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アルゲリッチのショパンコンクール1965 [ディスク・レビュー]

自分のクラシック・ピアノへの開眼、その基本は、ポリーニ、アルゲリッチだった。

いままでどれだけの彼らのアルバムを聴いて来たことだろう。両人ともショパンコンクールで世に出たある意味ショパン系ピアニストなのだが、その後の活躍はショパンに限らず、いろいろな作曲家の作品を世にリリースして幅広い芸術の域を我々に示してきてくれた。

その中でも、やっぱり自分の中でアルゲリッチに対する想いは、絶大なものがある。

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やっぱり彼女はとても激情家で、恋多き女性、そしてあの剃刀のように切れのいい強打鍵のパワフルな演奏スタイル、すべてにおいて、生きる伝説カリスマなのだ。

彼女の最大の魅力は、やはりとても人間っぽいというところだと思う。
とても恋多き女性、ショパンコンクールの審査結果に納得がいかずボイコット事件、つい最近では、元夫のデュトワの#MeTooによるセクハラ告発問題で、デュトワが干されたときも、まっさきにその発信国になったアメリカの公演を全キャンセル、そして自分がピアノのソリストとしての公演の指揮者にデュトワを指名とか・・・その気性の激しさ、そしてすぐさま行動に移すその積極性、あきらかにアルゲリッチだ。

彼女には、強い心、自分の芯というものがあって、それがぶれない。
彼女の実演に接したときでも、ピアノに座るなり、演奏の前の心の準備のような間を置くことなどなく、座るなり、さっさと弾き始めてしまうのだ。(笑)

そういうあっけらかんとした器の大きさというか、からっとした性格がいかにもアルゲリッチらしくとてもいい。

けっしてエリート然とした近寄りがたい演奏家というよりは、もっと愛情の深さ、激情家、失敗も多々あるといったその波瀾万丈な人生にとても人間っぽい俗っぽさ、誰からも愛される秘密がそこにあるのではないのではないか、と思ってしまう。

アルゲリッチのドキュメンタリー映画も結構観ている。

「いろんな作曲家を弾いてきたけれど、やっぱり自分はシューマンがとても好きなんだと思う。
シューマンの曲を弾いていると、とても幸せな気持ちになり、自分に合っていると思う。」

そんなことを発言していて、とても興味深かった。

ふだんの生活もたくさんの若い演奏家、いわゆる取り巻きとも言える仲間たちといっしょに暮らしていて、慕われている。そこには、若者たちに自分のいままでの演奏家としての糧を伝えていっていることは間違いないことだ。

日本ともとても所縁が深く、別府アリゲリッチ音楽祭をやってくれて毎年必ず日本の地を踏んでくれている。本当にありがたいことです。

衝撃の1965年のショパンコンクール優勝を経て、まさに若い頃から第1線で活躍しつつ、現在ではもうレジェンド、カリスマ的な神々ささえ感じる。

コンクールというのは、ある意味、演奏家が世に出るためにひとつのきっかけなのかもしれないが、大事なのはコンクール優勝ではなく、そのコンクールの後。

コンクールで優勝して名を馳せても、その後さっぱりで消えていった演奏家のいかに多いことか!

コンクールの後に、つねに第1線で居続けることの難しさ、たとえ浮き沈みが多少あっても、それが晩年に至るまで持続できるというのは、本当に運や巡りあわせもあるかもしれないが、大変なことなのだ。


ショパンコンクールではいろいろな課題曲が演奏されるが、その中でもオオトリのメインは、ショパンピアノ協奏曲第1番。

この曲はもちろん大好きで大好きで堪らない。

この曲の録音で名盤と言われるものは、過去にいろいろある。
じっくり創り込まれた感のある人工的なセッション録音。そしてまさに臨場感を味わえるようなライブ録音。セッション録音やライブ録音でも、このショパンピアノ協奏曲は、本当にいい名盤がたくさんある。

その中で、自分がどうしても忘れられない、この曲だったら、この1枚というのがあるのだ。

それがアルゲリッチが優勝した時の1965年のショパンコンクールでのショパンピアノ協奏曲第1番。 

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もうすでに廃盤になっていて、中古市場にしか出回らないディスクになってしまったが、自分はこの曲だったら、この演奏がどうしても忘れられない。ある意味、この曲の自分のバイブル的な存在にもなっている。

この曲は、最初にオケの前奏がかなり長い時間あるのだが、このときのコンクールでは、そういうのをかなり端折って略して演奏している。

そしてもうバリバリの当時のライブ録音。観客席の咳き込みなど、リアルにそのままダイレクト録音だ。いまのように編集の時に咳き込みをカットなどという小賢しいことはやらない。

このコンクール盤は、当時雨天の雷だったようで、外で雷が鳴っているのが、何回も演奏中に音として録音されているのだ。(笑)

そういう当時のコンクール・ヴァージョン的に編集されたショパンピアノ協奏曲第1番で、現代の完成度の高い作品と比べると聴き劣りするかもしれないが、自分の中では、この曲で、この盤を超えるものはないと思っている。


とにかくいま聴いても、身震いがするほど、新鮮で衝撃的だ。若い頃に、この録音を聴いて、当時のショパンコンクールでアルゲリッチが優勝した時ってどんな感じだったんだろうな~ということを夢想していたことを思い出す。

その映像がもし残っているならぜひ観てみたいと恋焦がれていた。
だって、1965年の大会に優勝ってことは、もうほとんど自分が産まれた年に優勝してこの世界にデビューしている、ということ。

大変な尊敬の念を抱いていた。

当時、クラシックのジャンルで、ピアノといえば、アルゲリッチから入っていった人だったので、当時猛烈に彼女の録音を買いまくっていくうちに、彼女の原点はこの1965コンクールの演奏にある、ということに行き着いたのだった。

1965年の優勝のときの映像、もちろんこのショパンピアノ協奏曲第1番を弾いている演奏姿を観てみたい、とずっと恋焦がれていた。

そういう過去の偉業、自分がそのときにリアルタイムに接することができなかった事象に、クラシックファンって妙に魅力を感じるそういう人種なのではないか?と自分は常々思っている。

過去の大指揮者、演奏家などの名盤蒐集というジャンルが、クラシック界で根強い人気なのは、なんか自分がリアルタイムに接することのできなかったことに対してなんとも言えないミステリアスな魅力を感じて、そういう探求心魂に火をつける、というか。。。そういう感じってあるのではないだろうか。

1965年のアルゲリッチ優勝大会には、自分はまさにそのような感覚を抱いて相当憧れた。

数年後に、その夢は成就した。

1965年大会アルゲリッチ優勝のときの映像が残っていたのだ!
もちろんメイン課題曲のピアノ協奏曲第1番の演奏。

いまやこれも廃盤になって手に入らないのだが、

ショパン国際ピアノ・コンクールの記録「ワルシャワの覇者」DVD 32枚セット

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こういうショパンコンクールの歴史的に残されている貴重な過去の映像を集めた夢のようなパッケージ商品が発売されたのだ。結構高かった。その中に、アルゲリッチ優勝の第7回大会もあるし、なんとポリーニ優勝の第6回大会もあるのだ。

当時ヤフオクで10万くらいの大枚はたいて買ったと思うが、嬉しかった思い出だ。


もちろん白黒画像だが、よく残っていた。あの伝説の水玉模様のドレスを着て、コンクール会場に入場してきて、自分が何回も聴き込んだあのコンクールライブをいま目の前で演奏している。

なんともいえない感動だった。

アルゲリッチらしいピンポンが跳ねるように、鍵盤を軽やかにタッチする場面、後で述べるが、この箇所がこの曲で自分が一番拘るところ。そこを見事に映像として観ることができた。

生きててよかった!と当時真剣に思った。


このDVDセットは、じつは演奏の模様収録だけでなく、インタビューやショパンコンクールの歴史について解説するなど、大半は演奏よりもそういうところに割かれていて、自分は少々退屈に思ってしまった。

愚かなことに、結局アルゲリッチのその場面を見たら、あとはほとんど死蔵という感じだったので、結局売却してしまった。今思えば、ずいぶん勿体ないことをしたと思う。



なぜ、アルゲリッチのショパンコンクール1965の演奏なのか?

アルゲリッチは、その後、後年にこのショパンのピアノ協奏曲第1番を何回も再録している。
でもそこには、自分がコンクールライブ盤で感じたような緊張感、鋭さというのを感じなかった。
どこか、創り込まれている安心な世界での表現で、ビビッとくるほど緊張や感動をしなかった。

追い込まれた極度の緊張感の中でしか起こり得なかった奇跡、そんなミステリーがこのライブ録音にはある。

コンクール独特の緊張感、まさに伝説の名演奏。
この曲のこれに勝る名演奏はない。

アルゲリッチ本人も、このショパンコンクール録音が気に入っていたという話もある。


1965年第7回国際ショパン・コンクールにおいてアルゲリッチが優勝した時のライヴアルバム。
正規盤とこんなジャケット違いのものも当時収集していた。(中身は同じ。)

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「ピアノ協奏曲第1番」「スケルツォ第3番」「3つのマズルカ 作品59」で演奏はワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団。24歳という若きアルゲリッチの自由奔放で情熱的な演奏が素晴らしい。

ちなみに、コンクールでの彼女の使用ピアノはスタインウェイでもベーゼンドルファーでもなく、ベヒシュタインだったというのが驚きである。

ポーランドの人々が「ともかくマズルカだけはポーランドを知らなくては弾けない」と言い切りがちなこの曲を、ショパンコンクールの準備をするまでマズルカが何かも知らなかったというこのアルゼンチン出身のピアニストが、そんなうんちくを蹴散らすかのような見事な演奏を披露しているのだ。


なぜ、数多あるショパンピアノ協奏曲第1番の録音の中で、この1965のショパンコンクール盤がいいのか?

いま改めて聴いてみると、アルゲリッチらしい強打腱のオンパレードで緩急はまるでなし、ある意味一本調子で現代の流麗な語り口のピアニストたちの演奏と比較すると、いくぶん乱暴で粗野な印象を受けることは確か。

通常、20分かかる第1楽章を16分で弾いている。
それくらい高速で強打腱、そして一本調子というのが贔屓目なしの率直な感想だろう。

まさに若いよな~という感じの演奏だ。

でも、若かりし頃の自分はこの演奏に惚れ込んだ。

特にこだわったのは第3楽章の冒頭でピアノが最初に入るところ。

ここはアルゲリッチのこのコンクール盤では、まるで鍵盤の上でピンポンが跳ねるように、じつにリズミカルに跳ね上げるように弾く。これが自分には堪らなかった。

それ以来、この曲を聴くときは、この部分はどうなのか?を聴いて、この盤はよい、よくないなどの判断をするようになってしまった。(笑)

ある意味変わってる奴。(笑)

それくらい自分にとって大事な箇所だった。

他のアーティストのこの曲の録音のこの部分は、大抵なめるように、軽やかなにさらっと弾き流すのだ。これが自分には物足りなかった。もっと強く鍵盤を弾くかのようにピンポン的に弾いてくれるのが好きだった。

いままで聴いてきたこの曲の録音では、この部分は大半がさらっと流す弾き方が大勢を占める。

そんな聴き方をするようになったのも、この1965コンクール盤による影響が大きい。

自分にとって、特にピアノは、そのピアニストの解釈によって、そして嵌るきっかけとなった最初の曲に支配されることが多く、その影響のために、いつまで経っても新しく出てくる新譜に対して寛容になれない、という保守的な自分がいる。

ピアノ協奏曲では、自分にとって命のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番についてもまったく同じだ。あの曲もアルゲリッチの演奏がリファレンスになってしまっている。

いつまで経っても新しい新譜を受け入れられる寛容さが持てない。

じゃあポリーニの1960年のショパンコンクール優勝のときのこの曲の第3楽章の冒頭のピアノが入るところはどうだったのだろうか?

これもずいぶん悩んだというか、聴きたくて恋焦がれた。(笑)

ポリーニのコンクール時の演奏は、なかなか音源として出なかったので、時間がかかったが、ようやくDGがポリーニ全集ということでBOXスタイルの全集を出してくれた。

その中に、この1960年大会のポリーニによるこの曲の演奏が収録されているのだ。

やった~!とう感じで、もちろん購入した。

聴いた感想は、まぁ~さらっという感じでもないし、ピンポンのように弾く感じでもなく、中庸でした。自分的には、あまり印象に残らなかったような・・・(笑)

後年、この曲に関しては、いろいろな名盤が出たが、自分的に納得いく素晴らしい演奏、録音と思ったのは、クリスティアン・ツィンマーマンの弾き振りによるピアノ協奏曲第1番&第2番。

これは世間の評判通り、自分も素晴らしい演奏だと感じた。

いわゆる創り込まれた芸術の域というか、そういう完成度があった。

あと、ライブ、つまり生演奏ではどうだったか?

記憶がなかなか思い起こせないのだけれど、ウィーンフィルが定期的に毎年サントリーホールで公演する来日公演で、ランランがこの曲を演奏して、そのときは鳥肌が立つくらい興奮した素晴らしい演奏だった記憶がある。

いずれにせよ、時代を超えたピアノ協奏曲の名曲中の名曲ということで、ふっと思い立ち日記にしてみた。ピアノ協奏曲を語る上では忘れられない、そして絶対避けては通れない1曲だ。

そういえば、来年?ショパンコンクールがまたやってくるのではないだろうか?

あの場で、また新しい時代のスターが生まれるのだろう、きっと。






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