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パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団来日公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

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大変失礼ながら、予想もしていなかったあまりに素晴らしい演奏力で、本当に驚いてしまったパリ管弦楽団の来日公演。

楽しみにしていた公演でもあった。パリ管弦楽団というと我が敬愛するホールであるフランスのサル・プレイエル(去年訪問できました)のフランチャイズ楽団である、ということ、そしておそらくいま最も忙しい人気指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィ、そしてなによりも最も魅力的だったのは、その選曲。これは絶対行かないと、と思っていた公演だった。

フランスのオケならフランスもので統一するか、と思えばそうでもなく、シベリウス、リスト、そしてサン=サーンスというかなり多彩な選曲。特にサン=サーンスの3番「オルガン付き」は大好きな曲。あのホール全体を揺るがすオルガンの重低音、あれは音マニアにとっては堪らないものがある。

そういうこともあって、今回は大奮発でS席。でもいわゆる皇族VIP席が座る2階のLB席にしてみた。

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私はそんなにそうは思わないのだが、このサントリーホールはステージからの音が上空に上がる傾向にあって、1階席だとステージからの直接音があまり聴こえない、という意見が多い。今回皇族VIP席の2階席にしてみた。

斜め上方からステージを俯瞰するのだが、思ったほど違和感がなく、いい眺めだと思った。音響は実に素晴らしかった。

絶対音量が大きく、音像も明瞭。響きの芳醇さ、音の広がりなどのスケール感も大きく感じて、オケものを聴くには申し分なし、視認性、音響、両方において、ここをVIP席にしただけのことはある、と感じた。(じつは皇族専用の通路がこのブロックの後方にある、というのがもうひとつの理由でもあるのだが。) 次回からここを自分のお気に入りの席にしようか、と思ったくらいだ。

今回パリ管の演奏があまりに素晴しく感じたのは、ひょっとしたらこの座席の音響の素晴しさのせいなのかもしれないと思ったくらい。

パリ管というとやっぱりいまいちメジャーでないこともあるのか、所々で空席が目立ち、残念な想いだったのだが、そういう私も不肖同じようなイメージを持っていて、じつはそんなに期待もしていなかったのが本当のところ。(^^;;)

ところが最初のシベリウスの「カレリア」組曲の演奏を聴いた途端、顔色が変わったというか、このオケは演奏水準がかなり高い!ということが1発でわかってしまった。うまいオケを言葉で表現することなど愚なこと、耳で聴けばうまいオケなど1発でわかるものだ。

まずウマイとすぐわかるのは、各楽器間でのアンサンブルの乱れなどがいっさいないこと、どの楽器も抜群のテクニックで、それを融合したオケ全体の調和というかバランスが素晴しく秀でていること。あくまで聴き手側の論理で言わせてもらうと、ばらつきのない調和の取れた聴感バランスということ。わかりやすくいうと安定感ある演奏という感じだろうか。

楽器ごとによる優劣のばらつきがなくて、全楽器が一致団結して音の塊りがど~んとやってくるみたいな。

普通は、金管が音を外したり、弦楽器に散漫なアンサンブルがあったりとか、長い交響曲を演奏する上では、なかなかこの全体のバランスが良い状態
を全楽器が一斉にピタッと定位することをずっと維持することは難しいことなのだ。

もうひとつはアインザッツ(音の出だし)が完璧に揃っている、ということ。単純に音の出だしが合っている、といってもタイミングや音程や、リズムが合っているというレベルではなくて、最初の一瞬の音の震え、音の力、音の勢い、というなんとも言葉じゃ表現できない音の全てが完璧に合っている、そんな凄さがあるものなのだ。

これがこの日のパリ管にはあった。

聴いていて、特に弦楽器が素晴しく、低弦などの低域成分もしっかりと乗った厚みのある潤いあるサウンドで、この弦の音色だけでもサウンドステージがステージ上空に浮かぶ感じがこの日も感じ取れるくらいだった。

そして適切なフレージングの長さとブレス、このファクターも聴いている側からすると不可欠な要素で見事なものがある。このフレージングとブレス(呼吸)というファクターは重要で、このリズム、長さ加減が、微妙に聴衆の呼吸のリズムに影響するものなのだと思っている。これがイマイチだと聴いているほうで息苦しくなって客席の咳き込みがひどくなる。演奏者の演奏の呼吸と聴衆の呼吸はシンクロしているのだ。

こんな安定感のあるサウンドで迫られると、こちらもどんどんクレッシェンドしていってしまいすごい高揚感に煽られてしまう。ホントに参った、という感じだった。パリ管ってこんなにレベル高かったの?という想いだった。

パーヴォ・ヤルヴィのなせる業、調教のせいなのかもしれない。2015年からはN響の音楽監督にも就任予定で、いま最も忙しいというか乗っている指揮者でもある。指揮振りは非常にオーソドックスで、クセのない素直な感じ。タクトを持っている右手のほうがキーになっているような気がする。

ヒョロっとしていてちょっとクネクネしている感じが、なんか往年のフルトヴェングラーを思い起こさせるような感がある。

2曲目のリストのピアノ協奏曲第2番。ソリストは若手の新鋭、フランス人のジャン=フレデリック・ヌーブルジェ。

ノーネクタイで襟のボタンを開放したワイルドな服装で体格もよい。この人のピアノは、全般的に強打鍵で女性ピアニストでは絶対かなわない躍動感&パワーとダイナミズムを感じる。なんか去年のラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番を聴いたマツーエフを彷彿させるような感じだった。

そして最大の楽しみだったサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。これだけ演奏力の高いオケが演奏するのだから、これはじつに素晴しかった。特に格別の美しい旋律を誇る第2楽章。あのオルガンの重低音がホールいっぱいに広がっていく「音のさま」は圧巻。なんかめまいというか酔う感じを誘発する。その上で流れる弦の美しい旋律。本当に恍惚の瞬間。

またリストのときのピアノとチェロの独奏の掛け合いの部分、旋律の泣かせ方、というか、じつに優雅で美しくてはぁ~とため息ものだった。

ドビュッシーやラヴェルに代表されるフランス音楽は、ハーモニー重視のところがあってメロディーと呼べるわかりやすい旋律がないのが特徴。メロディーをわざと曖昧にすることで音楽が大きく揺らいだり、ぼんやり聴こえたりするところにその魅力がある。

でもサン=サーンスはその直系とも言えず、そこまでフォーカスの甘い音楽でもなくて中庸的な美意識感覚があり、その中にもフランス音楽特有のその浮遊感が少し垣間見えるところが魅力と言える。

そんなサン=サーンスの魅力を余すところなく聴かせてくれた。
本当に素晴しいの一言だった。

そしてアンコールもなんと3曲も!演奏力が素晴しいので、いかにもアンコールらしいノリに乗った曲がツボに入り、感動のフィナーレ。普段は1000円以上もする高いプログラムは買わない自分なのだが、この日だけは興奮していることもあり、記念ということで買ってしまった。

今年はヨーロッパの夏の音楽祭で、ウィーンフィルやベルリンフィルなどたくさんの名演を聴いてきたが、これだけ素晴しい演奏力で感動させられた、という点では、この日のパリ管の演奏が今年1番だったかもしれない。

そんな想いを抱きながら興奮冷めやらずという感じで帰宅してもいつまでたっても就寝できなかったのでした。




パリ管弦楽団来日公演2013

2013年11月5日(火) 19:00 開演 サントリーホール

シベリウス:組曲『カレリア』 op.11

リスト:ピアノ協奏曲第2番 イ長調 S125
~アンコール~
ラヴェル 『クープランの墓』から「メヌエット」(ピアノ・アンコール)

サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78 「オルガン付」
~アンコール~
ビゼー 管弦楽のための小組曲op.22『子供の遊び』より「ギャロップ」
ベルリオーズ『ファウストの劫罰』より「ハンガリー行進曲」
ビゼー オペラ『カルメン』序曲


ピアノ:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ
オルガン:ティエリー・エスケシュ

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
管弦楽:パリ管弦楽団


準・メルクルと小菅優の水戸室内管弦楽団定期公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

「水戸室定期を水戸芸術館で聴く」ことにこだわり始めて、今回で3回目の体験。特に前回の年初の公演は、首都圏記録的な大雪でご存知のように大変な目にあった。

そうまでしても水戸まで出向くその魅力.....それは、やはり上質な室内楽を、音響の素晴しい専用室内楽ホールで聴く、という、そのシチュエーション、その瞬間を経験したいことにある。

前回の日記で書いたが、室内楽を聴くにはそれに適したホールの容積というのがあって、広すぎればその空間を音で埋めることが難しくて、音が散るような感じになってしまうし、狭すぎれば壁からの反射音を、減衰を十分に経ないで受けるので、響きに音像が埋もれる感じで、聴いててぼやけた感じになる。

音数の少ない音源と、ホールの容積.....水戸芸術館のホールは、ちょうどそのうまい塩梅の空間の佇まいという感じで、もうそれだけで音響が素晴しく感じてしまう先入観を抱いてしまう魅力があるのだ。

響き具合もちょっとライブな感覚で、座席位置はそんなに経験していないけど、いままで聴いた印象では帯域バランスもニュートラル。弦などの中高域の音色も妖艶だし、低弦の分厚さ、打楽器などの衝撃音の炸裂感など申し分なし。上下において聴こえてくる聴感バランスがいい。

なによりも、その最大の魅力は、普通の室内楽ホールというのは、都内で言えば大ホールの付属施設のような感じでいっしょに併設されているのに対し、この水戸芸術館は、室内楽ホールだけで、独立して単独でその存在を主張しているところだと思う。これがすごい素敵だ。

また水戸室のメンバーもサイトウキネンのメンバーなどを中心に編成された特別な感がある。それを小澤征爾さんが率いる。箱(ホール)と楽団の両方の魅力を兼ね備えたやっぱり特別な存在だと思う。つくづく故人・吉田秀和さんの先を見据えた指針、偉業に敬服する。

今回は、指揮者に準・メルクル、そしてソリストに小菅優を迎えての第87回定期公演。吉田秀和さん生誕100年を祝う記念コンサートでもある。


今回の私の座席

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まず準・メルクル。水戸室定期で最多登板で、水戸室の次期音楽監督の呼び声も。じつは私は、あまり彼の公演を観た回数が少なくて、ほんの数回程度。つい最近では横浜みなとみらいで、N響のサン=サーンスの3番オルガン付きをオルガン下のP席で観た。だから彼の指揮振りがよく観れた。現在、フランス・リヨンを拠点として活動しているようで、サン=サンーンスなどのフランス音楽をさかんに取り上げている。

いままでの公演を観ていて思うのだが、彼の指揮振りというのはすごい見ていてわかりやすい。曲の流れ、旋律に応じてそれに呼応するように、左手と棒をうまく使う。よく指揮者によっては、その棒の振り方で独特なものがあり、見ていて必ずしも曲の流れと合っているか、というとそうでもなく、やはり指揮者独自のリズム、解釈のもとで振られている、ことが多い。

でも準・メルクルは、すごい流暢というか綺麗な指揮振りで、棒を振るタイミングと左手の動きが曲の旋律に合っているのだ。観ていてシャキとするというかキビキビした感じで振るので、それが曲の進行によく合っていて素人の私が観ていてもすごくわかりやすい。たぶん演奏者の立場からすると、ずいぶん演奏しやすい指揮者じゃないかなぁと思うのだ。

指揮振りが流麗な指揮者ですぐに思いつくのはカラヤン。すごいカッコいいというか美しい指揮振りだ。カラヤンほどでなくても準・メルクルの指揮振りを見ると、その共通した美学というか、類似した指揮者の態様というのを感じてしまう。なんか歩き方や振る舞い方も颯爽としている感じで、とても印象がいい素晴しい指揮者だと思う。

そして小菅優。吉田秀和さんに絶賛され、小澤さんからの信望も厚い本当に素晴しいピアニスト。ちょっと肉感的で、個性的なルックスだけどじつは私は大ファン。(笑) いま欧州在住だが、彼女の来日公演はなるべく足を運ぶようにしている。なんと言ってもその最大の魅力は、ゴムまりのように弾ける鍵盤さばきと、そのダイナミックあふれる演奏能力の高さだろう。オーディオマニアの私にとってピアノの打鍵による響きにはこだわりがある。コロコロ転がす音色ではなく、一音一音に質量感がないとだめなのだ。そんな欲求を満たしてくれる数少ないピアニストなのだ。コンクール歴はなく、演奏活動のみで国際的な舞台まで登りつめたピアニスト。

その演奏能力を高く評する演奏家や評論家は多い。

小澤/水戸室と彼女とのメンデルスゾーンのピアノ協奏曲のBDをもう何回繰り返して観たことだろうか?まだまだ若いし、これからが楽しみなピアニストで応援していきたい、と思う。

まず今日不思議だったのは、開場になってホールの中に入ったら照明が消されて薄暗いのだ。開演近くになっても一向に照明がつかない。そしていよいよ楽団員登場で、薄暗いまま1曲目の演奏が始まる。帰りの電車の中で、パンフレットを見てようやくわかった。

先日亡くなられた潮田益子さんの死を悼み、演奏されたのだ。照明が消されているのもそういうことだった。モーツァルトのディヴェルティメント 第2楽章だった。心からご冥福をお祈りします。

そして本編、まず細川俊夫さんの室内オーケストラのための〈開花 II〉。日本初演だそうである。準・メルクルは細川さんの曲を世界の各オーケストラと競演してプロモートしているそうで、今回の水戸室との演奏もそういうお互いの信頼関係の中で生まれたもの。

準・メルクルが細川さんの音楽を称して、音が鳴っている状態と無音の状態との境界、いわば「静寂」の探求にある、と言っているのも頷ける感じだった。本当の静寂な微音から始まって、突然張り裂けるような炸裂音、などのその極端な音の展開の連続に、現代音楽で日本美の極致を表現するとこのような感じになるのだろうか、という感じ。とても神秘的だった。武満さん亡き後、まさに日本のクラシック作曲家を背負って立っている感のある細川先生、応援し続けたい。

そして小菅優を迎えてのベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番。この曲は今年のRCO来日公演でも聴く予定で、目下勉強中。ベートーヴェンのコンチェルトと言えば、4番、5番なのだが(4番が1番好き!)、今回のこの3番を何回も予習、そして今回の本番で聴くようになってじつに素晴らしい曲だということがわかった。4番、5番に負けないくらい素敵な曲だ。

ハ短調という調性で書かれた曲で、この調性でベートーヴェンが書くというのは、彼にとって特別な意味があるという。まず衝撃だったのが、第1楽章のカデンツァ。じつに華麗で魅せる、という感があって、この瞬間周りは息を呑んでいたように思う。第2楽章は、まさに至極の美しさ。途中で魅せる木管楽器との掛け合いの美しさなど申し分ない。

そして第3楽章、まさに共通主題の旋律が、これでもか、という感じで現れ、最高潮に盛り上がる。ちょっとタメを作って陰影の深さを魅せつけたと思ったら、続いて躍動感溢れる鍵盤さばき、まさしく私が一番こだわっている一音一音の質量感の真骨頂だ。本当に素晴らしかった。この曲はホントに素敵だと思う!

最後は、シューベルト:交響曲 第8番(グレート)。もともと大編成のオケが演奏する演目だが、それを小編成の水戸室の演奏で聴くとどのように聴こえるのか?そこに最大の聴きどころのようだった。もともと明瞭な展開らしい展開がなく、正直あまり得意な曲ではなかったが、ずばり小編成でありながら、凄い音の迫力で圧倒されてしまった。でも実はどこかその聴こえ方の美しさに違和感があった。

水戸室の弦は素晴らしく美しい。たぶん世界トップクラスのレベルだと思う。今日も聴いていて、弦の発音がふわっと浮かび上がってくる感じで音色に潤い感があってしかも分厚い。聴いていて、いやぁ~美しいなぁ、素晴らしい!と絶賛だった。それに合わせるように奏でられる木管も色艶のあるしっとり感があって、じつに美しい。

ところがそこに被せられる金管の大咆哮が、そのデリカシーをぶち壊してしまう感がある。

左奥にいる8人。(笑)この曲の構成とは言え、また小編成でありながら、大編成の曲をカバーするという宿命なのか、そこに違和感があった。確かに大編成オケに負けない迫力があって、今回の試みは大成功なのかもしれないけど、水戸室の魅力の本質をアピールするなら、こういう大仕掛けの曲ではなくて、やはり小規模な曲で弦中心のほうが彼らの魅力を引き出してとても美しいと思う。(好みの問題でしょうけど)


さすが最高技術集団だけあって、確かに見事な迫力ある演奏で、フルオケに負けないだけの凄さがあって本当に素晴らしいとしか言いようがない、それには全く異存はない。でもそこに自分的には引っ掛かりがあった。やっぱり小編成で音数の少ないばらけ感、ほぐれ感に秀でた隙間空間のある音楽を奏でるほうが、水戸室は美しい、と感じてしまうのは、自分が保守的だからだろうか。


今回の水戸公演も素晴らしい演奏に出会えた。やっぱり在京楽団の定期公演では味わえない一種独特の雰囲気を味わるのが醍醐味。じつは次回の10月の水戸室定期公演もチケットはもう手配済み。抜かりはないのだ。(笑)でも本命は来年1月にある小澤さんが振る予定の水戸室定期。今夏に、かねてからの3年越しの夢であるサイトウキネンを振る小澤さんを松本で観る、という夢が実現できそうだ。.....と同時に、水戸室を振る小澤さんを水戸で観たい、という夢が新たに湧きあがっていることも確かなのだ。

水戸室内管弦楽団 第87回定期演奏会
2013/7/7 14:00~ 
水戸芸術館コンサートホールATM

指揮:準・メルクル
ピアノ:小菅 優

潮田益子さんを偲んで~
モーツァルト デヴェルティメント ニ長調K.136(125a)より第2楽章

細川俊夫:室内オーケストラのための〈開花 II〉 (日本初演)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D944〈グレイト〉


東京・春・音楽祭 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 演奏会形式上演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

思うに、東京春祭のワーグナー・シリーズの水準って素晴らしく高いものだと思う。去年のタンホイザーが初体験だったが、じつに素晴らしかったし、今年のマイスタージンガーにしても然りだ。

両演目とも、ベルリン・フィルハーモニーで、ワーグナー解釈の権威のヤノスフキが振るベルリン放送響の演奏会形式を聴いたが、文句なし両演目とも、東京春祭のほうが断トツで素晴らしかった。何よりも公演が終わった時に放心状態になってしまうくらいの劇的なドラマを感じる。

私もそうだが、日本人のクラシック愛好家に中に介在するヨーロッパのオケに対する敬愛、偏重主義みたいなものをぶち壊してしまう感がある。N響、東京オペラシンガーズ、万歳!である。日本人、日本の企画でもここまでやれるのだ!と見直すと同時に誇らしく思う。

マイスタージンガーは、2年前のベルリン旅行のときに徹底的に勉強したオペラだ。隅々まで知り尽くしている。今回もほとんど予習せず、前日にPENTATONEのヤノフスキ盤を全幕聴いたのと、ベルリン・ドイツ・オペラのオペラ形式を観た程度だ。(それでもすごいか?(笑))

重くて神仰的なストーリーの多いワーグナー作品の中では、珍しく喜劇作品の範疇で、気軽に楽しめる作品。ワーグナー・オペラを観てみたい人にとっては、マイスタージンガーはいわゆるワーグナー初心者向け、誰でも楽しめる作品だと思う。なによりも超有名な前奏曲をはじめ、劇中を綴る音楽がじつに秀逸だ。

今回は、あのクラウス・フロリアン・フォークトがヴァルター役を演じるということで話題だった。フォークトにヴァルター役はまさにぴったり。2008年のバイロイト祭で同役でデビューしている。

この公演に行った人の大半はフォークトが目当てだったのは間違いない。もちろんそういう私もそうだ。

東京文化会館大ホール 私の座席(1階6列28番)
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フォークトを間近で観たかったので、最前列の席を取った。見事目的達成!歌っている姿も美声も超至近距離で楽しめた。(笑)コンサートホールの音響の原理や私の好みからすると、全体の音のバランスを俯瞰できて、ホール全体の響きを味わいたいのなら、後方の上階席がベストだ。後方のほうが、左右の壁からの反射音や、天井からの反射音などのホールの響きを十分に堪能できる。さらに上階席だと天井に近いので、尚更響きを近くで堪能できる。その代り音像は犠牲になる。1階席では天井からも遠いし、響きは感じづらい。でもオペラのような声ものだと、やはり階下席、つまり1階席のほうが声をダイレクトに聴けるし、楽しめると最近思うようになった。

ほぼ最前列だったので、オケが発生する音を聴いていて指向性を感じるのでは、とも思ったが、幸いなことにそういう感じはしなかった。

いよいよN響による前奏曲。
出来不出来のバラつきで不評の多いN響だけに、出だし、うまくいってくれよ、という感じでドキドキしたが、これがじつに素晴らしかった。 弦に潤い感があって、とくに低弦が素晴らしい。あの超有名な旋律を華麗に奏でる。最前列で聴いているにも関わらず、音場感が広く感じられ、ステージ上方にサウンドステージがぽっかり浮いているような感じすらした。

出だしから最高に気持ちよくさせてくれる。この演奏の安定さ加減から、今夜のコンサートは素晴らしいものになる、と感じざるを得なかった。ところが、この前奏曲の後のコラールの合唱の部分、これはいかんだろう!むかっ(怒り)なんと舞台裏で歌っていた。ここはやはり、きちんとステージ上で歌っているのを聴きたかった。前奏曲から、このコラールの部分に切り替わるところが最高にしびれる、ところなのだ。

そういう訳で、いよいよ始まりなのだが、ここで歌い手達の印象を述べてみよう。

ザックス役のアラン・ヘルド
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おそらく私がいままで観てきたマイスタージンガーのザックス役の中でもっとも素晴らしい声質。この楽劇では大きくザックス派とヴァルター派に別れると思うのだが、絶対ザックス派の自分にとっては、このザックスの声質というのがとても気になっていた。なぜならヴァルター役がフォークトだから。(笑)フォークトに負けないだけの存在感、そしてザックスという男の渋さを醸し出してくれるようなキャラなのか、どうか。これが心配だった。でもいらぬ心配だったようで、素晴らしい声質、声量だった。バス・バリトンの低音の魅力溢れる特徴ある歌声で自分のザックスのイメージにピッタリだった。本当に良かった。敢えて苦言を言わせてもらうならば、頭髪がないことか。(笑)外見で、もうちょっと若々しいイメージがほしい。(苦笑)2枚目のヴァルターに対して、渋くて男らしい格好よさを持っているのが、私のザックス像なのだ。

ヴァルター役のクラウス・フロリアン・フォークト 
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もう今更説明の必要はないだろう。いまもっとも輝いているテノール。神様は、人を選んで、まさにこの人の声は神様からの授かりものなのかもしれない。発声に余裕があって簡単にすぅっとよく通る声で、しかもその甘い美声がホール一杯に広がっていくさまに、この世のものとは思えない快感を覚える。特にこの楽劇の最高潮の場面でもあるアリア「朝はバラ色にかがやき」。エファ獲得のために懇身をこめて歌う歌合戦の最高潮の場面。何を隠そう、今回の最大の目的、フォークトが歌うこのアリアを聴きたかった!筆舌では語りきれないほど素晴らしい快感だった!女性ファンにとっては堪らんだろうなぁ。(笑)

ベックメッサー役のアドリアン・エレート 
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4日の公演に先に行かれた方のたくさんの日記を読ませていただくと、みんなこのエレートを絶賛していた。ほぼ全員だ。
だからとても楽しみにしていた。そして彼の第1声を聴いたときに、まず感じたのは、正直に言わせてもらうと、声質、声量ともパッとしない感じで、来るものがない。この人のどこがいいのだろう?という感じだった。劇中ずっと聴いていてもその印象は変わらず、歌手としての力量もそれほどのもの、とは思えない感じだった。ところが途中から気付いたことがある。この楽劇の中で唯一の悪役を一手に引き受けて、その悪役ぶりを演ずるその演技力にその個性を感じるようになった。いかにも嫌な奴なのだ。(笑)その悪役ぶりも歌いながら顔の表情なども豊かな演技が素晴らしい。これは素晴らしい個性派の歌い手だと思えるようになった。案の定、カーテンコールではフォークトに続く2番目の大人気での喝采であった。
この楽劇で主役達が映えるのも、こういう悪役が素晴らしいからであって、観客もそのことをよくわかっていた。

エファ役のアンナ・ガブラー
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申し訳ないが、今回で1番の残念賞だった。もともと代役のピンチヒッターのようだが、この人の声質、声量はいただけなかった。まずあきらかな声量不足。声が通る感じとはほど遠く、声を張り上げるとようやく通る感じなのだが、そのときは耳に突き刺さるような感じで聴感上よろしくない。(笑)この楽劇でエファはとても大切な役柄なだけに、とても不満であった。なんとこのお方、ザルツブルク音楽祭のマイスタージンガーでもエファ役で歌うのだそうな。たらーっ(汗)あぁぁぁ~なんだかなぁ。

ボークナー役のギュンター・グロイスベック
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この人の声質、声量は文句なし、素晴らしかった。自分が抱いているボークナーの声のイメージにぴったりで、とても太くて美しい声。声量も十分だ。若い歌手だけに、これからの領主や王様の役に引っ張りだこになるだろう。


この楽劇、いろいろな魅力的なアリアがたくさんあるのだが、どれも素晴らしくひとつひとつ取り上げていくと大変な長文になってしまうので、やめておくが、思ったのは、やはり演奏会形式は、歌い手達に演技の負担がない分、歌うことに専念できる。またオーケストラもピットに閉じ込められて音響が悪いというのと違って、今回はステージ上にいるので、とても音が素晴らしい。歌い手、オケ、そして合唱団が一体となって素晴らしい音を奏でる。

音マニアにとっては堪らない感じの素晴らしさだった。オペラ形式は、歌、演技、衣装、舞台演出などたくさんの評価項目があって、それらの総合芸術だと思う。なので音響は多少犠牲にしてもトータルとして楽しむのがオペラの楽しみ方なのだと思っている。

今回の演奏会形式は、字幕が後ろのスクリーンに映し出されるシステムで重唱などもわかりやすいように工夫された字幕だ。演奏会形式だけど、その字幕を追っているだけで本物のオペラ形式を観ているような満足感があったし、なんといっても歌い手達の歌、合唱がドラマティックだ。第三幕の五重唱は自分の中では、かなり感動して涙ぐんだ場面。

敢えて苦言を言わせてもらえば、スクリーンの映像がセピア色なのに字幕が白字だと見えずらい。背景はもっと寒色系の色にして白字を浮かび上がらせるようにしないと。あれじゃ後方席の上階の人は見えなかったじゃないかなぁ。

あと字幕でエファ”ちゃん”。これも超違和感。(笑)オペラの字幕で”ちゃん”呼ばわりはあまり聞いた事がない。エファの呼び捨てでいいだろう、と思った。

フォークトが歌う「朝はバラ色にかがやき」は、ザックスと練習で歌っていたほうが発声が大きく素晴らしかった。肝心の本番のときは、なんか一種独特の緊張感、雰囲気があってフォークトも緊張しているような感じがした。そして本番を歌っているときに息継ぎのところで失敗したことを私は見逃さなかった。(笑)あの場面はやはり特別な雰囲気だね。

第三幕の後半、ヨハネ祭以降はまさに怒涛の素晴らしさ。そして最高潮のエンディング。そしてカーテンコールが終わっても、頭が真っ白で放心状態が続いてた。

たぶん自分の鑑賞人生の中でもまさしく世界最高レベルの「マイスタージンガー」だった。

東京春祭のワーグナー・シリーズというのは自分にとって鬼門だと思う。(笑)ここでやる演目が必ずその後の海外音楽鑑賞旅行でも鑑賞することになっていて、東京春祭があまりに素晴らしかったので、それと聴き劣りする感じでがっかりするのだ。(笑)

去年のタンホイザーがそうだった。今年はマイスタージンガー。今年の夏のザルツブルク音楽祭でこのオペラ形式を観る。

たぶん、そう、たぶん、これだけすごいマイスタージンガーを聴いちゃうと、本番ではがっかりするんじゃないかなぁ。(笑)
第一、フォークトを勝るヴァルター役がいるとは思えないからだ。(苦笑)

向かって右端がザックス役のアラン・ヘルド、2番目がヴァルター役のフォークト
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東京・春・音楽祭2013 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」演奏会形式上演
2013/4/7 15:00~
東京文化会館 大ホール 

ハンス・ザックス:アラン・ヘルド
ポークナー:ギュンター・グロイスベック
フォーゲルゲザング:木下紀章
ナハティガル:山下浩司
ベックメッサー:アドリアン・エレート
コートナー:甲斐栄次郎
ツォルン:大槻孝志
アイスリンガー:土崎 譲
モーザー:片寄純也
オルテル:大井哲也
シュヴァルツ:畠山 茂
フォルツ:狩野賢一
ヴァルター:クラウス・フロリアン・フォークト 
ダフィト:ヨルグ・シュナイダー
エファ:アンナ・ガブラー
マグダレーネ:ステラ・グリゴリアン
夜警:ギュンター・グロイスベック

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ


フォークトが歌うシューベルト歌曲「美しき水車小屋の娘」 [国内クラシックコンサート・レビュー]

結論から言うと期待していたほどの感動は得られなかった。
歌曲王のシューベルトの傑作品「美しき水車小屋の娘」は自分にとってはあまり馴染みのない曲なので、事前にブレガルデイェン、ギース(pf)による2007年スタジオ録音のSACD(5.0ch)を購入。これを聴いて、テノールの声質がフォークトに似ているのに、びっくり。録音も素晴らしいしこれはいい予習素材だと思った。ただ如何せんこの曲に対する入れ込みも浅く、一通り何回聴いてもドラマティックとは程遠い地味な旋律の曲に聴こえてしまった。

でもフォークトが歌うのであればきっと素晴らしいんだろうな、という想いがあった。そういう期待を持って当日聴いていたのだが、フォークトの美声を持ってしても、どうもフォークトのこの声質を十分活かし切れていない選曲のようにしか思えなかった。

クラウス・フロリアン・フォークト 
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私の座席(東京文化会館小ホール)
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フォークトの生声を聴いたのは去年の新国立劇場でのローエングリン。すごい衝撃だった。いままでのテノールの概念が吹っ飛んでしまう感じで、美しい甘い美声で、とても透明感がある。ワーグナー歌手しかもテノールとくれば強靭な声と巨大な音量といったイメージがあるが、フォークトはむしろ軽くて明るい声質なのだ。それでいて芯のある声で、ここぞというポイントで観客の期待を裏切らない高音もあって、美しい声が劇場内を満たすというパフォーマンスに大いに酔いしれたものだった。とにかく甘い美声なのである。

ふつうの歌手は声を張り上げて精いっぱい発声するものなのに、フォークトは発声自体に余裕がある感じで、地声はかなり声量豊かな歌手だということも分かった。甘い美声だけの歌手じゃないのである。元々ホルン奏者だったというから肺活量には自信があるのだろう。

とにかく彼の生声を体験して、いっぺんに虜になってしまった。ルックスも超ハンサムでたくさんの女性ファンを虜にしている。いま1番輝いているテノールだろう。

そのときのローエングリンの圧倒的な歌唱力を体験しているので、今回のリート・リサイタルでの彼の歌い方は、声量控えめで、抑え気味に歌う感じで、綺麗な旋律では彼の美声は映えるのだけど、迫力がなく、彼の持前である声量豊かな歌唱力を十分活かし切れているとは思えなかった。

これは思うに有名アリアなどで見せ場があるオペラと違って、もっと繊細なひっそりと歌い上げるような今回の選曲が原因だと思った。フォークトのこの声の魅力を十分生かし切れない曲なんだと自分では思っている。

特に1番最初は緊張のせいか、悲惨であった。ピアノとの掛け合いもバラバラで、こちらがハラハラしたほど。でもだんだん曲の進行が進むにつれて、慣れてくるというか、フォークトも綺麗に歌い上げるようになって、聴いているほうも彼の美声が楽しめるようになって、あぁ~いいなぁ、と感じるようになった。 でも綺麗、美声と思うだけで、衝撃、感動という域には達しない。

自分にとって期待していただけに、最後までなにか不完全燃焼という感じが拭えなかった。

やっぱりフォークトはリートより、オペラが真骨頂なんではないかなぁ?そういった意味で今週末のマイスタージンガーには大いに期待しています。

今回のこのリート・リサイタルの模様はNHKが収録していて5/14のクラシック倶楽部で放映されますので、みなさんぜひ録画を!

この日、とても素敵な経験をしました。
隣に座った初老のお婆様がとても素敵。上品な感じの装いで、人懐っこく話しかけてくる。去年のローエングリンでフォークトに魅せられて大ファンになったのだそう。私も同じなので話は盛り上がった。

彼の声質の魅力についても全く同意見で凄い盛り上がり。(笑)もちろんマイスタージンガーも行くらしい。マイスタージンガーではヴァルターもいいけどザックスが男らしくていい!ということでまた盛り上がり。(笑) そのお婆様、ワーグナー協会に入っているらしく、去年までその恩恵でバイロイト音楽祭のチケットも融通できたのだけど、今年からそれができなくなった、と仰っていた。私はEveryday is Sundayの身なので、こうやってクラシックコンサートを鑑賞するのが老後の唯一の生き甲斐なのだそう。

なんか自分は、このお婆様を観ていると、自分の老後の姿を見る様な感じで、微笑ましくなった。
自分の場合は、若い美人ソプラノにぞっこんだと思うが。(笑)

そんなこともあって、隣の人と意気投合してしまったために、カーテンコールは撮影できませんでした。スマン!やっぱり隣の人と仲良くなってしまうと、そういう違反行為をする勇気がなくなるのよねぇ。せっかく仲良くなったのにその関係をぶち壊すような感じで。

なので、みなさん、5/14 NHKクラシック倶楽部でフォークト様のお姿を、ぜひご覧になってください。


安永徹・市野あゆみ 洗足学園音楽大学アンサンブル・アカデミー演奏会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

安永徹さんがベルリン・フィルを退団したのが2009年。あれだけ輝かしい経歴の持ち主ながら、帰国後、ほとんどメデイアへの露出はない。どこでなにをしているのだろう?聞く筋によると、北海道の旭川にログハウスを所有していて、そこで奥さんのピアニストの市野あゆみさんとともに室内楽活動を北海道を拠点におこなっている、とのことだった。

安永徹さん
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奥さんのピアニストの市野あゆみさん
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ところが去年ネットで検索すると、それらしい情報を発見。

東京都新宿にあるアーツ・プラン株式会社というところが、安永徹・市野あゆみコンビのマネジメントをしているようで、その活動の予定が網羅されていた。活動の場は北海道だけではなく、全国に渡って、いろいろな場所を回っているようだ。

しかもプロフィール情報を見ると、安永さん、現在は洗足学園音楽大学・大学院客員教授に就任している。奥さんの市野あゆみさんも同じく洗足学園音楽大学・大学院客員教授だ。

着実に足元を固めつつあるようで、なによりだった。安永さんがベルリン・フィルを退団した1番の理由は室内楽をやっていきたい、とのことだったので計画通りなのだろう。それにしても、これだけ着実に歩んでいる安永さんをメディアは全く取材しないのはなぜだろう?寂しい限りだ。

あれだけの輝かしい経歴の持ち主の”その後”は誰でも興味あるところだ、と思うのだ。奥ゆかしい安永さんのことだから、まだ時期尚早ということで取材拒否しているのかもしているのかもしれない、とも思ったり........

安永さんの生演奏姿を最後に見たのは、2008年にラトル・ベルリンフィルが来日した時に、サントリーでブラームス・チクルスをやったとき以来だ。私が鑑賞したのは1番、2番だった。もちろん第1コンサートマスターだった。

それ以来になるが、安永さんの勤務先である洗足学園音楽大学で、安永徹さん、市野あゆみさんコンビが、ここの大学オケ、大学院オケと共演するという情報を得て、さっそくチケットを入手し、行ってきた。

洗足学園音楽大学は、音楽、幼児教育の2つの方向性を展開する大学のようで、大学名の「洗足」という名前にもきちんと由来があるようだ。なんでも開設者の前田若尾が敬虔なクリスチャンであって、キリストは、明日は十字架の上に消えることを悟ったとき、12人の弟子たちの足をひとりひとり洗ってやって、最後の晩餐の席についたという「ヨハネの福音書」からの発祥なのだそう。

結構この音楽大学、メディアへの露出も高く、あの平原綾香の母校だそうだし、なんと言っても2006年からのフジテレビで放映された「のだめカンタービレ」のロケ地として、キャンパス構内やホール等が使われたんだそう。当時はなにげなく見ていたけど、キャンパスの中を歩いて観て回って、こんな感じの建物だったかなぁ?と記憶が曖昧だった(笑)。

キャンパスは都内の一等地にあるだけあってかなり狭い。キャンパスの写真をいろいろ撮ってきたので、フォトアルバムに上げておきますので、ご覧になってください。みなさんは、この写真を見て、のだめの記憶と一致しますか?

でも、またこうやって目にするというのは、どこかで必ずつながってる、という人生の縁を感じる。

今回のコンサート会場は、この大学の前田ホール。

洗足学園音楽大学 前田ホール
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外観上かなりモダンなホールに見えるが、いわゆる「シューボックス」型のコンサートホールとしては、日本で初めて建設された本格的なホールと聞くから、その歴史上かなり伝統がある建築物だ。日本の都内のコンサートホールの90%以上はシューボックスである現状を考えると、日本初のシューボックスとしてのホールの存在意義は大きい。ウィーンのムジークフェラインを参考に設計されたのだそう。

ホール
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ステージから観客席を見た場合
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中に入ったら、ベージュ色を基調としたお洒落な内装空間でいかにも音響がよさそう。ホールの容積は、1114席のキャパというから小〜中規模のホールだ。(ちょうど横浜みなとみらいの半分くらいと思ってください。)ホール形状は、本当に厳密なシューボックスで、天井が異常に高いホールという印象で、確かにムジークフェラインに似ている。この時点でもう、どんな音響なのか想像できてしまう。

実際オケの音を聴いた感じは、まったく予想通りの印象で、一言で言うと” 濃い音”。響き具合は、かなりライブで、壁からの反射音(響き)の量が多い。座席は自由席で、ちょうどセンターど真ん中で、ホールの響きを感じやすいように後方の席に座った。そうすると演奏中、左右の壁からはもちろん、天井などからも、要は自分の周り全体から響きを浴びるような感覚だった。

直接音と間接音の対比バランスでも間接音が8:2〜7:3くらいの感じなのだけど、実際の響きはもっと多めの感じに聴こえる。容積も小さいホールなので、反射してからの響きの減衰も少なく観客に到達するので、かなり響き過多に聴こえる感じなのだと思う。もちろんステージからの直接音は輪郭の縁取りがくっきりな明確な音だ。


この前田ホール、まさしく典型的なシューボックスの音響だ。
普通の都内のホールの半分くらいの容積なので、その音もかなり濃い感じだ。はっきり言わせてもらうと、在京楽団のフランチャイズの都内の大ホールよりもこの前田ホールのほうが断然音響がいい、と思った。音像の明確さと響きの豊富さのバランスがうまく取れている理想郷という感じで、なによりもこれだけ音響がいいとオケの演奏が鮮えるのである。
今日は大学オケだったが、不詳にもプロとの区別がつかなかった。あせあせ(飛び散る汗) まず音の良さが耳に印象的に残ってしまい、演奏がすごく素敵に聴こえるのである。逆を言えば、いかにベルリン・フィル、ウィーン・フィルでも音響の悪いホールでの演奏だとがっかりするということだろう。

さてコンサート。今回のオケは、洗足学園音楽大学アンサンブルアカデミーという、大学内で2年間のアンサンブル専門教育機関として去年の4月より開校した専門コースの俊英達の集まり。国内外の名門オーケストラのコンサートマスター経験者の指導のもと学んだ学生達だ。

安永さん、市野さんの教え子達で、その先生のもと、普段の練習の成果をお披露目する日なのだ。

この大学オケは指揮者は置かない。
コンサートマスターは、もちろん安永さん。
モーツァルトのピアノ協奏曲では奥さんの市野あゆみさんがソリストだった。

安永さんのアインザッツで演奏が始まる。ベルリン・フィル時代、アインザッツのうまいコンマスで有名だった安永さん、そのアクション動作はまったく昔と変わっていなく格好よかった。3曲とも素晴らしかったが、特に印象的だったのは、2曲目のマルティノフのカム・イン!。聴いたことのない曲だったが、じつに美しい旋律で素晴らしい曲だ。安永さんが指揮者のところに立って、オケの指揮をしながら、Vnの独奏をするというスタイルで、かなりしびれるものがあった。この曲の演奏の間は夢見心地だった。

こういうコンサートって聴いているほうは緊張する。いわゆる最前線のプロなら、遠慮なくばっさりと斬れるのだが(笑)、いわゆる功労者的存在で、どうしてもひいき目、遠慮がちに見ざるを得ないところがある。でもそんな心配もいざ始まってみると、無用な心配だった。既述のようにホールの音響があまりに素晴らしいので、プロとの区別がつかないくらい素晴らしい演奏に聴こえた。純粋に演奏面をとっても、オケのアンサンブルの精緻さ、全体としてのパフォーマンスを考えても、決してプロに聴き劣りすることなんてなく堂々としたものだった。

この大学オケ、かなりレベルが高い。

なによりも嬉しかったのは安永さんや市野さんが学生達と楽しそうに協奏している姿を拝聴して、これがあの2人が本来理想としていた自分達のあるべき姿なんだろうな、と思えたことだ。自分達の教え子達を誘いながら、自分も楽しむ。そんな風情が感じ取れた。

かつて世界のトップレベルの舞台で活躍していた奏者という立場を捨てて、こういう自分の足がしっかりと地についた活動をするというのは、奏者である自分のエゴを吸収してくれる意味でいい気持ちなのだろう。トップ奏者の立場では、なかなか自分を殺さないといけないシチュエーションも多いだろうし。

そういった意味で、今回の演奏会で、なによりもお二人が楽しそうに、のびのびと演奏しているように思えたのが、なによりのうれしい収穫だった。

安永さん、お元気そうでなによりでした。

安永さん、当面このような地道な活動を続けていくと思われるし(全国行脚もしている)、自分の日本での居場所、立ち位置を見つけられた、という点で本人達の軌道に乗った姿なのだろう。

いや、目指すところはもっと懐深いのかもしれない。

こういった姿を、ぜひメディアの方々も取り上げてほしいと思うばかりなのです。

それにしても、この前田ホール、じつにすばらしい音響ですので、ぜひみなさんも行かれてみてください。この洗足学園音楽大学のオケの発表会で頻繁に演奏会がこのホールで開催されていますので、いつでも体験できると思います。

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第10回洗足学園音楽大学アンサンブル・アカデミー演奏会

W.A.モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
マルティノフ/カム・イン!
シューベルト/交響曲 第3番 ニ長調 D.200

出演:
安永徹(Vn.)
市野あゆみ(Pf.)
洗足学園音楽大学アンサンブルアカデミー

2013/3/2 洗足学園音楽大学 前田ホール


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