N響「ジークフリート」千秋楽。

1日空けてようやく落ち着いて感想を書けるようになった。

終演のときは言葉を失うほど感動した。過去最高だった。

「音楽だけに集中して舞台装置による解釈なしにワーグナーの楽曲の音楽的な質の高さを観客に伝える。」

そういう演奏会形式にこだわってきたヤノフスキの信念を見せつけられたような感じだった。

リング4部作の中では、ジークフリートが1番地味な演目(女声がほとんど出てこない。)という前印象だったのだけれど、一昨年、去年のラインの黄金、ワルキューレと比較して、今年のジークフリートが、それらを超える最高レベルの演奏だったというのも驚きだった。

去年のワルキューレのときも相当感動したんだけれどね。


まず傑出していたのが声楽ソリスト陣。

これが驚異的なレベルの高さ。

やっぱりジークフリート役のアンドレアス・シャーガー。

初日公演のみなさんの評判は異常なまでに高かったのだが、それに全く偽りがなかった。
声質は軽い部類だと思うが、声の張り出し感、歌い回しにキレがあって、観客に伝わってくるアタック感が凄い。

声量も抜群で、ホール空間への定位感もずば抜けていた。なによりも歌うときに、歌のみの表現力だけではなく、演技がキビキビした感じで入っていて、見ていて、聴いていて、小気味よさ、というか爽快感があった。

テノールにとって、ジークフリートという役柄は、全幕ずっと出ずっぱりで、技巧的にももっとも難しい難役。これをシャーガーは、さすがに第2幕はセーブしていたようにも思えたけど(笑)、ものの見事に演じきった。

なんでも彼はオペラッタ歌手だったらしく、ヘンデルテノールへの転身という変り種。
ヘンデルテノール、いけるんじゃないか! 自分にはまったく盲点の歌手だった。

他の声楽ソリスト陣も全員ものすごいレベルが高い。

特にミーメ役のシーゲル氏、個性派で味があって、声質、声量も素晴らしくてジークフリートを喰っていたところもあった。

しかし、よくもまぁこんなにレベルの高い歌手陣を集められたなぁと感心することしきり。


最終局面のジークフリート&ブリュンヒルデの二重唱は、もう芸術の極致と思える美しさで、言葉を失い、息を呑むとはまさにこのことだった。


そしてなによりも、自分が感心したのは、ヤノフスキの指揮、全体のコントロール術。

ヤノフスキの指揮振りは地味というコメントも散見されたが、自分は全くそう思わない。見ていて、とにかく無駄がない,贅肉をいっさいそぎ落としたものスゴイ洗練された棒だと思いますね。

ずっと見ていると、ヤノフスキの指揮には自分のパターン・リズムがあって、棒の右手の使い方、棒を持たない左手の使い方に彼独自の特徴がある。でもそれがオケの流れを流麗に引率していて、全体を巧みにコントロールしているように見えて、スゴイ洗練されているように見えるんですよ。

同業者の指揮者や演奏家などの玄人受けする指揮だと思います。


昨今のパフォーマンスばかりが目立つような中身の薄い指揮者より、これぞ、中身優先の玄人受けのプロの指揮だと確信しますね。

そうしてコンマスのライナー・キュッヒル。これがスゴイ存在感。自分の座席からなのだが、彼の音色がすごいオケをグイグイ引っ張っているのがすごくよくわかる。その昔、メータかムーティか忘れたが、ウィーンフィルの来日公演のときに全く同じ経験をしたことがあった。本当に強力な引率力で、まさにこれぞ、「ザ・コンマス」ですね。


そして、なによりもこの演奏会&サウンドを支えていたのが、N響のみなさん。

連日のヤノフスキの厳しい指導、長時間のリハで精神力ギリギリの思いをして鍛錬してきた日々。それがこの日に実を結んでいた。

みなさんは最高に格好良かった!


去年のワルキューレのときも思わずツィートしたのだけれど、やはりワーグナー演奏を日本の企画、日本の団体で、世界水準と照らし合わせても、これだけレベルの高い演奏を日本で実現できる、聴ける、ということ、これは本当に凄いこと。

まさに日本の誇りと思ってもいいことなのでは、と改めて思いました。

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東京春祭ワーグナー・シリーズVOL.7
「ニュルンベルグの指環」第2日「ジークフリート」

2016.4.10 (日)15:00~20:00  東京文化会館 大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アンドレアス・シャーガー
ブリュンヒルデ:エリカ・ズンネガルド
さすらい人:エギリス・シリンス
ミーメ:ゲルハルト・シーゲル
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ファーフナー:シム・インスン
エルダ:ヴィーブケ・レームクール
森の鳥:清水理恵

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下哲

 曲目:

ワーグナー:舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」第2日「ジークフリート」


生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

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のだめカンタービレ。

女性漫画誌「Kiss」で連載され大ヒットして、2006年でフジテレビで放映されて、さらに火がついて日本中、クラシックブームの大フィーバー。

さらにテレビの続編として、ヨーロッパ編を描いたバージョンを、映画(実写)で前・後編として放映してこれまた大成功。

クラシックファンの自分は、もちろん全部観てましたとも!(笑)

さすがに漫画誌連載のときは、その存在は知らなかったけれど、フジテレビ放映の時、はじめて観たとき、クラシックを素材にしていたこと自体、すごいびっくりで新鮮だった。

かなり夢中になった。

クラシック音楽は、どちらかというと敷居の高いジャンルで、お高く留まっているとも思われがちなイメージだったのに、この番組のおかげで、ずいぶん市民権を得られたんではないか、と思ったほどだ。

この原作がなぜここまで成功したかというと、自分が思うに、やはりクラシックを一般人の等身大の目線から描いていて、いままでマニア的な存在だったクラシックファンを一気にメジャーなところに連れてきてくれた感じになれたことなのではないか、と思う。

そして原作者の二ノ宮知子さんの作画の前の情報収集、大勉強にもよるところも大きいクラシック音楽の専門性、描画の正確性もきちんと作品に備わっている......

そんなところに大成功の秘密があるのだと思う。


また、このテレビ番組が放映されたのが2006年10月~12月で、自分が前職を退職したのが、2006年3月。

ちょうど1年間無職で浪人していたころで、毎日サンデーの先行きが見えない暗い日々を過ごしていた時期だったので、尚更タイムリーな衝撃で、自分の一生のメモリアルな番組に思えたほどだ。

テレビ番組、映画のDVDは、全部揃えた。
そして、のだめオーケストラによるCDベスト集も買った。

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存在は知らなかったけれど、このテレビ番組で存在を知って、漫画のほうも後追いで揃える。(笑)

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じつは、この”のだめ”に関するイベントで、生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会、というコンサートがあるのだ。

大変失礼な話であるが、自分は存在を知らなかった。(^^;;

当時の”のだめ”の番組作りで、いわゆる取材協力、監修という形で、プロの立場から作者の二ノ宮さんや俳優たちに指導していたNHK交響楽団の首席オーボエ奏者の茂木大輔さんが主導でおこなっているイベントで、漫画“のだめカンタービレ”の大ファンだった、愛知県春日井市にある「かすがい市民文化財団」のスタッフが、漫画巻末に“取材協力”として名前があった茂木さんに、“のだめ”のコンサート が春日井で出来ないか相談したところから、この音楽会の発端は生まれたのだそうだ。

茂木さんの指揮で、愛知が誇る三大オーケストラ、セントラル愛知交響楽団、中部フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などで、のだめの曲を、その春日井市民会館で演奏する、というもの。(もちろん全国の各地にも遠征するようです。)

さらに、単なるオーケストラの演奏に終わらず、ステージ背面にスクリーンで、演奏中に、その曲に相当するのだめのシーン描画をすることで効果を高める、という演出もあるらしい。

もう10年も続いているようで、今年が10周年記念公演にあたる。

今回、愛知県春日井市まで、この公演を聴きに行こうと思ったのは、「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番」を演奏する、ということなので。

このラフ3は、自分にとっての勝負曲なのだ。

これは聴きに行くしかあるまい。(^^)

原作では、のだめのライバルのRuiが、千秋の指揮で、この曲を弾いている。(自分の記憶では、Ruiは山田優さんが演技していて、赤いドレス着て弾いていましたね。)

今回、このラフマニノフの3番を演奏してくれるピアニストは高橋多佳子さん。

1990年に、あのショパンコンクールで第5位入賞という輝かしい経歴を持ち、今なお第1線で活躍している素晴らしいピアニストである。

今回の演奏会は、のだめのライバル、Ruiが演奏した曲を中心に送る「Rui's Edition」と呼ばれるもので、このラフマニノフのピアノ協奏曲第3番のほかに、ラヴェルのピアノ協奏曲、ラヴェルのボレロなど、とても魅力的なプログラムだ。

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じつは、このラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番をテーマに、読み切り版限定ということで、漫画のほうの”のだめカンタービレ”も一夜限りの復活をしているのだ!

例の女性漫画誌「Kiss」で掲載されて、さっそく読んだ。

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5年の時を経て、アラサーになったのだめと千秋。2人はまだ”アレ”をしていないんだそうだ.....(^^;;

茂木さんと高橋さんとはFBで友人になっていただいていることもあって、その応援をしに行く、という意味合いも強い。


ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番は、ピアノ協奏曲の中では、最も技巧的に難しい曲と言われていて、これを高橋さんがどのように魅せてくれるか、ホントに楽しみである。

.............。


そして、今日、その、のだめコンサート(生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会)を聴きに、愛知県の春日井市まで行ってきました。

新横浜から名古屋まで2時間くらい。そこからJR中央線で春日井まで出て、そこからバス。
春日井市役所の建物の一角として、春日井市民会館は存在していた。

春日井市民会館

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驚いたのは、客層がすごい若いこと。普段コンサートゴアーである自分の経験からすると、クラシックのコンサートに来る年齢層って大体想像できる。でも今日の客層を観て、ちょっと驚きと言うか、ものすごい若いのだ。しかも女性が多かったような気がする。やはりここら辺はのだめ効果なんですね。

ホワイエ

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今回の公演が10周年を祝う記念公演で、作者の二ノ宮知子さんから花束が届いていました。

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そして過去10年の歩みを表すパネルの展示。
このパネル群を見て、このコンサートの存在を知らなかった自分は、勿体ないというか恥ずかしい限り。(でも近くにいた女の子も、いままで知らなかった、と言っているのが聴こえてきました。)

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ホール内装

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上階席なしで、1階席のみで傾斜がついている。ちょっと気になったのが、ステージの奥行きが狭いこと。大型のオケを入れるには、窮屈そうな感じがしました。

音響は違和感を感じることはなかった。普通にニュートラルです。


まず茂木大輔さんが、MCで、のだめとの関わり、そして今回のRui's Edition/ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番を取り扱うまでの経緯、そしてこの音楽会の歴史(もちろん中心は春日井市だけど、全国に展開していて、北海道、四国、沖縄以外は全部遠征したとのこと。)の説明をされていた。

茂木さん、なかなかスピーチ上手で、観客を笑わすツボを持っていると思います。(笑)

そして、いきなりのメインイベントであるラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番が始まる。

高橋多佳子さん登場。

FB友人の演奏家のコンサートっていつも大緊張。こっちの心臓がバクバクする感じになってしまう。

演奏は、こちらのドキドキしていた心配が無用だったように、素晴らしかった、と思う。
全体的にゆったりとしたテンポで、女性的なアプローチ、雰囲気を持った3番だと思いました。

激しく、しかも叩く鍵盤の数が多いところなど、無理せず、しっかりと着実にという感じのアプローチで、小山実稚恵さんに似ているな、と思った。

難所、見せ場がたくさんあるこの曲は、もちろんその箇所、ツボを自分は熟知しているので、しっかり拝見しましたが、難なくクリアされていて、自分もその部分でのエクスタシーを感じ取れた。

特に第1楽章のカデンツァのところは、いきなり山場という感じで、シビレル感じだったなぁ。

そして最大の自分のツボはコーダに向けてのグルーブ感と、一気加勢に盛り上がり、その頂点で派手な軍楽調の終止に全曲を閉じる部分。もうここを味わいたいがために、いままでのドラマもこの瞬間のためにある、と言ってもいいところで、そこもバッチリ決めてくれた。

本当によかった。終わった後、胸をなでおろした。

今回はラフ3という激しい曲だったのでマスクされているところもありますが、高橋さんは根本は繊細で女性的なタッチのピアニストだと思いました。手の動き、表情を見ていたらそれを感じます。

じつは、この最初の曲のときに、もうひとつの大事な発見があった。

それはステージ背面にあるスクリーンでの描画効果。
自分が、ネットで調べていた時は、単にのだめの漫画のシーンを映す、というくらいの認識であったのだが、これがじつはとんでもない!大変巧妙な心理効果で、もうびっくりしてしまったのである。

のだめの漫画シーンだけでなく、演奏者からのこの曲に対するメッセージ、ラフ3の歴史、そして曲の構造など、これが実に巧妙なのだ。

単に順番に並べて映すんじゃんなくて、ちゃんと曲の進行、旋律に合わせて、どのタイミングで、どのような内容のものを映し出すか、が相当練られているというか、要は演奏者の曲をBGMにしながら、聴衆者が感動できるようにストーリー性を持った挿絵になっているのだ。この挿絵のシナリオを作っている人は、完璧なプロですね。

ラフ3を聴きながら、この一連の挿絵を見ていたら、ふつうのコンサートの演奏を聴いている以上にスゴイ心象効果が増幅されて、自分のこの勝負曲を聴きながら、思わず涙腺が弱くなり、涙が出そうになった。

この演出は素晴らしいですね。

特許出願したほうがいいですよ。(笑)それも自社技術を保護するための特許ではなく、他社から収入を得るための特許戦略として。(笑)

10年前からこの音楽会はやっているのだから、ずっとやっていることなのかもしれませんが、自分は今日はじめて拝見してその心象効果に相当驚きました。今回の演奏会の中で1番印象的だったかもしれない。

後半は、パリ在住でパリ コンセルヴァトワール(パリ音楽院)在学中の岡田奏さんによるラヴェルのピアノ協奏曲。

素晴らしかったですね。

驚いたのは、全身細身の美人にもかかわらず、かなり打鍵が強くパワフルで、男性的な演奏をすること。もちろんラヴェルのコンチェルトということもあるのでしょうが、圧倒されました。

なんかふっとユジャ・ワンのことを思い出してしまいました。
でも第2楽章の情感あふれる美しい旋律は、繊細に歌い上げる。そのあまりに恍惚の美しさで、息を呑む、とはまさにこのことだった。

きちんと両面を持ってますね。将来期待のホープになると確信しました。

最後はボレロで堂々フィナーレ。

中部フィルは、弦楽器がほとんど女性団員というのが相当驚きましたが(前方席の自分から見ると、女性ばかりのオケに見える。(笑))、実力はかなりしっかりしていると思い、在京楽団に決して負けていないと思いました。(mixiの友人も絶賛していた。)


ここまでアットホームでレベルの高い演奏会であるならば、尚更、その知名度をどんどん上げるというところに自分の感心は行ってしまうんだなぁ。(笑)

10年もやっているのだから、自分が知らなかっただけで、有名なのかもしれないけれど.....
ネットで検索すると、きちんと詳しく情報が展開されている。

でもネットってその存在を知らないと、自分から能動的に探しに行かない限り、ヒットしない訳で、できればもっとプッシュサービス的に、もともと存在を知らない人に知らしめる方法を考えると、もっと知名度があがるのに、と思いました。のだめなんだから。(現に自分はのだめファンでもあるにも関わらず、まったく知らなかったので。)

でもふつうのクラシックコンサートとは一味も二味も違う、素晴らしい、楽しいコンサートをありがとう、と言いたいです。


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高橋多佳子さんと茂木大輔さん(指揮)


生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会
2016.3.13 15:00~ 春日井市民会館

指揮:茂木大輔
ピアノ独奏:高橋多佳子、岡田奏
管弦楽:中部フィルハーモニー管弦楽団

ドヴォルザーク チェコ組曲ニ長調作品39より第2曲ポルカ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調作品30
~ピアノ:高橋多佳子

ガーシュイン 「アイ・ガット・リズム」
       ~ピアノ:高橋多佳子、岡田奏

ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調
     ~ピアノ:岡田奏

ミョー  スカラムーシュよりブラジレイラ
     サックス:片田景子 ピアノ:岡田奏

ラヴェル ボレロ


アラベラ・美歩・シュタインバッハー& N響のチャイコフスキーのコンチェルト [国内クラシックコンサート・レビュー]

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今年で47回目を迎える都民芸術フェスティヴァルの「オーケストラ・シリーズ」。

東京芸術劇場に行ったところ、ポスターに当フェスティヴァルで出演するオーケストラの一覧と演目が書かれていた。

N響、都響、新日本フィル、東響、読響、日本フィルなど蒼々たる在京楽団の名が連なっていて、それぞれが各々独奏ソリストを携えて、魅力的な演目を演奏するようであった。

私が行ったのは、N響&アラベラ・美歩・シュタインバッハーのコンサート。

もちろんアラベラ様のコンサート目当てに知った公演ではあったが、冬の風物詩として有名なこの公演に参加できたことは、本当に光栄だと思う。

この公演のチケットは予想以上に大変な争奪戦で、スタートと同時に2時間位で、即日ソールドアウト。

アラベラ公演は、2年前位は余裕でいい座席を取れたものなのだが、日増しにどんどん知名度が上がってきて、チケットも簡単には取れなくなってきた。

人気が出てくるのはファンとしては嬉しいのだが、チケットが取りにくい、というのも正直困る。
この公演も予想もしなかった大変な争奪戦だったので、やっとネットにつながってとれた座席は、こんな1階席前方の右側の端っこという最悪の座席であった。

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まぁヴァイオリニストと対座して顔の表情が見えるという点ではいいかもだが、音響的にはいかがなものか?という感じである。

今日の演目は、前半はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、そして後半がムソグルスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」だった。

チャイコフスキーのコンチェルトは、もう盛り上がること間違いなしのヴァイオリニストにとって”魅せる”には最高の曲と言っていい。

アラベラ様のチャイコフスキーの演奏姿を見れる、というのがなによりの楽しみ。

この日のドレスは装い新たな新調したピンク色のドレスであった。

いままではどちらかと言うと、緑、青、赤といった全体のシルエットが締まる感じのドレスが多かったのだが、なんか新鮮な感じ。

そして演奏。

やはり圧巻だった。期待を裏切らない素晴らしいパフォーマンスだった!

この曲はチャイコフスキーらしいスラブ調の哀愁を帯びた甘美な旋律が全体に漂っていて、うっとりすると同時に、結構技巧的にも難しくて、奏者にとって魅せる要素の強い曲だと思う。

ある意味パフォーマンス性抜群の曲とも言えて、ヴァイオリン協奏曲としてはわかりやすくて一番受ける曲。

彼女がこの曲をどのように演奏するのか、その姿をぜひ観てみたいという衝動がずっとあった。

いままで観てきた彼女はどちらかというと容姿、奏法双方にて、お嬢さん的でエレガントな奏者というイメージが強かったが、今回はかなりイメージが覆るくらい違って正直驚いた。

全体を通じて、かなり男性的かつ攻撃的な演奏で、弓裁きもかなりアクション付きで派手。

彼女の演奏スタイルの特徴は、立居姿が絵になるというか、美しいところだと思う。

ヴァイオリニストにとって、演奏している最中の姿勢ってある意味、無意識なもので、演技しようとしても、そうそう簡単に演技できる領域のものではないと自分は思うのだ。

でも彼女は鏡の前で練習しているのではないか(笑)(でもふつう奏者はそのように練習している?)と思えるほど、背筋がピンとしていて正統派の立居姿で、ボーイングも美しくて絵になる。

弓裁きに特徴があって、下げ弓した後に空中に放り投げるようなスタイルも自分が考えたアクションなのだと思う。美しく見せるための工夫を普段から意識しているのだろう。

いままではその容姿のイメージから、そのような優雅な立ち振る舞いのイメージが大きかったのであるが、今回はチャイコフスキーの曲調に合わせて、かなりきびきびと引き締まった所作、鋭敏な弓裁きで相当格好良かった。

オーディオで聴く彼女の音色は、やや線が細い弱音表現に長けた奏者というイメージをずっと持っているのだが(体格からしてパワータイプでない)、やはり生演奏は違う。実音に実在感がしっかりあって響きも豊富。

かなり潤いのある音だった。申し分なかった。

演奏解釈はスタンダード、違和感はない。

オーディオでのインテンポな演奏と比較すると、ややテンポ速めで、高速パッセージなど超絶技巧を駆使して、後半になるにつれて、どんどんクレッシェンドしていくその疾走感ぶり、オケもどんどん彼女を煽っているかのような掛け合いで、最後のクライマックスは、まさにその頂点に達するフィニッシュ。

自分は全身に稲妻のような衝撃が走った感覚になった。

”シビレル”という感覚は、まさにこのことを言うのだろう。

どちらかというと控えめな性格で、終演後のパフォーマンスもおとなしい彼女なのだが、さすがにこの曲のこのエンディングの後は、思わず指揮者と両手でハグする興奮ぶりで、心の高揚がよく見てとれた。

このときの観客の歓声と興奮もスゴイものであった。

普段の彼女とは一味も二味も違う面が観れて幸せだった。
やはり演奏する曲によって大きく左右されますね。

休憩を挟んで後半が始まっても、ずっと余韻が続いていた。

後半は、ムソグルスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」。
今度は指揮者とN響を評価しないと。(笑)

指揮者は、チューリッヒ・トーンハーレ管弦楽団の音楽監督&首席指揮者であるリオネル・ブランギエ氏。

若くて有望な指揮者のようだが、指揮振りもどちらかというと随時各セクションへの細かい指示というよりは、もっと大きな全体の流れをコントロールするような指揮で、うまく全体のフレーム作りをしている印象であった。

N響は、自分の座席のせいもあるが、弦が厚くて秀逸だった。

自分のオケ判断は、オケの大半を占めるストリングス・セクションが鳴っていない、痩せている時点でNG。この点、この日は申し分なかった。前方かぶりつきの座席だと木管、金管の遠近感の聴こえ方にちょっと違和感を感じたことはい致し方がないと思うが、この曲の主題の冒頭のトランペットのファンファーレ的な「プロムナード」が安定していたのがなにより安堵。

ラヴェル編曲の効果である色彩感も表現できていたと思うし、フィナーレでの広大なスケール感も申し分なかった。

最悪の座席である右端の前方かぶりつき。

予想していたより楽しめた。

オケの配置が記憶がかなり曖昧なのだが、対向配置で、中央にチェロ、右奥にコントラバスがあったか?自分の座席からだと帯域バランス的に低弦寄りのサウンドに聴こえたことは仕方ない。でも対向ヴァイオリンがいたせいか、予想よりも、そんなに極端ではなかった。

なによりも感動だったのは、シャワーのように大音量を浴びるその感覚。

これはかなり快感。

自分はどちらかというと中後方座席でのホールの響きを感じられ、直接音と一定比率でブレンドされている感覚のサウンドが好みなので、かぶりつきがこんなに快感だとは思わなかった。

なによりも腹にずしっと響いてくるオケのサウンドが重厚感があって、これはいかにもオーマニ向き。かぶりつきの座席を見直すきっかけにもなった。

とにかくアラベラ様のチャイコフスキーのコンチェルトの演奏姿を見てみたい、という夢が叶えられて、最高の日となった。

素敵だった。

このように彼女の生演奏姿を見れるということ.....

これはひとえに、彼女を毎年呼んでくれるN響さんを始め、他の楽団さん、招聘スポンサーさんには本当に感謝しないといけませんね。

アラベラ&N響のタッグは、この後、四国巡礼ツアーに出かけます。

四国には自分のオーディオの友人も多く(現に四国のオーディオ友人達がこのコンサートに行きます!)、そこを巡礼してくれるなんてうれしいことではありませんか!


FBで第2の故郷日本でのコンサートで喜びを表明する
アラベラ嬢と指揮者ブランギエ氏。

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すみません、最近カーテンコール撮影をしていないので、ブレて失敗しました。
(国内はなかなか難しいですね。)

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恒例のサイン会。

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都民芸術フェスティヴァル オーケストラシリーズ第47回
2016年2月26日 19:00~ 東京芸術劇場

指揮:リオネル・ブランギエ
ヴァイオリン独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:ヴェスコ・エシュケナージ
          
(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団・コンサートマスター)

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

アンコール~
イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番から第3楽章。

休憩

ムスルグスキー(ラヴェル編曲)組曲「展覧会の絵」

アンコール~
ドヴォルザーク スラブ舞曲第1番


アリーナ・イブラギモヴァの印象 [国内クラシックコンサート・レビュー]

昨日ミューザ川崎の東京交響楽団の名曲シリーズで、かねてよりぜひ実演に接してみたいと思っていたロシアの妖精、アリーナ・イブラギモヴァを体験することができた。 

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結論から言うと、期待通りの本当に素晴らしい奏者であった!

4年前に無伴奏バッハを生で聴いたことがあるのだが、その頃はそんなに印象に強く残っていなくて、記憶にあまり残っていなかった。(自分の過去の日記にもそれなりの感動はあったように書いてあるのだが.....)

ところが昨今、躍進著しくて、どうも自分的にものすごく気になる存在の奏者になっていて(いわゆるビビッとアンテナに引っかかるという感じ。(笑))、是が非でも、今の姿を拝見してみたい、という気持ちがスゴイ強くなっていたのである。

やはり若い演奏家というのは、凄くいい。

クラシック界を活性化してくれる。

新風を吹き込むというか、もちろん巨匠的存在のアーティストも重鎮で安定した人気の基盤があって素晴らしいのだけれど、そこにこういう若いアーティストがどんどん入り込んだ形で、いっしょに両輪となって業界を盛り上げていく、というのが本当の理想の形なのでは、と思う。

自分も巨匠を尊敬の念を含め、大好きだけれど、若い演奏家がとても好きだ。なんか先行きが明るくなるというか希望の光を感じる。

昨日のミューザ川崎では東響をバックに、モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番を披露してくれた。

ヴィヴィッドな真っ赤なドレス。

ジャケットでは、小柄な女性のようにイメージを受けるのだけれど、実際観た印象では、かなり大柄な女性で驚いた。

その奏法というか弓使い、立居姿などを拝見すると、非常にダイナミックというか男性的だなぁ、という印象を持った。

上げ弓や下げ弓などの動作もすごく豪快でありながら、奏でられる旋律は非常に鋭利的というか切れ味鋭い音色で、芯のしっかりした骨太さが基幹にあるのだが、一方でそんな研ぎ澄まされているようなそんな怖さがある音色。

立居姿も体を激しく大きく動かしながら演奏していくタイプで、非常にダイナミックでありながら情感たっぷりという風情で、”妖精”という呼び方の乙女チックな印象とは随分イメージが違うような気がした。

美人でありながら、このような所作というのは、どちらかというと玄人肌の演奏家のようでもある。
自分にとってはすごく個性的で魅力的な演奏家に見えた。

驚きだったのは、アンコールでのバッハ無伴奏のパルティータである。

彼女のVnの音色が途端に朗々とホールに響き渡るというか、あぁ~これこそ彼女の持ち味だなぁ、とつい思ってしまった。コンチェルトのときは、それはそれで素晴らしいと思ったのだが、オケとの協奏で、どこか枠の中に閉じ込められた感じで、そのフレームの中に収まるように、という感じがしないでもなかった。

そう感じたのが、この無伴奏バッハを聴いたときだった。もう遮るものはなくて彼女のヴァイオリン1本の音色だけで広大な空間キャンパスをストレスフリーに埋め尽くすという「さま」が妙に彼女のスタイルに合っているような気がした。

心なしかヴァイオリンの音量もコンチェルトのときと比較して、朗々と鳴るという感じでスゴク大きく聴こえたような気がした。こちらのほうが断然彼女の魅力が引き立つというか、自分のカラーが出ているのではないかなぁと感じたのである。

やっぱりバッハの無伴奏は彼女の18番なんだよなぁ、と思うことしきり。

でも彼女のコンチェルトでの魅力もこんなものではないだろう?
もっといろいろな演目での彼女の協奏曲を聴いてみたいものだ。

そういう意味では、10/1に王子ホールでのモーツァルト・ソナタは、ある意味では彼女のいい持ち味が存分に味わえるそんなシチュエーションなのだろう、と思う。

アラベラ様とは、なにからなにまで、すべてにおいて、まったく違うタイプ。

そういう意味で、イブラギモヴァ嬢にこれからも注目して応援していきたい演奏家という想いを新たにした。

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2015/9/27(日)14:00~
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 第110回

指揮:パトリチア・ピツァラ
ヴァイオリン:アリーナ・イブラギモヴァ
コンサートマスター:大谷康子

管弦楽:東京交響楽団

前半
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216

~アンコール
J.S.バッハ 無伴奏 ヴァイオリンソナタ 第3番 パルティータ

後半
ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 作品92


カミラ・ティリング [国内クラシックコンサート・レビュー]

今日のアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌曲リサイタルは、じつに9年振りの来日ということで、とても期待していたし、本当に素晴らしい公演であった。長年の恋が成就した。ただ、最初行く前まで、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&カミラ・ティリングとあって、あれ?カミラ・ティリングって誰だっけ?(笑)という感じで、いまひとつわかっていなかった。

会場に着いて、CD売り場を見て、すぐにわかった。
自分が普段聴いていた歌手だったりした。(笑)

コンサートは、オッターとティリングが一緒に、あるいは交互に、北欧の歌曲を歌いながら進められるもので、2人の北欧スウェーデン歌手の魅力を同時に堪能できる、というものであった。

ティリングでとりわけ印象に残っているのはシューベルトの歌曲集。 

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シューベルト歌曲集 ティリング、P.リヴィニウス

http://goo.gl/9SLhpz

シューベルトは、歌曲王といわれるように 31歳という短い生涯に500曲を超える歌曲を作曲した。 おそらく私が知っているのは このうちいったい何曲あるだろう?100曲いくだろうか?(いやいやとても....)

まだ聴いていない400曲以上の中にも、きっと美しいメロディーがあるに違いない・・・と思うと時が経つことの速さに焦燥感を覚える。 


この中で、ゴローさんがとりわけ好きなシューベルトの歌曲が「Im Fruhling 春に」だった。

この早春にふさわしい爽やかな歌を 透明感のあるソプラノの声で聴きたい。

BISのアルバムで スウェーデンのソプラノ カミラ・ティリングのシューベルト歌曲集の中にこの曲が含まれていると知った時は、まさに期待で胸がはちきれそうになった、と日記で書いていて、自分もそれを読んで大いに興味を持って購入したのだ。

カミラ・ティリングは、ソプラノでも極めて透明で軽い声、いわゆるエンジェル・ヴォイスである。同じスウェーデン出身の人気ソプラノ、ミア・パーションも透明感溢れる声だが、比較するとパーションの方がドラマティックに感じるぐらい。

ティリングは、サイモン・ラトルがザルツブルク音楽祭でマタイ受難曲をベルリン・フィルと演奏した時、ソプラノ・ソロに招かれて一躍有名になった。

「マタイ」の「Aus Liebe 愛ゆえに」が似合う声といえば彼女の声質を想像していただけるのではないだろうか。 SACDサラウンドで聴く「春に」は期待にたがわず、清々しく北欧の春の新鮮な空気をたっぷり吸い込んだような気になった。

このアルバムがきっかけになって、彼女の歌曲集をいろいろ集めるようになって、彼女の新譜が出たら必ず買うという感じの関係になっていったわけだ。(つい最近も北欧歌曲集が出ました。)

まさかそのティリングが今日のコンサートで、オッターと一緒にジョイントするなんて夢にも思わなかった。(笑)なんか自分にとって夢のような出来事だった訳だ。

生演奏で聴いた彼女の声は、先述のオーディオで聴く印象とは少し違っていた。どちらかというと声量で主張するような(オッターと反対)ダイナミックな感じで、オーディオで聴いていたようなエンジェル・ヴォイスとは少し雰囲気が違う感じだった。ジョイントで歌うと、よくないことと思いつつ申し訳ないのだが、どうしても比較してしまう。


どうしてもティリングのほうが、声の表現に少し抑揚や表情がない感じで、1本調子のように感じてしまう。オッターのほうが深みがあるというか、表情が豊かなのだ。気品もある。

どうしてもキャリアなど一日の長があるのあるのかもしれない、と感じた。

でも声量はティリングのほうがあるし、ダイナミックな歌唱という点では魅力的だと思った。いずれにせよ、オーディオで聴く彼女とは大きく違った、ということだ。

それにしても北欧、スウェーデンという国は、どうしてこのように魅力的な歌曲がいっぱいあって、それに応じて、美人なソプラノやメゾ・ソプラノ歌手が多いのだろう、といつも思ってしまう。

北欧レーベルのBISが過去に素晴らしい歌曲集の優秀録音をたくさん輩出しているのもそういう背景があるかもしれない、と改めて思った次第である。


アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ブロムシュテッド&N響のベートーヴェン プログラム [国内クラシックコンサート・レビュー]

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今年の秋から、来年の春に向けて、ベートーヴェンに纏わる公演が多く行われるようだ。そんな中、所沢ミューズ アークホールと渋谷オーチャードで、ブロムシュテッド&N響で、ソリストにアラベラ・美歩・シュタインバッハーを迎えてのベートーヴェン プログラムを体験してきた。

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲とベートーヴェン 交響曲第3番「英雄(エロイカ)」。

堂々のプログラム。

ヴァイオリン協奏曲のほうは、先日の日記で取り上げたように、奏者側からすると難曲中の難曲。そして3番英雄は、まさにベートーヴェンの交響曲の中でも、5番(運命)、9番(第九)と並んで堂々3本の指の中に入る大曲中の大曲。

これ以上はないというくらい申し分のないプログラムであった。

結果は、もう完璧なまでのパーフェクト!

恐れ入った、である。ここに一聴衆として最大の感謝と賛辞を奏者側のみなさんに送りたい。

感動で、その夜は、いつまで経っても興奮冷めやらずであった。(それも2日連続!)

所沢ミューズ アークホールのほうは、じつは初体験のホールであった。都心から、じつは意外にもアクセスも良くて1時間位で着いてしまう。ホワイエで渡されたチラシの中では、結構魅力的な公演が多いようなので(アリーナ・イブラギモヴァ嬢のリサイタルも急遽加わったみたい。)、これからも利用させてもらいたいと思った。

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ホールのほうは、天井が高くて、シューボックスが基本で、P席やサイドにも少々の座席があるという拡張型のシューボックスのようなホールであった。内装はなかなか雰囲気があって美しいホールで、音響もちょっとライブ気味でいい音響だと思う。

大ホールだけでなく、中ホール、小ホールのように公演規模に応じて3つのホールを完備して、施設としてはとても大きい。

2日間の公演は、ほとんどバラツキはなくて、両日とも完璧というくらいのレベルで、本当に驚嘆の限りだった。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。

この難曲中の難曲をここまでものの見事に弾ききったアラベラ様の技術には本当に敬服である。
本当に見事であった。

そしてボウイング、弓使い、立居姿もまさに”エレガント!”。

もうますます彼女に盲目になってしまいそう.....

特に第1楽章の後半のカデンツァから第2楽章にかけて、本当に締めに締め上げた線の細さの繊細の弱音で、静謐の中を延々と音色を奏でていくところは、観客のブレスのリズムも耐えられなくて、思わず咳き込む人多数で、その鬼気迫る緊迫感はスゴイものがあった。

何といってもピアニッシモでの旋律の描き方が、本当に美しくて、ふらつくことなく見事に安定して弾ききっていた。そしてそこからフォルテシモまでの強弱の抑揚のつけ方が、ぐ~っと唄いあげていくようにドラマティックにスライドさせるのが素晴らしくて、技術の素晴らしさももちろんであるが、この曲の落としどころを十分知り尽くしているという印象を受ける。

圧巻は、この曲の最大の魅力である第3楽章であろう。自分が1番この曲で最大の恍惚感溢れる美しい箇所と思っている独奏ヴァイオリンとファゴットとの語らい、の部分。両者の掛け合いは、見事としか言いようがない。最高の瞬間であった。

そしてエンディングに向かっての高速なパッセージもスゴイの一言。終わった瞬間、もう一斉にブラボーと驚嘆の大歓声で包まれ、自分は感動のあまり涙が出そうになった。

ここまでこの難曲を完璧に弾ききるには経験があるのではないか、とそのとき思ったのであるが、終演後にホワイエで彼女のCD売り場で見たところ、ORFEO所属時代にこのベートーヴェンの協奏曲を録音しているようであった。

また過去の公演でも何回も演奏している、とのことであったから、本当にこの曲を知り尽くしているとしか思えないその見事なまでの演奏ぶりに合点がいった、というところであった。

そのCD売り場で彼女のORFEO,PENTATONEの過去の録音ライブラリーを眺めてみると、もうほとんどのコンチェルトは録音済みなのだ。

つい最近でたばかりの新人ではなくて、もう十分な中堅選手なのである。

去年あたりからメディアに注目されるようになって、人気が出始めてきているという実感は自分も感じているところで、だから尚更、技術、経験のしっかりしたバックグランウドを持っているうえでの人気だから、実力も伴った存在感、立ち位置がしっかりしている、と思うのだ。

自分はORFEO時代のCDは持っていないが、PENTATONE時代のCDは昔のものの結構4枚ほど持っている。でも当時の自分の彼女の印象はまったく薄く、PENTATONEの女王と言えば、自分の世代では圧倒的にユリア・フィッシャーであった。

そんな陰に隠れて、まったく印象が薄かったのであるが、PENTATONEのジャケットがリニューアルで一新されたころから(モーツァルトのコンチェルト)、レーベルのプッシュ路線もあるのか、急に目立つ存在になって彗星のように目の前に現れてきた。

そこからすごく垢抜けた感じで躍進著しいという感じで、あれよ、あれよ、という感じでいまに至っている。

今年の6月の頃のNDRとの共演での終演後のサイン会に比べて、今回のサイン会のほうが、もう信じられないくらい長蛇の列になっていた。人気が浸透してきた実感がある。

自分も去年はじめて実演に接した訳であるから、彼女のことをよく知っている訳ではない。人気が出始めたいまからでも遅くない。これからも生演奏はしっかり追っかけていきたいと思う。




そして、それにも増して驚いたのは、後半のブロムシュテッドの英雄。

ベートーヴェンの交響曲は二十世紀半ばにワーグナーばりに巨大化したオケ編成で思いっきりロマンチックに分厚い音響で演奏するのが主流だったのだが、最近はスコアに忠実な2管編成にもどす傾向にあって、そういう昔の編成でこの曲をずっと聴いていた自分にとって近年の英雄の演奏は、冒頭のジャンというところからして、どうも音が薄いのが自分の好みに合わなく避けていたところがあったのだ。

正直、今回のプログラムを見たときに、「英雄かぁ?」という感じで、あまり期待していなかったことも事実。

ちょっと過去の日記を覗いてみると、大物では、2010年11月11日のプレートル&ウィーンフィルでのサントリー公演での英雄、そして同じ2010年11月19日の内田光子さん&フランツ・ウェルザー=メスト&クリーヴランド管弦楽団でのサントリー公演での英雄。どちらも音が薄いと感じて、この曲が持つ自分のイメージからは程遠い演奏でがっかりした、と書いてある。(笑)

もうこのあたりからである。その後国内オケ含めて、数えきれないくらいこの曲に接してきたが、ほとんどが音が薄いと感じて満足できた公演に出会ったことがなかった。

そこからこの英雄の近代演奏に対して自分の苦手意識が出てきたといってもいい。

冒頭のジャンの1発でわかるのである。

ところがである。

今回のN響の演奏は、全くその常識を覆すような信じられないミステリーであった。

この日は2管編成だと思ったのだが、予想もしない重厚感と分厚い音色が、まさにずっと自分が求めていた理想の英雄の音に近かったのである。あの行進曲的にどんどん迫ってくるような旋律も、この分厚いサウンドでものの見事に表現されている。

まさしく、これだぁぁあああ!という感じで自分は夢中になった。

自分が経験してきた英雄の近代演奏では最高傑作といってもよかった。

倍管でもなく2管編成でこの分厚いサウンドをN響から引き出していたのは、まさにブロムシュテッド・マジックなのかもしれない。

この方は、巨匠という、かしこまった呼び方をされるより、もっと親しみのあるほうがしっくりくるほどユーモラスだ。でもその反面、リハーサルでのオケへの指導もなかなか厳しいと聞く。

88歳......信じられない。

カラヤンはこの歳の頃に来日した時は、1人では歩けず、エリエッテ夫人や他の人に支えられながら宙をさまようように歩いていたし、カールベームは最後の来日では、車椅子だったし。(笑)

それと比べると、いまのブロムシュテッドは超人的な若さで驚くばかり。最後は楽団員とのコント付き(笑)で、もう驚嘆の一言としか言えなかった。

やはりパーヴォ・ヤルヴィ氏の新音楽監督時代到来などで、N響はいま本当にスゴイ勢いがあるように感じることは確かだ。


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こちらは渋谷オーチャードでの公演の終演後のサイン会でのショット。mixi/FBでの女性の友人が撮影したものをお借りしました。(本人の承諾を得ました。)素敵なショットですね。

N響演奏会             2015年9月20日 17:00~ 所沢ミューズ アークホール
第86回定期演奏会 2015年9月21日 15:30~ 渋谷Bunkamura オーチャードホール

指揮:ヘルベルト・ブロムシュテッド
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー
コンサートマスター:篠崎史紀

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
~アンコール
イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番 イ短調 第1楽章 妄執(Obsession)

ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」


マーティン・ヘルムヘン [国内クラシックコンサート・レビュー]

一昨日、トッパンホールで日下紗矢子さんとマーティン・ヘルムヘンのリサイタルを聴いてきた。 

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日下さんは、数日前にフィリアホールでベルリン・コンツェルトハウス室内オーケストラとの共演で素晴らしい演奏を聴かせてもらったばかり。そのときとは少し一味違った印象で、リサイタルや演目から、衝撃度からするといくぶん軽めでしっとり聴かせる部分が多かったと思うが、でも彼女の素晴らしい持ち味を十分堪能させてもらった。

じつに素晴らしいヴァイオリン奏者だと思う。

日下さんは前回の日記で、中心に取り上げたので、今回は、ピアノ奏者のマーティン・ヘルムヘンにスポットライトを当てて感想を述べてみたい。正直この日は、私にとって彼がお目当てだった。 
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もう写真を観てお分かりになると思うが、私にとってマーティンはPENTATONEでのユリア・フィッシャーのパートナーというイメージが圧倒的に大きい。彼女との作品は、もうどれだけ出ているだろう?

彼自身のソロ作品と併せて、自分のディスク・ライブラリーを確認してみたら、すぐに見つかったのは、これらのアルバム。(まだあるはずだが、例によって探し出せない。(^^;;

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本当にユリア・フィッシャーとのコンビは、美男美女という感じで絵になるコンビだった。PENTATONEの一時代を築いた黄金コンビである。マーティンは、2007年からのこのレーベルの専属アーティストで、もうすっかりピアノ奏者として代表的な存在である。彼の作品をずっと聴いてきて、イメージしていたのは、外見のスマートさと同じように、繊細で、比較的線の細い旋律を奏でる奏者という印象があった。

彼の実演に接するのははじめて。

ジャケットなどの若いころの写真のイメージからすると、いくぶんふっくらした感じの現在のお姿であったが、彼の実際の演奏を聴いたときは、オーディオの作品で聴くイメージとは真逆で、かなり力強いパワフルな演奏で少々面喰った。

打鍵も強くて、かなり主張するタイプ。でも強烈だけれど、前に出過ぎることもなく、日下さんを引きたてつつ、その旋律とはうまくバランスが取れていて、いい感じ。ソナタは、この両者のバランスがとても大切。

自分の座席から、彼の運指もよく観れたのだが(そういう座席選びをしました。)結構思っていたより個性的な弾き方をする奏者だと思いました。 でも、予想とは違ったとは言え、オーラがあるピアニスト、これからもずっと応援、見守っていきたいピアニストであることを確信した。


コンサートは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなど古典ロマン派の演目で占められていて、前半の”静”なムードから、演目が終盤に進むにつれて、どんどんボルテージが上がってくる、そのプログラムの構成の組み立て方は、じつに王道そのもので巧みというか素晴らしいものがあると思った。

特に最後のシューベルトのロンドは、エンディングに相応しい、最高の盛り上がりかたで、ちょっとスラブ調な感じの美しい曲で、フレーズによって自分達、各々をうまく表現出来ている見事な演奏だったと思う。

アンコールのアヴェ・マリアは泣けたことは言うまでもない。(笑)

あと残された目標は、ユリア・フィッシャーを生で観ることだなぁ。

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2015/7/31 19:00~トッパンホール
日下紗矢子&マーティン・ヘルムヘン ヴァイオリンの地平 2 古典

モーツァルト ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ハ長調.K303
ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ短調 Op.23
パガニーニ:24のカプリース Op.1より
第9番 ホ長調
第24番 イ短調

~休憩

モーツァルト ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調 K526
シューベルト ロンド ロ短調 D895

~アンコール
シューベルト アヴェ・マリア

アラベラ様狂騒曲~NDR & アラベラ・美歩・シュタインバッハー来日ツアー [国内クラシックコンサート・レビュー]

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本日無事帰京。もう燃え尽き症候群というか、今年の芸術の秋を一足早く経験してしまい、あとはひたすら毎日働くだけ、という日々に戻り、どっと疲れが出てしまった。

リアルタイムでSNSのほうに投稿したが、もう少し加筆してきちんとした日記にしておきたい。

メンデルスゾーン&チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の新譜リリースに伴い、その凱旋コンサートみたいな位置づけで、大阪、東京、そして愛知とツアーが組まれ、それを全部追っかけてきた、という訳だ。

● 6/3 大阪シンフォニーホール 

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久しぶりの大阪シンフォニーホール。日本で初めて本格的なクラシック専門ホールということで建設されたコンサートホールで、当時は残響2.0秒(この残響時間は、名ホールとしてのひとつの指針のパラメータですね。欧州の名ホールを片っ端から残響時間を測っていったら、不思議とどれも残響2.0秒だった、という話を聞いたことがあります。)を唄って世界最高の音響をアピールしていた。

このホールで今回演奏を聴いたとき、あぁぁ~やっぱりいい響きだな、とつくづく感じたところ。ホールの形状としては、ちょっと奥行きが狭くて、天井が異様に高いのが特徴。

オーディオで聴くアラベラ嬢の音色は、ちょっとドライ気味に聴こえるのだが(たぶん自分のオーディオ再生の問題。)、この大阪シンフォニーホールで聴いた彼女の音色は、ふだん聴いているのに比べ、色艶、光沢感など申し分なしで、潤いがあってじつに瑞々しい音色だった。このとき、やはりこのホールは音響がいいんだなぁ、とそのときに思ったことだった。

演目はメンデルスゾーンのVn協奏曲と、マーラー交響曲第1番。

じつに1年ぶり。久しぶりに見るアラベラ嬢の演奏姿。
かなりドキドキというか興奮しながら観ていた、と思う。

残り2回を聴いて、じつはそうでもないことがわかったのであるが、この最初の1発目の印象は衝撃であった。SACDで聴いていた分には、比較的テンポゆっくりめで情感たっぷりという印象なのだが、この日の実演は、ものすごいテンポの速さで激情型とも言えるような激しいドラマティックな演奏スタイルのように感じてしまった。もう全然違う。

実際ライブで観るなら、自分の好みからすると、断然後者のほうが好み。疾走感というか生はこれくらい早いテンポで激しいほうがいい。

でも残りの2回を聴いて、そんな感じでもないやっぱり普通のテンポだよなぁと思うようになって、考えたのは、やっぱり彼女の演奏スタイルが原因かな、と感じたことであった。

彼女の演奏の立居ふるまいはじつにカッコよくて、ボーイングするときの体の体重移動のさせ方、弓裁きなどが曲のフレーズにあわせて、ウマく絵になるような印象を受ける。特にそのフレーズに合わせて弓を引いた後に、宙に投げ出すようにする弓裁きは、他のVn奏者では、いままで観たことがなくて、彼女独特のスタイルだなぁと感じた。じつに絵になる感じで、彼女のアピールポイントかもしれませんね。

彼女の体格のサイズから、いわゆる力感溢れる演奏というよりは、その相応のサイズに合ったコンパクトな魅力があって、どちらかというと線の細い繊細な美しさがある音色だと感じる。優雅な演奏という表現がぴったりだろうか。

1度この体験をしてしまえば、残り2日間の感想は、ほぼ同じ。バラツキはほとんどなかった。

そうして後半のNDRによるマーラー交響曲第1番。
今回は、ひとつの売りがあって、同じマラ1でも「ハンブルク稿」というバージョンで、それも過去にいろいろ演奏された経歴があるのだが、今回のNDRのバージョンは世界初のお目見えという珍しいバージョンであるところであった。

今回のツアーで1番後悔しているのは、このハンブルク稿を、準備時間がなくて、よく事前に勉強していなかったところであった。

本当に悔しい。

ということで、この初日の公演では、このNDRのマラ1はよくわからないで聴いていた感じで、その評価ができない状況で、これではダメだ、と思い、翌日の東京サントリー公演で出直すことにした。(その前に家で調べて、何回も彼らのCDを聴きこんで。)

初日は、やはりアラベラ嬢を観ることが1番の成果であった。

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2015/6/3(水)19:00~ 大阪シンフォニーホール
指揮:トーマス・ヘンゲルブロック
管弦楽:NDR(北ドイツ放送響)
独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
~アンコール~プロコフィエフ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 op.115から 第1楽章

マーラー交響曲第1番 ニ長調「巨人」(1893年ハンブルク稿)
~アンコール~ワーグナー: オペラ「ローエングリン」から 第3幕への前奏曲

●6/4 東京サントリーホール 
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NDR&アラベラ嬢のコンビの知名度からどのくらい集客があるのかな?とちょっと不安であったが、超満員とまでは言わないが、かなりの入りで着実に集客力が出てきている、と感じた。これは今回の3公演すべてに共通する感想で、空席はあるが、かなり埋まっていたという印象であった。ちょっと嬉しかったりする。特にサントリー公演では、気のせいか、身だしなみがしっかりした紳士淑女という層がすごく多い感じがした。


NHKがこの公演を収録している。カメラマンに聴いたところ、9/13 NHK Eテレ(9:00~)で放映される予定だそうです。ノーカットでしょう。楽しみ。


アラベラ嬢の演奏は、バラつきがないので、今日のポイントは、NDRによるマラ1によるハンブルク稿の演奏。

世界初のハンブルク稿の1番大きなポイントは、5楽章制で第2楽章の「花の章」があることだと思う。じつに美しい旋律の楽章で、今日の実演では、トランペット奏者が舞台左側でソロのような感じで演奏して、その穏やかな旋律にヴァイオリンが甘美に寄り添う。そんな風情でじつに美しかった。自分が最初に違和感があったのも、マーラーらしくないこの旋律のせいか、とも邪推したり。

また第1楽章最初のほうのリピートが この楽譜には無いそうで、さらに第3楽章(通常版の第2楽章) も もう1フレーズ繰り返すはずが、無いので こちらも そうなのだろうと想像できた。

こういうところも普段聴いているのと違和感があった一つの理由かな、とも感じた。

現行版は4管編成なのに対し、ハンブルク稿は当時3管編成なので、そこも準拠しいてるのか、と思って観たが、なにぶん自分の座席からよく見えなくてわからなかった。

その他いろいろ細かいところで違うみたいだが、結局自分の中で完全に理解できないで終わってしまった。

このハンブルク稿は、1989年に若杉さん/都響のコンビで初演した経緯がある。(日本で、という意味?たぶん)。

CD録音もされているようだ。それに対してヘンゲルブロック盤は、国際マーラー協会から出版が予定されている新全集版による世界初録音という意味のようで、ハンブルク稿は、けっこういろいろパターンがあるようで、「花の章」を第2楽章に加えた全2部・5楽章制で、オーケストレーションの細部の異動も数多くて、大筋は決まっているのだけれど細かいところで、いろいろバリエーションがあるのだと自分では理解している。

はじめ、このヘンゲルブロック盤のハンブルク稿の録音を聴いたとき、なんか録音が悪いな、と感じたのが第1印象。

普段のマラ1であれば、もっと気持ちよく聴こえないといけないのに、なんか聴いていて、伸びやかさがないというか気持ちよくない。

またこの日のマラ1の演奏は、鳴っていないというか演奏がひどかった、という友人の感想が観られた。(確かに連日連戦の疲れ、というのもありますね。)

自分は事前にCDで録音が悪いと感じていたので、こんなものじゃない?という感じで、逆にCDの録音より、ずっと生演奏のほうがずっと迫力あるサウンドだったので、そんなに違和感はなかった。

個人の感性なので、真相は永遠に謎であるが、感想の中には、この版は、古楽のスタイルを踏襲している、という意見があって、それを考えると、古楽のノンビブラートな響きを伴う演奏であれば、鳴っていないように聴こえるのもあり得るのかな?と思ったりした。

だが、しかしだ。

この日の生演奏を聴いて感じたのは、

NDRのCDの録音はよくない?ということ。(あくまで自分の主観です、ゴメンナサイ。)

生演奏でこれだけの素晴らしい演奏を聴かせてくれる彼らなのに、これを録音作業で作品とすると、あのようなナローレンジな情報量の少ない、オケの音が薄い、作品になってしまうこと自体、自分はとても許せない気持であった。

今日の実演を聴いて、彼らのCDでは、その彼らの演奏の魅力の半分も伝えていないと思えた。

もっと彼らの真の姿を捉えてほしい!

生演奏のトーン、アンビエンス(響き)をそのまま収録して、オーディオ再生でもそのように聴こえるようにするのがひとつの録音哲学なんじゃないだろうか!

そんな気持ちを多く持ったこの日の公演であった。

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2015/6/4(木)19:00~ 東京サントリーホール
指揮:トーマス・ヘンゲルブロック
管弦楽:NDR(北ドイツ放送響)
独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
~アンコール~プロコフィエフ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 op.115から 第1楽章

マーラー交響曲第1番 ニ長調「巨人」(1893年ハンブルク稿)
~アンコール~ワーグナー: オペラ「ローエングリン」から 第3幕への前奏曲


● 6/6 愛知芸術劇場コンサートホール

生まれてはじめて名古屋の地を踏む。名古屋名物のいろいろな美味しい食べ物もたくさん堪能した。もちろん今回のこのコンサートホールもはじめての体験。

愛知芸術文化センターという総合施設の中の1施設として、このコンサートホールがある。

愛知芸術文化センター 
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愛知芸術劇場コンサートホール
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愛知芸術劇場コンサートホールはじつに素晴らしいコンサートホールであった。内装空間もワインヤードなんだけれど、そのようなガチガチの限定ではなくてもうちょっと型破りなところが散見される不思議な空間という感じ。

音響がじつに素晴らしかった。前方から5列目のかぶりつきにも関わらず、響きが豊富に聴こえて、直接音をかなり強化していた。理論的に不思議.....

写真を観てもらえればわかるように、ワインヤードにしては、背面、側方の座席数のキャパが小さい。ステージの発音体から360度無指向で流れ出る音は、ワインヤードの場合、四方の観客に吸われてしまう感じになるのだろうけれど、ここは、座席キャパが狭くてすぐに壁があるので、壁からの反射音を得やすいようにしているのではないか、という予想が立った。

いわゆる初期の側方反射音を得やすいようにしている仕組みですね。

また天井にある浮雲(反響板)も多数見られた。

こういう工夫が、かぶりつきであるにも関わらず、響きが豊富に感じる理由なのか、と予想した。

本当に地方には素晴らしいホールがたくさんある。コンサートホール探訪は、なにも海外に拘る必要はなくて、定年退職の老後に、こういう国内のいいホールを探訪するために全国行脚の旅に出るのもいいのではないか、とつくづく思った。

このツアーの最終章を締めくくる公演は、前日2日と違って、NDRの演奏演目が違った。ドヴォルザークの「謝肉祭」とベト7があるところであった。

もう3回も同じ公演を聴くと、勝手がわかってきて、初回の時が1番衝撃だよな、という感じはするが、新たな発見もたくさんあった。

座席が、この写真の角度なので、アラベラ嬢のVnの音色が、弦が擦る音がはっきり聴こえるというか、かなり質感が生々しく聴こえてVnを近くで聴くとこういう感じなんだよなぁ、とつくづく。

NDRのベト7やアンコールのハンガリー舞曲はじつに素晴らしかった。特に前半よりも後半になるにつれて、どんどんクレッシェンドしていく、その盛り上がり方は異常に素晴らしくかなり興奮した。ずっとツアーを追っかけてきたので、演奏の出来不出来に関わらず、最終日は賞賛で讃えようという気持ちだったので、寄る年波によって涙腺が弱くなってきていると思うが、エンディングのときは、相当こみあげてくるものがあった。

ありがとう、と共にご苦労様といいたいです。

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2015/6/6(土)15:00~ 愛知芸術劇場
指揮:トーマス・ヘンゲルブロック
管弦楽:NDR(北ドイツ放送響)
独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」op.92

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
~アンコール~クライスラー: レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース op.6


ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 op.92
~アンコール~ブラームス: ハンガリー舞曲第5番




3公演とも終演後にサイン会があった。
全日とも参加した。
ヘンゲルブロック氏とアラベラ嬢の2人が参加した。

去年のアラベラ嬢のリサイタルでは、このサイン会のときの写真撮影は撮り放題であったと思ったが、今年から撮影禁止になっていた。このときにヘンゲルブロック氏の話すのを聴いたのであるが、じつに豪快な人で、「がっはっはっは~!」という感じで、すごい大きな声で大笑いすることが多くて豪快だなぁ~と思った。(笑)

申し訳なかったのは、アラベラ嬢のSACDのジャケットにサインしてもらう関係上、ヘンゲルブロック氏のサインをもらえなかったところであった。パンフレットにサインをしてもらう配慮があってもよかったかもしれない。

初日のときに、撮影禁止とは知らずに、撮影しようとしたら、ダメ~って手が入ったりして、その事実をはじめて知りました。(笑)

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アラベラ嬢とは、今度9月のシルバーウィークで再度N響との共演でお目にかかる予定。楽しみ。

ということで、一足早い私の芸術の秋はおしまい。

SNSでのお目汚しの投稿、失礼いたしました。ちょっとはしゃぎすぎました。(^^;;


小澤さんの水戸室定期公演、そして竹澤恭子さん [国内クラシックコンサート・レビュー]

昔は、1公演につき丁寧に感想日記を書いていたが、去年の年末あたりから、コンサートの感想日記を書かなくなった。理由は、やはり数多くの公演を聴きに行く身にとって、1本単位で詳細な日記を書くのが億劫になった。

コンサートで聴いている最中に、どのように日記にすればいいだろう、とかいちいち考えて聴くのがつまらない、と思ったから。やはり聴いているときは、頭をからっぽにして音楽に純粋に入り込みたい、と思ったのである。

だから終演後に感想をつぶやくくらいにしている。

でも今日の水戸芸術館での小澤さんの水戸室定期は、本当に感動できて、これをつぶやき程度で終わらせるのは失礼だと思ったのである。きちんとした日記として残したい、と心底思ったのである。

ここ最近の小澤さんの水戸室定期はずっとベートーヴェンの交響曲が続いていて、おそらく収録していて全集にするのではないのかな、と感じていた。今日もステージを見ると収録マイクなるものがあった。

ユニバーサル?DECCA?ソニー?

いずれにせよ、水戸室としてははじめての全集、絶対に買います!(できればSACDでね。(*^^*))

ベルリンフィルのラトルの最後の大仕事としてベートーヴェンの交響曲全集を収録することが残っている。これはベルリンフィルにとって、ブラームスと並んで避けて通れない大仕事なのである。

小澤さんが、なぜベートーヴェンを選んだのか、わからないが、やはりカラヤンが異常にこだわったベートーヴェン交響曲全集であるからして、カラヤンに師事して日本人指揮者として大きい運命を切り開いた人なので、そこにこだわりがあるのかな、と邪推したりする。

すみません(^^;; 勝手に全集を作るんだ、と思い込み、勝手に予想し放題の勝手なことことをずらずら書きました。(笑)

でももう十中八九そう思い込み期待しております!

じつは、今日の水戸室定期には、もうひとつ大きなお目当てがあった。

それは竹澤恭子さんの実演に接すること。


もちろん存在はよく知っていて、世界の有名なオケ(ニューヨーク・フィルハーモニック、シカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)と共演を重ね、ルツェルンなどの世界的音楽祭にも出演なされ、まさに国際舞台を活躍する日本人奏者の誉的な存在である。

そんな竹澤さんが、この5月から水戸室の正式メンバーになるのだ。

国際舞台を活躍されているのを知ってはいたものの、じゃあ彼女のCDを聴いたの?実演に接したことはあるの?となるとどちらもノーだったからである。今回の水戸室メンバーへの入団をきっかけに、ぜひ今日の公演で、その実演に接してみたい、とかねてより思っていた。スゴク楽しみにしていたのだ。

公演後、感動したので、さっそく竹澤さんのCDを買いました!

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また近日中に、よこすか芸術劇場で、児玉桃さん、竹澤恭子さん、堤剛さんの室内楽を聴きに行く予定で、よこすか芸術劇場をはじめて体験するという目的もあるのだが、このメンバーによるアンサンブルが最高に楽しみで、そういうこともあって竹澤さんは、ぜひ実演に接してみたい、とかねてよりずっと思っていたのである。

今日の水戸室公演は最初、ひとつの悲しい儀式から始まった。

ずっと水戸室のヴィオラ奏者として活躍されてきた江戸純子さんがご逝去なされ、その追悼の演奏が行われたのだ。

モーツァルト ディヴェルティメント 第2楽章。

もちろん拍手なし。小澤さんが指揮した。(もちろん椅子もなし。)
潮田さんのときもこの曲だったと思う。小澤さんがこの曲をそのようなときに使用する理由を知りたい気もする。

そして前半は恒例の指揮者なし。

1曲目はゲルスターのティンパニーと弦楽のためのカプリチェット。
自分は初体験の曲である。舞台右前方にティンパニーが5つも用意されている。

冒頭の弦楽のユニゾンに絡むようにティンパニーが連打される、そのパターンを繰り返すような感じの曲。なかなかオドロオドロしていて、重い感じの不思議な曲だが、水戸室の華麗で優雅な弦の魅力とティンパニーの切れ味鋭い炸裂音とが交互に奏でられるコンビネーションは、じつに秀逸。

こういう感じの曲って結構オーディオ的にもオイシイ聴きどころ満載の曲だよなぁ、なんてまたオーディオマインドをくすぐるような観点から考えてしまうのは、やはり病気だろうか。(笑)

ティンパニーのこの鋭利な立ち上がりの早い炸裂音をオーディオ再生で実現するのは、なかなか難しい、そんな曲だなぁ、なんて演奏中考えていた。

そして、前半の最後、2曲目のモーツァルトヴァイオリン協奏曲第5番<トルコ風>

いよいよ竹澤恭子さん登場である。

真っ白なドレスに身を包み素敵であった。
登場して歩いてくるその姿からして、元気娘という感じではちきれんばかりなのである。

とにかく細かいところも含め、舞台上の所作がキビキビしていて、ゴムまりのように弾むと言ったらいいだろうか。本当にはちきれんばかり、という感じなのである。

そしていざその演奏を拝聴させていただき、まさにそのイメージ通り、ものすごいダイナミックな演奏、ちょっとオーバーアクションとも思えるくらいの大きなアクション。曲の旋律に合わせ、激しく体を大きく揺らす感じで、かなり情感的に演奏する。

それで、奏でられる弦の音色も、じつに音量が大きくて響きも豊かで朗々と鳴る絢爛な音。旋律が上下に流れるようにスライドするようなところもじつに美しく弾ききる。

ボーイングの所作もダイナミックそのもので、なんか男性奏者を観ているような感覚に陥ってしまった。

女性ヴァイオリニストで、これだけキビキビしていてダイナミックに演奏する奏者は、自分はあまり観たことがないかもしれない。かなり面喰いました。(^^;;

とても魅力的なヴァイオリニスト。

彼女がこのような弾き方なので、演奏曲全体も、この演目にふさわしい元気そのものの、といった明るいイメージであった。

いやぁたまげたのと同時にお見事でした。

こんな方が水戸室のメンバーに入ってくれるなんて、将来がとても明るいと思いました。

そして休憩を挟んで、小澤さんのベートーヴェン交響曲第2番。

この曲は、あまり自分は馴染みがないのだが、第4楽章の主題は、NHKのベルリンフィルのヨーロッパコンサートなどの最初のテーマ主題曲で使われていた旋律で聴き覚えがあった。

今日の小澤さんを観て、思うのは、療養から徐々に復帰していく過程で、ひとつの安定期に入ったのでは、と思うような安定ぶりを感じた。椅子があるのは仕方ないにしろ、指揮ふりが非常に悦に入っていて、まったく不安定なところなど微塵もないのだ。前半指揮者なし、で後半のみというこのスタイルで、ようやく自分のペースが確立できたような。

またオケの演奏の抑揚の部分と、小澤さんの指揮のキューがものの見事にシンクロしていて、小澤さんの振りにオケ全体がきちんとコントロールされているように、観ていてお互いのあ・うんの呼吸が合っているようにちゃんと見える。

あぁぁ~小澤さん、安定期に入ったなぁと思うところがあった。

以前、インタビューで小澤さんは担当医に、もう少し力を抜いて指揮することを考えろ、と言われているんだけれど、これがねぇ、実際指揮台に立つと、もうがむしゃらになってしまい、その後ガクッとくるんだよねぇ、ということを言っていた。

でも今日の指揮ふりを見ると、力を抜いていかに指揮の本筋に迫るか、を悟ったようにも思えた。

小澤さん、元気そうでした。

それにしても水戸室のアンサンブルの完璧さは見事としかいいようがない。特に水戸室の弦の音色の美しさは世界トップレベルだと自分は確信していて、実際すごい音色が厚いし、一糸乱れないピタッとした同時性のアンサンブルは素晴らしいと思うばかりであった。

朗々と歌い上げる、といった表現がいいだろうか。
木管の嫋やかな音色も素晴らしかったし、金管の安定さもよかった。

こんな小さな室内管弦楽団なのに、まるで大編成のオケを聴いているのと変わらない、これだけの音の厚みを出せるのは1人1人の技量の高さはもちろん全員のお互いの信頼からなるコンビネーションの賜物なのだなぁと思うばかりである。

自分は、SNSはmixiはふだんの自分の仲間たち、FBはそれに加え演奏家などの業界の方々の応援という使い分けをしていて、実際FBでは数多くの演奏家の方にありがたくも友人になっていただいている。

やっぱり思うのは、外来オケや外来ソリストだけの鑑賞よりも、こういう友人関係にある演奏家の方々の実演にじかに接することで、いわゆる情が移るというか、感動が何倍も大きくて深いものになると感じつつある昨今なのである。

先日の東京・春・音楽祭のときのN響のワルキューレのときも、日本の企画、日本人によるものであるが故に、なにか余計に胸にこみあげてくるような、グッとくるような熱いものを感じてしまった。外来ものであれば、それなりにサバサバと感動するくらいで終わるのに、やはり同じ日本人であるが上の”情”というか、そういうものがあるほうが、感動の深さが大きいんではないかな、と思うのだ。

いまは仕事で忙しいので無理なのだが、老後の楽しみとして、在京楽団の定期会員になる夢がある。現在はミューザの東京交響楽団の名曲シリーズの会員だけなのだが、老後になったら、さらにN響、都響、新日フィルあたりをさらに加えてみたいな、と思っていたりする。

いまはサイトウキネン、水戸室の公演は、必ずカバーしようと心がけている。

これは小澤さんがもう振れん、というときまで見届けようという心意気で、これが小林悟朗さんへの自分の恩返しだと思っているためだ。

だから今日も、この水戸芸術館で、渡辺さん、豊嶋さん、安芸さん、宮田大くん、そして川本さん、他みなさん、の演奏を聴くと安心というかホーム感覚になる感じがして、これを将来在京楽団の方へもそういう想いを抱けるようになったらなんて漠然と考えている訳だ。

外来オケ、外来ソリストに対しては、そのようなホーム感覚にはならないし(ある意味憧れの概念だけですよね。)。

やっぱりそっちのほうが楽しいっしょ!

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2015/5/17 14:00~ 水戸芸術館
第93回水戸室内管弦楽団定期演奏会

第1部 指揮者なし

ゲルスター:ティンパニーと弦楽のためのカプリチェット
ティンパニー独奏:ローランド・アルトマン

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調K.219 <トルコ風>
ヴァイオリン独奏:竹澤恭子

第2部 

指揮:小澤征爾
ベートーヴェン 交響曲第2番 ニ長調 作品36

アラベラ・美歩・シュタインバッハー& N響とのコンチェルト [国内クラシックコンサート・レビュー]

美女のヴァイオリン奏者を迎えて、N響定期をNHKホールで聴くのは、じつに2年ぶり。あのときはリサ・バティアシュヴェリを迎えてのブラームスのコンチェルト、そして後半は、青ひげ公の城の演奏会形式だった。

ともに、アナ・チュマチェンコに師事をしていて、両人ともフォトジニックなイメージだけでなく、実力も兼ね備えたヴァイオリニスト。

それを考えると、チュマチェンコ氏というのは、じつにいい仕事をしているのだなぁ、と思うとともに、それをN響定期で聴く、自分に縁があるその偶然性に驚くばかり。

この日は、なんと皇太子さまがお見えになっていた。じつは私はこういう天覧コンサートに遭遇する機会が非常に多い。
いままで片手では収まらないほど。大半がサントリーか新国立劇場なのであるが.....この公演を選んだということは、皇太子さまもアラベラ嬢が気になる存在なのだろうか?(笑)

前回のリサイタルの日記の時に、ヴァイオリニストを鑑賞するなら、左側の座席がいい、ということを書いたと思うが訂正する。(笑)

やっぱり断然に右側の座席がいいと思う。要は、顔の向いている方向が、右側で、体全体もどちらかというと右側を向いているので、右側の座席の方がヴァイオリニストと対峙して鑑賞することができる。

またヴァイオリンの発音の方向も、右側にウェートがあるようにも思える。

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今回のチケットは結構争奪戦で、ステージの間近で彼女を見たかったので、左側ということで、ここしか空いていなかった。でもここからずっと観ていた印象は、後頭部と背面の姿を観ている感じで、つくづく失敗したなぁと思ったことだ。


さて、今回彼女とシェフのデュトワが選んだ選曲は、ベルクのヴァイオリン協奏曲(ある天使の思い出のために)。

最初のこの選曲の印象は、うわぁ~渋いなぁ~、という感じだった。(笑)

ベルクは、ご存じ現代音楽の素を開拓した人で、その基本が無調音楽。

この調がない、無調という類の音楽を理解することの難しさ。4年前のベルリン旅行の時に、ベルクを徹底的に勉強する機会があって、彼の世界を垣間見たのだが、なんか鳥肌が立つような寒さというか、鋭利な感覚が凄くて、一種独特の尖った世界観というのがあるように思えた。

アラベラ嬢は、ORFEOレーベル所属時代に、このベルクのコンチェルトを録音している。そんな彼女がこの尖った鋭利な感覚の曲をガリガリ弾く姿も存分にカッコいいのだろうな、と想像していた。

この日は青い素敵なドレス。先日のリサイタルのときに思ったことであるが、やはり所作が非常に優雅で、流れるようだ。
歩く姿も女性らしい闊歩という感じで、貫録がある。そしてお辞儀などの諸々の動きが、じつに優雅で、美しく流れるよう。

想像だが、たぶん彼女自身が、人前で意識してそうしているように思う。いくら女性とはいえ、あそこまで線の細い優雅な動きって意識しないとできないと思う。

そしてベルクのコンチェルト。
予想通り、隙間だらけの寒色系の音空間で、彼女の引き裂くような衝撃音というか弓と弦との摩擦音というか、そんな生々しい音がじかに聴こえてくるような感じでリアル感たっぷり。

彼女の弾き方も、アタック感というか瞬時に音の波がどっと押し寄せるような感じの異常に音の立ち上がりの早い感じで、こちらには迫って聴こえてくる。

オケとの掛け合いも緊張感あふれるやりとりで、全体のシルエットとして、なにかこう尖った感覚というか、武満徹さんの曲の中によくある尺八などの和楽器に聴けるようなバキバキ感がキモで、ある意味恐怖を感じるようなそんなスゴサがある。

例のよって彼女の立居姿、演奏姿は背筋がピンとしていて、非常に美しく、この恐怖の鋭利な世界にマッチしていて、これまたカッコいい。

こういう世界も彼女にはよく似合うな、と思った次第である。

敢えて不満を言えば、やはりホールの音響だろうか.....トッパンホールで聴いた彼女の音色は、ほんのりとした響きが重畳されていて、非常に瑞々しいというか潤いのある音色であった。発音するときにふっと空間が浮かび上がるように聴こえる。

でもここNHKホールでの彼女の音色は、そこまで繊細な音色には聴こえなくて、オーディオで聴く幾分ドライ気味の音に聴こえた。

室内楽ホールで聴くから、そういう至近距離だから、そういう細やかなニュアンスやフレージングのディテールがわかるのであって、大空間のホールで聴くヴァイオリンの音色なんて、まぁこんなものかなぁ、とも思える。

今年の芸術の秋を彼女1本に絞ったのも間違いではなかった、と思える素晴らしい公演だった。

久しぶりに聴いたN響。後半のドヴォルザークの「新世界から」がじつに素晴らしかった。N響の日本一の歴史と実力は認めるところはあっても、他の民営の在京楽団と比較しても、その運営に危機感がない安定したもので、そういった意味でハングリー精神がないとも感じるところがあってなかなか率先して聴きに行こうとはしなかったのだが、でもこの日の演奏を聴いて、さすがN響!と再評価する次第。

今後もソリストに照準を合わせて聴きに行きたいと思う。

アラベラ嬢は、来年も北ドイツ響のソリストとして、そして再度N響とも再共演で再来日してくれるそうです。楽しみ!

この日の公演はN響定期ですので、TV収録しているので、近くTVで放映されます。

そのときはお知らせしますので、彼女の優雅な演奏姿を堪能してください!

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第1797回NHK定期演奏会:プログラムC

指揮:シャルル・デュトワ
ヴァイオリン独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー
コンサートマスター:堀正文

武満徹
弦楽のためのレクイエム(1957)

ベルク ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」

ドボォルザーク 交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界から」

アラベラ・美歩・シュタインバッハー ヴァイオリン・リサイタル [国内クラシックコンサート・レビュー]

今年の芸術の秋は彼女1本に絞った。リサイタル2本とN響とのコンチェルト。期待が大きかっただけに、終わったときはいろいろと思うところが多かった公演だった。やはり生演奏は1発勝負だけあって難しい、と再認識した。

彼女は現在、オランダの高音質レーベルPENTATONEがレーベル挙げて絶賛売出し中の看板スターである。

彼女は、幼少のときに、ユリア・フィッシャーやリサ・バティアシヴィリなどの才能を開花させたミュンヘン音楽大学の名教授、アナ・チュマチェンコの門下生となり、その後、イヴリー・ギトリスからも大きな影響を受けたというドイツのヴァイオリニスト。

まさに容姿端麗の美女で、実力も備わるという才色兼備のホープ。
ミュンヘンでドイツ人の父親と日本人の母親との間に生まれた日系ハーフのソリストでもある。 


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自分の大好きなPENTATONEレーベルの看板スターで、ビジュアル的にも絵になる格好よさがあって、非常に気になる存在であった。

彼女のアルバムも何枚も聴いていたのだが、オーディオで聴く彼女の音色というのは、絢爛な音色というより、どちらかというと乾燥質である印象があって、あとでFBの友人の体験談も聴かせてもらったときに、なるほどなぁ、と思ったのは、以前の来日公演のときの印象では、擦るように弾く癖があり、ドラマティックには聴こえるのだが、音に伸びがないように感じたことがあった、ということだった。

音に伸びがない、ということと、自分の乾燥質という点が合致していて、やはり彼女の音色はそういうイメージなのかなぁと思ったのだ。

もちろん自分が実演に接するのは初めてだし、生演奏で聴く彼女の生音はどのように聴こえるのだろう?というのが唯一の心配であった。

ちなみに楽器は1716年製ストラディヴァリウス「Booth」という名器で日本音楽財団からの貸与品。

今回のリサイタルは、先日発売された新譜の「フランクのソナタ&シュトラウスのソナタ」をメインに取り上げるお披露目コンサートである。

●2014/12/4(木)トッパンホール

気合が入り過ぎて、開演の2時間以上も前にホールに着いてしまった。自分はこういう人間なのである。(^^;;

今回の座席は、こちら。

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ヴァイオリニストを眺めるには、このような左からのショットが綺麗に見えるかなぁと思い、ビジュアル優先で座席を選んだ。ピアノ的には、ハンマーの打鍵の音色が響板に反射して右方向に流れるので、右側に座るのがいい、という方も多いが、自分はまったくそんなことは気にしない。むしろピアニストを観るという観点からは、運指の動きがはっきり見えるということを重要視するので左方向のほうが好きだ。

その両方の面から、左側からのアングルの座席を選んだ。

いよいよ彼女が登場。赤いドレス。写真で見ていたよりも大柄な女性で、歩く姿が実に優雅でかなり貫録のある歩き方であった。

今日の演目は、

モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタト長調K301(293a)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調Op.96

休憩

プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタニ長調Op.115
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調Op.18

アンコール
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 第4楽章

心配していた彼女の音色であったが、全くの杞憂であった。綺麗な美音で、ほんのりと響きが乗るような感じで、潤いがある。音色が発音する前にふっと浮かび上がるような感じに聴こえる。乾燥質とは正反対のじつに響きが豊富な瑞々しい音色であった。これは、またトッパンホールの音響のよさでもある、と実感した。じつに響きのいいホールだ。

いやぁやっぱりコンサートホールで聴く生演奏の音は、オーディオで聴いているよりも、情報量が圧倒的に多くて、再生空間の広さも比較にならないほど素晴らしかった。同じ曲を比較して聴いているからわかる感覚なのかもしれない。

また彼女の立居振る舞いというか、演奏する姿勢であるが、じつに美しかった。背筋がピンとしていて、ボーイングなども優雅で、弾いている姿がじつに美しくて映える。美人なのでイメージ効果抜群だ。

モーツァルトでは、ややエンジンのかかりが遅いかな、とも感じたが、ベートーヴェンのソナタ10番は素晴らしかった。彼女は、やはり技巧派というかテクニックはかなり高い技術を持っていることが良くわかった。ppの静寂の中でのきめ細やかな旋律の泣かせ方が、ふらつくことなく実に安定していた旋律を描いていたし、そこからffの強奏時への変化のスライドのさせ方も流れるようだ。細やかな高速パッセージもじつに見事に弾き切る。これはかなりのテクニシャンだなぁ、と思い安堵したのととても嬉しくなった。

問題なのは、ピアニストのロベルト・クーレックのほうであった。前半からちょっと彼のピアノに違和感を感じていて、彼女の音色、旋律の優雅な流れを遮っているように感じてしまう。

いわゆるソナタ・リサイタルというのは、両者間のバランスの聴こえ方が1番大事だと思っている。そのバランスが自分が聴いている分には、という意味であるが、少し悪くて、全体のイメージを損なっている残念な印象であった。

その最たる場面は、今回のリサイタルの1番のツボであるR.シュトラウスのソナタのところで顕著になった。またそのときにお話しする。

休憩を挟んで、後半。プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ。これは弾くのはとても難しそうな曲で、ちょっとアバンギャルドでストイックな曲。心なしか、彼女の音色も元の乾燥質な音色に聴こえたのは気のせいだろうか?

そして最後のR.シュトラウスのソナタ。この曲はまさに巨匠の筆至の感と言っても過言ではないほど、壮大な曲で美しい大曲だ。今回のリサイタルで1番の見せ所となる曲のように思えた。

ずっと聴いていて思うのは、やはりピアノへの違和感。この曲で1番顕著になった。要はピアノがドラマティックに弾こうともったいつけたり、ヴァイオリンが隠れてしまうほど強く弾いたりして、雰囲気を壊すような感じでバランスが異常に悪いのだ。要は気負い過ぎという感じがあって、鍵盤から事あるごとに、ダイナミックに空中に手を跳ね上げる様な仕草をするのはいいのだが、その度にミスタッチがすごく多くて、打鍵が乱暴で音が暴力的だ。ペダルもバコバコ踏み過ぎという感がある。

この優雅な大曲のイメージからすると、彼は盛り上げたかったのだろうが、空回りという感じで気負い過ぎの感が否めなく、ヴァイオリンの優雅な旋律とまったくバランスが取れていなくて、自分にとって違和感があった。

まぁキツイ言い方になってしまったが、ピアニストのロバートは、ずっとアラベラと長年のパートナーを組んでいるようで、彼女からの信頼も厚く、こればかりは、やはり演奏する立場からでないとわからないあ・うんの呼吸、精神的な安らぎなど、我々のような観客席から聴いているだけでは、わからないような部分というのがあるのだろう、と推測する。

オーディオで聴いていた分には、あまり気にならなかった点だ。 編集でうまくVnとPfのバランスを取っていたのかもしれない。やっぱり一発勝負の生演奏は難しいなぁと思った公演だった。

この公演の様子を収めたショットです。(FBの彼女の公式ページから拝借してまいりました。)このような赤いドレスを着て、このような感じで公演をしていました。


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そして終演後のサイン会でも様子。自分はお金を持っていなかったし、彼女のディスクはほとんど持っているので、明日のフィリアホールにしようと思い、横からちょっとその様子を撮影。

笑顔がとてもかわいいです!

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●2014/12/5(金)フィリアホール(青葉台)

この日は、先日の反省もあって、準備万端で臨んだ。


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まず、彼女の最新DVDを購入。後日拝見しましたが、彼女のもうひとつの故郷である日本の東日本大震災での被災地を訪問して、演奏をして勇気づけるというドキュメンタリーで、演奏姿もふんだんに掲載されているし、素のプライベートな姿も拝見出来て、なによりも彼女の動く動画が存在することがとても貴重でよかったです。でも日本語字幕がついていません。(^^;;

後日日本でも発売されるそうですので、その頃には日本語字幕がつくのかもしれません。

そして今日はサイン会でぜひサインをもらおうとして、自宅から彼女の新譜を持参。なにせ彼女のアルバムはほとんど持っているので、買うものがないのでこうせざる得ない。

今日の座席もこちら。

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理由は前日を同じだ。

演目は昨日と同じ。演奏順番が違うくらいだ。

モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタト長調K301(293a)
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調Op.18

休憩

プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタニ長調Op.115
フランク ヴァイオリン・ソナタ イ長調

アンコール
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調Op.96の第2楽章

結論からすると初日に比べて、雲泥の差があるほどよかった。この第2日目のほうがずっと完成度が高かった。

心配していたピアノであるが、私の不満のつぶやきが届いていたかのような感じで、ピアニストのロバートも、昨日の初日ほどの気負い過ぎもなく比較的平静に弾いていたように思える。(でもやっぱりところどころ、不安なところがありました。やはりこの人の本性なのでしょうか?(笑))

昨日よりもずっと遥かに聴きやすかった。完成度がはるかにこちらのほうが高かった。やっぱりソナタ・リサイタルって両者間のバランスだよなぁとつくづく確信した次第である。

今回の白眉はやはりフランクのソナタだろう。ヴァイオリン・ソナタの中では名曲中の名曲とされていて、今回フル楽章で聴いたわけだが、じつに美しく、素晴らしかった。彼女の弾くこの曲を聴けただけでも最高にうれしい気分だ。

終演後サイン会に臨む。サインをしてもらった。そして写真も撮らせてもらった。一言二言、会話をしたがもうドキドキ。

ジャケでは大人の女でちょっとクールな絵柄で通しているようだが、これは完全に作られたイメージで、実際はもっと幼い面影があるというか可愛らしい感じだ。

まぁいろいろ思うところの多かったコンサートであるが、さぁ最後はN響とのコンチェルトでデュトワとのコンビできっと素晴らしい演奏を見せてくれることだろう。楽しみ!


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小澤国際室内楽アカデミー奥志賀2014演奏会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

「弦楽四重奏はクラシックの基本」という小澤征爾さん自身の信念に基づき、今年も長野の奥志賀高原で弦楽四重奏をテーマとした室内楽勉強会が開かれて、そのアカデミー生による発表会のコンサートがあった。自分が行ったのは東京オペラシティでのコンサート。

このアカデミーももう15年余も経過するそうで、今年も日本、中国、台湾、シンガポールなどから受講生をオーディションで募り、小澤征爾さんをはじめとする講師陣のもとに、長野県・奥志賀高原の奥志賀スポーツハイムにて講習会が行われた。

そしてその講習会で課題曲として出された弦楽室内楽曲と弦楽合奏曲を、アカデミー受講生が披露するのである。演奏会場は、奥志賀高原ホテル「森の音楽堂」と東京オペラシティコンサートホールの2会場。

この奥志賀にならって2005年には、このヨーロッパ・バージョンが設立されて、「スイス国際音楽アカデミー」と称して、スイスのモントルーに近いブロネーという村で室内楽勉強会が毎年開催されている。今年のお披露目会は、スイスジュネーブのヴィクトリアホールとパリのシャンゼリゼ劇場。

「小澤征爾スイス国際アカデミー、パリのシャンゼリゼ劇場で公演。3年ぶりのヨーロッパ公演成功!」と大々的にネットで記事になっていた。

スイス国際アカデミー
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じつは小澤さんが食道がん療養生活から復活して、その第1弾のリハビリ活動として、このスイス国際アカデミーでの指導で渡欧したことがあった。当時親交のあった故人であるNHK音楽ディレクターの小林悟朗さんが同行して、その一部始終を収録をして、NHKの特番ドキュメンタリーとして放映した。その番組を観たとき、なんだ、小澤さん元気そうじゃないか!と思ったこと を記憶している。後日、悟朗調布邸を訪問した時に、このときのお披露目会であるスイスジュネーブのヴィクトリアホールでの演奏会の模様を収めたBD-Rを見せてもらった。  

このスイス国際アカデミーのお披露目会は、毎年このヴィクトリアホールで開催されていて、そのときにスクリーンに映された異常なまでに美しい内装空間を観て、いつかこのホールを訪問したい、とそのときに心に誓ったのであった。結局その公演の模様は放映さることなくお蔵入りになったのだが、でもその映像素材はBD-Rに焼いて、この世に2枚だけ残したと言っていた。1枚は小澤さんに献呈で、1枚は悟朗さんが自分用に。

話はだいぶ逸れてしまったが、奥志賀のアカデミー生によるお披露目会。

前半はアカデミー生6組による弦楽四重奏。6つのクァルテットがそれぞれ、1つの楽章を演奏するというスタイル。

女性は上半身は白色の衣装で若々しい。登場するときの歩き方が、どこかドタドタ風というか(笑)素人っぽくて非常に親近感が湧いてしまう。でもひとたび演奏が始まると、プロの演奏に決して見劣りしないその見事な演奏パフォーマンスには本当に驚いた。1組1組が終わるたびに、その完成度の高さに驚き、大きな拍手が湧いていた。

自分は普段思うことにやはり室内楽の生演奏って素敵だ、と思うことがある。

室内楽独特の各楽器のこまやかなフレージングやニュアンスが手にとるように感じられて、それがすごく新鮮で魅力的。演奏者の息づかいやボーイングなどの空気感がダイレクトに伝わってくる感じがする。それがこのアカデミー生の演奏会からも感じ取れた。

休憩を挟んで後半はいよいよ小澤さんの登場。

演目はバルトーク「ディヴェルティメント」よりの抜粋。アカデミー生全員による弦楽合奏。

少し気になったのは、小澤さんが指揮をしながら椅子に座る時間が結構多かったかなぁということだ。観た感じはとても元気そうに見えるのだけれど、体調がイマイチなのか、それともアカデミー生による公演からなのか不明だが、やや気になったところでもある。演奏は輝かしい音色で、一丸となって演奏され奏でられるその音色は、不揃いの部分や突き抜けている部分がなく、全体的に調和というかバランス感覚がよくて気持ちが良かった。ブラボーである。

面白かったのは、1楽章終わると、水戸室みたいにメンバーの配置換えがあったこと。

終演後たくさんの観客がスタンディングオベーションで惜しみない拍手を送られていた。

ステージ上で小澤さんが「上がってこい!」というジェスチャーとともに、観客席中央で鑑賞していた今回の講師陣の方々が勇みあがるようにステージに駆け上がって、そしてアカデミー生たちに「よく頑張ったね!」という感じでお互い喜びあってはしゃいでいたのが、すごく微笑ましくて良かった。

若者の諸君!君たちは最高に格好よかったぞ! 

これから育っていく若き音楽の芽たちに、限りない拍手を送りたいと思います。

ステージ1番左にいるのが川本嘉子さんと小澤征爾さん

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山田和樹指揮スイス・ロマンド管弦楽団&樫本大進 [国内クラシックコンサート・レビュー]

生演奏とオーディオ、そんな我々の永遠のテーマを考えさせられた山田和樹&スイス・ロマンド管のコンサートだった。

今年に入ってから、オランダの高音質レーベルPENTATONEから、この山田和樹&スイス・ロマンド管のSACDが立て続けに2枚発売。フランスとドイツの管弦楽作品集、しかも丸々ではなく、素敵な旋律の楽章のみを抜粋するという、いわゆるコンセプトアルバム。これが聴いていてじつに程よい気持ちよさで我々を誘い、優秀録音でもあり、じつに素晴しかった。


愛聴盤でもあり、このコンビの将来性にとても有望な感覚を抱いていた。したがって、このコンビが来日して、しかもソリストに樫本大進という。これは期待せずにいられようか?彼らを生で聴ける!!今年最大のコンサートイベントだった。


結果的にじつに素晴しかったコンサートだったといってよい、と思う。間違いなく大感動であった。でも前半のその印象から、思わず辛口のコメントを発せざるを得ないこともあった。


それは座席による音響。今回サントリーではいい音響と言われている2階席RBブロック。いわゆる皇族VIP席である。

視認性は最高なのであるが、今回オケのサウンドが、帯域バランスがハイ上がり(高域寄りのこと、低域が聴こえないこと)に聴こえたことだ。低弦などの低音が聴こえてこなくて、音痩せするような感覚。

自分にとって、オケのサウンドというのはひとつの絶対基準を持っている。それはピラミッドバランスがきちんと成り立っていること!特に低域の量感というのが、オケを聴く上では命綱。この豊かな低域がベースに下支えにあって、その上に、中高域が乗っかる、というサウンドが、オケを聴いていて1番、潤い感があってじつに気持ちがよく最高にいい。


それがハイ上がりなので、音痩せの感覚で、聴いていて悲惨であった。
まぁ、あとの分析によると、どちらかというと同じ2階席でも反対のLB席のほうが、いわゆる低弦楽器の反対側に座ったほうがポジション的に低音弦がよく聴こえる訳で、今回のRB席がいまいちハイ上がりに聴こえたのは、納得がいく感じがした。でもどちらにせよ、LB席にせよ、RB席にせよ、オケを側面から聴かなければいけないということ自体に、指向性の問題から、無理があるというような気がする。

特に最初の現代音楽は曲の構造自体がすでにハイ上がりなので、仕方がないにしろ、樫本大進を迎えてのチャイコのコンチェルトでもその感は拭えなかった。できればユニゾンやトゥッティといったようなオケがいっせいの合奏状態に入ったときに、その最高の気持ちの良い瞬間が味わえるものなのだが、それは後半まで待つしかなかった。


まぁ、こういう問題は、演奏者側の問題ではないので、彼らを責める訳にも行かず可哀想といえばそうなのだが、私が ”生演奏よりもオーディオを聴いているほうがいいときもあるんだなぁ、”とつぶやいたのはそんな背景があるのだ。

彼らのSACDをずっと愛聴盤として聴いてきた立場からの発言だった。


生演奏は、大音量、再生空間の広さなど素晴しいが、座席による音響のムラがあるし、また演奏者の出来不出来によるムラもある。その点オーディオは常にベストの演奏、音響を時を選ばずして聴ける。


それでもイソイソと演奏会に出かけてしまうのは、やはりそのとき、その場所にいて、その感動を得るというリアリズムが堪らなく魅力的だからだ。これはオーディオでは絶対に得られない。だから我々はずっとこのジレンマに悩まされているのだ。


しかし樫本は凄かった。山田の指揮、オケとのかけあいも秀逸であったが、自分には、まさに彼の独壇場にも思えたほど素晴しかった。弦の音色自体の安定感とビブラート感、そして強力な音量、そして目にも止まらぬほどの超高速パッセージの連続。ご存知この曲は耳タコ名曲でもあるので、終盤に向かってどんどん信じられないくらいのテンポの速さでクレッシェンドしていき、盛り上がっていく。そのエンディングに向けての疾走感は、自分にとって”シビレル”という表現が1番であった。


こんな感動したチャイコも近年になかった。

反面、少々期待はずれだったのが、山田の指揮振り。

なにせ話題の人なので、期待していたが、ずっと彼の指揮振りを見て、凡庸というかつまらない、というか、彼のキャラに被るところもあるかもしれないが、重みがなくて軽薄でオーラを全く感じない。指揮のテクニックとしては、まだ若いというか、もう少し熟練味が加わればなぁと感じるところがあった。


でも指揮振りのさまはそうかもしれないけれど、彼がオケから引き出している、その多才な表現力、そしてその力量は感心するところが多々あった。特に幻想では、こちらが驚くほどの新しいチャレンジを試みていたし、3曲通じて、見事にスイスロマンド管を操縦していた印象があって見事であった。

そしてアンコールがじつに素晴しい。いままでの不満を一気に粉砕するべく、このオケの魅力満開だ。ビゼーのアルルの女をはじめとしたフランスの管弦楽曲や舞踏音楽の演奏だったのだが、こういうジャンルの演目は、この名門オケの最も得意とするところで、その優雅な旋律の泣かせ方というか、軽やかさというか、本当に見事としかいいようがない。

これは彼らをオーディオで聴いていても常に感じていたことなのだ。


不満からはじまったコンサート、気づいてみれば大感動で締めくくり。ヤキモキさせるその演出にやられた感じ。(笑)


もう公表してしまうが、2年後に彼らスイス・ロマンド管弦楽団の本拠地であるスイス・ジュネーブにあるヴィクトリア・ホールを必ず訪問して、そこで彼らを聴くことにしている。


スイス・ロマンド管弦楽団.....アンセルメの時代からの超有名名門オケだが、私の中でもそれだけ期待しているオケなのだ。



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山田和樹首席客演指揮者 スイス・ロマンド管弦楽団

出演山田和樹
ヴァイオリン:樫本大進
スイス・ロマンド管弦楽団

2014.7.8 19:00~ @サントリーホール


藤倉大:Rare Gravity  <世界初演>
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35

ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調
BWV1005から「ラルゴ」(ヴァイオリン・アンコール)
シュレーカー:舞踏劇「ロココ」より「Ⅲ. マドリガル」

ビゼー:「アルルの女」第2組曲から「ファランドール」


タベア・ツィンマーマン ヴィオラ無伴奏リサイタル [国内クラシックコンサート・レビュー]

実力、人気ともにヴィオラ界の女王とも言えるべき存在のタベア・ツィンマーマン。

年齢は、ほぼ私と同年代の初老の域。いわゆる玄人受けするいぶし銀のような奏者だと思うが、ヴァイオリンから転向するヴィオラ奏者が多い中、彼女は幼少時からヴィオラ一筋。まさしく実力・人気ともにヴィオラ界の女王といえる。

現在は2002年からベルリンのハンス・アイスラー音楽大学の教授に就任。またソロ活動の他に、アルカント弦楽四重奏団のメンバーとしても活躍している。

先日、そんな彼女のリサイタルに行ってきた。銀座の王子ホール。リサイタルとしてはじつに15年ぶり。

彼女の映像作品は存在しないし、自分も生演奏を観たことがないので、文字通り、CDで聴く彼女の音色のみ、自分の空想の中でしか存在しない奏者で、今回はじめて彼女の生の演奏姿を拝見した訳で、ホントになんとも言えない体験。

SACDで聴く彼女の音色は妖艶という言葉がぴったりで、朗々と歌い上げる、という強烈なインパクト。加えて選曲のセンスが抜群で、 いわゆる大衆受けするような明朗な曲というよりは、ちょっと陰影感が垣間見える様な感じの渋くてセンスのいい曲が多く、そういう曲群でアルバムのコンセプトが成り立っているので、すごく彼女の音楽センスの高さを感じ取れる。

彼女を支えているレーベルが、2009年に設立されたmyrios classics。 サウンド指向型のドイツの高音質レーベル。
インディーズの高音質レーベルなので、プロモート、広告戦略というのもつつましやかなもので、それが玄人向け音楽家と言われる所以というか、神秘性のベールに包まれているという感があって、すごく魅力的。

そんな彼女のリサイタル。はじめて彼女を生で観た印象は、凄い大柄な女性で、びっくり。ジャケットデザインでの印象しか頭にないので、イメージが狂う~、という感じ。(笑)

演奏する姿も凄いダイナミックで体全体を激しく動かしてボーイングなんてスゴイ!第1級のパフォーマンスを魅せてくれた。

冒頭は、なんか音色の響きがいまいちで、王子ホールってデッドなのかな?
と思ったが、20分くらい経つと調子が戻ってきて、まさにオーディオで聴いているのと変わらないいつもの妖艶な音色。普段、ずっと家の中で聴いてきた旋律、音色をいま目の前で、彼女が実際弾いている姿を伴って観るというのはなんとも言えない不思議な気持ちに陥ってしまった。

取り上げられた曲は、バッハ、レーガー、ヒンデミットと、対位法を通じて脈々と続くドイツ伝統の音楽系譜に連なる作曲家のヴィオラ無伴奏。

特にヒンデミットは圧巻!やはりヒンデミットの作品は、かなり難解で難しい、という印象を受けるが、ヴィオラにこだわる作品としてタベアが避けて通れない作品なのだと思う。特に途中での高速パッセージはかなり打ちのめされました。

積年の想いが募る夢の奏者だっただけに、万感の想い、という感じでしょうか......
アルカントSQとしての来日は、10/1のトッパンホールです!(5/15チケット一般発売)

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タベア・ツィンマーマン ヴィオラ無伴奏リサイタル
2014/4/25(金)19:00~ 銀座王子ホール

レーガー 無伴奏ヴィオラ組曲 第1番 ト短調 Op.131d-1
J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 BWV1001(ヴィオラ版ハ短調)
J.S.バッハ 無伴奏チェロ曲 第3番 ハ長調 BWV1009(ヴィオラ版)
ヒンデミット 無伴奏ヴィオラ・ソナタ Op.25-1

(アンコール)
ヴュータン 無伴奏ヴィオラのための奇想曲

鈴木雅明&BCJのマタイ受難曲 [国内クラシックコンサート・レビュー]

バッハ・コレギウム・ジャパン(Bach Collegium Japan, BCJ)というのは、バロック音楽を専門とする日本のオーケストラおよび合唱団のことで、古楽演奏がそのベースにある。1990年に鈴木雅明によって設立され、まさにバッハ音楽の演奏、録音では日本の第1人者的存在なのだ。

もちろん鈴木雅明氏はそんな日本が誇るバッハ解釈の御大、第1人者な訳である。

鈴木雅明&BCJは、BISによる教会カンタータの全集録音という偉業を達成したばかりでいま最もホットなお方達かも。

バッハの教会カンタータの全曲録音という作業は、まさに膨大な年数を要する訳で、これを完結したのは、過去にトン・コープマンやアーノンクール&レオンハルトなど本当にごくわずか。

今回SACDでの全集完成というのは、史上初で、まさに最新録音&最新演奏での作品で、それを日本の団体が達成したということに限りなく誇りに思える。

レーベル選びの段階で、当初少なくとも全曲録音なら15年はかかる、とレーベルに持ちかけたら、日本のレーベルはほとんど拒否反応だったそうで、その中でBISが興味を示したそう。

やはり日本のレーベルのような場当たり的なリリース計画と違って、きちんと先を見据えた計画的なビジネスというのは、日本に限らずメジャーレーベルでも難しい昨今の状況の中で、この決断には本当に先明の功があったと思える。

ライプツィヒを始め、現地では、いままさに、イエスの受難、そしてその後の復活を象徴する復活祭のシーズン真っ盛りなのだが、私も先日ここ日本でマタイ受難曲を聴いてきた。

ミューザ川崎で、鈴木雅明氏&BCJによる演奏。

じつは自分にとってマタイは想い入れがある曲で、ゴローさんとの思い出がいっぱい詰まっているのだ。 ゴローさんが1997年に小澤サイトウキネンとはじめて仕事をしたときの曲がマタイで、それ以来、我々にその曲のオーディオでの鳴らし方などいろいろ教わったものだった。

2012年にNHKで聖トーマス少年合唱団のドキュメンタリーと、あとこの少年合唱団&ケヴァントハウス、そしてトーマスカントールのビラー氏での指揮で聖トーマス教会でのマタイの演奏という2部構成が放映され、録画して食い入るように何回も観た。

そしていつかこの聖地で、この曲をこのコンビで聴いてみたい、と思うようになったわけだ。今年実行しようと思ったが、あえなく討死。(苦笑)

なので、この日の日本でのマタイは万感極まるものがあった。お恥ずかしながらBCJの生演奏を聴くのは初めて。ピリオド楽器による弦のノンビブラートな響きなど正直苦手だなぁ、という勝手な先入観があったが、実演に接してみて、まったく心配は取り越し苦労。管楽器は木管のみのすごい小編成。

これがじつに素晴らしい演奏で、もう大感動!録画で観ている聖トーマス教会のコンサートより数段レベルが高い、というか自分好みに思った。

特に合唱が異常に素晴らしい。その発音されるとき、オケの音よりも数段音量が大きく、そのハーモニーが実に美しい。
低音がよく出ており、それが中高域と相俟ってじつに耳障りのいいバランスが取れていた。

そしてなによりも、きちんと粒揃いなのだ。聖トーマス合唱団のものは、やはり少年達の集まり、精神を集中させて、ピタッと全員が揃うのは難しい。それがBCJのほうは合唱団は本当に小編成で、それがピタッと音の一瞬の振るえまでが揃っているような感じで素晴しく美しいのだ。

ふっと音のステージが浮かび上がるような感じで、響きが少し遅れて聴こえるような感覚になり、それが立体感を紡ぎだす。3階席センターで聴いていたのだが、いままでミューザの音響を人が言うほどそんなに感動したことのなかった自分にとって、今日は本当に白眉という感じであった。

この合唱が唄うマタイの旋律ってホントに泣けるのよねぇ。もう聴いていてうっとりという感じであった。
福音史家やイエスをはじめ、各歌い手達の歌唱も申し分なし。BCJの合唱団のレベルの高さを感じた。

BCJの演奏、音色は、ピリオド楽器という先入観を払拭するかのような洗練された音色だったが、コンマスのソロの部分など、時間が経つにつれて、やはりモダン楽器とはちょっとその響きかたが違うのが聴き取れるのだが、違和感はまったくなし。自分には演奏にミスらしいミスもなかったように思え、じつに想い入れの曲にふさわしい力演か、と思えた。

別に現地ライプツィヒでの本場本家の演奏でなくても、こんな素晴しいマタイを聴けるのだ。

鈴木雅明氏は、白髪の長髪で、指揮姿の動きが大きくすごいダイナミック。その後ろ姿を観ていると、なにか小澤さんのような感じもしなくもない。(笑)

鈴木雅明氏は、今年の6月のバッハフェスティバルでも、ライプツィヒ・ケヴァントハウス大ホールで、ケヴァントハウス管で聴く予定なので、本当に楽しみである。

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J.S.バッハ マタイ受難曲 BWV 244
2014/4/13(日)15:00~ ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:鈴木雅明

ソプラノⅠ:ハンナ・モリソン
ソプラノⅡ:松井亜希
アルトⅠ:クリント・ファン・デア・リンデ
アルトⅡ/証人Ⅰ:青木洋也
テノールⅠ/福音史家:ゲルト・テュルク
テノールⅡ:櫻田亮
バス/イエス:ベンジャミン・ぺヴァン

合唱&管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン 


小澤征爾 & 水戸室内管弦楽団 定期演奏会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

まさに突然の悲報、大いなる虚脱感に陥ったクラウディオ・アバド氏の訃報。世界中が嘆き、悲しんだ。

去年の秋ごろから急な体調不良で降板が続いていて、心配していたが、1番最悪の現実になってしまった。人間の死って突然訪れるもの......ゴローさんのときもそうだったけれど、アバドも去年秋から突然体調不良が続き、あっという間に逝ってしまった。

死因はあきらかにされていないが、自分はてっきり2000年に患った胃がんの転移かとも思っていたが、はっきりした公表はまだのようだ。私はFBから知ったのであるが(それも現地からのニュース発信したての18時頃)、もうFBのタイムラインはアバド追悼の投稿で溢れ返った。


自分のアバドに対する想いは深く、それを「クラウディオ・アバド考」として日記にしたためた。
いま考えれば、ひとつの作品として残しておいて本当に良かった。また去年夏のルツェルン音楽祭でアバドをはじめ、ルツェルン祝祭管弦楽団の生演奏を現地で観れたのは、本当に垂涎の体験だったと思う。

おそらくこれからアバド追悼のための行事イベントが次々と企画され、世界中がその大きな哀しみを共有していくのだと思う。

そんなアバドの突然の訃報の前日に、水戸で小澤征爾さんが水戸室を振る公演を鑑賞してきた。
タイミング的に重ならなくて本当に良かったと思う。もし訃報と重なっていれば、公演を心底楽しめたかどうか......

アバドと小澤さん、両方に通じるのは、やはりクラシック界を引導してきた巨匠の域に達している人物ということ。
また2人ともガンズ。アバドの死に直面して、小澤さんにもそんな心配をいやが上でもせざるを得ない。

高齢、健康の問題もあって小澤さんがいつまで振れるのか、ということもあって、ぜひいまのうちに松本のサイトウキネンと水戸の水戸室定期で小澤さんを生で観たい、と想い始めて3年。ようやくこの日すべての念願が叶った。松本は去年夏、そして水戸はこの日。万感の想い。SKF松本のときはピットだったので、よく見えなかったのだけど、この日ははっきりとその指揮姿を拝見することができた。

ベートーベンの交響曲第4番。

40分くらいの曲だけれど、やはりBD,DVDで全盛期の頃を観ているだけに、振り、動作が弱々しく小さく感じられたけど、でもその頃と比較するのは酷というもの。1年前のキャンセル続きだった頃に比べれば断然元気そうで回復傾向にあるように思えた。

小澤さんが、まだ本調子ではないなぁと思ったのは、楽章間の休憩時だ。
普段、クラシックのコンサートを鑑賞していると、楽章間の間隔というのは、大体感覚でその長さが決まっている。現に前半のナタリー・シュトッツマンのときもそうであったように。

楽章間のときに小澤さんは、椅子に座って休憩するのだけれど、それが結構長くて、楽団員が間を持て余しているようにも感じた。(笑)やはり1楽章みっちりと振ると、すぐに続けてというのは難しく、かなり休憩をしっかり取らないと、という感じなのだろう、と思う。(でも第3楽章から第4楽章に行くときは休憩を取らず、一気に続けた。)

また、指揮台のところには、指揮をしていて疲れたときに座れるように、そこにも椅子がアレンジされていた。でも小澤さん、指揮中は、その椅子を使うことは1回もなかった。

このように休憩のときに復活するまで時間がかかって、やはりまだ万全の体調とは思えなかったけれど、ひとたび楽章が始まると決してスローダウンということもなく、見事に振り切っていた。

やはり驚いたのは、前半のナタリー・シュトゥッツマン指揮によるメンデルスゾーンの作品のときと、後半の小澤さんのベートーベンのときとは、オケの演奏レベルが全然違うと感じたことだった。

辛口で申し訳ないのだけれど、前半は、弦に定評のある水戸室の旋律が、綺麗には聴こえなくて、音響の素晴しいこのホールでいままで聴いてきた印象とずいぶんと違っていて、正直戸惑った。

決して不出来という意味ではなくて、ナタリー・シュトッツマンの指揮は、まさか彼女が指揮というのも正直驚きであったが、十分オケをコントロールできていたと思うし、特に指揮棒を持たない左手の動きがいかにも女性らしい繊細で流暢な美しさがあって、体全体を使ってじつに情感たっぷりの指揮振りだったように思う。もちろんメンデルスゾーンの交響曲「イタリア」をはじめ、曲の完成度としては素晴しいものだった、ことに異論はない。

でもなにかが違うのだ。いつもこの水戸芸術館で聴く水戸室の音色となにかが違う。
いつも聴いていてうっとりするような音色。特に弦の重厚な音色が素晴しい。基音の低域成分が量感たっぷりと聴こえてきて、潤い感があってその低域成分が下支えとなって、その上に中高域の音色が乗っかるような感じで、じつに安定感があって分厚い音色で美しいのだ、このホールで聴く水戸室の弦というのは!

それをイメージしていたので、この日の最初のメンデルスゾーンの曲の音色を聴いたとき、どうもいつものイメージと違ってどこか音痩せする感覚に聴こえて、低域不足のように感じた。潤い感がなくて、音が揃っていなくて音色が美しくないのだ。

立場上(?)、サイトウキネンや水戸室のことは、絶対悪く書けない自分にとっては、これは聴かなかったことにしよう、書かないことにしよう、と想い(笑)、そのまま休憩を挟んで小澤さんの演奏が始まったときに、前半とはまるで別人のように素晴しいサウンドに変貌したのには、驚きとともに、そうだよ!これだよ!これ!という感じで、無理してウソを書く必要もなく、本当にホッとしたものだった。

すべてが完璧に揃っている感じ、最初の一瞬の音の震え、音の力、音の勢い、というなんとも言葉じゃ表現できない音の全てが完璧に合っている、そんな凄さがあった。そう、これがいつも聴いている水戸室のサウンド。

このときに、やっぱり小澤さんの指揮のときの楽団員のみんなの団結力は凄いものがあるのだなぁ、と思ったものだった。そんな想いを抱いた素晴らしい演奏だった。

最後は、観客席全員スタンディングオーベーションでいつまでも鳴り止まない拍手に、自分は思わずグッとくるような感じで胸が熱くなった。

水戸で生の小澤さんを観る、という夢が叶えて、素晴らしい体験だった。

小澤さんは、最近、日経新聞に「私の履歴書」というコラムで自分の音楽家人生を振り返る連載を始めている。私の勝手な予想であるが、小澤さん自身もこの歳になって自分の人生の統括というのをすでにやらなければ、と意識しているのではないのだろうか?

個人的な希望から言わせてもらうと、またいつか再び、「世界のオザワ」としてベルリンフィルハーモニーやムジークフェラインなどで世界のオケをフルの2時間いっぱい振る檜舞台を見たい、という願望があることは確か。

クラウディオ・アバド氏の訃報を聴いて、我々に大きな影響を与えてきた巨匠が次々と亡くなっていく、このとき、いま思うに、無理せずにいまのように40分でも1時間でもいい、出来る限り現役で振る姿をいつまでも観ていたい、そちらのほうを優先していただき、細く長く生きていって欲しいと、この日の公演を振り返って、いま強く想うのである。

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水戸室内管弦楽団 第89回定期演奏会

2014/1/19(日)14:00~15:50
水戸芸術館コンサートホールATM

【第1部】指揮:ナタリー・シュトゥッツマン
 メンデルスゾーン:序曲<フィンガルの洞窟> 作品26
 メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90 <イタリア>
 
【第2部】指揮:小澤征爾
 ベートーヴェン:交響曲 第4番 変ロ長調 作品60


体験!杉並公会堂 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ホールの設計は、あの永田音響設計。
日本有数の音響効果を誇る、ということで、昨日体験してきた杉並公会堂。期待に沿う素晴らしい音響だった。日本フィルのフランチャイズだそうで、大ホールは1190席のキャパでシューボックス。今日のコンサートは、VcとPfのリサイタルであったが、大ホールでも広すぎるという感もなく、素晴らしい音色を奏でてくれた。

荻窪にあり、街の中に溶け込んでいるというか、埋もれている(笑)という感じの外観。
杉並公会堂
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ステージ側から客席を観た感じ。
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 杉並公会堂といえば、世界の3大ピアノと呼ばれるスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインのフルコンサートピアノがそろっていることで有名。今日の小山実稚恵さんはスタンウエィを使用されていた。

ホールの音響って、その1発目に発せられる出だしの音色の瞬間で、あっと言う感じで素性がピンとくるもの。今日はチェロ(Vc)の音色が響いた瞬間、あっこれはイイ!と言う感じで、いっぺんに掴みは好印象。

響き具合が、ちょっとライブ気味な印象で、音の鮮度感が抜群で、特に特筆なのが、響きの残像というか、その音色の消えゆく余韻の長さ。その最弱音に至るまでスゥ~と伸びていく透明感は素晴らしいものがある。 ホール内のS/Nはかなりいい。

特に2曲目以降のピアノの音色は圧巻だった。滲みや濁りがまったくない、ちょっとソリッド気味なピアノ独特の透明感な音色がなんとじつに美しいことか!音の粒子の細やかさがあるというか、響きの滞空時間も長く、それでいて連打などで混濁することもなく、一音一音が分離されていてじつに素晴らしい美音だった。なによりもホールの空間の空気が澄んでいるように思う。そういう空気感の中で発せられる粒立ちのいい音色、そして響きの余韻がなんとも美しいのだ。

さすがに前評判の高いホールだな、と思うことだけあると思いました。
オーディオマニアの方はコンサートに行くと聴きどころが違っていて、音楽を聴いているんじゃなくて音を聴いていると言われますけど、イイじゃないですか!(笑)
それで幸せになるんですから。サウンドよければ、もうそのコンサートすべてが最高に幸せになるのですヨ。(笑)
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小山実稚恵Produce 3大Bの競演~チェロの巨匠・堤剛を迎えて
2013/12/14 杉並公会堂大ホール

J.S.Bach 無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009
プレリュード
アルマンド
クーラント
サラバンド
ブーレ(Ⅰ/Ⅱ)
ジーグ

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番「月光」
アダージョ・ソステヌート
アレグレッド
プレスト・アジタート

ブラームス チェロ・ソナタ第2番ヘ長調作品99
アレグロ・ヴィヴァーチェ
アダージョ・アフェットゥオーソ
アレグロ・パッショナート
アレグロ・モルト


ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 来日公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

圧巻だった。

芸術の秋、今年はヨーロッパの3大オケであるベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ管が揃って来日する、というクラシック・ファンにとっては堪らないシーズンになった訳だが、同時にお財布事情というか、このクラスの外来オケになると、1公演4万、3公演で12万になる訳で、、ファンからすると正直ありがた迷惑、といったところ。やっぱり1シーズンにつき、1つのオケというようにしてほしい、というのが正直な感想である。

ここら辺の事情は、オケ側のマネジメントもよく心得ていて、チケット代を4万円台の高値にしても日本のクラシック・ファンなら買ってしまう、という心理事情を見透かされているのだ。日本は他の国と比較しても、民度、教養の高い国で、大のクラシック愛好国。プレミアチケットでも確実に売れてしまう、というところを物の見事に見透かされている。

たとえば、ベルリン・フィルが中国や台湾などで公演する場合、チケットが4万もする値段では絶対受け入れてくれない、という。だからオケ側もそれをわかっているので、これらの国でのチケットの値段は日本と比べてかなり安い。ところが日本で公演する場合は、4万でも売れてしまう、というところを見抜いていて、彼らは絶対この線を譲らないという。こんな高値でも日本人なら払ってしまう、という我々の足元を見透かされている訳だ。

そういう裏事情を関連の筋から聞いたことがある。

そういう訳で、今年の夏はヨーロッパの夏の音楽祭で、大変大きな出費をしたのと、この音楽祭でウィーン・フィル、ベルリン・フィルをたくさん聴いてきたので、今回の来日ラッシュは、もうロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団1本に絞った。またホールも、いままでずっとサントリーで聴いてきたので、今年は復活したミューザ川崎に。

つい先だってパリ管のじつに素晴しい演奏に大興奮したばかりだったが、今回のコンセルトヘボウ管の演奏もまさに圧巻だった。じつに素晴しかった。最初の1曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。ソリストは、ポーランド生まれだが、カナダに移住しているエマニュエル・アックス。

ソリストは演奏技術が上手いことはもちろんだけれども、フォトジニックな要素も必要、という自分なりの基準がある。やっぱり一流のソリストになると、ルックス、スタイルなど、その外見から発するオーラというものが、抜きん出ているもの。それが素晴しい演奏技術と相俟って、聴衆に大いなる興奮、アドレナリンを分泌させる訳だ。要は”映える”、”絵になる”、とう感じ。指揮者についても然り。

ところがこのエマニュエル・アックス。左側の舞台袖から登場してきたときに、なんと地味というか、オーラのない、およそクラシック演奏家とは思えない普通のおじさんに見えて、がっかりというか大丈夫か、オイ、という感じに思えた。(笑)

結局、ピアノの演奏自体はじつに素晴しいのだけれど、なんとなく華がない、というか華麗な装い・演奏に感じなかったのはそんなところに原因があるのかもしれない、と思った。演奏技術自体はじつに素晴しい。特に第3楽章が聴き所で、軽やかな旋律を伴ったトリル連発に圧巻とさせられた。コロコロと転がるような粒ぞろいの連打の音色で、この人は本当によく指が回る、という感じで、曲調も明るいコントラスト満載。
もうこの時点になると、オーラのことなど忘れかけていて、オケと一体になって弾けるその演奏姿に惚れ惚れという感じで、最初抱いていた負のイメージなど、もうどこかに消えてしまった。
じつに素晴しい演奏だった。

だから余計に、これだけの技術があるのなら、オーラの問題を解決すべき、とも思うのだが、歩く姿もどこかしらコケティッシュでユーモラスな感じなので、これはこれでこの人のカラーというか持ち味なのだろう。

そして休憩を挟んで、いよいよ「英雄の生涯」。
最近つくづく思うことなのだが、自分がクラシックのオーケストラものを聴くとき、演奏解釈、演奏の出来、不出来を聴く場合と、いわゆる音響を交えた音を聴いている場合があり、自分は明らかに後者だなぁ、と思うことがある。演奏の出来、不出来などは直感的にわかりやすいファクターなのだが、演奏解釈ということになると、これは奥が深く、あまり深く立ち入らないようにしている。まさに音楽評論家含めて先人達が多い訳で、素人の自分がその世界に自ら入り込もうとは思わないし、演奏解釈論に基づいた鑑賞日記は読んでいても面白くないというか、感動が伝わらない。

悲しいかな、自分はオーディオマニアなので、サウンド、音の印象が占める割合が多く、よく世間一般人にオーディオマニアの方は、音楽を聴いているんじゃなくて、音を聴いていますよね?と言われるが、まさにそのものずばり的中だと思う。(笑)

かねてよりミューザ川崎は、日本一のアコースティック、音響の素晴しいホールとみんな騒ぐが、悲しいかな、今年復活して自分がずっと通って聴いてみたところそんな騒ぐほどの音響の素晴しさとは思ったことは1度もなかった。いままで聴いてきた数多のホールと比較して、そんなに秀でているとは思ったことがない。いくら周りがいいと評判が良くても、自分の耳で納得できないとイヤなのだ。じつは日記にしていなかっただけなのだが、今年に入って、このミューザで開催されるコンサートには頻繁に通っていて、いろいろな座席を体験している。でも音響をはじめ、演奏もいまひとつ自分の中では、感動したことは1度もなかった。

いろいろな座席を経験したが、自分がお気に入りなのは、2階席正面の前の方。このホールに関しては、そんなモヤモヤなイメージがつきまとっていた。

ところが今回のコンセルトヘボウ管の「英雄の生涯」を聴いたとき、いままでのモヤモヤが吹っ切れるような感じで実に素晴しいサウンドだった。
座席はここ。↓1階席左の後方。
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この曲、すごい大編成で、まさに雄大なスケール感を感じさせるオーケストレーションが聴かせどころ。これがじつに聴いていて気持ちよかった。まずステージからの直接音が、かなりの大音量で音像もすごいくっきりとクリアで、一種のうねりという感じの音のウェーブが全身に浴びせかけられるような感覚になった。響きがやや遅れて聴こえてくる感覚で、それが立体感を紡ぎだす。悔しいかな、オーディオでは絶対かなわない、音が広がっていく空間の広さの感覚が素晴しいと思った。自分が、ここのホールの音響が素晴しい、と思った最初の経験だった。

やっぱり1番のショックは、信じられないくらい大音量であったということ。ホールのステージからうねりあがるような、こんな迫力のある絶対音量でオケを聴いたことはなかった。これはある意味では、このオケの発音能力の凄さとも言える。

いま考えてみると、やっぱりホールの音響って、オケの演奏能力によってその印象が左右されるのではないのかなぁ、と思うのだ。素晴しい演奏を聴くと、それに相乗効果でホールの音響の良さも認識できる。逆に、いかにホールの音響が良くても,演奏がよくないと、音響の良さも引き出されない訳で、ハコと楽団というのは一対のものなのだと思うようになった。

演奏のほうは、そういう訳で、自分的にはじつに素晴しいものだと思った。
特にコンマスのソロも素晴しかったし、雄大な華麗な旋律がじつに美しい。
各楽器に破綻らしい部分も観られず、完璧だった。
自分はこの曲は大好きだし、そんな欲求を満たしてくれた。
こんな素晴らしい英雄の生涯を昨今聴いたことがなかった。

2009年に英国の権威あるグラモフォン誌のアンケートで、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルを抑えて堂々世界最高峰のオーケストラに選出されたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。

アムステルダムにあるコンセルトヘボウのホールは、ヨーロッパでは音響上の失敗がまずないと言われている木造型のホールで、じつに暖色系の柔らかい優しい音響、そしてベージュとレッドに彩られたシックなお洒落な空間なのだが、そんな素敵なホールで長年育まれてきたこのオケのサウンドの素晴しさを、ここ日本で体験できた素晴しいひとときと思えた公演だった。

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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演2013

2013/11/17(日) 18:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール


ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番
 
~アンコール~
ショパン:ワルツ イ短調 OP34-2
ショパン:マズルカ OP30-2
 
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
 
~アンコール~
グリーグ:ペールギュント第2組曲より「ソルヴェイグの歌」
 

指揮:マリス・ヤンソンス
ピアノ:エマニュエル・アックス
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団来日公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

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大変失礼ながら、予想もしていなかったあまりに素晴らしい演奏力で、本当に驚いてしまったパリ管弦楽団の来日公演。

楽しみにしていた公演でもあった。パリ管弦楽団というと我が敬愛するホールであるフランスのサル・プレイエル(去年訪問できました)のフランチャイズ楽団である、ということ、そしておそらくいま最も忙しい人気指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィ、そしてなによりも最も魅力的だったのは、その選曲。これは絶対行かないと、と思っていた公演だった。

フランスのオケならフランスもので統一するか、と思えばそうでもなく、シベリウス、リスト、そしてサン=サーンスというかなり多彩な選曲。特にサン=サーンスの3番「オルガン付き」は大好きな曲。あのホール全体を揺るがすオルガンの重低音、あれは音マニアにとっては堪らないものがある。

そういうこともあって、今回は大奮発でS席。でもいわゆる皇族VIP席が座る2階のLB席にしてみた。

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私はそんなにそうは思わないのだが、このサントリーホールはステージからの音が上空に上がる傾向にあって、1階席だとステージからの直接音があまり聴こえない、という意見が多い。今回皇族VIP席の2階席にしてみた。

斜め上方からステージを俯瞰するのだが、思ったほど違和感がなく、いい眺めだと思った。音響は実に素晴らしかった。

絶対音量が大きく、音像も明瞭。響きの芳醇さ、音の広がりなどのスケール感も大きく感じて、オケものを聴くには申し分なし、視認性、音響、両方において、ここをVIP席にしただけのことはある、と感じた。(じつは皇族専用の通路がこのブロックの後方にある、というのがもうひとつの理由でもあるのだが。) 次回からここを自分のお気に入りの席にしようか、と思ったくらいだ。

今回パリ管の演奏があまりに素晴しく感じたのは、ひょっとしたらこの座席の音響の素晴しさのせいなのかもしれないと思ったくらい。

パリ管というとやっぱりいまいちメジャーでないこともあるのか、所々で空席が目立ち、残念な想いだったのだが、そういう私も不肖同じようなイメージを持っていて、じつはそんなに期待もしていなかったのが本当のところ。(^^;;)

ところが最初のシベリウスの「カレリア」組曲の演奏を聴いた途端、顔色が変わったというか、このオケは演奏水準がかなり高い!ということが1発でわかってしまった。うまいオケを言葉で表現することなど愚なこと、耳で聴けばうまいオケなど1発でわかるものだ。

まずウマイとすぐわかるのは、各楽器間でのアンサンブルの乱れなどがいっさいないこと、どの楽器も抜群のテクニックで、それを融合したオケ全体の調和というかバランスが素晴しく秀でていること。あくまで聴き手側の論理で言わせてもらうと、ばらつきのない調和の取れた聴感バランスということ。わかりやすくいうと安定感ある演奏という感じだろうか。

楽器ごとによる優劣のばらつきがなくて、全楽器が一致団結して音の塊りがど~んとやってくるみたいな。

普通は、金管が音を外したり、弦楽器に散漫なアンサンブルがあったりとか、長い交響曲を演奏する上では、なかなかこの全体のバランスが良い状態
を全楽器が一斉にピタッと定位することをずっと維持することは難しいことなのだ。

もうひとつはアインザッツ(音の出だし)が完璧に揃っている、ということ。単純に音の出だしが合っている、といってもタイミングや音程や、リズムが合っているというレベルではなくて、最初の一瞬の音の震え、音の力、音の勢い、というなんとも言葉じゃ表現できない音の全てが完璧に合っている、そんな凄さがあるものなのだ。

これがこの日のパリ管にはあった。

聴いていて、特に弦楽器が素晴しく、低弦などの低域成分もしっかりと乗った厚みのある潤いあるサウンドで、この弦の音色だけでもサウンドステージがステージ上空に浮かぶ感じがこの日も感じ取れるくらいだった。

そして適切なフレージングの長さとブレス、このファクターも聴いている側からすると不可欠な要素で見事なものがある。このフレージングとブレス(呼吸)というファクターは重要で、このリズム、長さ加減が、微妙に聴衆の呼吸のリズムに影響するものなのだと思っている。これがイマイチだと聴いているほうで息苦しくなって客席の咳き込みがひどくなる。演奏者の演奏の呼吸と聴衆の呼吸はシンクロしているのだ。

こんな安定感のあるサウンドで迫られると、こちらもどんどんクレッシェンドしていってしまいすごい高揚感に煽られてしまう。ホントに参った、という感じだった。パリ管ってこんなにレベル高かったの?という想いだった。

パーヴォ・ヤルヴィのなせる業、調教のせいなのかもしれない。2015年からはN響の音楽監督にも就任予定で、いま最も忙しいというか乗っている指揮者でもある。指揮振りは非常にオーソドックスで、クセのない素直な感じ。タクトを持っている右手のほうがキーになっているような気がする。

ヒョロっとしていてちょっとクネクネしている感じが、なんか往年のフルトヴェングラーを思い起こさせるような感がある。

2曲目のリストのピアノ協奏曲第2番。ソリストは若手の新鋭、フランス人のジャン=フレデリック・ヌーブルジェ。

ノーネクタイで襟のボタンを開放したワイルドな服装で体格もよい。この人のピアノは、全般的に強打鍵で女性ピアニストでは絶対かなわない躍動感&パワーとダイナミズムを感じる。なんか去年のラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番を聴いたマツーエフを彷彿させるような感じだった。

そして最大の楽しみだったサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。これだけ演奏力の高いオケが演奏するのだから、これはじつに素晴しかった。特に格別の美しい旋律を誇る第2楽章。あのオルガンの重低音がホールいっぱいに広がっていく「音のさま」は圧巻。なんかめまいというか酔う感じを誘発する。その上で流れる弦の美しい旋律。本当に恍惚の瞬間。

またリストのときのピアノとチェロの独奏の掛け合いの部分、旋律の泣かせ方、というか、じつに優雅で美しくてはぁ~とため息ものだった。

ドビュッシーやラヴェルに代表されるフランス音楽は、ハーモニー重視のところがあってメロディーと呼べるわかりやすい旋律がないのが特徴。メロディーをわざと曖昧にすることで音楽が大きく揺らいだり、ぼんやり聴こえたりするところにその魅力がある。

でもサン=サーンスはその直系とも言えず、そこまでフォーカスの甘い音楽でもなくて中庸的な美意識感覚があり、その中にもフランス音楽特有のその浮遊感が少し垣間見えるところが魅力と言える。

そんなサン=サーンスの魅力を余すところなく聴かせてくれた。
本当に素晴しいの一言だった。

そしてアンコールもなんと3曲も!演奏力が素晴しいので、いかにもアンコールらしいノリに乗った曲がツボに入り、感動のフィナーレ。普段は1000円以上もする高いプログラムは買わない自分なのだが、この日だけは興奮していることもあり、記念ということで買ってしまった。

今年はヨーロッパの夏の音楽祭で、ウィーンフィルやベルリンフィルなどたくさんの名演を聴いてきたが、これだけ素晴しい演奏力で感動させられた、という点では、この日のパリ管の演奏が今年1番だったかもしれない。

そんな想いを抱きながら興奮冷めやらずという感じで帰宅してもいつまでたっても就寝できなかったのでした。




パリ管弦楽団来日公演2013

2013年11月5日(火) 19:00 開演 サントリーホール

シベリウス:組曲『カレリア』 op.11

リスト:ピアノ協奏曲第2番 イ長調 S125
~アンコール~
ラヴェル 『クープランの墓』から「メヌエット」(ピアノ・アンコール)

サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78 「オルガン付」
~アンコール~
ビゼー 管弦楽のための小組曲op.22『子供の遊び』より「ギャロップ」
ベルリオーズ『ファウストの劫罰』より「ハンガリー行進曲」
ビゼー オペラ『カルメン』序曲


ピアノ:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ
オルガン:ティエリー・エスケシュ

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
管弦楽:パリ管弦楽団


準・メルクルと小菅優の水戸室内管弦楽団定期公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

「水戸室定期を水戸芸術館で聴く」ことにこだわり始めて、今回で3回目の体験。特に前回の年初の公演は、首都圏記録的な大雪でご存知のように大変な目にあった。

そうまでしても水戸まで出向くその魅力.....それは、やはり上質な室内楽を、音響の素晴しい専用室内楽ホールで聴く、という、そのシチュエーション、その瞬間を経験したいことにある。

前回の日記で書いたが、室内楽を聴くにはそれに適したホールの容積というのがあって、広すぎればその空間を音で埋めることが難しくて、音が散るような感じになってしまうし、狭すぎれば壁からの反射音を、減衰を十分に経ないで受けるので、響きに音像が埋もれる感じで、聴いててぼやけた感じになる。

音数の少ない音源と、ホールの容積.....水戸芸術館のホールは、ちょうどそのうまい塩梅の空間の佇まいという感じで、もうそれだけで音響が素晴しく感じてしまう先入観を抱いてしまう魅力があるのだ。

響き具合もちょっとライブな感覚で、座席位置はそんなに経験していないけど、いままで聴いた印象では帯域バランスもニュートラル。弦などの中高域の音色も妖艶だし、低弦の分厚さ、打楽器などの衝撃音の炸裂感など申し分なし。上下において聴こえてくる聴感バランスがいい。

なによりも、その最大の魅力は、普通の室内楽ホールというのは、都内で言えば大ホールの付属施設のような感じでいっしょに併設されているのに対し、この水戸芸術館は、室内楽ホールだけで、独立して単独でその存在を主張しているところだと思う。これがすごい素敵だ。

また水戸室のメンバーもサイトウキネンのメンバーなどを中心に編成された特別な感がある。それを小澤征爾さんが率いる。箱(ホール)と楽団の両方の魅力を兼ね備えたやっぱり特別な存在だと思う。つくづく故人・吉田秀和さんの先を見据えた指針、偉業に敬服する。

今回は、指揮者に準・メルクル、そしてソリストに小菅優を迎えての第87回定期公演。吉田秀和さん生誕100年を祝う記念コンサートでもある。


今回の私の座席

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まず準・メルクル。水戸室定期で最多登板で、水戸室の次期音楽監督の呼び声も。じつは私は、あまり彼の公演を観た回数が少なくて、ほんの数回程度。つい最近では横浜みなとみらいで、N響のサン=サーンスの3番オルガン付きをオルガン下のP席で観た。だから彼の指揮振りがよく観れた。現在、フランス・リヨンを拠点として活動しているようで、サン=サンーンスなどのフランス音楽をさかんに取り上げている。

いままでの公演を観ていて思うのだが、彼の指揮振りというのはすごい見ていてわかりやすい。曲の流れ、旋律に応じてそれに呼応するように、左手と棒をうまく使う。よく指揮者によっては、その棒の振り方で独特なものがあり、見ていて必ずしも曲の流れと合っているか、というとそうでもなく、やはり指揮者独自のリズム、解釈のもとで振られている、ことが多い。

でも準・メルクルは、すごい流暢というか綺麗な指揮振りで、棒を振るタイミングと左手の動きが曲の旋律に合っているのだ。観ていてシャキとするというかキビキビした感じで振るので、それが曲の進行によく合っていて素人の私が観ていてもすごくわかりやすい。たぶん演奏者の立場からすると、ずいぶん演奏しやすい指揮者じゃないかなぁと思うのだ。

指揮振りが流麗な指揮者ですぐに思いつくのはカラヤン。すごいカッコいいというか美しい指揮振りだ。カラヤンほどでなくても準・メルクルの指揮振りを見ると、その共通した美学というか、類似した指揮者の態様というのを感じてしまう。なんか歩き方や振る舞い方も颯爽としている感じで、とても印象がいい素晴しい指揮者だと思う。

そして小菅優。吉田秀和さんに絶賛され、小澤さんからの信望も厚い本当に素晴しいピアニスト。ちょっと肉感的で、個性的なルックスだけどじつは私は大ファン。(笑) いま欧州在住だが、彼女の来日公演はなるべく足を運ぶようにしている。なんと言ってもその最大の魅力は、ゴムまりのように弾ける鍵盤さばきと、そのダイナミックあふれる演奏能力の高さだろう。オーディオマニアの私にとってピアノの打鍵による響きにはこだわりがある。コロコロ転がす音色ではなく、一音一音に質量感がないとだめなのだ。そんな欲求を満たしてくれる数少ないピアニストなのだ。コンクール歴はなく、演奏活動のみで国際的な舞台まで登りつめたピアニスト。

その演奏能力を高く評する演奏家や評論家は多い。

小澤/水戸室と彼女とのメンデルスゾーンのピアノ協奏曲のBDをもう何回繰り返して観たことだろうか?まだまだ若いし、これからが楽しみなピアニストで応援していきたい、と思う。

まず今日不思議だったのは、開場になってホールの中に入ったら照明が消されて薄暗いのだ。開演近くになっても一向に照明がつかない。そしていよいよ楽団員登場で、薄暗いまま1曲目の演奏が始まる。帰りの電車の中で、パンフレットを見てようやくわかった。

先日亡くなられた潮田益子さんの死を悼み、演奏されたのだ。照明が消されているのもそういうことだった。モーツァルトのディヴェルティメント 第2楽章だった。心からご冥福をお祈りします。

そして本編、まず細川俊夫さんの室内オーケストラのための〈開花 II〉。日本初演だそうである。準・メルクルは細川さんの曲を世界の各オーケストラと競演してプロモートしているそうで、今回の水戸室との演奏もそういうお互いの信頼関係の中で生まれたもの。

準・メルクルが細川さんの音楽を称して、音が鳴っている状態と無音の状態との境界、いわば「静寂」の探求にある、と言っているのも頷ける感じだった。本当の静寂な微音から始まって、突然張り裂けるような炸裂音、などのその極端な音の展開の連続に、現代音楽で日本美の極致を表現するとこのような感じになるのだろうか、という感じ。とても神秘的だった。武満さん亡き後、まさに日本のクラシック作曲家を背負って立っている感のある細川先生、応援し続けたい。

そして小菅優を迎えてのベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番。この曲は今年のRCO来日公演でも聴く予定で、目下勉強中。ベートーヴェンのコンチェルトと言えば、4番、5番なのだが(4番が1番好き!)、今回のこの3番を何回も予習、そして今回の本番で聴くようになってじつに素晴らしい曲だということがわかった。4番、5番に負けないくらい素敵な曲だ。

ハ短調という調性で書かれた曲で、この調性でベートーヴェンが書くというのは、彼にとって特別な意味があるという。まず衝撃だったのが、第1楽章のカデンツァ。じつに華麗で魅せる、という感があって、この瞬間周りは息を呑んでいたように思う。第2楽章は、まさに至極の美しさ。途中で魅せる木管楽器との掛け合いの美しさなど申し分ない。

そして第3楽章、まさに共通主題の旋律が、これでもか、という感じで現れ、最高潮に盛り上がる。ちょっとタメを作って陰影の深さを魅せつけたと思ったら、続いて躍動感溢れる鍵盤さばき、まさしく私が一番こだわっている一音一音の質量感の真骨頂だ。本当に素晴らしかった。この曲はホントに素敵だと思う!

最後は、シューベルト:交響曲 第8番(グレート)。もともと大編成のオケが演奏する演目だが、それを小編成の水戸室の演奏で聴くとどのように聴こえるのか?そこに最大の聴きどころのようだった。もともと明瞭な展開らしい展開がなく、正直あまり得意な曲ではなかったが、ずばり小編成でありながら、凄い音の迫力で圧倒されてしまった。でも実はどこかその聴こえ方の美しさに違和感があった。

水戸室の弦は素晴らしく美しい。たぶん世界トップクラスのレベルだと思う。今日も聴いていて、弦の発音がふわっと浮かび上がってくる感じで音色に潤い感があってしかも分厚い。聴いていて、いやぁ~美しいなぁ、素晴らしい!と絶賛だった。それに合わせるように奏でられる木管も色艶のあるしっとり感があって、じつに美しい。

ところがそこに被せられる金管の大咆哮が、そのデリカシーをぶち壊してしまう感がある。

左奥にいる8人。(笑)この曲の構成とは言え、また小編成でありながら、大編成の曲をカバーするという宿命なのか、そこに違和感があった。確かに大編成オケに負けない迫力があって、今回の試みは大成功なのかもしれないけど、水戸室の魅力の本質をアピールするなら、こういう大仕掛けの曲ではなくて、やはり小規模な曲で弦中心のほうが彼らの魅力を引き出してとても美しいと思う。(好みの問題でしょうけど)


さすが最高技術集団だけあって、確かに見事な迫力ある演奏で、フルオケに負けないだけの凄さがあって本当に素晴らしいとしか言いようがない、それには全く異存はない。でもそこに自分的には引っ掛かりがあった。やっぱり小編成で音数の少ないばらけ感、ほぐれ感に秀でた隙間空間のある音楽を奏でるほうが、水戸室は美しい、と感じてしまうのは、自分が保守的だからだろうか。


今回の水戸公演も素晴らしい演奏に出会えた。やっぱり在京楽団の定期公演では味わえない一種独特の雰囲気を味わるのが醍醐味。じつは次回の10月の水戸室定期公演もチケットはもう手配済み。抜かりはないのだ。(笑)でも本命は来年1月にある小澤さんが振る予定の水戸室定期。今夏に、かねてからの3年越しの夢であるサイトウキネンを振る小澤さんを松本で観る、という夢が実現できそうだ。.....と同時に、水戸室を振る小澤さんを水戸で観たい、という夢が新たに湧きあがっていることも確かなのだ。

水戸室内管弦楽団 第87回定期演奏会
2013/7/7 14:00~ 
水戸芸術館コンサートホールATM

指揮:準・メルクル
ピアノ:小菅 優

潮田益子さんを偲んで~
モーツァルト デヴェルティメント ニ長調K.136(125a)より第2楽章

細川俊夫:室内オーケストラのための〈開花 II〉 (日本初演)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D944〈グレイト〉


東京・春・音楽祭 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 演奏会形式上演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

思うに、東京春祭のワーグナー・シリーズの水準って素晴らしく高いものだと思う。去年のタンホイザーが初体験だったが、じつに素晴らしかったし、今年のマイスタージンガーにしても然りだ。

両演目とも、ベルリン・フィルハーモニーで、ワーグナー解釈の権威のヤノスフキが振るベルリン放送響の演奏会形式を聴いたが、文句なし両演目とも、東京春祭のほうが断トツで素晴らしかった。何よりも公演が終わった時に放心状態になってしまうくらいの劇的なドラマを感じる。

私もそうだが、日本人のクラシック愛好家に中に介在するヨーロッパのオケに対する敬愛、偏重主義みたいなものをぶち壊してしまう感がある。N響、東京オペラシンガーズ、万歳!である。日本人、日本の企画でもここまでやれるのだ!と見直すと同時に誇らしく思う。

マイスタージンガーは、2年前のベルリン旅行のときに徹底的に勉強したオペラだ。隅々まで知り尽くしている。今回もほとんど予習せず、前日にPENTATONEのヤノフスキ盤を全幕聴いたのと、ベルリン・ドイツ・オペラのオペラ形式を観た程度だ。(それでもすごいか?(笑))

重くて神仰的なストーリーの多いワーグナー作品の中では、珍しく喜劇作品の範疇で、気軽に楽しめる作品。ワーグナー・オペラを観てみたい人にとっては、マイスタージンガーはいわゆるワーグナー初心者向け、誰でも楽しめる作品だと思う。なによりも超有名な前奏曲をはじめ、劇中を綴る音楽がじつに秀逸だ。

今回は、あのクラウス・フロリアン・フォークトがヴァルター役を演じるということで話題だった。フォークトにヴァルター役はまさにぴったり。2008年のバイロイト祭で同役でデビューしている。

この公演に行った人の大半はフォークトが目当てだったのは間違いない。もちろんそういう私もそうだ。

東京文化会館大ホール 私の座席(1階6列28番)
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フォークトを間近で観たかったので、最前列の席を取った。見事目的達成!歌っている姿も美声も超至近距離で楽しめた。(笑)コンサートホールの音響の原理や私の好みからすると、全体の音のバランスを俯瞰できて、ホール全体の響きを味わいたいのなら、後方の上階席がベストだ。後方のほうが、左右の壁からの反射音や、天井からの反射音などのホールの響きを十分に堪能できる。さらに上階席だと天井に近いので、尚更響きを近くで堪能できる。その代り音像は犠牲になる。1階席では天井からも遠いし、響きは感じづらい。でもオペラのような声ものだと、やはり階下席、つまり1階席のほうが声をダイレクトに聴けるし、楽しめると最近思うようになった。

ほぼ最前列だったので、オケが発生する音を聴いていて指向性を感じるのでは、とも思ったが、幸いなことにそういう感じはしなかった。

いよいよN響による前奏曲。
出来不出来のバラつきで不評の多いN響だけに、出だし、うまくいってくれよ、という感じでドキドキしたが、これがじつに素晴らしかった。 弦に潤い感があって、とくに低弦が素晴らしい。あの超有名な旋律を華麗に奏でる。最前列で聴いているにも関わらず、音場感が広く感じられ、ステージ上方にサウンドステージがぽっかり浮いているような感じすらした。

出だしから最高に気持ちよくさせてくれる。この演奏の安定さ加減から、今夜のコンサートは素晴らしいものになる、と感じざるを得なかった。ところが、この前奏曲の後のコラールの合唱の部分、これはいかんだろう!むかっ(怒り)なんと舞台裏で歌っていた。ここはやはり、きちんとステージ上で歌っているのを聴きたかった。前奏曲から、このコラールの部分に切り替わるところが最高にしびれる、ところなのだ。

そういう訳で、いよいよ始まりなのだが、ここで歌い手達の印象を述べてみよう。

ザックス役のアラン・ヘルド
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おそらく私がいままで観てきたマイスタージンガーのザックス役の中でもっとも素晴らしい声質。この楽劇では大きくザックス派とヴァルター派に別れると思うのだが、絶対ザックス派の自分にとっては、このザックスの声質というのがとても気になっていた。なぜならヴァルター役がフォークトだから。(笑)フォークトに負けないだけの存在感、そしてザックスという男の渋さを醸し出してくれるようなキャラなのか、どうか。これが心配だった。でもいらぬ心配だったようで、素晴らしい声質、声量だった。バス・バリトンの低音の魅力溢れる特徴ある歌声で自分のザックスのイメージにピッタリだった。本当に良かった。敢えて苦言を言わせてもらうならば、頭髪がないことか。(笑)外見で、もうちょっと若々しいイメージがほしい。(苦笑)2枚目のヴァルターに対して、渋くて男らしい格好よさを持っているのが、私のザックス像なのだ。

ヴァルター役のクラウス・フロリアン・フォークト 
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もう今更説明の必要はないだろう。いまもっとも輝いているテノール。神様は、人を選んで、まさにこの人の声は神様からの授かりものなのかもしれない。発声に余裕があって簡単にすぅっとよく通る声で、しかもその甘い美声がホール一杯に広がっていくさまに、この世のものとは思えない快感を覚える。特にこの楽劇の最高潮の場面でもあるアリア「朝はバラ色にかがやき」。エファ獲得のために懇身をこめて歌う歌合戦の最高潮の場面。何を隠そう、今回の最大の目的、フォークトが歌うこのアリアを聴きたかった!筆舌では語りきれないほど素晴らしい快感だった!女性ファンにとっては堪らんだろうなぁ。(笑)

ベックメッサー役のアドリアン・エレート 
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4日の公演に先に行かれた方のたくさんの日記を読ませていただくと、みんなこのエレートを絶賛していた。ほぼ全員だ。
だからとても楽しみにしていた。そして彼の第1声を聴いたときに、まず感じたのは、正直に言わせてもらうと、声質、声量ともパッとしない感じで、来るものがない。この人のどこがいいのだろう?という感じだった。劇中ずっと聴いていてもその印象は変わらず、歌手としての力量もそれほどのもの、とは思えない感じだった。ところが途中から気付いたことがある。この楽劇の中で唯一の悪役を一手に引き受けて、その悪役ぶりを演ずるその演技力にその個性を感じるようになった。いかにも嫌な奴なのだ。(笑)その悪役ぶりも歌いながら顔の表情なども豊かな演技が素晴らしい。これは素晴らしい個性派の歌い手だと思えるようになった。案の定、カーテンコールではフォークトに続く2番目の大人気での喝采であった。
この楽劇で主役達が映えるのも、こういう悪役が素晴らしいからであって、観客もそのことをよくわかっていた。

エファ役のアンナ・ガブラー
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申し訳ないが、今回で1番の残念賞だった。もともと代役のピンチヒッターのようだが、この人の声質、声量はいただけなかった。まずあきらかな声量不足。声が通る感じとはほど遠く、声を張り上げるとようやく通る感じなのだが、そのときは耳に突き刺さるような感じで聴感上よろしくない。(笑)この楽劇でエファはとても大切な役柄なだけに、とても不満であった。なんとこのお方、ザルツブルク音楽祭のマイスタージンガーでもエファ役で歌うのだそうな。たらーっ(汗)あぁぁぁ~なんだかなぁ。

ボークナー役のギュンター・グロイスベック
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この人の声質、声量は文句なし、素晴らしかった。自分が抱いているボークナーの声のイメージにぴったりで、とても太くて美しい声。声量も十分だ。若い歌手だけに、これからの領主や王様の役に引っ張りだこになるだろう。


この楽劇、いろいろな魅力的なアリアがたくさんあるのだが、どれも素晴らしくひとつひとつ取り上げていくと大変な長文になってしまうので、やめておくが、思ったのは、やはり演奏会形式は、歌い手達に演技の負担がない分、歌うことに専念できる。またオーケストラもピットに閉じ込められて音響が悪いというのと違って、今回はステージ上にいるので、とても音が素晴らしい。歌い手、オケ、そして合唱団が一体となって素晴らしい音を奏でる。

音マニアにとっては堪らない感じの素晴らしさだった。オペラ形式は、歌、演技、衣装、舞台演出などたくさんの評価項目があって、それらの総合芸術だと思う。なので音響は多少犠牲にしてもトータルとして楽しむのがオペラの楽しみ方なのだと思っている。

今回の演奏会形式は、字幕が後ろのスクリーンに映し出されるシステムで重唱などもわかりやすいように工夫された字幕だ。演奏会形式だけど、その字幕を追っているだけで本物のオペラ形式を観ているような満足感があったし、なんといっても歌い手達の歌、合唱がドラマティックだ。第三幕の五重唱は自分の中では、かなり感動して涙ぐんだ場面。

敢えて苦言を言わせてもらえば、スクリーンの映像がセピア色なのに字幕が白字だと見えずらい。背景はもっと寒色系の色にして白字を浮かび上がらせるようにしないと。あれじゃ後方席の上階の人は見えなかったじゃないかなぁ。

あと字幕でエファ”ちゃん”。これも超違和感。(笑)オペラの字幕で”ちゃん”呼ばわりはあまり聞いた事がない。エファの呼び捨てでいいだろう、と思った。

フォークトが歌う「朝はバラ色にかがやき」は、ザックスと練習で歌っていたほうが発声が大きく素晴らしかった。肝心の本番のときは、なんか一種独特の緊張感、雰囲気があってフォークトも緊張しているような感じがした。そして本番を歌っているときに息継ぎのところで失敗したことを私は見逃さなかった。(笑)あの場面はやはり特別な雰囲気だね。

第三幕の後半、ヨハネ祭以降はまさに怒涛の素晴らしさ。そして最高潮のエンディング。そしてカーテンコールが終わっても、頭が真っ白で放心状態が続いてた。

たぶん自分の鑑賞人生の中でもまさしく世界最高レベルの「マイスタージンガー」だった。

東京春祭のワーグナー・シリーズというのは自分にとって鬼門だと思う。(笑)ここでやる演目が必ずその後の海外音楽鑑賞旅行でも鑑賞することになっていて、東京春祭があまりに素晴らしかったので、それと聴き劣りする感じでがっかりするのだ。(笑)

去年のタンホイザーがそうだった。今年はマイスタージンガー。今年の夏のザルツブルク音楽祭でこのオペラ形式を観る。

たぶん、そう、たぶん、これだけすごいマイスタージンガーを聴いちゃうと、本番ではがっかりするんじゃないかなぁ。(笑)
第一、フォークトを勝るヴァルター役がいるとは思えないからだ。(苦笑)

向かって右端がザックス役のアラン・ヘルド、2番目がヴァルター役のフォークト
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東京・春・音楽祭2013 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」演奏会形式上演
2013/4/7 15:00~
東京文化会館 大ホール 

ハンス・ザックス:アラン・ヘルド
ポークナー:ギュンター・グロイスベック
フォーゲルゲザング:木下紀章
ナハティガル:山下浩司
ベックメッサー:アドリアン・エレート
コートナー:甲斐栄次郎
ツォルン:大槻孝志
アイスリンガー:土崎 譲
モーザー:片寄純也
オルテル:大井哲也
シュヴァルツ:畠山 茂
フォルツ:狩野賢一
ヴァルター:クラウス・フロリアン・フォークト 
ダフィト:ヨルグ・シュナイダー
エファ:アンナ・ガブラー
マグダレーネ:ステラ・グリゴリアン
夜警:ギュンター・グロイスベック

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ


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