So-net無料ブログ作成

DG祝120周年 カラヤンボックス [オーディオ]

カラヤンは、DGに生涯330枚のLPの録音を残した。


カラヤンが残した1番の功績と言ったら、アナログレコードで一般大衆にクラシックを啓蒙したこと。まさにクラシックを大衆文化にした人だった。それまで、クラシックって一般大衆にとって敷居が高かったし、ごく限られた階層の人々の娯楽で、また楽しめる音源も少なかった。


DGビジネスを支えてきたのも、このカラヤンの膨大な録音であったことは言うまでもない。


自分はそれまで単盤でカラヤンの録音をずっと集めてきたのだが、2008年にカラヤン生誕100周年という一大イヴェントがあって、ボックスものが一斉に発売された。そのときダブりは覚悟の上、このボックスものを片っ端から買いあさって、コレクターした。大変な出費だった。たぶんかけた費用総額50万は軽く超えていたと思う。あれから10年経って、今年2018年にカラヤンの生誕110周年記念。例によって、またカラヤン・ボックスが発売された。


794[1].jpg



ヘルベルト・フォン・カラヤン DG、DECCA録音全集
(330CD+24DVD+2ブルーレイ・オーディオ)




値段が10万円ってずいぶん安くなったもの。びっくり。10年前は、DG全集だけで、30万はした。今回のボックスは、DG全集だけでなく、DECCA録音も網羅されていて、さらに映像ソフト全集も網羅されている。これで10万で売るというのは、やっぱり10年前に比べて、すごい進歩があると思う。


カラヤンBOX.jpg



自分が感心したのは、CDを収める紙ジャケが全部、1枚1枚、当時のLP時代のオリジナルジャケットをちゃんと踏襲していること。これは嬉しい心配り。自分が買ったDG全集300枚セットは、全部同じ絵柄だった。さらに10年前にもついていた木製のラックも、今回も常設されている。


こういうカラヤンボックスは、もう区切りのいい年度に渡って、毎回発売されるいわゆる定番ビジネス。これからも120,130,140・・・ってな感じで、10年サイクルくらい(あるいは5年サイクルでもやるかな?)で繰り返されるキラービジネスなんだと思う。


ボックスの魅力とは何なのか?


それはやはりその演奏家、音楽家の全ての作品が網羅されている、それを購入することで、達成感を得る一種の音楽ソフトマニアのコレクター癖をくすぐるような感覚なのかな?と思う。


はっきり言って、こういうボックスもんを買っておくと安心しますよね。
その指揮者、演奏家に対する征服感というか・・・。


逆に演奏家側や製作者側からしても、たとえばベートーヴェンの交響曲全集など、全集を録音して発売することは、ひとつの大きなイベントで、その作曲家に対する克服感、達成感などがあるんだと思うのです。コンサートならいわゆるチクルス(全曲演奏会)。


ところが最近思うのは、こういうボックスもんを買っても普段聴かないのだ。
ボックスを取り出して聴く、というのはなぜか気が重い。


やっぱり普段聴きやすいのは単盤のもの。単盤のほうが、その盤に対する印象度や思い入れが深く印象に残りやすい。だから棚の膨大なソフトからアクセスする頻度が多いのは、やはり単盤のものが圧倒的に多い。ボックスはいわゆる百科事典的な使い方で、この演奏家のこの年代の録音が聴きたいなどのときにとても重宝するのではないか、と思うのです。


でも全集やBOX-CDの場合、その目的の盤を探し出すのが大変。

必ず冊子として入っている目次を見ないとどのCDなのかアクセスできない。 
今回発売されたカラヤンボックスは、ここら辺のアクセスの問題は、どこまで改善されているのだろうか?結局普段気軽に聴くというのではなく、百科事典的な役割になってしまうのは、まさにここがネックですね。




DSC01951.JPG


この写真は、10年前の2008年に購入した一連のカラヤンボックス。

一番下の木製ラックに入っているのがDG全集ボックス。300枚は超える大全集で、当時30万はした。当時カラヤンは単盤でも結構持っていたので、ダブりになるし、買うかどうか、相当悩んだのだけれど、やっぱり全部揃えるというコレクター魂に負けてしまった。


その上が、カラヤンの映像ボックス。ソニーのカラヤンの遺産シリーズですね。カラヤン&ベルリンフィルの映像素材が全部コレクターされている。


その上が、EMI全集。これもEMIでの録音音源を集めたボックス。
あと写真に写っていないけれど、DECCA録音集ボックスもある。


カラヤンの映像ボックスは、「カラヤンの遺産」シリーズを収めたもの。
こんなお洒落なボックス仕様だった。(なんと指揮棒もついている!)


25940505_2026303130_254large[1].jpg


これも一通り観たが、やっぱり思うのは、カラヤンって映像ソフトのセンスはまったくないな、ということ。(笑)


これは業界一般に言われている定説なのだが、カラヤンの造った映像ソフトは、かなりつまらないのだ。見ていて、まったく面白くない。カラヤンは、指揮者&音楽家にとっては珍しいくらいの技術マニアで、自分の映像素材を後世に残すべく、その記録媒体の技術動向には相当関心を持っていた。当時のビデオディスク(後のレーザーディスク)の行く末に深い関心を寄せていた。


もちろん他人に任せっきりにする人ではないので、自分が、その撮影時点からその映像作りに口を挟むどころか自分が主導でやっていく。ザルツブルクの自宅の地下室に編集室があって、そこでカラヤンは自分の映像素材の編集作業をしていたのだ。なんでもソニーの機材でびっしり固められていて、それを大賀典雄さんに見せて自慢したとかの逸話も残っている。


ずばりカラヤンの創るオーケストラ映像というのは、作られた映像なのだ。
プロモビデオみたいな感じで、かなり人工的で意識的に作られた演奏画像。
スタジオを借り切って、もしくはコンサートホールで観客を入れず、一糸の乱れも許さないような画一的なプロモビデオ。


これは観ている立場からすると、一回観たら飽きてしまう、というか、かなりつまらない。


オーケストラ映像というのは、いわゆるライブ収録、録音が、臨場感、いわゆるライブ感があって面白い訳であって、現在昨今のオーケストラ映像は、100%こちらだ。


でもカラヤンは、このライブ映像が大嫌いだった。
「あんな雑な映像のどこがいいんだ?」
というのが、彼の常日頃の発言で、彼のオーケストラ映像に対する考え方。


上のカラヤンの「カラヤンの遺産」ボックスに納められている膨大な映像素材は、ほとんどこのプロモビデオ的な撮影手法によるもので、正直つまんない&飽きてしまう映像そのものの集まりだった。


唯一数点の映像素材のみがライブ収録されているものがあって、特にベルリンフィル創立100周年記念コンサートということで、ベルリンフィルハーモニーで開催された「ベートーヴェン交響曲第3番(英雄)」の演奏、これは最高の出来だった。


自分が観てきた英雄のライブ演奏の中でも3本の指に入る屈指の作品で、まさにこれぞカラヤン&ベルリンフィルといった演奏。シュバルベ&ブランディス&シュピラーといったカラヤン黄金時代を支えてきたコンマス3人体制に、まさに女人禁制だった時代のオーケストラの独特の世界を描き出していた。


このカラヤンの遺産の映像素材は、カラヤン×大賀さんの商談により、ソニーが版権を取って、ソニーから出された。でも商品化されるまで時間が結構かかって、いつまでも商品化されないので、業を煮やしたエリエッテ夫人から、いつになったら商品化されるのだ?というお手紙をソニーにいただいた、という話を友人から聞いたことがある。


大賀さんが後世に、ザルツブルクにあるカラヤンのお墓詣りをしたときに語っていたことで印象深かったのは、「残念なのは、カラヤン先生は、ハイビジョンという存在を知らずして亡くなられた。もしそれまでにご存命であったならば、ハイビジョンでもう一回ベートーヴェンの交響曲全集を撮ろうと仰ったに違いない。」と述べられたことだった。


ということで、このカラヤンの遺産ボックスは、1回見たらあとは、お蔵入りという感じなのだが、たとえば、カラヤン体制を大いに揺るがせたザビーネ・マイヤー事件で、試用期間中のマイヤーが、クラリネットを当時のベルリンフィルで吹いている姿なんかが写っていたりして(アルプス交響曲)、そんなときに、どれどれ、という感じで引っ張り出してきて見ている、という感じだろうか。


いまじゃオーケストラに女性団員は不可欠で、ビジュアル的にも華があるのだが、当時は閉鎖的な男性社会のオーケストラに一風を吹き込んだ事件だった。ザビーネ・マイヤーはご存知美人だし、マントみたいなものを着ていて、それを払う姿がすごい格好いいという当時の話だった。


カラヤンの映像では、こんな素材も当時の2008年に発売された。

カラヤン&ベルリンフィルの初の映像素材で、クルーゾーによって撮られた映像。


DSC01958.JPG


「カラヤン/クルーゾー指揮の芸術」というタイトルで発売されたDVDだが、モノクロだが、とても貴重な素材だと思う。確かに当時のオーケストラ撮影は、プロモビデオ的な撮り方なのだけれど、これはカラヤン初の映像作品ということで、とても存在価値があった。


これも2008年のアニバーサリー・イヤーに発売されたレアなボックスで、NHKアーカイブスの中に残っていたNHKが撮ったカラヤン&ベルリンフィルの当時の映像素材をパッケージ化したDVD。これはとてもレアで貴重な作品だ。


DSC01960.JPG



カラヤンが、1950年代にベルリンフィルやウィーンフィルと初来日した模様とか、ドレスリハーサルの模様とか。ちょっと普通の作品ではありえないような貴重な映像が残されている。それこそ当時のオーケストラコンサートホールだった日比谷公会堂や普門館での公演。また大学のオケへの指導も実現して、その映像とか、これは本当にレアで貴重な映像素材だと思う。


このようにカラヤンっていう人は、まさに音源、映像素材の宝庫のような人なので、何年かおきに、こうやってボックスビジネスが循環して起こるのは当然のことだし、それはそれでいいのではないか、と思う。


ストリーミングやダウンロードの台頭で、劣勢に追いやられている物理メディアだけれども、こういうボックスビジネスは、まだまだ彼らの有利なビジネス・エリアだと思うし。


カラヤンは、まさにベルリンフィルのシェフとして35年も在籍していた訳であって、大きく60年代、70年代、80年代と3つの時期に分けることが出来ると思う。自分は、その中で、やはり70年代が最強で絶頂期の時期だと思う。60年代はやや青臭さが残るし、80年代は、もう体も動かなくなってきて、枯れてきた時代。やはり70年代の彼らが、演奏、サウンド、そしてヴィジュアル的にも最高の時期だったのではと思っています。


そんな音源の宝庫のDGだが、自分はカラヤンだけでなく、アバドやポリーニとかたくさん保有しています。まさにDGならではのビジネスですね。


今年はバーンスタインの生誕100周年でもあるので、バーンスタインのが出たら買うかもしれない。


と言っていたら、出てしまった。バーンスタインのボックス。(笑)


399[1].jpg


レナード・バーンスタイン/DG&DECCA録音全集
(121CD+36DVD+1ブルーレイ・オーディオ)

https://goo.gl/vctaEF


バーンスタインBOX.jpg




ベートーヴェンの交響曲全集はもちろんのこと、マーラーの交響曲全集も網羅されている。
自分は、マーラーはバーンスタイン音源、映像で勉強したと言ってもいい。
クラシック界で、マーラーを1番最初に、商業的に成功に導いたのはバーンスタインなのだ。

DVD36枚組はバーンスタインがユニテルに行ったライヴ収録。

まさに盛沢山。

カラヤン、バーンスタインは、まさにDGに莫大的な売り上げセールスを呼び込んだ二代横綱であることは間違いない。そんな彼らが、今年生誕110周年、100周年というのだから、本当に奇遇な1年だと思う。

まさに今年は、DGにアニバーサリーイヤーにふさわしいお祭りイヤーになりそうな予感ですね。



じつは自分が持っているコレクション中には、さらにアバドのDGボックスもあったりするのだ。(笑)




DSC01956.JPG






nice!(0)  コメント(0) 

Deusche Grammophoneの120年の歴史 [オーディオ]

イエローレーベル。


演奏家、我々のような聴衆などクラシックを志す者であれば、誰もが親しみと崇拝の念を抱くクラシック・レーベルの王様的存在。

世界No.1のクラシック・レーベル。 

11070237_10153152497950857_1197607976509134195_n[1].jpg

今年2018年で、創立120周年を迎えるそうだ。

現在Deusche Grammophone(以下DG)は、ユニバーサル・ミュージックの傘下に入っており、新たに「ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト」を立ち上げて、このアニバーサリー・イヤーを徹底的に盛り上げようという計画。

自分も微力ながら、このお祭りを下支えしながら盛り上げるのをお助けできればと思っていたりする。

自分のようなオーディオファンからすると、DGのサウンドというのは、まさにクラシック王道の極みのサウンドで、分厚くて、骨格感のしっかりした硬派なサウンド。クラシック・ファンのオーディオマニアであれば、このDGの録音を鳴らせない時点で、もう失格だと思うのである。あと、このレーベルはピアノの音が本当に綺麗に録れていますね。優秀で旬なピアニストがみんなDGと契約するのは、そんなところもあるのかな、と思います。

DGの歴史というのは、数々の著名な演奏家の作品を世に送り出してきた以上に、この録音技術の開発の歴史と言ってもいい。

特にアナログレコードは彼らが開発したもので、それの歴史と言っても過言ではない。

そして、最近に至ってはストリーミング技術にも積極的に取り組んでいて、今回自分も、その事実を新たに知ったところが多いので、ぜひ勉強して、近日中に日記にしてみたい。

以前、DGのSACDを徹底的に特集した時に、このDGサウンドを作り出しているエミール・ベルリナー・スタジオ(Emil Berliner Studios)を紹介した。自分自身、ずいぶんこのスタジオの録音にはお世話になっていて、ライナー・マイヤール氏をはじめ、トーンマイスター達には親しみと尊敬の念を抱いている。 


423899_316651781727172_1107422723_n[1].jpg



25940505_2115236902_124large[1].jpg



img-gr_regie12_01[1].jpg




img-gr_regie12_02[1].jpg


彼らは、当時はDGのお膝元であるハノーファーに研究所を持っていて、そこで録音技術の研究などをやっていた。そこから彼らは、レーベルから独立して録音制作会社として1人立ちする。ロケーションもハノーファーからベルリンに移る。

今の世の中、録音制作会社は、外注企業が基本なのだ。レーベル内部にそういう組織体はいまや持たないのが普通である。

エミール・ベルリナー・スタジオは独立して、現在では、DGだけでなく、EratoやSONYなどいろいろなレーベルの録音、マスタリングを受け持っている。

ポリヒムニアがPENTATONEやRCO LiveそしてDECCAの録音を受け持っていたり、そしてBISに対するTake5 Productionなどの関係と同じように。

残念ながらDGはSACDから早々に撤退した。エミール・ベルリナー・スタジオのHPを覗き込んで、彼らのスタジオの機材リストを見てみると、確かにDSDの信号処理に関わりそうなものは現時点ではないような感じがする。

でも自分の妄想レベルでは、これからの時代に合った形で、DSDに関わってくるのでは、と勝手に妄想しています。(笑)

このような技術面からのアプローチは、詳らかになった時点で、自分も徐々に日記に取り上げていこう。


さて、元に戻って、DGが歩んできた120年。


ユニバーサル・ミュージックのHPのところに、このDGの120年の歴史を特集した記念サイトがめでたくオープンしたのだ。ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト~ドイツ・グラモフォンの歴史のページで、ここにDGのすべてが書かれている! 


このドイツ・グラモフォンの歴史のページは、もちろん原典は、ドイツ現地のDGのHPにあるものを、ユニバーサル・ミュージック・ジャパンが日本語に和訳したもののようだ。

DGのすべてを知りたい方は、ぜひこのホームページを訪問してください。



ドイツ・グラモフォン120周年記念サイト

http://www.universal-music.co.jp/classics/dg120/



この歴史を俯瞰しただけでわかることは、如何に彼らがアナログレコードの制作技術を育んできて、そしてクラシック業界を支えてきた数多のビッグ・アーティスト達をたくさん世に送り出してきたか、ということだ。


まさに世界一のクラシック・レーベル!!!


自分としては、このDGがストリーミングに触手を伸ばしてきているところを、もう少し調べてみたい。いろいろ自分が理解できたところを日記にしてみたい。


このDG祝120周年である今年だが、カラヤンの生誕110周年やバーンスタインの生誕100周年にもあたるそうで、記念BOXなどにぎやかになりそうである。他にもいろいろイヴェント目白押しで、なにかトピックスがあるたびに、私の方でも日記で取り上げて盛り上げていきたいです。


なんだか華やかな1年になりそう。。。(^^)





nice!(0)  コメント(0) 

謹賀新年2018 [雑感]

あけましておめでとうございます。


昨年は、拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。
年が明けまして、心機一転、気持ちを新たに切り替えてこの日に臨んでいます。


昨年は、おそらくここ5年~10年にかけて、最も最悪のリズムで全く想定外の年でありました。
人生長年やっていると、こういう年も必ず巡ってくる、と実感しています。
よく我慢して耐えた(笑)、と自分を誉めてあげたいです。


去年の年初は、希望に満ち満ちて、そして不安のスタートでしたが、予想外の展開に、自分の不甲斐なさ、そしてこの怒りをどこに持っていけばいいのか、そのやり場もなく、毎日巨大なストレスと戦っていた、という日々だったと思います。


そういう経緯もあり、今年は、どのように臨むか、ということを考えた場合、やはり自分で考えた道なりを進んでいくことが、誰のせいでもなく、自分の責任下において後悔しないことなのではないか、と思いました。


確固たる目標は数年先にあります。


その目標に向けて、今年はその準備期間として捉え、地道に生活をしていくことと誓いました。

クラシック演奏会、オーディオについてもそんなスタンスです。


いろいろ思うところがあり、正直なんでもガムシャラに演奏会に行きまくる、というのは、すでに自分の場合、もうそういうステージは卒業しているのではないか、と思うのです。


少なくとも、ここ5年間の間、自分の運命で結ばれている、繋がっていると思われる、どうしてもここは自分が押さえておかないといけないと思われる演奏家の公演は、すでに網羅したのではないか、と思います。


もう上がりの状態・・・今後は、自分のアンテナにビビッとくる、自分の運命に関わるコンサートのみをより賢明に吟味選択していくことになるだろうと思います。


量より質ですね。


数年先の目標に向けて、支出は抑えたい訳です。


そう考えると、国内オケ主導で、外来オケは正直ないかな?という予想。
やはりコストが高いのが理由です。通う公演数も少なくなると思います。


オーディオについては、これも去年想像以上に大変な出費をして、PCオーディオのシステムを構築しましたので、これも上がりです。オーディオは金かけだしたらキリがないので、見切りをつけないと。。。


次々に魅力のある新製品が出てきて誘惑すると思いますが、彼らの言う通りにしていたら破産してしまいます。毎日、物欲との闘いになりますね。


去年の大失敗を鑑みて、やはり自分の感性を信じて、自分の想うところを進む、という生き方しか、いまは考えられません。


突然ふっと頭に浮かんだり、夜中に突然発作を起こしたかのように、なにかのテーマについて日記に書き留めたい、と思う衝動は、正直自分でもまったく予知できない現象なのです。意識してできることではなく、全く無意識、予測不能なことなのです。


それが周りの事象とシンクロするように見える、思えるのは、これはもう仕方がない。
自分ではどうしようもできない。


それを意識し始めたのが、2016/1/14。いまから2年前です。(ちゃんとメモってある。)突然降臨したかのような意識になり、世界中が回っているような感じで、なんかヤク(覚醒剤)をやるとこんな感じになるのかな、という変な感覚。最初は気持ち悪くて仕方がなく、誰にも相談できずに悶々と過ごしていた訳です。


2年も付き合ってると、だいぶ慣れてきて、逆に楽しんで付き合えるような気分にまで成長できました。

こればかりは自分の力ではどうしようもなく、なるようにしかならないのです。


なので、今後も自分の感性を信じて、進んでいくしかないのかな、と去年の大失敗を経験して、強く確信している次第なのです。


そういう訳で、結論としては、今年は、欲とか、大きな目標を立てずに、無事毎日が平穏に生活できますように、というところに主眼を置いています。


数年先の目標で爆発できればいいのです。


毎日、トラブルなく生活できることの有難みを去年十分に知りましたので。


まっ、今年は大きな夢はありませんけど、ただ1人暮らしでいうのもなんですが・・・もう少しプライベートな空間が欲しい(ボソ)ってなところでしょうか?


DSC01945.JPG



DSC01947.JPG




初詣は、いつもお世話になっている川崎大師に行ってきました。
こんなに賑わっていました。


天気は快晴。とても気持ちのいい年始スタートとなりました。


よい年でありますように。








nice!(1)  コメント(0) 

一期一会 [国内クラシックコンサート・レビュー]

今年は、事情があって、十分なコンサート通いができなかった。年間後半など、行きたい公演はたくさんあったのだけれど、最初からしっかり計画が立てれなくて諦めていたりした。本当に残念。

行けた演奏会は、ほとんどなかったと思うが、でもその中でも、自分の一生の想い出に残る公演に立ち会うことはできた。

やはり音楽の神様は、最後には自分を救ってくれた。

生演奏会って水もの。

生演奏かオーディオかの議論は、自分にとっては、もはや食傷気味のテーマであるけれど、そこで達観したひとつの結論。

生演奏会は、出来不出来の差が多く、感動したり、がっかりしたり、その繰り返しなのだ。

でも感動した時のあの興奮の極みは、オーディオでは味わえない。「あの日、あのとき、あの瞬間」に立ち会えているという想いが、その感動の強さを際立たせる。

長年、生演奏通いをしていると、「一期一会」の体験をすることがあるのだ。

長年通っていて、これだけの感動を体験できるコンサートは、もう二度と経験できないんではないか?水ものの生演奏だったら尚更。。。そんな感じ。


自分の一生の中で、この一期一会の体験をいかに多く体験するか、期待してはがっかりして、たまに出会って・・・それの繰り返し。

十分なコンサート通いができなかった今年の中で、まさにその一期一会の公演に出会うことができた。

そう胸を張って言えるのが、

9月18日(月)のサントリホールで開かれた

第46回サントリー音楽賞受賞記念コンサートの広上淳一さんと京響こと京都市交響楽団のラフマニノフの2番。

m_DSC01506[1].jpg




まさに空前絶後の超弩級の名演だった!

ここ数年で、もっとも心揺さぶられた演奏だったと言っていい。

ロシア・ロマンティシズムの極致にあり、その次から次へと繰り出される甘い旋律に呼吸をしているのを忘れるかのような気持ちよさとその陶酔感。

これだけ完璧な演奏を聴いた経験はなかった。在京楽団はもとより、外来オケより数段上だし、この日の出来は、人に感動を与えるという側面では、ベルリンフィルやウィーンフィルよりも遥かに上だった、とも思えた。

その日、その瞬時が生み出した奇跡の瞬間、神業なのだと今思えばそう感じる。

まさに神、降臨!そんな感じだったのだ。

オーケストラの演奏でこれだけ人の心を感動させることが可能なものなのか、そんな永遠のテーマを自分の心に訴求してくるような、公演後、何時間、何日経過してもその興奮と震えが止まらなく、いつまでもあの旋律が頭の中をずっとループしているようなそんな現象。

たぶん今後も一生出会えないほどの名演、まさにこれこそ一期一会の体験だと言えるのではないか、と思った。

今年度の統括として、この日の公演、広上さん&京響のメンバーのみなさんに、今年のノンノン大賞を授与さしあげたいと思います。(笑)


そんな広上さんと京響であるが、今年の3月の春の京都でも、地元の京都コンサートホールで体験することが出来た。京響創立60周年記念を祝するコンサートで、滅多に演奏される機会のないマーラーの8番「千人の交響曲」。

土壇場になって、歌手がドタキャンしたり、傷もあったりしたが、見事ピンチヒッターがそのリカバリー。

素晴らしい公演だった!

その公演の模様が、12月31日 大晦日の日に放映されます。

12月31日(日)8:00AM~9:30AM  BSフジ 京都市交響楽団「千人の交響曲」


私は最前列のかぶりつきで聴いていました。(笑)
広上さんが京響を振る、という図式を観れた記念すべき公演でした。

ぜひ録画です!
ご覧になってください!





nice!(0)  コメント(0) 

鎌倉は夜がおいしい。 [グルメ]

時間の短さを感じさせないゆったりとした鎌倉時間。

土日はもちろん平日でも観光客で賑わう。日中は激混みだ。
鎌倉に新鮮さを求めるなら、夜を狙え。

夜の鎌倉の愉しさを知ったら、もう後戻りはできない。
鎌倉は夜がおいしい。。。


そんな夜の部を探検するのが、今回の目的なのだが、その前に、前回の初の鎌倉散策で回れなかったところに足を延ばす。計2日に渡って街の景観を楽しんできた。

まずは北鎌倉。ここは、鎌倉きっての観光名寺が軒並んでいて、絶対おすすめ。

いつも観光客で大混雑。この日は、紅葉も終盤に差し掛かっていたとはいえ、やはり大変な人混みだった。

目指すのは、明月院。ここには「円窓」という絶景の超有名な撮影ショットがあって、ここの写真をぜひ自分のカメラに収めたいと思っていた。

でも。。。やっぱり思った通りこの大行列なんだな。(笑)

DSC01573.JPG



そうしてようやく念願の自分の順番。

DSC01577.JPG



う~ん、やや不満。SNSの鎌倉ファンサイトに登録しているんだが、みんなホントにすごい上手。
どうやって撮っているんだろ?

みなさんのようにはビシッと構図が決まって綺麗に撮れなかった。大行列なんで、自分の撮影の順番が来たら、焦るんだよね。早く終わらないと、という感じで。(笑)

ここのショットは、鎌倉随一の有名処なのでぜひお薦めです。やはり紅葉のときと新緑のときですかね。あと、ここの明月院は、アジサイの寺としても有名で、アジサイの季節にもぜひ再度訪問したいと思っています。

そして鎌倉に着いて、久しぶりの江ノ電。

DSC01581.JPG



相変わらず超人気。とても混んでいました。

鎌倉駅の江ノ電乗り場では、こんな「江ノ電フォトコンテスト」の応募写真が展示されていました。

DSC01885.JPG



最優秀作品はこちら。

DSC01883.JPG


みんなこんな感じで、江ノ電のいろんなショットを一生懸命撮影するんですよね。
なんかこのユル~イ感じが、とても鎌倉的でいいです。(笑)



今回は、この江ノ電について目的があった。
それは「タンコロ」を見にいくこと。

タンコロというのは、江ノ電の100形電車のことで、1両単位(単行)で使用されたため、「タンコロ」と呼ばれていた。

1929年に導入されて、1980年に廃車になった。

1280px-Enoden100tankoro[1].jpg


タンコロ~江ノ電100形107号 (1980年12月26日撮影)

もちろんいまは乗れないけれど、このタンコロが保管されている場所があると知って、そこを見にいこうとしたのだ。

鎌倉の江ノ電乗り場で駅員さんに、そのことを聞くと「タンコロ?」といぶかしげな表情をされ、「タンコロはもう運行してません。」と言われたのだが、すぐに事情をわかってもらい、「あ~、それだったら、和田塚降りて、鎌倉由比ガ浜の公園に保存されていますよ。」と教えてくれた。

さっそく鎌倉由比ガ浜公園に直行。

あった!江ノ電タンコロ。

DSC01595.JPG


ここに保管されているのは、100形の107号。
別に自分は鉄ちゃんではないけれど、感慨深いなー。

DSC01584.JPG


DSC01586.JPG


中にも入れる。木造ですね。歴史を感じます。
当時はマイクなどなかったので、車掌さんも車内で地声の大声で停車駅名を言わないといけなかった。

DSC01587.JPG



運転席。

DSC01590.JPG



いま公開されている映画 「DESTINY 鎌倉ものがたり」で、じつは、このタンコロがとても大切な役割を果たしているのだ。現世と黄泉国(よみのくに)との間を三途の川を渡って行き来する乗り物として、この江ノ電タンコロが使われているのだ!

いま大人気の江ノ電のルーツはここにあった。

そして近くの由比ガ浜を軽く散歩。


DSC01597.JPG

この鎌倉の由比ガ浜海岸は、鎌倉時代、静御前のお腹の中には義経の子供が宿っており、もし、その子が女の子であればそのまま生かす、もし男の子であれば、亡きものとする、と頼朝が決めた。自分が平家の情けで生かされたおかげで、いまこうやって平家打倒を実現した手前、そう考えるもの当然と言えば当然であった。

頼朝・政子の前で舞を奉じた静御前は、その後に男の子を産み、約束通り、この由比ガ浜の海岸の砂浜の中に、その子は葬られたのだ。

この海岸には、義経の子の魂がいる、とそのとき感慨深げに考えてしまった。


同じ江ノ電でもこんな車両とも遭遇しました。江ノ電10形電車。オリエント急行を模したと言われている。

縁起がいい!

DSC01628.JPG




そして向かう次の場所は、鎌倉高校前。

なぜ、ここなのか、というと、この鎌倉高校前のこの踏切が絶好の観光スポットになっているのだ。

DSC01867.JPG



SNSの鎌倉ファンサイトでも、この踏切をちょうど通る瞬間の江ノ電の写真を撮るのが、ひとつのお決まり事で、有名ショットみたいで、たくさん投稿されているのだ。

もう有名スポットなので、こんなにいっぱいの人。

DSC01614.JPG



でもみんな中国人か韓国人。(笑)日本語はほとんど聞こえてこなかった。
日本人の老夫婦が自分に訪ねてきて、なんでここにそんなに人が集まるの?ってな感じで聞いてきた。

やっぱりふつうの踏切だから、みんな不思議に思うに違いない。

あとで、知ったことだが、バスケットボールの漫画のスラムダンクで、この踏切や鎌倉高校が舞台になっていて大人気なんだそうだ。この漫画、いま台湾でも大人気。ふ~ん、知らなかった。(^^;;

鎌倉高校は、この踏切の坂をずっと登ったところにあるのだが、校門が閉ざされていて、関係部外者は進入禁止&撮影禁止みたいな警告の札が立っていたので、さっさと帰ってきました。やはり漫画人気で、観光、撮影目的でいっぱい人が集まるからでしょうね。

さて、この踏切を通る江ノ電の撮影。鎌倉ファンサイトの投稿写真は、みんなすごい上手。あんなに上手に撮れない。

両サイドから来るのを撮影してみました。これで勘弁してください。(笑)

DSC01620.JPG


DSC01619.JPG



そのまま江ノ電で移動して、長谷駅で降りて、力餅家というお店に寄ってみた。

DSC01923.JPG


ここは300年の歴史を持つ老舗。
ここの権五郎力餅というのは、まさに鎌倉スィーツって言ってもよい有名な和菓子なのだ。

DSC01918.JPG


権五郎景正は実在した武士で近くの御霊神社に祀られている。

その昔、戦で右目を射抜かれた16歳の景正は、矢を折り取って射返し、敵に反撃。
目に折れ残った矢を抜こうと、仲間が顔に足をかけると…

矢にあたって死ぬのは本望だがお前に踏まれるのは許さない。

お前を仇として刺し違えて死ぬ…

武士のたけだけしさがイメージされる。


そんな権五郎景正をイメージした和菓子を代々店主があみ出したのが、この「力餅」。


さっそく購入。

なぜか、ミューザ川崎ホワイエで食す・・・ナゾ(笑)。
1人で16個は多すぎたか?(^^;;

DSC01927.JPG



翌日には餅部分の水分がアンに吸収されカチカチになる。
残さずに当日に食すべし!なのだ。

まっスッキリした甘みで餅は噛み応えがある。なんか小型のオハギを食べているみたいな感じ。



鎌倉に戻って、鶴岡八幡宮。紅葉はもう終わっていたみたいなので、ここからのショットで。

DSC01896.JPG


ここら周辺に来た目的は別にあった。

DSC01642.JPG

源頼朝のお墓。まさに日本史の歴史上人物の中での自分のヒーロー。NHK大河ドラマ「草燃える」の石坂浩二さん演じる頼朝に憧れ、相当嵌り込んだ。まさに時代の英雄のお墓にしては、いたって地味な装い。

この墓前を前にして、いま自分がいろいろ想うことを伝えました。


頼朝は落馬して亡くなった、というのが歴史の事実とされているが、自分はこの説に疑問を持っている。落馬したくらいで、ふつう人間って死ぬか?

自分は、真の死因は、脳卒中か脳溢血かと思っている。乗馬中に突然襲ってそのまま意識を失って落馬したものだと思う。当時の医学ではそれが解明できなかったので、単に落馬ということになっているに違いない。

大河ドラマ「草燃える」でも、そこら辺は考慮されていて、あの瞬間の描写は、明らかに脳卒中という感じだった。




鶴岡八幡宮&頼朝の墓から鎌倉駅に帰る徒歩の途中。とても素敵な茶屋の遭遇。思わずパチリ。こういう和の雰囲気最高だなー。

DSC01644.JPG


ここら辺で晩御飯の時間になり、おなかが空いてきた。前回食べることができなかった「生しらす丼」をいただくことに。鎌倉&江ノ島は湘南しらすが名産。

DSC01645.JPG


DSC01648.JPG



正直、生のしらすは、無味無臭という感じで、美味しいとかそういう感覚はまったくなし。(笑)
味は、それに添えるショウガと、醤油の味で決まると言っていい。

まっ、でも、鎌倉にきて、しらす丼を食べることができた!ということだけで、満足するべきですね。

日が暮れても、これからぜひ行くところがあった。


着いて、この行列を見た瞬間、去年の京都の紅葉狩りのことを思い出してしまった。

DSC01649.JPG


ここ長谷寺でした。

DSC01680.JPG



長谷寺のライトアップというのも紅葉の季節では、ひとつの大きなイヴェント。

入って、すぐに広がるこの光景。

DSC01676.JPG



そして有名な良縁地蔵も迎えてくれました。この歳になってもよい縁に恵まれますようにってか?(笑)

DSC01654.JPG



なんと幻想的な風景なんだ!!!

DSC01674.JPG



そして長谷寺のライトアップの本命。これで余は満足です。

DSC01659.JPG



さて、日にちを改めて、再度鎌倉を訪問。ここからが今回の日記の本命。

「鎌倉は夜がおいしい。」


日没とともにはじまる、大人のための、おいしい鎌倉時間である。

地元の人が通う深夜食堂から話題の新店まで、なにも小奇麗でオシャレなのがすべてじゃない。
こういう庶民的なところも十分味わいがあって、鎌倉的なのだ。


まず、地元の人に愛される“喫茶食堂” 「ほいほい」。

DSC01915.JPG



創業は昭和44年だそうだ。夫婦がきりもりするお店は、なんと、昼から深夜まで通しで営業。
いかにも昭和時代の店内の雰囲気。

DSC01876.JPG


ボリューム満点の手作り洋食メニューは、男性を中心とした、食いしん坊でわんぱくな胃袋をもつ鎌倉の人たちに愛されている。


自分は、これからの季節にぴったりな「鍋やきうどん」を注文した。

DSC01881.JPG


IMG_5301-1024x683[1].jpg


これは美味しい!体が暖まるし、さっぱり仕上げの上品な味。麺に腰があってダシも醤油ベースで薄口だ。


「ほいほい」

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14023549/



もちろんこのお店で終わるつもりは毛頭なかった。
ハシゴするべし!

昨年(2016年)にオープンした本格麻婆豆腐の専門店「かかん」。

DSC01908.JPG



鉄鍋で提供される、絶妙な旨み&辛みの麻婆豆腐は、季節を問わず締めに食べたくなる。

かかんの本格麻婆豆腐は、小900円、中1,200円、大1,780円の3種を用意。ライスは、小200円、大盛り300円。〆の邦栄堂の中華麺 400円。

大で、大体2人前。でも自分のような大喰らいには、大くらいがちょうどいい。
店員さんが心配するのをよそ目に迷わず大を注文。
こんなん感じが出てきました。

DSC01905.JPG


IMG_5469-1024x683[1].jpg


こ~れは最高にウマい!

麻婆豆腐は大好物なんだが、ここのは本当に美味しい。

比較したりしたら悪いけれど、あの天下の陳健一さんの四川麻婆豆腐より、こちらのほうが安いし、そのCPに合う感じで庶民的な味ですごく美味しいと感じた。こちらは甘口ですね。とにかく本当に美味しい!

なんか通い詰めてしまいそうだ。(笑)
ここの麻婆豆腐はホントにおススメです。

ご飯で食べるのもいいが、さらにおススメなのが 「〆の邦栄堂の中華麺」との合わせ。
もっちりとした存在感のある麺と、麻婆豆腐が絡みあい、ついつい、最後の一滴まで食べ尽くしたくなること必至。

IMG_5488-1024x683[1].jpg


とにかく麻婆豆腐好きには堪らないお店だと思います。

麻婆豆腐は別腹、と新たな気付きを得ずにはいられない、そんなとびきりの満足感ってな感じでした。


「かかん 鎌倉本店」

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14067477/


最後に鎌倉つながりで、鎌倉を題材にした映画がいま絶賛公開中だ。
自分もさっそく初日公開とともに観てきた。


8d4ad554a766fa50[1].jpg


「DESTINY 鎌倉ものがたり」

古都鎌倉を題材にした西岸良平さんの漫画(30年間も連載されている)を実写映画化したもので、堺雅人&高畑充希、主演。

内容は、まさにほっこりファンタジー。心温まる素敵な映画だ。

ほっこり、というのがホントにすごいぴったり合う感じで。あまりに素敵すぎ。そしてつい心に染み入る感じ。自分は50歳過ぎるともう涙腺弱いんだな。涙腺決壊。もう終盤では泣けて泣けて仕方がなかった。

とてもいい映画。久し振りにいい映画を観たと思いました。

もう悔いはない。あとはアジサイの季節にもう一回鎌倉を訪れるつもり。

去年日本最高の古都である京都を3回に渡って十分に堪能できたけれど、京都はやはり遠い。
新幹線代、宿泊ホテル代となると、かなりの高額な旅費になってしまう。

自分が住んでいるこの首都圏で日帰りできる近場で、こんな素敵で歴史ある古都、日本の和が感じ取れる街があるんだから。

もうここまでくると、自分の中では、いまやすっかり鎌倉がマイブームなのです。(笑)






nice!(0)  コメント(2) 

神戸松陰女子学院大学チャペル [教会]

7年前くらいだろうか、なぜクラシック音楽家は教会で録音するのか?というテーマで日記を投稿したことがあって、教会録音、教会音響の魅力について書いたのだが、そのときにたくさんのコメントをいただいた。

ヨーロッパにはそれこそ星の数ほどたくさんの教会が存在するのだが、それはキリスト教という信仰の土台、礎がそこにある訳で、ある意味当然なのだが、そういう基盤がない日本で、クラシックの演奏や録音が、その教会で演奏される、という事象は、なかなか難しいことではないか、と思う。

いまの録音事情は、コンサートホールを使ってのセッション録音、ライブ録音というのが圧倒的で、教会録音をしようとした場合、本場ヨーロッパまで遠征して録音する、ということも多いだろう。

教会で録音された作品は、やはりその響きの豊潤さ、美しさ、残響時間の長さなど独特の美しさがある。

ヨーロッパの果てしもなく天井の高い教会で、それに比例する残響時間の長さたっぷり、そんな教会独特のサウンドである。 

自分の将来の夢に、録音によく使用されるヨーロッパの教会巡りをしたい、というのがある。美しいだけの教会であれば、ヨーロッパならそれこそ無数にある。それじゃだめなのだ。昔から名盤生産基地として名高い、レーベルがよく使うそのような教会にこだわりたい。

ピンキリの教会の中で、そういう教会は、やはりその音響条件などセッション録音するのに録音スタッフ側からすると好都合な要素が必ずどこかにあるはずだと思う。

ベルリンのベルリン・イエス・キリスト教会やドレスデンの聖ルカ教会など、各レーベルがお決まりに使う教会って必ずある。

最近興味が急上昇なのは、諏訪内晶子さんの作品で良く使われているパリのノートルダム・デュ・リバン教会。この教会は、1960年代からエラート・レーベルの録音で使われてきた音響の良い教会で低音に外の車のノイズなのか暗騒音があるが 柔らかくぬくもりのあるような響きが特徴的。5年前にパリに行ったときに、ぜひ寄ってみたいと計画したのだが、礼拝や演奏会などがないと一般公開しないなど、なかなかタイミングが合わなくて難しい。

そういうクラシック録音、演奏などが可能な教会を日本国内で探すとなると、なかなか難しい。

そこでこの神戸松陰女子学院大学チャペルの存在を知った。その頃からぜひ行きたいとずっと思っていたのだが、なにせ神戸にあるので月日がどんどん経過して今に至っていた。

2014年にライプツィヒを訪問して、バッハに纏わる旅行ができた。そのとき、否が応でも鈴木雅明氏&BCJ(バッハ・コレギュウム・ジャパン)を聴く機会が多くなり、そうするとこの神戸松陰女子学院大学チャペルという教会は、彼らBCJの国内での本拠地の教会でもある。(この教会で、もう200回以上の演奏をしている!)

まさに機は熟した、という感じで、この教会で彼らの演奏を聴く、という大義名分が出来て、このタイミング、ということになった次第。 


この日記は、2014年に神戸松陰女子学院チャペルを訪問して、鈴木雅明氏&BCJのコンサートを体験した時に書いた日記である。mixiのほうでは、その当時に書いてアップしたのだが、これをブログのほうに移植したいと思い、現在、この日記を書いている。当時のことを想いを馳せながら、この教会の魅力について迫ってみたいと思う。

ホテルは新大阪にとったのだが、そこから御堂筋線で、大阪梅田に出て、そこから阪急神戸線を使って阪急六甲駅に行く。


教会はここにある。六甲駅から結構歩く。15分くらいだろうか。
厳しかったのは、ずっと心臓破りの坂を山側に登っていくことだ。教会は標高の高いところにある。これはかなりキツかった。歩いているうちに足が棒になる感じ。

そしてようやく教会に到着。
教会は、神戸松陰女子学院大学の女子大の中のひとつの礼拝などをおこなう教会という位置づけの施設で立っている。

つまりチャペルは学校や施設内などに建てられている礼拝堂のこと。

だからこの女子大のキャンパスの中にあるのだ。

この大学は、キリスト教主義のミッションスクールで私立大学の女子大。
キャンパスは、レンガ色の美しい山の手キャンパスという感じで、本当に清楚で美しいキャンパスであった。

歩いていく内に大学に遭遇。
25940505_2121724104_153large[1].jpg
                                                                                                                                           
ゲートはクリスマスモード。
25940505_2121724102_123large[1].jpg


そこで、守衛さんの窓口(写真の右側です。)がいて、

ノンノン「BCJの公演に来たのですけど、チャペルってどこですか?」

守衛さん「その目の前にあるそこだよ。でも公演は3時からだよ。(驚)」

そう!相変わらず、1番乗りにしないと気が済まない性格で、大学についたのは12時くらい。(爆笑)

ノンノン「中で待っていてもいいですか?椅子とかもあるし。」

守衛さん「いやぁぁ、ここは基本は女子大なんで、中を男性がフラフラしていると不審者みたいでまずいんだよねぇ。」

ノンノン「はぁぁぁ?」

教会の前で待っていようと思っていたが、全く思いもよらないアクシデントであった。写真撮影だけ許可をもらって、あとは結局大学の前のマンションの駐車場のところのタイヤを止めるレンガのところに腰かけて、時間をつぶしていた。

それでは写真撮影したものをご覧にいれよう。誰もいないショットで貴重である。(いつもそのために1番乗りするのだ。(笑))

これがチャペル(教会)。
25940505_2121724105_220large[1].jpg
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
25940505_2121724107_50large[1].jpg                     

25940505_2121724108_211large[1].jpg
ここがゲート。なにか美しい品がありますねぇ。

25940505_2121724089_22large[1].jpg
ヨーロッパの教会にありがちな壮麗華美な外装デザインと違って、どこかベルリン・イエス・キリスト教会のようなプロテスタント系のシンプルなデザインがよい。

右側に建っている塔の上部をご覧いただきたい。
25940505_2121724096_162large[1].jpg


これはカリヨンと呼ばれているもので、14個の鐘がコンピューター制御でオルガン曲や聖歌などを奏でるのだ。

ついでに大学のキャンパスもご紹介しよう。
キャンパスは大きすぎて、フレームの中にうまく入らなくて、構図がいまいちなのだが、ご勘弁願いたい。

チャペルの色もそうだけれど、キャンパス自体も全く同じレンガ色で統一されていて、全体のシルエットとして清潔感があってとても美しいキャンパスだ。

25940505_2121724099_68large[1].jpg
                                                                                                                                                                                 

25940505_2121724101_145large[1].jpg
                                                                                                                                                                                                        

25940505_2121724097_162large[1].jpg                                                   
                                                                                                                                                                                        
25940505_2121731554_233large[1].jpg
                                                                                                                                                       
ここが食堂みたい。
25940505_2121724090_50large[1].jpg
                                                                                                                                                      
なぜか、その前のベンチに熊さんが....
25940505_2121724093_192large[1].jpg
                                                                                                                                                    
教会の前は休憩できるようになっていて、こんなスペースが。
25940505_2121724095_178large[1].jpg
                                                                                                                                                        
この頃になるとBCJのメンバーが続々とキャンパス入り。そしてチャペル内で、リハーサルを開始した。鈴木雅明氏や、優人氏の姿も見えた。否が応でも緊張感が湧いてくる。

そしていよいよ開場の時間になって、教会の中に入る。
25940505_2121724082_198large[1].jpg


25940505_2121724085_182large[1].jpg
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
25940505_2121724084_231large[1].jpg
                                                                                                                                                         

25940505_2121724078_47large[1].jpg
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
25940505_2121726215_113large[1].jpg
                                                                                                                                                    
椅子はこんな感じ。
25940505_2121724080_146large[1].jpg
                                                                                                                                                       
                                                                                                                                                         
礼拝堂の祭壇の上方部にステンドガラスが配置されている。姫路在住の立花江津子さんによる作品で、祭壇上部に「復活のキリスト」があって、それに向かって、礼拝堂を一周してその絵巻が展開される。

これが「復活のイエス・キリスト」
25940505_2121724081_225large[1].jpg
                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                      
こちらが礼拝堂の後方に設置されているパイプオルガン。18世紀パイプオルガンの響きを再現したい、ということで、フランス・クラシック・オルガンが選ばれている。

25940505_2121724086_145large[1].jpg
                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                         
このオルガン建造家としてフランス人のマルク・ガルニエ氏が選ばれて設計に携わっているようだ。(東京芸術大の奏楽堂もこの人のデザイン!)

そもそもこの教会の設計時にヨーロッパの有名教会(約90箇所!)の現地調査をおこなって、チャペルの音響設計をおこなった、というから筋金入りだ。このガルニエ氏と竹中工務店が施工の中心メンバー。

写真を見てもわかるようにチャペル自体の形状は、パイプオルガンの音が天から降り注ぐように反射音の流れをコントロールするように形作られている(特に天井)。天井で拡散された音が適度な時間遅れで聴衆に届くように。

またオルガンって、超低域の低い低音から高音まで広帯域の音を発生するので、この容積のタテ・ヨコ・タカサ比次第で、低音のこもり、というか共鳴が起こる問題があって、それを解決できるように寸法比を決めているそうだ。

この教会内部に入った時に特に面白いと思ったのは、写真を見ても分かるように、天井から側壁にかけて棒状のものが放射状に配置されているデザイン。

これは切り妻型の天井というもので、オルガンからの反射音を拡散させるもの。こういうデザインの内装の教会を観たのははじめてだ。

同様に写真を見てほしいのだが、その切り妻型の棒が側壁に設置しているところの表面がザラザラしているのがわかるだろう。

教会音響のポイントは、低音域の残響特性がほぼ平坦で、いかにブーミーな低音の響きを抑えている仕掛けをしているところにある。

そういう教会は概して音響が素晴らしいのだ。

ヨーロッパの教会に多くみられる高い天井に嵌め込まれたステンドグラスや木部などがそういう役割を果たしている。

この教会のこの側壁部分のザラザラ部分のスリットは、そういう問題を解決する低音域吸収や残響調整用のレゾネーターとしての仕掛けになっているところだ。

こうしてみるとヨーロッパの教会の構造を研究し尽くして、その工夫がこの礼拝堂に隅々まで行き届いているのがよくわかる。

実際自分の耳で聴いてみた印象は、まず空間の暗騒音は、澄み切った感じの空気感で静寂そのもの、S/Nが良さそうな感じだ。非常にライブな空間で、残響時間は3秒はあるだろう、という感じだったが、実データは満席時で、2.6秒だそうだ。

特に声楽関連の響きはじつに重厚感があって、素晴らしくて、その合唱の声の厚みは、バロック時代の古楽器の音色を遥かに圧倒していた。自分は、ここに一番感動した。

既述のように音響設計の工夫もあって、音色の帯域バランスも偏りがなくて、空間を長い時間漂うその響きはじつに美しい。


さて、こんな素晴らしい教会で、鈴木雅明氏&BCJのチャペルコンサート。
今回が第232回目の演奏会ということで、この教会を育んできた人たちと言えるだろう。

今回の演目は、17世紀に大きく開花したイタリア音楽の様式をドイツに持ち帰り、ドイツをヨーロッパ音楽の主流へと導いたハインリヒ・シュッツのダビデ詩集歌集からの演目。

演奏をする前に、必ず鈴木氏自身がMCをするというスタイルで、観客との距離感がすごく近くてアットホーム的な雰囲気でよかったと思う。
25940505_2121724079_54large[1].jpg

演奏のレベルも高く、素晴らしいの一言。何回も言っているが、その圧倒的なパートを占める声楽の部分が、じつに素晴らしくて感動であった。

2014年当時想っていたことは、鈴木雅明&BCJという演奏家は、実際長年に渡って彼らが成し得てきたその実際の業績に対して、日本内での評価が十分ではないというか、過小評価ではないか、ということだった。逆に海外での彼らの評価は高い。

でも前言撤回、いまでは十分な国内での高評価を受けていると思うし、BISレーベルとの長年の大作の「教会カンタータ全集」の完成もあってバッハ演奏のひとつの頂点を極めた。そこからさらに邁進を続けている彼らの姿は求道的でもある。
 


この教会カンタータ全集の録音の全録音をしたのも、この教会。この教会なくして、この大作は生まれていなかった、と思うと、やはり一生に一度は、この教会でのチャペルコンサートを経験できたことは、垂涎の経験だったと思う。

 







nice!(0)  コメント(0) 

エディット・マティスの近況 [オペラ歌手]

スイスの歌姫である我が永遠のディーヴァ、エディット・マティスの初のベスト作品集がDGからCD7枚組として発売される。来年の2月11日に80歳の誕生日を迎え、それに合わせて記念発売だ。

これは嬉しいこと極まりない。
久々の自分にとってのビッグニュース!

マティスは、1960~1990年代に活躍したソプラノで、ドイツ圏のソプラノとしてはトップクラスの美貌、それもどちらかといえば愛嬌のあるルックスが大きな魅力で、初来日時の人気ぶりは今なお語り草になっている。


「とにかくキュートで可愛い!」というのが当時のマティスの大きなインパクト。


若いときはもちろんのこと、歳を重ねていってもその可愛らしさは、相応で兼ね備えているから、まさに理想的な歳のとり方かも?

彼女の声質もとても清澄なところに特徴があって、歌い方も新鮮で、新風を巻き込んだと言って過言ではない。 

220px-Edith_Mathis_1969[1].jpg

1969年当時のエディット・マティス

もちろん自分はリアルタイム世代を知らないので、後世に知ってずっと憧れていた、そんなディーヴァだった。


1938年にルツェルンに生まれ、ルツェルンの音楽大学とチューリッヒの音楽大学で学び、ドイツ語圏を代表するソプラノ。

在学中の1956年にモーツァルトの歌劇「魔笛」でデビュー。レパートリーは、やはりモーツァルトが中心で、ほとんどの役を歌っている。その他にもバッハを始め宗教曲を得意としている。


マティスのずばり得意とした分野は、ドイツ歌曲や宗教音楽、モーツァルトを中心としたドイツ・オペラの世界。

そこには、イタリア・オペラのプッチーニやヴェルディといった華やかさ、ワーグナーのような力強さのような持ち味はないかもしれない。

そういった点で、メジャーで派手というイメージの歌手ではない。

確かに、いまどきのオペラ歌手のような圧倒的な声量&声色コントロールで、観客を魅せて圧倒させる、というようなこれ見よがしのパフォーマンスはないかもしれない。(たとえば彼女自身、コロラトゥーラは歌えないと言っている。)

でもマティスには、その当時の古き良き時代の奥ゆかしさの魅力がありますね。なんでもウマければいい、というものではないと思います。その当時の時代ならではの品格があると思う。

声に硬質な芯があり、明暗をはっきりさせた楷書風の歌い方なので、ドイツ語のかっちりした響きとぴったり合致する印象があります。テンポを過剰に動かしたり、これ見よがしに技巧をひけらかしたりすることは皆無で、作品そのものを誠実に再現する。


そして40代のマティスはオペラを卒業し、ドイツ・リート(歌曲)をよく歌うようになる。

50歳を過ぎてから歌唱法が変わり、声も表情も明るくなっていく。齢を重ねて声が衰えるどころか、ますます美しくなっているのである。

リートを歌うことの重要性については、マティスは、かつてインタビューでこのようなことを言っていた。

「それと重要なことは、私がリートやオラトリオを非常にたくさん歌ってきたことです。オペラだけの歌手は安定した声のフォルムを維持することが難しいのですが、コンサートで歌うことによって矯正できるのが、大きなメリットです。リートでは、いかに大声で歌いまくるかというのではなく、声楽的にも、解釈においても芸術的な洗練ということをつねに意識しないといけないからです。リートはピアノ伴奏だけではなく、オーケストラ伴奏の場合でも事情は同じです。オラトリオ、カンタータもきちんとしたテクニックの詰めが要求されますからね。」

自分は、この晩年のリートを歌っていた頃のマティスの声が最高に輝いていて、ますます彼女の魅力を大きなものにしていたように思う。

心に浸み入ってくるような深い味わいのシューマンや、ブラームスといった作曲家の歌を聞かせてくれる、そんなリートの奥の深い世界を表現できる、そんな歌手だったと思います。

インタビューを受けるマティスは、語彙が豊富で、明晰な表現、豊かな経験に基づいた話の芯がしっかりしている感じで非常に聡明な女性のような印象を受けます。



以前にも日記にしたかもしれないが、自分にとって、マティスを永遠のアイドルとならしめたものは、シューマンの「女の愛と生涯」。 

3db982514a91a79f94b47d49b49a6f755B15D[1].jpg




いまは廃盤で、ほとんど中古市場でも目にすることのない大変なプレミア盤。
この「女の愛と生涯」で、これは!という感じで自分の感性を満たしてくれる決定盤はなかなかお目にかかったことがなく、ゴローさんの日記でマティスの存在を知った。

ただこの盤は、全集の中の1枚として組み込まれていて、単売では売られていないものだった。
これを入手するのが大変だった。中古で探し回った。世界のアマゾンや中古ディスク店など。

そうしてようやく見つけた!米アマゾンにあったし、御茶ノ水のディスクユニオンの棚で偶然見つけたときは、思わず手が震えた。

恐る恐るトレイに乗せて出てきた声は、それはそれは、心に浸み入ってくるような深い味わいの妖艶な声で、この曲にかける自分の長年の想いを遂げた気分になったし、十分に満足させてくれた。

いまも宝物である。

それからマティスのディスクを買い漁ろうと、いろいろ調べてみるのだが、これが不思議なことに、じつはほとんどあまり存在しないのだ。いままでの劇場出演の経歴の多さから比較すると、録音が圧倒的に少ないと思う。

ほとんどが廃盤という形で、ほとんど手に入らなかったものが多く残念な想いをしていた。



エディット・マティスは、リートの録音があまり多くなく、一般的にはオペラのスブレット役や宗教曲の歌手というイメージがある。でも彼女はアーメリングやアーリーン・オージェ、ルチア・ポップ、バーバラ・ボニーなどと並び、歌曲演奏の叙情的な側面の魅力を最も開花させたリート歌手とも言われているのだ。

正統派ドイツ・リートにおいて彼女の存在はとてつもなく大きい。

リート歌曲で残されている録音は、このシューマン&ブラームスの歌曲集のみ。(あとはモーツァルトの歌曲集があるかな?) 


904[2].jpg

シューマン:歌曲集、ブラームス:歌曲集 
マティス、ワイス


https://goo.gl/tmF9jS

これがじつに最高!

録音当時50台後半とは思われるのだが、彼女の声の美しさはキープされていて、高音から低音まで表現にほとんど無理はない。マティスの魅力が存分に味わえる。



自分の最高の愛聴盤なのだ。このシューマン&ブラームスの歌曲集と、シューマンの「女の愛と生涯」を、NASに格納して、PCオーディオとして、流し再生してよく聴いている。


そうやってマティスのCDが欲しいなぁとずっと恋焦がれていたときに、このビッグニュース!

これは、まさに最高の自分へのプレゼント! 

601[1].jpg



Mathis CD.jpg

 

エディト・マティスの芸術(7CD)

https://goo.gl/tSvfmr


マティスの1960年代から1982年までの録音を網羅したもので、バッハのカンタータの抜粋と「マタイ受難曲」(カール・リヒター指揮)、「フィデリオ」「ばらの騎士」、有名なカール・ベームとのモーツァルト、カルロス・クライバーとの伝説の「魔弾の射手」録音、小澤征爾とのベルリオーズの「ファウストの劫罰」、ヘンツェの1965年のオペラ「若き貴族」で演じた役など、すべて網羅!

クリストフ・エッシェンバッハとのシューマンの歌曲の全曲録音も含まれているし、また、カール・エンゲルのピアノ伴奏によるヴォルフの「イタリア歌曲集」(抜粋)はCD初発売!


この収録曲のリストを見たら、長年マティスのCDが欲しかったのに、入手できなかったファンにとっては、涙が出て止まらないといったところだろうか。

もう最高のお宝集となること間違いなしだ。

入手したら、じっくり聴き込んで、改めてレビューの日記を書きたいと思っている。


マティスのプロフィールの書かれたサイトの画像を見るとどれもかわいい。
若い頃の写真もかわいいけど、年をとってもかわいいのだ。


マティスは、やっぱり「キュートで可愛い!」。



美しい歌声と恵まれた容姿。自分はもちろんリアルタイム世代を知らないので、こうやって後で振り返って調べて知るだけなのだけど、全盛期の頃に、そのキュートな愛くるしさで人気を博したことが、その写真やYouTubeの画像を見てもとてもよく理解できるのだ。


ちょっとその写真を、ネットからの拾い絵だけれど、オンパレードしてアップしてみよう。

来日した時のソプラノ・リサイタルかな?日本語の字幕が。

14f26c6aab9b1f92c22db3cacfe220e3[1].jpg


マーラー4番のソリスト・バーンスタイン指揮ですね。
マティスはカラヤンともマラ4をやってます。このときカラヤンが指揮を間違えたことは有名な話です。

e0022175_20365753[1].jpg
                                                     
                                                      
e0022175_20495371[1].jpg

                                                      

マティスの18番のモーツァルト、フィガロの結婚ですね。
                                                       
e0022175_1025186[1].jpg
                                                       
                                                       
o0171024013805519115[1].jpg
                                                        
                                                       
                                                       
そして晩年ですね。CDのジャケットになってしまいますが、でも歳を重ねてもその上品さが滲み出てきます。
                                                       
62c410b4f94dc7f016f6a0766dd2fbd0[1].jpg
                                                       
                                                       
XAT-1245249394[1].jpg
                                                       
                                                       
200x_P2_G1126547W[1].JPG
                                                       
                                                       
51r3kGVxG1L._SL500_SX355_[1].jpg
                                                       
                                                       
これは、また逆戻りで、1番若い写真ではないかな?
                                                       
25293_5[1].jpg
                                                       
                                                       
そんなマティスに大きな悩みがあって、歯並びが悪かったのだそうだ。(笑)
こればっかりはねぇ。彼女なりに大いに悩んでいたのであろう。
映像などで顔のアップが映ったりすると、前歯を極力見せないように歌っていたりしていたそうだ。(本当かどうか不明だが。(笑))

それでも50歳過ぎてから、歯の矯正をおこなったようにも思える。
上の画像が、40代の頃。下の画像が54歳のときだそうだ。
(ネットからの情報なので、確かではありません。あしからず。)
                                                       
20100221223026[1].jpg
                                                       
                                                         
20100221223027[1].jpg
                                                      
それでは、今度は動画のYou Tubeで!
なんか可愛くて美声でアイドルみたいです。

モーツァルトのフィガロの結婚

                                                      


                                                              

そしてバーンスタインのマーラー4番でのソリスト。   

                                                       


                                                               

魔弾の射手 ウエーバー

                                                        


                                                            

また得意の18番のモーツァルトで魔笛です。この演目でオペラ界デビューです。  

                                                       


                                                         

そして晩年でオペラからリートに軸足を移しての映像。R.シュトラウスの歌曲。1991年の映像です。 

                                                       


                                                      

                                                      

現在80歳になろうとしている。いまはどうされているのだろうか。。。?
あの可愛らしい容姿はどんな感じになっているのだろうか?

ネットでググってみると、2009年から2014年にかけて、日本には、公開のプライベートレッスンという形で未来の日本の歌手たちの歌のレッスンをしているニュースが散見された。

そこには、なんと2014年のマティスの近影が映っていた!
(「お耳ざわりですか? 伴奏者 石井里乃の回想さん」のブログから拝借させていただいております。歌手がご職業の方なんでしょうかね?)

e0119516_23194314[1].jpg

なんと!あの頃のキュートな若々しさは決して輝きを失っていなかった。
あの頃の面影は十分にうかがえた!


いろいろなレッスンでのマティスの教えをピックアップしてみる。

マティスが受講者たちによく言っていたのは、フレーズがどこに向かっているのかを意識して歌うようにということ。つまり、1つのフレーズの中ですべての言葉が同等に重要なわけではない、大切に歌う目的地を目指してアーチを描くように(マティスは"Bogen"という言葉をよく使っていた)歌いなさいというのだ。


「そこでブレスを入れてもいいけれど、本当は入れずに歌う方がもっといいのではないか」「私だったらこう歌うけれど、そうしなければならないということではなく、最終的にあなた自身の歌い方を見つけてください」とも言っていた。

歌手の基本的な弱点を修正すると共に、歌い方を強制するのではなく、こういう方法もありますよとヒントを与えるという穏やかで真摯なマティスの姿勢。

う~ん、ある到達点&頂きに達した人でないと、すんなり出てこない悟りのお言葉・・・素晴らしいのひとことです。


グルベローヴァも70歳で衰えたなどと散々に言われながらも、現役で頑張ってくれているんだから、マティスも80歳でサプライズでステージに立って歌ってくれないかしら?と思ったり。



さきほどの近影を伺うと、決してステージに立っても華は失われていないと強く確信しますよ、ホントに。



どんなに衰えてもファンは嬉しいもんなんです。





nice!(0)  コメント(0) 

日本イザイ協会 [クラシック作曲家]

自分はイザイの熱心な聴き手とは言えなかった。縁があって、日本イザイ協会の存在を知って、協会主催のコンサートに招待をいただき、先日の土曜日に伺った。

素晴らしかった。

超絶技巧のイザイらしい超難関な曲で、演奏者の方々がじつに大変のように感じた。

見ていて、本当に息をするのを忘れてしまうかのような切羽詰まるような熱演だった。

コンサートのほうは、後述に。

イザイのイメージはヴァイオリニスト&作曲家で、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを強く意識した「無伴奏ヴァイオリンソナタ」がよく演奏され、エリザベート国際王妃音楽コンクールの課題の常連である、ということ。


そう!イザイはベルギーの作曲家なのだ。

イザイ肖像画.jpg



自分の運命の中で、やはりどうしても避けられない、縁のある作曲家なのかな?という意識し始めたのがつい最近のこと。


そこでイザイのことをいろいろ調べてみると、とても興味深いことの連続で、設立されてまだ間もない日本イザイ協会の地道な活動&広報活動に心打たれた。


イザイの曲を聴いたのは、自分でも稀にしかなくて、最近ではアリーナ・イブラギモヴァのイザイの無伴奏ソナタ。

イブラギモヴァは、ご存知、バッハの無伴奏でブレークした人なので、バッハを取り上げたなら、その延長線上にあるイザイの無伴奏を取り上げるのも必然だったと思える。

素晴らしい演奏と超絶優秀録音だった。

彼女の演奏を聴いていても、イザイの曲は、かなり演奏するのが難しいストイックな印象を持っていた。

そんなイザイだが、ちょっと自分のためと紹介もかねて、簡単だが略歴を書いてみる。




ベルギーのヴァイオリニスト&作曲家(指揮者)。


幼少時にヴァイオリンの教育を受けて、ベルギーのリエージュ音楽院に進む。音楽院卒業後、ベンヤミン・ビルゼの楽団(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の前身)においてコンサートマスターを務めるかたわらソリストとして演奏活動を行う。

その後、自分の冠の弦楽四重奏団を設立したり、そして指揮者としても活動した。(シンシナティ交響楽団)

晩年、ブリュッセル音楽院の教授に就任。後進の指導に力を入れた。

没後の1937年からはイザイを記念した「イザイ国際コンクール」が開催され、これがあの有名なエリザベート王妃国際音楽コンクールの前身となった。



イザイは、ベルギーのクラシック音楽界の英雄なのだ。



演奏家としては、イザイというと、とにかく”超絶技巧”といった高い技術と説得力のある表現で有名な演奏家で、作曲家としてもヴァイオリンの作品を中心に残している。

エリザーベト国際王妃音楽コンクールの常連とはいえ、このコンクールで弾かれる「無伴奏」を除いては、未だに演奏機会は少なくて、作品の演奏がおしなべて困難であることもあって作曲活動の全貌は明らかになっておらず、いまだに全集の編纂すらない。


そういった背景もあって、イザイの知名度は、世間一般的には、そう高くはないかもしれないけれど、そんな彼の活動を地道に世に広めていこうという団体が現れた。


北九州出身、在住のピアニストの永田郁代さんが2010年に「日本イザイ協会」を設立した。

協会の本部は北九州にある。そして会長として多彩な活動に奔走している。


「もっとイザイが演奏され、身近に感じられるようになってほしい」と考え、その素地を築くためにこぎ出した。


活動の柱のひとつが演奏会。


地元北九州をはじめ、ブリュッセルとの交流など。若手の演奏家がイザイを演奏する機会もふんだんに与える。そして先日のコンサートでもわかるように関東にも進出!

日本イザイ協会のサイトやページなどを閲覧してみると、今年だけでも、その活動はとても魅力的だ。


イザイの学んだリエージュ王立音楽院図書館を訪問して、イザイの自筆譜の数々が所蔵されていることを報告。その自筆譜複写、イザイによる奏法説明、エチュードなどを協会HPにアップロード。


リエージュ王立音楽院.jpg
(C)日本イザイ協会FB公式ページ



また9月には4日間に渡って、イザイを特集した国際音楽祭がベルギーのクノック・ヘイストで開催された。

音楽ディレクターはヴァイオリニスト・フィリップグラファン。

イザイの弟子ジョセフ・ギンゴールドの弟子で、孫弟子となる彼は、内容の違う1日2回コンサートとマスタークラスをおこなって、感動的な演奏で全ての聴衆を魅了したそうだ。そんなリアルな現場レポートを写真付きで日々アップしていた。


イザイ国際音楽祭.jpg
(C)日本イザイ協会FB公式ページ


秘密のベールに包まれたイザイの情報を、こうやって現地ベルギーに赴いて、生まれ育ち活躍したその地から直に取得して、貴重で生々しい情報を報告する、そんな組織など、いままでになかったであろう。協会としての存在価値、存分にフル回転している。


特に自分が、興味を惹かれたのは、イザイの自筆譜。


イザイの自筆譜.jpg
(C)日本イザイ協会FB公式ページ



ピアニストの永田さんがイザイにのめり込むようになったきっかけが、2010年に東京で企画したショパン200周年記念公演。

ピアノ曲で有名なショパンだが、永田さんは趣向を変えてみて、室内楽作品を演奏できないか、考えた。

適切な曲がなかなか見つからず、母校の桐朋学園大の同窓会などを通じて、ほうぼう探したところ、米議会図書館に、ショパンの「バラード第1番」をヴァイオリンとピアノの二重奏に編曲した楽譜が残されているのが分かった。


その編曲者こそ、イザイだった。


イザイによる自筆譜は、判読不能な箇所も多く、すぐ演奏に使える状態ではなかった。

それを永田さんは校訂作業を進め、手がかりを求めてイザイの遺族に会うなど手を尽くすうちに、魅力あると確信してのめり込んでしまったらしい。


「個人でいくら叫ぶよりも、組織を作って普及させるのが、1番の道。」

と協会設立に至った。


協会の役員の名前を拝見すると、さすがスゴイ。
永田さんへの信頼関係の深さ、そして血と汗の努力の結晶の跡がうかがえる。

名誉顧問としてイザイの遺族。そして自筆譜校訂に携わった徳永二男さん。その他、自分が存じ上げている演奏家の方を拾ってみても、木野雅之さん、小林美恵さん、渡辺玲子さん、江口玲さん、三舩優子さん、川本嘉子さんなど蒼々たるメンバーが顧問として名を連ねている。(もちろん小森俊明さんなどイザイ研究に造詣の深い見識者の方々なども多数。)

そんなつい最近設立されて間もない日本イザイ協会の存在、活動を知って、知名度があまりない、世間のみなさんがまだあまり着目していない、そこに、これからの可能性、開拓心を強く感じたのである。

先日行ってきたその日本イザイ協会主催のコンサート。

日本イザイ協会特別企画第1弾として、「向山佳絵子+伊藤悠貴 チェロ DUO リサイタル」が、かつしかシンフォニーヒルズのアイリスホールで開催された。

コンサート.jpg



ここのホールははじめて体験したが、とても品格のあるセンスのいいホールだと思った。
内装空間がとても美しい。響き過ぎでもなく、デッドでもなく、中庸な趣きの室内楽向きのホールだと思った。

DSC01851.JPG

イザイは、ヴァイオリンだけでなく、幼少の頃は、チェロも習っていた。今回はそんなイザイのチェロに纏わる演奏会であった。

バッハ、イザイの無伴奏チェロの曲の定番はもちろん、バリエール、ポッパー、そしてパガニーニのモーゼ幻想曲など、ほとんどあまり耳にしたことのなかった無伴奏チェロの曲を聴けたのは貴重な体験だった。

選曲は、向山さん中心に進められたようだが、特に最後のパガニーニの曲は、ウルトラ超難関の超絶技巧の曲をチェロ2本で奏でる、という思わず唸らされる、見ていて、本当に心臓が痛くなる感じで、ブラボーの一言。まさに演奏者泣かせの曲だった!

向山さんがスゴイのはもちろんのことだが、伊藤悠貴さんの演奏をはじめて拝見した。

向山&伊藤Vol.2.jpg



輝かしいプロフィールに、女性に人気の出そうなイケメンで、スピーチを聞いてもとてもナイスガイ、言うことなし(笑)。

そして演奏も切れ味があって弾力性のあるパワフルな演奏スタイル。来年2018年にはロンドンのウィグモアホールでのリサイタル・デビューが決まっているそうだ。

期待のスターですね。


来年は、イザイ生誕160年。素晴らしい記念行事イヴェントも期待できそう。

来年も東京文化会館の小ホールで、この日本イザイ協会特別企画第2弾のコンサートが決まっているそうである。さらに本格的なイザイのコンサートになる。楽しみである。

自分にとって、予想もしなかった出会いであるが、これをきっかけに注目、勉強していきたい作曲家と思ったのである。


日本イザイ協会は、HPやFBの公式ページで拝見することが出来ます。


日本イザイ協会  http://ysayejapan.com/








nice!(1)  コメント(0) 

世界の朝食を食べさせてくれるお店 フィンランドの朝ごはん [グルメ]

フィンランドはサンタクロースが住む国。いまの季節にぴったりだ。ちょうどその絶好のタイミングでフィンランドの朝ごはんを特集してくれた。またフィンランドは、ムーミン発祥の国でもある。自分にぴったりだ。(笑)

ムーミンに出てくる彼女であるノンノンからハンドルネームをもらった。(いまはノンノンではなくフローレンらしい。)

飯能にムーミンパークセンターができるらしいので、ちょっと冷やかしに行ってみたいと思っている。

フィンランドの夏は短く白夜となって夜遅くまで明るく、逆に冬は長くて一日のほとんどが夜になる。短い夏を出来るだけ楽しむ、そして長い冬を快適に過ごす、というのがフィンランドの人たちの生活の知恵だそうだ。

そんなフィンランド人の朝ごはんを紹介する。

DSC01855.JPG


寒くて小麦がよく育たないため、寒さに強いライ麦が作られていて、朝ごはんにはライ麦で作ったパンを数種類食べる。

今回の朝ごはんの主食は、「カルヤラン・ピーラッカ」。フィンランド人の国民食なんだそうだ。
写真の一番目立つ2枚からなるもので、ミルク粥をライ麦の生地で包んだパイに卵とバターで作るムナボイをのせていただく。

ミルク粥はほぼ無味、ライ麦の生地パイは固くて、その上に乗っている卵とバターから成るムナボイが唯一の味付けアクセントになっている感じ。日本人の味覚からすると、とても不思議な食感。



この連載をやってきて、もうだいぶ経つけれど、思うのは、やはり日本人が美味しいと思う舌の味覚と世界の国々の人の舌の味覚と随分違うもんだよなぁ、と感じること。

自分の好みに合わないからと言って、美味しくないとは書けないし、そこは舌の価値観&慣習の問題。”不思議な食感”としか書きようがない。

やっぱり塩味、脂っけ、化学調味料、そして日本の調味料キラーと言っていい”醤油”。こういう濃い味を美味しいと思っている国民性なので、こうやって世界の朝ごはんを食べてきて思うのは、みんな自然食、自然の味付けで健康食だという印象が多いかなぁ。世界の朝ごはんは、カロリーは随分低いんじゃないかな、と思うよ。


ワンプレートには、その他に、クリスマスシーズンによく食べられるビーツと根菜のサラダの「ロソッリ」やサーモンの塩漬けやチーズが盛り合わせられた。これは普通に美味しかった。


そしてフィンランドのデザート、「パンヌカック」。

DSC01860.JPG



これは激うま!だった。

オーブンで焼いて作る四角いフィンランドのパンケーキで、ベリージャムとホイップクリームつき。
パンケーキはホワホワでスポンジケーキみたいで、それとジャム&クリームの相性が抜群。

これは最高でしたね。


フィンランドは、音楽旅行ではなく、ぜひ観光だけで行ってみたい国。
やっぱり夏が素敵かな~。

そんな想いを馳せるひとときであった。





nice!(0)  コメント(0) 

早稲田大学 1ビット研究会 [オーディオ]

早稲田大学で、年2回開催される「1ビット研究会」。

今回で16回目ということなので、8年目ということだと、スタートは2009年ということになる。意外と新しい歴史なんですね。

今は教授の職を定年退官されたのだが、早稲田大学でデルタシグマ(ΔΣ)を含むさまざまな研究をしている山崎芳男先生という方がいらっしゃる。その山崎先生が早稲田大学を中心として、「1ビットオーディオ研究会」という組織を作った。

この「1ビットオーディオ研究会」は、年に2回「1ビット研究会」という研究発表会を開いていて、一般の人も聴講できる。

発表会に「オーディオ」の文字が入らないのは、現在の1bit(ΔΣとその他の1bit技術を含む)技術はオーディオに限らず、組み込みマイコンのA-Dコンバータや、電波の変調など様々な分野に応用されているからだ。


この日も、山崎先生はパネラーとして登場された。

どのパネラーの方も、必ず山崎先生のことに言及して、敬意を表する感じなので、最初、山崎先生って何者?(笑)という感じで、後で帰ったらネットで調べてみようと思い、そういうことだ、ということを認識できた。

この世界、いかに自分が狭い世界、見識なんだろう、ということだ。(笑)

今日開かれたのは、早稲田大学 理工学部の西早稲田キャンパス 55館。

DSC01682.JPG



ちょっと話しかけてみたが、大学生って、本当に初々しいし、世間の荒波を生きてきた自分にとっては、なんと純粋な生き物なんだろう?と思った。話したら、わかるのだ。社会に出て30年生きてきたのは伊達ではないと思ったよ。(笑)

会場は、第1会議室。

DSC01689.JPG




きちんとデモの準備もされていて、否が応でも期待が高まる。

プリもパワーもアキュフェーズだ。プリの上に、USB-DACがちょこんと乗っている。1bit再生で使うDAC。DSD11.2MHzまで対応できるRMEのADI-2 ProというDAC。いま個人的に、もうひとつ欲しいDACなのだ。


1ビットオーディオに関しては、自分の頭は前職時代に接していた1992~1999年あたりの技術でまったく止まっているので(笑)、その後世の中どのように変わっているのだろう?ということで興味津々だった。

正直、1ビット信号処理そのものの進歩というよりは、その世界はあくまで変わっていなくて、その1ビットを応用利用した研究、製品紹介など、どちらかというと応用分野が盛んなのかな、という印象を抱いた。


13:00~18:00という長丁場であったが、受けてみた印象は、全然ハードでなく、かなり面白かった。時間が経つのがあっという間だった。

これなら年2回なら定期的に受講してもいいな、という印象だった。

今日の発表テーマは、下記の通り。


(1) 国内オーディオ市場の現状とハイレゾを含むオーディオ協会の考え方
  校條亮治 (一般社団法人 日本オーディオ協会 会長)

(2) 高速1ビット伝送技術の応用 ~リアルタイム伝送と J アラート~
  山﨑芳男 (早稲田大学名誉教授 / 東京都市大学教授)

(3)「PrimeSeat」における世界初 11.2MHz / 1bit ライブストリーミング配信
  大石耕史 (株式会社コルグ 執行役員 / 技術開発部 部長)
  冨米野孝徳 (株式会社インターネットイニシアティブ 経営企画本部 配信事業推進部 担当部長)
  西尾文孝 (同社 経営企画本部 配信事業推進部)

(4) 高速 1bit 信号を用いた大規模三次元音場再現システムと身体的音空間知覚研究
  池田雄介 (東京電機大学)、山中悠勢・久世大 (元早稲田大学)、竹内大起・及川靖広 

(5) 津田塾大学&早稲田大学で教えている音楽理論の面白さと、新レーベル設立について
  麻倉怜士 (オーディオビジュアル評論家、津田塾大学 / 早稲田大学講師)


自分は、(3),(5)狙いだった。(4)が学術的に基礎研究分野という感じでためになるかな、という期待だった。しかし予想を超えて全部面白かった。

では、(3),(5)を中心に各テーマについて、簡単に印象も踏まえて述べてみようと思う。

(1) 国内オーディオ市場の現状とハイレゾを含むオーディオ協会の考え方

マーケティングの話ですね。こういう話に接する機会もあまりないので、いま世の中がどのようなマーケット市場になっているのか、ハイレゾという切り口で説明するのは面白かった。

自分は正直オーディオ協会というところは、お役所的な感じで、あまりいい感じを持っていないのであるが(やっぱりこの世界は、現場が重要。)、こういうまとめ的見解では、彼らの存在意義、長所が際立つと思いました。

校條会長自ら登壇された。

いまのオーディオマーケット。

* ヘッドフォン、イヤフォンのインナーカテゴリーは成長したが、正直頭打ち状態。
* 据え置き型カテゴリーは、一定化しているが、CDプレーヤーは終息方向。
* アナログプレーヤーは急激に伸びていて、マスコミによるアナログブームという報道もあるが、
 正直コンテンツ不足の感否めない。意外に伸び悩み。

 新譜が少ないし、まっ国内でもプレス工場も少ないしね。(ソニーがアナログプレスを開始した
 ニュースがありました。)

* カーオーディオのマーケットはデカい。5411億。車の中って意外とオーディオマニアの視聴室に
 なっている。

* ライブ(演奏会)は、この10年間全く落ちていない。ライブは絶好調。

* ハイレゾの定義について。

オーディオ協会として、2014年6月にハイレゾ世界発信をした。

最初、CDより上のスペックはみんなハイレゾで、なんじゃそれ?(笑)という感じだったが、いまは大分その行先が固まりつつある。

次世代デジタルオーディオのスペックとして、192/24でやれ!でも96/24でも可とする、だそうだ。ダイナミックレンジを決める値である量子化ビット数は、もう16bitはあり得なくて、24bitは必須条件。

でもプロユースの世界では、もう32bitの時代が着々と来ているんですけどね。

ハイレゾで良い音を求めるには、録音(マイクの性能含め。)から見直さないといけない。→当然です!

自分はオーディオマニアの端くれだが、昔から、Hi-Fiという言葉は、かなり違和感、抵抗感があった。古臭い言葉という感覚がして、時代遅れのような感じがするのだ。オールドファンの方は、いまだにHi-Fiという言葉をよく使われる。(ゴローさんも使っていた。(笑))

その「Hi-Fiの定義」というのは、オルソン博士によって作られたものなんですね。初めて知りました。
 
予想以上に面白かったです。こういうオーディオのマーケティング情報は定期的に聴きたいですね。でも車載機器メーカーに勤めている者からすると、カーオーディオのマスがデカいというのは意外。ウチの社内の常識では、ナビは、まだ余地はあるが、カーオーディオは安定期でもうやることがなくて、成長が見込めない分野という認識なんですけどね???



(2) 高速1ビット伝送技術の応用 ~リアルタイム伝送と J アラート~

山崎先生登壇。(笑)

昨今の北朝鮮問題で、現実味を帯びてきた弾道ミサイル問題。Jアラートの存在は、ニュースで知っていたが、実際どんな音なのか?は聴いたことがなかった。(ニュースではやっていたみたい。)

まずその音を聴かせてもらった。

なんとも不気味で、不快で異様な音。

この告知音、警告音であるJアラートに1bitを導入したのだそうだ。
KDDIのサーバーを介したリアルタイム伝送実験に成功したそうだ。(東京~ハワイ)

このJアラートの音って、じつは様々な周波数の音の複合音(いわゆる和音)で成り立っているんですね。

要は、一般市民の聴覚能力って、年齢によって、様々な周波数帯域を持つので、その全員に音が行き渡るように、いろんな周波数の音を混ぜている。

基本波形は、のこぎり波、三角波、そして矩形波、これらを1bitにして、様々な周波数の音を加算して作る。

1bitの波形は、まったく驚かないのだが、それをいままで静止画で見ていた訳で、実際PCの画面上で、横方向にそのパルス幅がリアルタイムで変わっていく瞬間、つまり動いている1bitの波形を観たときは、ちょっと感動しました。(笑)



(3)「PrimeSeat」における世界初 11.2MHz / 1bit ライブストリーミング配信


自分にとっての今日のメインテーマ。もうメディアを通じて内容は、よく知っていたので、特に新しいニュースはなし。まっ1ビット研究会の場での確認会の意味もありましたね。



奥のほうから西尾さん、大石さん

DSC01726.JPG

右から冨米野さん、大石さん
                                                       
DSC01743.JPG


この方々は、まさにこのプロジェクトのキーパーソンなのだ!

ベルリンフィルハーモニーで開かれるベルリンフィルの演奏会を、DSD 1bitで配信しようというプロジェクト。IIJの配信ネットワークを使う。

IIJは、日本の総合的なネットワークソリューション提供会社の先駆者だが、現IIJ会長の鈴木幸一さんは、いまやすっかり上野の春の風物詩となっている東京・春・音楽祭を自分のポケットマネーで開いたこの音楽祭の創始者でもあるのだ。

クラシック音楽への造形も深く、毎年の東京春祭の企画にも参画している。

いままでは、DSD5.6Mで配信していたが、今回のセールスポイントは、世界初のDSD11.2Mでのライブストリーミング配信。最低限でも25Mbps、安定再生で、50Mbpsのビットレートが必要なブロードバンド・サービスで、IIJのネットワークをふんだんに使う。


これが、そのシステム図。

IIJ Platform.jpg



ベルリンフィルハーモニーでの演奏データを、いったんロンドンにあるIIJの支社に送る。ロンドン~日本の間には、IIJのぶ太っといバックボーンネットワークがあって、この部分は、IIJとしては、いろいろ細工をし易いということもあって、ここを使う。

だからベルリンからいったんロンドンに送って、そこから日本に送るというネットワーク。

このベルリンからの演奏データをインターネット形式に変換するエンコーダ(PrimeSeat  Broadcaster)を今回新規開発した(KORG開発)。

このDSD11.2M配信の技術のポイントは、次の3つにある。

1.エンコーダ(PrimeSeat Broadcaster)
2.プレーヤ(PrimeSeat)
3.IIJ配信ネットワーク

工夫したポイントとしては、11.2Mのストリームだけではなく、5.6MやPCM 96/24のストリームも作って、その3本の複合ストリームを提供できるようにしたこと。

さっそく、DSD11.2Mのライブストリーミング配信の音を聴かせてもらう。
ハイティンク指揮ベルリンフィルで、ブルックナー9番。


う~ん、確かにワンポイントで録った典型的な音の聴こえ方がする。
指揮者のちょうどすぐ後方にワンポイント・ステレオマイクを配置して、そこから全体を俯瞰したような聴こえ方。

だから木管以降の金管や打楽器は音が遠い。

いやその部分だけではなく、全体的に、やはり音が遠い感じがする。
定位感が乏しいというか、フラフラしている感じで重厚感・安定感がない。

これは普段、自分の聴くオーディオのクラシックの音が、典型的なマルチマイクのセッション録音でエンジニアが十分に調理をし尽した録音が多いからなのだと思う。

その差がはっきり分かる。

DSDライブストリーミングは、

ワンポイント録音。
ミキシングなどの調理はいっさいなし。

を基本としている文字通りリアルなライブストリーミングなのだ。

だから聴いていると、とても薄化粧のサウンドのように聴こえる。普段自分が聴いている音がいかにきっちり空間バランスがとれた厚化粧のサウンドであるか!

DSD11.2Mであるが故の鮮度感やリアルな気配感の向上は確かに感じられる。
大きな躍進ですね。


自分は、かねてよりじつはこのライブストリーミングで大きな疑問点があった。
ふだん自宅で、このPrimeSeatを聴いているときに、それは感じることであった。

それはPrimeSeatのハイレゾストリーミング音源には、ベルリンフィルアワーと言って、ベルリンフィルから提供されている定期公演の音源と、アムステルダム・コンセルトヘボウで演奏されているRCO(ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団)の定期演奏会の音源がある。

ベルリンフィルのほうは、彼らの自主組織であるベルリンフィル・メディアがやっていて、RCOのほうはポリヒムニアがやっている。

ベルリンフィルの音源のほうは、PCM 48/24、RCOのほうは、DSD5.6M で聴いている。

どうもベルリンフィルの音源のほうが、鮮度感も高く、音がすごい良く感じるのだ。やたらと音がいい、という感じ。PCM 48/24なのに、ここまでよく聴こえるとは!という感じだった。特にホール内の暗騒音の聴こえ方が全然違った。定位感もこちらのほうが抜群にある。

これは日記でも公開せず、自分の中で永らく伏せていた事実だった。その理由は、自分でその違いを理論づけることができなかったから。

でもこの日、彼らのプレゼンを聴いて、その原因が理解できたのだ。


それは、この部分だった。

Digital Concert Hall用音声(デジタルコンサートホール用音声)

ステージ上に配置された約60本のマイク(具体的には天井から60本を吊るしている)の位置を調整して、デジタルコンソールでミックスして制作。 ~HD映像とのマッチングを意識したクリアな音像と定位


PrimeSeat用音声

1F客席最前列上方に設置した1対の無指向性マイク(ゼンハイザーMKH8020)のみを用い、マイクの位置、間隔、角度を調整しダイレクト収録。 ~コンサート会場の空気感と音場の再現。


これですべてがわかったような気がした。

DCHの音は、マルチマイクでエンジニアによる調理の音なのだ。PrimeSeatは純粋なワンポイントで、調理いっさいなしの音。

PrimeSeatのベルリンフィルアワーの音源は、元々はDCHの音源を、PirmeSeat用のPCM 48/24のストリームとして音源を作り直しているのだ。

だからベルリンフィルの音源を聴くと、やたらと音がよく感じるのは、マルチマイクで調理された音を聴いているからなのだと思った。RCOの音源のほうは、純粋なPrimeSeat用に造ったワンポイント録音、調理なしの音なのだ。

そこに差があった。ようやく自分が永らく伏せていた事実を理由づけることが出来た。納得いった!

これは別にマルチマイク・調理あり、がいい、ワンポイント・調理なし、がいい、という優越論の話をしているのではない。もうこれらの手法がそれぞれで、異なった価値観を持っているということ。優劣の次元の話ではないのだ。(好き嫌いはあるかもしれない。)

だから、ふだん自分が聴いているのは、マルチマイク・調理あり、の音が圧倒的なので、そこに親近感がわいただけに過ぎない、ということだけだと思った。

PrimeSeatのDSDライブストリーミングは、やはりコンサート会場の雰囲気、ライブ感を感じてもらおう、というところに主眼があるので、そこに彼らの目的があって、それが十二分に達成されているレベルだと感じることしきりなのだ。

こちらが、今回のIIJ配信システム、エンコーダ(PrimeSeat Broadcaster)、プレーヤ(PrimeSeat)のデモ機の展示。

DSC01784.JPG



あくまで、これは勝手な自分の妄想に過ぎないけれど、彼らは近い将来、スゴイことをやってのけて、公表をすると確信しています。

お楽しみに!(笑)



(4) 高速 1bit 信号を用いた大規模三次元音場再現システムと身体的音空間知覚研究

この分野は、1番学会らしいアカデミックな内容だということで、期待していた。
ただ、どうなのかなぁ?プレゼンターが、ちょっと不慣れな感じ。プレゼン資料の作り方がイマイチ洗練されていない。やたらと文字が多いし。

絵や図を多く使って、なるべく文字を使わない。一見みただけでわかりやすく!というプレゼンの基本が成り立っていないような気がした。

自分のような社会人生活30年もやっている社会人からすると、こういうプレゼン資料は、完璧NG!という感じだった。

内容は、SPを高速1bit信号で、直接駆動すること。それをかなり膨大なマルチチャンネル数のSPを配置して、3次元の音場を作ろうという内容だと理解した。

まだ、お金がかかり過ぎて、商品化レベルまで落とし込めていない現実的でない基礎開発レベルのテーマだと感じた。



(5) 津田塾大学&早稲田大学で教えている音楽理論の面白さと、新レーベル設立について

AV評論家 麻倉怜士さんの講義。

DSC01810.JPG



まさに引く手あまたの超人気者で、毎日世界中を飛び回っている麻倉さんだが、いままでの技術論的なテーマではなく、ちょっと変わった毛色の内容を披露してくれた。

それは、「音階、調、コード進行」についての音楽理論についての紹介。
これは普段、麻倉さんが勤めている津田塾大学や早稲田大学で教えている内容でもある。

特に今年に入ってから、1月から6月に渡って、「ビートルズのコード進行」について研究をなされていて、それも紹介してくれたのだが、その見識の深さには舌を巻いた。

いろんな音階、調性、転調、そしてコード進行の話をしてくれるのだが、その説明には、電子オルガンを実際自分で弾いてみて、説明する、という手法。

心底、驚いたのは、麻倉さんのピアノのレベルがかなり高いということ!
かなりの腕前!うまいなぁー、やるなーという感じで、驚いてしまった。

これだけうまいと、このテーマの説明にも説得力が出ますよね。

そうして、もうひとつのニュースとして、ついに自分のレーベルである「UAレコード」を設立する、ということ。

目的は、「厳選した演奏家のパフォーマンスを、最上段のクオリティにて音楽制作すること」なのだが、それは表向きの建前。

ぶっちゃけ本音トークは、オーディオ評論家をやるからには、結局自分の音源を持たないとダメということ。このSPは低域が足りないと言ったら、そのリファレンスの音源を自分が持っていないといけない。

どうも本音はそこにあるようだ。

コンプレッサーやりません。
イコライザーかけません。
継ぎ接ぎしません。
一発録り。

これがモットーだそうです。(笑)

さっそく近日中に発売される第1段のデモディスクを聴かせてもらったが、なかなかのレベルであった。高域を強調したヴァージョン、低域を強調したヴァージョン、そしてこれに落ち着きました、ってな感じでデモしていました。

でも、偉いと思います。普段毎日、超多忙な身でありながら、自分のリファレンスの音源を持つべく、自分の新設のレーベルまで作っっちゃうというのは、行動力抜群だと思います。

頑張ってください!


以上が、1ビット研究会初体験の内容。なかなか内容も充実して、面白かった。

あっという間の5時間だった。

まっこれに味をしめて、次回も楽しそうであったら、参加してみたいですね。






nice!(0)  コメント(0) 

ひふみんを侮るな! [雑感]

将棋の加藤一二三さん、引退後、いまや「ひふみん」と呼ばれて、すっかりシニアタレント扱い。(笑)


1152109_C8KHT6qUQAAsjni[1].jpg


確かに加藤さんは、真面目で、寡黙な棋士達の集まりである将棋界では、昔から、ちょっと変わった人という感じもあり、ある意味「キャラが立つ」存在で、引退後にそういうところに着目して、いわゆる業界向きではないか、ということで、そのキャラをいい方向に強調しようというメディア業界の意図が見え隠れするように自分には思える。


将棋界の歴史で、もっとも現役生活が長かった功労者でもあり、その輝かしい戦歴もさることながら、ちょうどそのときに話題の藤井聡太四段の登場で、自身の引退とも重なり、新旧世代の交代を大きく、国民の眼に植え付けるタイミングの良さもあったのだろう。


でも自分には、いまの加藤さんの姿は、とても信じられないんだよなぁ。


加藤さん自身、たぶん意識しているところもあるはずで、そういう自分のイメージを意識的に作るような演技をしているように思えて、見てて正直痛々しいのだ。(笑)


当時から変わった人だったけれど、いまのCMで見たり、はたまた「ひふみんアイ」でCDデビューとか、いわゆる面白オジサンキャラで必死に自分を売り出す姿を見ていると、とても自分には痛々しい。


いまの人は、じつは加藤さんは、本当はじつにスゴイ人だったんだ、ということを、どこまで知っているのかなぁ?と思ったりするのだ。加藤さんの過去を知らないいまの人が、いまのキャラを見て、とても優しくて、かわいい老人キャラってな感じで、見ているんだろうなぁ・・・とか。


また引退後、自分を支えてきた家族への感謝を第一にした美談などで、優しい性格(これは昔から一貫した素晴らしいところです。)などがそのキャラ作りに拍車をかける。



人間ならば、誰しも人生のうちで最も活躍する、最大に輝いている、ある意味尖っている時期というのがあって、それを過ぎた後の、晩年の自分の立ち位置、イメージ造りというのは、やはり人生設計で考えていかないといけないところ。


いまの加藤さんを観ると、そんな人生の刹那を感じたりする。

もちろん、まだ始まったばかり。このイメージ作り、大成功で、華開くかもしれない。


自分も、それを願っている。


自分は小学生の頃から、将棋を嗜んでいたので、将棋界の変遷の歴史はよく知ってきているつもり。


自分の加藤さんのイメージといえば、まさにこの写真の頃。


03katoumeijinn[1].jpg




将棋界は、自分が物心ついたときは、升田幸三×大山康晴時代から、そして中原誠×米長邦雄の時代に差し掛かる時代。まさに大山時代から中原時代に移り変わる時代だった。


自分の世代では、升田×大山時代は、ちょっと昔の人で、自分のリアルタイム世代といえば、中原×米長時代だった。


中原誠名人の大ファンだった。


中原誠、大山康晴、米長邦雄、そしてそこに加藤一二三が入ってくる、という力関係の図式だった。

自分にとって、加藤さんの存在が圧倒的に輝いて見えたときは、中原名人が名人戦九連覇を成し遂げて、十連覇を成し遂げるか、というときに、当時の加藤一二三十段が挑戦者になり、名人戦史上稀にみる大激戦名勝負を繰り広げ、中原さんの十連覇を阻止したときだった。


名人位といったら、中原さんしかとてもイメージ湧かなくて、九年間もそうだったので、そこに加藤一二三名人誕生になったときは、かなり違和感と悔しい思いをしたことがある。


中原ファンとしては、加藤さんの存在は忘れようにも忘れられない人だったのだ。


名人戦というのは、普通七番勝負、先に四勝したほうが勝ちだ。でもこの戦いは持将棋に千日手2回と決着がつかない戦いが3回もあって、全部で十戦も戦ったのだ。名人戦のようなタイトル戦は、普通は旅館などを貸し切ってやるものなのだが、ここまでもつれるとは誰も思わず、旅館の予約が出来ず、最終戦は、ふつうの将棋会館でやる羽目になったのだ。(笑)


その最終戦も深夜におよぶ大激戦で、最後に加藤さんが中原さんの玉の詰みを発見した時は、思わず「ひゃあー」という寄声を上げたことは有名な話だ。


その大激戦だったその中原×加藤の第40期名人戦。


中原名人加藤十段.jpg


1982年だったから、自分が高校3年生のときだったな。いまから35年前。鮮明に覚えているよ。

加藤さんがまさに勝負師として最高に輝いていたとき。


そんな時代を知っているからこそ、昨今の「ひふみん」ブームで、ある意味作られたイメージ作りに、自分は違和感を覚えるし、そんな演技している加藤さんを観ると、まさに痛々しいのだ。(笑)

 


でも思うのは、加藤さんの心の中には、やはり勝負師として生きてきたうえで、ここは引けないボーダーラインというのは必ずあるのではないか、と思うこと。


ひふみんキャラを演じていても、その線引きは絶対あるはずと自分は確信している。


「9」という数字は、つくづく因縁のある不吉な数字なんだな、と思ったのもそのとき。
この中原名人の十連覇ならず、そしてONこと王・長嶋の巨人10連覇ならず。そして後世知ったことだが、クラシックの世界でもベートーヴェンやマーラーのように第9番まで交響曲を作曲して、第10番を作曲しようとすると、みんな命を落としてしまう、この数奇な運命。


「9」という数字には、なにか強いそのような運命が隠されているんだな、とつくづく思う次第である。


加藤さんの棋歴はすぐに調べればわかるし、将棋にあまりに興味のない人はチンプンカンプンだと思うが、とにかく加藤さんはスゴイ人だったのだ。


その全盛期をリアルタイムの同世代に生きてきた自分からすると声を大にしてそう言いたい。


中原時代から谷川浩司、そしていまの羽生善治あたりからはもう完全に感情移入できなくなった。
そして将棋界から疎遠になった。


この感情移入できない、というのは重要なポイントで経年になるにつれて、避けられないことだと思っている。人間って、自分のもっとも感情移入できた時代のヒーローがいて、それが経年で、つぎからつぎへと新しい世代のヒーローが出ても感情移入できないのだ。自分の時代のヒーローを超えることはない。


いまの自分のクラシック演奏家やオーケストラについても言えるかもしれない。現在縁があって知り合えた演奏家の方々は、自分の運命の中で不可避の赤い糸で結ばれていて、なるべくしてなって知り合えた訳で、それを超えることはないと思う。


アラベラさん!とか追っかけしているけど、クラシック業界も世代交代が進んでいき、どんどん出てくる若い世代にどうしても自分の感情が追いついていけない、そんな自分を感じるのである。


自分が感情移入した時期のスターはその後超えられないものなのだ。

歳なんだ、と感じるとき。


音楽評論家の方は、そういう点で、大変な稼業だと思います。(笑)


加藤一二三さんは、クラシックについても造詣が深いようで、最近、クラシック関係でインタビューを受けることも多く、自分の視野にちょくちょく入ってくるようになった。まさかあの頃の加藤さんが 数十年後に、自分の目の前に、クラシックという切り口で現れるとは思いもよりませんでした。


「ひふみん」のイメージでもいいです。(笑)


見事に華開いて、第2の人生を謳歌され、今後もご活躍されることをお祈りしたいです。







nice!(0)  コメント(0) 

ソリストと指揮者との運命の絆 [クラシック雑感]

昨日、そして今日とウィーン楽友協会で、アルゲリッチがウィーンフィルと初の共演を果たし、話題になっている。

アルゲリッチほどのピアノ界の巨星、大御所が、ウィーンフィル(そしてウィーン楽友協会も?)と初共演ということ自体、なんか信じられないというか、えーそうだったの?とみんな信じられないと言う巷の評判。

指揮はバレンボイム。リストのピアノ協奏曲を披露したそうだ。

ウィーンフィル相手に、さらにこのビッグな顔ぶれで、チケットは高騰して20万とか、信じられない闇の取引もあったらしい。

アルゲリッチは、日本でも小澤さんと水戸室とで夢のようなコラボを果たしたばかり。なんか、夢の共演づいていますね。

自分は、アルゲリッチの生粋の大ファンだし、クラシックピアノとしての入門も彼女だったので、このニュースは取り分け感無量の一言に尽きる。

去年自分は、バレンボイム&アルゲリッチの共演を、イギリスの夏の音楽祭、BBC Promsで体験でき、自分の一生の想い出に刻み込んだ。

まさに一期一会の体験とはこのこと。

ウィーンでの饗宴の様子。FBから写真をお借りする。
まさに花の饗宴という感じで、華やかさいっぱい。自分のことのように嬉しい。

23826338_1522305351180602_835513912477608485_o[2].jpg
                                                  
                                                     
                                                     
23845665_1522305517847252_6346066847202292396_o[1].jpg
                                                     
                                                     
                                                     
24068435_1522305367847267_2432873081573963957_o[1].jpg
                                                    
                                                    
                                                   
ここで、やっぱり考えさせられるのは、ソリストにとって、自分の演奏家人生の中で、こういうチャンスをモノにできるというのは、やはり指揮者からの信頼、運命のような絆があって、はじめて実現できることなんだろうな、と思うこと。

これってクラシックを嗜む人であれば、当たり前の常識みたいなことかもしれないけれど、敢えて、ここで取り上げてみる。

1941年生まれのアルゲリッチと1942年生まれのバレンボイムは2人ともブエノスアイレス出身。ともに幼少より才能を発揮し、瞬く間に世界的スターとなり、現在まで常に第一線を走ってきた本物の大家。

お互い心の通い合った大物パートナー同士。

過去何度もそのビッグカップルで共演をして話題をさらってきた。

今回のアルゲリッチのウィーンフィルとの初共演が実現できたのも、指揮者がバレンボイムだから、というのは誰もが必然で自明なこと。

バレンボイムが彼女の演奏家人生の中でそのような大きなプレゼントをしたかったことは、十分に慮れる。

人との出会い、運命の絆って、自分で意識しても実現できることではなくて、こればかりは本当に天からの授かりものというか、運命としかいいようがない。



でもその裏には、じつはビッグマネーが動いているとか、ビジネスが動いているのは、当然のことだけど、そのことを深く言及したら、下衆で、ダークなイメージがつきまとうので、ここではやめときましょうね。(笑)

古い話で恐縮だが、カラヤンが手兵ベルリンフィルでコンチェルトを録音するとき、または演奏会を開くときは、ピアノはワイセンベルグ、ヴァイオリンはムターとか、ある意味決まっていた。そこにはカラヤンが認めたソリストという大きな名誉、使命みたいなものがあった。

アバド時代になって、ピアノではポリーニやアルゲリッチが盟友として待遇され、数多くの録音や演奏会を開いた。

ラトル以降新しい時代になって、それこそ、ソリストは多彩になった気はするけれど、でもそこには、そのときに客演する指揮者と所縁の深いソリストが選ばれるという方程式は崩れていないと思う。

指揮者もソリストもお互いあ・うんの呼吸が合う、お互いをよく知り尽くした仲でやりたい、というのは、当然あることですよね。

演奏家は、如何に多くの指揮者と知り合って、そういう運命の相手を見つけることができるか?

厳しい世界だ。

我がアラベラさんは?と言ったら、それこそ母国のドイツを中心にいろいろワールドワイドにツアーを廻って、いろいろな指揮者とペアを組んでいるが、大舞台のチャンスとなると、彼女の場合は、やはりヤノフスキかな、と思うんですよね。

アラベラ&ヤノフスキ.jpg



ヤノフスキは、ベルリンフィルに時々客演しているみたいだから、ぜひ彼女を呼んでほしい。(笑)

ウィーンフィルとヤノフスキというのは、あまり結びつかない気がするけど、まぁこれは難しいかなー。まっいろいろ妄想するのでした。。。

いずれにせよ、人間誰でも社会生活をする上で人との出会いが運命を決めることは、自明なことだけれど、それはクラシックの世界でも十分当て嵌まることなのだ、と実感したわけです。






nice!(0)  コメント(0) 

オーディオのちょいと気になる投稿。 [オーディオ]

FBのオーディオサイトで、ちょっと気になる投稿があったので日記にしてみる。 (写真ちょいとお借りしますね。)

1999年のSONYのSACDフォーマット発表時のフラグシップ旗艦機であるSCD-1/TA-E1/TA-N1/SS-1EDのフルセット。

合計400万。

23847405_806111582925114_2197761002183735864_o[2].jpg



憧れた!

オーディオって男のロマンだと思った。

当時はとても買えなかったけれど、あれから10年後に中古市場に出始めて買える値段になった。

結局265万かかって揃えた。(^^;;

いまじゃ考えられん。当時は金持ってたんだな。

ソニーがプリ・パワーというセパレートタイプのアンプを開発したのは、おそらくこれが最初で最後。

パワーのTA-N1は故長岡鉄男先生の愛機として有名だった。

23916739_806107276258878_545268615872001420_o[1].jpg



中は、こんな感じ。これぞオーディオという巨大ケミコン。まさに物量投資型設計。

23755609_806107319592207_6034535338142193803_n[1].jpg




プレーヤートランスポートのSCD-1は、ベストセラーのスタンダード名機となった。
固定光学ピックアップ方式の珍しい方式でお金かかっていた。

23847420_806108412925431_5714076637652132726_o[1].jpg


スタビライザー装着の贅沢さ。スライド式の開閉スピードが重々しくて高級感ある。
でもピックアップがすぐに不調で読み取り不良になることで有名で自分も何回取り替えたことか!(笑)

24059456_806108602925412_5476513659986626888_o[1].jpg



なんというのかなぁ、フォルムが美しいというか、このフルセットには、何とも言えない高級感が漂っていて、これぞハイエンドオーディオというものだと思った。

最近のハイレゾ機器に見られるような安っぽさを見ると、この時代に育った自分としては萌えないんだよねぇー。オーディオ機器ってやっぱりデザイン、フォルムってすごく大事。

そして、なんといっても、フルシステムの中でもっとも入手しずらかったのが、このスピーカーのSS-1ED。

定価210万!

日本に15台しかないと言われている。中古市場でも滅多に出なかった。ショーで見るぐらいしか縁がないと言われたSPだった。


23795653_806110029591936_7499060233478591277_n[1].jpg



中の構造は、こんなになっていたのか!ウレタンが生々しい。

これを自分はあるオーディオの友人から、喫茶店でそのまま置きっぱなしになっていて普段も鳴らされていないようで、死蔵でインテリアと化しているようだから、売ってくれないかどうか商談してみる、と言われ、回答は翌日。

もう天にも昇るような気持ちで、ドキドキして待っていた。あんなに胸ときめいたことってなかったんじゃないかな?

そして商談成立の電話がかかってきたときは、もう昇天の気持ち。日本に15台しかないSPで、それを入手できる。

確か140万で買った。

他のSCD-1/TA-E1/TA-N1はすでに中古入手済みで、残るはこのSS-1ED待ちという状態だった。

代替えで、B&W Nautilus 803で、このソニーのシステムを鳴らしていたのだ。


なんとかこの稀なSS-1EDを入手できないものか?


毎日国内、海外のネットを睨めっこしていた毎日だった。

SS-1EDが配達される日、もうドキドキ。(笑)部屋に運ばれて、毛布を取られて、その姿を見たときは、あんな最高で、ときめく気持ちは、今後もそうないだろう。

SACD神話を裏付けるてっぺんに、スーパーツィーター付きで、100KHz再生可能。

ふつうSPって、30KHzまでが普通。高くて50KHzがせいぜいなもんだ。100KHzうたっているSPは、このSS-1ED以降いまでも聴いたことがない。

でも先だって、ダイナミックレンジの日記を書いたとき、DSDの信号処理って、ノイズシェーピングで、帯域内ノイズを高域に押しやっているので、50KHz以降はノイズの姥捨て山状態だということを書いたばかりだから複雑な心境。

自分も当時は、このSACD神話の広大帯域再生に騙されていた。(笑)

日本に15台しかない、このSS-1ED、そしてこのソニーの初代フラグシップ旗艦機フルセットの音をじっくり長期間に渡って聴いたことのあるオーディオマニアはそうそういないだろう。(笑)

みんなデモのブースなんかでちょい聴きくらいしかないはず。

自分は類まれな貴重な経験の持ち主かもしれない。

なんか記憶によると、インターコネクトやSPのケーブルは、PADの高級ケーブルを使っていたはずだった。SS-1EDはスパイク装着の3点支持。


ずばりサウンドは、というと、中域がガッチリした典型的なピラミッドバランス型のような感じだった。音の芯がとてもぶっ太くて、中域から低域の土台感がしっかりした感じのサウンド。量感の出るサウンドだった。

クラシックというより、ジャズやポップスのほうがいい感じもした。でも毎日クラシックをそれで聴いていた。

STW付きで、100KHz再生を唄っているほど、高域の伸びやかさはあまり感じなかったかな?
まぁ当時の自分のスキルの足りなさもあって、十分調教できていなかった、鳴らしきれなかったというのもあるだろう。

信じられないことに、同じ部屋にいまのB&W Signature 800のシステムも入れていたのだが(笑)、B&Wの音のほうが繊細さというか、解像度が高いような気がした。同じ部屋で同じソースで聴き比べしてるんだから間違いない。逆にB&Wでは量感が足りないと思った。

でもB&Wのほうは、あれから10年鳴らし続けてエージングして、だいぶ自分の好みのサウンドになってきた。Signature 800は本当に気難しいモニターSPです。

でも最近の新しいSPは、あまりに買ったときから簡単に鳴っちゃって逆に面白くないよね。(笑)

SS-1EDとSignature 800とでは、まさに正反対のサウンド。

その後、同じ部屋に2セットは、やはりサウンド調教的に無理と感じて、ソニーのフルセットのほうは売却した。

SS-1EDは珍しいSPなので、売るときはゴローさんが一声かけてね、と言われたので、そうしたら、ちょうど二子玉川別室で、DAITONEのDS-8000を鳴らし始めたときだったので、縁がなかったということになった。

その後、オークションは面倒だし、売れるまで時間がかかるので、御茶ノ水のオーディオユニオンで売却したら、それをゴローさんが発見。(笑)

なんだー!オークションで高く売るつもりだろうから、やめとこうと判断したのに、中古ショップで安く売っちゃうんだったらーあーなんだぁー!ってな感じで、残念がられていた。


結局何年保持していたかな? 4~5年くらいだろうか? でもいまでもそのサウンドはしっかり脳裏に焼き付いている。もう一回、調教してみたい気もする。

このフルシステムの音を長期間に渡って聴いたことのあるオーディオマニアは、日本でもほとんどいないと思う。



さて、もうひとつの投稿。

B&Wから801シリーズが姿を消えてから何年経つだろうか?

あまりに鳴らすのが難しすぎて、一般のオーディオマニアの手には負えないSPだから、とか、いろいろその理由の噂は飛び交った。

Matrix時代の801をはじめ、スタジオのモニターSPとしては、いわゆるプロユースの領域では、このクラシックな801をモニターの基準にしているスタジオは多い。

モニターSPというのは、ふつうの一般家庭で使われるリスニングSPとは、やはり区別される。鑑賞の場合なら、”ジャズっぽく聴こえる””クラシックっぽく聴こえる”などの色の付いたサウンドの鳴らし方をする設計も多い。

でもスタジオで使う用途は、エンジニアが正しく作業できないといけないので、正しく再生されるSPでないといけない。

つまり、周波数特性がフラットであることが大前提。

あと定位の分かりやすさ。これもコンソールで振り分ける作業をするうえで大切な要素ですね。

そんなNautilus 801を5本使ってサラウンドを組んでいる写真が投稿された。(笑)

すっげー!(笑)

21034558_806081702928102_4553679155800103412_n[1].jpg

                                                                                                                                             

                                                                                                                                                

                                                                                                                                                 

23755694_806081646261441_7836537060011660120_n[2].jpg

                                                                                                                                                

                                                                                                                                                

                                                                                                                                              

23843530_806081649594774_7107501480297150930_n[1].jpg

                                                                                                                                                

                                                                                                                                                   

                                                                                                                                                   

23844954_806081642928108_4675315919870165316_n[1].jpg


                                                                                                                                                    

                                                                                                                                                   


801が前に3本ある姿は、あまりに武骨でスゴイ。センターが802くらいが、美しいバランスが取れていると思うが。。。

どういうジャンルの音楽をミキシングするスタジオなんでしょうね。


世の中って面白い!








nice!(0)  コメント(2) 

池田昭子さんのオーボエ作品集 [ディスク・レビュー]

N響の華であって日本を代表するオーボエ奏者の池田昭子さんの7枚目のソロアルバム。

以前にも自分の日記で何回も特集したが、木管奏者、とりわけオーボエ奏者が自分のソロ作品集を出せるって、まさに華形スターの証拠なのだと思う。

自分は取り分けオーボエのソロ作品集には目がなくて、世界のオーケストラの首席オーボエ奏者が出すオーボエ・ソロのアルバムは、かなりコレクターしてきている。

特に、バッハ、モーツァルトのオーボエ作品集を録音するのは、ひとつの登竜門というか、晴れ舞台、一流の証のような気がする。普段は超一流オケの首席オーボエ奏者という立場で演奏し、その一方でソリストとして、このバッハ、モーツァルトを出すというのは選ばれし者だけが得られる特権のように見えてしまうのだ。

自分にとって、このバッハ、モーツァルトのオーボエ作品集で最初に虜になったのは、ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者のアルブレヒト・マイヤー氏の作品。そしてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席オーボエ奏者アレクセイ・オグリンチュク氏の作品。本当に擦れきれるほど聴いた愛聴盤。

特に、バッハのオーボエ作品というジャンルは、オーボエ奏者にとって、ひとつの定番なのかな、と常々感じていた。ホリガー、ウトキン、ボイド、マイヤーなど 名だたる名手が同じような選曲のアルバムを作っている。


池田昭子さんは、N響の定期公演をはじめ、今まで、いろいろな実演に接してきたことはもちろんのこと、NHKでN響が登場する様々なTV番組でも拝見することも多く、とても親近感がある。 

m_ikedaweb5B15D[1].jpg



ご存知美人で、清楚な感じで、まさに華がある奏者。
もう隠れ大ファンと言っていい。(別に隠れる必要はありませんが。(笑))

美人奏者といっても、いわゆるギラギラしたこちらにグイグイ主張してくるような熱いタイプではなく、どちらかというと控えめで、涼しい感じの1歩引いた和風美人の佇まいが、なんとも魅力的だ。

自分とはひと回りも違うんですね。

ちょうど自分が前職時代で、人生の壁にぶつかり、暗黒の時代を過ごしていた1997年に、颯爽とクラシック業界に登場した。いま振り返ってみると、なんか自分の人生の明暗と入れ替わりというか、新しい時代の幕開けみたいな感じの存在のように思える。


東京藝術大学卒業。(1997年)
卒業時に、皇居内桃華楽堂にて御前演奏を行う。
1996年にオーボエコンクール第1位。(日本管打楽器コンクールなど)
1997~2002年 東京交響楽団在籍。
2000~2003年 ドイツ、ミュンヘンのリヒャルト・シュトラウス音楽院に留学。
2004年に、NHK交響楽団に入団。


まさに留学で、ミュンヘン在住でいらっしゃった2000~2003年は、その頃自分はというと、大病を患って、あえなく3年間会社を休職。いったん北海道の実家の親元に戻って、療養生活をしていた人生で最悪の暗黒の3年間だったのだ。(笑)

クラシックどころではなかった。

だから池田さんの活躍を認識するようになったのは、やはりN響に入団してからの活躍がメインになる。

N響ではオーボエが本職だが、じつはイングリッシュホルンの奏者としても、有名なのだ。

自分の記憶では、確かNHKの番組で、ダッタン人の踊りのあの異国情緒溢れるなんとも切ないメロディを、イングリッシュホルンで朗々と歌い上げていたのは、確か池田さんだったと思う。はっきり脳裏に刻まれている。


「のだめカンタービレ」のテレビドラマ版では、あのオーボエ黒木くんの吹き替えをやっていたのも、じつは池田さんだったそうだ。

N響首席オーボエ奏者の茂木大輔さん主催の「のだめコンサート」の東京初進出。
調布で開催されたが、自分ももちろん馳せ参じた。
オールN響メンバーという豪華なオケ編成で、池田昭子さんもソリストとして登場。

もちろん黒木くんの吹き替えでやったモーツァルトのオーボエ協奏曲をソリストとして演奏されていた。

なんかつい最近のような気がするよ。(笑)

終演後のサイン会。
手前から、高橋多佳子さん、茂木大輔さん、そして池田昭子さん。

m_DSC04866[1].jpg




前置きが長くなった。

そんな池田さんの3年振りの7作目のソロ最新作。
まさにオーボエ・ソロ作品集が大好物の自分を十分に満足させてくれる大傑作と相成った。 


886[1].jpg



池田昭子: Partita For Oboe Solo-j.s.bach, C.p.e.bach, Telemann


https://goo.gl/SkmEXJ


J.SバッハとC.P.Eバッハの親子やテレマンの無伴奏作品を収めた「パルティータ~無伴奏オーボエ作品集~」。オリジナルはフルート向け作品だそうだが、オーボエとしてフューチャリングされた作風もとても魅力的。

どれもバロック時代の作品だが、ご本人のインタビューでは、「自分はもともとモダン楽器の奏者。バロック時代の古楽奏法を学んでいる訳ではないので、それを下手にマネしても中途半端。自分なりに信じてモダン・オーボエとしてインスピレーションで演奏しています。」とのこと。


古楽様式に関しては尊重しつつも、やや苦手意識もある自分ではあるが、このアルバムを一聴して、思ったのは、純粋に美しい音楽として楽しめて、彼女の芯のしっかりとした音色で見事にその旋律を描き切っているということ。

そこに古楽もモダンも関係ないような・・・そんな卓越した次元の高さを感じる。


確かにバッハやテレマンの曲の旋律は、古典派でもないし、後期ロマン派でもなくて、やはりそれはバロック音楽そのもののメロディの音楽なんだけれど、聴いていて、それをあまり意識しないこと。オーボエの暖かい色彩に富んだ音色で、彼女のオーボエは芯が太くて安定している、そんな音色で奏でられる曲は聴いていて最高に気持ちの良い音楽だった。


音楽的にかなり楽しめる1枚だと思いました。

そして録音評であるが、これがちょっと驚きだった。自分は、かなり例によって(笑)、ここに反応してしまった。


レーベルがマイスター・ミュージック。


不勉強ながら存じ上げなかったので、調べてみたら大変なことを知った。

ヨーロッパにおいて、クラシック音楽の正式な録音を許可された、日本人初のディプロム・トーンマイスターによるレーベルなのだそうだ。

このマイスター・ミュージック、1993年に設立。このレーベルを立ち上げた平井義也氏は「トーンマイスター(Tonmeister)」というドイツの国家資格を日本人で初めて取得した人なのだ。

トーンマイスターに関しては、もう何回も日記で取り上げてきたので、今更深くは言及しないが、まさにドイツで始まった教育制度で、単に録音技術だけではなく、音楽学、作曲法、音響工学、電子工学などを総合的に教育される音の職人のこと。


日本で現在レコーディングエンジニアをやっている人で、このトーンマイスターの資格を持っている人は、じつは皆無なのだそうだが、平井さんは、その資格をきちんと取得した日本でも希有な職人なのだ。1970年代にデトモルト音楽大学に留学して理想論からピアノ、チューバなどの実技までをこなすと同時に、ドイツ各地でカール・ベームやカール・リヒターらの録音現場に立ち会う生活を送った。そしてこの資格を見事に取得したのだ。


マイスター平井さんの存在は、確かに昔、マイミク友人さんにコメントで指摘されて、その存在は記憶にあった。でもこうやって自分で学んでみて、”いまこのとき”に初めてその存在をしっかり理解でき認識できた。(笑)


世の中ってそういうもんだよな。


そのマイスター平井さんの録音のこだわりは、「シンプル」であること。

ちょうどコンサート・ホールの一番いい席で体験するような自然な音場を再現するために、まず、2本のマイクを1か所に立てるワンポイント録音を採用する。

収録する作曲家にふさわしい「響き」に演奏家の「個性」、そして楽器ごとの「バランス」などを勘案し、全てを満たした「一点」を広いホールの空間から探し出すという至難の業。

そこで生かされるのが、トーンマイスターとしての平井の鋭い耳と、経験と、なにより感性なのだそうだ。

更に、マイクにもこだわる。トランジスタ・マイクが録音現場の主流となっている中、ナチュラルで、奥行きのある音を求めて、マイスター平井は真空管マイクを使用。スウェーデン人、デットリック・デ・ゲアールが作る、世界で数組しかないというそのマイクは、高さ27cm、重さ2.2kgという世界一の大きさを誇る。

book02[1].jpg



これが平井さんの録音の秘密を生む必須アイテムなのだ。

今回の池田さんのアルバムは、大田区民センターの音楽ホールで収録されているのだが、池田さんは、このマイクの前で吹いていたに違いない。(笑)

マスタリングの部分も拘りがあって、編集が済んだハードディスクから直接CDの原盤を作る、ダイレクト・カッティング方式で臨場感のあるサウンドを作るのがポリシー。でもこれは確かにそうなんだけれど、実際は大量マスタリングなどでは、大量生産に向いていないしコストも高くつく。

今回のクレジットを見ると、制振合金「M2052」によるマスターディスクを使用してのカッティングとある。

日本で唯一のトーンマイスターの資格を持つマイスター平井さん、そして拘りのある真空管マイク、そしてダイレクトカッティング。

マイスターミュージックというレーベルは、こんなに高音質に拘りに拘りぬいたレーベルだったのだ。

池田昭子さんは、過去7枚のソロアルバムは、すべてこのマイスターミュージックからリリースしている。

オーディオファイルの自分にとって、この部分は相当反応してしまった。

じゃあ自分が聴いたそのサウンドの印象はどうなのか?


それは確かにいままでのオーボエ・ソロ作品集では聴いたことのない、ある意味変わったサウンドであった。自分はいままで体験したことがないと言える。

まず、オーボエの録音レベル、音圧が異常に高い。
再生した途端、自分は思わず、プリのVOLを普段聴いているポジションから10dB下げたくらいだ。

かなり近接的な録音で、オーボエの音が前へ前へ出るという感じのエネルギー感溢れるサウンド。オーボエの録り方でこのように聴こえる作品は珍しいな、聴いたことないな、と思った。


オーボエ・ソロ作品に多いのは、背景の空間をある程度広めに認識させて、オーボエをややオフマイク気味に録って遠近感を出させるようなサウンドが多いのだけれど、池田さんの作品は、空間はさほど主張せずに、どちらかというとオンマイク気味で、その音圧、録音レベルが高いという感じ。コンサートホールの最前列やかなり前方の至近距離で聴いている感じで、オーボエの音がかなり強調されているような印象を受ける。


それで、驚くのは、その解像度の高さ。池田さんの息継ぎの音がはっきり聴こえるのが驚きなのだ。かなり生々しく聴こえる。これは例の真空管マイクの解像度が高いことを意味している。

ピアノのペダルノイズが聴こえたりとか、演奏者のブレスが聴こえたりとか、いわゆる演奏ノイズが聴こえるのは、自分のオーディオシステムの解像度の高さを試されているみたいなのだが、この部分には、ひたすら驚いた。

演奏に集中できなくなるほど目立つのも困りものだが、こういう暗騒音、演奏ノイズというのは、演奏にある程度の臨場感を与える上でもとても効果的で、自分は肯定派だ。

非常に解像度の高い一種特徴のある優秀録音だと思った。マイスター平井の作風ですね。他の小編成の室内楽でも聴いてみたいです。

素晴らしい録音だと思う。ただのCDです。もうこういう次元だと、SACDだから、とか、ハイレゾだから、とかのスペックって関係ないとつくづく思う。やはり”録音がいい”、というのは収録、編集のステージのところで決まっちゃうもので、ここの段階が高い水準のものは、ユーザへ届けるスペックなんて、どれを使おうが関係なくて、みんないい録音に感じるというのは真実の定説なんだな、ということをますます意を強くした。

せっかくの池田さんのディスクレビューなのに、結局また自分のテレトリーで話をして申し訳なかったですが、どうしてもここに反応せざるを得ず、オーディオマニアのオーディオマインドをくすぐるじつに秀逸な録音に仕上がっているディスクだと思う。


これはぜひお薦めです!






nice!(0)  コメント(0) 

残響7秒! 東京カテドラル聖マリア大聖堂 [教会]

東京にもこのようなところがあったんですね。知らなかった。SNSの投稿で知りました。さっそく自分も体験してきました。東京の目白駅からバスに乗るので決して地の利はいいとは言えない。

「東京カテドラル聖マリア大聖堂」は世界に名を馳せる丹下健三作品の代表とも言える建築のひとつ。国内でどうして見ておかないといけない名建築のひとつとか。

25e055d863385a41d2bf0c902c0d71c3d10efdae[1].jpg



まさに圧倒される大空間。

DSC01553.JPG
                                                     
                                                     
DSC01557.JPG
                                                    
                                                      
DSC01559.JPG


壁面は、コンクリート打ちっぱなしの反射オンリーのすごい世界。
三角錐の特殊の形をしている。

構造は東京大学坪井研究室により、音響設計は石井研究室にておこなわれた。
その特殊な内部形状から、特に残響時間の計算結果には特に苦労されたそうな。

当初設計では残響時間がなんと20秒。(笑)

これでは音楽はもとより、司教の言葉も参列者に明瞭に伝わらない。

そこでいろいろ工夫をおこなった。

DSC01555.JPG



このように三角錐の天井には、明らかに吸音材と思えるクッション性のものが敷き詰められており、天窓の役割を果たすそうだ。自分は夜間に行ったのでわからないが、昼間だとこの天窓から陽が挿し込むのだろう。

SPも壁面に所々に埋め込まれており、司教のスピーチはPAを使うので、そのために使用される。


これで、現在の残響時間が7秒!

世界の音響のいいコンサートホールとよばれるホール空間で、残響時間は2秒がスタンダード。

残響時間が7秒というのは、自分が数多経験してきた空間では想像できない値だった。相当響きが混濁している空間に違いない。だってこのぐらい長ければ、残響が消えないうちに次の発音がどんどん重なる訳で、混濁必至だと思った。

こういうところで、音楽会などの演奏会を開いたら、演奏者は残響&響きと自分が出す音量バランスとの兼ね合いを相当意識しないと、かなり難しい音響空間なんだろう、ということが容易に推測できた。

ちょっと経験するのが怖い感じがした。

自分が経験したのは、「オルガン メディテーション」というミサの一種で、司教の言葉、福音書をみんなで朗読しながら、一緒に歌い、そしてオルガン演奏で瞑想に浸るというもの。

ミサは、圧倒的に8割から9割方女性信者で、大聖堂が満員になるほどの大盛況だった。

DSC01563.JPG



なんか、こういう空間を経験すると、3年前に訪れたライプツィヒのトーマス教会やニコライ教会の礼拝(カンタータ礼拝)を、思い出した。

もうそっくりだ。(笑)

現地の地に根付いた礼拝という儀式は、日本では経験できないことで、まさにキリスト教に基づいたヨーロッパ市民の日常生活。礼拝ってなんと音楽に富んでいるんだろう。。。そんなことを体験した3年前だったが、まさにそれを思い出した。


オルガンは、大聖堂の背面にある。
2004年に設置された新しいオルガン「マショーニ・オルガン」。

DSC01554.JPG



ヨーロッパの教会は、オルガンは、教会の背面の天井近くに存在するのが普通だ。
ここの大聖堂もいかにもヨーロッパ風な造りだと感じた。



さて、自分が感じたその音響空間の印象はどうだったか?

あくまでオルガンの音色だけの印象だが、そんなに思ったほどの混濁空間ではなかった。
というか、どちらかというと、極めてノーマルに近い音響で、確かにライブではあるが、残響7秒というのはどうなの?というレヴェルだと感じた。

せいぜい残響3~4秒くらいの空間ではないだろうか?

ちょっと拍子抜けした印象だった。
音質は確かに石造りのピンと張り詰めた硬質な響きだということは感じた。

でも、この程度の音響空間なら、教会や大聖堂なら、極めて普通の部類だと思った。

あたりをグルグル見回していろいろ考察してみると、やはり天井が決して高くないと思ったこと。ある意味低い部類に思える。大聖堂としては、容積もそんなに広いほうではないと思う。

天井にす~っと突き抜けていくような音のヌケ感というのを感じないのは、そこが原因なのかな?とも感じた。2Lのソフトで、映っていた大聖堂の空間のほうがスゴイ広い空間だし、天井もとめどもなく高く、突き抜ける高さがある。(残響時間の長さは容積に起因します。)

オルガンの演奏も聴いたのだが、どうも分厚い低音の量感みたいなものも感じず、やや欲求不満だった。これはたぶん演奏の演目によるものだと思う。「瞑想」がテーマなので、そのような乱暴な曲は選ばないだろう。

大聖堂内には開始時間より2時間近く早く入ったのであるが、そこで調音やリハーサルをやっていたときに聴いたときは、凄かったのだ!

まさにオルガンのあの分厚い音の洪水に、自分が包まれるような感じがして、「おー!これは来るなー!」と相当期待していたのだ。

でも本番の音楽は大人しかった。(笑)

ということで、ちょっと梯子を外された感じの印象だったが、でもこれはオルガンの「瞑想」テーマに合った演目だけで判断してはいけない。ふつうの演奏会では、きっともっと、とても魅力的な音響空間、それこそ噂の名評判に合った体験ができるのだと思う。

第一音響空間を経験するだけが目的の不信者(笑)ではなく、きちんとミサを経験すること自体が、ここに来ているみなさんの本来の目的なのだから。


この東京カテドラル聖マリア大聖堂で、12/4の素敵なクリスマス・コンサートが開催される予定です。本来なら、こちらを目指したかったのですが、それまで待てませんでした。

2017hopewith[1].jpg



アヴェマリアやクリスマス・キャロルなどのクリスマスムード一色の素敵なコンサートです。
まさにこの内装空間の神々しい雰囲気にピッタリだと想像します。この空間では、きっと素晴らしいコンサートになるはず!


ぜひ体験してみてください!







nice!(0)  コメント(0) 

永田音響設計の豊田泰久さん [音響設計]

永田音響設計の豊田泰久さんについては、もういまや「時代の寵児」的な扱いでメディアで取り上げられていて、もうその生い立ちから、音響設計という仕事に関してまで幅広く触れられている。もう今更、一般庶民の自分が言及することなんて、恐れ多いというか、もうほとんど言うことはない。 

toyota01[1].jpg



でもコンサートホールのことが好きで好きで、愛してきた自分。


取り分け、「コンサートホールの音響」の考え方について極めて関心が高く、本当に我流、独学でいろいろ研究してきた。

国内のホールでは満足できず、ぜひ海外のコンサートホールやオペラハウスを経験したい、ということで、長年実践にも移してきた。

そして先だって、「コンサートホールの音響のしくみと評価」という全7編に渡る自分の総決算の日記を書いた。

ある意味、この日記の連載で、自分の溜飲は十分に下げたかな、という気はした。
専門家の方からすると、この内容が正しいかどうかは本当にお恥ずかしい限りなのだが、とにかく自分が長年やってきたことのひとつの区切りをつけた意味合いが大きかったのでは、と感じている。

そういう経緯があるので、自分の日記で、どのような形でもいいから、豊田さんのことを、自分独自の興味ある視点、観点から、日記のテーマとして取り上げてみるのが、ひとつの礼儀、マナーなのかな、という気がしていた。


もうすでにいろいろな記事が出回っているので、ありふれた内容の紹介は避けたい。
豊田さんのインタビューで、自分のアンテナにビビッと引っかかったところ、名言を抜粋して、自分のコメントを添えて、ちょっと自分のカラーを出してみる。。。そんな程度の感じ。

豊田さんのいままでのインタビューを読んでいると、やはり一般市民向けということもあるし、あと自分の仕事についてのノウハウに関することはあまり口外しない、ということもあるのか、自分にとっては表面的で、正直かなり物足りなく感じることも多い。(笑)




豊田泰久という人物の存在を知ったのは、いまから4~5年前くらい。

ネットやSNSにインタビューが掲載されていて、それを読んで、へぇー自分がよく経験しているホールの音響設計は、みんな豊田さんがやっていたんだな?という驚きだった。いまみたいな寵児的扱いでなくややマイナーで、この分野に自分は拘りがあるので、ちょっと気になる人ではあった。(笑)

永田音響設計の従業員は20名しかいないそうだ。少数精鋭なんですね。驚きでした。



豊田さんがメジャーとなるきっかけになった出世作は、1986年のサントリーホール。

Japan-Shaping-Sound_Tomi-625x378[1].jpg



当時は、コンピュータなどなかった時代なので、コンピュータシュミレーションによる反射音のパターン解析など、じつに膨大な計算量を手作業で行なわなければならなかったとか。

自分は、まず、ずばりコンサートホールの「音響設計」ってどういう仕事なの?という大きな疑問があった。

いまでこそ豊田さん人気で、脚光を浴びてカッコいい響きもある「音響設計」という仕事。

建築音響という学問は、自分もコンサートホールやその音響の仕組みを知りたくて、ずいぶん専門書を買い込んだのだけれど、でもそこはまさに数学、物理学の数式の世界。そんな華やかな世界とは程遠いじつに地味で大変な世界なのだ。

コンピュータシュミレーションの出現は、この世界に大きな革命をもたらした、と言っていいと思う。


自分の友人に、建築音響関係の仕事に携わっていた方がいて、昔、その方から簡単だけれど話を聞いたことがある。昔に聞いた話なので、記憶が曖昧で申し訳ないが、こんな感じだったと思う。

コンサートホールを設計&建設するということは、まずスポンサーというか興行主がいて、この方たちがどのようなコンサートホールにしたいのか、しいてはどのような内装空間にしたいのか、指針を立てる。

もっとも大事で大きなポイントとしては、とどのつまり、どういう音楽ビジネスをやるホールにしたいのか?というビジネス面からの考察がまず最初に来る。

つまりこれを大枠として、まず決める。とにかくこの方々の意見がまずは1番影響力が大きい、と聞いた。

なにせスポンサーなのだから。


そこに施工主&設計事務所が絡んでいって、その内装空間のデザイン設計をさらに細かく詰めていくのだという。

こういうホールの建築というのは、まさに行政も絡んできて、本当に大変なBIG Project。普段の自分の日常の世界では想像もつかない。

もちろん自分は建築は門外漢なのだが、音楽ホール設計ならではの専門の設計ポイントが絶対あるはず。

どういうホール形式にして、ステージをどこに配置して、観客席をどう配置して、その観客席からのステージの見え方(SightLine~視覚線)をどうするのか?ステージ床下の構造・・・などなど、まさに音楽ホールならではの専門的スキルポイントが数多あるはず。

音響設計というのは、その後に来るものなのだ。

まず、ホールの音楽ビジネス形態、そしてホールの内装空間デザインの大枠コンセプトが決まらないといけない。

豊田さんのインタビューで、「音響設計の仕事は、突き詰めると、部屋の形と材料を決めること」と断言している。建物そのものを設計する建築家と相談しながら、どういう形状の反響板や反響壁をどこに置くかなどを考える。

最近は、反響板の形や材質もさまざま。

ハンブルグのエルプフィルハーモニーのあらゆる壁面には、ホワイトスキンと呼ばれるこんな貝殻状の凹凸がある。反射音をホール内に均一密度分布で拡散させるのが目的。これも音響設計の大事な役割。

073[1].jpg



ホールの音響って、どこで決まるファクターなのか?

ホールの形状、壁、天井、床の材質、容積、反響板の設置、こういったところで、ホールの音響って決まるはず。

そうすると、プロセスとしては1番最後に来るものとはいえ、内装空間のデザインを考えていくのと同時に、こういった条件を設計事務所の方々と議論しながら、進めていく。


音楽のコンサートホールにとって、音響は命。この音響面という立場から、施工主&設計事務所と協議を進めながら、内装空間を仕上げていく仕事が音響設計なのだろう。


もちろん容積が大きな要因になる残響時間とか、壁、天井、床からの反射音のシュミレーション、反響板の設置位置とか、そのホール内の音の流れを十分にシュミレーション、解析するのがそのときの大事な仕事。

なにせコンサートホールなんて建ててしまって、実際の音響は全然ダメでした、取り壊してやり直します、なんてのができない世界。

できるまでが勝負。慎重に慎重を重ねる。

そういった意味でコンピュータシュミレーションの登場ってこのビジネスに革新的な進歩をもたらしたのはよく理解できる。

でもそういったシュミレーションでもどうしても解決できない細かいポイントがあって、それを実際に確認するには、やはり1/10くらいの縮尺の模型を造って反射音、音の流れのシュミレーションをチェックするのだそうだ。

音響設計家の中には、模型を造らない人もいるらしいが、豊田さんはかならず模型は造る派。

古い写真で恐縮だが、下記の写真は、カラヤンのベルリンフィルハーモニーを作成するときに造った模型。当時はコンピュータシュミレーションなんかなかった時代だから、模型での実験は大事なプロセスだった。

25940505_2011724641_251large[1].jpg



「オーケストラ奏者や聴衆の人形も10分の1。その中の音の波長も10分の1になるのだけれど、音の速度は変わらないから周波数が10倍になる。だからまず話し声や音楽を普通に録音して、模型の中で10倍のスピードで再生する。キュルキュル キュルキュルっていう音。それをまた録音して今度は10分の1の速度で再生するとホールの中の響きがそれについてくる。これが基本的な理屈です。

模型実験で計測できるのは物理的な特性なので、ホールが出来上がったときに良い響きになるかまでわかるわけではありません。模型の目的はいわゆる変なエコー、例えばステージの上でパンって手をたたいて、エコーが遅れてパパンと返ってきたり、人間が片耳で聴いているときにはエコーとして聞こえないけれど、両耳で聴くとエコーが聞えるといったことを検知するのに適しています。」

・・・だそうだ。(笑)



もちろん建築中の出来上がってきてからの音響調整も大事な仕事。至る場所で残響時間を測定して、ここの部分にもうちょっと吸音材を貼るとか、そういうカット&トライの作業も後工程で多い、と聞いた。


我々、聴衆の立場からすると、コンサートホールの座席によってずいぶん音響が違って聴こえるのはどうしても遭遇してしまうことだが、設計する立場からすると、もちろんすべての座席に均等な音響で、ということを念頭に設計している。

でも実際現物ができると、どうしてもスィートスポット、デッドスポットというのはできてしまうものなんだろう。

難しい永遠の課題ですね。




豊田さんが関わるホール形状は圧倒的にワインヤード・スタイルだ。

別にシューボックスを否定する訳ではなく、やはりそこには収容人数のキャパの問題があり、現代のニーズに合わない。

最近のクライアント側の要望は、圧倒的にワインヤードが多いそうだ。

シューボックスの音響的な利点を出すためには横幅の制限があるので、大きくするには客席を縦に広げるかバルコニーを深くするかになる。でもバルコニーの下は音響的に難しいし、妥協しなければならないことがたくさん出てくる。そうするとどの客席からもステージが近いというワインヤード・スタイルの利点が出てくる。

でも単にそういう技術的な観点だけではなく、もっと違う意味合いで、ワインヤードの最大のメリットは、「intimacy」という独特のキーワードを使って説明されていらっしゃる。

日本語で言うと親密感とか親近感。

シューボックスだと ほとんどの席がステージを向いているので他のお客さんは基本的に背中や後頭部が見えるだけで顔は見えない。それに対してワインヤードでは他のお客さんもエキサイトしている顔が見える。

そういう意味で、親密感。

確かにワインヤードって昔からステージとの一体感が売りな訳で、そういう意味で他のお客の顔が見える、というのは、その波及効果ですよね。


ワインヤード型のホールの音響設計は難しい。もともとが音を反射する仕組みになっていないので、その仕掛けを造るにはある意味ノウハウがいる。ワインヤードのホールは、どう設計すればいい音響ができるのか、もう大体経験上わかってきたそうだ。





とにかく最近のワールドワイドな活躍は素晴らしい。世界の話題の新しいコンサートホールの音響設計には、必ずその名前を連ねているのではないだろうか。

いままで携わってきた作品として、サントリーホール、札幌コンサートホールKitara、京都コンサートホール、フィルハーモニー・ド・パリ、ピエール・ブーレーズ・ザール、そして話題のできたてほやほやのエルプルフィルハーモニー・ハンブルグなど、数えきれない。

自分は、1人の人間がこんなにすべてに関わって駆け回るってありなのかな?とも正直思ってしまう。でもそこは実力、評判の連鎖がものをいう世界なんですね、きっと。


最近のニュースでも、たとえばロンドンの新ホール。ロンドンといえば、まともなコンサートホールがないことで有名だが、ついにワールドワイドなコンサートホールを建設することを公式発表した。

ベルリンフィルを退任するラトルがロンドン交響楽団(LSO)に就任するとき、ロンドンに新ホールを建設することが条件だったとか。(確かにいまのLSOの本拠地のバービカンセンターじゃ、ラトルのプライドが許さないだろう。)音響設計は永田音響設計。ここも豊田泰久さんが絡む。

設計事務所は、ニューヨークとロンドンに拠点を置くDiller Scofidio + Renfroというデザイン・チーム。London Centre for Music projectと題してプレス発表されている。2.5億UKポンドのファンディングを募って臨む。



また下の完成予想図が2021年に完成するBR(バイエルン放送交響楽団)の新ホール。ミュンヘンに建てられる。モダンな外装と内装空間デザインである。このホールの音響設計も豊田さんらしい。


860x860[1].jpg


940x528[1].jpg



BRの本拠地ホールとして新しいホールをミュンヘンに建設するというのは、ヤンソンスの長年の祈願であった。

ヘラクレスザールは音響は素晴らしいが、楽屋や事務局のスペースが今日のインフラ基準に照らしてあまりに狭いし、ガスタイクのフィルハーモニーはあまりに音響が悪い、ということで、ずっとミュンヘンに新しいホールが欲しい、ということでヤンソンスが祈願していたのだ。これを理由にベルリンフィルの次期首席指揮者レースも辞退している。


ヤンソンスは、かねてより、日本のコンサートホールの音響の良さ、ホールとしての水準の高さを絶賛していて「サントリーホールと愛知芸術劇場コンサートホール、 札幌コンサートホール Kitara、ミューザ川崎シンフォニーホール。この4つが私にとって理想のホールで、ミュンヘンにも同水準のホールがほしいと長く願ってきた」と、日本の音響設計への信頼を明らかにしていたくらいだ。



なんか笑い話で、こんな話も新聞の記事に載っていた。ある元日の朝、ゲルギエフから電話がかかってきて、「いまサンクトベテルブルクでヤンソンスと食事をしているんだが、札幌と川崎、どちらの音がいいか、議論になった。君はどう思う?」

「マエストロのお子さんは何人ですか?」「どのホールも自分の子供。優劣などつけられない。」





最後に、これはあるインタビューでの発言で、豊田さんの名言だと自分は思っているのだが、紹介しておこう。



ホールの音響とオーケストラ伝統の音との関係。

例えばウィーンフィルはどこで演奏してもウィーンフィルの音が出るし、モダンなデザインのホールではウィーンフィルの特徴は出ないというわけにはいかない。だからホールの音響というものは普遍的でジェネラルなもの。

ボストン交響楽団のサウンドはどういうものですかと言ったら、皆イメージするものがある。でもそれはボストン・シンフォニーホールが出来たときに最初からあったわけではなく、そこで長い間やっているうちに我々の中にできあがったものであって、新しいホールをつくるときにはそういうイメージはないのではないだろうか。


だから例えばエルプフィルハーモニーがオープンして、NDR(北ドイツ放送)エルプフィルハーモニー管弦楽団がそこでレジデンス・オーケストラとして、これからその伝統を作っていく。


新しいホールの響き&オーケストラの伝統のサウンドは、ホールを作った時にはなにもなくて、そこのレジデンス・オーケストラが長年かけて、そのイメージを作っていくもの。




この分野で、こんなスーパースターの日本人が存在して1人で世界を駆け回っているなんて、本当に驚く限りで、我々日本人の誇りだと思うが、そんなこと実現できっこなくて恐れ多いことだが、お話しする機会があれば、かねてより自分が疑問に思っている数多なことなど、いろいろ突っ込んだお話をしてみたい気もしたりするのだ。(笑)









nice!(0)  コメント(0) 

2Lのマルチフォーマット音源 [オーディオ]

高音質指向型のマイナーレーベルと言えばPENTATONE,BIS,Channel Classics, CHANDOS,RCO Live,SIMAX,そしてmyrios classicsというところが、自分の愛聴している定番のレーベルであった。

北欧のレーベル 2Lの存在は、もちろんよく知っていたが、不思議と所有しているディスクは少なく縁がなかった。

今回、3Dサラウンド、イマーシブオーディオとか立体サラウンドと呼ばれるDolby Atmos/Auro-3Dなどのデモソフトとして急に脚光を浴びた感じだった。

デモソフトとして重宝がられる理由は、同一音源を、SACD,LPCM 2.0,DTS HD Master 5.0,Dolby Atmos 9.0,Auro-3D 9.0 とマルチなフォーマットでエンコードしていて、会場でフォーマットの違いによる聴き比べができるからだ。

SACDと、後半の4フォーマットは、Blu-ray Audioに格納しての2枚組としてパッケージされている。BD Audioのほうは、静止画のメニュー画面のオーディオ設定のところで、フォーマットを切り替える。

こういうマルチなフォーマットを全部対応してくるというのは、かなり音質に拘る高音質指向型のレーベルだといえる。

2Lは業界初で、BD-Audioを導入したレーベルだそうで、そういった大容量の物理媒体を手に入れたからこそ、こういう芸当が実現できたのだと思う。

自分が聴いてみて、驚いたのは、録音が素晴らしいのだ。

かなりいい。

後述するが、録音場所に拘りを持っていて、その空間の捉え方が絶妙で、なんか独自のカラーというか、トーンポリシーを持っている感じがする。

かなり強烈で独特なサウンド。

2Lについては、AV雑誌のAV REVIEW Vol.264に詳しく特集が組まれている。大変参考になった。

ぜひご覧になってみてください。

ここでもちょっと紹介してみる。

2Lはノルウエーのオスロで2001年に誕生したレーベル。北欧ならではの音楽を制作したいというモーテン・リンドベルグ氏によって設立された。

モーテン リンドベルグ.jpg
モーテン・リンドベルグ氏



17434825_1306213919414031_5612153161386269224_o[1].jpg
2016年11月にドイツ・ケルンメッセで開催されたトーンマイスターグング2016での公開ディカッションにも参加した。(1番右)




2Lの録音の特徴は、3次元の2L-Cubeと呼ばれる独自のメインマイクアレイを使用していること。

2L-Cube

2L cube-1.jpg


2L cube-2.jpg



写真を見ていただければ分かるように、上下の2段構成になっていて、下段のほうが、L,C,R,SL,SRの5本の水平サラウンドの配列になっている。

そして上段のほうが、その真上に存在するハイト・チャンネルの4本のマイク。

補助のピックアップはほとんど使わないそうだ。

編集のときも、イコライザーやダイナミックレンジの処理をほとんどおこなわないことをモットーにしている。これはあくまで自分の推測だが、そういう処理が必要ないのは、その録音をおこなっている場所、ロケーションによるところが大きいのだと思う。

彼らが録音をおこなう場所は、大抵が北欧の天井の高い教会や大聖堂の大空間。だから天然エコーなのだ。もうその時点で、そういう空間&アンビエンスを,十分なレンジを確保さえして収録すれば、余計な人工的なイコライザー、ダイナミックレンジの処理はやらないのだと想像する。

2Lのサウンドは、いかにもそういった大空間の感覚が味わえ、残響感たっぷりの天然エコーにまみれたサウンドという感じなのだ。

特に高さ方向の空間をかなり強烈に感じる。上の方向に突き抜ける感覚というか。

聴いていると、まさにその教会、大聖堂の空間に自分がワープした感覚に陥る。

昔、長岡鉄男先生の長岡ソフトと呼ばれたオーディオファイルなら誰でも知っている「カンター・デ・ドミノ」。あれのサラウンド・ヴァージョンだと思ってくれればいい。(笑)

それプラス透明感が増した感じ。

2Lのサウンドの特徴を一言で言えば、そんな感じなのだ。

そして、もうひとつの2Lの収録の特徴と言えば、収録現場の空間の残響成分をリアに振り分けるという一般的なサラウンドの手法というよりは、マイクを中心に置いて、演奏者&楽器をぐるりと円形に配置すること。

882627_609367749098655_1305330147_o[1].jpg


Magnificat-6[1].jpg


193559_191230524245715_4051862_o[1].jpg



こうすることで、すべてのチャンネルを同等に利用したサラウンド手法が彼らのやり方。確かに彼らの録音を聴いてみると、フロントL,C,RとリアのSL,SRの成分が、直接音、残響音の関係というより、5本から同等に直接音が出て合成されているサラウンドなのだ。リアから確かにダイレクトの音が聴こえる。

もちろんハイトチャンネルに関しては、高さ方向のアンビエンス、残響音専門となる。


こうすることで、演奏家自身が体験する響きに近づき、聴いている側が、演奏家同士のやり取りなどが体感できるなどの効果があるのだそうだ。

先述のトーンマイスターグング2016での公開ディカッションでも創立者モーテン・リンドベルグ氏は、この演奏者&楽器とマイクの配置関係について自分たちの独特のカラーを打ち出す特徴だと述べていた。


ただいつもこういった配置関係で録音しているか、というとそうでもなくて、マイクに対して普通の位置関係での場合もある。ケースバイケースなのだろう。

下の写真は、いたって普通。昔は普通配置だったのかな?

193450_191236387578462_1679546_o[1].jpg


902198_516245311744233_821578423_o[1].jpg


919700_517010178334413_477404836_o[1].jpg



そんな独特の2Lサウンド。

2枚ほど、購入してみて聴いてみた。2枚とも、バランスエンジニアは、創立者のモーテン・リンドベルグ氏が直々にやっている。 


062[1].jpg

「マニフィカト~アルネセン、カーニス、ヤイロ」
トロンハイム・ソロイスツ、ニーダロス大聖堂少女合唱団、他
(SACD+ブルーレイ・オーディオ)


https://goo.gl/kT8Zpj


ニーダロス大聖堂少女合唱団と、1992年の創設から合唱団を指揮する芸術監督アニタ・ブレーヴィクの委嘱による作品。合唱、オルガンと弦楽オーケストラに、曲によってソプラノとピアノが加わる。

ノルウェー、トロンハイム、ニーダロス大聖堂で収録された。
まさにこんな大空間!


1462830_609368375765259_186161425_o[1].jpg


2Lサウンドで3Dサラウンドの代表作とも言える作品。
透き通った合唱の声やソプラノが、天井方向に突き抜けるように抜けていく感覚は圧巻。
恍惚に浸れる。そしてなによりも音楽が美しいウットリするような調べなのだ。

透明感があるサウンド。天使の音楽、そんな感じですね。
じつに秀逸な作品だと思う。ぜひお薦めの1枚です。 


875[1].jpg


「わたしの愛も~現代合唱作品集」 
ニーナ・T・カールセン&アンサンブル96
(SACD+ブルーレイ音声ディスク)

https://goo.gl/5Brxiv


オスロの室内合唱団「アンサンブル 96」のアルバム。
オスロのウラニエンボルグ教会で収録された。

2Lディスク.jpg



これは、じつはまだ届いていない。(笑)
でも先日のシアターAVショップでのAuro-3Dデモのときに先行で聴かせてもらった。
合唱が全体を成すアルバム。これもじつに美しい声のハーモニーが織りなす音のさまに圧倒される。やはり同じ2Lサウンドのカラーで、天然エコーで突き抜ける高さを感じる秀逸なサウンド。
早くじっくり聴いてみたい。


2Lサウンドに接してみた印象は、じつに録音がよくて、透明感のあるサウンドで驚いた。高音質指向型で拘りのあるオーディオファイル向けのレーベルだという印象を抱いた。


逆に考えてみると、いち早く3Dサラウンドの導入を決めたのも、単に新技術に敏感に反応するという先進的な立ち位置もさることながら、彼らの環境が、教会、大聖堂が豊富に存在して、そこを録音の本拠地にしているというところが、”高さ”を必須条件としている立体サラウンドにも合致したのだと確信してきた。

誉めてばかりもなんなので、敢えて辛口のコメントを一言、言わせてもらうと、ある意味ワンパターンかな、という感じもしない訳でもない。いわゆるどのアルバムを買って聴いても全部同じに聴こえるという・・・。

北欧の教会、大聖堂の大空間の天然エコー、突き抜ける高さ、透明感のあるサウンド、合唱、女声ソプラノ。。。


これが2Lサウンドのキーワード。

自分は、普通にコンサートホールでオーケストラを聴きたい、室内楽を聴きたい、というアベレージな欲望もあるので、そういった意味で、2Lはたまに聴くなら最高。録音もいいし、という感じの位置づけかな。


でも、それがトーンポリシーなんだからいいのだ、と思う。自分のレーベルのサウンドのカラー。どのレーベルでもその録音の特徴が各々違っていて独自の特徴、独特のカラーがある。

だから、これが2Lのトーンポリシーと堂々としたこれだけのカラーを打ち出せているのだから、立派なものだと思えるのだ。






nice!(0)  コメント(0) 

SACDとBlu-ray Audio [オーディオ]

3Dサラウンドは、音声のコーデックがPCMのハイレゾなので、それをさらに9.0ch分とかなると、記録媒体のお皿の容量は、大きいものを使わないと、その巨大のデータを格納できない。

いままで、デジタルオーディオの記録媒体といえば、CDとSACD、そして最近になってBlu-ray  Audio(以下BD-Audio)、そして映像用のBlu-ray(以下BD)とある。


yjimage[3].jpg



SACDというのは、じつは物理媒体としては、DVDのディスクを使っているのだ。

昔、DVDフォーマット戦争のときに、ソニー・フィリップス陣営と東芝陣営が争ったときに、ソニー・フィリップス陣営が主張していたお皿を、そのままSACDの物理媒体として採用しているのだ。(SACDはソニー・フィリップスのフォーマットです。)

だから記録容量は、4.7GBしかない。

そのソニー・フィリップス陣営のDVDのお皿の中に、格納する音声信号の処理の仕方がDSD(DirectStreamDigital)を施して納めているのがSACDだ。

DSDとPCMのコーデック(信号処理)の違いはこれ。

上がPCMで下がDSD。

DSDPCM.jpg



PCMは、音声の原信号を、あるサンプリングタイム(サンプルする時間軸の幅)で振幅を、デジタイズしていくやりかた。

このサンプリングの間隔が狭くなるほど、ハイレゾな訳で、CDで、44.1KHz、ハイレゾになると48KHz,96KHz,192KHzとなっていく。

狭くなれば狭くなるほど、原波形に近い形にデジタイズできる。

一方で振幅方向の細かさは、ビット深度と言われ、CDは16bit(2の16乗の細かさ)、ハイレゾになれば、24bit,32bitとなっていく。ビット深度も大きくなればなるほど、振幅方向に細かくデジタイズ(高さの表現の細やかさ)できる。

結局PCMは、この縦(振幅)と横(時間軸)の細かさで、ハイレゾの度合いが決まる。

ハイレゾとは、縦(振幅軸)や横(時間軸)でサンプルする間隔が細かくなるので、それだけ原波形に近くなり、それイコール、デジタル化された後のデータ量は膨大になっていくことを意味する。



一方で、DSDは、音声の原信号を、ビット深度は1bitで固定、その1bit波形のパルス幅を可変させてその幅の長さで原信号を表現していく。

ある意味パルス変調みたいな感じ。サンプリング周波数(つまりこの場合は幅の長さの細かさに相当する)は、2.822MHzとかなり高い。

だから、こういう波形処理なので、DSDってある意味、原波形のアナログ波形に近い形で表現できるわけで(この波形をD/Aすればそのままアナログ)、それがSACDはアナログに近い音で、柔らかい質感と呼ばれる所以である。その原因は、その音声処理のコーデックの仕方にあった。空間が広く録れる感じもこちら。クラシックはこちら。(ジャズもSACDが多いです。)

逆にPCMは振幅単位でデジタイズして、サンプリング周波数もKHzオーダーなので、いわゆるガクガクの波形であって、いわゆるメリハリがあってアタック感がある明瞭な音の質感と言われている。ロックやポップスはこちらかな。

DSDのハイレゾは、このパルスの幅の間隔の表現が細かくなっていくことで、もちろん細かくなればなるほど、原波形に近い形で表現できることを意味する。(それイコール、データ量がどんどん多くなる。)

SACDで、2.822MHz、そしてハイレゾとして、5.6MHzと11.2MHzがある。

でもこういうパルス変調の場合、サンプリング周波数が高くなるほど、こういう変調方式で、しかもPCMと違って、もともとのサンプリング周波数が高い訳だから、それをさらに何倍かに逓倍処理したら、それこそノイジーになる傾向になるのは当たり前で、必ずしもハイサンプリングになればいいとは限らないと聞きます。サンプリング周波数をどんどん上げていくほど、音質が上がるように感じる聴感カーブは、停滞気味になるらしい。リニアじゃないのだ。これはサンプリング周波数が低いPCMハイレゾでも言えると思います。


PCMのハイレゾの2chやサラウンド5.0ch(5.1ch)、そして3Dサラウンド9.0ch(9.1ch)を格納するのがBD-Audioや映像BD。BDは、片層25GB、両層で50GBで大容量。

だからハイレゾのような大容量のデータを格納できるのはBD。ましてや3Dサラウンドのような9.0chのような多チャンネルのハイレゾの大容量データを格納できるのは、もうBDしかない。

映像ソフトの場合、5.0(5.1)サラウンドの場合、DTS HD Masterというロスレスの圧縮をかける場合が多い。これは決まったお皿の容量に、映像ソフトと音声ソフトを格納しないといけないので、音声は圧縮するためである。

3Dサラウンドの場合は、いまのところ圧縮しないで、そのままPCMハイレゾの多チャンネルで格納されている場合が多い。(たとえば、Dolby Atmosは、PCM 48/24,Auro-3DはPCM 96/24)

あくまで私観としてだが、BD-Audioはフォーマットしては、マーケット的に正直成功しているとはまったく言えないのではないか、と思っている。

再生するのに、メニュー設定でモニター画面が必要だし、静止画を見ながら音楽を聴く、というスタイルが、オーディオとも言えないし、ヴィジュアルとも言い難い、なんとも中途半端な立ち位置に感じるからだ。

でも最近、3Dサラウンドのデモソフトとして、BD Audioが見直されている。
北欧のレーベル 2Lのソフトがその最先端にある。

彼らは、マルチフォーマット音源という実験的なアプローチで、同一音源をSACD,LPCM2.0,DTS HD Master 5.0,Dolby Atmos 9.0,Auro-3D 9.0でエンコードして、SACDと後者の4フォーマットはBD Audioに収めて、2セットで提供するというスタイルを提供している。

まさにこういうケースの場合、大容量のBDという物理媒体が活躍するのは必然の経緯だと思う。

2Lは、BD Audioを最初に導入したレーベルだそうで、こういう実験的で、先進的なアプローチも納得いくところだ。

自分は、3Dサラウンドは、BD Audioとしてよりは、映像ソフトBDの音声フォーマットして採用されるケースが、ビジネスの本流だと思う。


SACDは、CDに対して差別化するマニア向けの高音質ディスクとしての路線を歩んだ。
結局、普及というよりは、高音質指向型のマイナーレーベル中心に、ニッチな市場となった。

でもBD Audioが映像機器であるBDプレーヤでの再生になってしまうのに対して、SACDは純粋にオーディオ機器としての再生という位置づけ。

やはりオーディオファイルにとってハイエンドオーディオは、映像機器と隔離するべき、という古の拘りがあって、SACDはその象徴的な位置づけでハイエンドオーディオの道を歩んできたと感じる。

(でも最近はOPPOのようなユニバーサルな機器が出てきて、そうでもなくなっている現状。でも自分は古い時代の人間なので、ユニバーサルプレーヤという発想はどうも好きになれない。)

自分はSACDの最大の魅力は、広帯域化による2.0ch再生というよりは、ダイナミックレンジの広い5.0サラウンド再生に最大の魅力を感じる。

SACDは、映像とは別次元の、音楽サラウンドの象徴的存在である。

現在も、これをモットーに最大の”SACDサラウンド”愛好家である。

DSDのハイレゾ(5.6MHz,11.2MHz)は、それを格納するお皿の物理媒体がないので、どちらかというとネット配信の世界で、その活路を見出しているように見える。ストリーミング再生、そしてファイルダウンロード再生である。


3Dサラウンドの登場で、それらの大容量を格納できる唯一の物理媒体であるBDに着目をせざるを得ず、思わず基本に戻ってみたい、と思って、日記にしてみた。

さらにその先には、UHD BDがあるんでしょう。







nice!(1)  コメント(0) 

BARBARA Expo. in Philharmonie de Paris [シャンソン]

コンサートやステージの開催時、それら公演の宣伝を一切行わないにもかかわらず発売直後にチケットが完売する現象は「神話」と呼ばれた。

自分は、シャンソンを聴く趣味がなかったので、バルバラという歌手のリアルタイムの活躍を知らない。(1930~1997没 67歳)

ゴローさんの日記で初めてその存在を知った。


DMGODj1XUAENvn-[1].jpg



でも自分の中にずっと強烈に記憶に刻み込まれていたのは、そのフォトに見られるなんか強烈な個性というかカリスマだった。

目元のアイラインといい、全体の容貌がまさに妖気が漂っているというか、何とも言えない狂気、神がかっている存在感、雰囲気がある。



これにやられた。

自分は演奏家や歌手を気に入るとき、もちろんその力量やセンスなどの中身を気に入ることが前提だが、結構ルックスというか全体のシルエットが醸し出すオーラから入って気に入ることが多い。




いわゆる「持ってる」感があるアーティストが好き。

バラバラという歌手は、まさにそんなゾクゾクっとするオーラがある。

そうこうしているうちに、オーディオ仲間の日記でもバルバラを愛聴している投稿なんかを目にするたびに、これは1回でも彼女のアルバム、声を聴かないとなぁとずっと思いながら時が過ぎていた。

そんな中で、パリの新ホールであるフィルハーモニー・ド・パリで、「バルバラ・エキスポ(展示会)」なるものが、2017/10/13~2018/1/28の期間で開催されているのを知った。

Barbara Expo-2.jpg
                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                       
Barbara Expo.jpg



嫌が上でも毎日その様子が目に入ってくると、やはりバルバラという歌手に触れてみる、彼女の歌を聴いてみるのが、”いま”なんだな、と閃いた。

このイヴェントは、まさにバルバラへのオマージュという意味合いが強く、彼女に関する写真パネルや関連の展示、またおそらく彼女の曲をいま現代のアーティストで歌い演奏するミニ・コンサートも開催されている。いかにパリ市民の中で深く愛され、神話&伝説化されてきた歌手だったかという証明なのだと思う。


そんな様子をちょっと。

パリのメトロにイヴェントの告知のポスターが。パリの街中のあちこちにこんなポスターがあるに違いない。


22383968_1852889931418358_4624217996285781595_o[1].jpg



22426346_1852889664751718_1593115033912600407_o[1].jpg



22459106_1852890211418330_2051555135430577190_o[1].jpg



このイヴェントにはチケットが必要。ゲットして喜ぶパリジャンヌ。

DMCi0CuX4AEkP3P[1].jpg



このようにミニ・コンサートが開かれる。

DMGiNQ5W0AMXHI7[1].jpg



バルバラには、赤いバラがよく似合う。CDコンサート。

DMIbuwAXcAAbty0[1].jpg



そんなバルバラ。彼女のことをゴローさんは絶賛していた。



多感な10代に戦争を体験している。

ユダヤ系のバルバラの場合は ナチス占領下のパリを逃れ、ブリュッセルなどを転々とする。その中で家族が崩壊してゆき、父親は出奔して行方がわからなくなる。 そうした少女時代のトラウマは、「私の幼いころ Mon Enfance」というバラードに歌われている。

そしてバルバラがメジャーにデビューする頃、突然行方不明だった父親から連絡がある。再会のためにナントに急行したバルバラを待っていたのは、息を引き取ったばかりの父親の亡骸だった。

そんな辛酸をバルバラは「ナントに雨が降る」という私小説的な歌として吐き出さずにはいられなかったのだろう。

そんなバルバラの歌には「生々しい痛み」がある。
血が噴き出している心の傷口を露悪的なまでに大衆にさらす・・・
それだからこそ得られるカリスマ的な共感を彼女は得ていた。

また凄惨な内容であっても、彼女が紡ぎ出す言葉には、単なる戯言・恨み節を超えた「詩情」というべき香りを感じさせた。


バルバラの歌は、それは衝撃的な体験で それまで聴いたことのない「歌」だった。

早口の語りが自然にメロディーとなり、自然と語り終わるようにメロディが終わる・・・そんな歌。

言いかえれば 思いっきり言葉に寄りかかった音楽なのだ。

それでいて音楽的なフレーズ感があり、時折ふっと飛翔するように登場する断片的なメロディがバルバラの声と相まってなんとも魅力的だ。

世界のワンマンショーの中に「A Peine つかのま」という歌があった。
その歌が とりわけ印象に残ったのは、単に美しいだけじゃなくて異様なセクシーさを感じたからだ。

なぜか その歌だけNHKは歌詞の字幕を出さなかった。

簡単に言えば、主人公の女が 朝に男を送り出した後で昨夜の情事で残る愛撫の感触を 思い出してゆく・・・そんな内容だ。 バルバラは そうした歌でもユニークな魅力を発散する歌手なのだ。

「ナント」に見られるような「死・・・タナトス」と
「ア・ペイヌ つかのま」のような「エロス」
その両方を同時に、人生の鮮やかな断面として感じさせてくれる・・・
そんなかけがえのない歌手がバルバラだった。




彼女のアルバムをとにかく1枚購入して聴いてみないといけない。

生涯14曲の代表曲、そして14枚のアルバム。
どれがいいのか、すぐには見当がつかない。

まずはベスト盤のこれを購入してみた。 

81f7XqJBPsL._SL1400_[1].jpg


Best of
Barbara

https://goo.gl/npHCQZ

このベスト盤を選んで大成功だった。彼女の代表作がほとんど網羅されていて、聴いていて珠玉の名曲ばかり。バルバラの歌を聴いてみたいなら、まずこの1枚をお勧めする。

シャンソンの世界、魅力的なことこの上ない。けだるいムーディな雰囲気に、アンニュイなフランス語の発音が自然と溶け込む。まさにシャンソンは、フランスの歌曲だ。

バラバラの声は、美声というより、もっと妖気漂う存在感のある、まさにシャンソンを歌うためにあるような、聴いている者に対して畳みかけてくるような説得力のある声。

映像なしの音楽を聴いているだけでも、彼女のカリスマな姿が目に浮かんでくる。

早口の語りが自然にメロディーとなり、自然と語り終わるようにメロディが終わる。
言いかえれば 思いっきり言葉に寄りかかった音楽。

彼女の歌を表現するのに、まさに的確な表現だと思う。

まさにその狂気ともいえる妖艶な彼女のカリスマなルックス、まさにその歌を通しての彼女の表現(死とエロス)のカラーにも相通ずる、伝わってくる熱いものがある。

自分もすっかりバルバラの魅力に憑りつかれたようだ。



バルバラという歌手へのオマージュである「BARBARA Expo」、来年の1月まで開催されています。






nice!(1)  コメント(0) 

Auro-3Dのデモンストレーションを聴いてきました。 [オーディオ]

いまのサラウンド以上に家庭内での実現の敷居は高いと思うが、まずは夢がある。3次元立体音響や3Dサラウンドと呼ばれるフォーマット。

期待はしていたが、自分の中で、現実問題どの程度のものなの?という、どこか懐疑的だったことは認める。

Dolby Atmos/DTS-Xについで、待望のAuro-3Dが上陸。
3Dサラウンドについては、Auro-3Dの製品が市場に出たら、デモを聴きに行こうと決めていた。

きっかけは、ポリヒムニア。

彼らがPENTATONEのSACDを収録をするときに、マイキング含めた収録方法にAuro-3Dを使い始めたことで、その存在を知った。

22384208_1342440792533964_8071337850752137159_o[1].jpg


彼らの映像素材を扱うスタジオ。

「5.0.4」の9.0chの構成。彼らは、クラシックのサラウンドなので、ウーハーLFEの0.1chは使用しないのだ。天井SPには、B&W N805を使い、逆さまにして天井から吊るしている。

このスタジオでオーサリングされたAuro-3D音声の映像ソフトもすでに市場に出始めているのだ。 


404[1].jpg


ダニエレ・ガッティ指揮ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団
マーラー2番「復活」

https://goo.gl/rUW6Uy

世界的な名ホールであるアムステルダム・コンセルトヘボウのホール空間を、3次元立体音響であるAuro-3Dで切り取ってくる。

ホームグラウンドにて、ここの音響を十二分に知り尽くしている彼らだからできる試みともいえる。

3Dサラウンドについては、いろいろAV雑誌で特集されているから、ここでは詳しくは書かないが、自分のために簡単に整理しておく。

まずSPの配置。

こちらがDolby Atmos/DTS-X (地上サラウンドが7chだが)。「7.1.4」という型。

Dolby Atmos SP.jpg



天井SPは、屋根に埋め込み型で、特にここの位置という特定のルールはなさそうだ。
この屋根埋め込み型をトップSPと呼ぶ。


こちらが、Auro-3D。「5.1.4」という型。

audro-3d-audio-example-xxx-57f53c6f3df78c690ff74185[1].jpg



天井SPは、地上SPの真上に位置する。ハイトSPと呼ぶ。フロントL,Rの真上にハイトL,R、そしてリアL,Rの真上にハイト・リアL,R。

さらに飛行機の頭上の移動感や天井の高い教会の響きなどを表現するために、ど真ん中の屋根埋め込み型のトップも規定している。


Auro-3Dの規格として、つぎの3つのレイヤーに分けている。

Auro-3D-Perception-Sonore-Naturelle[1].jpg



自分の耳から水平方向に取り巻いているサラウンドをLAYER1、そして耳の高さから抑角が30度にあたる高さ成分を認識するハイト成分としてLAYER2、そして頭上のトップ成分をLAYER3。

それが上のSP配置にそのまま反映されている。


Dolby AtmosとAuro-3Dは何が違うのか?

映画のDolby Atmos、そして音楽のAuro-3Dという住み分けがある。

作成手法の大きな違いは、Dolby Atmosはオブジェクトベース。Auro-3Dはチャンネルベース。

Dolby Atmosは、サラウンドに対して、高さ成分を”オブジェクト音”として追加していく。
個々の音の要素(オブジェクト)をレンダリング(描画)して3次元空間に立体的に配置していく感じ。


レンダリングというのは、そもそもCGの世界の言葉だから、極めて映像的な手法で、処理も難しくて負荷も重い。でもSPの配置を決めつけることなく、異なるSP配置でも実現、適合できるというメリットがある。

一方Auro-3Dは、製作者側であらかじめ定められた3次元のSP配置(チャンネル)に合せて音を振り分けて作り込まれる。だからSP配置は決まっているのだ。いままでのオーディオの制作、オーサリングの延長線上にある考え。いままでに高さ成分のチャンネルが増えた、というだけ。処理の負担も軽い。


ステレオ2chというのは、厳密にL,RのSPの位置決めをクリティカルに調整しないと、音像の位置のポイントや音場が広大になるポイントが現れてこない。そこを探るのが難しい。

でもサラウンドというのは、ある意味、そこまで厳密に調整しなくても、音像のピント・豊かな音場というのが簡単に実現できてしまう。サラウンドのほうがより簡単にこれらを手に入れることが出来る。もちろん難しい厳密な調整をすれば、お化けなサウンドが出来上がる。

自分は最初この意見にかなり抵抗があった。サラウンドとはいえ、最低限の決まりごと、セッティングを施さないとダメなはず。でも時間が経つにつれて、この考え方にも一理あると思うようになった。

3Dサラウンドについても同様のことがいえる。Auro-3Dの開発者の意向では、ハイトのSPは、地上のSPの真上に置いてほしいこと。そしてリスポジから30度の抑角にしてほしい。そうすると水平方向の音場空間と垂直方向の音場空間とシームレスに繋がるとか。


Auro-3Dのセッティングの要は、フロントの構成(地上&ハイト)をしっかりルールどおり準拠して欲しいとのこと。フロント重視のシステムなのだ。


ハイトSPの役割は、完全に直接音に対する反射音と限定している。ハイトSPから直接音が出てくるようなサラウンドの構成はあり得ないとのことだった。

音声のコーデックは、Dolby AtmosもAuro-3DもPCMのハイレゾ。2Lのソフトだと、Dolby Atmosは、48/24で、Auro-3Dは、96/24。


はじめて、この立体サラウンドの音を、自分の耳で聴いたのは、TIAS 2017でのDENONのブース。国内初のAuro-3D対応AVアンプということで、彼らのAVR-X6400Hの初お目見えのデモだった。

25940505_2266925098_3large[1].jpg


全チャンネルともDALIのSPを使用。ハイトSPの設置には、写真のようなスタンド・ポール型を使っていた。


主に2Lのソフトや映画ソフトを使ってのデモだったが、自分が予想していたよりは、まともな音場空間であった。確かに高さ成分を感じ取れる。ただ、歌い文句や予想していたより、イマーシブ感(包み込まれる感じ)は、いまいちかな?という印象。

やはりIASの国際フォーラムの部屋はオーディオ再生に向いていないし、第一部屋が広過ぎと感じた。フロントとリアの音場空間がつながっていないのが原因かな、とも思った。

エム5邸や、全国のツワモノ達のすごいサラウンド・システムをたくさん聴いてきた自分の耳の経験からすると、これくらいならもうみんな実現しているよ、という感じで、それよりも若干高さの改善があるかな、というレベルの感じだった。

これでは手放しでは称賛できないし、もうちょっと実ベースのいい環境で聴いてみたい、という欲望があった。

そこで、自宅の近くのホームシアター専門のAVショップの視聴ルームで、Auro-3DとDolby Atmosの聴き比べができる、というニュースを掴んで、行ってみようと思ったのだ。


視聴ルーム。

DSC01535.JPG



約18畳の広さ。専用リスニングルームとしては平均的な適切サイズ。ここでの視聴であれば、もっと真っ当な3Dサラウンドの評価ができると確信。

SPは全チャンネルとも、フランスのCabasse(キャバス)を使う。自分は知らなかったが、同軸ユニット搭載で世界中から高評価を得ているとか。オンキョウが代理店。

ハイト用のSPは、こんなに小さい。設置はスタンド・ポール型。

DSC01538.JPG


ハイト・リア。

DSC01539.JPG



こんなに小さくても、恐ろしく素晴らしい広い音場空間を実現するのだ。たぶん値段も一般コンシューマ向けと思われ、普及ベースの商品。現実離れしたハイエンドな世界よりも、3Dサラウンドの場合、こういう身軽で安い普及前提の商品のアプローチのほうがいいかも。より現実的だ。

結論からすると、こんな簡易型システムでも全然十分すぎる音場空間で、見事な素晴らしい立体空間だった。


もちろんDolby Atmos用には、すでに天井に埋め込み型のトップSPが設置されていた。

DSC01540.JPG




まず、一番自分が感動したのは、非売品のAuro-3Dのデモソフト。

ステレオ2.0→DTS HD Master 5.0→Auro-3D 9.0というように同一音源で、順次切り替わっていくソフト。確か森林の中の鳥のさえずりのようなネイチャーサラウンドだったと記憶する。


いわゆるサウンドの立体空間の移り変わりの効果を感じ取ってもらうデモソフト。

昔ゴローさんが、NHKでサラウンド特番を作ったとき、同じように、モノラル1.0→ステレオ2.0→サラウンド5.0と切り替わるデモソフトを作っていた。(ヨーロッパの街中で舟をこぎながらの音)

あれの3Dサラウンド版と思ってくれればいい。

これが効果てきめん!!

この非売品ソフトほっすいぃぃ~!

まずステレオで前方に平均的な音場空間が構築されると、そこから5.0サラウンドに切り替わると、一気に水平方向にサウンドステージが拡がる感じで、自分の周りが包み込まれる感じになる。そこから3Dサラウンドの9.0になると、高さ成分が加わるのがはっきり認識できるのだ。自分の耳の上から、ちょうどハイトSPのさらに上部辺りに音場空間が追加される感じ。

全体として、かなりリッチな音場空間になる。

これはふつうのソフトを聴いているよりも、ずっとその増設効果がはっきりと認識できると思います。

このデモソフトで、かなり正当な評価ができる、部屋の広さも適切、ということを認識した。

つぎに、2Lのマルチフォーマット音源のソフト。同一音源をDolby AtmosとAuro-3Dで収録してある。もちろんLPCM2.0やDTS HD Master 5.0でも。

これらはBlu-ray Audioに収録されているが、それとは別にSACDサラウンドのディスクもある2枚組なのだ。

2Lについては、別途日記にしようと思っているので、ここでは深く触れない。

かなり実験的で先進的なサウンドアプローチをするレーベルで、録音はかなりいいと思う。
3Dサラウンドのソフトとして、ここにきて、注目されているレーベルですね。 


875[1].jpg

「わたしの愛も~現代合唱作品集」 
ニーナ・T・カールセン&アンサンブル96

https://goo.gl/5Brxiv


天井がとてつもなく高いオスロのウラニエンボルグ教会で録られた室内合唱団の録音。

最初DTS HD Master 5.0で聴くが、これでも十分すぎるくらい音場空間で、この教会の大空間がよく録れていて、そこにワープしたような感覚になる。これをAuro-3D 9.0に切り替えると、明らかに高さが加わった感じがよくわかり、特に合唱の声の突き抜け感がかなり増える感じになる。

おぉぉ~明らかに高くなったね、という感じ。

Auroのモードには、Auro-2Dという設定モードもあり、ハイトSPを鳴らさないという設定もできる。Auro-3Dを聴いていて、そこからAuro-2Dに切り替えると、高さ方向の成分がスパッと切れてなくなり、水平方向のみ残るという感じで、その差分にガクッと来る。


さらに言えば、ある意味、Auro-3Dから、ステレオLPCM2.0に切り替えると、これは、もう本当に悲しくなるのだ。(笑)

ここで面白い実験をしてみた。

Dolby Atmosの適切な再生には、天井SPには埋め込み型のトップSPを使う。Auro-3Dの適切な再生には、天井SPには地上SPの真上に設置してあるハイトSPを使う。

Dolby AtmosをハイトSPの条件で聴くとどうなのか?

2LのソフトをDolby Atmosモードにして聴いてみる。

確かに高さは感じるが、合唱の声がAuro-3Dのときのように突き抜けるような感じではなく、自分側の前のほうに被ってくるような違和感がある。やはりハイトSPの設定の場合は、Auro-3Dで聴くほうがずっと適切だと感じた。

Dolby Atmosはオブジェクトベースなので、SP設定を選ばないで自由に空間にレンダリングするのが特徴なので、この現象はちょっと不思議だったのだが。。。

じゃあ、Dolby Atmosの本領発揮の条件で聴きましょう、ということで、SP設定を埋め込み型のトップSPにしてDolby Atmosの映画を視聴してみた。


やっぱり音楽のサラウンドと映画のサラウンドは、根本的に聴こえ方が違うし、聴き方も違うと思う。あの映画独特のド迫力のサラウンド効果は、もう本当に映画館、シアター。

音楽が静的な3次元空間の表現だとしたら、映画は動的な3次元空間の表現。移動感のリアルさがハンパない。

本当に頭の上の天井から音が振ってくる、という感じだった。(笑)

自分は映画は大好きだけれど、ふだん時間があまりなく映画をあまり観ない人なので、映画サウンドのクオリティの評価は、偉そうにしないほうがいいと思う。(笑)


ここで、考えさせられたのが、Auro-3Dは専門の音楽だけじゃなく映画にも触手を伸ばしているけど、将来、映画のDolby Atmos、音楽のAuro-3Dということになると、家庭の天井SPは埋め込み型のトップにしたほうがいいのか、ハイトにしたほうがいいのか、まさか両方設置するのはどうなのか?など両フォーマットの併用は、かなり家庭に負担を強いるし、ここがひとつの問題だよなぁと新たな課題を感じた。


Dolby AtmosやAuro-3Dが、天井SPの配置スタイルとして、トップでもハイトでもどちらでも兼用できるのかもしれないが、それが各々において最適なクオリティかどうかは疑問が残るところだ。


もうひとつの驚きなデモのひとつに、毎年正月元旦にウィーン楽友協会で行われるウィーンフィルのニューイヤーコンサート。

じつは、2014年から、今年の2017年までの3年間、ずっとこのコンサートをAuro-3Dで収録していたのだそうだ。 




081[1].jpg

ニューイヤー・コンサート2017 
グスターボ・ドゥダメル&ウィーン・フィル

https://goo.gl/TZMDZB


最近のニューイヤーコンサートはソニーがパッケージしているようだが、パッケージは正式にはAuro-3Dとは表記されていない。でもAuro-3D対応機器で再生すると、オーディオ設定のメニュー画面のところに、LPCM2.0やDTS HD Master 5.0のほかに、きちんとAuro-3D 9.0と表記されるのだ。

それを選択して再生すれば、Auro-3Dで再生される。つまり隠しコマンドなのだ。いままでパッケージに表記されていなかったのは、世の中にAuro-3D対応機器がなかったからだと思う。すでに世の中に発売されたのだから、来年からは正式にパッケージ表記されるようになるだろう。

残念なことは、このソフトを再生するときに、Auro-3DとDTS HD Mater 5.0の切り替えをしなくて、その差分を確認できなかったこと。訪問した時に、このソフトがかかっていて、じゃあ、本番デモ行きましょう、という感じ(笑)だったので、よく吟味できなかった。

TIASのほうで、ある程度視聴できたが、やはり音の沈み込みが秀逸かな、と感じはした。

クラシックのコンサートの映像ソフトは、自分が一番視聴している得意分野なので、このテレトリーできちんと評価したかった。

でもウィーン楽友協会という世界最高の音響空間も、すでに3次元立体音響で切り取っていた、という事実は非常に興奮した。


以上が体験したデモの全貌。

ハイエンドな世界ではなく、安価でコンシューマ向けの現実的な装置で、ここまでの立体音場空間が形成できるなら、自分は十二分に可能性のあるフォーマットだと確信した。

いますぐ自分の自宅に天井SP、3Dサラウンドの環境を敷くことは全く持って不可能だけれど、夢を見させてもらった。一般家庭にこれを施工するのは、やはりハードルは高いと思うが、技術の行く末として夢があることは絶対必要なこと。

サラウンドの次なる行先は高さ方向の3Dというのも必然だと思う。

まぁ、まずは映画館などのプロユースへの導入というのが当然の敷かれているレールかな?

もちろんSP設定が普通の5.1サラウンド環境でも、Auro-3D対応AVアンプがあればアップミックス機能を使うと、高さ成分が疑似ミックスされて、効果は作れるとのこと。

でも、でもだ。自分のかねてからの疑問だった、3Dサラウンドで収録した素材は、それをダウンコンバートした下位互換の5.1サラウンドでもその高さ成分が付加されていて、5.1サラウンドの収録機材、マイキングで収録した従来素材よりもメリットがあるのではないか、という疑問は、この日も解決できなかったのであった。(笑)













nice!(0)  コメント(0) 

オーボエのリード [クラシック学問]

木管奏者はオーケストラの華形スターだ。オーケストラの中央に陣取り、オーケストラのサウンドに嫋やかで色彩豊かなカラフルな音色を添える。撮影カメラが彼らを抜くときもとても格好いい。


開演前の調音のときもオーボエのラの音で始まる。

その中でも、特にオーボエは華があると思う。
木管楽器の中でも、とても人肌の感覚に近いというか、とても温もりのある音色だと思う。

自分は、また首席オーボエ奏者が出すソロ・作品集が昔からとてもお気に入りで、バッハやモーツァルトなど、とても心癒されて、世界中のいろいろなオーボエ奏者のソロ作品をコレクターしている。

そんなお気に入りのオーボエなのだが、昔から、ちょっと疑問なことがあった。

オーボエ奏者の方々のSNSの投稿を見ると、いわゆる”オーボエのリード”と呼ばれるものを、一生懸命、ご自分の自宅の作業台でナイフを使ってシコシコ作成している写真を投稿されているのだ。

「つぎのコンサートまでに、しっかり何ピースのリードを作成しなきゃ」ってな感じで。


このリードと呼ばれるものが、オーボエの楽器のどこに装着されるもので、吹くときにどのような働きがあって、なんでこのようなものを作る必要があるのか?謎だったのだ。

幾度か、ネットでググってみたのだが、きちんと説明している文献は皆無で、ずっと自分の中で謎だった。


そんな中で、新日本フィルの首席オーボエ奏者の古部賢一さんが、このたび日本銭湯文化協会「銭湯大使」を任命されて(笑)、そのインタビューでリードのことに触れてくれていて、自分のいままでの謎が一気に雲がなくなるようにクリアになった。

本当にありがたいです。

ぜひ紹介してみたくて日記にしてみた。

そのインタビューの中から、そのリードの部分を抜粋させてもらいます。



オーボエは世界一演奏が難しい楽器とも言われているんですが、さらにリード(オーボエの先端につけて音を発生させる吹き口)も、自分で削って作るので、手先が器用でないといけない。そんな神経質な楽器なので、やる人が少ないけど、オーケストラの花形。

これは天邪鬼(あまのじゃく)の自分に向いている楽器だな、と(笑)。

4_8976[1].jpg



リードの調整は1/100ミリ単位

オーボエの先端に付けて息を吹き込むリードは、隙間が1ミリもないくらいで、すごく狭い。息の量はそれほどいらないけど、相当な吹く力が必要です。だから吹いていると代謝がよくなって、汗がどんどん出てくる。二日酔いの時なんて、最初のうちは嫌な感じの汗がダラダラと(笑)。

リードの材質は葦(あし)です。オーボエがヨーロッパの楽器なので、南フランスや北イタリアで栽培された葦を使います。荒削り用から仕上げ用まで何種類ものナイフを使い、削って作る。吹き口部分はすごく薄くて1/100ミリ単位で削って仕上げます。さらに演奏する場所の湿度によって、膨らみ具合をリードに巻いた細い針金で調整する。


リードは湿気に敏感です。エアコンが効いたホールで吹いていても、リードの膨らみ具合で「今会場の外はどしゃぶりだな」とわかる。面白いことに、東京と大阪で湿度はだいぶ違います。大阪のほうが湿度が高くて、いつも吹き心地が重い。リードは音を出す要ですが、すごく繊細なので、扱いに気を遣いますね。 


 


なるほどそういうことだったんですね。

リードって、オーボエの先端につけて音を発生させる吹き口のことだったんですね。

オーボエ奏者は、みんなこのリードをコンサートに向けて、自宅の作業台で何種類もののナイフを使って、シコシコ削って作っているのです。オーボエ奏者だから、これをやらないと仕事にならない、日課なのです。

古部賢一さんは、ご実家が、風呂屋さんで4代目にあたり(残念ながらいまは廃業されている)、それがご縁で、今回、銭湯大使に選ばれた、ということ。

自分も銭湯は大好き!今住んでいる街は、1996年から住んでいて、もう21年住んでいるのだが、毎月1回は、必ず馴染みの銭湯に通っている。

もう欠かせない日課なのだ。(笑)銭湯のあの雰囲気が大好き。湯上りにサウナ休憩室で、ジュースを飲みながらくつろぐのがこの世の最高の極楽。


古部さんの風呂屋の実家から、新日本フィルハーモニーの首席オーボエ奏者になるまでの生い立ち、もちろん、このリードのことも含め、ぜひ、ぜひ、興味深いので読んでみてください。



風呂屋の4代目から日本を代表するオーボエ奏者へ 古部 賢一さん インタビュー

http://www.1010.or.jp/mag-suki-furube/



古部さんは、ゴローさんとの関係も深く、1997年サイトウ・キネンでマタイ受難曲をやったとき、(ゴローさんが初めて、サイトウキネンを受け持った年)それがご縁で、それ以来、よく話掛けてくれて可愛がってくれたそうです。

後のゴローBDのサイトウキネンの幻想、巨人でも首席オーボエ奏者としても乗っているのを発見した。カメラで抜かれるときに、「おーっ、若いなぁ。で、すごいイケメンのハンサム」で驚くのだ。

あっいまでももちろんハンサムです。(笑)





nice!(0)  コメント(0) 

世界の朝食を食べさせてくれるお店 タイの朝ごはん [グルメ]

タイ料理、大好き。いまから20年以上前に、大学の同期で、同時期に上京して就職した友人に、はじめてタイ料理というものを紹介してもらい、それ以来やみつき。あのスパイシーな味付けが自分の味覚にあう。

昔、渋谷にとても美味しいタイ料理屋さんがあって、そこのトムヤンクンは絶品だった。かなりの頻度で通っていたのだが、入れ替わりの激しい街。あえなく閉店で消えて行った。

トムヤンクンは、それこそ、あのスープの味付けは店によって全然違うので、自分の好みに合うお店に辿り着くのは難しい。

デザートのタピオカも大好きで、自宅でインスタントのをよく作っていた。(笑)タイカレー、その他諸々、とにかくあの独特の辛い味がやみつき。汗ダクダクで食べるのが美味しかった。

いまはもうほとんど行っていないし、食べてもいない。ずいぶんご無沙汰。

今度の世界の朝食は、そんなタイの朝ごはんということで期待大だった。

これがタイの朝ごはん。

DSC01533.JPG



お粥だった。(笑)

砕いたタイ米を形がなくなるまで、トロトロに煮込んで、別に作った鶏のスープと合せて食べるタイのお粥。

豚肉のつくねやレバー、卵、揚げビーフンなど、色々トッピングしてある。

本来ならそこにコショウやナンプラーや酢で味を調えるらしいが、忘れてしまった。(^^;;

なので、食べた第一印象は、ほとんど無味、無臭という感じだった。(笑)

いわゆるお粥なので、特に特別な感じはしなかったが、薄っすら鶏のスープの風味があったので、それなりに美味しかった。トッピングがそれなりにボリュームがあったので、それとともにレンゲでお粥をどんどん掻っ込んでいくと、不思議とそれなりに食べたー!という達成感があって、美味しいと感じた。

調味料で味を調えることを忘れなかったら、もっと違う世界があったかもなぁという感じ。


写真右上に映っている肌色の食べ物は、パートンコー。中国生まれのモチモチの揚げパン。中国ではヨウティヤオ(油条)という名前でコッペパンの2倍ぐらい大きいらしいのだが、タイのパートンコーはご覧のように子供の手のひらサイズ。

モチモチした不思議な食感で、確かに一風変わったアクセントになっていた。


自分が抱いていたタイ料理のイメージ。。。全然違っていたこのタイの朝ごはん。(笑)


10月~11月の2か月間やってます。






nice!(0)  コメント(0) 

PENTATONEの新譜:アラベラ・美歩・シュタインバッハー ブリテンとヒンデミットのコンチェルト [ディスク・レビュー]

結婚でいま最高に幸せ気分のアラベラさんの待望の新譜は、ブリテンとヒンデミット。 


アラベラ新譜ジャケット.jpg


ブリテン:ヴァイオリン協奏曲、ヒンデミット:ヴァイオリン協奏曲 
アラベラ・美歩・シュタインバッハー、V・ユロフスキ&ベルリン放送交響楽団

https://goo.gl/S3ocae



なかなか普段のコンサートでは、あまりお目にかからない作曲家ではないか、と思う。
取り上げる演奏家も極端に少ない。

今回の新譜で、この2人の作曲家を取り上げると知ったとき、アラベラさん、渋いな~という第一印象だった。

彼女は、じつは外見に似合わず、かなりのキャリアの持ち主で、ORFEO,PENTATONEと録音してきた彼女のディスコグラフィーを見ると、もう大半の有名どころのコンチェルト、ソナタは、ほとんど収録済みなのだ。

もはや中堅、いやベテランと言っていいほど。

だから、再録でもしない限りは、もう収録するレパートリーは、もうほとんどないと言っていいのではないだろうか?

新作を期待するたびに、今度はなにを録音するのだろう?といつも思うばかり。



なかなか耳にすることも少ない作曲家なので、簡単に紹介をかねてみる。

ブリテンは、イギリスの作曲家。指揮やピアノもやる。出世作としては、オペラ「ピーターグライムズ」や、「戦争レイクエム」がある。

イギリス人の音楽観をこれほど世界中に広めた人もいない。作風は、前衛的な音楽。いわゆる現代音楽ですね。新ウィーン楽派のベルクへの弟子入りを計画するなど、無調音楽に興味を示して、自身の作品に取り入れたり。

敢えてカテゴライズ的な表現をすると、新古典主義という潮流に近い作曲家になるのだそうな。



一方ヒンデミットは、自身がヴィオラ奏者だったということもあって、ヴィオラの無伴奏作品を多く残し、いま尚、彼のヴィオラ独奏作品はヴィオラ奏者にとって避けて通れない作品になっていると思う。

自分が敬愛するヴィオリスト、タベア・ツィンマーマンが、彼のヴィオラ作品のじつに素晴らしい録音を残している。


また、いまの上野旧東京音楽学校の旧奏楽堂で、1958年に来日したヒンデミットを迎えて、当時東京藝術大学の学生だった元ベルリンフィルのヴィオラ奏者であった土屋邦雄さんが、ヒンデミットの無伴奏ヴィオラ・ソナタを演奏したという縁がある。

そしてそのことが土屋さんがドイツに留学することになるきっかけになったのだ。

自分にとってヒンデミットという作曲家は、そんなヴィオラのイメージが強くて、ヴィオラ奏者にとっては絶対権威的な存在である、という認識だった。


でもじつは、非常に多才な人で、ヴィオラだけでなく、その他にもヴァイオリン、クラリネット、ピアノなど様々な楽器を弾きこなす演奏家でもあった。

生涯にじつに600曲以上を作曲。交響曲やオペラばかりではなく、オーケストラを構成するほぼすべての楽器のためのソナタを作曲した。


彼の作風は、自分のイメージではとにかくものすごく前衛的。


最近の演奏会で、ヒンデミットを取り上げるのをなかなかお目にかからないような気がする。 

そんな印象がある。

新即物主義とか、新古典主義と呼ばれている彼の作風には特徴があって、対位法(独立した強い複数の旋律を対等な立場で同時に演奏する手法)の技術の高さに評判がある。

バッハの対位法を好んだと言われている。

いままで彼のヴィオラの無伴奏ヴィオラ・ソナタを聴いた限りの印象では、不協和音的な現代音楽という印象なのだけれど、新ウィーン楽派の無調音楽には否定的な立場で、世に存在する音楽には、必ず調的な支配関係が存在し、完全な無調は存在し得ない、と、かねてより主張しているのだ。


こうしてみると、ブリテン、そしてヒンデミットという2人の作曲家に共通する作風は、”前衛的であること”。

だからアラベラさん、通好みの渋い選曲だなぁ、と感じたのである。

彼女は、以前にもベルクのコンチェルトを録音していて、また生演奏でもこの曲を盛んに演奏していて、自分もN響と京都市交響楽団での演奏、と2回実演に接している。

だから結構、彼女本人も得意で好きな分野なのかもしれない。



今回のタッグは、ユロフスキ&ベルリン放送交響楽団。
ベルリン放送響とは、もうお馴染みでよくお互いを知り尽くしたパートナー同士。

ユロフスキは、2~3年前からPENTATONEの録音で、若手として存在は知っていた。でもいまや、すっかり成長して若手の有望筆頭株という感じで取り上げられている。

今秋にLPO(ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)を引き連れて、日本に凱旋だそうだ。
若い世代とはいえ、LPOの首席指揮者に就任して10年目である。



録音(セッション)は、ベルリン放送局本館(ハウス・デス・ルンドフンクス、RBB(ベルリン))。

17903915_10155250156104190_8326262165511518442_n[1].jpg



さっそく聴いてみた印象。

2曲とも、とても渋い調性、曲の構成だが、自分的には結構ツボに嵌るというか、とてもいい印象だった。かなり格好いい。

確かにコンサート向けとか、万人に受けるというタイプの曲ではないかもしれないが、オーディオファイル向けというか、オーディオ的な聴き方をすると、とても美味しいところだらけ、で何回も聴き返して嵌るタイプの曲だと思う。



録音がとてもいいのだ。
彼女の近年のディスクコグラフィーの中では、1番録音がいい、と思う。

クレジットを見ると、バランスエンジニアに、ジャンマリさんこと、ジャン・マリー・ヘーセン氏、録音エンジニア・編集にエルド・グロード氏。

ポリヒムニアは、近年の録音は、若手の育成もかねて、若手のエンジニアが担当することも多いのだが、今回は、まさに我々世代のお馴染みのポリヒムニアを支えてきた黄金タッグの復活だった。

どうりで、やたらと録音がいい、と感じる訳だ。これは嬉しかった。やっぱりエンジニアの差は作品の出来栄えに大きく反映されると感じた。

聴いていて、思わず反応してしまうのだ。

ダイナミックレンジがかなり広い。
いつものPENTATONEサウンドのような温度感高めで、前へ前へと出てくるエネルギー感溢れる聴こえ方ではなく、音像がやや奥に引っ込んだ感じで、音の鳴りがとても深いのだ。

オーケストラが、鳴りきるときに、深く沈みこむ感じとか、かなり秀逸。

やっぱり自分の好みは、レンジ感が広いって大きな要素だと思う。これが深いと、おっいい録音じゃん!と一聴して決めてしまう傾向にある。

好みなんですね。



そしていつもの残響感豊かな柔らかい質感もちょっとテイストが違っていて、どちらかというとクールダウンで硬質な感じ。

ややオフマイク気味に聴こえて、空間がよく録れていた。空間の取れ方と楽器の鳴りの躍動感や解像度の高さのバランスが取れていた。以前にも日記に書いたけれど、この二つのパラメータ(空間の広さと解像度&躍動感)の両方のバランスを取るって、録る・編集する側の立場からすると、難しいというか腕の見せ所。(どちらかに偏るというか、片方が犠牲になってしまう。)


いつもより品があって(失礼)、クオリティが高いと感じた。

まっ敢えて難を言えば、1回聴いただけでは、その良さはわかりにくいと思う。
自分も最初聴いたときは、なんか冴えない録音だなぁ(笑)と思ってしまったくらいだから。

やはり録音レベルが低いと、深夜の小音量で聴いているとその良さが分かりにくい。何回も聴き込んで、休日に大音量で聴くと、なんだ、じつはすごいいい録音じゃないか、と思ってしまうので。大音量で聴くって大切なことですね。

(あくまで注釈ですが、いままでの印象は、サラウンド5.0で聴いた印象です。)


アラベラさんの弦の音色は、彼女の楽器Boothの特徴もあって、乾いた感じの音色なのだが、いつもより艶っぽく録れていた。彼女の独奏のときより、オケがそこに入ってきて鳴るときのほうが思わず反応してしまうと思う。


そして演奏の印象。

まずブリテン。

曲の醍醐味であるリズムの切れやダイナミクスの大きさが如何なく発揮されていて、聴いていてかなり反応する。

調性、や曲調は暗めで、かなり難しい曲。

ヒンデミットの曲にも言えるのだけれど、不協和音を伴った現代音楽で、どこに向かっているのかよく分からず、とりとめがない印象を持つのは間違いないんだけど、そこには独特のブリテンの世界が如何なく発揮されている曲だと思う。

特に第2楽章が秀逸。

ベルリン放送響の音色は、やはりドイツのオーケストラの音がする。重厚で重量感あって懐が深い音色ですね。



ヒンデミットもブリテンに勝に劣らず、より魅力的な曲のように感じた。


ヒンデミットのヴァイオリン協奏曲は指揮者メンゲルベルクへの委嘱作品で初演は1940年、メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、ヴァイオリン独奏はコンサートマスターのフェルディナント・ヘルマンである。

ブリテン同様に、調性や曲調は暗めで、かなり難しい曲なのだが、アラベラさんの弦ソロとオケの重厚感あるサウンドとの緊迫感ある掛け合いが、とてもスリリングな展開を生み出している。

暗めだけど抒情的でもあって、躍動感ある旋律と相まって、なんか独特の格好よさがある。

特に彼女の次から次へと繰り出される、速いパッセージの超絶技巧の連続は圧巻だと思う。

暗くて不安定感な印象要素の多い曲の中でも、一種のドラマティックな筋書が用意されていて、かなり格好良いのだ。

ブリテンもヒンデミットも、共通しているのは、演奏の弱音表現から強奏の幅がとても広いこと。ダイナミクスが広い演奏。そこには感動が待ち受けている。


一言で言えば、通好みで渋いアルバムだよなぁ、と言ったところです。

最後に、この録音セッションの様子をPENTATONEがYouTubeにアップしているようなので、それも上げておきます。アラベラさんや、ユウロフスキのインタビューもあります。

アラベラさんのお父さんは、ヒンデミットが好きで、よく聴いていた、そんな想い出の作曲家ということで、お父さんの写真をセッション現場に持ち込んで話をしているのが、とても印象的です。









nice!(0)  コメント(0) 

サントリー音楽賞受賞記念コンサート 広上淳一&京都市交響楽団 [国内クラシックコンサート・レビュー]

今日の午後突然ひらめいた。このコンサートがあることは、1年以上前から知っていたが、訳あって今年は行けないものだと諦めていた。それでも前日、当日券があることも知っていたのだが、それでも踏ん切りがつかなかった。

本当にギリギリの午後になって、突然お告げがあったように行こうと思った。

行って本当によかった。

もうひとつの動機付けに、新装オープンになったサントリーホールの様子を確かめてみたい、という理由もあった。

DSC01506.JPG



まずサントリーホールの新装オープンの様子の感想を書いてみる。

事前に知っていたところでは、ステージ床の全面張替え、座席の敷物シートの全面張替え、パイプオルガンのパイプを全部1本づつクリーニングしてのメンテナンス、そして女性トイレの増設、こんなところであった。

でも実際行ってみないとわからないことが多かった。実際見てみて、そうなっていたか!という感想が多かった。

大きな工事としては、ホールに向かって右側のほうに行くと通路があるが、その奥にさらに新しく通路が出来ていた。突貫工事で作った通路らしく、入って右側は外の通路に剥き出しになっている。(笑)

入って左側を進んで、その入り口のほうを映したアングル。
(係員の立っている向こう側が外に剥き出し。)

DSC01513.JPG



この通路のところに、エレベーターが新設されていた。
障害者の方には優しい心遣いだろう。

DSC01509.JPG




一番驚いて、ものすごい効果があると思ったのは、トイレの増設。
特に女性トイレ。

自分の淡い記憶だと、1階はホールに向かって左側にしかトイレがなくて、女性トイレはもちろん男性トイレもいつも長蛇の列だった。

自分はよく並んでいたのでしっかり覚えている。

それが、右側にもトイレが増設された。(奥の新しい通路のところ)男女ペアで、それが2箇所。

さらに2階のトイレも右側に男女ペアであったのを、そのエリアを女性専用に拡張して、男性トイレは、少し離れたところに。

従来よりも2倍以上、トイレが増設。特に女性トイレが大幅に増設になった。

休憩ブレイクのときに、試しにいろいろ覗いてみたが、なんと女性トイレはまったく列がなかった!ガラガラに空いていた。

男性トイレのほうが少し列ができているくらい。

そして休憩時間、男性トイレも使ってみたのだが、ここも従来より遥かに広くエリアが増設されていた。

恐るべき効果てきめん!

世界のどこのコンサートホールでも問題になるトイレの長蛇の列問題。
見事にクリアしている。画期的ですね。

その他の気づいたこと。

ホール横の通路に緩やかにスロープ(傾斜)ができたこと。


DSC01515.JPG



今日の座席は最前列。


DSC01516.JPG



ステージの床も見れた。もちろんピッカピッカだった。

そして座席の敷物シーツ。

DSC01518.JPG


これを総入れ替えすることって、ホール音響にとって、かなりチャレンジングなことだと思っていた。シーツは吸音材で、座席の占める割合ってホールの容積のかなりの部分を占めると思うので。

でもそんなにデッドになったとか、という印象なし。お客さんが座るとその部分は隠れるからだろう。

今回の改修作業には、音響に関するメンテナンスはいっさいないようなので、もちろん音響がそんなに変わったという印象もいっさいなし。


ただサントリーの最前列は、かなりサウンド、音的にキツイ。(笑)

京都コンサートホールの最前列のほうが、ステージとの距離がかなりスペースが空いているので、ある程度バランスが取れて聴こえるのだが、サントリーは、もうステージにピッタシくっついているので、聴いていて、かなり厳しい感があった。

オケのサウンドに奥行きが出ない感がありますね。


でも、後半の大感動の演奏に、すっかりそんなことも慣れてまったく気にならなくなった。


大体そんなところです。トイレの増設は一番大きなメリットのように感じました。



今日は、サントリー音楽賞受賞記念コンサート。

毎年、その前年度においてわが国の洋楽文化の発展にもっとも功績のあった個人又は団体をサントリーから顕彰する賞で、広上淳一さんと京都市交響楽団は、2014年に受賞している。

サントリーホールで、そのお披露目演奏会なのである。


DSC01508.JPG

京響をまさにここまで育て上げたのは、広上さんの渾身の10年間で、それが評価されての受賞なのだ。

自分も去年の夏、秋、そして今年の春と、地元京都で、この楽団の演奏会を堪能して、京都の美しい街並みと共に深く記憶に刻み込んだ。

そんな経緯があるので、サントリーホールでのお披露目コンサートには、ぜひ行きたいと思っていた。

最初の曲は、武満徹さんのフロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム。

TVや映像素材でしか拝見したことのなかったこの曲。
5人の打楽器奏者で、まさに武満ワールドと言える尖鋭な音と隙間のある空間の絶妙なバランスと旋律が織りなす摩訶不思議な世界。


DSC01520.JPG

ステージ最前列に並べられたいろいろな打楽器の種類が、この曲独特の仕様で興味深い。

その音色も、あのカウベルを思い起こさせるものや、電子音のような音色であったり。
上の写真も、この曲仕様のステージ上の仕掛けで、あの5色の長いリボンを打楽器奏者が揺らすことで、美しい鈴の輪唱が鳴る。

なかなか実演に接することのない曲だと思うので、大変貴重な経験だった。




とにかく今日の公演は後半のラフマニノフ 交響曲第2番に尽きる。

もうこの曲は、ラフマニノフの作品の中でもダントツの人気曲で、もう始まる前から盛り上がること必須だと思っていた。

その甘美でロマンティックな旋律に彩られた、恋人とビロードのような甘い愛をささやき合うような・・・ そんな美しい曲である。一度聴けば、誰もすぐに虜になること間違いない。

自分も大好きな曲である。

この曲は広上&京響の18番の看板の曲なのだそうである。



これが超弩級の名演だった。


ここ数年の中で、もっとも心揺さぶられた演奏だったと言ってもいい。

分厚い安定した弦、音色の安定した描き方にコントロール、ともに広上さんの手中の中で、ものの見事に操られていた。

特に京響は弦セクションのレベルが非常に高いと去年から感じていることで、その安定した分厚い鳴りっぷりは感心することしきりであった。

そしてアインザッツ(音の出だし)が完璧に揃っていた。単純に音の出だしが合っている、といってもタイミングや音程や、リズムが合っているというレベルではなくて、最初の一瞬の音の震え、音の力、音の勢い、というなんとも言葉じゃ表現できない音の全てが完璧に合っている、そんな凄さがあった。

こんな安定感のあるサウンドで迫られると、後半どんどんクレッシェンドしていき、すごい高揚感に煽られ、こちらがドキドキして堪らなかった。

そして適切なフレージングの長さとブレス。このリズム、長さ加減が、微妙に聴衆の呼吸のリズムに影響するものだが、その次から次へと繰り出される甘い旋律に呼吸をしているのを忘れるかのような気持ちよさと陶酔感があった。

とにかく完璧な演奏だった。

今日のこれだけの名演の演奏レベル見せつけられると、どの都内の在京楽団も勝てんだろう。(^^;;

なぜなのか、自分のことでもないのに、ずいぶんと誇らしげな気分になって、余韻に浸りながら帰路についた。

今日は、突然のひらめきで来たのだが、本当に来てよかった。やはり音楽の神様は我を見捨ててはいなかった。

DSC01524.JPG




第46回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 広上淳一と京都市交響楽団
2017/9/18(月)18:00~ サントリーホール

武満徹:フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム
~5人の打楽器奏者とオーケストラのための~

ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調op.27


アンコール~

チャイコフスキー:組曲 第4番作品61「モーツァルティーナ」より第3曲「祈り」




nice!(0)  コメント(0) 

BISレーベル [オーディオ]

今月のPROSOUND 10月号に、スウェーデンのクラシック音楽レーベルのBISの特集があった。

名古屋芸術大学の長江和哉氏がスウェーデンのBISレーベル本社を訪問した、その訪問記が掲載されていたのだ。

大変興味深く拝読させていただいた。

DSC01492.JPG



PENTATONEのポリヒムニアや、DGのエミール・ベルリナー・スタジオは、よく素性を知っていたのだが、有力なSACDサプライヤーのひとつであるBISレーベルは、なかなか秘密のベールに包まれていて、スタジオやトーンマイスター含めて知る機会がなかった。

もちろんBISのSACDは、いままで数多にディスクを買ってきたので、家に大量のライブラリーがあって、彼らの録音のテイストはよく知っていた。

ワンポイント録音の先駆けのレーベルで、マイクから程よい距離感があるオフマイク録音で、聴いていて、ちょっと温度感低めのクールなサウンド。全般に録音レベルが低いのだけれど、その代償としてダイナミックレンジが広い録音、というのが彼らのサウンドの特徴だと思う。


記事の内容を詳しく書いてしまうと、営業妨害になってしまうので、詳しく知りたい人は、本を買ってください。(笑)


BISレーベルのヘッドクォーター。

1452540_527066860745517_983845478_n[1].jpg



BISは、1973年にロベルト・フォン・バール氏によって設立された。

ロベルト・フォン・バール氏。(調理中(笑)) 

19420896_1316789465106582_2690654812997028307_n[1].jpg


中世の音楽から現代音楽までを範囲とし、いままで約2200タイトルを制作していて、いまも、1か月に5タイトル=1年間で60タイトルの新譜を制作している、というのだから、なかなか回転率が良くてビジネスも順調に回っているのだと思う。

北欧の音楽、指揮者、演奏家を中心に取り上げ、そのエリアを世界の様々な音楽の分野に広げている。

いまや数少ないSACDのステレオ&マルチチャンネルのハイブリッドで提供してくれるレーベルで、自分はとても重宝している。

これは自分は知らなかったのであるが、2006年にはBISが設立した音楽配信サイト eClassicalでは、2015年より96/24 FLACのステレオ/サラウンドで配信しているのだそうだ。

Channel ClassicsがやっているDSD配信サイトのNative DSD Musicには、BISは音源を供給するのを頑なに拒否しているので(笑)、配信ビジネスには、あまり興味がないのかと思っていた。


現在、BISレーベルは、7人の精鋭で運営されているそうだ。

とても興味深かったのは、いままでBISの録音制作を手掛けてきたトーンマイスター5人が独立して、「Take 5 Music Production」 という別会社を設立していること。

主なミッションは、BISの録音制作を担う、ということらしいので、フィリップス・クラシックスの録音チームが、ポリヒムニアになったことや、ドイツ・グラモフォンの録音チームが、エミール・ベルリナー・スタジオとなったことと同様のケースのように確かに思えるのだが、ただ唯一違う点は、現在もBISには、社内トーンマイスターが在籍して、音に関わる分野の責任を持っていることなのだという。

これまで通り、BIS作品の制作を担いながら、同時に他のレーベルの制作も担当できる、さらには、ダウンロードのプラットフォームも構築していくという視野もある。


BISには、3つのスタジオが整備されていて、ひとつは、DSDサラウンド環境で、スピーカーはB&W 802 Diamond 5本が配置され、DAW Magix Sequoia、YAMAHAのデジタルミキサー、EMMのDSD DACなどでSACDサラウンドをマスタリングしている。

収録は、PCM 96/24でおこない、マスタリングするときにDSD 2.8Mにアップサンプリングする。

自分がよくチェックしていたBISのSACDのクレジットには、Nautilus 802と書いてあったので、モニタースピーカーは、やっぱり音色に色のつかないNautilusなんだな、と勝手に思っていたのだが、これはちょっと予想外だった。


DSDサラウンドスタジオ

artists_bis3[1].jpg



スタジオにしては、少し天井が低いかな、と思ってしまう。

もう2つのスタジオは、PCMステレオ環境で、スピーカーは、QUAD ESL-63とB&W 801 Matrix S3といったクラシック音楽録音のリファレンススピーカーが配置されている。やっぱりこのポイントは、どこのスタジオも同じですね。(笑)

彼らのスタジオは、サラウンドもステレオもクラシック録音の王道だと思う。


彼らは、ポリニムニアと同じで、編集、マスタリングするスタジオはあるけれども、ミュージシャンが演奏するスタジオは所有していないので、録音現場は北欧を中心に世界中のコンサートホールや教会になる。

そうすると基本は出張録音。そうするとその場で簡単にミキシング、チェックする出張モバイルキットが必要になるのだ。

でも、録音の際に毎回機材を運ばなくてもよいように、これらの機材は、本社のほか、アメリカ、オーストラリア、日本に保管しているのだそうだ。

収録機材は、DAW Magix Sequoia/SamplitudeとRMEのMADI機器のヘビーユーザー。

BISのSACDのクレジットで、他のレーベルにはないことで、よく感心していたのは、収録機材、マイクなどの情報を必ずクレジットしていることであった。彼らが技術集団であることの主張なのだろう、と思っていた。

その他、BISの音楽プロデューサーのロバート・サフ氏、Take 5のトーンマイスターへのメールインタビューと、とても興味深い。

Take 5のトーンマイスターであるHans Kipfer氏は、もう数えきれないくらいクレジットで、その名前を見かけたなぁ。まさに中心人物のトーンマイスターでしたね。こんな方だったとは!

日本の演奏家で、BISと契約してSACDを出しているのは、鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)と、ピアニストの小川典子さん。

特にBCJのバッハの教会カンタータ全集は、22年かけて、日本の神戸松陰女子学院大学チャペルでずっと録音してきたBISとの共同作業の賜物。

m_DSC03046[1].jpg



このカンタータ全集が完成した暁に、鈴木さんのインタビューを読んだとき、当時この何十年もかかるカンタータ全集の録音をしたいといろいろなレーベルに話を持ち掛けたときに、どこも相手にされなくて、BISだけが興味を持ってくれた、と語っていた。

近代のレーベルにある場当たり的なリリース計画、マーケット戦略ではなく、何十年という先を見据えた戦略、眼力を持っていた創立者ロベルト・フォン・バール氏ならではの成果なのだと思う。

レコード業界の中でも完遂の数少ないバッハのカンタータ全集。それをSACDという高音質フォーマットで世に出してくれた作品はこのBCJの作品しかなく、その功績は大きいと思う。


自分にとって、永らく秘密のベールに包まれていたBISレーベルの全貌が見えたような気がする。

PROSOUNDのほうには、さらに詳しく掲載されていますので、ぜひ買って読んでみてください。







nice!(0)  コメント(0) 

アラベラさん結婚! [クラシック演奏家]

うぉぉぉー!突然のニュース、動揺を隠せん。(^^;;

2,3日前からFBのほうで、concertiというドイツのコンサート雑誌のサイトが、アラベラさんを集中的に取り上げて連日アップするもんだから、何事かな?くらいにしか思っていなかったが、まさか、このおめでたいニュースを発表するための振りだったんだね。

このようなサイトから彼女の結婚を知るとは思いもしませんでした。(笑)

ファン心理としてはショックだった。でも日本人の血が半分入っているハーフとはいえ、基本は外人さん。結局自分からの一方的な片想いに過ぎず、お互いの恋が成就するなんてことも100%あるわけもなし。すぐに気持ちを切り替えて、心からおめでとう!と祝福ムード。

Why flowers? Easy:Just married!

と書かれていたのを読んだときは、心臓がドキッとした。(笑)

これが、結婚発表の知らせと同時に掲載されたポートレート

21728999_1673203329358893_6309806607797207812_o[1].jpg


後ろに見える美しい風景が、ザルツブルクのシュロス・レオポルドスクロンというホテル。

21752277_1673109522701607_7555505946453465122_n[1].jpg


お相手は、不明。言及なし。一般人なのかな?
なかなかのナイスガイでスポーツ選手のような体格のよいハンサム紳士だ。
お似合いだと思うよ。


ハネムーンは、ギリシャのクレタ島。見事なエメラルドブルーの世界。

21741108_1673109609368265_3702836234547771880_o[1].jpg



ずっと彼女を追っかけてきたわけだが、女性の御歳に言及するのは、大変失礼に当たるかもだが、もう今年で36歳になるので、そろそろいいパートナーに出会わないと、と心配はしていた。

そんな心配も無用だったわけだ。秘密裡に進んでいたんですね。

演奏家としては、まさに、いまが円熟の境地。
レパートリーも幅広く、中堅から、もうベテランの域に差し掛かる。

そんな絶頂時に結婚で女性としての幸せを手に入れた。

まさに順調な人生を歩んでいる。

結婚、そして子供、というラインも読めて、それも女性の幸せの選択肢のひとつ。

彼女は、その選択肢を選ばないかもしれないが、もし選んだならば、産休、育児で長期休暇を取ることも予想されるが、それはそれで彼女の人生なのだから、ファンとしては、気長に待っていてあげよう。


とにかく、心からおめでとう!





nice!(0)  コメント(0) 

20年前の自分はこんな資料を作成して、こんな資料を読んでいた。。。 [雑感]

今日アマオケのコンサートの帰りに、前職時代の同期の友人と久しぶりにメシ&飲み会をした。
その友人とは、今年の1月にじつに17年振りに再会したのだが、どんなに間隔が空いても、会えばすぐその時に戻れるお互いがいるので、やっぱり不思議だ。

同窓会ってこんなもんだろう。

そんな今日、その友人が自分にプレゼントがあるという。

それは、自分が、1994~1997年ころに前職の会社の仕事で作成した資料と、当時仕事で読んでいた資料。

いずれもその友人に、今後の世の中は、こうなる、ということでプレゼントしたものだった。


DSC01490.JPG



その資料を友人は大事に保管していて、その一連の資料を、20年後のいま、自分に返却してくれたのだ。

その資料を観て、驚いた。

1990年代中頃というのは、ちょうどインターネットが世の中に出始めた頃で、同じころにデジタル放送も始まり(最初は衛星放送)、「デジタル放送とインターネットの融合」というのが、ひとつの業界のテーマだった。

ブロック図のほうは、そのことを書いたもので、はっきり覚えている。

自宅でディスクトップのMacを購入して(当時Windows95が出始めた頃とは言え、まだMacブームだった。)、それで一生懸命作っていたのを覚えている。

よくこんな図、書けたもんだなー、と今思う。

いまじゃとても無理だ。(笑)

若いって恐ろしい。あの頃は仕事中毒人間だったからな。



そして、さらに驚いたのは、当時仕事関連で、読んでいた資料。

スーパーオーディオCDの概要と展望。

これは覚えているので、いいとして、驚いたのは、

ドイツのトーンマイスターとクラシック音楽録音
バイエルン放送協会
バイエルン放送協会の音楽番組制作
ドイツのクラシック音楽録音の状況
ドイツ以外のクラシック音楽録音の状況
サラウンド制作の現状と新技術の動向


などなど。大笑い。(笑)

ページの片隅のコピー元の雑誌を見ると、いずれも1994~1997年の放送技術だ。

自分は、このことについて、まったく当時のことを覚えていないのだ。

これを見て、友人と2人で大笑いした。

自分が、いま趣味で、興味を持って勉強していることと、全く変わっていないのだ。

当時の自分がこんなことに興味を持っていたとは知らず、人生って、結局同じことを繰り返しているんだな、ということをつくづく実感した。輪廻転生っていうけれど、まさにこのことなんだな、という感じ。

人生、運命って本当に不思議。

これをよくこの20年間、大事に保管していた友人に感謝。

この当時から現在に至るまで、天国、地獄と波瀾万丈な人生を送ってきて、仕事中毒で変わった人間だった前職時代、そしていまやプライベート趣味にウェートを置く第2の人生、でも結局興味を持って打ち込んでいることは、どちらも同じテーマだったというこのギャグとしか言いようがないパラドックス。

本当に今日は大笑いした1日だった。

このコピー、いま考えるととても貴重な昔の資料。

じっくり読み返してみることにしよう。





 


nice!(0)  コメント(0) 

世界のふれあい街歩き [雑感]

原則TVを見ない主義の人なのだが、でもオーディオを聴きながら、TV番組の画面だけは観ている、という変則的な楽しみ方をしている。

最近のTV番組は、必ず字幕がつくし、TV音声なしでも、十分にその番組のことがわかる。

画面の映像だけを観ていると、大体世の中の動きがわかるし、丸っ切り世の中から隔離されている訳でもない。

ザッピングしていると、最近のTV番組は、やはり低俗だな、と感じることが多い。

その中で、自分がお気に入りなのが、旅番組。

特にヨーロッパの街並みを、綺麗な女優さんなどが旅している番組なんか大好きである。(笑)

あの美しいヨーロッパの街並みの情緒ある風情を感じるたびに、自分が行ったような気になるし、心の健康にとても良い。


20799246_1527586193951396_6460363519920882981_n[1].jpg



サラウンド音声には いくつかの効果(エフェクト)があるのだが、その一つが「主観移動」のバーチャル・リアリティ。

カメラが視聴者の目線になって移動し、それに対して 方向性・移動感がシンクロしたサラウンド音声が付随すること。 映画の人工的に付加された移動感溢れるサウンドや、音楽のコンサート中継には登場しないダイナミックな効果だ。



NHKに「世界ふれあい街歩き」という番組がある。

ステディ・カムといった安定装置をつけた1台のカメラ目線で旅する番組。

まるで、自分が街中を歩いている目線で、番組が語っているような感覚に陥る。

6年前に観たときは、この「主観移動」というサラウンドを駆使して、なんちゃってサラウンド、というより結構なかなか本気のような感じがした。

番組が街の散策なので、もともと音数が少ない。

この音数の少ない中をサラウンド感を出すのは、やっぱり映画や音楽のようなダイナミックのような訳にはいかないが、それなりに雰囲気が出ていた。

驚いたのは、林隆三さん(当時)のナレーションがリアから聴こえることだった。
そして現地の人の声はセンターから、など工夫が見られた。

街の散策でやっぱり一番サラウンド感が出るのは、車やバイクの移動感が最高だった。あと現地の通行人のざわめきなどリアから聴こえたり、前から聴こえたり、結構音数が少ない割にその現場感というか立体感があるように工夫して造られていた。


こういう街散策番組で、このような音声の工夫が観られるのは楽しく、当時は毎週観ていたような気がする。 


我々が赤ん坊の頃から、左右ふたつの耳で聴いている日常の現実音はサラウンド。2chじゃない。様々な方向、距離から音が聞こえてくる。ところが、その気になって注意して耳をすまさなければサラウンドしてるという感覚がない。ものすごく自然。それが理想なのだと思う。

亡くなられたサラウンドの権威、富田勲さんも言っていたことだけれど、それが納得いくような旅番組だった。



ところが突然普通の2chステレオ番組になってしまい、以来見なくなってしまったのだが、久し振りにもう一回観てみようか、と思った。

いまはサラウンドでやってくれているのだろうか?

別にステレオでもいい。いまの荒んだ心を癒してくれる番組であることは違いないことなのだから。

BSプレミアム 毎週火曜 20:00~

でやっています。

17951737_1396443100399040_6944759634389673868_n[1].jpg
                                                                                                                                   
                                                                                                                                       
                                                                                                                         
22803_912082135501808_2923216481011681924_n[1].jpg



nice!(0)  コメント(0) 

絶対音感と相対音感 [オーケストラ学問]

オーケストラの開演前のラの音で調律する音高(ピッチ)の標準であるA=440Hz(俗にいうA440) について、かねてよりいろいろ思うところがあって、自分なりに深く知ってみたいと思っていた。


いわゆるオケの最初の儀式ともいえるコンマスが立って、合図とともに首席オーボエ奏者がラの音を吹く。そうすると管楽器奏者がいっせいにそれに合わせて調音する。その後に、同じようにコンマスがラの音を弾くと、それに合わせて、今度はいっせいに弦楽器奏者がそれに合わせて調音する。


クラシックのコンサートの前に、必ず目にする光景である。

コンサートにピアノが入る場合は、オーボエ奏者のところはコンマスがピアノでラの音を叩く、という場合もある。


なぜラの音なのか?


そのラの音であるピッチ(音高)の周波数の基準とされているのが440Hzで、いわゆるA=440Hzと言われる国際基準なのだが、果たしてその意味とは?


ネットでググると、結構わかりやすくいろいろ書いてあるので、自分の理解に促進につながった。

読んで理解するだけでなく、自分で書いてみるともっと理解が深まる。


ということで、自分の理解のため、日記を書いてみたいと思う。情報源はネットです。


周波数440Hzという音の高さは、一般的な調律の際の音高(ピッチ)の標準として使われているのだそうだ。この標準がISOの規格として取り上げられたのが1955年で、それ以来、この値がピアノやヴァイオリンなどの楽器の調律として使われてきている。


Aというのは五線譜のラの音のこと。

ラシドレミファソはABCDEFGで表す。(ドイツ語読み)


ピッチは調律における作業で最初に調律される音(基音)。


88鍵あるピアノの一番低い音は27.5Hz、一番高い音は約4186Hzだそうで、ちょうど真ん中にある49鍵目Aの音を何Hzにするか決めなければならない。


正確な表現をすると、中央ハのすぐ上のイである一点イを基準音として、そこを周波数440Hzとすることで調律をする。


中央ハというのは、ピアノを例でいうと、下図のように、全部で88鍵あるうちのど真ん中のドの音(水色)、そしてその上のイというのが、その同じ音階にあるラの音(黄色)になるらしい。このラの音が、ちょうど88鍵あるピアノの中でちょうど、ど真ん中の49番目の音に相当するのだ。



ピアノのラの音.jpg


このど真ん中のラの音を調律の基準音として使う。

このラ(黄色)の音の高さを440Hzに合せる。


これでオケの最初に儀式で、みんながラの音で調音する意味が分かった。(笑)


ところが、である。



音楽はその有史以来、様々な音律によって音階が作られてきたのだが、実はその基準となる音の高さ(基準周波数)も時代、地域、ジャンルによって様々なものが使われてきたのだ。


それを表したものが下の表。


ピッチの歴史.jpg




現在でこそ1939年ロンドン国際会議と1955年ISOによって制定された国際基準値A=440Hzがあるが、必ずしもそれが守られているわけではないらしい。


アメリカは早くから440Hzを制定したが、ヨーロッパでは今もそれより高い444Hz、448Hzなどが主流。また日本ではその間を取って442Hzがよく使われているらしい。


表を見てもらえばわかるように、たとえば古典楽器であるチェンバロは、今もバロック時代の基準値415Hzで調律されている。


イタリア政府によって制定されているヴェルディ・ピッチというのもある。


そしてカラヤンが手兵ベルリンフィルをチューニングするときは、カラヤンチューニングと呼ばれる446Hzが使われたそうだ。(笑)


調律するときは、この基準音の音高(ピッチ)に基準周波数というのがあってそれに基づいて調律している、ということが理解できた。ただ現実の音楽の世界では、国際規格である基準周波数A=440Hzは、あまり守られていなくて、日本ではピアノ調律には442Hz、444Hzがよく使われ、ヨーロッパでは今も444Hzや448Hzが主流だそうだ。


ピアノの調律では、調律カーブの影響もある。調律カーブは主に低音域、高音域について行われるが、曲線の付け方に決まりがあるわけではないので、自分の楽器が他人と違う音高(ピッチ)になっている可能性もある。


ちなみに余談ではあるが、ラジオなどの時報では、440Hzの予告音の後に880Hzの音で正時を知らせるのだそうだ。


なんとなく理解できたところで、絶対音感という言葉。


人にとって、絶対音感というのはあったほうがいいのか?

その音の絶対的な高さ(周波数)を認知する聴覚能力。


演奏家(音楽家)の方は、よく一般人からすると絶対音感に優れている人種と思われているようで、演奏家(音楽家)の方の投稿を偶然目にして面白かったのは、タクシーに乗って雑談をしていたりすると、「へぇ~じゃあ絶対音感が優れているんですね?」とかよく言われるらしい。(笑)


でも実際はそうじゃないんだよ、という話。


音楽家として価値があるのは、絶対音感を持っているいるからではなく、相対音感をもっているからなのだそうだ。


以下、その音楽家の方(塚田聡さん(ホルン奏者))の見解、大変参考になり、感動しましたので、ぜひその内容を、この拙ブログで紹介させてください。


ドとミの間隔(長三度)、ミとソの間隔(短三度)etc。そして、ドミソ(主和音)、シレソ(属和音)、ソシレファ(属七和音)、さらに複雑になってゆく様々な和声(音の彩り)を操りながら曲をつくったり、演奏したりできる。


ここで問われているのは、音と音の相対的な間隔。つまり「相対音感」になります。

「絶対音感」が、作曲するにあたって、演奏するにあたって、ましてや調律するにあたって、かえって邪魔にさえなるものであるということをご存知でしょうか?


そもそもAが440Hzと国際的に定めらたのは1939年のこと。このAの高さ(ピッチ)を絶対的な音感としてもっている人を絶対音感があるというわけですが、それ以降も、例えばウィーンフィルはもっと高いピッチを採用しているし、アメリカのオーケストラは低いなど、世界で必ずしも統一されているわけではありません。


世界に絶対的な高さがあるというわけではない。精巧な絶対音感を頼りにしている人は、約4Hzも違いがあるアメリカからヨーロッパに渡れないことになってしまいます。(笑)


ましてや、それ以前、ピッチは各時代、各地で様々でした。18世紀のバロック時代、パリに行けばA=392Hzだったり(現在より約一音低い)、ドイツのある地域ではA=415Hzであったり(現在より半音低い)、古典派時代になると、430Hzの地域もあれば、隣街に行けばまた異なるピッチが採用されていました。


そんなことが当然の世の中にあり各地で演奏や作曲を繰り広げていたバッハ(先祖・子息含む)やモーツァルトにとって絶対音感が是か非かなどという考えがあろうはずもありません。


佐村河内守さんが耳が聞こえないのになぜ作曲ができたのか!


もったいぶって〈絶対音感〉なんて言っている番組もありました。あれはかなりのインパクトを日本国民に与えました。

作曲するにあたって大切なのは相対音感であって絶対音感ではありません。


よく分かっていない放送局によって、日本中に「絶対音感神話」のようなものが満遍なく広がってしまったのではないでしょうか。


しかしながら、絶対音感があってA=440Hz(もしくは日本の標準ピッチと言われている442Hz)を拠り所とし、そのピッチでしか演奏ができない演奏者(歌手)がいるのも事実としてはあります。絶対音感があることを誇る演奏者がいるのも事実です。(往往にして、そういう人たちは合奏仲間をはねつけるようなピッチの取り方をしてくるものです。)

 

今は、クラシック音楽演奏界も多様化してきて、300年前のバロック音楽は当時の楽器を使って、当時のピッチでやろうという柔軟な考えをもつ演奏家たちがいます。そういう演奏家は、昨日はモーツァルトを430Hzで古典派タイプの楽器で演奏し、今日はヘンデルを415Hzでバロックタイプの楽器に持ち替えて演奏し、明日は、現代楽器で442Hzで演奏するという、柔軟な態度で演奏会に臨みます。


そこには絶対音感に固く縛られた窮屈さはなく、ピッチにおいても表現においても、柔軟に時代と場所を行き来しようという自由さを見ることができます。



プロの中には結果的にかなり精度の高い絶対音感を備えている演奏家はあたりまえのようにたくさんいますが、プロの演奏現場、作曲現場で、「絶対音感」のあるなし、もしくは精度の高さで、演奏家の格が落ちたり上がったりするというようなことは全くありません!


ここ大事!!


ところが「相対音感」を持っていなかったら、誰も演奏(歌)することはできません。

相対音感(和声感を含む)の精度の高さによって音楽家を階級分けすることはできるかもしれません。それほど音楽家にとって大切なもの、命と言ってもいいものが和声感を含む「相対音感」なのです。


重ねて言いますが、「絶対音感」は場合によっては邪魔になってしまうもの。音楽家にとって必ずしも大切・必要なものではないのです。




う~む、この塚田さんの投稿を読んで、唸らされてしまった。

音楽家にとって大切なのは、「相対音感」。


演奏のど真ん中の現場にいるからこそわかる真実と言おうか・・・。

確かに、ちまたに、「あなたは絶対音感はありますか?」というような簡単テストをするみたいなYou Tubeをよく見かけたりするのだけれど、それも一種の巷に存在する「絶対音感神話」のひとつなのだろうか。


基準値、調律カーブ、音律など、様々な要因によって変化する音階の音高は、本来「相対的」なものなので、その分野に「絶対」が馴染むものか、我々はよく理解して喋らないといけない。


結局、A=440Hzを知ることが、最初の目的だったのですが、結局その落としどころ、というか、深い結論として落ち着いたところは、絶対音感と相対音感というものがあって、音楽家にとって、必要なのは「相対音感」のほうである、ということだったのでした。


でも相対音感なるものも、やはり専門の教育を受けた上での開花する才能のような感じがします。

なにも教育がなくて、備わる天性の才能ではないような気がします。


こういう見解を拝読すると、演奏家(音楽家)の方をひたすら尊敬するのみですが、彼らの才能でもうひとつ驚くことが「採譜(聴音)」という才能。


これは音楽大学で正規の授業、教育として受けるものらしいですが、流れている音楽を聴いて、それを譜面に起こすこと。


これも、さすがにひとつの才能だなぁ、と思ったことでした。





nice!(1)  コメント(0) 

第1ヴァイオリンはどこから聴こえるべきなのか? [オーディオ]

いまから6年前の2011年11月のラトル&ベルリンフィルの来日公演、サントリーホールでマーラー9番を演奏したときのこと。当時のラトルが使っていた対向配置に、ひとつの疑問があった。


普通の対向配置って、1st Vn→Vc(チェロ)→Va(ヴィオラ)→2nd Vnで、ステージ左奥にコントラバスだ。


ところがラトル・ベルリンフィルのヴァイオリンの対向配置って、左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンでステージ右奥にコントラバス群となっていて、とてもユニークな印象を受けた。


当時調べてみたら、ラトルのこの対向配置というのは、ベルリオーズの「管弦楽法」に載っている方法ということがネットに記載されていた。


それぞれの配置の特徴を書くと(あるヴィオラ奏者目線)、


●Vn1 Vn2 Va Vc
  音の高さの順なのでVn2とVaなど隣り同士の連携がとりやすい。
●Vn1 Vn2 Vc Va
  Vaの音が客席によく聞こえるとか。Va目立つけどVn2との連携が難しい。
●Vn1 Vc Va Vn2
  いわゆる対向配置。ステレオ効果があるけどVn1とVn2の音量差が気になる。
●Vn1 Va Vc Vn2
  ベルリオーズの「管弦楽法」に載ってるらしい。正直やりづらかった。


こんな感じだった。


奏者が「正直やりづらかった」(笑)と言っているくらいだから、よっぽど珍しい配置なんだろう。

6年前の友人とのやりとりだけど、鮮明に記憶に残っていて、昨日ふっとこのことを思い出し、このラトルの対向配置のことをもっと深く調べて、その効果を知りたい。そしてついでに、オーケストラの配置について整理してみたいと思った。情報源はネットです。


●アメリカ型配置


アメリカ型配置.jpg


二次大戦後、アメリカのストコフスキーという指揮者がはじめた配置で、現在主流となっている、
左から順に第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→ヴィオラ→チェロという配置。

音響の悪いホールで演奏せざるを得なかったために響きが良くなる方法を研究した結果だと言われている。


ステージ左から高音域→低音域の順番で並んでいる配置。

音域が近い楽器同士を隣り合わせにした方が、弦楽器全体で聴いた時の響きは良くなる。
このことは特に、編成の大きい曲や、大きなホールで演奏する時に重要になる。


なので、こう配置することでコンサートホールでの響きが豊潤になるという利点とともに、1950年代頃から一般的に行われるようになったレコードのステレオ録音にも適しているとみなされ、20世紀後半には世界中のオーケストラに広まっていった。


また奏者は隣の奏者の音をじかに聴きながら演奏している訳だが、自分の両隣の音は、自分の楽器の音域に近い音のため、連携を取りやすいというメリットがある。


この配置はチェロが外側に来ることにより、より重低音サウンドが期待でき、音の輪郭がはっきりするが、ヴィオラが内側に入ることにより、中音域が聴こえにくくなるというデメリットがある。



●ドイツ型配置


ドイツ型配置.jpg




アメリカ型配置に対して、ヴィオラとチェロを入れ替えた配置で第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→チェロ→ヴィオラという配置。アメリカ型の改良バージョン。


ヴィオラは、ヴァイオリンとチェロのちょうど間くらいの音域で、その主役割は主旋律を歌う楽器に対しての内声的な役割。またヴィオラは楽器特有の事情により響きが出にくい構造で(音域的には楽器をもっと大きくしないと充分な響きが出ないのに、それだと奏者が持てなくなるため、本来あるべきサイズより小さいらしい)そのヴィオラの音が良く聴こえるための配置。


この配置は高音域・中音域・低音域の各声部がなめらかに溶け込み、バランスの良い音響効果を得ることができる。だが、演奏によっては、音の輪郭がいまいちはっきりしないというデメリットもある。




●古典配置(対向配置)


古典配置.jpg




客席から見て、左側から第1ヴァイオリン→チェロ→ヴィオラ→第2ヴァイオリンという順に配置される。この配置は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがお互い向かい合って配置されることから、対向配置とも言われる。


対向配置の1番の目的は、ベートーヴェン以前の古典派作品では第2ヴァイオリンが内声部や伴奏に徹するよりも、第1ヴァイオリンと対等の立場の掛け合いで主旋律を演奏するケースも多いことから、そのやり取りをステレオ効果のごとく聴覚・視覚の両面で明快に表現しようという意味合いにある。


このように「作曲当時と同じ」であることを強く意識する場合には対向配置(古典配置)を取る。


この配置のメリットは、ずばり高音域・中音域・低音域の各声部がくっきり聴こえるという点である。各パートの音がよく分離してクリアに聴こえる。


逆にデメリットは、弦楽器全体の響きとしては弱くなる。理由は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、第2ヴァイオリンとヴィオラが離れてしまうため。


アメリカ型&ドイツ型のように隣接した楽器がお互い音域が近い者同士だと、それが連携すると全体として響きが大きく豊潤になるメリットはあるのだけれど、輪郭がクッキリしないというデメリットがある。


逆に対向配置で、隣接した楽器がお互い音域が離れている者同士なので、各声部が分離してクリアに聴こえるのだが、弦全体としての響きが弱くなるというデメリットがある。
 

この対向配置の、もうひとつの問題点は、技術的に相当のテクニックを奏者に要求すること。


普段第1ヴァイオリンの横で弾いている第2ヴァイオリンが離れた位置に配置されるため、非常に高度なアンサンブルの技術が必要になる。


第2ヴァイオリンというのは基本的に第1ヴァイオリンのメロディーを補強する役割を受け持つので、第1ヴァイオリンと離れてしまうと非常に演奏しづらい。だから、この配置は高度な演奏テックニックをもったプロのオーケストラでもないかぎり、いかなる理由があろうともやるべきではないらしい。


アマオケがこの配置でやっても、この配置の特性を生かせないのはもちろん、アンサンブルの崩壊をまねく可能性も強い。そこまでして、奏者に強いる負担が大きい配置なのだ。



●ラトルの対向配置



ラトルの対向配置.jpg


これが問題のラトルがよく使っている対向配置である。
ふつうの対向配置と違うのは、ヴィオラとチェロが入れ替わっていること。

これについては、基本の効果は、たぶん普通の対向配置と同じだと思うのだが、ヴィオラとチェロを入れ替えるところの効果は、調べたのだがわからなかった。このようなマイナーな配置は載っていなかった。(笑)


以前調べたときは、ベルリオーズが書いた「管弦楽法(オーケストレーション)」の中に記載されている配置という記事があったのだが、それさえも、現在ではなかった。もう6年前のことだからなぁ。


残念!6年越しのミステリー解決にはならなかった。


でも当時のラトルが、このような配置を使っていたことは確かなのだが、現在では、ふつうの対向配置のようだし(昨年のベートーヴェン交響曲全曲演奏会でもそうだった。)。


現在オーケストラの配置ということで、挙げられるのは、アメリカ式、ドイツ式、そして古典配置(対向配置)のこの3つだけと言ってよさそうだ。


それを指揮者が決めるのか、オケが決めるのか、他の誰かが決めるのかは指揮者によって、オケによって、演奏会によって事情が違うのでケースバイケースなのだと思う。



ラトルの対向配置②.jpg




この配置問題をクリアした上で、敢えて考えたいのは、オーケストラ・サウンドをオーディオで再生する場合。


2chで録音が造られているもの、2chステレオで達成できるもの、解決できる課題は2chシステムの方で追及していきたいし、一方で、2chステレオの再生に対する疑問や問題点を解決する新たな手法としてサラウンドの録音・再生に取り組んでいるのである。


確かにサラウンドは、システムのユーザへの負担、部屋のエアボリュームの問題もあって、いまいちユーザへの敷居が高く、普及がニッチ市場であることは間違いないのだが、でも最近は3Dサラウンドという3次元立体音響のフォーマットも出てきて、コンサートホールでのオーケストラサウンドの空間の切り取り方に革命的な変化をもたらす可能性も出てきていることは否めない。


そのひとつにこんなことがある。


それは、オーケストラのストリングス(弦楽器セクション)の鳴り方。

自分がオーディオに目覚めた頃最初に聴いたオーケストラ再生の印象は、第1ヴァイオリンが左から チェロ・コントラバスが右から聴こえて、センター奥から 木管楽器やティンパニーが聴き手に向かって響き渡ってくるように感じられた。


ステレオって凄え!これが立体音響かと感動した。


しかし その後、時代が経過、経験が豊富になるにつれて、そうしたいわゆる「ステレオ効果」に対する疑問が生まれてきた。先述のオーケストラ配置や、実際にオーケストラを見るとわかるが、第1ヴァイオリンは、ステージの左端から センターに陣取る指揮者のすぐ横までの拡がりがある。


音のエネルギー感にしても ストリングス(弦楽セクション)のエネルギーの核は、指揮者がいるいないにかかわらずセンターにあって、そうしたストリングスの凝縮感みたいなものがある。


それをきちんと録音されたものを聴いてみたいと考えるようになった。


ベートーヴェンからブラームス・チャイコフスキーに至る交響曲を美味しく味わうためには ストリングスをちゃんと鳴らすということが一番の肝だと今でも考えている。だから一聴して解像度が高く音色が魅力的なスピーカーであってもオーケストラのストリングス・セクションがきっちり描けないスピーカーを自分は受け入れられない。


センターにぐっと凝縮感があって そこからエネルギーが炸裂・拡散していくようなストリングスを録音・再生すること、そんな課題を持ってオーディオに取り組んでいるといくつかわかったことがあった。


先ずいろいろなオーケストラの録音を聴いていると、センターまで厚みのあるように弦楽セクションを捉えることは、別に難しいことではないのだが、そうすると 今度は奥行きも出しにくくなってしまい、全体に拡がりの無いモノーラルっぽい、いわゆる分離の悪いオーケストラ録音となる。


センター付近で密集する弦楽器のパワーを出そうとすると、奥にいる木管楽器が埋もれてしまうというバランスの悪さはいかんともしがたいものがある。


されど補助マイクで 木管楽器をレベルアップすれば 音場がどんどん平面的になってしまう。

結局 弦楽器セクションのサウンドは、センターを薄くして 左右に開き木管楽器を 補助マイクのレベルをあまり上げずして浮かび上がらせる方が聴いていて気持ちが良いのだ。


いろいろなオーケストラ録音を再生するとメジャー・レーベルの優秀なオーケストラ録音というのは およそ そういう風に出来ているということに気がついた。



そこには、2chステレオによるオーケストラ録音・再生の約束事というか限界があるのだ。
自分が、サラウンドの録音・再生に求めているのは、それを超えたものだ。


「第1ヴァイオリンが、ステージの左端からセンターまで席を埋め、第2バイオリンやヴィオラが 音楽を内から高揚させるように内声をきっちり表現していて、かつチェロ・バスの低音弦にも ちゃんと拡がりと音としてのボディー感がある。まず、そんなストリングス・セクションを眼前に再現したい。それでいて 奥の木管楽器から金管・打楽器に至るまでの遠近感・立体感が曇りなく見渡せる。」


自分が、オーケストラの生演奏、そしてオーディオ再生を聴くときに、いつも理想とする空間の描き方、はこんなイメージ。


3Dサラウンドが、実際のオーケストラ録音に実用化され始めたら、どんな革命、聴こえ方の革新が生まれるであろうか?

ホール空間の切り取り方は、まさに実際、自分がホールにいるかのような感覚を家庭内で再現することが出来るであろうし、オーケストラの聴こえ方そのものに、生演奏のリアリティが増すに違いない。


2次元平面で解決しようと思っていたことが、奥行き、そして高さというディメンジョンも増えて表現力に迫真がでる。


また、それこそ先に書いた様々なオーケストラ配置による様々な聴こえ方の違いも、その通りに家庭内でも再現できるに違いない。


いままで書いてきたようなことは、2chステレオ時代だから、苦労してきたことであって、録音にしろ、再生にしろ、チャンネル数が増えるということは、そういうことを一気にブレークスルーして解決してくれるものという確信みたいなものが自分の中にはあるのだ。






nice!(0)  コメント(0)