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樫本大進 [クラシック演奏家]

いまやベルリンフィルの大黒柱として大活躍の樫本大進氏であるが、自分の自慢のひとつに樫本氏を1999年のデビュー当時から知っていて、その頃からずっと想いを寄せていて、近く大成してスターになってほしい、と思っていたことで、現在まさにその通りの道を歩んでいる、ということであろうか。 

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でも、まさかベルリンフィルの安永徹さんの後任ということで、第1コンサートマスターに就任するとはまったくの想定外で、この話をニュースで聴いたときは、もう信じられない、自分が応援していたヴァイオリニストが、まさか安永さんの後任になろうとは!という感じで、驚愕の一言だった。

安永さんの引退宣言は、とても残念だった。
定年までベルリンフィルに居たら、忙しくて、あまりに時間が取れなくて、自分のやりたいこと(室内楽)を十分やれないまま歳を取ってしまう。という理由からだった。

「ベルリンフィルのコンサートマスターに日本人」ということがどれだけすごいことなのか!

それを身をもって実証してくれて、カラヤン~アバド~ラトルの3代の長期に渡って、我々日本人の心の支えでいてくれた安永さんの功績はじつに大きい。

その安永さんの退団とともに、すぐに樫本大進氏が入団したのは、なんか救世主とでもいおうか、あきらかに新しい時代の幕開けを感じざるを得なかった。

安永さんは、どちらかというと、髪型や風貌そのものが、昔の典型的な日本人男性というのに対して、樫本氏はイメージ的に、いかにも今風らしくて、あ~これは時代にマッチしていて新しい時代の日本人コンサートマスターのイメージにぴったりという感じだった。

真相は、当時のコンマスであったガイ・ブラインシュタイン氏に、安永さんが退団するので、その後釜としてどうだ?と誘われたということだったらしい。

試用期間が自分にとって、いかに長く感じたことか!
早く合格してほしい!と吉報を待っていたあの頃が懐かしい。

ベルリンフィルに入団するまで、樫本氏はオーケストラでの演奏の経験がなかった。
このことを心配する声もあったことも事実。

彼の当時の発言で、「確かにオーケストラでの経験はないけれど、オケは室内楽の延長線上にあるもの、と思っているから大丈夫。」。

この発言に、当時の自分は正直カチンときたことも確か。大オーケストラでしかもコンマス。そんな簡単なことじゃない、と思った。

でも最近、小澤さんがカラヤンから学んだことに、「オーケストラというのは、弦楽四重奏が基本。そこから膨らませていく。」ということを教わった、という発言を聞いて、なまじ間違いではなかったんだな、と思い直した。

自分が最初に樫本氏を見初めたのは1999年。彼のデビューアルバムである「Diashin Debut」であった。 



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樫本大進 Prokofiev: Violin Sonata, 2,
Beethoven: Sonata, 5, 武満徹: 悲歌

http://bit.ly/2rBtpFA


まさにこのデビューアルバムを聴いて、「樫本大進、ここにあり!」という感じでこの新鋭を知った。このソニーからのデビューアルバムはまさに衝撃だった。

現在は、CDフォーマットしかないようだが、当時は、SACDフォーマットが発表になったばかりで、出た当時のソニーのシングルレイヤーSACDで、背表紙が黒で厚めの高級ジャケットだった。

東京オペラシティでのライブ録音なのだが、空間、響きの豊かな適度なライブ感を含んだ優秀録音であった。

特にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、通称スプリングソナタ。
これは長い間、そしていまでも、この曲の自分のリファレンスというか、基準の演奏であった。

スプリングソナタはあまりに有名な曲で、数多のヴァイオリニストが録音を残しているのだが、この曲、じつはかなりその「演奏の解釈のクセ」がはっきりと出やすい曲で、聴くアーティストのアルバムに応じて、じつにいろんな解釈をきけてしまう、鑑賞側の立場からするとじつに難しい選曲なのだ。

超有名なヴァイオリニストのこの曲を聴いたりするんだけれど、その解釈の仕方にかなりクセのある演奏だったりして、自分の好みじゃないな、ということで、バッサリ切ってきたことが、いままで何回あったことか!

フレーズのまとめ方などの「フレージング」や、一音一音の表情である「アーティキュレーション」など、この曲ってじつに多彩な解釈が存在する。

樫本氏の解釈は、じつにスタンダードで変なアクセント、クセなどいっさいない、とてもスムーズな演奏解釈で、彼の曲を聴いた後は、しばらくは他のアーティストのスプリングソナタはクセがありすぎて聴けなかったぐらいだった。

デビュー当時の樫本大進といえば、自分にとっては、このスプリングソナタだった。

もちろんこのスプリングソナタの実演も聴いた。
横浜みなとみらいで、当時の相棒のイタマール・ゴランとリサイタルをやったのを聴きに行った。

アンコールで、7~8曲くらいやってくれた(笑)のを覚えている。

樫本氏の実演は、その後、山田和樹氏&スイス・ロマンドでサントリーホールで、チャイコフスキーのコンチェルトを聴いた。

このときの樫本氏は凄かった!

山田氏の指揮、スイス・ロマンドとのかけあいも秀逸であったが、自分には、まさに彼の独壇場にも思えたほど素晴しかった。弦の音色自体の安定感とビブラート感、そして強力な音量、そして目にも止まらぬほどの超高速パッセージの連続。終盤に向かってどんどん信じられないくらいのテンポの速さでクレッシェンドしていき、盛り上がっていく。そのエンディングに向けての疾走感は、自分にとって、まさに”超シビレル”という感じであった。

こんな感動したチャイコも近年になかった。

樫本氏のスゴサを感じた近年で1番の演奏でしたね。

あとは、ラトル&ベルリンフィルのサントリーホールでの来日公演を聴いた。マーラーの最高傑作の第9番でした。

このときのコンマスは、樫本大進。

まさにベルリンフィルのコンサートマスターに就任して、最初の日本への凱旋コンサートともいうべき記念すべき公演だった。

じつに涙が止まらない大変に感動した公演でした。
最後の一般参賀のときのラトルとの掛け合いは微笑ましかった。


樫本氏がまだベルリンフィルに入団する前のソロだった頃、ゴローさんの連載のステレオサウンドの「音のたまもの」に登場したこともあった。何号だったか覚えていなくて、本棚から探すのが大変なので、あきらめたが、ゴローさんとのやりとりで、覚えているのは、「なんでソロアルバムのリリース間隔がこんなに空くの?」という質問に、それは「レコード会社(ソニー)に聞いてください。(笑)」というやりとりだったろうか?(笑)

その後、ちょうどベルリンフィルの試用期間中だったころ、ゴローさんと「樫本大進の素晴らしさ」で熱論を交わしたことを覚えている。(電車の中でですが。。。)そのとき、自分はデビュー当時から注目していて、こういうところがすごいなんて口から唾飛ばして熱論していたなぁ。

ゴローさんは、その後もちょくちょく樫本氏が音楽監督の赤穂姫路の音楽祭に足を延ばしていましたよ。

最近NHKの特集番組のドキュメンタリー「プロフェッショナル 仕事の流儀:バイオリン 樫本大進」をじつに興味深く拝見した。まさに彼の生い立ちから、ベルリンフィルでの立ち回りなど、”いま”の彼の活躍が拝見できて、貴重なドキュメンタリーだったと思いました。

番外ですが、奥さんがじつに美人でびっくりしました。(笑)
美男、美女の最高のカップルですね。


自分にとって、樫本氏への想いは、このソロで活躍していた頃から、まさかのベルリンフィルへ入団するまでのところがピーク。

その後は、すっかり安心しきってしまって、自分の子供が大学を卒業して社会へ出たのと同じで、がんばってやっているだろうという安堵な気持ちでいっぱいで、その後は正直フォローしているとはいえなかったかもしれない。

ひさしぶりにネットのCDショップを覗いてみたら、あれから結構CDもリリースしているんですね。
(自分がしっかりフォローしていたのは、デビューから3作目くらいまで。)

でも彼なら、そんないちいち細かいフォローしなくても、安心していられる卓越した技術と、そしてベルリンフィルの第1コンサートマスターという重責ながらも安定したポジションもある。

ますますの今後のご活躍をお祈りしたいです。








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